それは、怪異というのが正しいのだろう。
その日、ポトリカの村は祭りの日だった。
特別自治区内にはあるが、大都市と違いほとんど魔族が入り込んでいない。
ありていに言えば寂れた田舎村でしかない、山村というのが正しい、特別な事も何もない村だ。
僅か30ほどの家が寄り集まっただけの村だが、そこに住む人々にとってはそれが世界の全てでもある。
そんな村の数少ない娯楽の一つがこの祭りだ。
街から興業を呼び込み毎年何かをやってもらう事になっている。
ここ数年はサーカス興業を引っ張りこんでいた。
魔法を使う世界でのサーカス故に、魔法を使ったイリュージョン系のサーカスが多い中、
肉体派の空中ブランコや猛獣使いなどをメインにした興業を行う一団でその特殊性からそこそこ人気も高かった。
ただ、興業主が義理堅い人であったので、最初に組んだ興業スケジュールを変えることなく何度も訪れている。
村の人々は毎年来るこのサーカスを待ち遠しく思っていた。
「レディース、エーンド、ジェントルメーン!
ポトリカ村の皆さま今年もやってまいりました、アルドレサーカス今年も開幕です!
御家族お誘いあわせの上お越しくださいますよう、団員一同お待ち申し上げております!
場所は今年も中央広場にテントを張っておりますのでご期待ください、楽しい一夜を御提供いたします!」
団員の数は20人ほど、村の規模を考えると観客は団員に対して比率が2〜3程度にしかならない。
それでも来ているのだから、知名度の向上がメインで採算は半ば度返ししているのが分かる。
それでも、団員達にふてくされて見える者は誰もいない。
プロ意識の高いサーカスなのだろう。
「なー兄ちゃん、あれなんだ?」
「コウ、お前も去年見ただろサーカスだよ」
「おー、すげー! あれが踊ったり飛んだりするんだな!」
「何が凄いのかお前分かってないだろ……」
何より楽しみにしているのが村の子供達だ。
元々娯楽が少ない村だけに、子供達もはしゃぎまわってサーカスを歓迎している。
これは大人の事情なのだが、大人も娯楽が少ないので子作りに励んだ結果、村の子供比率は一家に4人平均ほどになっていた。
これから村が発展しそうなので何よりともいえる……。
「ポトリカ村の豊作を祝い、今宵夜が白み始めるまで我られの芸にお付き合い頂ければ幸いです!
ああ、大丈夫!
子供達が眠るまでに猛獣ショーと空中ブランコはお見せしますよ!」
そんな感じで、サーカスは夜を徹して行われる。
普通の村と違い、一回でほぼ全員が見に来るため、興業が一夜限りになってしまうのだ。
その辺はサーカス関係者も心得ており、一回で全ての出し物を見せてしまう。
だから、この村の祭りでのサーカスはかなりの長時間行われる事が慣例になっていた。
もちろん、サーカス団員も前半と後半の担当で交代で睡眠をとっており、寝不足になるのは村人だけだった。
そんな宴もたけなわ、子供たちが既に寝てしまい、少し大人向けに色気のある女性達によるダンス等が行われる。
その後、ピエロのパントマイムショーが控えていた。
「あれ? ピエロ役のトムソンはどうしたんだ? もう出番次だぞ?」
「確かトイレに行くとか言ってたが、長いな……どこまで行ったんだ?」
「それが……村の近くを探したんですがいないんです!」
「なんだって!? 仕方ないな……次の出し物を繰り上げて……」
「いやあ! すまんすまん! ちょっと遅くなってしまったようだねぇ」
かなり切羽詰まってきたその時、軽快な足音を立ててピエロの仮装をした男が現れた。
ただ、パントマイムをするにはごてごてした装束をつけすぎている。
大きな街などでの呼びこみ用の特に目立つタイプの仮装だ。
だがそれにしても、緑と銀を基調にした衣装などあまりピエロとしても多くないタイプの配色だ。
「遅いぞ! ってお前誰だ? そもそもうちのクラウン装束じゃない」
「細かい事は気にしない、代役立てるのも面倒でしょ? 僕もプロだからさ」
「そんな訳に行くか、ポット出の奴がやれるほどサーカスは甘くないんだ!!」
「ふぅ。僕もプロだって言ってるのに、仕方ないなぁ……」
突然ピエロの気配が変わった、先ほどまでの口調の軽快さは失われていないが、
どこかどんよりしていて粘着質な何かよくない物をほうふつとさせる気配を放ち始める。
そして、サーカス等というヤクザな商売をしている彼らだ、そう言う気配には敏感である。
「何者だお前……」
「グリフィンっていうコードネームで呼ばれてるね、でも煩わしいならただのピエロって事でいいよ。
だってお前達は、もう僕の意のままなんだから!」
「何をバカな……!?」
「うっ、動けない……?」
「全く。僕はこの村の人達で我慢してあげようと思っていたのに。
君たちが抵抗するから、心配しなくていいよ僕がほしい人数はさほど多くない。
全員は連れて行かないからね……」
猫なで声をして、緊張感はまるでないが、それだけに悪意が増幅されて感じる。
サーカスの団員達は恐怖の中で己の意識を手放した。
その後、観客席に残っていた熱心んなファンを巻き込みながら二十数名の人間が行方不明となった。
そんな彼らが発見されるのは、遠い渓谷の近くとなる。
「まっ、ヴィリちゃんは楽しく観戦させてもらうよ。
手を貸してほしくなったら言ってもいいよ、格安で手助けしてあげるか・ら・さ」
「結構です。私がマスターを守りますから」
かみつきそうなフィリナの事をどこ吹く風で、ヴィリはいつもの安定しない口調を続けている。
ぱっと見挑発にしか見えないが、あれはフィリナの事を心配しているのかもしれないな。
俺は、時々ヴィリの視線に探るようなものが入っている事を見逃していない。
彼女が最終的に敵となろうと味方になろうと、今の所手を出してくる事はないだろう。
ならば、白銀の魔物を探した方が建設的だ。
なにより、操られている人達を解放しなくてはならない。
「しかし、なるほど。人間やめてたんだね」
「使い魔なんですから同然です。そして、彼はマスターですし」
「ふぅん、一応ラリア公国での話しは聞いているけどね。
まさか、フィリナがそこまで入れ込むとは……あのレイオスにも一歩引いてたフィリナが……ねぇ?」
「……何が言いたいのですか?」
「本当にその強制力ってそこまで強いのかってね」
「……マスター行きますよ」
「……ああ!」
俺達は隠れながらじりじりと接近していく。
以前は金色の魔物を呼びだすために魔法陣をしかけていた。
今回もこうして人手を集めたからにはなんらかの呼びだし手段があるとみていいだろう。
それが彼らに危害を加えない物ならいい、しかし、そうでないのなら何らかの対処が必要になる。
渓谷の下、つまり川の流れるこの現場に、魔法陣を敷くほどのスペースがそうそうあるとは思えない。
他の手段が何かあるのだろうか?
「さあさあ、ショーの始まりだ! 君たちは配置につきたまえ」
「バカな! 俺達が言う事を聞くとでも!!」
「あっ、体が……勝手に動く!?」
「くそっ、動くな!!」
「そっちは川の中じゃないか! やめろぉ!?」
「わっ、私こんな崖に立てない!?」
「うんうん、ちょっといびつだけど、十分問題ないみたいだね」
驚いた事に、ピエロが作り出したのは人を使った魔法陣のようなものだ。
今の所直接の危険があるのかは分からないが、どちらにしろ崖の上や川の中に立たせるのは危ない。
操りが解けた時どうなるのか分からない。
「さあて、白銀の魔物ちゃーん、出ておいでー!!
本日のショーは君がメインなんだー!! きっと素晴らしいショーになるよ!!」
俺達はピエロの死角になるように移動しながら、近づく。
しかし、魔法陣を組んでいる人々の近くまで来ると流石に動きづらくなった。
これ以上は認識されてから、反応するまでの間に近接してしまわなければならない。
だが、まだ20m近く距離が開いている。
人が隠れられるくらいの岩でもあればもう少し近づけるんだが……。
こんな時は、透明になる魔法でもあればいいのにと思ってしまう。
いや、迷うだけ無駄か、全力で接近、阻む一般人は気絶くらいは覚悟してもらう。
「いくぞ!」
「はい!」
流石に走り始めて数秒もしないうちに見つかる。
接近で来たのはせいぜい最初の5mほどか。
「お前達は冒険者なのか!?」
「助けてー!!」
「体が思うように動かないんだ!!」
「近づいてはいけない! お前達も操られてしまうぞ!!」
ある者は助けを求め、ある者は俺達を心配する。
人それぞれなのでその辺りは当然だ、しかし、そいつらが皆俺達の方向に向かって駆け込んでこなければ。
そして、武器を振り上げていなければ。
「君たちは僕のショーを見に来てくれたのかい?!
嬉しいね! ならば君たちも参加してもらわないと!!
新たなショーの開幕だ!!」
そう言いつつパントマイムのような動きで踊り始めるピエロ。
だが、俺は見逃していない、逆立ちになった瞬間奴の指先が一瞬光を反射して光ったのを。
その瞬間とっさに回避する俺、するとその何かはおれの側頭部を傷つけて背後まで通り過ぎて行った。
俺は額の傷から知る事が出来た、糸、といっても凄く細いワイヤーのようなもの。
そういうものをあいつは人の体に突き刺しているという事のようだ。
「生憎だったな、お前の芸のネタは割れてるんだ!
大人しく捕まるならよし、そうでないなら……」
「そうやって駆け込みながら何を言ってるのかな?
というか、この中に入り込んでくるなんてバカじゃない?
余ってる人達を警備に回して時間稼ぎをするだけでもいけそうだけど。
折角入り込んでくれたんだからショーを見せてあげるよ!!
出ておいで! 影獣!!」
こいつの頭のねじが何本かはじけ飛んでいる事は最初から確認している。
だがこれは、予想の斜め上をいっている。
影獣と呼ばれた何かは、その名の通り黒の塊のような獣で奴の影から現れた。
しかし、釣り人のやったように幻覚を見せられている可能性もある。
だから、俺は一瞬フィリナに視線を送るとフィリナがうなずく。
幻覚の線は薄いか、ならば俺のやる事は変わらない。
奴らを抜けて影獣も無視してピエロを捕える。
白銀の魔物はそれからでもいいだろう。
「いくぞぉ!! 大人しく縄につけ!!」
「影獣、やってください」
「ワオオーーーォ!!」
黒い影の獣が襲いかかってくる、とっさに回避したが、その近くには人がいた。
影獣が爪や牙で攻撃を加えるたび、誤爆するように一般人に打撃が与えられる。
正直厳しい、そういう人質の使い方をしてくるとは思えなかったからだ。
まだまだ俺も常識に縛られているという事らしい。
だが、こんな所で負けていられない。
「おりゃ!」
俺は剣を引き抜き、影獣に打撃を与えるべく繰り出す。
サイズはかなり大きいものの、ネコ科の動物を思わす影獣は、しかし、剣をすり抜けた。
物理攻撃が効かないタイプのようだ。
「フィリナ!」
「はい、絶え間なく続く大地の息吹よ! 我ら大地の眷属に加護を与えたまえ!」
「これは!!」
「武器と我々の肉体に大地の加護を与えました、申し訳程度ですが怪我をしにくくなっています。
そして、攻撃にも大地の加護がつきます」
「なら奴にダメージを与えられる訳か」
「はい」
そう聞いて俺は、影獣に向かって突進していった。
他の操られている人はさほど速くないので、走り続けていれば追いついてくるのは難しい。
だが、この影獣だけは俺の手で倒さないとめんどうになりそうだ。
捕まえている間に背後から攻撃とか普通にしてきそうだからな……。
もっとも、俺が影獣の相手をしている間にも、操られた人々は怪しげな動きをさせられている。
俺を追いかけているのは殆ど冒険者ばかりで、その辺りピエロは妙に感がいいと見るべきか。
だが、俺も魔力を少し解放し、スピードを上げている。
ゾンビもどきの遅い操られ共には負けない。
「フィリナ!」
「はい!」
途中から別行動をとっていたフィリナは影獣を無視してピエロへと向かう。
俺はそのまま影獣を引きつける事にした。
影獣は主のほうへ向かうフィリナに気付き、攻撃を仕掛けようと振り向くが、加護を受けた剣で牽制する俺が阻む。
今回は、旨く行くそう思えた、実際このピエロは釣り人に匹敵するほどの能力はあるようだが、
センスとでも言うのか戦い方が大きく劣る、釣り人は全く姿を見せないまま戦っていた。
対してピエロは最初からその場所がばればれだ。
人を操る能力は厄介だが、のろのろとしか動けない以上、戦闘の役には立たない。
「覚悟なさい!」
「うわぁ、美人さんだねぇ。その胸に顔をうずめたいよ。
だけど、君には糸は効かないようだ、なら、僕はこうするだけさ!」
「ッ!?」
フィリナがピエロに突っ込んでいくと、ピエロはニヤリという感じに笑いの表情をつくる。
そして自分の周辺に人を配置したのだ。
僅か5人程度に過ぎないが、密着してピエロの姿を覆い隠している。
恐らくは盾変わりという事なのだろう、実際フィリナの動きは一瞬止まる。
「なるほど、いかにも根性無しの考えそうな手段ですね」
「待って! 助けて!! 私自分で動けないのよ!!」
「そうだ、金なら出そう! 金貨10枚でどうだ!? いや20枚!なっなっ!!」
「いやー!! 殺される、殺される!?!!」
周りに配置された人々は半狂乱になっている。
実際、あれを攻撃するのは難しいだろうな。
影獣と戦いながら、俺は別の手段がないのか考え始めていた。
「言っとくけど、僕の操るスピードが遅いのは一度に沢山動かしてるからさ。
これだけ近くの数人なら、素早く動かすのも造作もない。
もうすぐショーが始まるんだからゆっくりしていきなよ!!」
「あまねく漂う、死と勇気の型どりを持ちし乙女達よ。
我は今願う、この臆病なるものに真の裁きを持って理を紡ぎ出さん事を」
何だあれは、聞いた事のない呪文だ、精霊呪文のように思えるが……。
そもそも、フィリナは今神聖呪文の半分くらい、特に攻撃系は使えない筈。
回復系は神が変わってもさほど変わらないようだが……。
となると……。
「マスター君、きみは好かれてるようじゃな」
「ヴィリ、一体どういう……」
「あの呪文、精霊魔法でも中級に属する、本来フィリナは低級しか使えなかった。
魔力が跳ね上がっておるから出来なくはないのじゃろうが……。
初めて使うのであろうに……」
フィリナは両手を広げると、その間に光の槍というべきものが生まれている。
俺が知るなかで一番近いのはソードワー○ド世界のヴァルキリーズ・ジャベリン辺りだろうか。
実際呪文にもそう言う部分が散見されていた。
それとも光の槍だからライトニング・ジャベリンというべきか。
どちらにしろ、確かに僧侶系の職が使う魔法ではない。
「って、え? それじゃ壁の人達を巻き込む……」
「それを考えての選択じゃろ、あの槍は魔法に対する抵抗力がかなり強くなければ必ず目標を貫く」
「それってやばいんじゃ……」
「黙って見ている事じゃな」
止めに行こうとした俺をヴィリが制する。
ならもしかして、あの槍は……。
「待ちたまえよ、こいつらがどうなってもいいのかい?」
「ヒューマニズムを説いても、私は止まりません。全て丸ごと消し去ってあげましょう。
我が敵を撃て! ウィースクム・アルブム!」
放たれた瞬間、槍状になっていたそれは無数に分化し、全員くまなく攻撃をかける。
それは、槍というよりは矢といったほうがいいが、しかし、このままでは……。
彼女に殺人を犯させる事になってしまう!
やはり、ヴィリの言葉で止まるべきではなかったか!
「待ちなさい。甘いのはいいけど状況判断ができないのは困りものじゃの」
「状況判断?」
俺はもう一度矢の刺さっている人達を見る。
しかし、誰も怪我をしてはいなかった、しかし、気絶しているようではある。
もしかして……。
「そう、精神に直接攻撃を加える呪文、多分それも手加減してるわね。
それに、これならエネルギー次第では貫通する」
「貫通、まさか……」
つまりは、あの矢の雨はああやって護衛に囲まれたピエロ本人にもダメージを与えたという事になる。
確かに見ればピエロは立ちくらみを起こしたようになっているし、さっきまで元気だった影獣は動きを止めている。
俺は思わず走り出した、奴の繰り糸を切り離すには絶好のチャンスだ。
フィリナもまた次の呪文詠唱に入っている。
これは決まったかと思ったその時。
ピエロは恐ろしいほどのスピードで俺達から距離をとった。
そう、立ちくらみを起こしたような状態のまま。
「なっ、何をしたのかは知らないけど……まさか巻き込むのが前提なんてね。
おかげで召喚の魔法陣が解けちゃったじゃないか」
「何故渓谷でするのか、そして、何故こんな怪しげな方法を取ったのか答えてもらおう」
「ふぅん、君たちも白銀の魔物がほしい口か……。
白銀や金色の魔物は体毛を売るだけでもひと財産っていうしねー」
ん、こいつは俺達が糸にかからない=人ではないという思考はないのか?
それならそれで、対応しやすいんだが。
そういえば、能力を試しているような所があったな釣り人も。
もしや、こいつらの能力は付け焼刃で能力そのものについての知識が不足している?
「どちらにしても、その召喚方法はしっかり吐いてもらおう。
あれは俺にとっても必要なものでな」
「それは出来ない、依頼だからねぇ。僕はソードやキッスほど能力が大きくないから。
今回の報酬で……クククッ」
「アイシクル・アロー!」
フィリナは詠唱していた水系低級呪文、氷の矢を4つ同時に発射した。
会話中だったし、意識は俺に向いていたから気がついたのは発射時のコマンドワードを言った時。
発射された氷の矢は弓矢そのままに、百キロを超えるスピードで飛来する。
だが、ピエロに接触する直前、ピエロが霞むように消えたかと思うと数メートルほど移動した先に現れた。
目標を見失った氷の矢はその場で地面を凍らせる。
「まさか……」
「自分に糸を使ってるのさ、自分だから操るのは一番正確に動かせるし、
ちょっと痛いけど頭の認識を加速すれば相手が不意打ちしてきても十分対処法を考えられるし、
筋肉の限界まで酷使すれば普段の何倍ものスピードで動ける。
僕に不意打ちなんて効かないよ」
「くっ……」
ピエロは相変わらずへらへらしているが、俺達の事を本気で敵と認識したようだった。
操れないなら殺す、そう言った殺気がまき散らされている。
しかし、脳や筋肉のリミッターを解除するね……面白い。
「フィリナ結界をたのむ!」
「はい!」
まあ、自治区内なので絶対に見つかってはいけないという程の物ではないが。
出来れば騒ぎになるのは避けたい。
それに、操られた人たちへの指令をさせないという意味もある。
俺はピエロに切りかかりつつ、奴がリミッターを常に解除している訳ではない事を確認する。
やはり、長時間の使用には耐えられないようだ。
ならば対処の方法もあるというものだな。
「フフフッ、僕は君の背後に回るのも自由自在さ」
「なら言う前に殺しておけ!」
俺は、ピエロの気配が背後に生まれた瞬間後ろに向かって剣をふっていた。
もっともピエロは残像を残して消え、又俺の背後につこうとしている。
俺は勢いのままもう半回転し、ピエロに切っ先を向ける。
「へぇ、中級以上の冒険者なんですね……そりゃあ強いわけだ。
でも、そんなお強い冒険者が僕みたいなピエロに負けたら……笑い物ですね!」
今度は3人に分身したように見える。
恐らく横移動し、一瞬止まり、又横移動、というような動きをしているのだろうとは予測できる。
腕を振り上げているのは己の武器である糸のついた鋭く長い爪を俺に叩きつける気でいるからだろう。
しかし、面白い戦法ではあるが、腕の振り上げ方等から見るに、こいつ戦闘慣れはしていない。
恐らくは数えるほどしか戦った事はないだろう。
この強力な力と、この人物の練度の低さがアンバランスに過ぎる。
まさかとは思うが……俺と同じように、与えられた力なのか?
「結界、完成しました!」
「フィリナ、サンキュー!」
「どういたしまして、では思いっきりやってください」
「おお!」
俺は魔族としての力を解放する、以前と比べれば格段に高くなった魔力。
おおよそ200GB(ゴブリン200匹分)にはなっている、それでもフィリナには及ばないが……。
ただ、フィリナと俺では肉体強化の度合いがまるで違う。
フィリナは魔法特化で俺は汎用型に近いようだ。
「肌の色が変わった? 青っぽい顔色……もしかして魔族!?」
「まあ、俄かではあるがな、お前と同じように」
「ぼっ、僕の力は俄かなんかじゃない!!」
そう言うと、3人に分裂していたこいつは収束しながら攻撃を繰り出した。
その速度は確かに、人間の基準を大きく上回るものだ。
だが、魔族化した俺の筋力や知覚速度も魔力の上昇につれて大きくなっている。
今や、通常時の1.5倍程度は軽く動ける。
知覚だけなら2倍近い認識速度になっている。
それでもリミッターを外したピエロの速度とは違いがあるが、どうにか見えてはいる。
見えれば戦闘慣れしていない無駄の多い動きをするピエロの相手をするのはさほど難しい事ではない。
実際、連続で飛来する、ピエロの攻撃を俺は多少の傷は負っているものの大部分は避けている。
「なんでだ! 何故当たらない!?
ちょっとくらい早くたって僕には全く及んでいないのに!?」
「お前さ……まともに戦った事ないんじゃないか?」
「そっ、そんな事はない!! 今まで沢山の人達と闘ってきたさ!!」
「でもあれだろ、相手を動けなくしたり、相手が認識する前に倒してきたんだろ?」
「それは……!?」
「ならお前はまともに戦った事はないっていうこった!」
「ぐっ!? 捕えたっていうのか!? 倍近い速度で動いていた僕を!?」
「お前の動きは無駄が多すぎるのさ」
ピエロは俺が放った拳の一撃で吹っ飛び、そのまま意識を失う。
さてと、白銀の魔物の情報を引き出すためにも、取りあえず縛って転がしておくか。
一般の人達の救出もあるしな。
「全く、グリフィン……貴方は結社の一員としてまるでなっていないわ。
ソードですら自分の仕事はきちんとこなすのに」
「ごめんよ……キッス……もうちょっとで行ける所だったんだけど……」
突然、倒れたピエロの後ろから人が現れた、そうフィリナの結界の中にだ。
今まで誰もいなかった事は間違いない、魔力反応もなかったし、視認も出来なかった。
俺の目には赤外線は搭載されていないので、熱反応までは分からないが……。
ともあれ、出現した女性は舞踏会にでも出るのかというような顔の上半分を覆う仮面をつけている。
恐らく、髪は銀色に近い紫、服装は薄紫の肩の開いたドレス、そして紫の日傘をさしている。
ドレスのデザインのせいか、大きな胸がよく揺れているが、他に人物像がわかるようなものはない。
ただこれだけは言えた、ピエロもではあるが、えらく場違いな雰囲気を醸し出している。
「お前は誰だ? どうやって結界内に侵入できた?」
「あら、魔族の殿方ですの? 珍しいですわね、こんな所まで出張ってくるなんて」
「質問に答えろ!」
「あらあら、せっかちなお方」
「アイシクル・アロー!」
俺が苛立ちながらも会話を進めていると、死角になるように移動していたフィリナが無詠唱の呪文で攻撃をかけた。
しかし、貴婦人の格好をした女は、それを見もしない。
それどころか、アイシクル・アローはまるで彼女を避けるかのように曲がった。
これは一体……どういうことなんだ?
「私はキッス、私はどこにでもいてどこにもいない、貴方では私を捕えることはできませんわ……」
「くっ……」
「今回はこの子の事があるので引きましょう、白銀の魔物、貴方達に見つけられるかしら?」
その言葉を言い終わると同時に、ピエロを引き連れたその貴婦人風の女は、掻き消すように結界内から消えた。
釣り人のような幻覚という感じもしない。
明らかに移動したと思われる魔力の痕跡はあった。
だが、どうやって移動したのかさっぱり分からない、あのアイシクルアローを回避した方法も。
やはり釣り人だけではなく、”劇団”の奴らは只者ではないらしい……。
しかし、これでまた魔力回復の目処が降り出しに戻ってしまったな。
頭の痛い状況はまだ続くようだ……。