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次元を超えし魔人 第14話『兆し』(AS編/始)
作者:193   2008/12/11(木) 03:38公開   ID:hnY8lQzk4nQ



 明日は少女の誕生日――
 だが、ひとりぼっちの少女には祝ってくれる友人も家族もいない。

 少女は天涯孤独だった。

 家族四人が暮らすには十分過ぎる白く大きな家。
 だが幼い時に両親をなくした少女は、そこにたった一人で暮らしていた。
 唯一の家族、知人と言えるものは財産管理をしてくれる父親の古い友人と、病院で知り合った大人たち。
 足が悪く車椅子生活を余儀なくされている少女には、一人で学校に通うことも難しく、日々の通院だけで精一杯の毎日だった。

 だが、少女は気丈に振舞う。
 担当医、看護婦、他にも知り合った多くの大人たちが、一人で生活を送る少女を心配して声をかけた。
 しかし「大丈夫です」と笑顔で答えるだけで、少女は決してその救いの手を取り、甘えようとはしなかった。
 少女には分かっていたのかも知れない。

 歩けない、足の悪い自分の今の状態がどう言ったものかを――

 担当医は「大丈夫よ。きっと歩けるようになるわ」と少女に言い続けていたが、一年、また一年と年月がいくら経とうと少女の足が動くことはなかった。
 そればかりか、はじめに感じたのは爪先の麻痺――
 それが段々と上へと上がっていき、ここ一年では自分で立ち上がることも困難なまでに症状は悪化していた。
 麻痺が徐々に進行しているのは少女にも分かっていた。
 そしてその結果、どうなるのかと言うことにも、少女は薄々気付いていたのだろう。

 だから、気丈に振舞って見せていたのかも知れない。
 誰にも心配をかけたくなくて、悲しい思いをして欲しくなくて――
 辛い、痛い、寂しい、そんな簡単なことが少女には口にだすことが出来なかった。



 ――日が変わるのを告げる鐘がなる。
 少女はその日、満九歳の誕生日を迎えた。

「我らヴォルケンリッター、闇の書の召喚に応じ馳せ参じました」

 そんな少女の前に突如現れた四人の騎士。
 頭を垂れ、主に傅(かしず)くように礼を取る。
 召喚者は少女、騎士の主君は少女――

 まるで御伽噺の一頁のように、本から出てきた四人の騎士。

 ――膝上まで届く長い桜色の髪を後ろで結び、凛々しい姿で礼節を取る女騎士。
 ――朱色の癖毛のあるおさげ髪に、まだ少女と言えるほど小柄な身体ながらも、猛々しい存在感を放つ幼い騎士。
 ――肩までの短い金髪に、女性らしい柔らかな物腰ながら、決して曲げない強い意志をその身に隠した女騎士。
 ――獣の耳に白い髪、褐色の肌と異彩を放つ一人だけの男性ながら、落ち着いた物腰で主に傅く男騎士。

 すべて、少女に忠誠を誓う列強の騎士たちだった。

 少女がその本を手にしたのは、いつのことか分からない。
 物心がついた時には、すでにその本は少女の手元にあった。

 ――少女にもそれが、なんの本かは分からない。

 厚いハードカバーに年代を感じさせる装飾と手触り、封印されるように鎖で縛られ開くことも出来ない本を、少女は不思議に思いながらも大切に持ち続けていた。

 ――理由は少女にも分からない。

 その本が自分にとって大切な物だと言うことだけを――
 少女は、ただ“知って”いた。





次元を超えし魔人 第14話『兆し』(AS編/始)
作者 193





 ジュエルシード事件から早いもので四ヶ月あまり――
 なのはたちの通う私立聖祥大学付属小学校も二学期を迎え、皆は何一つ変わらない平和な日常を過ごしていた。
 唯一変わったのは魔法との出会い。そして新しい友達との絆。

 ――悲しいこと、辛いこと。
 ――嬉しいこと、楽しいこと。

 そんな色々なことがあって、この数ヶ月で少女たちは一回り大きく成長していた。

「なのは、すずか――おはよう」

 朝の登校風景――
 アリサはいつもの場所で先に到着して待っていた、なのはとすずかの二人に声をかける。
 そんなアリサの後ろには同じように「おはよう」と挨拶を交わすフェイトとアリシアが立っていた。
 フェイトとアリシアは二学期の頭から私立聖祥大学付属小学校に通い始めていた。
 夏休み前にことを発した、なのはの軽はずみな発言が切っ掛けとなり、プレシアとデビットが二人の入学にアレコレと裏から手を回したのが原因だった。
 その裏で涙したもの迷惑を被ったものも多くいたと言う話だが――

「二人の可愛らしい少女が学校に通えるんだ(のよ)。
 きっと、泣いて喜んでるはずだ(よ)」

 と、プレシアとデビットの二人は一様に同じことを口にしていた。

 アリサの家で生活をしているフェイトはともかく、メタ=リカーナに家のあるアリシアは、普通であれば皆と同じ学校には通学が難しい。
 しかしプレシアは時の庭園からメタ=リカーナの自宅とバニングス家を転送ポートで繋ぎ、その問題を意図も簡単に解決してしまったのだ。
 管理局でなくとも問題と取られ兼ねない転送ポートの私的利用だが、そこはデビットとシーラの二人さえ口を紡げば問題ない。
 デビット曰く「権力とは使うためにあるのだよ」と以前と同じようなことを口にしていた。
 とことん少女たちに甘い大人たちだ。

 そんなフェイトとなのはの二人は、相変わらずカイとシーン、それにアムラエルから魔法の訓練を受けていた。
 それでも少しは進歩したのが認められ、なのはも二学期に入ってからはアリサの家から自宅に戻り、早朝の訓練は自主練習と言うことになっていた。
 放課後、今ではメタ=リカーナの在外公館となっているバニングス家の敷地で訓練を受ける日課に変わりはないが、少しずつ強く成長していく自分と充実した日々の生活に、なのはとフェイトの二人は満足していた。

「みんな、おはよう」
「アリサちゃん、それにフェイトちゃんとアリシアちゃんも、おはよう」

 すずか、それに続いてなのはもアリサたちに挨拶を返す。
 そんな時、なのはは自分に差しかかる影に反応して空を見た。

「なのは――っ! それにレイジングハートもおはよう〜」
「……アムちゃん、おはよう」

 突然、奇襲とばかりに空から舞い降り、なのはに抱きつくアムラエル。
 なのはの相棒(デバイス)の“レイジングハート”も「Good mourning.」とアムラエルに挨拶を返す。
 そんなアムラエルを見て、なのはは周囲をキョロキョロと見回していた。
 アムラエルとアリサがいるのにD.S.の姿が見えなかったからだ。

「ルーシェくんは?」
「D.S.なら、今日はプレシアのところに行ってるよ」

 なのはは疑問に思いアムラエルに尋ねたのだが、そんなアムラエルの口から返って来た答えに一同は目を点にして驚く。
 当然、プレシアの心配をする少女たち。「プレシアさん、大丈夫かな」となのはとすずかは心配し、アリサは「なんで、もっと早くに教えないのよ!!」と声を荒げてアムラエルを揺さぶっていた。
 だが、フェイトとアリシアはもっとも当事者に近い人物だと言うのに、まったく焦るそぶりを見せない。

「ちょっと、アンタたち母親の危機だって言うのに、なんでそんなに落ち着いてるの!?」
「え? でも、ダーシュは家族でもあるし……
 母さんだけは……ちょっとズルイかな? と思うけど……」
「母さんが幸せなら、わたしはそれで良いと思うし……」

 アリサは思った。「ダメだ。テスタロッサ家はすでに懐柔されている」と――






「いらっしゃい、D.S.」

 時の庭園――
 転送ポートを使って現れたD.S.を出迎えたのは、耳をすっぽりと覆う帽子に修道女のようなローブ服に身を包んだ女性。
 彼女の名前はリニス。
 昔、アリシアの飼っていた猫が素体となっているプレシアの使い魔――それが彼女の正体だ。
 一時はフェイトの魔導師教育も彼女が行っていたが、その教育課程の修了とともにリニスは姿を消した。
 そんなリニスが消えた一番の要因はプレシアの病気と、それに伴う維持魔力の低下にあった。

 リニスは使い魔とは思えないほど強い魔力と、プレシアの助手を担えるほどの高い知識を持っていた。
 それだけに止まらず、判断力、運用技術、戦闘スキルと高水準の力を持つ彼女は魔導師としても超一流だった。
 管理局の魔導師ランクで言えば、少なくともSランク以上――
 いくら大魔導師と言われるプレシアでも、年齢と病気による魔力と体力の低下、その中でリニスのような強い使い魔を維持することは難しかった。
 だからプレシアはリニスの代わりに、フェイトを一流の魔導師として育成することにした。
 そのために、フェイトの魔導師教育終了までと言う制限時間付の制約をリニスに与えたのだ。
 結果、彼女はプレシアとアリシア、それにフェイトの結末を見ることなく、その姿を二人の前から消した。

 だが、リニスはそのことを悔やんでも、ましてや恨んでもいなかった。
 彼女はプレシアのことを心配し、フェイトを我が子のように本当に可愛がっていたからだ。
 プレシアの深い悲しみと心の痛みを知っていた彼女は、姉のように時には母親のように、フェイトに接し愛情を注いできた。
 母性愛の強かったリニスにとって、フェイトの存在はある意味で生き甲斐、心の拠り所だったのかも知れない。
 結局、フェイトの出生の秘密を知ったあとも、リニスがそのことをフェイトに告げることはなかった。
 真実を知ればフェイトが壊れてしまうかも知れない。
 そう思うことを恐れるほどに、彼女はフェイトのことを愛していたのだろう。

「プレシア、D.S.が見えられましたよ」

 プレシアはここ最近、ずっと時の庭園に構える自分の研究室に篭っていた。
 今、プレシアが開発を進めているのは、大出力の魔力駆動炉。
 それもアムラエルが“リンディから受けた仕打ち”をもとに考案し、プレシアに依頼したものだった。
 今のD.S.の魔力不足の原因は、アムラエルの維持魔力に自身の魔力をかなりの割合で割いているためだ。
 それをジュエルシードでD.S.は補おうとした訳だが、結果的に上手くはいかなかった。

 そこでアムラエルは考えた。
 リンディがアースラの魔力駆動炉から魔力供給を受けていたように、自分たちも魔力駆動炉など外部からその足りない魔力を補って来れないかと――
 普段の維持魔力分だけでも魔力駆動炉から持ってくることが出来れば、D.S.は全盛期とまでいかなくてもかなりの魔力を取り戻すことが出来るのではないかと、アムラエルはプレシアとD.S.の二人に進言したのだ。

 アムラエルの方法に「確かに可能かも知れない」とプレシアは考えた。
 本来なら魔力駆動炉の膨大な魔力を、たかが魔導師や使い魔の維持魔力に使おうなどと考えない。
 しかし、それほどにD.S.とアムラエルの存在は規格外だった。
 天使の存在を聞いたプレシアは呆れもしたが、だがそれを知ってアムラエルやD.S.の非常識さにも納得がいった。
 人間よりも遥かに高次元の存在である天使と悪魔、そしてその天使や悪魔と対等以上に戦うことが出来る大魔道王D.S.の存在。
 それを聞いたとき「なんてものに喧嘩を売ってたのよ」とプレシアは後悔したくらいだ。

 だが、魔力駆動炉をただ作ればいいと言っても、そんなに簡単な話ではない。
 開発費、期間、そして人――いくら大魔導師とは言っても無い袖はふれない。
 しかし思いの他、その問題はすぐに解決した。

 開発費に関しては、プレシアが所有していた管理世界の技術をいくつかを売り渡すことで、十分すぎるほど確保することが出来た。
 元々、研究生活をしていた手前、技術者としても優秀なプレシアはかなり水準の高い技術を秘匿していた。
 売り渡した技術は管理世界では標準的な物であるが、その技術をデビットを通じて企業に売り渡すことで莫大な金を手にしたのだ。
 主にはデバイスの製造技術や、魔力駆動炉などの建造技術。
 すぐに量産とは行かないだろうが、プレシアのもたらした情報により、地球の技術レベルは大幅な進歩の兆しを見せていた。



 月村重工などは魔力駆動炉を用いた環境に優しいクリーンなエネルギー産業を提唱し、バニングス社もデビットがもたらせれた情報を上手く利用することで、核などの大量破壊兵器の凍結を国連議会を通じて各国に呼びかけ始めていた。
 管理局が提唱する完全な質量兵器の廃棄は難しいが、環境汚染が心配される大量破壊兵器の凍結、生産中止、輸出輸入規制などに関してはデビットも意義を唱えるつもりは無い。
 そして形だけでも取り付けることが出来れば、管理局の立場としても面目が立つであろうと考えた。

 すぐには無理でも新技術の有用性が認められれば、そうした運動も何年か先には実を結ぶかも知れない。
 だが当然のことながら、大量破壊兵器の凍結にロシアや中国、それに大量に保持している米国などは難色を示した。
 デバイスや魔力駆動炉などの魔法技術は、地球の未来を見据える意味でも有用性は確かに高い。
 そうした意味でも、環境問題に真っ先に取り組むべき先進各国が無視出来る問題では確かにない。
 しかし、大量破壊兵器の凍結運動などされて困るのは、それを大量に所持している米国などの先進大国だ。
 兵器は金を生む。軍事面で見ても優位に立っていたはずの列強国が、大量破壊兵器の凍結、そして新技術の登場でその優位性が一気に傾く可能性が出て来る。
 事実、魔法に関してはメタ=リカーナとの関係から一日の長がある日本に有利な条件ではあった。
 当然、月村重工やバニングスは各国にも見返りとして、日本と同じだけの技術提供と援助をすることを呼びかけたが、それに素直に応じるはずもない。

 だが一概に無視できない事情も各国にはあった。



 話は遡るが――
 当初メタ=リカーナの存在を知った世界の動きは消極的だった。
 未知の世界との交渉に国連をはじめとする各国が難航を示したからだ。
 しかし、相手の国がすでに滅ぼされた後だと知るや、援助を表で申し出る一方、裏では隷属的な一方的な搾取を唱える国も存在した。
 だが、メタリオンとの入り口とされている『黒い軌跡』と呼ばれる入り口は日本上空にあり、米国の後ろ盾や国連などの素早い動議もあって早まった行動を取る国はいなかった。
 米国などはそれを言い訳に日本をメタ=リカーナとの窓口とすることで、援助する支援、金や物資のほとんどを日本に負担させ、その裏で魔法技術などの優先的な開示を日本に要求した。
 自分たちが後ろ盾になると甘い言葉を囁きながらも、日本を前に出すことで自分たちの金を出し渋り、甘い汁だけを吸おうと考えたのだ。
 当然、日本国内でもこうした米国のやり方に対し反発する意見も出たが、日本上空に現れた異世界との入り口が原因となり、世界の情勢は緊迫した硬直状態にあった。
 米国、国連の後ろ盾がなくなれば、今度はどの国が牙を突き立ててくるか分からないと言う状況で、日本が取れる選択肢は限りなく少なかったと言える。
 だが結局のところ、それだけの工作をしたにも関わらず、米国が望んだようなレベルの技術や力など手には入らなかった。
 魔法には個人の資質が大きく左右される。そのため、科学に依存しきっている地球の文化では馴染みの薄い魔法の存在は、生産性、利便性の面から見てもメリットの薄い物でしかなかったのが原因だったからだ。



 それらの過去の教訓を元に日本は、管理局との交渉に関しては、まず国連に話を通すことにした。
 所謂、管理局との関係の土台を築いた功績を棚上げし、その交渉権と決定権を国連に委譲したのだ。
 当然、丸投げされた形で米国をはじめとする先進各国は管理局との関係に難色を示したが、ある程度の権利を相手側に認めることで技術提供も受けられるとあって話はスムーズに進んだ。
 それに国連が管理局との交渉決定権を持つと言うことならば、米国としても日本を通さずに管理局と交渉する機会を得て、技術提供などを独自に受けやすいと思惑もあったのだろう。

 それに管理局との前交渉で決められていたのは、日本への駐留だけだった。
 これは魔法に関連する事件、事象が日本に集中していたと言う理由もあったが、管理局とはじめて接触を果たしたのも日本政府だったからだ。
 各国にして見れば、まだ完全に信用したとは言い難い危うい組織を、自国の領内に駐留させたくないと言う思いもあった。
 そうした意味でも、日本以外の国々にはデメリットらしいものが少なかったのが、各国が話を飲んだ一番の理由だった。

 だが、この結論を急ぎ、痛い目を見たのは米国などを中心とする先進各国と管理局だった。
 管理局は地球のことを特例区と認めながらも、管理世界の技術提供を出し渋りしていたからだ。
 少しずつ手札として見せることで、管理局への優秀な魔導師の誘致、メタ=リカーナが保有する魔法技術の公開を迫ろうとしていた。

 だが、プレシアが行ったことは図らずも、そんな管理局の思惑を潰したことになる。

 管理局が痛い目を見たように、米国も同じ思いだった。
 管理局との関係さえ有用にしておけば、魔法技術の優先的恩恵を受けれると考えていたにも関わらず、交渉が思うように進まず管理局が技術提供を出し渋る始末――
 そんなことをしている内に月村重工やバニングス社などと言った企業が、先進国が望んでいた技術をいち早く入手し実用化するまでに至っていた。
 相手が日本と言うことならば、外交から圧力をかけて技術開示を要求することも出来ただろうが、相手は世界でも名だたる大企業。
 しかもバニングスは日本だけに留まらず、欧米、欧州と世界各国に多大な影響力を持つ複合企業体だ。
 そんな相手に強硬策は難しい。
 出来なくもないがメリットとデメリットを考えた場合、米国が被る経済的損失の方が遥かに大きかった。

 これがすべて、デビットとシーラ、それに協力したプレシアの計画だったと言うのだから恐ろしい。
 管理局の企みや米国の思惑、先進各国の動きもすべて予測した上で、わざと日本に米国の思惑に沿った条件を飲んで貰い、罠を張っていたのだ。
 日本政府としても煮え湯を飲まされ続けることには頭に来ていたので、今回の一件で米国を牽制し、外交面でも屈しないと言う狡猾さと強さを各国にアピール出来た格好になった。

 静観を決めていた中国とロシアも、今回のことで態度を変えてきていた。
 このままでは日本に先じられ、先進技術で大きく差をつけられることになると危惧視したからだ。
 それならば日本との関係を改善することで、バニングスや月村重工などの関係の深い企業を優先的に自国に誘致し、国内の技術力の向上や経済の発展を目論んだ。
 欧州でもそうした動きが顕著になり、国連内部でも日本を支持すると言った動きが活発化し始めていた。

 こうした事情から、大量破壊兵器の凍結に真っ向から意義を唱えることは、孤立をはじめた米国も難しくなっていた。

 それにデビットにしても、バニングス社はこのことで世界中から多額の利益を得ることになるので、ある意味で一石二鳥どころの話ではない。
 今頃は忍も先のことを考えて、目を円マークにしていることだろう。

「それにしても、あのデビットって男――それにシーラもだけど、本当に腹黒いわよね。
 あれだけ組織や国家を手玉に取っておいて、何食わぬ顔を普段はしてるんだから」
「……プレシア、人のことは言えませんよ?」
「まあ、そのお陰で“この子”も思ったより早く形になってきたんだけどね」

 何を他人事な――と言わんばかりの目で訴えるリニスに、プレシアは苦笑を漏らしつつ目の前の巨大な魔力駆動炉に目をやる。

 期間の問題などは、最初から問題にすらなっていなかった。
 D.S.もアムラエルもすでに数百年以上の単位で生きている不老不死の存在とも言える。
 数年単位のことで文句を言うような切迫した事態でもなかっただけに、これに関してはプレシアも安堵していた。
 それにD.S.の仲間にも「百年以上生きている不老の存在なんて結構いる」と聞かされたプレシアは、自分たちと彼らの時間の価値観が大きく違うことに気付かされた。
 そのうち自分も慣れて考えなくなるのかと思うと、プレシア自身も考えるのをアホらしく感じたほどだ。

 それに加え人材――この問題に関してが、一番簡単な解決を見たとプレシアは思う。

 プレシアがリニスを蘇えらせる気になったのには、こうした背景があった。
 正直、リニス以上にプレシアの助手が務まる人材は他にいない。
 現在は身体も若返り、全盛期以上の魔力と体力があるプレシアにしてみれば、リニス一人を維持する程度のことは造作もなかった。
 それに新型魔力駆動炉の開発が上手くいけば、その魔力をリニスの維持にも割ける可能性がでてくる。
 何より、リニスが戻ったことで喜んだのはフェイトとアリシアの二人だ。
 あの二人の喜ぶ顔を見れただけでプレシアは満足だった。

 不足していた人材に関しても、研究生と言う形で月村重工とバニングス社から“出向”扱いで借り受けているので、実はプレシアの負担になっていない。
 実際に開発に携わることで、魔法に馴染みの薄い研究員たちの勉強になると考え、プレシアの研究に会社を上げて協力を申し出てきたからだ。
 技術を提供しつつ金をむしり取り、それをダシにタダで使える人を引っ張ってくる辺り、プレシアもかなり腹黒い。
 事実、リニスはプレシアが丸くなったと思う一方、かなり狡猾になったと考えていた。
 更に言うなら思いがけぬこととはいえ、快く思っていない管理局への邪魔も兼ねていたのだから、プレシアも願ったり叶ったりだろう。
 管理局は地球を特例区と認めつつも、欲をかいて自分たちから申し出た技術提供の話を出し渋りしていたのだから、自業自得と言えなくはない。


 結局――
 金、時間、人、これらの問題はこうした“多大な犠牲”の下に解決した。



「――しっかし、随分と早かったな」
「まあ、試作品に過ぎないけどね。まだ完成には、ほど遠いわ」

 D.S.の目の前には試作型の魔力駆動炉があった。
 アースラなどの戦艦用に調整された物ではなく、純粋に魔力を蓄え供給するだけの物、言わば魔力の貯蔵タンクのようなものだ。
 常に周囲の魔力素を取り込み、それを駆動炉で魔力に変換、そして補充する。

「そして、これが供給ラインになるデバイスよ」

 プレシアがD.S.に手渡したデバイスは、なのはやフェイトの使っているインテリジェントデバイスのように自分の意思を持ち学習するような高性能な物ではない。
 管理局でも広く使われている従来のストレージデバイスのような基本機能は持っているが、それはあくまで“おまけ”に過ぎない。
 本来の使用目的は魔力駆動炉から魔導師にラインを繋ぐことで、リンディのように魔導師に魔力供給をする機能にあった。
 インテリジェントデバイスのようなデリケートなデバイスでは、常に供給され循環されていく魔力とその制御に多大なリソースを取られ、人工知能などの機能に障害をもたらす可能性がある。
 その点、ストレージデバイスならインテリジェントデバイスのように人工知能を搭載していない分、処理速度が早くその分リソースの空きも多く取れる。
 デバイスに頼らずとも高度な魔法を自在に扱うことが出来るD.S.やアムラエルには打ってつけだと言えた。

 それでもプレシアは、これは失敗作だと思っている。
 はっきりに言ってしまえば、魔力駆動炉が供給する魔力量が、通常の魔導師であれば受け切れる量ではないからだ。
 オーバーSランクの魔導師であるリンディですらオリジナルの特殊な魔法を使い、受け切れない余剰魔力を背中の羽に蓄え分散することで、その膨大な魔力の使用をどうにか可能としていた。
 だが、このデバイスにはそんな都合のよい魔法式やシステムなど搭載していない。
 言ってみれば、一方通行の壊れた蛇口だ。
 魔力を送る先の魔導師の身体のことなど考えず、ただ蛇口から魔力を垂れ流すだけの失敗作。
 人ひとりが保有できる魔力の総量などたかが知れている。過剰に摂取した魔力は魔導師自身すら壊しかねない危険なものだ。
 普通の魔導師がこのシステムを使用すれば、よくて魔力の過剰摂取による二日酔い。
 最悪の場合、昏倒して意識を失い魔導師としての生命も危うくなり兼ねない。

「そのデバイスを作ったのはリニスなんだから、彼女にも感謝なさいよ?」
「いえ……わたしはあくまで設計に基づいて組み立てただけに過ぎないので――
 駆動炉からデバイスの基礎設計まで、すべて行ったのはプレシアですから」

 プレシアとリニス、二人の話を聞いていないのか、D.S.は早速デバイスを起動してテストをしていた。
 供給される魔力の量に比例して成長していくD.S.の身体――
 しかし以前のような姿までは結局戻らず、中途半端に14、5歳くらいか?
 中学生くらいの成長に止まっていた。
 それに常に膨大な魔力を吐き出している魔力駆動炉の稼働時間を考慮すれば、戻っていられるのはよくて数時間。
 極大魔法などを行使する全力戦闘を行えば、すぐに稼動限界にきそうだった。
 D.S.にもそれがすぐに分かったのか、苦い表情をする。

「チッ! ダメだな、こいつは……一度に持ってくる魔力の量が少なすぎる。
 アムラエルに供給する量を考えても、この倍は欲しいとこだ」
「倍って……これ、高ランク魔導師でも悲鳴を上げかねない出力なのよ?」
「話には聞いてましたけど……本当に規格外ですね」

 通常の魔導師なら悲鳴を上げそうな魔力量を供給されながらも、不満を述べるD.S.にプレシアとリニスは呆れ返る。

「まあ、しかし――せっかく、ここまで“カラダ”が戻ったんだっ!!」
「あっ、ちょっとダメ、こんなところでっ」
「プレシア……はあっ! ああっ、そこは――」

 D.S.に抱き寄せられ、身悶えるプレシアとリニス。
 二人の艶やかな声が部屋に響く。

「なーに、何も怖がることはねえ。むしろ身体にはいーことだからな。
 礼にたっぷりと可愛がってやるから、オレ様に任せとけ」

 身体を弄られ、淫靡な声を出すプレシアとリニスの二人。
 D.S.の指と舌が、その張りのある艶やかな身体を、確かめるように這っていく。
 抵抗する力をもぎ取られ、一音一音、まるでリズムを奏でるように声を発していくプレシアとリニス。
 主人と使い魔、二人の絶頂の声が時の庭園に響いた。






「ルーシェ……覚悟は出来てるわよね」

 結果は言うまでもないだろうが、時の庭園から帰ったD.S.を待っていたのは――
 アリサの“スペシャル教育”だった。






 海鳴大学病院――
 アムラエルは塾や習い事がない日などは、度々この病院に訪れていた。
 ジュエルシード事件の折、怪我をして運ばれて来た人たちを魔法で治療して回ったことがあった。
 その時に見ていた医者や看護婦などの病院関係者と、病院を利用している子供からお年寄りまで、多くの人に感謝されたアムラエルは、その時に知り合った人たちのお見舞いを兼ねて何度もこの病院に足を運んでいた。
 それに入院生活を余儀なくされているお年寄りは寂しい思いをしている人も少なくない。
 頻繁に家族が会いに来てくれる人など、正直に言えば珍しいのが現実だ。
 アムラエルはそんな人たちから見れば、可愛らしい孫のような存在だった。

 アムラエルも病院に会いに来るだけで、両手いっぱいのお土産(お菓子)が貰えるので、実はそれを楽しみに来ている節がある。
 それに退屈しのぎにとゲームに熱中している老人もいて、ある意味で友達のところに遊びに来ているくらいの感覚だった。
 そして入院している子供たちとも仲がよく、シーン曰く「どっちが子供か分からないくらい馴染んでる」と皮肉を言ったくらいだ。

「アムちゃん、今日もご苦労さま」

 石田幸恵――アムラエルが来るたびに声を掛けてくれる大学病院の先生だ。
 担当は神経内科医師、歳は三十と少し。
 まだ結婚はおろか、本人曰く「仕事が忙しく恋人も出来ない」とのことだ。
 そのことを、実は本人はかなり気にしているらしい。
 基本的に優しい人なのだが、以前にそのことを不用意に口にしてしまい、アムラエルは酷い目にあったことがあった。

「今日はもう帰るけど、幸恵なんかあった?」

 幸恵の表情が少し暗いことに気が付いたアムラエルは、そのことを幸恵に尋ねた。
 怒らせると怖いとは言っても、アムラエルは彼女のことが嫌いな訳ではない。
 むしろ普段は優しいし、すごく良い人だと思っている。常に患者のことを気遣い、誰にでも優しく気丈に振舞える人だ。
 いつもは嫌なことがあっても、他人に気取られるようなことを決してしない。
 そんな彼女が表情を曇らせていることがアムラエルには気になった。

「あちゃ〜、アムちゃんにはバレちゃったか」
「ふふ〜ん! わたしの洞察力を甘く見ちゃダメですぜ」

 どこまで本気なのか分からない冗談を言い合うアムラエルと幸恵の二人。
 だが、これがアムラエルなりの気遣いだった。
 確かに気にはなるが、それが幸恵のプライベートなことなら無理をしてまで踏み込むつもりはアムラエルにはない。
 知られたくないなら、その冗談に乗ってあげるのも優しさと言うものだ。
 しかし、幸恵は手を上げて「観念した」と言うような素振りを見せると、そんなアムラエルを見て「頼みがある」と手を合わせた。

「わたしの患者さんで、ちょうどアムちゃんと同じくらいの歳の子がいるんだけど――
 よかったら友達になってあげてくれるかな?」
「……? 別に構わないけど、病院の子?」

 入院している子供ならアムラエルは恐らく全員と面識がある。すでに友達と言っても過言ではない。
 だから幸恵に聞きなおしたアムラエルだったが、幸恵は首を横に振る。

「今は自宅から通院してるんだけど、少し特殊な環境で育った訳ありの女の子でね。
 学校にも通ってないから、同い年くらいの友達がいないのよ」
「……う〜ん、別にその子さえいいなら構わないけど」
「ありがとう――じゃあ、今度紹介するわね」

 幸恵がこれほど気にしているくらいだから、何か理由があるのだろうとアムラエルは思った。
 それでも彼女が薦めるのなら悪い子ではないのだろうとアムラエルは考え、まだ見ぬ少女に想像を膨らませるのだった。






 ……TO BE CONTINUED





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■作者からのメッセージ
 あとがき
 193です。
 A's編開始しました。
 ストックも少しあるので、今回も駆け足で行きたいと思います。
 でも、さすがに毎日更新までは期待しないように……(無印の時に寝不足で力尽きかけた;)



 >rinさん
 ある意味、リンディさんは納得の行く結果だったからでしょう。
 長い休暇程度に彼女も思ってるのだと思います。まあ、クロノや一部局員は不満もあるでしょうが……
 ユーノくんは本当に反省してます。A's編では成長した彼の姿もご注目ください。
 今回で少し他の国の動きも書いてありますが、そうしたことは大人のやることですからw
 クロノくんの成長もA's編の課題ですので、頑張ります。



 >あびさん
 ユーノくんは反省して頑張ってますからね。
 実際に小さなことからコツコツとやってれば、今まで見えなかった物も見えてくると言うものです。
 クロノの成長は今後に注目を――きっと大丈夫w
 なのはたちの成長はもちろん徐々に考えてます。
 今作には更に成長を遂げた、なのはとフェイトの二人の活躍もありますからね♪



 >ボンドさん
 四周年記念の話は前もって頂いてましたしね。
 褒め言葉でしょうが、年の功は禁句かもw 本人には言わないようにしましょう。
 無印では管理世界側ではユーノくんがある意味で一番成長したわけですが、クロノくんの成長も当然考えてます。
 ユーノはあれですね。まあ、色恋沙汰は諦めてもらいましょうw

 アムの真の甘えた攻撃は本当に気を許している相手だけです。
 フェイトはそれだけ懐かれてるってことですねw
 D.S.が娘と認め、一緒に暮らしている分、アムにとってフェイトは同じ家族も同然ですから――
 ちなみにちょっと忘れられてるアルフさんですが、ちゃんと出てきますよ?w
 単にフェイトの友達付き合いには、本人も顔を出さないようにしてるだけです。
 家できっと『ほ●っこ』かじってることでしょう(ちょ

 プレシアとリンディですが、実は一度会ってます。13話のラストでアリサの家にみんな集まったときにw
 裏話的な物なので省いてますけどね。リンディがD.S.の物になれば、会う機会も増えるでしょうし……
 ヴォルケンズ、なんかヴィータが登場して速攻で死亡フラグぽいですが、お気になさらないで下さい。



 >吹風さん
 この話は本来は本編に混ぜるか悩んだのですが、導入編の長さを見て分かる通り無理でしたw
 長すぎると読み難いしね。でも、話数をきっちりと分割してプロット書いてるので、そこまで展開進んでもらわにゃ困るのですよ。
 確かに原作のなのはたちの状況は異常としか思えません。
 こう言う小さなことの積み重ねが、大人になってから経験として生きてきますからね。
 クロノの考え方は、ある意味で管理局、それも海の考え方だと思います。
 地上の治安維持も大事だとは言いながらも、レジアスの言ったような現状があるわけで、実際に高ランク魔導師を海が独占してる現状もありますしね。
 人材不足が原因でしょうが、それでもそれが当たり前となっている体制に問題があると思います。
 高ランク魔導師の中にも海=エリート意識が強いのかと思います。結局、なのはたちも本局所属でしたしね。

 D.S.の問題に関しては半信半疑で様子見と言ったところでしょうか?
 実際にその場で見ていたのはリンディたちだけですしね。グレアムも報告を受けているでしょうが、実際に見た訳じゃない。
 どうなるかはA's編で少し進展あると思います。
 ちなみにエイミィは犠牲者にするか、現在悩んでます。クロノがちょっち可愛そうな気がするしね;



 >T.Cさん
 まあ、クロノが腐る気持ちは分からなくはないですけどね。
 特に執務官としてのプライドも立場もある彼からすれば納得は行かないでしょう。
 なのはたちは着実と心身ともに成長してますが――
 今回のクロノの意識の問題は、StSでもよく取り上げられる海と地上の問題を挙げてますからね。
 少なからずこうした問題はどこでもあると思いますけどね。現実なら警察とかもw
 理想があっても現実では伴わないのが、こうした組織の弊害でしょう。



 >愁影さん
 はじめまして、193です。
 ネギまのSSを投稿されてる方ですね。少し拝見しました。
 感想はそちらの方に――
 クロナではなくクロノですがw まあ、クロノくんに関してはA's編以降に成長も用意してるのでそちらで。
 フェイトは確かに格好いいとも取れますね。個人的には妙に世間知らずで無垢なところが好きですがw

 大変でしょうが、お互いに頑張りましょう。
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