人が忙しく行き交うシュテルンビルト銀行。
そのソファーに歳の離れた男性2人が対照的な表情をしながら並んで座っていた。
1人は黒髪の東洋系、特徴的なヒゲを持つ鏑木・T・虎徹は、飄々とした笑顔でもう一方の男性に話しかけている。
もう1人は金髪の白人、外にカールした巻髪にメガネとキリッとしたバーナビー・ブルックス・Jrは、不機嫌そうに虎徹の話を受け流している。
「なぁもういい加減機嫌直してくれよ」
「機嫌なんて悪くありませんよ、おじさん」
「またまたそう言って……こっちむいてくれよぉ」
ヘラヘラとした笑みをバーナビーに向け、ふざけているような態度で頼み込むように手を虎徹は軽く動かす。
バーナビーは呆れたような溜息を落とし、冷たい視線だけを虎徹に注ぐ。
2人が銀行に来ているのは、朝通勤してきたバーナビーを虎徹が強引に引き連れてやって来たのだ。
バーナビーは、諦めたようにつまらなそうに虎徹についてきた。
「しかし、どうして僕まであなたの用事に付き合わないといけないんですか? おじさん」
「ちょっと用事があるんだもん、しかたねーじゃん。それにな……街に出てたほうが李君をさ」
「見つけられると? またお節介ですか。見つけた所でどうするつもりですか? ドラゴンキッド先輩も対峙したにも関わらず連れ戻せなかったんですよ?」
「でもさ……昨日のあのドラゴンキッド、お前も見ただろう。俺チビがいるからさ……あの歳らへんの娘が落ち込んでるの見るのつらくってさ」
「もし仮に連れ帰れたとして、李さんはまた消えると思いますよ。僕達が無理やり介入したところで余計こじれるだけですよ。
何度も言ってるように余計なお節介はやめてください。それに考えるべきはそっちではないでしょう? トレーニングセンターに襲撃を掛けてきた3人組……いえ、4人組について考えるべきでは?」
大きくわかるように溜息をついたバーナビーは冷たい視線を虎徹に注ぎ、手に持った雑誌に視線を落とす。
トレーニングセンターに襲撃を掛けてきた4人
――対戦車用の銃を転送した赤毛の少女『蘇芳・パブリチェンコ』。
――瓶を持ち赤毛の少女に狙撃ポイントを支持し続けた金髪の少年『ジュライ』。
――コンクリートを自由に纏った東洋系の中年の男『鎮目』。
――黒い球体を作り出し、テレポートして逃走した猫耳付きのフードを被った少女。
4人は見た限り意気のあったチームとは思えない。
鎮目は明らかに他の3人を監視する役目も追っていた。
それを証拠に蘇芳は鎮目の登場に驚いていた。
そして、鎮目は李さんと僕達ヒーローを分断するように位置取り、飄々とした態度で僕達を牽制して李さんへの援護を防いでいた。
監視役を任せられる、戦闘に慣れている……男が言った『ボス』の存在に他の3人よりも近いという事が考えられる。
一応わかっている3人の名前で検索を掛けてみたが、誰も何もヒットしなかった。
まるでこの世に存在しないかのように……。
「なぁ、無視すんなよぉ」
「ふぅ、なんなんですか。早く用事済ましてくださいよ」
「そうはいってもさ……順番まだまだだもん」
「帰っていいですか?」
まぁまぁいいじゃねぇかよっといつも通りの息が合ってるのか合ってないのかわからないやり取りを繰り返す虎徹とバーナビー。
会話が止まった2人は、順番待ちの人用に設置されたテレビに流れる『HIRO TV』を眺める。
内容は一週間前の事件の映像。車で逃げる犯人を追う特殊車両に乗ったファイアーエンブレムが映る。
この後の展開は、ファイアーエンブレムがNEXT能力である炎で車両のタイヤを焼き付くし捕獲して終えた。
記憶を辿りながら映像を眺めていた2人、虎徹は朝の眠気からか欠伸を繰り返し、バーナビーは分析するようにモニターを凝視している。
テレビに映し出される映像は、ファイアーエンブレムエンブレムから犯人へと移った一瞬、バーナビーはふとした異変に眉を動かす。
犯人が映し出される一瞬、刹那の瞬間に
李 舜生が逃走時に被っていた仮面の画像が見えた気がした。
勘違いかとさらに映像に集中していると、犯人が銃を撃つ。などの犯罪を犯していく度に仮面の映像は差し込まれている。
一応確認の意味も込めて虎徹にも教えようと虎徹を見ると、順番が来たのか軽く立ち上がっていた。
まぁ、今言わないでもいいかとバーナビーはまたモニターに視線を戻す。
しかし、虎徹は立ち上がったまま動かない。
「何してるんですか? 早く用事を済ませてくださいよ」
「いや、順番あと一つなんだよ」
「なんで立ち上がってるんですか……オジサン」
「そりゃぁ、呼ばれたらすぐ行けるようにだろう」
座ってようがあまり変わらないですよ、そんなの。っと思いつつも、グっと堪えバーナビーは溜息をつく。
「お前らっ! 騒ぐなよ!!」
いつも通り噛み合ってないやり取りをしていた虎徹とバーナビーに届いたのは、荒らげた男の声。
2人とも声のする方向を見やると、黒の覆面を被り銃を持った小太りな男達3人が銃を天井に撃ちながら銀行にいる客に威嚇をしていた。
事件発生! っと虎徹はアイパッチを装着し、私服を着た時のワイルドタイガーに簡易変身する。
これで正体を晒すことなく鉢合わせた事件に関わっていけると、虎徹は気合を入れ直す。
「いくぞ、バニーちゃん」
「まだ報せがないのでポイントにならないので嫌ですよ。それにバーナビーです」
「市民の安全がかかってるんだぞ!」
「見たところ犯人は強盗犯です。迅速に目的のお金を手に入れるために人質を殺すような事はしないでしょう」
ポイント関係なく市民の安全の為に迅速に犯人確保したい虎徹と、『HIRO TV』が事件を感知し番組が始まるまで待ちたいバーナビー。
日常で事件に遭遇した時によく繰り返されるコンビのやり取り。
お互い譲らない2人のやり取りは、周りの視線などお構いなしに行われる。
もちろん強盗犯に見つからないようにしようなど考えてはおらず、当然のように強盗犯全員に見つかり銃を向けられているのもお構いなしに進められている。
2人のやり取りを止めようと叫ぶ強盗犯とそれが耳に届いていない2人の光景は、事件に巻き込まれた市民の笑いを誘う。
どこかコメディのようになっている強盗が入った銀行の雰囲気に、仕事が出来ないと強盗犯は天井に向けて再び銃を撃っていく。
そこでようやく強盗犯へと意識を向けた虎徹とバーナビーは、即座にNEXT能力を開放する。
『5分間だけ身体能力を100倍にする』能力により、銃を持った複数の犯罪者の銃弾の驚異にも対抗できるっと2人は落ち着いている。
言動のやり取りでは凸凹な2人だが、動きでのコンビネーションは実践になればなるほどに噛み合う。
それを認識していないにもしても無意識に理解している2人は強盗犯を見据える。
「お前らNEXTか!? くっそ……金がねぇ上に運もねぇのかよ! くそぉ」
小太りの男はスーパーヒーローと鉢合わせた自身の不運に毒づきながらトリガーに掛けた指に力を入れる。
虎徹とバーナビーは即座に左右に分れ、全速力で駆けて高速戦を仕掛けようと左右に走り出す。
強盗犯VSタイガー&バーナビーの戦闘が始まった瞬間、誰も居ない壁が突如として爆散し崩壊する。
大きな土煙が銀行に広がり、強盗犯を始め虎徹とバーナビー、人質も土煙を上げて崩壊した壁へを見やる。
広がり薄まっていく土煙の中から突如として二本の先端にフックが掛かったワイヤーが、一直線に強盗犯の腕目掛けて伸びてくる。
勢い良く伸びてきたワイヤーに反応することもできず、強盗犯の2人は腕にワイヤーがクルクルと巻き付く。
突然の出来事に、ワイヤーを外すなどの対処をする前に、強盗犯2人にワイヤーを伝って電気が流れ込む。
大きく口を開け表情は苦痛に歪む。
体は内部で暴れる電気の激痛から各部が爆ぜたように踊る。
数秒の後、ワイヤーを巻き付けられた強盗犯は糸が切れた人形のように地に落ち動かなくなる。
残された1人の虎徹達に銃を向けていた小太りの男は、突如として襲ってきた壁からの刺客がいるであろう土煙の方へと銃を向ける。
そして、今度は迷わずに土煙の中へと撃ち込んでいく。
マガジンに詰められた弾丸全てを撃ち出すと、興奮からか少し息を荒らげながら土煙を見る。
襲撃してきた者がいたとしても、撃ち込まれた銃弾により重傷を追っているほど撃ち込まれている。
そんな土煙の中から漆黒の塊が軽快な足音を立てて土煙から出現する。
黒いコート。黒い髪。白い仮面に右目に紫の雷模様があり、左目には赤く所々掠れた涙の跡のような模様がついている。
NEXT能力を発動させ身体能力が上がっている虎徹とバーナビーにはその漆黒の塊がなんなのかハッキリと認識できた。
先程も話題に上がっていた『李 舜生』だ。
土煙の中、仮面を着けた李 舜生が土煙を掻き分けるように走って現れたのだ。
―――――――
TIGER&BUNNY × Darker Than Black
黒の異邦人は龍の保護者
# 10 “Darkness is still deeper…… ―― 闇は更に深く…… ―― ”
『死神の涙』編 H
作者;ハナズオウ
―――――――
20m程ある強盗犯との距離を走って詰めつつ、黒は地に崩れ落ちた強盗犯に巻きつけたワイヤーを素早く回収し、一方に脇に装備していたナイフを取り付ける。
強盗犯も追撃にとサブマシンガンに新たなマガジンを装填している。
お互いに迎撃の準備を同時に終える。
先に武器を放ったのは黒。強盗犯の横へと放つ。
投げられたナイフが強盗犯へと向かっている途中で、強盗犯もサブマシンガンを撃ち始める。
黒は腕で仮面を守るように腕を上げる。
黒が着ている黒いコートは防弾コートがあり、弾丸を弾いていく。
弾丸をコートが弾きながら黒は走ることをやめず、強盗犯の横へと向けて真っ直ぐに投げたワイヤーに横方向の力を加える。
ナイフが取り付けられたワイヤーは横へと動き、強盗犯の持つサブマシンガンを払いのける。
視覚外から突如として襲った衝撃に驚愕した強盗犯に構わず黒は更に速度を上げ、打ち上げの蹴りを小太りの男の顎へと放つ。
軽く宙へと浮いた小太りの男の頭を容赦なく鷲掴みにした黒は地面へと投げ落とす。
腕を取り小太りの男の腕を掴んだままうつ伏せにした黒は上に乗っかり、自由になっている片方の腕も足で極める。
黒は空いている手で強盗犯の頭を鷲掴みにして、ギリっと力を入れる。
頭をロックされた強盗犯は拘束された身体に必死に力を込めつつ、必死に上に乗る黒へと視線を向ける。
「なんなんだよ! 邪魔しやがって!!」
「蘇芳・パブリチェンコはどこにいる?」
「誰だよ!? そんなやつしらねぇよ!」
「“NEXTになれる薬”について知っている事を話せ」
「あんなの都市伝説だろうっ!」
そうか……っと冷たく答えた黒は、掴んだ腕の肘にナイフの柄を撃ち込む。
ボキッっと豪快に音を立てて折れた骨の痛みに小太りの男は拘束されながらも、必死に身体を動かして叫ぶ。
「お前が知ってる事を話せ」
「噂だよっ! 風の噂にそんな薬がシュテルンビルトで売られてるって聞いただけだっ! 本当だっ
しかもそれを販売してるのってのが……へへへ。信じられねぇぜ。へへへ」
あまりに馬鹿らしいと激痛の中でも笑いがこみ上げる小太りの男の折られた肘に、黒は容赦なくナイフの柄をもう一度強く当てる。
ギャァァァアア!! っと叫び声を上げ、目からは大粒の涙がボロボロと溢れ、小太りの男は体の芯から震えが込み上げてくる。
「どこだ?」
「ハァハァ……パンドラだ。製薬会社のあのパンドラだ。信じられねぇだろうけど、俺だってそうなんだ!
もう折らないでくれよっ!!」
黒は小太りの男の懇願に応えず、ガシッと男の頭を鷲掴みにする。
頭を掴まれた男は、次に何が来るのかっという恐怖から、ヒィッと息を飲む。
ポォォオっと黒は青白い光を発し、ランセルノプト放射光を纏い、契約能力を発動させる。
能力である電撃を操り、男に感電させて意識を奪う。
強盗犯から手を離した黒は、虎徹たちに目もくれず崩壊した壁へと走る。
「ちょっと待てよ、李君」
ハンドレットパワーを纏った虎徹は、黒が向かう崩壊した壁へと能力を使い先回りし、立ち塞がる。
バーナビーは、例え黒を連れて帰っても解決しないと言ったにも関わらず行動する虎徹に呆れ、形ばかりに黒の後ろに立つ。
ヒーローコンビに挟まれて黒は立ち止まる。
「なんで帰ってこないんだよ? あの写真は偽物なんだろ……」
「……人を殺してきたのは事実だ」
「なんで……人殺せるような人じゃねぇだろう、李君はさ……?」
「李という男はもういない」
黒は虎徹の問いに答えると、ハンドレットパワーを身に纏った虎徹へと一直線に突っ込む。
虎徹は向かってくる黒を捉えるべく、黒が着ているコートの袖を狙いパンチを放つ。
黒は巧みに身体をずらし、虎徹とギリギリすれ違うように身体を移動させる。
虎徹が黒のコートの裾を握るかという刹那、黒は足を後ろに大きく上げコートの動きを変えて虎徹の手から逃れる。
くそう! っと顔をしかめつつ、虎徹は身体を反転させて腕に装着した特製のワイヤーを飛び上がって崩壊した壁へと飛び込む黒に向けて射出する。
空中で移動が出来ない黒は身体を捻らせ、避ける。
虎徹のワイヤーは、黒が身体を捻った事で生まれた黒のコートと黒の間に撃ち込まれる。
黒に引っかかったと虎徹は口元を上げつつ、グンっとワイヤーを引く。
ワイヤーによって引かれてきたのは、黒ではなく小さな筆箱大の梱包された箱。
思わぬモノに虎徹は、分かりやすいリアクションでへっ? っと表現し固まる。
虎徹が固まっている間に、黒は振り返りもせずに去って消えてしまう。
「なんだこれ?」
「なにやってるんですか、おじさん? 今連れ戻したところで変わらないって言ったじゃないですか。
それにワイヤーぐらいしっかりと狙ってください」
「いや、しっかりと狙ったよ。ちゃんとコートの裏側に撃ち込めたはずなんだけど……偶然これにあたったみたいだな」
虎徹はワイヤーに引っかかった箱をクルクル回しながら眺める。
梱包された紙は一部破け、中の箱が少し顔を出している。
虎徹はビリビリと梱包した紙を剥がす。
箱は全体的に高級感溢れ、どこかのブランド物かと思えるほど綺麗な作りの箱であった。
何開けてるんですか……っとバーナビーは溜息を付きつつ、眺める。
虎徹は遠慮なく箱を開けると、そこには花を形どった可愛らしいペンダントが着いたネックレスが入っていた。
「花……?」
「アサガオ……ですか」
「多分、ペチュニアだな」
「なんでわかるんですか? 気持ち悪いですね、おじさん」
「いいじゃねぇかよ」
虎徹は、パタンっと箱を閉じる。
これは李君が黄 宝鈴、ドラゴンキッドに用意した物だろうことはひと目でわかった。
二日前に起こった謎の4人組の襲撃による李君失踪事件が起きたあの日は、黄が楽しみにしていた記念日だ。
本当に嬉しそうにしていたあの黄に渡すつもりだったんだろう。
この花を形どったペンダントを見ただけで、李君が黄をどれだけ大切にしていたのかがわかる。
それだけに黄の元に帰れるようにしてあげたい。
黄も李君がいなくなって、普段はしない無茶なトレーニングも行なったり……何よりもあの虚ろな目を見るのが辛い。
14歳の少女があんな喪失感に支配されるなんて悲しすぎる。
「なぁバニー……李君を取り戻そう」
「バーナビーです。取り戻すって言ってもどうやるんですか?」
「そりゃぁ……今から考えるんだけどよ」
またこの人は……っと溜息を付き、バーナビーは銀行を後にする。
その後を少し足早に虎徹は追いかける。
李 舜生が黄 宝鈴と再び笑顔で過ごせるように、虎徹は李 舜生を取り戻す決意を新たにする。
手には黒から巻き上げた小さな箱を大切そうに持ちながら……
――『ペチュニア』
ナス科の一年草。又は多年草。
花色:赤、紫、ピンク、白、赤紫、黄色、複色、履輪……etc
花期:4月から11月
花言葉:「変化に富む」「心のやすらぎ」「心がなごむ」
――「あなたと一緒なら心が和らぐ」
―――――――
「あーーー!! あの変態仮面野郎っ! ふざけるんじゃないわよっ!」
スーパーヒーロー達が日頃トレーニングをする施設トレーニングセンターで、見なくてもわかるくらいわかりやすく激昂しているアニエス。
彼女は『HIRO TV』のプロデューサーで、この職に就いてからこの人気番組を更に不動のモノにした敏腕プロデューサーなのだ。
金髪でウェーブが掛かったロングヘアーにキリッとした化粧と顔立ち。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるナイスバディを隠そうともせずスーツを決めている。
俗に言う出来る女を体現したような女性である。
そんなアニエスは、外の豪雨も逃げ出すほどの怒りを周りを気にもとめずに爆発させていた。
その原因は、アニエスが言ったように『変態仮面野郎』こと、白い仮面を付けて行動している李 舜生こと黒である。
黒は銀行強盗を早期に制圧したのを皮切りにここ5日間の犯罪全てをヒーロー達が到着する前に制圧し終えているのだ。
その数は既に6件は超えている。
虎徹は犯罪が早期に静まるのはいいことだと興味なさそうに言ったが、その犯罪を制圧するのを流す『HIRO TV』にとっては新たなVTRを手に入れるチャンスを潰されたのだ。
敏腕プロデューサーとしては悩ましい事態である。
まるで事件発生ポイントと時間を事前に知っているかのように、黒は現れる。
そして犯人達を何を使ったのか不明ではあるが、全員の意識を奪って放置していく。
ヒーローが駆けつけたときには全て終わっており絵的にも、初めの方の事件の時ならば『謎の存在』としていい引きは出来た。
しかしこうも続いてしまえば番組存続の危機になる。
だからこそアニエスは、怒りを隠すことなく爆発させている。
「なぁにしてんだ? アイツは」
周りに怒りを振りまくアニエスを呆れ顔で眺める虎徹は、腹筋マシーンにだらりと座っている。
その横で静かに筋トレをするバーナビーは我関せずとトレーニングを続ける。
アニエスにはなだめているロックバイソンことアントニオ・ロペスと、巻き込まれた折り紙サイクロンことイワン・カレリン。
いつも通りトレーニングをしているバーナビーと、スカイハイことキースグッドマン。
それを静観する虎徹。
その目の前のベンチでは、ファイアーエンブレムことネイサン・シーモアとブルーローズことカリーナ・ライルがお通夜みたいな雰囲気で座っている。
カリーナに至ってはトレーニングセンターに入ってきた瞬間からずっとお通夜モードでいる。
お月のモノでも来たのかと放っている。
ネイサンはお通夜モードのカリーナと少し話すとどこかへ電話を掛けてからずっとカリーナについている。
虎徹はネイサンに手招きし、トレーニングルームをネイサンと共に出ていく。
「あっらぁん、まさかアナタからデェトのお誘いがあるなんてねぇン。
それで今夜どこに行くのん?」
「ちげぇよ! ブルーローズどうしたのかってさ。さすがにもう来て2時間はああしてるだろう?」
「あぁそのことね……。今回の李君の件もあるし大事には出来ないから、アタシも動かせる人だけで捜索してもらってるのよぉ。
あの娘も夜ずっと街中走り回ったらしいのよ」
「昨日の夜って……大雨だっただろう? なんだってそんなこと……」
「あの娘の家に預けてたドラゴンキッドがいなくなったらしいのよぉ」
「はぁ! なにやってるんだよ、ブルーローズは! 気を付けとけって言っといたのに」
虎徹はカリーナに文句を言おうと、先ほど出てきたトレーニングルームへと向かう。
しかし、歩きだした虎徹の肩をガッチリと掴むネイサンの手が虎徹を止める。
「アタシらにあの娘を責めれないわよン。ドラゴンキッドと同じ女の子だからって押し付けたのはアタシらでしょうが!」
「でもよ……気をつけろって言ったぞ!」
「運が悪かったのよ。両親もいない時に居なくなったらしいのよ……
それよりもアンタっ! 李君の方はどうなってるのよ!」
ぅう……っと、上手くいかない李 舜生こと黒の行方の搜索。
行方を眩ませた黒は未来を知っているかのように事件発生時に事件現場にいる。
ならばこちらも早期に事件現場に行ければ、当然鉢合わせれる。
しかし急いで到着しても既に黒はもぬけの殻だ。
事件発生時以外では、どこにいるのか皆目見当もつかない。
街を探し回った所で見つけられなかった。
詰まるところ、接触できる可能性が今一番デカイのは事件だけだ。
「見つかんねぇんだよ。事件が起きてから行っても、ついた頃にはもういないし……街で探すっていってもどこ探せばいいのか」
「それを考えなさいって言ってるのよン! 事件を潰して回ってるって事は何か目的があるはずなのよ、きっと」
「それが判ればな……」
「情報がないんじゃぁね……でも、1つ面白いモノは見つかったわ。ちょっと部屋に戻って」
これよ。っとネイサンから渡された資料は1人の少女が取り上げられた記事である。
『牧宮 蘇芳』
国籍:日本
日本東京都新宿区に在住。
研究者の父ミハエル・牧宮と写真家の母牧宮麻子の間に生まれた牧宮家の一人娘。
中学校では写真部に所属。
写真部の活動中に、神隠しにあったように行方不明になる。
「おい、これって……」
「そう、ここで対戦車ライフルを“転送”させてバカスカ撃ちまくった女の子よ。身体的特徴なんかを合わせて考えても間違いないみたい。
あと、李君に『僕のパパの仇』って言ってたの覚えてる?
――彼女の父親は生きてるわ。今も必死にこの娘を探してるわ」
ネイサンから放たれたのは、今までの情報を覆すモノであった。
襲撃犯の蘇芳は誘拐されたのか、失踪していた事。
黒が殺したと言われていた蘇芳の父親は健在である事。
攫われるまで蘇芳は普通の写真好きな女の子であった事。
ネイサンが提示した情報から蘇芳は確実に記憶を弄られているか、誤った情報を信じ込まされている。
李君との関係性は未だに見えてこないが、李君の目的はそこにあるのかもしれない……っとネイサンは付け加える。
「そんな襲撃犯と変態仮面野郎の関係探るよりも!! 仮面野郎捕まえなさいよっ!」
ネイサンが齎した情報を元に、2人が『李の目的』について話している所にやってきたアニエスは、未だに怒りが収まっていない。
怒りの一端をネイサンと虎徹に吐き出したアニエスは、ドシンドシンと聞こえてきそうなほど力強く地を踏みながらトレーニングルームを後にする。
その後になだめているアントニオと、アニエスが忘れていった上着を持って追いかけるイワンが跡を追って出ていく。
アイツらも大変だな……っと虎徹は哀れな視線を3人が出ていった扉を眺める。
出ていったアニエス達は階を降りるべく階段へ向けて歩いていた。
怒り狂うアニエスとなだめるアントニオ、戸惑いながら追うイワンの3人は誰も通らない廊下を歩いていく。
曲がり角に差し掛かった時、先頭のアニエスは糸が切れた人形のように力なく地に崩れ落ちる。
「どうした、アニエスさん!?」
「アニエスさん!?」
突然の出来事にアントニオとイワンは慌てて崩れ落ちたアニエスに駆け寄る。
「なに? どうなってるのよ……何も見えない……なんで真っ暗なのよ!!」
「アニエスさんどうしたんだ?!」
「なんで力入らないのよ……倒れてるの? 私……何が起きてるのよ」
必死に問いかけるアントニオの言葉はアニエスには一切届いておらず、アニエスは混乱に包まれて言葉を発し続ける。
アニエスは目を開けているにも関わらず一切見えていない。
体も力が入らず、脱力し続けている。
突然起きたアニエスの異変に2人は、必死にアニエスの身体を揺らしたり呼びかけたりしている。
「えっと……化粧濃い年増だろう……後いるのは、牛と手裏剣野郎か……な?
――あれもいっちゃって」
必死に呼びかけるアントニオとイワンの耳の隅に届いたのは女の子の冷静な声。
2人がパッと視線を声の方へと視線を送る。
ゴーグルを黒髪の頭につけ、カチューシャの猫耳を着けたキリっとした女の子が立っている。
膝まである大きなボタンがついた白いジャケットを着た少女は手に持った紙とアントニオ達を見比べている。
その後ろにはヒョロリとした白人の男が虚ろな目をしながら立っていた。
「お前か……アニエスさんをこんなにしたのは!」
「えっと……1人5分だから、5分、10分、15分っと。だから……まぁ間に合うな」
「誰だって言ってんだ!?」
「パーセルってんだ。まぁ覚えてなくていいぞ、どうせ俺の事もすぐに忘れるからさ」
アントニオの問いに答えたパーセルは口の端を大きく釣り上げて笑みを作ると、アントニオ達を指さす。
パーセルの指差しに反応して後ろに立っていたヒョロイ白人の男性は、瞳から赤い光と体からランセルノプト放射光を放つ。
アントニオとイワンはその光を見た瞬間、視界は暗闇に包まれ、耳には静寂に支配される。
体には力は一切入らず、アニエスに覆いかぶさるように崩れ落ちる。
崩れ落ちた3人を見て、パーセルは手に持っていた紙を折りたたみ、崩れ落ちた3人へと近づいていく。
「何をしているんだい? ここは関係者以外立ち入り禁止だよ!」
崩れ落ちたアニエス達に近づくパーセルに声を掛けてきたのはスカイハイことキース・グットマンである。
地に崩れ落ちているアニエス達に気づかず、キースはパーセルに笑顔で近づいていく。
パーセルはキースの登場にも慌てることなく、折りたたんだ紙を再び開き中を確認する。
「えっと……風使うやつだな。入れると20分か……ぎりぎりだけどいけるかな。
――やっちゃって」
パーセルに指示により、ヒョロい白人男性は再び赤い光とランセルノプト放射光を放ち、キースへと能力を開放する。
キースもアニエス達と同じように、糸が切れた人形のように地に崩れ落ちる。
「おつかれさん。もうアンタに打ってる薬の効果も切れる頃だしな。もう欲張らず帰ろうか。ニヒヒヒ」
パーセルは手から漆黒の球体を発生させ、地に崩れ落ちたアニエス達4人を飲み込んで、白人男性と共に球体に入り、トレーニングセンターから消え去る。
誰もいなくなった廊下は静寂に包まれる。
それから20分後、この廊下にて4人は傷一つなく意識を失って寝転んでいるところを発見される。
この事は、外傷もなく特に異変もなかったため、特に問題視されることなくヒーロー達にスルーされる事となった。
―――――――
アニエス達をトレーニングセンターから能力を行使して誘拐したパーセルは、待ち構えていたパンドラの者達に預けて部屋の隅に座る。
誘拐された4人は、順次手術台のような巨大な椅子へと運ばれ、その上に設置されたレーザー掃射装置のような機械によって施術が行われていく。
「しっかし、いつ見てみ胸糞悪いな。人の記憶をイジるのは……」
誰に言ったでもなく、パーセルはMEに掛けられていくヒーロー達を眺めて、汚いモノを見るような視線を送っている。
パーセルがヒーロー達を誘拐してきたのは、パンドラのトップであるエリック西島の指示である。
エリック西島が仕掛ける黒をさらに追い詰め、パンドラへと下らずには居られなくするための策略のためである。
第一段階は記憶を植えつけたり消したりできるME技術を使い、黒に世話されていたという蘇芳に黒を憎ませるように偽の記憶を植え付ける。
そして、ゲートのあった世界で黒が人を殺していたとわかるように写真を偽造し、蘇芳の襲撃と同時にヒーロー達にバラす。
黒の過去を知れば誰だって黒を遠ざける。
ヒーロー達の元に居れなくなった黒は姿を晦ますだろう。
しかし、この世界で世話をしていたドラゴンキッドの存在と、ゲートのあった世界で世話をしていた蘇芳の存在が黒をシュテルンビルトに縛る。
第二段階は、お人好しが揃うヒーロー達はなんとか黒をドラゴンキッドの元に戻そうとする為に黒を助けようとするだろう。
そのヒーロー達の黒に関する記憶を奪い、“黒の死神”を犯罪者として認識している記憶を植え付ける。
記憶は3日で抜け落ちるが、一度でも記憶を奪われたヒーロー達の敵意に触れれば黒は更に絶望に落とせる。
その第二段階に入ろうとしているのだ。
嫌悪する記憶を奪うという仕事に従事しないといけない自分に嫌気が指しながら、パーセルはポケットに入れていたタンポポの葉を取り出す。
それをクルクルと回して眺める。
嫌悪感に苛まれていたパーセルの気持ちが、ゆっくりと晴れていく。
葉は、パーセルにとって少し特別なモノである。
ゲートのあった世界にて、契約者になり友達も家族さえも失ったパーセルにとって唯一繋がった絆の証なのだ。
チャンプという大柄の男のドールは全身を機械化されていたが、排熱の問題が解決されず欠陥品として扱われていた。
脱走を繰り返す問題児のパーセルと欠陥品のチャンプは、唯一無二の友達だった。
そのチャンプが受動霊媒を出すための媒介は『植物』だった。
パーセルは今はもういないチャンプを思い、いつも葉っぱをポケットに忍ばせている。
契約者の合理的な思考が、自分が嫌悪するこの仕事をさせるパンドラに留める。
能力を取り戻したパーセルはまた普通の人ではなくなったのだ。
そんなパーセルを受け止めれるのは、今はパンドラしかない。
生きるために、嫌な仕事もこなす。
14際の女の子パーセルにとっては中々に心を荒ませる。
葉をクルクル回して思い出に浸るパーセルの20分はすぐに去ってしまう。
何時の間にか、誘拐してきたヒーロー達のMEによる記憶操作は終わってヒーロー達は床に転がっていた。
パーセルは葉をポケットにしまい、黒い球体を発生させて4人を飲み込む。
ヒーロー達をトレーニングセンターに放ってきたパーセルはまた、パンドラへと戻ってくる。
「あーっ!! 胸糞わるい仕事だぜ」
キツイ男言葉を吐き、パーセルはパンドラの中を足早に歩いていく。
目的地はパンドラのトップであるエリック西島に仕事終わりの報告をするためである。
ドラゴンキッドを除くスーパーヒーロー達とプロデューサーのアニエスの記憶をイジるこの仕事の半分が終わった事を報せに来たのだ。
部屋に入ると、角刈りにメガネにスーツと傍から見たらデキルサラリーマンといった風情の男、エリック西島が豪華な椅子に座りながら書類仕事に精を出していた。
パーセルが入ってきてもエリックは視線を上げることなく、書類を整理していく。
「仕事、半分終わったぞ。今回の仕事のパートナーは休ませてるが、明日また“あの薬”を打ってくれな」
「いいでしょう。効果時間は30分ですから気を付けてくださいね。貴重な精神攪乱系の能力が出た一般人なんですから。
――あ、明日朝にMEに掛けておいてくださいね。記憶の書き換え日ですから」
「……わかってるよ」
「……やはりドールがパートナーの方がいいですか?
能力の性質上必要な蘇芳とジュライのペアは仕方ないとして、人形を戦場に出すのは少し気が引けますね。なにせ、役たたずですから。
ああ……そういえばアナタにもいましたね、チャンプと呼んでましたっけ? あの木偶の坊の廃棄品のドールを」
エリックの口から放たれた、パーセルの大切な友達のチャンプを侮辱する言葉に、パーセルは怒りが漏れ出て表情が歪む。
一瞬にして大人を丸々飲み込めるほど巨大な黒い球体を生み出したパーセルは、エリックを睨みつける。
能力によりいつでも殺せる状態だと暗に示しつつ、パーセルは睨んだまま動かない。
「チャンプはオレの大切な友達だっ! 侮辱なんてさせない。
二度とチャンプを馬鹿にするな……殺すぞっ!」
エリックへの脅しとばかりに手から発生させた黒い球体をエリックに向けて動かす。
その球体に飲み込まれれば、どこへ転送されるかもわからず、その気になれば成層圏にも出せるパーセルの能力を知っているにもかかわらずエリックは微動だにしない。
怒りに支配されているパーセルの背中に突然、ビチャっと大量の液体が背中に当たる感触が襲う。
「エリックを殺す前にアナタが死にますがね……今、エリックを殺されるのは困るのでね」
パーセルの後ろから現れたのは、顔の半分を焼かれたような跡がある中国人の契約者
魏志軍だ。
白と黒の中華服に身を包んだ魏の手首はリストカットの跡が何本も走り、その中に新しい跡が赤い液体を出しながらパックリと割れている。
魏の契約能力は『部分空間転送』、対価は『血を流す』。
であるので、魏の戦闘スタイルは手首を切り血を流しながら、その血を相手に飛ばし、血の付着した部分を部分転送して、相手を死に至らしめる。
能力の発動の合図である指を鳴らす為に、魏は親指と中指を組んでパーセルに見せるように前に出す。
「「……」」
睨み合う魏とパーセルは、数秒間一切動かずに視線で火花を飛ばしている。
「そろそろ能力をしまってくれませんか?」
2人の睨み合いを終わらせたのは、エリックの興味なさそうな声だった。
興が削がれたとばかりにパーセルは溜息を吐きつつ、黒い球体をしまう。
魏は、口元を不気味に釣り上げたまま組んだ指を離す。
「今日のノルマはこなしてくれたようで何よりです、パーセル。
私達パンドラはアナタが我々に有用である限り、衣食住は保証しますよ。
例え一度や二度任務に失敗しようとね。
……まぁ、明日もありますので、ゆっくりと休んでいいですよ」
「ぁあ……」
パーセルは魏の血が着いた白いジャケットを捨てるように脱ぎ捨てると、足早に部屋から去っていく。
パーセルが出ていった後、魏はソファーに腰掛けて寛ぎ出す。
「ようやく第二段階に移行したようですね、エリック」
「ええ……黒の死神が不可解な行動を取っていますが、現在は予定通りです」
「“黒い花”より精製した薬は順調に製造が進んでいますよ。こちらも順調にノルマに近づいていますよ」
「それは何よりです。薬の被験者に我らが望む能力者が未だ現れませんから、計画は変更なく進むのでよろしくお願いしますね。
くれぐれもハーヴェストのように執拗に求めるのは止めてくださいね。
彼の能力は殲滅にしか向かないので放っておきますが、あなたまでとなると問題ですから」
「分かっていますよ。アナタが“時”を手に入れた暁には私の望みを叶えてくださいね。」
「ええ……。それでは計画が無事終わるようにあなたにもプレゼントを渡しておきましょうか」
エリックは引き出しから透明な円形のガラスのような物を取り出し、魏へと投げ渡す。
それは『流星のかけら』……ゲートのあった世界からの流出物である。
割っても何時の間にか元に戻っていたり、複数個存在したりと、謎に包まれた物質である。
契約者やドールが持つ事で、能力を強化されると言われている。
「ほう……流星のカケラ、ですか。
しかし、これはMEを再現するために使用していたはずでは?」
「使っていますよ。しかし、流星のカケラは同時間内に2つ3つと存在することもあるモノ。今現在確認しただけで10個は確実に存在しています。
既に契約者と成り得たモノ達にも配っています。アナタも持っておいてください。
黒の死神の襲撃が来てもいいように」
「ええ……ありがたく貰っておきますよ」
エリックと魏は、口の端を釣り上げて不気味な笑い声をあげる。
エリック西島率いるパンドラの黒を絶望に堕とす策略は着々とシュテルンビルトを覆おうとしていた。
―――――――
......TO BE CONTINUED