〜『ガイア』 月白〜
蒼がイカロスに収容されたことを知ったのは作戦の二日後だった。
その間オレは自分の無力さをただ嘆いていた。
無気力に長めの黒髪を揺らし、虚ろ気味な紅の眼で世界を覗き、目つきの悪い不良のような顔に魂はこもっておらずまさに虚脱と言うのだろう。
緋色が用意したホテルでテレビを見ているとニュースに蒼のことがピックアップされていた。
キャスターと専門家が蒼のことをサイコパスと罵っていた。
「はぁ、どいつもこいつも最悪だな」
「イカロスか行ってみる価値はありそうだね」
隣に座る髪の長いバーテンダーの服をきた優男、緋色が言った。
この緋色という男は『酒宴円舞曲』《アルコールワルツ》というアルコールを自在に操る能力を持つレベル5の能力者だ。
「行ってみようよ折角の手がかりだし」
後ろのベットで横たわる三人組の一人である萌葱は言う。
身長は小学生ほどでいわゆる幼女体型で黒髪家の長女にあたる人間だ。この萌葱は電気と磁場を操る
『雷鳴天使』という能力がある。ちなみにレベルは緋色と同じ5だ。
その隣にいる和服の似合う黒髪に紺碧のをした女は紫紺、能力は
『王の雫』主に酸性の劇物を操る能力を持っている。
さらに奥でのんびり昼寝をしているクールで長い髪を持っているのが秘色。彼女の能力はいまだに不明だ。使わないのか使えないかさえ分からない。
「イカロスか……あそこには
『帝の椅子』の本部がある。下手に近づけば殺される」
「だが、行かなければなにも変わりないでありんす」
楽観的にいう紫紺に対して少しイラつきを覚えた、単に紫紺にイラついたのではない、ただ心に余裕が持てなかった自分が恥ずかしかっただけだった。
ため息をついたとき事は起こった。
月白のケータイのバイブが鳴った。あて先は非通知だった。
会話ボタンを押し耳元にケータイを近づけた。
『月白か?』
相手はエーテルだった。
エーテルというのは本名らしく普段は能力兼コードネームの
『運命』知られている。能力は運命操作とでもいうのか本人が言うのには命を持たない物を自在に操るレベル8だ。
「なんだ? こっちは作戦が失敗してイラついているところなんだが?」
『すまない、どうやらローレライが裏切ったらしい、そのせいでキャンセラーを介入させてしまった』
「お前のせいではないと言いたいのか?』
『釈明はしないオレから情報が漏れた可能性があるからな』
どことなく声に活力がない。あちらも何かと大変だったらしい。
「そんなことを言うだけに掛けてきたのか?」
『なら話が早いな、今すぐイカロスに向かえ、二か月後イカロスの空賊の基地にて黒髪 鳩羽と黒髪 白群の公開処刑始まる。どうやら奴らは我々を誘っているらしい』
「じゃあ、なんでわざわざその誘いに乗らなくてはいけないんだ? 飛んで火にいる夏の虫になれと?」
帝の椅子に立ち向かえるほどの力はオレたちにはない。
疑問に思いながら話を続けた。
『そうだな、たしかに今のお前たち全員の力をもってしても勝てるわけがない。がある情報が手に入った』
「ある情報?」
『黒髪 蒼がイカロスにて樹海賊を支配していた者たちを壊滅させた』
「つまり、蒼がイカロスにいるから行く価値はあると?」
蒼という単語を聞いた瞬間から慌ただしく旅路の支度を始めた。
『秘色にとっては白群の死はそのままダメージとなるチャンスはない』
「白群って――」
その言葉を聞いた秘色は月白のケータイを無理やり奪い取った。
とても、切ないような懇願しているような顔だった。まるでその人に生きていて欲しいように。
「白群がどうしたか言って」
いつものように噛んでいない。
熱心に話を聞いている。その眼にはうっすら涙のようなものがチラリと見えた。
「そうか、それはよかった」
そう言ってケータイを月白に手渡した。
「イカロスへ行こうみんな」
全員、すでに支度は出来ていた。
ホテルを出て空港に月白たちは向かった。
〜『ホーム』茜〜
ユキヒラを倒した茜はレッドたちが住むホームに到着した。
話に聞いていたとおり、海の上にぽつんと島があるような状態だった。本来ならこの島の上に巨大な要塞のようなものがあるらしいが、ユキヒラの強襲で壊滅したらしい。
船から降り何もない更地を歩く。そこには遮蔽物なんて無く突風が茜の髪を揺らした。残念ながら茜には他に揺れるようなところはない。
ふと自分の胸に両手を胸に当てた。
「大丈夫、まだ希望はある」
自分にそう言い聞かせ胸に手を当てていると。
「なんだ〜お前も胸とか気にしてんの?」
ゲリラ的に現れたバンダナがトレードマークの中肉の男、レッドがにやにやしながら顔を覗かしていた。
「きゃ、きゃあ!! いきなりなんですか!!」
突然すぎて赤面する。おどおどしながら振り返りレッドの方を見る。
「いや、そういえば十年前を思い出すな〜」
「十年前になにかあったんですか?」
少し恥ずかしそうにレッドは目をそむけながら言った。
「妹がいたんだ。まぁ、すぐに樹海賊のところに行っちまったけどな。そいつが可愛くてな生まれつき頭にオオカミの耳と鋭い犬歯が生えていたんだ、その耳はあらゆる動物の感情や思いを感じることが出来て犬歯の生えた口はあらゆる動物に自分の感情を伝えることができたんだ。自慢の妹だった……オレの糞みたいな能力に比べたらな」
寂びしそうな顔だった。もう二度と会えないような口調だった。
「そういえばレッドさんはどんな能力なんですか?」
「わかりやすく言えば威嚇だよ」
そういってレッドは眼に手をゆっくりとかざした。
大きく深呼吸して手を放す。まだ眼は閉じられていた。
眼を開けた時、茜は始めて突き刺さるような視線をレッドの眼から感じた。茜は目を逸らす事も能力を発動することすら出来ないくらい恐怖に縛り付けられた。まるで首筋に鋭い刀を当てているようだった。
身体が凍りつくとはこのことをいうのだろう。本当に体がピクリとも動かせない。
その後、ゆっくりとレッドは手を茜の首筋に触れる。その三秒も経たない出来事がまるで永遠の恐怖にも覚えた。
レッドはにっこりと笑い能力を停止させた。
今度はいつもどおりのレッドに戻っていた。さっきまでのことがまるで嘘のように。
「今ので一割も出していない。本気を出せば相手の精神を掌握することだって出来る」
これがレッドの反転、今までに見たことのない恐怖という感情に干渉する能力。これでまだ一割以下だというのが耳を疑う。
「さてと雑談はこれくらいにして、手伝ってくれ人手が足りないんだ」
レッドは振り返り歩き出した。
「最後にひとつ聞きます。なぜ反転が使えるのですか?」
レッドは立ち止まりこういった。
「『ミストルテインの種』を宿したからだろ?」
「ミストルテインの種?」
レッドは手でこっちに来いと手で指示をだして歩き出した。
追いかけるように茜はレッドの後をついた。
「ミストルテインの種っていうのは人体にのみ寄生する植物の種の事だ。実際に発芽するところはほんの一瞬で後は人間の脳の奥深くにある神経を刺激し寄生者の特異な能力の増長、覚醒を促す作用がある。これが反転の原因だ。種自体はそこらにあるからここイカロスでは反転が使えること自体がごくごく一般的なんだ。たしかガイアとタイタンではこの種は使用禁止薬物になっているはずだから知らないのも無理はないな」
これが反転の真実だった。
狼狽しながら地面を見ると黒い粒のようなものが落ちていた。
黒い粒を拾ってレッドに言った。
「まさかこれがミストルテインの種じゃないですよね〜」
「ああそれだミストルテインの種」
まさかここまで簡単にこんなものが落ちているとは思いもしなかった。
ここイカロスは茜の予想を超えるものが腐るほどあるらしい。
「でも、それを飲み込んで反転が使えるようになるには種自体の個性に左右されことが多いんだ。実際にお前も受け入れたろ?」
茜の中にいるプロメテウスもそのひとつだ。
種にも性格というものがあり合う合わないは存在している。
「でもって、種との相性が良いと更に進化する。茜ちゃんの体自体が炎になったりするとか」
「なるほど、同調すればするほどより強い反転になるですか……」
レッドはうなずくと船員のところに行った。
なにやら部下の一人と話している。たしか相手はレッドに思いきりドロップキックを喰らわせていた人だ。
会話を終えてこちらに帰ってくるとこう言った。
「危ないから離れて」
「えっ――」
ゴゴゴゴゴゴと地鳴りが始まった。
いきなり地面が盛り上がると徐々に形を変えていった。
「ななななななんですか一体!?」
茜を含めたガイア出身の女の子たちは悲鳴を上げた。
「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」
黄色い声が反響した。
盛り上がった地面は一軒の大きな建物と倉庫になった。
「終わった終わった。ご苦労さんみんな」
「なんなんですか?」
「これも反転だよ。さっき話していたやつは建築士で能力は無機物を操る反転をもっているんだ」
それでこのたった数分で一軒の建物と倉庫を作成してしまうなんて、と茜は驚きのあまり口をパクパクさせた。
建物は一階建ての和風な造りだった。イメージでいうならドラマに出てくる和風の旅館かな。
「さて、そろそろかな」
ガイアから来た女の子たちをレッドが呼び集め始めた。
レッドは金とこの女の子たちを交換し、その後茜が輸送車をふっとばしてレッドのところに帰ってくるという作戦。
全員が集まるとタイミングよく一台のトラックがやってきた。
トラックはレッドの言っていたクライアントの車だろう一度にたくさんの人を運ぶようにするため。
だが茜には好都合だった。一台なら潰すのも簡単でなおかつ逃げられる心配がないからだ。
トラックから人相の悪い男たちが二人ほど出てきた。
「約束の品を取りに来ました」
男の一人がレッドに頭を垂れる。
「こちらになります」
そう言ってこちらを示す。
打消しの文「では約束の金を」
もう一人の男がアタッシュケースをトラックから取り出し差し出した。
レッドが中を確認すると。
「今回は上玉だからこれじゃあ半分の人数にも満たないな。あと二十はだせ」
そう言って目を手で塞ぎ、再び目を開けた。
それを見た男たちは硬直し震えながらさらにアタッシュケースを二つ追加した。
「よし、交渉成立だ」
そう言って茜を含めた十人はトラックの荷台に放り込まれた。
中は薄暗く無機質で冷たい空気が漂っていた。
そうしてトラックが走り出した。
おそらく、もう二キロは走っているだろう。
茜は深呼吸を始めて座席の方に向い壁に手を当て能力を発動させた。
トラックの前方部分が燃え盛った。
これが初めての殺人だったが不思議と罪悪感はなかった。
茜たちはレッドのもとに戻っていった。
〜『牢獄』鳩羽〜
そこは静かだった。
そこは汚かった。
そこは寂しかった。
そこは空しかった。
そこは悲しかった。
そこは怖かった。
そこは嫌だった。
そこは二人だった。
「鳩羽じゃないか」
どうやら鳩羽は兄弟とおなじ牢屋に入れられたらしい。
「久しぶりだね白群」
目の前にいる少しがたいの良い鼻筋の通った短い赤髪の男、白群だった。
「お前も処刑されるのか?」
「うん、もう少し生きたかったな〜」
「また秘色と歌いたかったな」
二人は過去の思い出に浸った。
〜『ホーム』茜〜
「お疲れさん、金も手に入ったしなにより無事だったことがね」
椅子に座り目の前の大金を眺めてにやけながら茜たちに言った。
「いくら手に入ったんですか?」
「二十億円は軽く超えたな」
女の子たちは騒然とする。
「私たちにはお金は貰えるのですか?」
一人の子が思い切って聞いてみる。たしかあの金髪の女の子はローズだったかな。
「ん、もちろん――」
女の子たちは歓喜の声を上げて喜んでいた。
まるで試験に合格した受験生のようだった。
「もちろん君たちには一円もあげないよ」
今度はまるで試験に失敗して憧れのスクールライフを取り逃がしたドンマイな学生さんのようだった。
そしてブーイングと罵倒の嵐が始まった。あまりの音量にレッドは耳を塞いだ。
「ストップストォォォォォォォォップ!!」
大声で軽く能力を発動したレッドは、なんというか黙らせたに近い。
「ここイカロスでは金のある奴はそれだけで殺人対象になっちまうんだ。だから少しでもそういったリスクを減らすために金は水賊が預かる。別にオレたちが独り占めしようというわけじゃない。ちゃんと生活品や服、食糧あと娯楽品は貿易でなんとかするし貿易には金が必要だ。それと言ってはなんだがこれを君たちにあげる」
レッドは小さな袋を取り出すとなかにはミストルテインの種だった。
「それはなんですか?」
「抗生物質だよ。ここはガイアみたいな高い医療技術はないから病気を未然に防ぐ必要があるんだ。これを飲めば病気などの症状を和らげる効果があるよ」
息をするように嘘をつくレッドに冷たい視線を送る。
それに気づいたレッドはにこやかに笑った。
「じゃあ、寝る前にちゃんと服用するんだよ。変な副作用があるけど日常生活には問題は全くないから安心して、たぶん……」
種をひとつずつ配り終えるとレッドは欠伸をしてこう言った。
「君たちはもう死んだことになっている。もう帰る場所なんか無いんだよだから全てを受け止めるんだ。せめて今日起こる出来事にもね。じゃあオレは寝るみんなも早く寝るといい」
そういって手を振りながら自分の部屋にもどっていった。
他にすることもなく部屋に戻るとやっぱりみんな哀しみで涙をこぼした。
部屋も和風の造りで押し入れに布団が入っている部屋だった。
まぁ、種を服用したから夜中はすすり泣きはなくとても静かだった。
〜『砂漠』蒼〜
「砂漠って夜は寒いんだな……」
たしか基地を出たのが三日前だった。
あの後オレは気持ちよくぐっすりと眠っていたら。甘い匂いで起きたと思ったらアゲハがなぜかオレのベットで寝ていて、色々なところにツッコミを入れグダグダの会話をアゲハとしてたらセレストさんが旅支度をしてくれて有無言わされず砂漠に行く羽目になったのだった。それから二日と半日はアゲハの手下のキリサメ(クゥとか言ったけ?)がここまで運んでくれた。これが今までの経緯だ以上。
「寒いね蒼」
そう言ってオレの寝袋の中に乱入するアゲハ。
どうやらこいつはオレにくっつくのが好きらしい。まぁ、嫌われるよりはマシか……
「明日はいよいよインディゴとの交渉だ長くなるかもしれないから早く寝ろ」
空襲まであと五十八日
十一話終わり