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魔王日記 第五十五話 戦争を望むもの。
作者:黒い鳩   2011/09/14(水) 17:26公開   ID:LkYSqd5eQkI
「さあ、始めましょうか狩りを、ね……」



銀狼セインの目がすぅっと細くすぼめられる。

ビキニアーマーから健康的ともいえる筋肉質の体を惜しげもなくさらし、どこか上気すらしているように思わせる。

女性としてはやや大柄170cmくらいはあるだろうか。

だが今は、そんな事は大した事ではなかった、問題はその剣のほうだ。

彼女はその剣を普通に振り下ろしてきた。

ズドン!!という凄まじい轟音と共に振り下ろした後の剣の形に地面がえぐれる。



「なんって力をしてやがる……」

「まさか、それが本気ってわけじゃないでしょう?」



某マンガことベ○セルクの言葉じゃないが、正に剣というには大きすぎ、分厚く、重く、大雑把すぎる。

正に鉄塊というのがふさわしいだろう。

50cm近いにぎりに、2m近い刃渡り、刃は鈍く切り裂くには向いていない。

重さも当然どう軽く見積もっても100kgくらいはあるだろう。

某マンガのドラゴン殺しは200kg近いらしいとも聞いた事があるが比較対象もくそもないのでおいておく。

銀狼セリアがどういう鍛え方をしていたのかは知らないが、人間の振り回せる武器ではない。

普通の人間なら持ち上げるだけで脱臼もの、ウエイトリフティングの選手だって持つ場所の問題で持ち上げづらいだろう。

ましてや、それを振り回して武器とする等人間業ではありえない。

軽く見積もってあれを武器として問題なく使い切るには2つのものが必要となる。

一つは常人の5倍以上の筋力、もう一つは、剣に振り回されないための体重だ。

そう、この世界になら普通に扱える種族もいる、巨人なら問題ないだろう。

5mクラスともなれば5倍以上の筋力も剣の重量の10倍以上の体重も確保できる。

しかし、人が扱うには無謀が過ぎる、普通なら絶対不可能な数字だ。



「どうしたんだ? もう諦めて私に狩られることにしたのか?」

「ッ! そんな訳がないだろう!!」



振り下ろす剣を避けながら、しかし、剣風やえぐられる地面に傷をつけられる。

確かにこのままでは勝ち目はない。

魔法の準備が出来たのかどうか、視線でフィリナに確認する。

フィリナはOKであるというようにうなずく。



「多重結界展開完了しました」

「ならばフィリナ、全力でいくぞ」

「はい」



俺は魔族の力を解放し、フィリナも翼を広げ魔力を全開にする。

フィリナの翼はまた白い羽根が増えていた、もう10枚以上の羽根が白い。

最初は5枚だけだったから何かあったのかっ気にはなったが、今は置いておく事にする。

銀狼はそれを待ってくれるほどやさしくはなかったからだ。

飛び込むように巨大な剣を大上段から振り下ろすセイン、それを俺は魔族の身体能力で大きく回避する。

だが、攻撃をくらった地面が爆発する

俺達はもう一度間隔を開けようとするが、セインはそのまま飛び込んできた。



「避けてばかりじゃ面白くない、だろ!!」



困った事にセインのスピードはあの武器をまるで羽のように軽いものとして使っているとしか思えない。

某漫画のガッツと違い筋力で使っている訳ではないのだろうか?

もっとも、この場ではそんな事は関係ない。

破壊力においてはこの剣だけで十分魔法ごと相手を駆逐できる。

俺にしたところで、前に買ったロングソードとあの剣では比較にもならない。

受ければ折れる事確実、ならば当然、避けて反撃につなげるしかない。



「マスター!」

「ああッ!」

「求めたるは、力ある燐光の影! シェム・ハルザード!!」



俺が大きく飛びのくと同時に、フィリナの両手から闇の波動のようなものが噴出する。

セインに叩きつけられた波動は、しかし、剣を盾代わりにして防がれた。

もっとも、それは予想済み。

フィリナの放った闇の波動は、砕け散った後も黒いもやとなってセインをつつみこむ。



「こざかしい真似を!!」

「俺だって死にたくないんでね!!」



ひるんだ瞬間を狙い、俺は魔族化で解放した身体能力を全開にしてセインに挑む。

今までで自分の意思においてやったなかでは最速の連携、しかし、視界が悪い状態のはずのセインは的確に防ぐ。

巨大な剣の柄の部分で剣を受け、また、剣の身の部分を盾代わりにし、また、剣を軸に飛翔して回避をしたりもした。

こちらも、色々な方向から連撃を加え、何度か掠るものの連続攻撃も20に届く頃には流石に速度が落ちて来た。



「そこだ!!」

「チィッ!?」



大振りになっていた攻撃の隙を突かれる格好で、蹴り飛ばされる俺。

空中で重心を取り戻し、着地するものの、その時には既に、俺を殺傷圏内に収めるまでセインは踏み込んできていた。

何という速度だ、少なくとも俺もふっ飛ばされてとはいえ、飛び下がっている以上間合いは離れるはずなのに。

それ以上の速度で踏み込んだというのか。



「死ねぇッーーー!!!」



足場のおぼつかない俺に、大上段からの巨大な剣が迫る。

しかし、その次のドドォン!!という爆発音と共に瞬間セインの動きが止まる。

俺に集中したことで、フィリナの事を一瞬忘れたらしい、背中からの炸裂氷弾の呪文をまともに食らっていた。

そして、そのタイミングを俺も無駄にはしなかった、動きの止まった瞬間セインの懐に入り込む。

いくらセインといえど、振り下ろし途中の剣を防御に使う事は出来ない。

俺は脇を駆け抜けざま、ロングソードを一閃した。

だが、セインは巨大な剣を文字通り放り出し、転がりながらも俺の一閃を避けた。

何という思い切りのよさか、あの剣は精神的支えというわけでもないらしい。



「ふふっ……、ふふふ………面白い、私から剣を取り上げるとは。

 魔族とはいえ、なかなか珍しい事をしてくれたわ、なら私も全力で答えないとね」

「出来ればもう勘弁願いたいね……」



彼女を一時的とはいえ追い込んだことで、更に彼女の狂気的な笑いは大きくなってくる。

彼女自身がそう思っているのかどうかは知らないが、

魔族を狩る事というよりは、より強い敵と闘う事を目的とでもしているような。

そうでないのなら、追い込まれて更にというのは考えづらい。

とはいえ、今はそんな事どうでもいい、兎に角助かるために、一瞬でも気を抜けない。

彼女の化け物ぶりはなにも、あの剣だけに由来しているわけではないのだから。


セインは武器を持たないように見える状態のまま、俺に向かって突っ込んできた。

俺はロングソードを横凪ぎに振るうが、滑り込むように姿勢を低くしてすり抜けられる。

わきを通り過ぎた時、俺の脇腹に鋭い痛みが走った。

振り向いた俺の目には、彼女の手元に魔法のように現れたショートソードが映る。

隠し武器も用意しているようだった。

彼女が力を失っていない事はわかる、しかし、普通ならば既にかなりのダメージでもあるはずだ。

ビキニアーマーの隙間から体中に小さな傷が刻まれているのが見える、さっきの連撃ノーダメージではなかったのだろう。

つまり、今の状況はよくて五分、メイン武器の分俺たちのほうが有利のはず。

しかし、それを思わせない何かが彼女にはあった。



「今度は俺から行く!!」

「やってみな!!」



俺は、ロングソードを構えて突進を始める、同時にフィリナの詠唱が終了し、俺の傷を回復してくれた。

完全とはいかないが、出血が止まるだけでもありがたい。

セインは迎撃のための構えを取り俺を待ち構える。



「らぁ!!」

「チィ!」



俺は途中で構えを下段に変更、地を這うように剣を振り上げる。

セインはナイフを4本投擲、俺の顔面と、心臓を同時に狙う。

ちょうどセインを覆う闇が消えたところだったので、なんというタイミングかと思った。



「はぁぁぁ!!」



咄嗟に体から魔力を放出、ナイフの勢いを削ぐ、

それでも体に刺さるのは止められないが、俺はそのまま剣を振り上げた。

一度は動きを止めると思っていたのだろう、半瞬セインの回避が遅れ俺の攻撃が彼女を大きく切り裂く。

そう思われた瞬間、彼女のビキニアーマーが展開、俺の攻撃を受け止める。

Tバックの下着だけになった彼女はしかし、羞恥心等存在しないが如く、ビキニアーマーを盲まし代わりに俺を攻撃する。

俺の体制が整う前に、鳩尾へのひじ打ちが決まる!



「グォッ!?」



ひじ打ちによって、体がくの字になった俺に、セインは追撃のかかと落としを叩き込む。

俺は咄嗟に転がって回避するものの、セインのかかと落としは、靴底に鉄でも仕込んでいたのだろう。

地面を割った、まあ、あの剣を自在に操る筋力を考えれば不思議ではない。


転がった俺に、セインは追撃としてヤクザキックを俺の股間に向けて放つ。

さすがに容赦ない、だが、その体制は詠唱準備をしていたフィリナにとってもチャンスであった。



「貫け氷の槍よ! アイスランス!!」



フィリナの放った氷の槍が複数同時にセインを襲う。

俺自身は転がり続けているが、セインはケリの最中だったため、回避が間に合わなかった。

だが、無理やり体をひねって致命的な部分は避ける、それでも右腕と、左の太ももを大きく傷つけてる。


俺もその隙を見逃すつもりはない、跳ね起きるとセインの胴めがけ、突きを繰り出した。

魔族化している今は普通の状況よりも30%以上早い動きをしているはずなのだが、

セインはそれを片足の跳躍で軽々回避した、さらに俺との距離をとりつつ、あの巨大な剣を地面から引き抜く。



「正直2人いてもここまでとは思っていなかった、舐めていたことを詫びよう」

「むしろ舐めたままでいいので、帰ってくれないか?」

「そういうな、これは仲間内でも見せたことのない私の本気なんだ、

 じっくり味わってくれなきゃつまらないじゃないか!」

「別に見せてもらわなくて……何っ!?」



セリアの腕や足の色が変質し始めていた、それはなんなのか、俺にはよくわかる。

青か紫のような肌の色合い、それは魔族のもの。

そして、その両手と両足の傷が見る見るふさがり、凄まじいまでの魔力が噴出してくる。

その魔力は人のそれとは大きく異なり、また巨大に過ぎた。



「ま……まさかそれは……」

「魔族の筋肉組織をね……移植したんだ。便利だろう?

 この剣を振り回せるのだって、人間技で出来る訳がない、私はツギハギなのさ」

「……」



なるほど、確かにそれなら納得もできる。

今の彼女の魔力量は800GB(ゴブリンの800倍)か900GBクラス。

ほとんどフィリナと変わらない位のレベルだ。

それは、貴族クラスとも渡り合えるレベルであるということ、

彼女がどういう理由で魔族の筋肉組織を移植したのかはわからない。

そういえば彼女は貴族を狩った事があるという噂があったな。

まさか……。



「そこまでして、一体何になるって言うんだ!!」

「決まっている! 魔族を殺すためだ!!」

「くっ、魔装・地返し!!」



俺は地面に剣を突き刺し、魔力を込め爆発させる。

その粉塵を相手に飛ばしながら、下段の切り上げを行う。

そして、その姿勢のまま突きに移行する。

切り上げからの突きの連撃に反応するのは難しい。

そもそも、普通の動きでは再現できない無茶な軌道を描いている。



「甘い!」



だが、そんなことは半ばお構いなしに、セインは巨大な剣のひと振りで俺ごと連携を吹き飛ばした。

そして、剣を地面に叩きつける叩きつけた地面が割れ、俺の時よりも巨大な爆発が起こった。

俺は吹き飛ばされている最中だったこともあり、爆風と砂塵をまともに食らった。



「ごはっ!? ガハっ!!」

「まだまだ!! まだ100%は出していない!!」



ビキニアーマーすら外し、Tバック一枚というある意味悩ましい格好でありながら、

性欲など全く掻き立てられない、生命の危機を前に、そんな事を考えている暇はない。

セインの剣は大振りながら、一刀一刀素早く、隙を生じさせることがない。



「100%出さなくて結構だ!!」

「ならばこれで最後だ!!」



セインは剣を竜巻のように振り回し俺に何度も叩きつけようとする。

よく、ファンタジーの映画なんかでは見かける攻撃だが、剣の長さが桁違いなうえに一度でも喰らえば即死だ。

俺はどうしても大きく距離をとるしかないのだが、もともとここは渓谷の下、谷川が流れている狭い空間だ。

しかも今俺はだんだんと川の方へと追い詰められていた。

後ほんの2、3太刀俺が下がれば川に足を取られて動けなくなる。

また、ジャンプで逃げても着地の場所がない。

セインはあえてそこに追い込んだのだ、そして、俺を狩り取る事が出来る喜びに震えている。


だが俺はあえてジャンプで後方に飛びはなれる。

川に着地しても問題ないという確信が俺にはあった、そうフィリナが俺に向かって大きく頷いたのを確認したから。



「ハァッ!!」

「逃がすかぁ!!!」



セインが俺に向かって突っ込んでいこうとするが、何かにぶつかったかのように動きが止まる。

一瞬何が起こったか分からずにいた彼女だが、すぐに気がつくとフィリナの方に振り向く。

そう、フィリナは外部の多重魔方陣とは別にもう一つの魔方陣を仕込んでいた。

とはいえ、用意のためにかなりの時間が必要なことは分かっていた。

だから、俺が戦う間ほとんどフォローに回れなかったということもある。

そう、既にセインは結界に取り込まれているのだ。



「なっ、何!?」

「貴方のような痴女をそのまま放置しておくわけには行きませんから。大人しくしていてくださいね」

「魔族等に言われる言われはない!!」

「あなたも半分魔族のようなものでしょ?」

「くそっ!! この程度の結界など!!」

「対魔王用結界の簡易版なので、早々破ることが出来るとは思わないことです」



そう、俺が戦っている間にフィリナはセインを封じるための結界を用意していたという事だ。

残念ながら今の俺の戦力はセインと比べるべくもない。

彼女が今の力のまま戦えば俺が持つのはよくて3分程度か。

それにこちらは最終的にここを通り抜けさえすればいい。

つまり。



「それでは、失礼する」

「あまりこんな高山で薄着をしていると、風邪を引きますよ」

「くっ、待て!!」



俺たちは、狼狽し、追おうとするセインを背に駆け出す。

あの結界は魔王でも封じ込められるものだ、一日くらいはどうしようもないはずである。

直接対決で勝てるなんて露ほども思っていなかったが、まさかこれほどとは。

流石としかいいようだない。

とはいえ、恐らくは魔王継承の儀で戦う相手もまたこんなのばかりだろう。

更にひどいのもいるかもしれない。

やはり、魔力を高めておかないととてもじゃないが相手は出来そうにないな。



「待てぇー!!」



他のパーティメンバーがいなかった事が幸いか、それともだからこそ見せたのか。

どちらにしろ狂ったその欲求は二度と会いたくないと思わせるに十分な恐怖をはらんでいた。

同じ強さのものでも、まだしも魔族の相手をしていたほうがマシかもしれない。

別行動の理由は恐らく、さっきの全力を出すため、人前では見せられないよな魔族を狩るためとはいえ……。

あの狂気の相手をするのはもう御免被りたい。



「ふう、どうにか生き残ったが……」

「はい、かなりヒヤヒヤものでしたね……」

「全く、釣り人め……次に会ったら絶対にとっちめてやる!!」

「きちんと罠を張って待ちうけられればいいのですが」

「あいつらが魔血とか言うのを入手している元が分かればどうにか出来ると思うんだがな」

「どういう事ですか?」

「魔血というのは魔族の力を凝縮したものだろう?

 そんなものを作る事が出来る存在は限られてくるんじゃないのか?」

「それはそうですね……」



俺達は走りながら会話をしている、渓谷をフィリナの軽量化の魔法で抜け、

そのまま、黒金騎士団が進んだルートを追いかけるように進む。

距離的にあと一息であろう事は間違いない、そろそろ警戒網に入ってしまう可能性がたかい。

皇女様が上手くやってくれているといいが……。

今の俺達は魔力が枯渇状態に近い、おかげで難なく肌の色も元に戻ったものの、戦闘での戦力はかなり低下しているだろう。

特にフィリナは暫く俺から魔力を優先的に吸い取るため、俺の魔力の回復はかなり先という事になる。

すぐさま戦闘という事になると色々な意味でやばいだろうな。


ともあれ、俺達はイシュナーン皇女が上手くやってくれている事を祈りながら急ぐのだった。





























「ほう、イシュナーン皇女殿下がお越しだというのか?」

「はっ! 今は控の天幕でお待ちです」

「なるほど……」



黒金騎士団長バルフォルト・ギーヤ・メイソン。

180cmを超える大柄な体躯、40代であるとはいえ腹が出ているわけでもない。

筋肉質で、実際の身長よりも威圧感を与える体躯をしている。

彼は、歴代の黒金騎士団の権威が失墜する事を何よりも恐れていた。


従えている兵とは違い、常時戦力である騎士団は貴族とその私兵により構成される。

基本的に爵位等を持つ貴族は騎士団でも上位に位置しており、私兵達も下級貴族である事が多い。

騎士というのは、兵団の指揮を行う事もあり、また騎馬兵でもあるためある程度の裕福さが求められるせいだろう。

つまり、騎士団の中には貴族社会の縮図が存在していた。

貴族のつく職は、基本的に領土経営以外では軍務か政務のどちらかだ。

そして、軍務を選んだ軍人たちの中でもエリートのみがこの黒金騎士団に入る事が出来る。

それは昔から続いていた歴史の中での確定事項であり、

兵達も黒金騎士団に取り立てられる手柄をあげる事を目標に頑張っていた。


そう言う今までの構図が、たった一人の男によって突き崩された。

今や青銅騎士団は帝国内で一番人気でもあるし、今まで黒金騎士団を支援していた貴族達もかなり青銅騎士団に鞍替えした。

結果として、黒金騎士団は予算も低下し、一部の兵士は国に返さなければ維持できないレベルになっていた。

最近は国内の魔族討伐に青銅騎士団が出張る事も多い、結果として黒金騎士団は更に影が薄くなりつつあった。

一部の者は、黒金騎士団が金食い虫であるというような事を言い出す始末。

別に不始末をした覚えはないのにこのざまだ、このまま騎士団としての地位を落す等という事は受け入れられない。



「だからこそ、後には引けぬ……」



彼の第一の目的は領土の確保でも、自らの力を誇示する事でもなく、黒金騎士団の地位の回復、これに尽きた。

歴代の騎士団長から受け継がれてきたその権威と名声を自らの代で地に落としてしまう事、それを一番恐れていた。

もしそうなれば、彼自身の地位も危ないし、騎士団に所属しようとする者も減りこんでしまうだろう。

言ってしまえば、形骸化してしまう可能性すらあった。

バルフォルドにとっても、彼を取り巻く環境もそれを是とするはずもない。


そのためなら少しくらい危ない橋を渡ったとしても惜しくはないと考えている。

結果として思いついたのが現在の策だった。

国際的に元々不利な事を抱えているメセドナ共和国に大義名分を持って攻め入り

国益になる物は本国へ、そして、領土はこちらに来る貴族達へのお土産としても機能する。

即ち、この一度でバルフォルトは黒金騎士団の全てを注ぎ込み勝利するつもりだ。

又そうでもしなければ黒金騎士団に復権はないだろうと踏んでいる。

下手をすれば青銅騎士団の下につく事になりかねない。

それだけは我慢がならなかった。



「そろそろ行かねばならぬな……」



皇女が来たという事の意味はバルフォルドにとって、恐れていた事態でもある。

皇帝はまだ歴代の騎士団としての地位について考えてくれている。

黒金騎士団を重用してきた歴史を考え、騎士団長として将軍に匹敵する権限を与えてくれてもいた。

自己裁量で他国への侵略に等しい今回の事を起こす事が出来たのも、そのお陰に寄る所が大きい。

だが、皇女は違う、彼女の中では合理性というものが重要視され、

貴族や騎士、地位や名誉といったものは軽視される傾向にある。

騎士の名誉と貴族の矜持こそが全てと言っていいバルフォルドとは真逆の存在。

場合によっては、兵を引くように言ってくるかもしれない。

そうなった場合、一時的に彼女を拘束してでも……。

バルフォルドは物騒になりそうになった思考に首を振る。

それをしてしまえば、地位も名誉も地に落ちる事になる。

だが、引けと言われて引く事も出来ない。

バルフォルドは最悪の事態を想定して、幾つか手を打っておく必要があると考えていた。



「副団長、あれを呼び付けておけ」

「あの男は現在騎士団内に確認できませんが……」

「構わん、必要があれば向こうからやってくる、そういう男だ」

「はっ、はあ……」



副団長は今一つ理解に苦しむように顔をしかめていたがバルフォルドは気にしなかった。

実際あの男が何者で何を目的にしているのかは怪しいものだ。

しかし、少なくともここで戦争を起こしてほしいという点だけは本物だろう。

利害が一致するのはその点のみかもしれない、だが今はそれで十分でもあった。

最悪の事態にもしもなりそうな場合、あの男が何らかの手を打ってくれるだろう。

そう考え、バルフォルドは少しだけ安心して天幕の中に向かった……。


天幕の前で彼を出迎えたのは、先ず白銀騎士団の女性騎士達だった。

その数、少なく見積もっても30名、それぞれが異能を持つという噂が本当ならその戦力は侮れない。

皇女が自らの護衛を呼び寄せるための魔法陣を持ち歩いているというのは本当の事らしい。



「失礼、皇女殿下がお越しとの話だが、謁見出来るだろうか?」

「はっ、殿下は天幕にてご休憩の事、バルフォルド様が来られた時は通すように仰せつかっております」

「では頼む」

「はっ!」



天幕に入る前に武器を預けさせられ、その後左右を警戒されながらの入室。

この白銀騎士団というのは、黒金騎士団とは質が違うとはいえ、あまり敬われていないのは確実だろう。

皇帝直属と皇女直属では指揮系統すら違う白銀騎士団ではあるが、どちらも慇懃ではあるがけして人を信用しない。

元々そういうふうに教育されているという噂すらある。



「突然の訪問、申し訳ありません。多少礼を失しているかもしれませんが、御容赦くださいね」

「いえ、皇女殿下に有らせられましては御機嫌麗しく、何よりの事と存じます」

「まあそう畏まらず。テーブルと椅子が用意されているのですから、相席とまいりましょう」



皇女は微笑んだままバルフォルドに促す、たった五歳の少女がである。

バルフォルドに限らず彼女に面識のある貴族はこぞって彼女を不気味がる。

他にもいろいろ理由はあるだろうが、一番はやはり自分達の事が見透かされるのではないかと恐れるのだ。

バルフォルドもその一人である、できうる限り彼女に近づきたくないと思っていた。



「行軍中のわが軍にわざわざのお越し、緊急の用件がおありな事と存じます」

「ええ、かなり緊急なお話がございます」

「どのようなご用件かお伺いしても宜しいでしょうか?」

「はい、当然ですわ。私が貴方にお願いしたいのはこの黒金騎士団を中心とした一万二千の軍勢の撤退なのですから」



バルフォルドは意外に思った、もっと言及を避け遠まわしに言ってくるものと思っていたからだ。

現に、今まで彼女に言い負かされて中央から去った者は多い、迂遠な言い回しで無能を指摘される、それは怖い事だ。

だが、直球で来た事でこちら側も言い逃れをするにも、言及を避ける事は出来なくなった。

つまり、進軍についての話し合いをせざるを得なくなったのである。

うやむやにして帰ってもらうという策は通じない、この事によってバルフォルドの選択肢はかなり狭まったと言える。



「撤退とは異な事を、我らの行軍は皇帝陛下の承認の下起こされた行軍、

 皇帝陛下以外に例えその娘であったとしても異を唱える事は即ち皇帝陛下に逆らうという事になりますぞ?」

「あらあら、実は私も陛下の勅命を持っていますのよ。ほら」



イシュナーン皇女が開いて見せたのは確かに勅命だった。

皇帝陛下の印がきちんとなされている。

そして、正式に進軍を止める事を命令としていた。

事ここに至って、バルフォルドにはもう手が残されていない、皇帝陛下の勅命書を出された時点で勝ちはない。

しかし、だからこそ彼は諦めるつもりはなかった。

次の瞬間、モクモクと煙が周囲から沸き立つように広がっていく。

視界はせまくなり、中にいる人々はパタリパタリと倒れていく。

そう、白銀騎士団の人々も、皇女殿下ですら……。

その煙の中を何事もないようにやって来る男が一人、タキシードに顔の上半分だけを隠す仮面……。

秘密結社−劇団と呼ばれる組織の長と目される男。



「ふう、どうにか間に合ったようですね」

「ああ……本当にぎりぎりだな、もし、私があの書状を受け取っていたら撤退を受け入れるしかなくなっていた」

「それは確かに困りますね……、何せ私の目的は戦争を起こす事ですから」



男は、顔の下半分だけしか見えていないにも拘らず、口元だけで三日月のような獰猛な笑いを浮かべた。

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■作者からのメッセージ
テイルズオブエクシリアやってたら執筆スピードが落ちて大変です(汗)
遊戯王のほう間に合うかな(汗)
ともあれ、バトルのほうやってみるとちょっと地味だったかもしれないです。
魔法がもっと飛び交ってもよかったかなーと思いますが、
肉弾戦って割りと好きなんですよねw
賛否あるかと思いますがお許し下さいませー。



感想大変感謝しております!
いつもモチベーションの維持をさせていただき感謝であります♪
なんというか、長編になればなるほどモチベーションが維持出来ているかどうかが重要になってきます。
いつもきちんと感想を頂ける私は幸せです。
御陰でこれからも頑張ろうという気になりますので!



>STC7000さん
お忙しいところを書き込みありがとうございます。
感想についてはまた時間ができてからで結構ですのでこちらも楽しみにしておりますw


>T.Kさん
カツオで出汁を取るラーメンもあるのは事実で、
ですが合せ出汁が多いため純粋に鰹ラーメンというのは少ないんですがねw
でも鰹節に出汁風の味付けをして乾燥麺を使えば、工場生産ができなかった頃でもインスタントラーメンが作れる気がしてw

勝てるわけがないところなので、逃げましたw
全力を最初から出されていたら負けてたかもですが(汗

体調のほうはほぼ回復しました、ありがとうございます♪


>まぁさん
基本的に有能な人たちが集まる状況にありますのでw
普通の人ではシンヤの状況についていけないという点は大きいかと。

何故にニヤニヤ!?
まあ、実際彼女の戦闘力はシンヤのパーティにおいて今のところ一番なのですが。
今後はまあ、芯也の成長次第ですねw

そのへんは本編を見てどう思ったのかまた教えていただきたくw
ともあれ、お忙しいことでしょうしまた後ほど!


>Februaryさん
地形、もしかしたら少し変わったかもしれないですねw
ただ、彼女が全力になってすぐ逃げ出したので彼女の魔力を使った戦い方はまだお見せ出来てないのが現状ですがw

たしかにそのとおりですね、乾物をお湯で戻す食べ物は昔から有りましたが、
美味しく食べられるかというと別の話でしたから。

作った結果なんですよねー、幼女って不思議なほど作品に出しやすい。
とはいえ、流石に出すぎなので、今後は控える方向でいきたいですw

物理法則wwwwまあ確かに、実際真後ろに当てるには物理法則を曲げるしかないわけでw
ある意味そのとおりではありますねw


>T城さん
そうですねーインスタントラーメンを再現してみましたというものですね。
うまくネタとして伝わっていれば幸いです。

ヴィリの戦闘能力はかなりの部分あのパステアのおかげだったりしますw
それが無くても弱いわけじゃないですが、やはりあるのとないのは大違いですね。

全力全開を表現してみようかと思いましてw
なんだかイマイチパワー不足な気もしますが、一応主人公たちを追い込んでいるので良しとしてください。


>ひいらぎ 由衣さん
出来れば勉強になった事を実際に生かしてくださいね。
対話の大事さ、難しいかもしれないですがわかってほしかったです。





それでは、次回も頑張りますのでよろしくお願いしますー♪
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