ねぇ
黒……。
私もね、この世界に来てたんだよ。
この世界でまた何度も何度も、旅をしたよ……。
黒、あなたとと一緒にいれる未来を、あなたが幸せになれる未来を探して何度も何度も。
これからあなたに降りかかってしまうモノを回避しようと、何度も何度も。
あなたと一緒にスーパーバディーヒーローとして世間を賑やかす未来。
ドラゴンキッドも入れてのトリオヒーローとして活躍する未来。
あなたと一緒に世界を回り続ける未来。
また契約者となってしまった人達を連れて静かに暮らす未来。
本当に色んな未来を見てきたんだよ……黒。
でもね……
…………
……
「
銀……死んじゃったんだね。
ゆっくり眠ってね」
緑髪を腰まで伸ばした女性アンバーが見つめる先には、大量の木の枝に囲われた銀髪の少女銀が眠っていた。
程なくして、木の枝に火が点けられた。
火は眠る少女を包み、炎へと変わり、火の粉を上げていく。
その騙らには、黒のコートを来た黒と、黄色地に黒のラインが入ったカンフースーツを来た10歳程の薄い金髪の少女、
黄 宝鈴が炎を見守っていた。
2人とアンバーに見守られながら、銀は静かに火葬されていく。
アンバーは黒に惚れていた。
たった一度、そう、たったの一度だけアンバーが見た黒の底抜けに明るい笑顔。
アンバーは昔銀に語ったように、たった一度の笑顔に心を射抜かれた。
そうして、黒を死なせない為に何度も何度も時間をやり直し、黒が生存する未来を模索してきた。
そして、契約者とゲートを永遠に消滅の危機から救うために日本全土を犠牲にするか、契約者とゲートを消滅させ契約者やドールのいない世界にするかを、黒に最後の選択を選ばせた。
黒が選んだのはそのどちらでもない、第三の道……契約者と人間が共に生きていく世界を望んだ。
その答えを黒から引き出すために、アンバーは最後の時間を巻き戻し、対価により消滅した
――はずだった。
しかし、なんの運命が生じたのかアンバーは再び生きていた。
ゲートもない、能力者が人間性を失っていない世界で……。
そして、アンバーが黒を支える存在として見込んだドールの銀は目の前で死んで火葬されている。
黒を支える存在が消えた事に不安を感じたが、アンバーは黒の横で寂しげな瞳で炎を見つめている黄 宝鈴に優しげな視線を送る。
黄 宝鈴のいる位置を少し羨ましそうに眺めるアンバー。
天国戦争の時には、黒の妹の
白が……
東京エクスプロージョン前後の時には、今火葬されている銀が……
そして、この世界に来て数時間のはずの黒の横には、黄 宝鈴が……。
心の底に沈めた願望が浮かび上がってきそうでアンバーは悲しげな笑みを浮かべ、ランセルノプト放射光を放つ。
契約者としての力を保持しているアンバーは、能力である『時の操作』を発動させ、対価である『若返り』を支払う。
先程までよりも若返り、背が低くなったアンバー。
歳の程を見れば、14歳ほどの風貌になったアンバーはゆっくりと時が止まった黒達へと近づいていく。
「ねぇ黒……私ね、またいっぱい、いっぱい旅をしてたんだよ。
何度も何度も……」
時が静止した世界で、アンバーはゆっくりとゆっくりと黒達に近づいていく。
まるでアンバーが感じる一秒一秒を噛み締めるようにゆっくりと、アンバーは歩いていく。
そして、ようやく黒の元へとたどり着く。
立っている黒と、対価により背が低くなったアンバーの背の差は頭一つは軽くあった。
愛おしそうにアンバーは黒を見上げる。
――まるで最後の別れのように。
そして、アンバーは精一杯背伸びし限界まで爪先立ちして、腕を黒に絡ませてようやくアンバーは黒に顔を近づけていく。
静かに、ゆっくりと……アンバーの唇と黒の唇は重なる。
唇が重なるとすぐに、アンバーの瞳から自然と一筋の涙が溢れてくる。
10秒ほど唇を重ねていたアンバーは、ゆっくりと唇を離して黒から離れ、動かない黄 宝鈴の頬を優しく摩る。
「黒の事……お願いね」
頬に涙の跡が残っているアンバーは、近づいてくる時とは逆に足早に黒達から離れていく。
元のいた場所に戻ってきたアンバーは、能力を解除し時はまた動き始める。
銀と銀を燃やす炎にアンバーはひっそりと黙祷をささげ、音も無く姿を消した。
「さようなら……」
…………
……
でもね、私わかっちゃったんだ。
ううん……、わかってたんだ。
ゲートの中であなたと別れたあの時に。
でもわかってないふりしてたんだ。
わかっちゃったら……もう私は旅ができなかったから。
でもね、覚悟できちゃったんだ……、何度も何度もあなたと未来を歩もうとして。
だからね、黒。
――終わらせて、私の旅を。
あなたが。
お願い……
…………
……
待ってるから、ずっと。
あなたを……
――――――――
TIGER&BUNNY × Darker Than Black
黒の異邦人は龍の保護者
# 05‐5 “ Pandora's box opens secretly. ―― パンドラの箱は人知れず開く ―― ”
『死神の涙』編 C
作者;ハナズオウ
―――――――
シュテルンビルトの一角にある目立たない外観のそこそこの広さを持つ低層ビル。
そこに『パンドラ』という製薬会社が看板を小さく掲げている。
半年ほど前に進出してきた小さな会社だ。
しかし、裏の世界ではきな臭い噂が立っている。
パンドラという製薬会社の前身はどこかの小さな犯罪組織である。
全世界にて多数発生している行方不明事件にはパンドラが関わっている。
表では出回らない“NEXTになれる薬”を作っている。
などと、本当か嘘かはわからない噂が立っている。
しかし表の世界では、製薬会社パンドラは社会的信用もあり、規模を確実に拡大させている組織である。
そんなパンドラの施設内を、蘇芳・パブリチェンコはトボトボと歩いていた。
赤毛のショートカットで後ろだけ三編みににしている。
黒の7分袖のTシャツに紺のヒラヒラスカート、黒のタイツを身にまとったボーイッシュなイメージの蘇芳は、とある人を探していた。
小さな食堂や廊下、等パンドラ内をあっちへこっちへと歩いて回っていく。
探して部屋を回るたび、蘇芳の顔に不満が満ちてくる。
少しブスっとした表情で、蘇芳は次の場所へと歩いていく。
「どこ行ったんだろ……ジュライ」
蘇芳が探しているのは、ゲートのあった蘇芳が生まれた世界にて共に旅をしたドールだ。
受動霊媒というもう一人の観測霊と呼ばれる思念体のようなモノを操る存在で、観測霊を発生させる物質に触れていればかなり遠くても出現させることが出来る。
ジュライは、ガラスや金属に触れていれば、それらを媒介に観測霊を操ることができる。
蘇芳とジュライは、蘇芳の能力の特性上とても相性がよくゲートのあった世界でもずっと一緒にいた。
蘇芳とジュライは、ゲートのある世界にて、イザナミと呼ばれる契約者ともドールとも言えない存在に魂を抜かれ、イザナギが作ったコピーの世界に送られたはずである。
2人は記憶と能力、契約者及びドールの特徴である人間性の欠如がなく、普通の人間らしい生活を送っていた。
そんな2人は、住んでいた所が近かったためか、同時期にパンドラに攫われた。
そして、“とある薬”を打ち込まれ、能力と契約者らしい人間性の欠如が現れた。
そして、ゲートのあった世界での記憶が復活しない2人にエリック西島は、ゲートからの流出物質『流星のカケラ』を用いて擬似的に再現したME技術を使用して記憶を植えつけた。
三日ほどで植え付けられた記憶が抜け落ちたジュライは、エリックから命令された『蘇芳のサポートをする』を攫われてからの数ヶ月背かずに従っている。
蘇芳はというと、エリック西島が確保したゲートからの流出物『流星核』を、用途がわからないために実験的に持たせられた。
その結果、MEによって植えられた記憶は抜け落ちることなく、エリックが作り出させた『黒が蘇芳の父を殺したという記憶』が蘇芳を縛り続けている。
「……ただいま、蘇芳」
「ジュライ……どこ行ってたんだよ、ボク探してたのに」
「……探してた」
「何を?」
「…………」
振り返ると、イギリスの探偵のようなベージュのコートとつば付き帽子を目深に被った金髪の少年が立っている。
彼はドールや受動霊媒と呼ばれる存在で、ガラスや金属に触れて観測霊を操る。
彼の名はジュライ。
蘇芳の探し人である。
蘇芳とジュライは数ヶ月ほとんど一緒にいたパートナーだが、時々ふとジュライはいなくなる。
その理由を聞いても、ジュライは口止められているのか口を開こうとしない。
今回もそうなのだろうと蘇芳は、諦めてジュライに手を差し出す。
感情が篭っていない瞳で差し出された手と蘇芳へと視線を注ぐジュライは、小さく首を傾げる。
「ま、いいや。準備が出来たらしいんだ。取りにいこ!」
「……うん」
ジュライは差し出された蘇芳の手を取ると、微かに口元が緩む。
それはあまりに小さい変化のため、蘇芳ですら気づいていない。
蘇芳はジュライの手を引いて、パンドラの施設内のある部屋へと向けて歩いていく。
端から見れば仲の良い女子中学生と男子小学生の兄妹のように仲良く2人は歩いていく。
だが、パンドラ内部にいる全ての人間は『アレは兵器だ』や『アレは化け物だ』などと暖かい視線を送ることはない。
2人はそんな冷ややかな視線を受け流し、目的の部屋へと入っていく。
「エリック、出来たんだよね?」
「ええ、待っていましたよ。蘇芳・パブリチェンコ」
部屋に入った蘇芳とジュライを迎えたのは、キリっとした角刈りと眼鏡のサラリーマン風の男、エリック西島だ。
この男が、今蘇芳が保護されている製薬会社パンドラを作り上げた男だ。
教室位はありそうな部屋には窓は一切なく、蛍光灯で部屋を照らし、部屋の半分以上を占める巨大な機械が威圧感を出していた。
そして、その機械の中央には大人がすっぽり入れる程の大きな水槽があった。
――その中には、緑髪をなびかせた赤子が眠り漂っていた。
エリックは机に置かれた銀色のアタッシュケースを開けて、中身を蘇芳に見せる。
アタッシュケースには真っ黒な封筒が所狭しと綺麗に敷き詰められていた。
「コレが出来たってことは、ボクは黒の死神を殺していいってことだよね?」
「殺してもらっては困るんですがね……コレは“招待状”ですよ、パンドラへのね」
「ふぅん」
「私が“時”を手に入れれた暁には、好きなだけ殺させてあげますよ」
エリック西島は薄ら笑いを浮かべながら、水槽の中で眠る緑髪の赤子へと視線を送る。
蘇芳もエリックが視線を送る水槽と視線を送る。
「コレもボクと同じ契約者なの?」
「ええ……コレはかなり特殊な例ですよ。
この世界に来た契約者達は必ず能力と記憶を失い、立場を与えられずに出現させられます。
しかし、コレは能力と記憶を持ったままこの世界に来たようです。
そして何に使ったかはわかりませんが、対価で赤子に戻ってしまったようですね。
ジュライのおかげで見つけることが出来ましたよ、『時を渡る魔女』をね」
あなたとジュライはまた違った特異性はありますけどね……っと思いつつ、エリックは投影型のモニターを開く。
そこには大量の名簿があり、エリックは名簿のある欄……『発生した能力』の欄に集中してスクロールしていく。
瞬間視がすごいのか、さほど時間も掛からずに全て目を通し、モニターを残念そうな視線を注ぎながら閉じる。
この名簿は、パンドラが精製した“とある薬”を用いた実験の結果を記したものである。
エリックが求めている能力はただ一つだけである。
「ねぇ、それって薬の実験の結果だよね? 該当したのいたの?」
「いえ、残念ながら……惜しいですね、今の実験で見つかっていればあなたがBK-201を殺す許可を出せたのに」
「……残念だけどいいや。でもなんで黒の死神の仲間がいる所で仕掛けるのさ? ボクが危ないじゃないか」
「いえ……誰よりも安全ですよ。BK-201の仲間は人を傷つけませんから。
それにその招待状は、私が指定した場でしか効果をあまり持ちませんから」
睨むような視線を送っている蘇芳の視線を受け流しているエリックは、足元に置いていた自身の鞄より1つクリアファイルを取り出し、その中身の複数枚の紙の資料を蘇芳へと渡す。
そこには、ここシュテルンビルトで活躍するヒーロー達のプロフィールとヒーローの紹介写真が載っている。
何年目、能力、獲得ポイント、などが書かれた資料を、蘇芳はパラパラとめくっていく。
身体能力強化系、超自然系、擬態……蘇芳はこれから飛び込む場所にいるヒーロー達の能力をしっかりと記憶する。
能力などの必要な情報を得た蘇芳は資料を返そうと、めくったページを戻していく。
そして、ふとあるページにて手を止めて少し凝視する。
感情の乗っていない瞳や表情に変化は見られないが、蘇芳は視線を注ぎ続ける。
「どうかしましたか?」
「……なんでもない」
固まっていた蘇芳に声を掛けたエリックは、蘇芳が見ているページを視線だけで確認し、口の端を少し釣り上げる。
新たに記憶を植え付けようかとも考えていたが、よくわかっているじゃないですか。
そうですよ……蘇芳・パブリチェンコ。あなたに期待している事は2つ。
黒の死神を誘き寄せるエサ。
黒の死神に最も近い所にいる“とあるスーパーヒーロー”と争って貰う。
あなたの以前の世界での記憶はME技術を用いても引き出せなかった。
しかし、私が拾った契約者の1人にあなたを知っている者がいましたから
――黒の死神が食いついてくることは分かっていますよ。あなたは知らないでしょうがね。
ククク……。
あなたが私の、パンドラの命令で動くだけで黒の死神への攻撃になる。
実にいい駒ですよ、蘇芳・パブリチェンコ。
エリックに声を掛けられた蘇芳は、先程まで視線を注いでいたページを軽く握って、クシャクシャにして丸めてしまう。
そして、残りの資料には一切目もくれず、エリックの前の机に放り投げる。
正義の壊し屋、ワイルドタイガー
ヒーロー界のスーパーアイドル、ブルーローズ
キングオブヒーロー、スカイハイ。
西海岸の猛牛戦車、ロックバイソン。
ブルジョア直火焼き、ファイヤーエンブレム。
見切れ職人、折紙サイクロン。
新人、バーナビー・ブルックス・Jr。
っとバラけた資料から各ヒーロー達のプロフィールが顔を出している。
丸められた資料はコロコロと転がり、机から落ちる。
エリックの足元のすぐ横に落ちたにも関わらず、エリックは無いものとして無視して、蘇芳へと話掛ける。
「もし捕まったなら、パーセルを迎えに寄越しましょう。あなたは流星核を取り上げられないようにだけしてくださればいいですよ」
「なら……いいけど」
「では、二時間後……行っていただけますね?」
「うん。ボクとジュライで行ってくるよ」
「ええ。ではパーセルに送らせましょう。では幸運を」
蘇芳はエリックの送り出した挨拶に一切応えることなく、アタッシュケースを持ち、ジュライと手を繋ぎ部屋から出ていく。
エリックは無視された事などどうでもいいと、まったく意に介していない。
それよりも、黒への“招待状”が発送できた事への喜びに口を大きく釣り上げ、不気味に笑う。
緑髪の赤子が水槽で漂いながら眠る部屋にて1人、不気味な笑い声が響きわたらせる。
そして、足元に転がる丸められた資料を手に取り、軽く広げる。
「しかし、女の勘というやつですかね……コワいコワい。ククク」
エリックは資料に視線を注ぎ、抑えきれないとばかりに溢れる笑い声を上げる。
笑い声を上げるエリックは、手にもっている資料を他の資料の上に放り投げる。
――そこには、『稲妻カンフーマスター、ドラゴンキッド』っと記載されていた。
―――――
......TO BE CONTINUED