「さあて、行くかの」
朝一番、というか恐らく早朝六時過ぎ、早々に食事を済ませた俺達はほうと一息ついていた。
ヴィリはそう言う状況を不満に感じたらしく先ほどの言と相成ったわけである。
金髪碧眼、エルフの長い耳を見なければ本当に単なる子供なわけだが。
実際エルフとしては文句なく子供のようで100歳とは思えない威厳のなさではある。
とはいえ、彼女の口から出た言葉は俺達としても多少思う所はあるのだが。
「皇女が天幕から出てこない事にはなー」
「白銀騎士団と正面から事を構える事になってしまいます」
「べつに、ヴィリちゃんの実力ならあんな騎士団、子供の手をひねるようなものじゃぞ?」
子供の手をひねるって、自分も子供にしか見えない癖に(汗
とはいえ、彼女の戦闘能力が本当に勇者のパーティである”明けの明星”のNo2なら出来るんだろうな。
もっとも、そんな事をすれば本当にこの大陸中の人族と敵対する事になりかねない。
それに、まあイシュナーン皇女からすれば早すぎる時間だとしても不思議ではない。
昨日は割合い遅くまで起きていたわけだし、実年齢5歳なら体力が突然切れて深い眠りに落ちたりするからなー。
「まあ、そこまで急がなくても良いんじゃないか?
今のままなら山岳部の中央辺りで捕捉する事ができるはずだろ?」
「なにを甘々、甘栗納豆な事をいっておるのじゃ!!
この手の綱渡りに、アクシデントはつきものなのじゃぞ!」
「確かにそうだな……」
早めに出立しておいたほうが、色々な意味で余裕が取れるのは事実。
俺達は全員脚に問題はないわけだが、山岳部中央の寒さはかなりのものだろうし、
それに、何者かが邪魔をしてくる可能性はある。
しかし、捕まえようとする相手は倒すしかないのか?
「確かに、出来うる限りで急いだほうがいいかもしれないな」
もっとも、だからといって殴りこみをかけても仕方ない。
フィリナは朝食の準備をしているし、丁度良い。
昨日は宿屋の夕食を食べていた皇女様だ何を出しても特に、問題はないだろう。
俺は、白銀騎士団の女性騎士の一人に話しかける。
「おはよう」
「おはようございます」
「そろそろイシュナーン殿下を起こしてもらう事は出来ないだろうか? 朝食も出来る頃だと思うし」
「大丈夫です。朝食はこちらでご用意しますので」
「一応、俺達がさらって行ったことになってるので、スケジュールを調整できないだろうか?」
「それはそちらの都合、こちらにはこちらの都合がありますので」
なるほど、白銀騎士団は慇懃に対応してはくれているが、基本的に俺達の事を信用していない。
当然ではあるが、同時にここでイニシアチブを取られるのはあまりよろしくない気がする。
何故なら、イシュナーン皇女の機嫌を取れば解決というほどには簡単ではないからだ。
もし、黒金騎士団が止まらなかった場合、国益につながる以上、皇女が直接誅するわけにも行かない。
となれば、人攫いである俺達が黒金騎士団を相手取らなければならない。
それも、白銀騎士団を含めての話だ。
自然俺の目が険しくなろうとする。
その時、天幕の中から声がした。
「お待ちください、私ならばもう起きておりますわ、ですが申し訳ありませんが着替えに少し時間がかかりますの。
もう少々お待ちいただけるかしら?」
「では、先に朝食をとっているからいつでも来て」
「分かりました、私の分まで食べないでくださいましね、英雄の料理のご相伴に預かるなんてめったにありませんもの」
「了解」
ふう、少し不味かったな今のは。
俺も油断してると力におぼれるかもしれない。
今の力でも十分人間の騎士と比べて強いと自覚しているのが問題だ。
魔族化しなければあれらの騎士とは精々五部だろうが、魔族化さえすれば……。
こんな考えがあるからいけない。
何事も相手をきちんと見て決めなければ後で後悔する事になる。
ともあれ、そんなやり取りの後昨日から焚き火をつけている場所へと戻る。
高度が高いため温度はかなり低い、そのため焚き火を切らすのは命取りだった。
まあその分、朝食のために火をおこす必要はないので助かっているが。
それにこれでも、雪が大量に積もる地域よりはましだ、その辺だと焚き火そのものが続かない。
「ん? 今回の朝食は……麺類か?」
「はい!
マスターの記憶から乾燥した麺を持ち歩き、粉末状の出汁を湯で融けば……。
ラーメン……のようなものができました」
「のようなものとは?」
「何分、帝都には乾燥した麺のほうはともかく、出汁のほうは存在せず……。
魚を干したものを粉末状にて、塩コショウ等を加えてアレンジしてみたのですが。
お口に合うかどうか……」
「今までのフィリナの料理は大抵旨かったし心配していないよ」
「ありがとうございます! では一つ」
「あっああ……」
旨そうな匂いだ、確かに……しかし、この出汁、味噌とも醤油とも塩とも違う。
あえて言うなら塩のはずだが……。
「ええい、ままよ!」
出された手作りと思しき箸を使い、ズズーっと啜ってみる。
なるほど、魚の風味がちょっと残っているのか、だから……。
でも、癖の強い部分を乗り越えれば案外旨いようだ。
「口当たりはちょっときついけど、食べ始めると旨いよ」
「そう……ですか、流石に初挑戦なので緊張してしまいました。私も食べてみますね」
「ヴィリちゃんもー♪」
二人は特に問題もなく食べているようだ、この世界の住人だけあって食べられるものを粗末にはしないと言う事かな。
それとも……。
「おお、このちょっと癖のある味がいいぞ!
それにちゅるちゅる啜る食べ方も珍しくて気に入った!」
「癖のほうは、灰汁抜きをもっと頑張れば何とかなるかもしれません。
今回は場所が場所でしたので、あまり集中できなかったので」
少しだけほほを染めるフィリナ、なんというか初々しい。
巨乳と流れるようなブルーの髪を含むと、こんな表情でもどこか媚を含んで見えてしまうのが怖いが。
我ながら溜まってるのかね(汗
「なんということでしょう! 面白そうな料理をつくっているのですね!」
「おお、皇女様か、凄いぞ、これは一種の発明かもしれん!」
「大げさですよ、私はマスターの料理を再現しているだけです」
「そうなのですか……、では、早速食べさせてもらってもよろしいですか?」
「ええ、お箸は難しいかもしれないのでフォークでも構いませんが」
「お箸ですか、東大陸では一部の地域で使われていると聞きます。
一応使い方も習っておりますのよ?」
そういうと、イシュナーン皇女は幼いその姿に似合わぬ優雅な動作でラーメンを……啜った!?
まあ、啜るのが正しいわけだけど、礼儀作法のうるさい所ではなかなかそういう食べ方は……、
といっている間にも完食しそうな勢いだ。
これはまた随分と気に入ったようで。
「おいしいですわ! スープは少し癖がありますけど、麺はハダオ用の乾燥麺をつかってますのね!」
「本来の味というわけではないですが、即席ではこれが限界でした」
「なるほど、でも即席でこれだけの味なら……」
今聞いたハダオという名の料理の事が凄く気になったが、今はあえて問わない事にする。
それよりも、彼女が興味を持つという意味が何となくわかった。
つまりは、フィリナも予想して作っていたという事だろうイシュナーン皇女が興味を持つという事を。
「それで、この麺は何と言いますの?」
「正式な物はラーメンというんですが、我流で仕上げましたのでなんといっていいのか」
「これが我流ですの!? 凄いですわ。どうやって作っていますの?」
「この乾燥麺と粉末出汁を一緒にゆでるだけです」
「素晴らしいですわ、庶民的でありながらこの味、これなら城下どころか土産物にもできる。
乾燥麺と粉末出汁なんですから保存も効きますし、
お湯で溶かしてそのまま麺を茹でれば完成というお手軽さもいいですわ、旅のお供に、時間がない時の料理として。
これは食事を革命する事の出来る一品です!」
「時間もなかったので味の完成もトッピングもまだですが」
「それもそうですわね……。是非帝国の料理顧問として雇いたいところですが」
しかし、これだけ食いついてくれるとは。
でも確かに、俺の世界の料理を実際に作って見せるというのは新商品開発には向いている。
帝国の経済回復にも多少なりと影響を及ぼせるかもしれない。
特に、長時間茹でる必要のある煮込み料理と違い、この麺ならばお湯を沸騰させて5分程度でできるだろう。
燃料の節約にもなるし、お手軽に温かいものが食べられるという点でも優秀だ。
北国においては確かに悪くない料理のはず。
フィリナはそこまで計算して……?
俺がフィリナに視線を向けると、少しだけ目を伏せ頷いたように見えた。
「せめて、この料理のレシピを教えてもらう事は出来ないでしょうか?
もちろん、無料とは言いませんわ、それなりの額を用意するつもりです。
金貨で5000枚、払うだけの価値のある料理だと思いますわ」
5000枚……5億円かよ……、しかし確かに経済効果を考えれば5億円でも安いくらいかもしれない。
帝国民がどれくらいいるのか知らないが、100万人食べるとしても週一でこれが出てくれば年間5000万食、
一食銅貨10枚(100円)として一年で金貨5万枚(50億円)の売上だ。
他国にお土産として、また卸売として、売るようになれば更にその数は跳ね上がる。
食糧不足の問題も流通事情の関係でかなり緩和されるだろう。
とはいえ、皇女とはいえ何の気なしにポンと出せる額でもない。
この計算をあっという間にはじき出して見せたという事になる、やはり5歳児の頭脳ではない。
「そうですね、お売りしてもいいのですが……お金はいりません。
代わりに、兵を引き上げる事、そして私達の事を出来れば国際指名手配から外してください」
「……なるほど、確かに貴方がたにとってみればそれが一番大事ですわね……。
兵を引く事に関しては私にできうる限りの事を致します。
国際指名手配に関してはギルドに働きかける程度しかできませんが。
幸いにして貴方達の似顔絵は全く似ていませんので、名前を変えてもあまり気付かれないでしょう。
帝国とそして、今回の事がうまくいけば共和国の2国で働きかけ指名手配の名前を変更するように致しましょう」
「ありがとうございます」
「いいえ、このレシピが手に入るなら安いものですわ」
フィリナは上手い事交渉して俺達の立場を改善してくれている。
そして、イシュナーン皇女も乗り気のようだ。
しかし、その陰でいじけている見た目幼女が一人……。
「うう……、また皇女に美味しい所をもっていかれたのじゃ……」
「まあ、今の所仕方ないんじゃないか(汗)」
「そうはいうがの、お主の周り、実は幼女が多すぎぬか!?」
「え”!?」
「聞いておるぞ、この世界に来てすぐマナという幼女を助け、
続いてティアミスとかいうハーフエルフとパーティを組み、更にはティスカという幼女魔物使いを助けたとか!
そして皇女にヴィリちゃん、お主の周りは幼女ばっかりか!?」
「いや……そんな事はない……はず……」
ほら、フィリナとか”桜待ち亭”のアコリスさんとか、パーティ”銀狼”のリーダーセインとか……。
まあ、セインとは話した事がないというか、話なんかしたら殺されかねないけどね。
あのむっちりとした……。
「顔に何か出ておるぞ、いやらしい」
「むっ!? 下ネタ中心のヴィリに言われたくないが……」
「下ネタとスケベは別なのじゃ! 妄想している暇があるなら現実にエロい事をするのじゃ!」
「それもどうだろう……」
「ええい、エロはやっているほうが妄想しているよりも健康的じゃと何故分からん!」
「まあむっつりよりも、あけっぴろげのほうが嫌われにくいとは思うが……」
これもまた一つの心理なんだろうな……。
同じスケベでも、あけっぴろげな人は陰湿な感じはしない。
陰湿な感じのするスケベは一番嫌われやすい。
否定できない所がつらいが、俺も多少スケベ心は心にこもるタイプだ。
今までそう言うのをあけっぴろげに言う人がいなかったのも事実だが。
まあその辺はともかく。
「さて、そろそろ出立しないか?
出来るだけ早く進軍を止めたい、皇女様もそれなりの対価にはなったと思うが?」
「はい、金属加工品の海外輸出に、今回の携帯麺の利益が加われば、
国庫も安定し、北部地域への支援も滞りなく動かせます。
まだ見込み利益ではありますが、帝国は今までにない繁栄を築くでしょう。
私も全力で戦争を止めさせていただきますわ!」
イシュナーン皇女も喜んでいるようでなによりだ。
八方丸く収まれば一番いいんだが、問題は……黒金騎士団がいい面の皮になる事だ。
つまりはよほどの事がないと止まれないだろう。
少しだけ、イシュナーン皇女の事が心配になった俺は視線を合わせる。
しかし、イシュナーン皇女は別の事を考えていたらしく、
「あ、携帯麺に関しては今後あまり人前では作らないようにして頂けないでしょうか。
何れは類似品も出てくると思いますのでその頃ならばもう問題ないかと思いますが、
せめて2年は独占販売したいと考えていますので」
「分かった、フィリナも構わないな?」
「はい」
彼女の眼はその気になればまだいくらでも俺の世界の料理を作って見せる事を物語っていたが、
その事について口に出しても立場が悪くなりそうだったのであえて口にはしない事にした。
そもそも、商売としてそういうものを成立させた場合、別の意味で動きが取れなくなる。
フィリナがもしも料理で身を立てる事を望むのならば話は違ってくるが……。
その事を俺が確認するのはむしろ酷というものだろう。
「では出発するとするかの? 先日と同じようなスピードで構わぬか?」
「問題はありませんわ、それなりに体力には自信がありますもの」
「ならばいくぞ」
ヴィリが先頭に立って動き出す。
その事事態は間違いではない、何故なら山や森はエルフの住処、俺達よりも軍の動きを上手く掴む事ができる。
その中でも特化した彼女の力はレンジャーも裸足で逃げ出すレベルといっていいだろう。
「ほう、奴らかなりの行軍速度じゃな、脱落者がかなりいるようじゃ」
「ぶつからないか?」
「その辺は任せておくのじゃ、ヴィリちゃんに間違いはない!」
そういわれればそうと納得するしかない。
経験の差が大きいし、エルフの感覚は森の中で研ぎ澄まされる。
この山とて木々の量からすれば森のようなものだ。
フィリナも俺もイシュナーン皇女も特に異を唱える事はしない。
しかし、残念ながら相手もただの軍隊というわけには行かないらしかった。
そう、何故なのか気配が近づいてくるのが分かる。
まさか、”銀狼”か?
考えてみれば行きは見逃してもらえても帰りまで見逃してくれるはずもないか。
そう考えていたのだが、どうにもおかしな気配のようだった。
そして、それは唐突に現れる。
そう、見た事のある人間2人の取り合わせとして。
「ほー、帝国軍に接近する気配があると思ってきてみれば君達だったのかい」
「あら、ソード貴方も面識がありますの?」
「僕は釣り人さ、僕が知っているのは哀れな魚だけだよ」
いやみな感じでニヤリと笑うのは釣り人、そうティスカを使って泥棒をさせた張本人。
そして、もう一人は帝国突入前に会ったキッスとか言うドレスの女。
どちらも一筋縄ではいかない特殊能力の持ち主だ。
釣り人の能力は幻覚、目で見て分かる事を信用するわけに行かなくなってしまう厄介な能力。
そして、キッスとか言う女の能力は不明だが、魔法を曲げた事や、消えた事などからかなり特殊な能力と分かる。
この2人が組んで動くとなると、かなり不味い、釣り人の力だけでも前回は振り回されっぱなしだった。
その上キッスの能力もかなり強力なものである事は間違いないだろう。
「面白い取り合わせですわね。何かの宣伝活動でしょうか?」
「まあそうなるねー、今回は劇団の宣伝活動という事になるかな?」
「ちょっ、ソード!」
「別にいいんじゃない? 知られて困るような事でもないし」
しかし、彼らは本気だろうか?
俺達に対抗するための手段は俺達に知られている。
むろん完全にという訳ではないのだから、そりゃまだ手はあるのだろうが。
彼らの手段とは種が知れると途端に不利になる類のものだ。
厄介な敵ではあるが、前回ほどに振り回されるつもりもない。
「ふん、一芸しかできない芸人が偉そうに」
「一芸!? 芸人ですって!!」
「キッス挑発だよ、挑発。起こったら負けだから」
「じゃがヴィリちゃんもそう思うぞ、そもそも、幻覚使いの釣り人とやらよ。
幻覚は脳に作用するという事は知っておるな?」
「それがどうか?」
「こういう魔法もあるのじゃよ。プリケイド!」
「なっ、なに……」
ヴィリの張った結界は釣り人(ソード)と貴婦人(キッス)の姿を消しさる。
幻覚が失われたというよりは、ヴィリの周囲10mほどだけ現実の光景に戻ったというべきか。
その証拠に、外の空間には……。
「面白い魔法を使うねぇ。だけど、外の空間まではどうしようもないだろう?」
「ほほう、外は大海流になったか、なかなか面白い芸じゃの」
「確かに、ソードの力は現実に効果を発揮する事はないですが、わたくしのは違いますわよ?」
「やってみせよ」
ヴィリが相変わらず挑発する、俺はどう動くべきか考えていたがフィリナに手で制された。
ヴィリ一人で大丈夫だという意味らしい。
「ふふふっ、灼熱の一撃受けてみるといいですわ!」
「ほう炎使いか」
「御名答、熱は上昇気流を生みあらゆるものを曲げ、蜃気楼を生み幻を見せ、噴射すれば飛行すら可能にし、
そして攻撃としても一流ですわ」
それで今日は赤いドレスを着ているのか、とどうでもいい事を考えるが、
キッスとかいう女は、炎で結界を包み押し切る気でいるようだ。
しかし、ヴィリの表情は一向に変わらない、挑発するようなあざけりの表情をたたえたまま。
背中のパスティアを抜き放つと、キッスとかいう女に向けて放たれる。
だが、キッスのいる場所は幻覚らしく、貫いても何も起こらない、だがヴィリは表情を崩す事はない。
「一つ、ヴィリちゃんの芸を見せてあげるとするかの」
「攻撃を外したくせになにを!!」
「外して等おらぬよ、パスティアの放つ矢は”必ず命中する”」
「なにをばかな、がぁ!?」
いつの間にか、俺達の背後にキッスとかいう女が出現していた。
それも、しっかり胸を貫かれて。
普通なら即死するだろう心臓の位置を確実に縫い止められていた。
「な……ぜ……」
「何、ヴィリちゃんの矢がまっすぐ飛ぶ等と誰も言っていないじゃろ?
単に曲がっただけじゃよ」
「……」
「位置の割り出しも難しくなかった、多少は殺気を隠す術を学ばねば穏行の意味がなかろうに」
単に曲がっただけというが、真後ろの敵に当てるのがどれくらい難しいか聞くまでもない話だ。
魔法の類を使ったようには見えないから、パスティアに何か秘密があるのだろう。
っていうか、矢は後ろに届くように出来ていない筈だしね(汗)
「ほう、死んでいないか。やはりお主”魔血(まけつ)”の常習者じゃの?」
「クッ!?」
「”魔血”?」
「魔族が魔力を体内に持っている事は知っていますね?
魔族の魔力を凝結したものとでも言えばいいでしょうか、
普通人は魔族の魔力を受け入れられませんが、”魔血”とする事によって己の魔力とする事が出来ます」
「ドーピングのようなものか?」
「効果は永続的ですので、ドーピングよりも効率はいいと思います。
ただし、常習性がある事、服用のしすぎは破滅となる事は同じですね」
「破滅? 廃人にでもなるのか?」
「いいえ、限界を超えて服用すれば反転現象により魔族化します」
「なるほどな」
これで、奴らの一芸とはいえ、一流に近い力の意味がわかった。
そして、キッスが死ななかったのは、魔族化が既に始まっているという事だろう。
魔族は心臓をつかれれば即死、とはならないものも多い。
そう言う魔族の”魔血”を服用していればそう言う事もありうるだろう。
「つまり、お前達は俺達のお仲間のようなものという訳か」
「じょっ、冗談じゃありま……ゲフッ、ありませんわ……」
減らず口を叩いてはいるが、心臓を貫かれたのだ、まともに動けるはずもない。
恐らく、時間を稼いで回復を待っているという所か。
ならば釣り人のほうはどうでる?
まっとうな手段では対抗できない事はわかったはずだ。
場合によっては逃走されるかもしれない。
まあ、今の俺達は急いでいるのでこいつらの事は正直どうでもいいんだが。
「釣り人とか言ったかの、それでこの後どうするつもりじゃ?」
「確かに、今の僕達じゃ勝ち目がなさそうだ。引き上げる事にするよ」
その言葉を最後に、風景は元に戻りそこにはもう誰もいなかった。
きっちりとキッスとかいう女も連れて逃げたらしい。
あの釣り人、恐らく他の2人とはレベルが違う。
正面から戦ってはいないから、強いのかどうかはわからない。
しかし、用心深さは並みじゃないようだ。
「ふん、全く食えない奴じゃ……」
「どうかしたのか?」
「あ奴ら、向こうの山に渡るためのつり橋を落して行きおった」
「それは……」
俺達の身体能力なら谷まで降りてまた登ってくる事も出来る。
フィリナの軽量化もあれば更に簡単だろう。
しかし、時間ロスになる事は確かだ。
ほんの数時間程度であろうとは思うが。
それとも……。
「行ってみない事には始まりませんわシンヤ様」
「そうだな、回り道をしている時間はない」
「谷ごと迂回となればほぼ一日潰れてしまいます」
「では、いくのじゃ!」
「ああ!」
俺は先頭に立って、谷を滑り降りる。
その内靴に穴があきそうだが、まあ仕方ないだろうな。
谷に何もなければ、下り10分ほど、登り半時間程度で終わるはず。
だが、流石にそうは問屋がおろしてくれそうになかった。
「全く、胡散臭い話しに乗せられて来てみれば。なるほど、確かに魔族はいたようだね」
「ッ!?」
谷の影から現れたのはパーティ”銀狼”リーダー、セイン・ドレル・マクナリア。
”銀狼”とはパーティ名でありながら、彼女個人の事も差す。
何故ならその、ボーイッシュに見えるショートヘアが銀髪であり、褐色の肌に映えて煌めいている。
更には飢えた狼のように、狂気的に魔物を狩り続ける事から、ついたあだ名が”銀狼”。
2つ名とも言うが、兎も角、パーティ名には彼女の2つ名をそのまま使っているのだ。
理由は単純、彼女がパーティリーダーであると同時に、皆彼女の下に集まったものだからだ。
「これはまた、大物が釣れたの」
「全くだ、待ち伏せをするように指示したのはあいつらという事か」
「恐らくは釣り人じゃろうな」
「負けたらここで迎え撃たせ、勝てば彼らは放置して帰還という所でしょうね……」
これはまた、偉く大変な相手に見つかったものだ。
彼女は恐らくもう俺が魔族だと知っている。
露出の激しいビキニアーマーの下では、体中の筋肉が俺を殺したいと言っているように感じられる。
見た目がエロくても、殺されるのは勘弁願いたいものだ。
「さあ、魔族は塵に帰りなさい」
薄い笑みと共に、背中に担いでいた巨大な剣を抜き放つ。
ベルセルクのドラゴン殺しを彷彿とさせる、鉄塊を思わせる巨大なフォルム。
それはもう剣とは言えない、そうあえて表現するなら圧搾機のようなものだ。
あれに接触すればべしゃりと体をえぐられ骨まで砕かれる事請け合いだ。
「全く……俺よりよっぽど化け物じゃないか……」
「そう、私は貴方達魔族を狩る化け物、それ以外の事なんてもうどうでもいい」
「……どいつもこいつも、ヴィリ、頼むぜ皇女様を先に、俺達が行けなくても彼女がたどり着けば俺達の勝ちだ」
「……わかった、生きのこるのじゃぞ、お前みたいな面白いのは初めてじゃからな」
「ふっ、魔族が人を逃がす、ね、この先どうするつもりかわからないけど、全力でやれそうね」
「マスターを殺させはしません」
セイン一人に対し、俺達二人、しかし、優位性は感じられない。
狂喜しながら魔族の軍勢を狩っていた彼女の姿を知っているから。
そして、目の前の彼女にその笑い顔が浮かび始めていたから……。