〜『砂漠』蒼〜
今、オレは砂漠の真ん中にいる、オオカミの耳の生えた頭にピンクのロングヘアーを揺らし、パッチリとした目に少し裾がボロボロのワンピースのような服の小柄な美幼女のアゲハと共に。
夜は極寒、昼は灼熱という過酷な環境にさらされる事もう二日、水も食糧も底を尽きている。あるのは常人のは扱うこともできないショットガン、ハイドラくらいだった。
ハイドラとは俗称であり、本当の銃の銘ではない。
このままだと間違いなく熱中症でくたばるといったところか。
はやくインディゴを見つけ契約を交わさないと命が危ない。
「しかし、まだインディゴは見つからないのか……」
暑さのせいか汗がだらだらと白髪の頭から流れ落ちる。蒼は生まれつき髪が白く目が赤い原因は不明だが色素の病気らしい。
「もうちょっとだって、クゥが言っている」
クゥとはアゲハが連れてきた下っ端キリサメのことである。キリサメとはイカロスの樹海に住む頭のよい巨大な黒いオオカミのことである。
蒼を仲介人としたのもこのキリサメのアルビノ種であるラセットである。
「本当かよ、不安になってきた」
のんきにとぼとぼ歩いていると地鳴りが始まった。
「な、なんだ!!?」
バランスを崩しその場に思いきり転ぶ蒼。楽しそうにアゲハが蒼に飛び込んできた。
どさくさに紛れてこいつは……
砂の中から四足歩行で大きな角とハンマーのような尻尾が生え、体には鋼鉄のような砂と同じ色の甲殻を纏った竜のような生物が飛び出した。
大きさは十メートルを簡単に超えているだろうキリサメが可愛く見える。
その生物は名を『スナアラシ』という。このイカロスでもメジャーな生物だそうだ。
メジャーなだけにどのくらい危険かもわかっている、聞く話によると対物ライフルでもあの甲殻は貫けないらしく、尻尾の一撃を喰らえば装甲車ですら木端微塵になり、その角の生えた突進を始めたら厚さ五メートルのコンクリートの壁を破壊するらしい。
そんな危険生物でも性格は温厚で好奇心に溢れ滅多な事がない限り人に害を与えない。
だが、それはメスと子供に限った話である。
もともと、スナアラシはオスが極端に少なく九十パーセントはメス。
「あれはオスかメスか?」
薄々感じる悪寒に息を呑みながらアゲハに聞く。
「オスだよ」
やっぱりなと蒼はため息を吐き、シュラ・モードを発動させた。
シュラ・モードとは一時的に蒼の身体能力を高め普通の人間の十数倍は軽々超える能力の事である。
実際、銃弾は目視で確認できるし時間を操る能力者と互角に渡り合える反射神経に瞬発力も兼ね備え極めつけに腕力は重機なみにあるという事実。
案の定、スナアラシは蒼たちに突進してきた。
蒼は身構え迎撃態勢に入った――
ドゴォォォォン!! と轟音と共にいきなり地面から巨大なハンマーが現れスナアラシを襲った。
それがスナアラシの尻尾であったのに気付いたには若干の時間が必要だった。
あのハンマーが本当に尻尾だったら――
尻尾は通常のスナアラシの本体と同じ大きさだったからである。
本体が砂から出てきた瞬間、蒼は度胆を抜き、目を疑った。
体長は五十メートルほどあり、角は色が変色し綺麗な紫色で明らかに他のスナアラシと明らかに格が違った。
「こんなところに人が来るとは珍しい、君がラセットの言っていた仲介人かい? って言ってるよ蒼」
「じゃあ、あんたがインディゴか?」
「そうだ、我がこの砂漠を統べる番人インディゴだ、って言ってる」
通訳はアゲハに任せる
「じゃあ話は早いな契約して欲しい」
インディゴは顔を近づけると。
「おぬし、
『白神 黒衣』に似ておるの、って言ってる」
相変わらずアゲハが通訳をしているせいか、温厚な感じだった。
「白神 黒衣ってだれ?」
「そうか、奴を知らぬということは血縁ではないのか、まぁいい、黒衣とは最強の反転使いでその能力は闇と影を操る能力を持っている人間じゃ。たしか十七年前に処刑されたらしいがなてっきりその血縁かと思ったが違っていたならそれでいい、うむでは契約と行きたいところだがその前に試練と行こうかの、だって」
「なにをすればいいんだ?」
「簡単だ我をここから動かせば試練は合格じゃ、だって」
「なんだそんなことか……」
蒼はインディゴの足元に行きその大木のような足を持ち上げた。
足はズシリと重く何万年とそこに生えた木のようにも思えた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
重く触っただけでもその手に重さが残る。
気合を込め叫びながらシュラ・モードでも限界の力を発揮した。
少しだけ足が浮いた。
そのまま、勢いに任せインディゴを横転させた。
驚いたインディゴは大咆哮を上げた。まるで一杯食わされた言わんばかりに。
実際、ここまで簡単に事が進むなんて蒼は思いもしなかった。
「合格じゃ、証しを見せろって言ってるよ」
インディゴは立ち上がり蒼の肩にある十字の文様を見ると角を当てた。
その瞬間、肩の文様が形を変え色を変えた。
肩にある十字架の一番下に砂漠を象徴する紫のデザートローズが刻まれていた。
「その、砂漠を意味するデザートローズは新たな挑戦の象徴、試練の開始の証しじゃ」
「新たな挑戦か……ありがとうなインディゴ。って言葉が分かる!?」
驚きを隠せないで狼狽する蒼。
うむと言わんばかりにインディゴは頭をぐいっと上げた。
「この紋章があれば我と自由に会話することができる。まぁ、わざわざ我のところに来てまで喋ろうとは思わんだろうがな」
インディゴは寂しそうに吐露していた。
こんな砂漠にふつうの人間が来ようと思わない。
「じゃあ、ここに来たのも何かの縁ださっき言っていた黒衣の話を聞かしてくれないか?」
「わかった、こんな老いぼれの話でよければのう。たしかあれはさかのぼること二千年前になるのう。この世界に初めて反転というものが生まれそれを四人の人間が継承した。一人は永遠の時を継承し、一人は大樹となりその力の片鱗を与え、一人は器にその力を注ぎ、一人は欲を力とし永遠と大樹そして器を自分の物にしようと試みた」
一息ついたインディゴはゆっくりと体を横にした。
「大樹となりし者は『ミストルテイン』と名乗り、器に力を注いだ者は
『白神 黒衣』と名乗り、欲を力としたものは自らを『皇帝』と名乗った。最後の永遠を手にしたのは……永遠を手にした者の名はたしか……すまん忘れてしまった、たしか女だったのは覚えてるのだが昔のことなのでな」
永遠か、一瞬蒼は自分の母である青を思い浮かべた。
「その後、皇帝は思うがまま自分のその強大な力を行使し莫大な力を手にした。だが黒衣はそれをよしと思わなかった、決死の思いで皇帝に反旗を翻した。結果は敗北じゃったが皇帝の心は恐怖という文字が刻み込まれたらしい。最後に黒衣はこう言った『俺には最強の器を作る鬼とそれを使う最恐の鬼をある者に託した。その二人が貴様を殺しにかかる』そして死んだ。それがどこの誰かは分からないがその鬼を皇帝は血眼になって探しておる。それ以来この世界は皇帝の意志で変わってきた。現に三つの都市が創られたのも皇帝の力によるものじゃ。ひとつの場所に人を集めれば探す手間も省けるからのう。そうして今の世界が出来上がったというわけじゃ」
インディゴは一息つき穏やかな目で蒼を見た。
「我は黒衣に出会ったことが一度だけある。その面影がお主ともう一人最近出会った若者に見えたがどちらも外れじゃった」
まるで苦笑いでもしているような声だった。
「その若者の名前は?」
首を捻り記憶を探るインディゴ。
「そうれは、言えぬ、その若者に口封じされたからのう」
感傷に浸るようにインディゴは語った。
蒼は立ち上がり、砂を払った。
「そろそろ、先に行く」
「ならば、ここから火山に行くと良いあそこに見える巨大な山の頂上にヴァ―ミリオンがおる」
インディゴは角で火山を指した。
「そっか、ありがとうな」
インディゴは思いついたのか角を手近の岩に突き刺した。
衝撃波と同時に甲高い美しい音色が砂漠に響き渡った。
「ど、どうしたんだ!?」
慌てながら蒼は言った。
「まぁまて、そろそろ来るかのう」
鷹のような鳴き声を響かせながら空から大きな猛禽類のような体格をした鳥がインディゴの角に止まった。
「こいつは、デザートイーグルのツバサという。この背中に乗って火山の麓まで連れて行ってもらえ」
蒼とアゲハはキリサメのクゥに別れを告げてツバサに飛び乗った。
「そういえば、名はなんと申す?」
「オレは黒髪 蒼だ」
そう言ってツバサは飛び立った。
「そういえば、あの千年前の若者も黒髪 銀とも名乗っておったのう、これは面白くなってきたのう……」
ツバサは人間を二人を背中に乗せているが余裕で上昇していった。
「高いなアゲハ!!」
「うん! 高いね蒼!!」
おそらく地上から八百メートルは超えているが火山の頂上はその上にあった。
さらに上昇を重ねずいぶんと高い地点に来てようやくツバサの限界が来たのか近くに生えてる木に留まった。
蒼とアゲハは木から飛び降りツバサに別れを告げた。
「さてと歩くとするか」
このまま徒歩で頂上を目指す。出来れば今日中に二つ目の契約を結びたいところだ。
そう思いながら足を上へと進める。
火山と言ってもこれは崖だ。うんこれは崖だ。
頂上は煙を立ち込め時より火柱が立っていた。
本当にこんなところにヴァ―ミリオン。いや、生物がいるのかどうかすら疑いたいものだ。
ロッククライミングをしているような体勢で蒼はのんびりとそう思っていた。
「蒼もうちょっとまっ――」
バキリッ、とアゲハの足場が崩れそのまま落下していった。
不味い、このままだと三十メートル下の岩場に激突する。
『シュラ・モード』
蒼は垂直な崖を一気に駆け下りアゲハの落下速度を上を行く。
間一髪、蒼はアゲハを抱きかかえると崖の出っ張りに手を着き片腕の力だけで落下エネルギーを受け止めそのまま腕を曲げその勢いで跳躍をする。
今度は逆に崖を垂直に上る。見方を変えれば地面をただ走っているようにも見える。
常人にはまず不可能な行動である。しかも数十キロの重さはあるハイドラにアゲハという子供を一人抱えて走っている。
その勢いで頂上まで駆け上る。
頂上の端に手を掛けてよじ登るとイカロスの砂漠から樹海、綺麗な青い海が一望できた。
その後ろは溶岩のはずだった。
溶岩だったといえば溶岩……
火口の真ん中の高いところに浮いてる島が見え、何かの鳴き声が聞こえる。
蒼はアゲハを抱えたまま助走をつけ跳んだ。
島までの距離あと十メートルくらいのところで頭の方から一気にアッパーのような突風に襲われた。
島のところまで吹き飛ばされた。おそらくこの風でこの島は浮いているのだろう。
頭から着地し、もがき苦しむ蒼。
「いって〜、アゲハ大丈夫か?」
アゲハは着地に成功していたのか楽しそうに跳ねていた。
「楽しいね!! 蒼!!」
「そいつはなによりだ……」
この子に恐怖という文字はないのか、と蒼は冷や汗をかく。
立ち上がり回りを見まわすと辺りには植物が生え、生き物がゆったりと歩いていた。そこは火山の上とは思えなかった。とりあえず奥へと歩みを進める。
進めば進むほど火山とは思えなかった、中央に行くとぽっかりと穴が開き下を覗くと背中から突風が蒼とアゲハを襲った。
そのまま溶岩が沸き立つ火山の中にダイブした形となる。
蒼の頭には走馬灯が走った。
「ははははは、流石に死ぬ」
一言、断末魔とだけ言っておこう。
〜『ホーム』茜〜
イカロスに来て結構経つ、奴隷として連れてこられた女の子たちはレッドの策略どおり反転に覚醒した。
能力もなかなか質がよかったらしくレッドはどや顔をかまし、女の子たちは新たな可能性に胸を踊らせていた。
活気があるのは構わないがむちゃぶりはやめてほしいとつくづく思う。
そう思いながら茶髪に黒目の日系の顔立ちした茜は浜辺でのんびりと潮風にあたっていた。
一瞬、イカロスの中央にある火山から高らかな笑い声が聞こえたのは気のせいだろう。
茜は手の平に目をやる。
ボファッ、と炎があふれ出る。
この力は以前ローレライから受け取ったミストルテインの種により覚醒した反転である。主に炎を操る能力、通称『炎使い』イカロスに来る前はせいぜいガラスを溶かす程度の能力だったが今は鉄を沸騰させる程度の火力を持っている。残念な話だが手が濡れていると能力は発動しない。
そして何より肉体が炎化するという実に非科学的な話だ。
茜はこの謎を解き明かすために思考回路を必死に繋げている。
仮定としては人体のタンパク質が攻撃により何らかの変化が起き炭素と水素に分かれる、能力の発火現象で爆発的な炎が体内で生成され、能力を停止させた瞬間に空気中の水素と炭素だけを取り込みタンパク質を形成する。
骨はリン酸カルシウムが大体を占めている。分かりやすく言えばリンとカルシウムだ。確かリンには自然発火が起きやすい同素体の黄リンというものがあるこれをきっと体内で生成しているのだろう。
これが発火のきっかけなのだろう。
カルシウムは単体だと引火して酸化カルシウムになったはず。
こう仮定すれば謎が解けた。脳がどうなっているかを除き。
そう、問題は脳なのである。
脳がなければ思考することが出来ない、能力も発動することも。
ユキヒラと戦った時を思い出す。
たしか、船の上で突進に直撃したあのときのことを。
頭の中をかき回しながら思考を続ける。
激突してから意識が戻るまでの記憶を。
記憶?
そう言えば記憶が無いユキヒラと激突した瞬間の記憶が――
「なるほど、頭部を攻撃されると脳が一時的に炎化し防御態勢に入るのね……」
炎化の要因を除き茜の仮定の話は成立する。
頭の中がすっきりした茜は炎を消して含み笑いをした。
〜『ガイア』エーテル〜
これでよかったのか黒衣?
心の中でそう呟いた。
エーテル、またの名を『運命』ともいう、彼が使う反転は運命操作とでも言うのか全ての物質を操ることが出来る。ただし自分以外の命を持つ物は操作は出来ない。
喫茶店でコーヒーを飲みながら刀の手入れをしている。
一メートル半のただの刀なのだが、これは黒衣が造ったこの世で最もよく斬れる刀だ。
実際、この刀は合金の鉄板をバターのように切り裂く。
使っていて分かったがこの刀の材質はミスリルという伝説上の金属で出来ている。
これを持つだけで能力の強化ができる強靭な武器でもある。
能力で光の運命を変え他の人間に刀は見えていない。
エーテルは黒衣の数少ない戦友だった。
奴に反乱するまでは。
「皇帝」
皇帝、帝の椅子で最強最悪を誇る唯一絶対の力を持つ者。測定の上限がなければおそらくレベル10以上
エーテルのはるか上を行く。
奴は永遠の存在である青を捕らえ自分の物とした。
だが、それは失敗した。
青が産み落とした十四人の子供の最初の三人の子
『鉄』『銅』『銀』によって。
皇帝はその事に激怒し三人に死より重い罪を償わせた。
『鉄』は体中を蟲に食い潰され死へ
『銅』はを酸の海に沈められ死へ
しかも、青が見ている目の前でこの二人は死んでいった。
だが、銀だけは違った。
銀だけは皇帝の手で直接イカロスの火山の中に沈められた。
理由は簡単だった。銀は黒衣に似ていたからだ、顔から体つきそして能力までもそっくりだからだ。
未だに銀が死んだという話を聞かない。溶岩の中で原型を留めているはずもないがな。
まだ、希望はある。あとは蒼だけだ。
マグカップを見るとコーヒーはなくなり空だった。
刀を鞘にしまい喫茶店を後にした。
向かう先はイカロス。
――空襲まで推定五十五日――
第十二話終わり