魔王領、人間達からそう呼ばれる区域、現状その中央に存在する巨大な城がある。
魔王城、魔物達からも人間達からもそう呼ばれる魔族の牙城。
昼なお暗い暗雲が立ち込め、周囲には闇に浮かび上がる魔王の顔が映るかのよう。
それは、魔王の威光が伝わりにくい下級の魔獣や魔族にあまねく畏怖を植え付け、敵対する人間達の反抗心をなえさせる。
多重に魔法を仕込んだ特殊な城である事もあり、暗雲は唯立ち込めている訳でもない。
敵対者には雷による先制攻撃が加えられる事になっている。
その他にも、城の周辺には結界も存在しており、外部からの攻撃を受け付けず、
更には内部には無数の罠が仕掛けられている。
そんな、現在の軍事基地より徹底した作りである魔王城に住まう存在は当然、魔王領の中核をなす者達である。
魔王軍の主力、そして、魔王と4魔将と呼ばれる魔王の側近たち。
もっとも、現在その肝心な魔王が不在であり、4魔将が実質の最高権力者と言えるのだが。
今日は貴族達も集め、ここ一年で何度目かの会議が行われる事になっていた。
「我らを集めるだけの何かをあ奴らは手にしたのか?」
「恐らく……魔王様の代替わりではないかと……」
「ふむ……」
席に着く、貴族の一人が言葉を交わす。
魔族における貴族とは即ち強大な力を持つ者の事を指す。
とはいえ、力だけでは領地を納める事は出来ないため、或る程度の頭は持っているのだが。
貴族の背後にいる魔族が対応していたが、専門家のようなものだろう。
実際、力こそ権力と言っていても、圧倒的な差がない限り、共闘されれば一人のほうが落ちる。
それをされないための処世術は必要だった。
「四魔将が4位、月夜の支配者アルベルト・ハイア・ホーヘンシュタイン様御入室」
魔王が使う謁見の間を用いてする会議であるため、一段高い場所から現れる顔色の悪い男。
白というより、青と言った方がい肌色をしており、男であるのに妖艶とさえ思える色気を醸し出している。
赤い裏地を持つ黒いマントと、黒いタキシードを身につけ、独特の緑色に近い銀髪をしている。
この男に近づくのは危険だと、普通の人間ならば一目でわかるだろう、だが同時に目を話す事は難しいかもしれない。
そういう怪しげな魅力を持つ男であった。
「四魔将が3位、烈火の猛将レオン・ザ・バルヒード様御入室」
「なんだ、辛気臭せえ呼び出し方しやがって、もっと気合い入れろ気合い」
「はっ、はあ……」
「燃やすぞ」
「失礼ぼぉあ!?!?」
入室の係員を行き成り燃やした燃えるような柿色とオレンジの組み合わせの髪色、浅黒い肌、威圧的な体躯。
3m近くある身長と体温が明らかに普通ではない証拠に燐光を放っている。
しかし何よりも特徴的なのは野性的で攻撃的なその表情だった。
鋭い目はギラついていて飢えているようであり、口元は常に笑いの形で固定されている。
ただし、唯の笑いではない、牙がその口から覗いており、鋭い犬歯と豪快な眉を見れば誰が見ても荒くれ者と一目でわかる。
そして、係員を燃やしたその力を考えれば当然ながら人ではありえない。
「相変わらずお前は短気だのう」
「四魔将の2位、魔界軍師ゾーグ・ガルジット・ダルナーク様御入室」
「余計なお世話だ陰険坊主が!!」
「全く狂犬には敵わんわい」
レオンを相手に肩をすくめた紫色の肌の男なのだろうか、マントを羽織っている所からすればそうも見える。
しかし、人の姿からはかなりかけ離れた存在だ、腕が4本あり、額には3つめの目が赤く輝いている。
体躯こそさほどでもないが、確かに、炎の巨人に相対するだけの異形ではあるだろう。
「四魔将が1位、魔軍司令ラスヴェリス・アルテ・カーマイン様ご入室」
今までのどよめきが嘘のように静まる。
入ってきたのは、人間とさほど変わらないように見える女性。
血のように赤い髪をストレートに伸ばしており、腰まで届くその髪がマントの上からも輝いて見えた。
マントもその下に着込んでいる鎧も漆黒で塗り固められており、肌の露出は顔だけという完全武装。
しかし、鎧の厚みはさほどでもないのだろう、体のラインがある程度分かる作りになっていた。
それから類推すれば、彼女は人類でも類を見ないプロポーションをしており、
美しい顔立ちと相まって女神と評してもいいかもしれない。
それが、現魔王軍のTOPである事はかなりの皮肉だった。
しかし、その魔力は明らかに他の3人の魔将よりも上であり、そして、携えたその剣も凄まじい。
サイズこそ違うものの、魔王がラドナへの示威行為を行おうとした時に使っていた魔王剣そのものである。
即ち、それを一振りすれば山さえも断つということに他ならない。
それだけに、凄まじい魔力を消費するが、彼女にとっては何ほどの事もなかった。
なぜならば、彼女こそ、魔王ラドヴェイドの娘なのだから……。
「忙しき折、皆に集ってもらい感謝する」
ラスヴェリスは、玉座の前に立ち、諸侯を見回しながら言葉をつむぐ。
現状、魔王の代理であるラスヴェリスにとってそこに座る事は不可能ではない。
しかし、玉座に座る事が出来るのはラドヴェイドのみであるとラスヴェリスは考えていた。
だが、諸侯の前には立つ必要があり、そのためには他の3将と同じ位置にいるわけにはいかない。
なにより、そうするとゾーグがイニシアチブを取り始める事は明白だった。
そのため、ラスヴェリスはあえて玉座の前に立つことで他の3魔将との地位の差を見せつけている。
「欠席した諸侯は元々動けぬアルウラネとヘイガーのみと言う事でよいな?」
「「はは」」
「ん? アルウラネの所の代理人はいつもの騎士ではないのか?」
「はは、本日よりアルウラネ様の代理をさせていただく事になりました石神龍言(いしがみ・りゅうげん)と申します」
「……!?」
「そうか、しかし、アルウラネも人間を代理によこすとは……」
「何か問題でもありましたでしょうか?」
「ある、あるに決まっておるであろうが!!」
「黙れよゾーグ、誰が発現を許したか?」
「……はは」
人間の男を見たゾーグは凄まじく動揺しているようだった。
ふむと、ラスヴェリスは考える、ゾーグへの牽制としてこの男を会議の場に残しておくのは悪くないと。
しかし、同時に人間が何故ゾーグと係り合いを持っており、
更にはアルウラネが代理として寄こしてきたのか気にはなった。
ラスヴェリスは少しその男を注意して見る。
男は、魔族領域にあって、異様に目立つ服装をしていた。
この世界の住人には分からないが、白い上下のスーツを着て、眼鏡をかけオールバックの髪型でバリっと決めている。
こんな服装をする人間等他にはいないだろう。そう、少なくともこの世界においては。
「人でありながら貴族の代理人と申す以上、この場での決定にアルウラネは異議を差し挟まないと考えて良いのだな?」
「もちろんです。ただ、私もアルウラネ様の代理人として呼ばれている以上、
その発言はアルウラネ様の物と思っていただきたい」
「バカバカしい、本来この場に本人が来ないだけでも問題があるというのに、まして人等と」
「黙れと言ったぞゾーグ」
とたん、ラスヴェリスから凄まじい威圧感が発せられる。
それは、魔王の代理人にふさわしい、圧倒的な魔力と気の発現でもあった。
ただ、発現しただけで、貴族達の中にすら気分が悪くなる者が出るほどにその威圧感は高い。
しかし、そんな中、人間であるはずの石神は涼しい顔をしている。
「ほう……」
ラスヴェリスは少しだけその人間に興味を持った。
とはいえ、それはせいぜい面白いおもちゃと言う程度のものだったが。
ゾーグは唇をかみしめており、石神への殺気を隠し切れていなかったが、それを見て急激に冷静になる。
ゾーグもまた策士なのだ、いつまでもこだわっていても仕方ない事を察したのだろう。
もちろん諦めたわけでもないのだろうが……。
「皆、この石神の言問題なかろうな?」
「別にいいぜ、そいつ一人何を言おうともう方針なんざ決まってるんだろ?」
「問題はない、人族そのものに対するわだかまりは残るがな」
「フンッ、しかたあるまい、今回は折れておくとするかの」
四魔将の承認を受けた事に寄り、石神は今後も議会に出席する事が出来るようになった。
もっとも、石神が人である以上、彼らは気を許したわけでもなければ政治的に認めたのも建前のみである。
石神はそれを十分分かっていたし、四魔将と諸侯もまた同様であった。
ようはせいぜい、アルウラネも酔狂が過ぎると考える程度の事だという事だった。
「では、最初の議題だが……」
「先月から持ち越されている、我らの議題でよろしいか?」
「ふむ、そうであるな。では、先ず外洋における魚類型魔獣の使役についての予算割り当てだが」
魔王領においても、通貨は存在している、これに関しては元々人族から伝わったものであるが、
もう2000年もたてば互いにその事についてどうこう言うような間柄でもない。
一部の人間の国と外交や交易をしている貴族すらいるのだ、それもまた仕方ない話なのだろう。
もっとも、通貨の価値は、人間の世界ほどには安定していない。
流通等が安定している所と安定していない所に如実の差が出来るからだ。
そもそも、魔族には平等という概念は存在しない、正確には知っていても信じていない。
それゆえ、階級は決まっており、大雑把に言っても、下級魔族は妖魔と魔獣。
中級魔族は魔族でだいたい通るが、上級魔族は貴族、魔将、魔王が含まれる。
妖魔はゴブリンやコポルド等、人型に近いが知能が低い魔族であり、一番地位が低い。
魔獣は人型でない魔物を指す。地位的に妖魔とそう変わらないが、一部強力な者はそこそこ地位が高いこともある。
魔族はそれなりに魔法を扱え、独自の文化を持ち、魔族における共通語をしゃべる事が出来る事が条件だ。
貴族は魔族の条件に加え、圧倒的な戦闘能力、長寿である事等が必要条件に加わる。
魔将は、貴族の必要条件を持ち、更に特化した者であることが多い。
魔王はほぼ全ての能力が隔絶しているといっていい、
ラスヴェリスは魔王の娘である事もあり魔将でありながら、魔王に近い能力を持っている。
だが、魔族というのは役割分担を義務付けられていると言っても過言ではない。
それゆえ、議題も問題点の陳情はほとんどなく、代わりに今後の方針に関する事が多い。
諸侯に一通りそういった質疑応答で話をしてから、ラスヴェリスは一息ついて、次の議題に移ることを宣言する。
「ゾーグよ、あれの件はどうなっておる?」
「ははっ、金色、黄銅、青銅の3体を取り戻す事に成功しております」
「ほう……案外使えるなあ奴ら」
「下僕としては優秀な輩かと」
「なればそのまま続けるように伝えよ。全て揃えれば封印を破る事も出来るやもしれぬ」
「ははっ、重々承知しておりまする」
独特の悪だくみをするような表情でゾーグが語る。
ラスヴェリスとてゾーグの考えが分からない訳ではない。
封印を破って力を手にするには、幾つか方法がある。
一つは決められた順序と開封の儀式を持って取り出す方法。もっとも、この方法は失われて久しい。
一つは超絶の魔力を持って封印の壁に穴をあける方法。
この方法は金色、白銀、青銅、黄銅など6種の魔物を使えば可能だとうと言われている。
一つは異界の物を使い、壁ごと破壊する方法。封印とてこの世界の物である以上異界のものならば破る事もできる。
封印を破りその根源の力を手にすれば、神にすら匹敵できる力が手に入ると言われている。
もっとも、この力はゾーグもまた欲しているだろう事をラスヴェリスは知っていた。
それでもあえてゾーグを使っているのは、ゾーグも知らない、それを使うための条件を知っているからだ。
もっとも、それでも油断の出来る相手ではない事をラスヴェリスも承知していたが。
それらを含め、少し事情のある話を幾つかした後、ついに本題を話し合う時が来た。
「先日、父上の魔力が感じられなくなった……。
恐らくは、人間どもの仕業だろう、いや、使途共の暗躍もあったやもしれぬ。
しかし、我らのする事は既に決まっているはずだ、そうであろ?」
「はは、侵略者どもをこの大陸から一掃し、再び我らの平穏を取り戻す事にございます」
「こちとらいつでもいいぜ! 人間も亜人も妖精も精霊も全て燃やしつくしてやらぁ!!」
「……」
四魔将達は議題を出した時点でほぼ戦争に持ち込むことを決めているようだった。
それもまた、当然の帰結といえるのかもしれない、自分達の王を失ったのだから……。
だが、諸侯が無言を貫く中、一人だけ意見を述べようとする者がいた。
「少しよろしいでしょうか?」
「ん、何だ人間?」
「アルウラネ様は今回の仕儀について見解を異にしております」
「ほう、どのような見解だ?」
「戦となれば、ソールや精霊女王も動く事になるでしょう。
そうなれば、地力で勝るとはいえ、被害は甚大な物になるかと」
ラスヴェリスは石神の意見を聞いてはいるものの、その目は冷たいものであった。
魔王を失った原因は、結局のところ人族をこの大陸に招き入れた結果という部分がどうしてもある。
ラドヴェイドも、結局のところ人には甘かった、総攻撃をかけていれば人等ひねりつぶす事が出来たというのが本音だ。
ラスヴェリスが戦争に対する賛成派であるのはは父親の復讐をしたいという思いも少しはあるものの、
一番の理由は大陸からの魔族以外の排斥をするべきという考え方があるからだ。
魔族は人族により恩恵を受けた部分もある、人族のシステム即ち、商売や法についてはそれなりに助かる部分もある。
しかし、人族の寿命は短く、約束事はほんの数十年後には形骸化している。
そう、結局のところ約束事を破るのはいつだって人族のほうからだった。
人族は法等を整備しているにもかかわらず、通達すら満足にこなす事が出来ない。
知らずに法を破り魔族の境界まで来て勝手を働いた揚句、追い返そうとした魔族や縄張りを荒らされて怒る魔獣を逆に殺す。
知っていても、数十年もすれば約束した人間でないからと侵略を始める。
言い訳ばかり上手く、自分達は悪くないと言いながら、魔族を勝手に悪に仕立て上げては攻撃を繰り返してきた。
それに対して、歴代の魔王は、最初の取り決めにあった領土線までは攻め返すものの、それ以上は動かず静観してきた。
その事を、三百年にわたりラスヴェリスは歯噛みする思いで見守ってきたのだ。
そんなラスヴェリスが石神が議会の場に出る事を認め、また意見を聞いているのは、
アルウラネに対する警戒と、同時に不穏分子のあぶり出しのためであった。
アルウラネは、ラドヴェイドの前の魔王がいた頃から既に貴族として存在していた、とんでもない古株である。
噂では初代魔王に仕えていたとも噂されている。
その実力は、己の領域内、即ち領土の中においては無敵といっていいほどの力を持つ。
もっとも、その領土にしても、根がいったいどこまで張り巡らされているのかわからない。
表向きはともかく、実際には周辺の領主の領土内はほとんど彼女の根が張り巡らされているだろう。
ラスヴェリスはあまりに地下深くなると魔力を感じる事が出来ないため、分からないだけだろうと踏んでいる。
「確かに、戦力的に絶対という事はあり得ないだろう。
しかし、国王を殺されたのだ、それはすなわち国家としての尊厳が失われたことを意味する。
しかも、我らの国は一つしかない、向こうのように幾つもある訳ではないのだ。
大陸の半分の領土を持つ王が死んだのだ、その報復は残り半分を取ることでしか返せぬ。
それとも、お前は別方法で王の名誉を回復し、国の尊厳を保つ事が出来るというのか?」
言葉こそ静かだがラスヴェリスは氷のように鋭い視線を石神に放つ。
だが、石神は冷静さを崩さない、先ほどの威圧にも屈さなかった事といい、鈍感なのかそれとも精神が強いのか。
石神はまっすぐラスヴェリスを見返し、そして言葉を返す。
「……はい、難しい事ですが、やってやれない事ではないかと」
「言ってみよ」
「人族の国家元首の首を挿げ替えます」
「挿げ替えるとな?」
「はい、彼らは結局のところ魔族に関する知識が少ないためそういう事態が起こると愚考します」
「ふむ」
「ならば、正しい知識を持つ者を国家元首に据え、国民に教育を施し、魔族とは何たるかを教えます」
「それで」
「そうして、帰順した国を我らが版図に戻し、代わりに正しい知識を持つ人々を我々が受け入れるのです」
「それで、我らに何のメリットがある?」
「無駄な血を流さずに済み、更に時が進めば人族を戦力として使う事が出来るようになるでしょう」
「それで、挿げ替えをどうやってするか、考えはあるのか?」
「はい、既に一部でその動きをさせています」
「ふむ……その結果が出るのは?」
「半年程お待ちください、次の議会の折には結果をお見せできるかと」
石神の言は、ラスヴェリスにとり確かに面白いものであった、但しその方法では人の入植を認める結果になってしまう。
石神自身、こんな事を言いたい訳もない、魔族による支配などあまり考えたくもないだろう。
だが、石神にとって戦争になればどれくらいの人が死ぬのかを考えるのは憂鬱だった。
アルウラネに依頼されたこととはいえ、できうる限りをしたいと考えているのは間違いないだろう。
「ならば、三か月だけ待とう。その間に成果として一国をおとして来い。
そうすればその作戦に乗ろうではないか」
「ははっ」
三か月で一国を落とせ等と言うのは当然ながら無茶な注文である。
もちろん、戦争で勝てば一週間で出も可能ではあるが、元首の首の挿げ替え、教育の実施、魔族への帰順。
この3段階をこなすには普通に考えれば最低10年は必要になる。
それに、3カ月というのは戦争を起こす準備にかかる時間だ。
今資金を集め、兵を募っている段階なのだ、つまり戦の準備をやめるつもりはないという宣言でもある。
魔王領は広い、恐らく、兵を集めきれば50万とも100万とも言われるその軍勢が動く事になるだろう。
そうなれば、残り半分である人族達の国は全ての国が組んだとしても恐らくは及ばない。
だが当然、それだけの兵力を集めるには距離や資金の問題から時間がかかる。
補給は、国境線に集めるまでだけでも莫大なものとなるだろう。
「戦の準備が整うまでに貴様に何が出来るのか楽しみにしている」
「粉骨砕身を持って挑ませていただきましょう」
眼鏡のつるを人差し指でくいっと持ち上げ石神はラスヴェリスを睨みつける。
それは、石神が本気であるという合図でもあった。
もちろん、この中にその事を分かる者はいない。
魔族に比べ小さい魔力、魔獣にも及ばない筋力、4魔将と貴族達のいる中で石神の力はないも同然だ。
しかし、そうと分かっていても周囲の貴族達、4魔将ですら石神が只者ではない事は理解できた。
石神は既に魔王領において或る程度の地位を築きあげつつあるのかもしれない……。
俺達は、国境線を越えた、といっても見える範囲に線もなければ兵もいない。
近づく魔獣を狩ってはラドヴェイドのやっていたようにその魔力を奪い取り、多少ながらも力を蓄えながら移動する。
因みに魔力を吸い取った後の魔獣を食料にして食べてみた事があるが、不味かった。
元々不味いのか、魔力をとったダシガラだからなのか。
理由は今一わからないが、無理してまで食べようとは思わなかった。
「魔王領に入ったら景色が紫色にでもなるかと思ったが、さほど変わらないな」
「そういう地域もあると聞いていますよ。ですが、基本的には同じもののようです」
「へえ、じゃあ、魔物に警戒すれば住めなくもないのかな?」
「はい、人の集落もたまにありますから」
「もの好きもいるもんだね」
「色々理由があるんですよ。元々この大陸にはそういう訳ありの人が入植してきたのだろうとも言われていますし」
「アメリカのようなものか」
「そうですね、マスターの世界におけるアメリカのようなものかもしれません、
2000年以上も前なのではっきりとは言えませんが」
フィリナは無表情だったり、唐突な動きをしたりするのをやめていた。
昨日知らされた事は衝撃的であった、あれはつまり……フィリナは元々……。
いや、なんだか考えたら負けな気が……。
「マスターどうしましたか?」
「いや……なん、でもないよ……」
「あー、もしかして、あれですか?」
「あれ……?」
「マスターが童貞で彼女いない歴=年齢だという事です」
「グハッ!?!?」
「いつの間にか、そう言われないと寂しくなっていたんですね……まぁM要素はあると思っていましたが」
「ゲふっ!?」
以前と違い無表情ではないものの、うふふと言う感じで優しく笑いながら言われるのは更にダメージが……。
てーかやっぱり、素でそんな事を口にする人だったのか!?
「勘違いしないでください」
「え?」
「私もこれまでは神に仕える者だったんですよ。思っていても口に出す訳ないじゃないですか」
「それはつまり……」
「はい、今はもう気軽に言えますがね。
というか、これでも教会に引きとられて直ぐの頃は荒れていた口ですので……」
「なら、冒険者仲間は知らないという事か?」
「はい、特にレイオスにとっては優しいお姉さんで通してましたから、もっともロロイなんかは知っいてた節もありますね」
「えっ……それって……」
「はい」
ちょ!?
フィリナの背後に何だか毒々しい雲が沸いているように見えるのは気のせいか!?
つまり、彼女のそれは仮面で、毒舌家が素だという事に!?
新築マンション買ったら、地盤沈下で半壊したような詐欺感!?
「でもあれはあれで楽しかったんですけどね。人のためになるって嬉しいじゃないですか。
感謝してもらうために頑張るのって偽善ですけど、偽善で助かる人もいるでしょう?」
「そうだね、そもそも善と偽善を分けるのは結構難しいものだからな」
「そうかもしれませんね、とはいっても生前の考え方と今では少し違うのかもしれないですけど」
「やはりそれは……」
「そう言う意味じゃないですよ、私は神様しかいなかったから……」
その言葉に対し俺は何を言っていいのかわからなくなる。
確かに、フィリナはレイオスと引き離されラリア公国入りした時点で既に周りに味方はいなかった。
まさに、縋れるものは神様だけという状況だったわけだ。
そして、神は彼女を見捨てた、彼女が死に瀕している時には助けに入らなかったにもかかわらず、
今回、俺の使い魔として有る時に使途が出現、断罪だけを言い渡した。
それはつまり、フィリナにとっては信仰の対象に裏切られたようなものだろう。
「今の私にはマスターしかいません。だから、捨てないでくださいね」
「そんな事……する訳ないだろ、フィリナは俺の恩人なんだから」
「既にそれ以上の物をもらっている気がしますが、恩に着てくれているのならば気がねせず私に命令してくださいね」
「え?」
「私は使い魔です。そして、マスターよりも強い、更に言えばマスターが死なない限りめったな事では死にません。
それこそ体をバラバラにでもされない限り、心臓を貫かれても回復します」
「そう……なのか?」
「はい、ですから変に格好つけて前に出られると迷惑です」
「分かった、頼りにしてるよ」
「お願いしますね」
フィリナは頬笑みを浮かべながら、口元に指を一本もっていく。
それは、特に意味のあるしぐさではないが、何か約束をしている感じのする動きに思えた。
俺は魔王の知識にそう言うのがないかちょっとだけ調べてみたが、特にそういうものではないようだ。
「さて、マスターの童貞卒業目指して頑張りましょー!」
「それ! 目的違うからね!! 俺の目的はフィリナも含めて元の体に戻って元の世界に帰る事だから!!」
「えー、そんな不可能なこと考えても仕方ないですよ」
「ぐは!?」
「そんな先の事より目先の目標を考える事が重要なんですよ?」
「うっ……とりあえず魔王領を北に進んでメセドナ共和国入りするって事じゃ駄目?」
「それじゃ無味乾燥じゃないですか。楽しい事を考えるのがいいんですよ」
「それが童貞卒業だと……?」
「はい、あのままラリアにいればもしかしたらティアミスさんと……と言う事もありえたと思いますが。
この状況では不可能でしょうし、新たな恋を探してくださいね♪」
「なんだろう……凄く理不尽な要求を突き付けられている気がする……」
目の前の美人にこんな事を言われるとは……。
あんまり舐めた事を言ってると犯すぞ! 等と言う事が言える訳もなく……。
脱力した自分の体をどうにか支えながらフィリナについて行くことしかできなかった。