〜九月四日『ガイア』蒼〜
緋色と蒼と秘色は車に揺れること三日ようやく月白の言っていた拠点に到着した。
周りは自然が多く田舎のようなところにぽつんと見た目は大きい館があるといえば伝わるだろう。
「ここが拠点か……なかなか良い所だな」
「そうだにゃ、ここなら羽目をはずしぇしょうだ」
秘色は相変わらず舌が回ってないな。
「いよいよ、母さんを救出するのか……」
「それより、荷物を運ぶぞ手伝ってくれ」
三日も座っていてかなり身体が鈍っていたのか関節がパキパキと音を鳴らしていた。
館の中に入るといかにも洋風チックな玄関だった。
荷物を館の中に運び一段落ついたので風呂に入ることにした。
「さて、風呂に入るか」
「じゃあ、僕も入ろうかな」
緋色と蒼は大浴場に向った――
が、たどり着くまでに何時間かかったことやら。
〜『大浴場』緋色〜
浴場は玄関のように洋風ではなく和風の風情がある木製の風呂だった。
湯舟の大きさは人が十人くらいは余裕で収容できるサイズだった。
湯に浸かると木の香りが心地よかった。
久しぶりの風呂は格別だった。
「こういうのもいいな」
「そうだね」
「そういえば、緋色ってなんでバーテンダーになったの?」
「え〜と、あれはたしか五年前くらいかな、僕の恋人がカクテルが好きで彼女を喜ばせようとしてカクテルを作っていたらいつの間にか一般のバーテンダーよりもカクテルが作れるようになっていてね、それからバーに就職してバーテンダーになったんだ。そして三年前に自分の店を出したんだ。その頃には彼女が重い病気にかかっていて死んでしまって結局、僕のカクテルを飲ませる事が出来なかったけどね。それに能力的にもバーテンダーは都合が良かったんだ」
哀しげに言うとうっすらと涙が浮かんだ。
湯をすくい顔を洗った。
「……悲しい話だな、ゴメン変な事を聞いちゃって」
「いや、気にしなくていいよ僕より月白の方が残酷だから」
月白は過去に僕以上に残酷な事があった。
おそらく、まだその事実を受け止め切れていないだろう。
「そういえば、母さんってどんな人なのかな?」
蒼が顔以外を湯に浸しながら言った。
「僕もあった事ないから分からないけど変わり者らしいよ」
実際、母親にあったことがあるのは月白くらいだ。
「変わり者か、なんか個性が強そうだな」
「そうだな、なんせ黒髪家の母親だもんな」
楽しくおしゃべりしているとガラガラと扉の開く音が聞こえた
人数は湯気のせいでよくわからないが人が入ってきたようだ。
「誰だろう、月白かな?」
「おい、たしか男兄弟って僕と蒼と月白だけだよな」
「ということは――」
気付いた時には遅かった。どうやら女性陣が風呂に入ってきていたのだ。
いくら湯気が視界を狭めると言っても二メートル先くらいなら鮮明に見える。
つまり、目の前には若い女の子の裸体が直接眼球に侵入したのだった。
嗚呼、眼福
「……なんで蒼にはデリカシーがないのよ!! それにそこにいる人はだれ!?」
慌てていたのかタオルで身を隠すが隠しきれておらず白い肌が僕の眼球を抉った。
「いや、なんでって言われても先に入っていたのは茜たちじゃなくてオレたちだし」
「いいわけ、なんて見苦しいぞ馬鹿弟子」
「理不尽すぎるぞ。緋色もなんか言えよ」
「蒼、オレたちは十分と言っていいほど風呂に入った。だから上がるぞ、それにオレは女の裸体を見てもなんとも思わないからな」
全力で嘘をついてみた。本当は女の子の裸体には興味あります。だって男の子ですもの。
「……ほう、裸体に興味ない割には顔が赤いでありんすよ」
なんか一人浴槽に入ってきた。
「名前は?」
「黒髪 紫紺でありんす」
紫紺は身体に抱きつくように耳元で囁いた。
――死ぬ
「抱きつく必要はあるのかな?」
「こうすると、大抵の男は興奮するでありんす」
今まで、なにをしていたのか心配になった。
「おまえ、兄弟を落とす気か」
「おや、兄弟でしたか、名前は?」
「緋色だ、よろしくと言いたいのだがその前にどいてもらえませんか?」
渋々オレから紫紺が離れると蒼と喧嘩していた茜とか言う女の子が顔を真っ赤にして固まっていた。
「上がるぞ、蒼」
そう言って蒼と僕はそそくさと風呂から上がった。
脱衣所で服を着ていると月白がやって来た。
「これが最後になるかもしれないな――」
どこか遠いところみて月白が呟いた。
〜『拠点』月白〜
「みんな、集まったようだね。じゃあ、作戦会議のようなものを始めるよ」
全員が席につき手元にあったディスプレイの眺める。
「情報によれば明日の午後二時に青は病院から軍部の研究所に移転され、車に乗る五分間ほど姿が見える。そのときに奪還し逃走を計る。なおこの作戦に茜ちゃんとローレライは一切の介入を認めないよ」
茜が立ち上がり拳を握った。
「どうして、介入を認めないのですか」
「そうだ、人数が多ければ成功率も上がるはずだ」
ため息をつきながら緋色は言った。
「家族のためだよ。茜がこの作戦に介入している事が軍に知られればおそらく両親と兄弟、最悪の場合は接触したことのある人間にまで軍の手が伸びる事になる。それらを全て守りぬけるほど君は強いのかい?」
「それは……」
うなだれる茜、彼女にはまだ人生がある、それをこんなところで終わらせるわけにはいかない。
「わかった」
「すまない。話を続けるぞ」
みんながうなずいたのみて話に戻った。
「それで、オレと蒼がまず攻撃を仕掛けて相手を混乱させ緋色と秘色で青を回収し紫紺と萌葱はルートの確保と状況報告を頼む」
「ちょっといいか」
蒼が手を上げると。
「どうした?」
「敵の勢力図を知りたい」
「敵勢力はそこまで多くないと思う、青は存在自体が極秘だ、せいぜい護衛がいるくらいだろう。最悪狙撃手がいるくらいだろ」
「なるほど、狙撃手ってなんだ?」
一同が席からずり落ちた。いや、マジで。
「スナイパーライフルという銃を持って待ち伏せする人間のこと」
「銃? あれか黒っぽい筒からなんか弾みたいのが出てくるあれか。それなら見て避けられるから大丈夫だ」
「……そういえば、改造人間だったな」
おそらく、全員が忘れていただろう。
蒼は科学者が興味本位で創った実験体だ。エーテルの情報によれば母体から取り上げられたときその医師の指を握り潰したとか、さらに触覚、嗅覚、特に視覚と聴覚は下手な動物より高い。そして極めつけにダウナーでの生活、あの茜ちゃんですら体力が都市の平均男子を越えているとか。
実際、闘技場での一戦でその力は立証されている。
「以上が作戦の概要だ、イレギュラーが無ければ簡単に終わるだろう。なにか質問はあるか?」
何も反応がないので会議は幕を閉じた。
部屋に戻りベットの上に置いてあった端末を取り出す。
この端末は昨日エーテルとの約束どおりに喫茶店に行って更新された端末だ。中にはさらに詳しい青の居場所と移転先に移動ルート、さらに狙撃手と護衛の配置まで記されていた。
「あとはオレの反転がどれだけ持つか、だけか……」
ふと、鏡に目が行くと顔をしかめた。
『ブルーベル……君が与えたわがままをオレは――』
コンコンとノックする音が聞こえた。
どうぞ、と言ってドアを開けると緋色が来た。
「緋色かどうした?」
「どうしたもねぇーよ、お前まだあの事気にしてんだろ?」
珍しくタメ口で喋る緋色。
「それは……」
事実を言われ戸惑う。
「あれは仕方なかった」
「だが、ブルーベルは――」
「……こっちに来いカクテルでも作る」
ため息をつきながら緋色は言った。
「……分かった」
とある部屋のひとつに緋色はバールームに作り上げていた。
とりあえず、カウンターに座った。
カウンターの奥には多種多様な酒やジュースが並べられていた。
「なにを飲む?」
「オススメで」
そういうとグラスに数種類の酒やジュースを入れてかき回し始めた。
完成したカクテルはグラスの飲み口に塩がついておりその塩を舐めながら飲む酒だった。
「ソルティ・ドックか」
口の中に入れると塩のしょっぱさとカクテルの酸味の利いたグレープフルーツの味が見事にマッチしていた。
「やはりお前の酒は美味いな。次のを頼む」
今度はシェーカーを取り出しその中にいくつかの酒を入れてカシャカシャと音を立てた。
それをグラスに注ぎ差し出した。
「X・Y・Z です」
「変な名前だな」
口に運ぶと甘味だがすっきりとした味わいだった。
緋色が言うにはこのX・Y・Zはこれ以上がない最高の酒という意味らしい。
「腕を上げたな」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
軽く会釈をした
「最後にもう一杯頼む」
「わかった」
冷蔵庫からビールとトマトジュースを取り出し左右から同時にグラスに注ぎ込んだ。
「大丈夫なのかそれ?」
混ぜる物が混ぜる物だ、どんな味なのか不安だ。
「大丈夫!!」
そこに赤い液体の入った小瓶を取り出すと一滴グラスの中に入れかき混ぜた。
「レッド・アイ です」
「ひとついいか?」
「なに?」
「その小瓶の中身はなんだ?」
「え、タバスコだけど」
「……そうか」
さらに不安が体中を支配した。
おそるおそる口に入れると
「……悪くないな、えっとたしか――」
「レッド・アイ」
緋色なりの慰めと気付くのに少しの時間が必要だった。
「……すまないな」
その後テーブルに突っ伏して寝てしまった。
〜『過去』月白〜
目を開けると病院の個室にいた。そこは無機質で医療器具が沢山置かれていた。
ベットには血色の悪い少女が色々なチュ−ブに繋がれて眠っていた。彼女の名はブルーベル、オレの恋人だ。
まだ、眠いのか目を擦りながら部屋にある水道を捻り顔を洗う。ふと、顔を上げると鏡にいつもどおりの『黒髪』にいつもどおりの『黒目』だった。顔の水をタオルで拭き取りベットの近くの椅子に腰をおろした。
「月白、来ていたのね」
ブルーベルは月白の方を見て笑った。彼女は美しい銀髪にまるで血液のような真紅の目を持っていた。
彼女がベットに居るの病気だからではない。ある反転使いに能力を使われ身体が石化していくようになってしまった。医師が言うには残りは目と髪しかなく生きているのが不思議なくらいだと言っていた。現にほんのわずかに口を動かしただけでも石化した表面がボロボロと崩れ落ちていた。
「無理に喋るな、石化が激しくなる」
オレはブルーベルをこんなことにした能力者を探している。だが一向に見つかる兆しは無かった。
能力者を殺せば石化は止まる。それだけのためにこの一ヶ月まともに眠っていない。
そんな時だった。
ケータイのバイブが鳴り響いた。
あて先は緋色だった。
「もしもし、月白だ」
「緋色だ、奴の居場所が分かったぞ」
月白の顔が険しくなる。
「どこだ?」
いつもより声音が低かった。
「落ち着け、今メールで送るから」
「……わかった」
通話を切りメールが来るのを待った。
メールの着信音が鳴るまで五秒とかからなかったがそれが永遠のようにも思えた。
ケータイを開き場所を確認するとこの病院の向かいのビルだった。
そのビルは今は使われていないらしく目星がついていなかった。
立ち上がりカーテンを閉めてブルーベルに言った。
「ちょっと飲み物買ってくる。あと工事が始まるから五月蝿くなるって」
ブルーベルは目で返事をした。
病院を出て向かいの無人ビルの前に立つと一気に跳躍してビルの屋上に着地した。
彼は『法則無視』という能力を持っている。
この能力は簡単に言えば物理法則を利用したり捻じ曲げてたりする能力だ。それでもレベルは7だった。
「ここでいいな、じゃあプレスの時間だぁぁぁ!!」
思い切り屋上にかかとおとしを決めた。
だが、ビルはヒビすら入らなかった。
「――確かに反転は発動していたはずだ」
再びケータイが鳴った。
「緋色か、ダメだこのビルなにか細工がしてある」
「ターゲットの護衛に『キャンセラー』がいる、ビルに反転を使っても無効化される」
「ちっ、どうすればいい?」
「お手上げだ、『帝の椅子』《エンペラーオーダー》は反転専門部隊だ。仮に通常部隊を使えたとしても三日はかかる」
ため息交じりに緋色は言った。
「……待てよ、ビルに反転が触れなければ問題ないだろ?」
「……そうだけど、まさか!! おい、まて、そんな事したら――」
通話を無理矢理切るとビルから落下した。
地面に手を突っ込み、計算を始めた。
「範囲はこのビル以外で決定、太陽光は能力発動終了までカット、慣性もこのビル以外カット、最後に地球の自転を停止」
最後の仕上げを始めた時に緋色が到着した。
「やめろ!! そんなことしたら――」
「「法則無視発動」」
――バキリ、ベキリと轟音を立てビルは空に吹き飛んで行った。
能力を停止させると視界が歪んだ。
激しい激痛が両目を襲った。
おそらく、発動条件である『身体の一部をすり減らす』のせいだろう。
ふだんなら、すり減らす部位を自分で選べるが強大な力になれば選ぶ権利が失われる。ただそれだけだった。
「緋色、オレどうなった?」
「眼球を持ってかれた」
手に液体がついた感覚がかすかに残った。
「彼女のところへ」
緋色が肩を貸してくれて病室に向った。
「着いたぞ」
「おかえり、月白」
「ブルーベル、オレ――」
「何も言わなくていいよ、どうせ私もう逝くから」
一瞬だけ心の支えにヒビが入った気がした。
「なに言ってんだ? 石化は止まったろ?」
「でも、眼以外はもう石よ」
心電図の音が危険であること示してた。
慌てて、ナースコールを緋色が押した
医師が駆けつけるとブルーベルは静かに言った。
「どうか、この私の目を彼に与えてください」
彼女がどんな顔で言ったのかは分からないが、医師は了承した。
「そんな、オレ嫌だよブルーベル」
「月白、最後にわがままを三つ聞いて」
弱々しく今にも消えてしまいそうな声だった。
「なに?」
「身体に気をつけて」
さらに弱くなる声音
「その次に大切な人を守って」
「……分かった」
「最後に愛してるって言って」
ちゃんと愛してると言えたかどうかはわからないが彼女の眼は確かに笑っていたらしい。
それが、月白の眼が紅くなった理由《わけ》、そして彼女、ブルーベルがくれた最初で最後のプレゼントだった。
〜『バールーム』月白〜
「おい、月白起きろ」
目が覚めると緋色がいた。
「スマン、寝ちまった」
椅子から立ち上がり欠伸をしながら言った。
「部屋で寝るとするか」
「おやすみ、月白」
何かを悟ったように緋色は笑った。
「あと、ありがとな緋色」
「どうたしまして、またのご来店お待ちしております」
冗談混じりに緋色は一礼した
あとで、墓参りにでも行くか……
『ブルーベル、君のわがままをオレは果たせていないかもしれない、けどオレは守るよ大切な人たちを』
心なしか「そんな、貴方が大好き」と廊下から懐かしい声が響いた気がした
第七話終り