ども、四条芯也(しじょう・しんや)っす。
只今20歳、絶賛彼女募集中の並男だったはずの俺は、ファンタジー世界に召喚され魔王の復活に供与する羽目になった。
とはいえ、この世界一概に魔族だけが悪いというものでもないらしい。
人間にとって敵対者であることには変わらないだろうが。
とまあ、細かい事情は過去を振り返ってみればいいとして、俺達は昨日ようやく初依頼を完遂したところだ。
今日は報告の事も含めカントールへの帰路に就く事になっていた。
しかし、一つだけ問題があった……それは、フィリナさんの存在だ。
教会の人間を縛りあげ、商人たちも何人か拘束しているのだ、現在彼女の立場は非常に危うい。
下手をすると、回収した魔道器が彼女が行った悪事として喧伝されてしまう可能性すらある。
司教といっても、まだ立場は非常に不安定なのだ。
だが、残念ながら俺達のパーティでは彼女の護衛には役不足だ。
俺達全員で彼女一人にかかっても返り討ちに会うのが関の山である事は昨日の教会襲撃時に思い知った。
だからと言って放っておくのも忍びない。
だから、俺は提案して見る事にした。
「フィリナさんはれから首都へ向かうんですよね?」
「はい、ちょっと寄り道になっちゃいましたけど。
着任しない事には私も仕事にあぶれてしまいますから。それとフィリナでいいですって……」
「いや、どうにも有名な人だから構えてしまって」
「それはレイオス達が凄かっただけですよ、私なんて殆どついていけてなかったですし」
フィリナさんは何でもない事のように言うが、彼女は着任を急がないと命も危ないと言ってもいい。
先ほど言ったように、既に一部の商人や、関係した司祭らを敵に回している。
俺は視線をパーティの皆に回す。
ティアミス、ウアガ、ニオラドのじいさんと視線を合わせて行くが異論はなさそうだった。
「ならその前に、カントールまで一緒に行きませんか?」
「え?」
「念のために護衛はいたほうがいいでしょう。今回のような事があっても困るし」
「はい……そうですね」
フィリナさんは少し表情を曇らせたが、微笑んでうなずいてくれた。
流石に勇者パーティと同じとは行かないが、上手く”銀狼”クラスのパーティが拾えるかもしれない。
ソール教団に貸しが作れるんだし冒険者協会も協力的に動いてくれるだろう。
「じゃあ、以前はきちんと紹介していなかったし、パーティの紹介をするよ」
「よろしくお願いします」
「じゃあ、私からね。日ノ本パーティリーダーのティアミス・アルディミアよ。
見ての通りハーフエルフ、貴方達とはあまり仲良くする気はないけどああ言った輩を止めてくれた事は感謝するわ」
「身内の恥ですし……。同じ教団に身を置く以上当然の事です」
「ウアガ・ドルトネンだ、前衛、壁役というところかな。力はかなりあるつもりだ」
「はい、よろしくお願いします」
「ニオラド・マルディーンじゃ、薬師をしておる」
「よろしくお願いします」
俺達は、おおよその自己紹介を終えると依頼主であるファーニスさんのお宅に挨拶し、エリーズさんもリールーもいることに安心する。
そして、俺達は村を出てカントールの町に戻ることにした。
歩いて2日かかる距離なのだ、さっさと行かないといつまでたっても帰れない事になる。
そして、暫くたった頃、好奇心に勝てなかったのだろう、ティアミスがフィリナさんに話しかけていた。
「貴方はソール教団司教にしてラリア公国最高責任者に着任する予定のフィリナ・アースティアさんという事でいいのね?」
「はい、最高責任者かどうかはわからないですが、司教の前任者はアルテリアに移動になりましたから、
結果として一番地位が高いという事になりますね」
「他の国の事までは知らないけど、この国の中ではソール教団もどっぷり俗世の垢に染まっているわよ」
「あはは……ちょっと実感したところです。まさか、あんなことのために教会を使っているとは思いませんでしたし」
「あんなこと?」
「恐らくは大商人との癒着ではないでしょうか?
私達ソール教団に対しては国法の適用がし辛いため、そういう事をして密輸に手を染める輩もいるとは聞いたことがありましたが……」
「密輸……ね、それだけで済めばいいけどね」
人を支配するアイテム等を平然と使っていた輩だ、密輸だけで終わるとは到底思えないのも事実。
あのアイテムそのものか、もしくは奴隷売買という可能性も無きにしも非ずという状態だ。
もちろん憶測でしかないが、可能性はかなり高いと思う。
「どちらにしろ、教団の意義に反する行いである事は事実です。救済を目的としている我らの意義が失われかねない……」
「思うんじゃがの、どんなものでも地方の特色ッて言うのはあるもんじゃ、
確かに最初に見たのがそう言ったところばかりであるお前さんから見ればそうかもしれんがの。
清濁併せのむ、上手くバランスを取りながらやって行かんとこの先辛いことになるぞ?」
「ですが……」
「一つだけ言っておくかのう、この国から納められる法国への上納金はな、大国とさして変わらぬ。
つまり、孤児院や養護施設等の運営費にもかなりの出資をしておる事になるわけじゃ」
「それは……」
「うむ、今のやり方は間違っておるじゃろう、しかし、あまりに違う存在というのははじかれやすい。
元々公国は商人がアルテリアから国土を買い取って作った国じゃ、何事も金と言う風になってしまうのは仕方ない事。
特に上層部は倫理観が失われがちじゃ、それゆえ、確かに引き締める必要はある。
清貧を尊び、信義を重んずるというのは言うには簡単じゃが、権謀術数の中そんな事を言っておられんのも事実。
しかも、引き締めた結果国が傾きましたでは誰も付いてこないということじゃ」
ニオラドのじいさんは回りくどく言っているようだが、ようは清水に魚棲まず(せいすいにうおすまず)と言う奴だ。
だれだって、生きやすい場所に集う、それは決して皆が優しいと言う意味ではなく、食うに困らず、仕事と娯楽がある場所だ。
そう言う意味では、あの司祭は自らのために、商人を抱き込み、仕事や娯楽にありつこうとしていたわけだ。
もちろん、だからってあの司祭を許す気にはならない、だがこれからもそう言った汚い場面は幾つも見る事になると暗に言っているのだ。
それらすべてを否定すれば結果的に民はついてこず、フィリナのほうが排斥される結果となるだろう。
「分かっているつもりです……私だって楽したいし美味しいもの食べたいですから」
「まあ、俺達でよければいつでも相談に乗るよ。なにせ勇者のパーティは俺達の憧れだからな」
「そうだな……」
ウアガはよく見ればほほを赤くしている、こいつどうやら照れているみたいだな。
相撲取りみたいなごつい体躯をしているくせに、弟達や妹達のことやら綺麗な女性をみると途端にこうだ。
まあ、普段からあまり話す奴じゃないけど……。
「うふふっ、ありがとう皆さん。頼りにしてますよ♪」
フィリナさんは薄青い腰まで届くストレートヘアを揺らしながら少し先行しくるっと180度回転して俺達に向き直る。
頬笑みを浮かべるその表情は本当に屈託のないもので、まるで天使をテーマにした一枚の絵を見せられたようなそんな印象を受けた。
しかし、それだけに俺は少し悲しいと感じる。
彼女の思い人は貴族の娘と結婚するらしいという話。
彼の名は確かレイオス・リド・カルラーン、このラリア公国の独立元、ここからだとおおよそ北西に位置するアルテリア王国の王子。
国どころか、関所すら越えられない今の俺では行けるのはいつになる事か。
だが、出来れば彼女のためにも何か2人を取り持ってあげられればとは思う。
ただし、司祭以上の役職においては、結婚が許されていないため、フィリナさんは神官職をやめて還俗しなければならないだろうが……。
出来れば彼が結婚する前に間に合わせられればいいのだが。
はぁ……自分の目的だけでも頭が痛いんだが……。
「日が暮れてきましたね」
「そうですね、皆キャンプを張るわよ」
「ううむ、年寄りに歩き旅は疲れるのう……腰にきてしまうわい」
「ニオラドは休んでなさい、テントは私が張るから」
「あの、私は……」
「料理とかできる?」
「はい、一通り、でも火がないと」
「くべるものがいるわね、ウアガよろしく」
「わかった」
「シンヤは水ね、さっき川の近くを通ったでしょ? 料理用の水は水筒の中のもので何とかなると思うけど念のためね」
「ああ、わかった」
「少し上流まで行きなさいよ、川の水がちょっと濁ってたみたいだから煮沸しないとおなか壊しそうだし」
「確かに、気をつけるよ」
そんな感じで行きの時とほぼ同じ場所でキャンプにする俺達。
しかし、俺はほとんど疲れを感じていなかった。
スタミナの補正というのがどれほどありがたいものなのか一度なくしたのでよくわかる。
俺は、大き目の水袋を持って近くの川へと向かった……。
そして、ひとけがなくなったのを見計らって右手に話しかける。
「ラドヴェイド……聞いているか?」
『ああ、魔力が少しだが回復したから我も少し落ちついたところだ』
手のひらの中央がぱっくり割れて目が開く。
現在の魔王ラドヴェイドの姿らしい、俺に寄生しているのはよくわかるのだが、
魔王というのはピンとこない、せいぜい下級の妖怪にしか見えない。
しかし、魔力で俺のスタミナをサポートしてくれているのは間違いないだろう。
そう、魔力が回復したはずだからだ。
「それはよかった、所でゴブリン1000匹分に匹敵するほどの魔力だったそうだが……。
今の状態でもスタミナ補正だけなのか?」
『それなのだが、あの魔力はどうも先々代の魔王のものの様でな、少しばかり特徴的すぎて魔力を還元するのに時間がかかる』
「どれくらい?」
『半年か、それとも一年か……』
「そんなにか……」
『だが全体の3割ほどは特徴をつけられていないあの器物用の魔力だったお陰で取りこんでいる』
「なら、俺は今もスタミナの補正だけか」
『いいや、もう一つ我の魔力によってそなたの潜在力を開花させた』
「潜在力?」
『そうだ、いわゆる気を感じ取ることができるようになったはずだ』
「気? か○はめはみたいな?」
『まぁそう言うのもなくはないが、いわゆる中国拳法と同じだ、体内の血流の流れを制御する力であったり、相手の高ぶりを知る力だ』
「相手の高ぶりを知る?」
『殺気や闘気と言うのを聞いた事はないか?』
「なるほど、つまり、今の俺は多少なりと達人のように目で見えていない攻撃にも反応できると言う事か」
『そういうことだな、血流の制御はまだまだ今は無理であろうしな』
「了解した、相手の攻撃に反応できるようになっただけでもかなりの強みだよ」
今まで剣術に関しては素人に毛が生えた程度だったが、その力を使えば少しはマシになるだろう。
まあまだ、攻撃用の技巧なんてほとんど知らないんだが……。
かなり上流まで来たみたいだし、水もかなり澄んでるように見えるな、じゃあこの滝壺の水を汲んでっと。
「さて…………っ?!!」
俺は咄嗟に飛びずさる、するとそこには、今まさに剣を振りおろそうとするチンピラ風の男の姿があった。
さっき一瞬おぞけをふるうような感じを受けた、あれが殺気か。
今まではそんなものは感じていなかった、もちろん背筋が寒くなった事はないではないでもそれは相手が見えていてこそだった。
そう言う意味ではうれしい話だがなぜ突然襲い掛かってきたのか疑問だった。
「お前……何者だ?」
「てめぇらが壊滅させたヤマアラシの生き残りっていや分かるか」
「山賊の仲間か……」
確かに村へ運んで軍に引き渡したわけだが、殺したわけじゃないぞ。
と言っても無駄だろう事は奴の目を見ればわかる。
それに、殺気とやらは本当にビンビンと感じる。
俺は以前にもまして戦うのが怖いと感じていた。
しかし同時に以前ほどには手足がすくんでいない、場所の事もあるが、この男に対しどこか安心しているのも事実だ。
殺気はあるが、動きに連動する時は凄くよくわかる、持っている剣が降りあげられる瞬間、俺は飛び込んでいた。
「なっ!?」
相手が戸惑った隙を付き、俺はショートソードを振り抜く、ショートソードは盗賊が振り上げた腕の脇を切り裂き血がドバっと噴出する。
わきの下は動脈がはしっている、その部分が切り裂かれたのだ当然そうなるだろう。
倒れたチンピラに顔を向け、俺は聞く。
「助かりたいか?」
「あっ、ああ……助けてくれ!!」
「なら縄を受けてもらおう」
「なんとでも……しな!!」
俺はチンピラが襲い掛かってくる事が殺気でわかっていた。
チンピラは隠し持っていたナイフで切られていないほうの腕を突き出そうと迫ってくる。
俺は自分がすごく冷めているのが分かった、もちろん心臓はバクバク言っている、冷汗も出ている。
だが、それは危険が迫った事を教えてくれる信号なのだと理解できた。
だから、余裕を持って避ける。
そして、俺はその腕をつかみ取り脇に抱えると全力で体をひねった。
ボキッと骨が折れる嫌な音がする。
「イギャァァアアア!!!」
チンピラ男はどうという音とともに倒れて気絶した。
俺は気絶を確認してからロープで縛りあげ、担いで戻ってくる事にする。
スタミナ補正のおかげで、水袋と男を背負った状態でもどうにか皆のところに戻ってこれた。
「ただいま」
「遅いじゃないって……どうしたの?」
「いや、あの山賊の残党らしいよ」
「一人で倒したの?」
「ああ、割合い弱かったんで何とかなった。でも、このままじゃ死にそうなんでちょっと傷口だけ塞いでやってもらおうと思ってね」
「えっ……、うんまあいいわ」
俺はフィリナさんに頼んでチンピラの脇の傷を直してもらった。
こんな奴でも死んだらやはり寝覚めが悪い、ただ、また罪を犯されても困る、明日カントールの警備隊に引き渡す事にする。
だから、ロープで縛りつけ、無駄口を叩かせないため口に紐をかませ放置する。
少し悪い気もしたが、俺を殺そうとしたのだ殺されないだけでもありがたく思ってもらうしかない。
そんな事を考えているうちにも夕食は出来、皆で火を囲む。
そんな中ティアミスが俺に視線を向けた。
「しかし、あんな事があったのに以外と平然としてるのね」
「昨日の事か……」
「ええ、今日にしても一対一だったんでしょう?」
「最初は……いや、今でも怖い……」
「その割にはそれほど怖がっているようには見えないけど」
「それは、いくつか理由はあるが最大のところは慣れなのかもな……」
「慣れね、高々一日で言うじゃない」
そう、高々一日俺は昨日の俺と殆ど変っていない、昨日山賊にビビって動けなくなった俺と何も変わってはいない。
しかし、ラドヴェイドのサポートやフィリナさんの言葉が何とか俺の膝が笑うのを止めていてくれる。
そして、今の俺は殺気等を読む事が出来るため一歩早く動く事が出来る。
チンピラ程度ならいつでも返り討ちに出来るくらいには強くなった自信があった。
最も所詮これも他人の力に過ぎないわけだが。
「まあいいだろ、それより食べよう」
「おっ、済まないな」
ウアガは俺に椀を手渡してくれる。
ちょうどフィリナさんの隣にいるあたり考えが知れるが、彼女には好きな人がいるってのに。
まあ、あんまりいれ込まなければそれでいいか。
「それもそうね……、兎に角、戦力として使い物にならないようになってなくて安心したわ」
「ああ、これからも俺は冒険者を続けていくよ」
「ほっほっほ、始めたばかりで辞められてはこちらも困るがの」
「うふふ、楽しそうですね♪」
不安は山のようにあるが、それでも、今は仲間がいる事、そして冒険者を続けていけそうな事、それだけで十分だ。
それに、幸い飯もそこそこうまい、山菜や魚は近くでとれるので新鮮なのだ。
その日は皆とワイワイやりながら暮れて行った。
そして翌日、昼ごろにはカントールの町に戻ってくる事が出来た。
いろいろあって大変だったが、兎に角、先にチンピラの引き渡しをしてから冒険者協会に行くことにした。
報告もあるし、フィリナさんの事もある。
片づけられる事はさっさと片付けないとな。
協会に戻ると、いつものように三つ編みの受付嬢ティス・レミットさんが迎えてくれた。
「あら、お帰りなさい。何か大変だったみたいね。山賊捕まえたとか報告が来てるわよ」
「ええ、俺なんて死にかけましたよ……」
「あらあら、大変ね。でも冒険者なのだからがんばりなさい」
「分かってはいるんですがね……」
「それよりレミット、山賊団の報償金はあるんでしょ? 当然上乗せしてくれるのよね?」
「ええ、とりあえず基本報酬の金貨2枚、それから山賊退治で金貨4枚ね」
貨幣は金貨、銀貨、銅貨という基準で存在している。
銅貨は1枚10円くらいの価値がある、銅貨100枚で銀貨1枚と等価となり、1000円ほどということか。
金貨もまた銀貨100枚と等価であり、10万円ほどの価値となる。
ただ、勘違いしないでほしいのは銅と銀と金の価格比がそのままというわけではない。
銅貨は小さいし、銀貨はそこそこ、金貨は大きい。
比率は多少違うという事だけ理解しておいてくれればいいだろう。
ともあれ、合計すれば今回俺達のパーティは60万円の儲けが出た事になる。
一人頭でも15万円、バイト等なら一カ月分に相当する額だ。
そこそこの儲けではあるが、命を的にして稼いだにしては安いと言わざるを得ない。
それはティアミスも思ったのだろう。
「山賊退治が金貨4枚は少ないんじゃない?」
「そうはいっても、新興だったみたいで被害報告も少ないし、賞金がまだ小さいのよ、その辺は勘弁してもらうしかないわね」
「うう……」
結局山賊や盗賊等は賞金の額が報酬のすべてだ。
だから、俺達としては少し不満はあるものの許容するしかない。
ティアミスは悔しそうだったが、冒険者協会が中抜きしてる等という事は云わなかった。
何故ならその金で運営している協会に今までも助けられてきたからだ。
今度は変わって俺が前に出る。
「あの、フィリナ・アースティアさんを保護したのですが……」
「え……あの勇者パーティ”明けの明星”の?」
「どうも、お久しぶりですねレミットさん」
「あわあわあわわわわわわ……!!!」
「ちょ、レミット!?」
「レミットさん!?」
俺達の後ろからにゅっと現れたフィリナさんの姿を目にして泡を食ったかのようにぶっ倒れるレミットさん。
”明けの明星”の知名度を思えば仕方ないのかもしれないが……。
彼女が落ち着くまでしばらく時間を要した。
その間に、フィリナさんを見ようと集まってくる野次馬が増えてしまったため、場所を客室に移すことになった。
そして、これまであった事を大まかに話すことになる。
事情を知ったレミットさんは一瞬渋い顔をしたが、すぐに笑顔になって言う。
「それは、我々としては護衛をつけないわけにはいきませんね」
「護衛といいますけど、私、今はさほどお金の持ち合わせはないんですけど」
「大丈夫ですよ、冒険者協会は今の現状を憂慮している側ですから、費用は要りません。護衛は出来るだけ一流の者をつけさせますので」
「はあ、ではよろしくお願いします」
渋い顔になった理由が心配だが、ただまあ、気が読めるようになったのでそれがフィリナさんに対する殺気の類ではない事だけはわかった。
後はまあ心配ばかりしても仕方がない。
一度受付けに皆戻ることにした俺たちだが、丁度一つのパーティが協会の建物に入ってくるところだった。
銀髪碧眼引き締まったボディの巨乳戦士、服装はビキニ鎧あんな特徴的な人間がいるパーティはそういない。
後ろから女顔の剣士ウエインも付いてきている。
”銀狼”の御帰還のようだった。
「丁度良かった、セイン」
「何だ?」
「っとその前に清算済ませてしまうわね、今回はヴァンパイアロードの討伐だったわね」
「ああ、持って帰れたのはこの灰だけだがな」
「りょーかい、確かに受け取ったわ。報酬の金貨150枚数えておいてね」
「ああ、ヴィンス頼んだ」
「へいへい」
「それでセインお願いがあるんだけど」
「珍しいな、協会側の仕事か?」
「その通りよ、彼女を首都の大聖堂まで届けてほしいの」
「大聖堂まで? 彼女は……」
「フィリナ・アースティアさん、今度司教として赴任してきたの」
「その司教がなぜ協会に? 教団でも護衛はつけるはずだが」
「彼女は外の人間なのよ、この意味わからない?」
「ああなるほど……俗物司祭共とは敵対しているという事か……それにしても、その名前聞き覚えがあるな」
「そりゃあ”明けの明星”のフィリナ・アースティアを知らない人なんてそういないんじゃない?」
「なっ!!?」
そんな感じで話は進んでいるようだった。
実際協会としても今のままではソール教団との折り合いが悪いためそろそろ窓口がほしかったところらしい。
元々冒険者というのは何でも屋なわけだが、護衛や探索、家事手伝い以外にも事件を解決する自警団的要素もある。
依頼を受けて事件を解決する自警団的要素は協会の収入の中でも何割かいくメインの収入源らしい。
ティアミスの話によると、この自警団としての部分が何かと教団とぶつかるのだ。
理由は二通り、事件を起こす側であるときもあるし解決する側である事もある。
しかし、どちらにしろ依頼を受けて行ったあと教団とぶつかる事が多く、互いに見過ごせなくなってきているのも事実らしい。
それでもパーティを組んで最初に行った場所がそういう所であったのは運が悪かったというしかないのだが。
そんな話をティアミスとしていると、ウエインがやってきた。
「やあシンヤ、初のパーティ組んでの仕事お互い上手く行ったみたいだね」
「そうだな、どうにかこうにかという所は否めないが。ウエインお前はバンパイアロードと戦ったのか?」
「一応ね、とはいえ、ほとんど後衛で見てるだけだったけどさ。それでもみんなすごかったよ」
「嘘つけ、どうせ活躍したんだろ?」
「ははは……せいぜい一太刀浴びせたくらいさ、でもバンパイアロードは強すぎてかすり傷一つ付けるのがやっとだったけどね」
恥ずかしそうに言っているが、バンパイアロードと言うのがどれくらい強いのかは賞金の額でわかる。
金貨150枚、つまりは1500万円、俺達の依頼と賞金を合わせても金貨6枚なのだから、ざっと25倍は凄い計算だ。
とてもじゃないが俺なんてついて行くことすらできないだろう。
ウエインの成長ぶりがうかがえる話だった。
「今度時間が出来たら模擬戦やってくれよ。俺もちっとは強くなったと思うぜ」
「へぇそれは楽しみだね。でも僕だって成長してる事を忘れないでね」
「確かに、差が開いてないか心配だな」
だが、殺気を読めるようになったお陰で俺も格段に強くなったはず。
少なくとも引き離されていると言う事はない……と思いたい……。
それからも少しウエインと話し込んでいるとウエインがパーティからお呼びがかかった。
リーダーの人、銀髪ばいんばいんの女戦士確かセインとか呼ばれてたな。
あの人がウエインに目をつけたのだと言う、つまり将来ウエインは成功する事が約束されていると言う事になるんだろうな。
一通りやることが終わったので俺達は冒険者協会の建物から出る事にした。
最初に習得した金額の分配を行った、一人金貨1枚、残りはいざという時のために協会にある冒険者用貯金にまわした。
打ち上げ等をしようと言う話もあったが、ウアガは弟達や妹達が心配らしくさっさと引き上げて行った。
ニオラドの爺さんも、今回の旅で取ってきた草を煎じる事にするそうだ。
どちらも重要な事だが別に今すぐでなくてもとか思ってはいたが。
そして、ティアミスは俺の顔を見て言う。
「生きて帰ってこれたんだもの、今回は合格にしてあげるわ。でも、これからはすくんで動けないなんて事の無いようにしなさいよ」
「ああ、わかってる」
「それじゃ明日また冒険者協会に集合って事になってるからよろしくね」
「了解」
そうして、ティアミスとも別れ”桜待ち亭”への家路につく。
歩いていると、声をかけられたような気がした。
ただ、人通りの多いメインストリートでもあるここだ、気のせいと言う事もありうる。
しかし、そう思った時には背後に何かが突撃してきていた。
「おにーちゃん!! もう、きがつかなかったの?」
「えっ……もしかしてマーナか?」
「うん♪」
マーナというのは、俺がこの世界に来たばかりの時、たまたま知り合った少女だ。
5歳程度で赤みがかった茶髪と、くりくりっとした青い目が特徴的なまだ小学校にも行っていないくらいの子である。
好く見れば彼女の母親も手を振っている。
俺は立ち止まり彼女の母親が来るのを待つ。
「すいません、この子ったらあれ以来お兄ちゃんお兄ちゃんって」
「あー、カントールに住む事にしたんですか」
「はい、むこうは何かと物騒ですから」
「それはそうですね……」
「ねーねー、おにいちゃんは何してたの?」
「桜待ち亭でバイトしながら冒険者をはじめたんだ」
「ぼーけんしゃ?」
「ああ、ちょっと訳ありで他の国に行く方法がこれくらいしか思いつかなくてね」
「はあ……」
「おかーさん、ほかのくにって?」
「遠いところよ」
「えーおにーちゃんとーくにいっちゃやだ!」
俺は、こんなに慕ってもらえることがうれしく、しかし、情けなくもあった。
たまたまこの子の近くにいたのが俺だっただけで、実際に助けたのは勇者のパーティ”明けの明星”なのだ。
話しているうちにいたたまれなくなった俺はとりあえず連絡先として母親に”桜待ち亭”の事を教え、さっさと帰って来た。
”桜待ち亭”は今日も繁盛している。
俺がバイトをしていない間は、臨時雇いで近所の奥さんが手伝ってくれていたりもする。
そんな状況で帰って来た俺としては、どうすべきか少し考える。
しかし、幸い俺は今スタミナがきれる心配もない、さっきの事もあるし仕事に打ち込みたかった。
「えっ、帰って来たのに早速バイトするの? 最近調子悪かったみたいだけど大丈夫?」
「はい、すっかり良くなりました。今は元気有り余ってますから何を頼んでくれてもいいですよ」
「そう、じゃあ皿洗いからお願いね♪」
「了解しました!」
この元気のいい女性はアコリス・ニールセンさん。
明るくはきはきとして機敏に動きまわる彼女はみんなの人気者。
金色の髪も彼女が動きまわるとくっついて揺れる、そして胸も。
ふんわりとした服装も相まって大人気だ、凄い美人と言う訳ではないけれども毎日のように告白される様を見れば納得もいく。
”桜待ち亭”のウエイトレス兼、実はオーナーだったりもする。
シェフの筋肉料理人フランコさんと2人でこの店を切り盛りしている。
バイトは俺と近所のおばちゃん数名、これがだいたいの”桜待ち亭”主要メンバーだったりする。
最も、俺の仕事は基本的に物を運ぶことと皿洗い、ウエイターのまねごとをする時もあるが基本的に裏方だ。
料理の腕もまだまだだし。
だけど仕事をしている間は集中できるので嫌いではない。
まあ、スタミナ補正があるからだけど。
そんな感じで仕事を始めていると、いつもの客とはどうにも質の違う金持ちらしい金ぴかに着飾った男が入り込んできた。
アコリスさんはそれを見てすぐさま裏手に入り込む。
一体どうしたのかと視線を向けると、それ以上に驚くべきことが客の口より発せられた。
「アコリス、いい加減に私の愛を受け入れてくれ!! そこにいるんだろう!? 僕の目はごまかせない!
この、ソレガン・ヴェン・サンダーソン今日こそはいい返事をもらうまで帰らないぞ!!」
なんかもう、凄く痛い人っぽい発言だった。
出来れば関わりたくないと思いつつも、アコリスさんの事なら流石に知らんぷりも出来ない。
俺はアコリスさんが住み込みのバイトを許してくれたからどうにかやってこれたのだから。
そう、既に俺には次なる問題が投げかけられつつあったのだった。