「帝国軍は現在カラコルム山脈を南下中!
恐らく、明日の夕刻には山脈を踏破し、街道に出るものと思われます!!」
石神は己の眼鏡を指でくいっと上げながらその報告を聞く。
デスクの前には相変わらず処理すべき案件の山。
しかし、目の前に迫った戦争のほうが重要なのは明らかではある。
偵察のためにはなったその部隊に対し、労いの言葉をかけてから問いを発する。
「戦力分布はどうなっている?」
「は、縦列に近い状態で山脈を南北に長く布陣しています」
「当然だな」
「前列中央に大型天幕が確認されましたので、恐らく黒金騎士団主力がいるものと思われます。
兵力は実働兵力はおよそ5000、輸送兵が3000弱というところかと」
おおよそ、石神の予想通りの兵力ではある、脱落兵もかなり出ているはずだからむしろ多いくらいだろう。
だが、石神は油断をしない、伏兵を使っての挟撃は当然起こりうる事だからだ。
真っ白な背広を来たその両腕を組みながら、石神は更なる問いを発する。
「敵の偵察部隊はどれくらい出ている?」
「完全に把握出来ているわけではないのですが、街道方面及び自軍周辺をかなりの密度で探っているようです」
「なるほどな……。
となると……うむ……、よし、人使いの荒い事と思うかも知れないが、お前達には次の任務を頼みたい」
「偵察にかなり兵を割いているためあまり人数は割けませんが」
「構わん、10人ほどでいい、帝国国境付近に張り付けておいてくれ。
補給部隊の内情を知りたい」
「了解しました!」
偵察部隊の隊長は任務を拝命して、執務室を退出した。
それから少しの間石神は考え込むように腕を組んでいたが、ふと思いついた感じで呼び鈴を鳴らす。
すると部屋近くに控えていたと思しきメイドがやってきた。
「お呼びでしょうかご主人様」
「うむ、ハンターズギルドのほうに、例の件はどうなっているのかと確認をして来てくれ。
それから、ラリア商人のアルバン・ヴェン・サンダーソンが来ていたはずだな?」
「はい、応接室にお通ししてお待ち頂いております」
「分かった、応接室に向かおう」
執務を一時止めて応接間に向かう。
応接間は、石神の趣味が反映されている執務室と違い、多少派手目に装飾されている。
シックで重厚なものを好む傾向のある石神としては派手なものはあまり使いたくないが、
ハッタリも必要であると割り切っている。
「お待たせしましたサンダーソン殿。
私が石神龍言(いしがみ・りゅうげん)貴方がたの読み方ではリュウゲン・イシガミとなりますか」
「これはこれは、この度はわがサンダーソン商会にて御注文を頂きありがとうございます」
石神は、50代半ばくらいだろう、小太りながらがっしりとした体つきの男をみた。
アルバン・ヴェン・サンダーソン。
石神の記憶している限り、この男はラリア公国の3大商人の一人である。
公王を除けば、ほぼラリア最大といっていい権力を持つ。
爵位こそ子爵止まりであるものの、それもこの男が一代で成り上がった事を思えば当然だろう。
強引な商法を取る事も多いが、信用だけは大事にしているらしい。
妻は最近亡くなったとの事、病死との事だが裏で色々言われている。
子供はソレガンとプラークという2人の男子がいるがアルバンはまだ後継ぎを決めかねているらしい。
周囲はソレガンを支持しているようだが、甘さが抜けないと聞く。
プラークに関してはさほど噂が聞こえてこない、海運に手を出しているという程度の知識のみだ。
これらの知識がアルバンを上手く動かす上でどう使うか、アルバンの表情を読みながら探りを入れる。
「遠い所をお越しいただいて申し訳ない」
「大きな商談は基本的に自分でしておりますので、気になさる事はないですよ。
それよりも、城塞級の飛行石を必要とされているとか。
あれは我らでも容易に手に入るものではないですのでな」
「だが、引き受けて頂けたようでありがたい」
「おや、我々はまだ商談を始めた訳ではないはずだが?」
「ここに来てくれた時点で貴方が売ってくださる事は確信している」
「ほう」
アルバンは少しだけ気分を害したような顔をする。
本当にそう思っているのか、それともポーズなのか石神は相手の表情を読みつつ次の言葉を告げる。
「耳の早い貴方の事だ、ここが数日中に戦場になる可能性がある事を知っているでしょう?」
「いやいや、寝耳に水の話ですよ。私も避難しなければなりませんな早急に」
「では、お売りいただけないと?」
「ふむ、我々もリスクが大きい話しの上あまりに急な事でもあります。
石神殿の必要とされる量と質を確保するのは並大抵ではございません」
アルバンがすっとボケてきたのは確実だろう。
今は確かに値のつり上げ時だ、需要と供給の問題からバカのような値段でも売る事が出来る。
アルバンはそう踏んでいるのに違いない。
もっとも、飛行石を召し上げられる可能性もある、だからアルバンは傭兵を500人も連れて来ている。
戦争をするには少なすぎるが、逃げるだけなら十分だ。
もっとも、兵はムハーマディラに入れなかったため、その護衛する商品もまだ町の外にある。
一部の護衛とアルバン本人だけがムハーマディラに入り石神の執務室へとやってきたのである。
それだけの準備をしてきたのだ、当然儲けのほうもかなり期待しているのだろう。
「貴方がたの苦労は察します。しかし、商品は既にお持ちなのでしょう?」
「その通りではありますが、我々も商売適正な値段で売れねば多くの従業員が路頭に迷いましょう」
「ふむ、それでその価格とは?」
「ずばり言わせてもらえば、金貨50万枚(約500億円)、貴方ならば不可能な数字ではないと思いますぞ」
「50万枚……」
石神は眼鏡をくいっと持ち上げアルバンを睨む、日本円で500億円というのはいくらなんでも吹っ掛けすぎだろう。
大国であるはずのメセドナ共和国の国家予算でも金貨500万枚(約五千億円)に届かない。
今の日本からすれば少ないように感じるかもしれないが、
国家を構築する人間の数がまだ数百万人レベルである事、また今のように自動車や家電製品といった普及品が少なく、
ある程度は手作りで補っていたりする所から、民衆の年収や支出も日本の半分以下である事も多い。
そのせいで税を払うのが辛い人々も多かったりするが、それは置くにしても税収は当然限られてくる。
対比的に見れば、メセドナの年間の軍事費に匹敵しかねないレベルの金額となる。
地方都市一つが負担するには大きすぎる金額だ。
「なかなか面白い事を言う、私がそれだけの金を用意できると?」
「ええ、これでも商人のはしくれ、目利きを誤った事はありませんのでな」
「ふむ、では問おう、我々が何故それほどまでに飛行石を欲していると思うね?」
「当然目の前に迫った戦争のためでしょうな、
この街を中心とした周辺都市全てを合わせても兵力は4000行きませんですやろ。
10000の軍勢相手に民兵含めた4000で勝てるわけありませんわ」
「そうだな」
「秘密兵器があると言う事ですな」
アルバンはニタリと嫌な笑い顔をする。
石神もまた心の中でほくそ笑むアルバンが吹っ掛けてきた訳をこれで知る事が出来たと。
つまり、機密の一部が漏洩しているという事になる。
その方法は分からないが、関連施設まで入り込む事が出来ねば情報は漏洩されないはず。
内部犯を疑わねばならないという事になる。
石神は少し表情を厳しくした。
「ふむ、そう言う事ですか」
「ええ、私が来た事の理由を御察し下され」
ほぼ確定だろう、石神が用意した切り札、飛行石をよこす代わりにその秘密をよこせと言うつもりなのだろう。
それを差し出しても、現物がある以上負けはしないだろう、しかし、世に出す事になってしまう。
石神はもう少し伏せておきたいと言うのが本音だった。
戦乱の時代に負けない国を作るためにも……。
「いいでしょう、設計図の引き渡しお受けしましょう」
「今後ともいい取引をしたいものですなあ」
「ふむ、しかし、これをお渡しする以上貴方も一蓮托生となる事お忘れなく」
石神は眼鏡をくいっと引き上げながら応じる。
相手が言ったのは偽物や未完成の図面を引き渡すなら今後商会の全てと取引を停止させるというものだ。
いい取引でなければどうなるか、という脅しでもある。
石神はそれに対して、この秘密の価値は同時に命を危うくする類の物だという忠告を含めておくに留めた。
「しかし、その前に噂だけでは真実味もないでしょう。一度ご確認頂けますかな?」
「それは願ってもない!」
「ただ、そこへは護衛等引きつれてはいけないですが構いませんか?」
「無論だ」
石神は相手の肝の太さに感心する。
普通は護衛を何とかねじこもうとするものだからだ。
もっとも、秘密の重要性と、彼を殺す事で石神は自分の敵を増やしてしまうという点を計算しているのだろうが。
それでも、かなり肝が据わっていないと即答はできまい。
流石に一代で巨大な商会を起こしただけの事はある。そう石神に感じさせるだけの強さをアルバンは持っていた。
ただ、石神はこれを教える事についてそれだけに、余計に心配しなくてはならないかもしれないと感じていた……。
俺達が黒金騎士団本陣の近くまで来た時、異様な雰囲気が陣の近くを包んでいるのがわかった。
軍の指揮が高いとでも言えばいいのだろうか、兵の気迫がここまで伝わってくる。
ある程度距離を取って潜んだ俺達にもわかるのだ、その状況は言うまでもない。
「フィリナ、この状況どう見る?」
「……皇女殿下に何かあったと見るべきでしょう」
「やはりか……、進軍が止まっているという感じじゃないもんな」
「それに、士気が上がる出来事があったとすれば、考えられる事は2つ。
一つは皇女殿下が趣旨変えをし、兵たちを慰撫して進軍支持を表明した場合」
「ありえないとは言わないが、可能性は低いだろうな。
あの年齢では考えづらいが、彼女は信用を重視するタイプのように思う」
「私もそう思います。その場合もう一つ、皇女の身に何かあり、来ていた事のみが伝わった場合」
「……かたき討ちか」
「その可能性は高そうですね」
皇女がもし毛ほどの傷でも負えば兵士たちは士気をあげる事は間違いない。
だが同時に、それだけなら皇女自身が言葉で説明すればいい、ならば重体か死亡……。
それならば黒金騎士団もただでは済まない、たとえ十分な戦果を上げようとも刑罰は免れないだろう。
あの皇女様がそんなに簡単にどうにかなるとは思えないが、何かしらの手段で捕まっている可能性は高い。
更には、ヴィリも一緒に捕まったのかという事だ、こう言っては何だが俺は既に人としてはかなり強いほうだ。
一流と闘うとまだおぼつかないが、冒険者ランクで言う所のBくらいにはなっている自負がある。
だが、ヴィリは一つ抜きんでている、Aランクどころか、下手をするとSにすら届くかもしれない。
Sランク冒険者は数が少なく認定するのは複数の国家からの認定が必要になるらしいが、
”明けの明星”のリーダーにして勇者と名高いレイオス王子はそのSランク認定を受けている。
ナンバー2のヴィリはそれに最も近い場所にいるのは間違いないはずだ。
「ヴィリはどうしていると思う?」
「恐らくは、狙いすましていると思います」
「狙いすます?」
「黙ってみてはいないでしょうが、一番効果的に活躍できる場所を狙っています」
「……ホントに?」
「はい……残念ながら、マスターが童貞だと言う事くらいに確実です」
「ぶっ、ここでそれを差し挟まなくても……」
「いえ、確実性を期しただけですので」
フィリナは頬笑みをたたえている。
よくこの状況でそれだけの胆力があるな、と思う。
女性のほうが精神的に強いというが、目にしてみると確かにそう思うな。
まあ、最近2人になる事も少なかったから、今のうちにいじろうという感じが凄くするが。
「ですが、これで帝国軍を止める方法が無くなってしまいました」
「……」
確かに、難易度は跳ね上がったといっていい。
今の状況から帝国軍を止める事が出来る可能性があるのは皇女殿下のみ。
流石に帝国軍人である彼らがイシュナーン皇女を忙殺したとは思わないが、
彼女が囚われているとして、どこに囚われているのかもわからない。
その上、周りは数千からなる軍隊の本陣、正面からどころか、忍び込むのも難しいだろう。
八方塞がりとはこの事だな……。
「だが、ここまで来て引き返す訳にもいかないだろう?」
「そんな事をしたらヴィリに何を言われるか知りませんよ?」
「だったら、何とかして皇女様の居場所を探るしかないな」
「軍そのものに手出しをせず探す方法ですか……」
「その辺の偵察兵か、警備兵を捕まえて事情を聞きだすしかないな」
「山賊まがいですね」
「今さらだな」
相変わらず毒舌を吐いてくれる。
とはいえ、どうしようもないとも言えるんだが。
俺達に出来る事、戦争を止めるためには、イシュナーン皇女の力がいる。
そのためには、どうしても皇女を助けなくてはならない。
そのためには、皇女の今いる場所を知る必要がある。
何というか回りくどい話ではあるが、現状はそんな感じだ。
陣の周囲をかなり距離を取って一周する。
何度か見つかりそうになったものの、上手くやり過ごす事が出来ていた。
「偵察部隊でも番兵でも見つかれば不味い事には変わりない。
だから、迅速に行動する必要がある」
「はい」
「多少手荒になるが見回り中の番兵を引きずりこむ」
「そうなりますか……、でも、見張り台も構築されています。
せめて死角がないか調べなければ」
「幸いにして、見張り台が構築されているのは南側と東側だ、
恐らくムハーマディラの偵察を発見するためだろう」
「そうなると……」
「北側は俺達を警戒している可能性がある、皇女殿下のこともあるしな。
だから西側の番兵を捕える事にしよう」
「分かりました、幸い西側は岩場が多く隠れる場所に事欠きません。
後は番兵が何人組で行動しているか、ですね……」
「そればっかりは、見てみない事にはな……」
そう言う訳で俺達は、岩陰に潜みながら帝国軍の本陣西側に接近した。
そのままタイミングを待つ。
しかし、進軍を始めるために動きだしてしまってはもう駄目だろう。
元々イシュナーン皇女が到着して、騒動が持ち上がったから止まっていると考えていい。
昼食まで止まっていれば上々、いつ動き出してもおかしくはない。
陣を引き払う準備はまだしていないから後半時間程度は大丈夫のはずだが。
10分ほどで都合良く見回りの兵がやってくる。
次の瞬間には、魔族化した俺が背後に忍び寄り一撃加えて昏倒させ、そのまま岩陰に引きずっていく。
流石にノーマルの状態ではスピード的にも見つからずというのは難しいし、一撃昏倒という訳にもいかないだろう。
巡回の間隔は30分程度、さっさと済まさないとな。
「おい! おい! 起きろ!!」
「ッ!?」
布を即席の猿ぐつわにし、ロープで縛り付けた見回りの兵を揺さぶり起こす。
最初は暴れたが、何度か打撃を加え大人しくさせる。
というか、かなりダーティな仕事になっているな……こんな事がやりたい訳じゃないのに。
だが、このまま戦争が起こるよりは100倍はましなはずだと心を鬼にし、質問に答えるように促す。
「いいか、俺がお前に求める事は質問への答えだけだ。
はいなら縦に、いいえなら横に首を振れ、それ以外の事は答えなくていい。
きちんと解放してほしければ大人しく言う事を聞くんだ、いいな」
「ふごー! ふごー!」
そうやって暫く問答を繰り広げた結果、どうやらまだ本陣の中にイシュナーン皇女がいるらしいという事がわかった。
そして、それは騎士団長の隣の天幕であるという事も、なんでも使者として来る途中誰かに襲われたという事だ。
最後のほうは猿ぐつわを外してやっていたわけだが、かなりぼこぼこにしたため素直だった。
彼はもう一度猿ぐつわをして転がしておく事にした、どのみち次の巡回が来るまでに彼が戻らなければ疑われるのだ。
すぐさま侵入するしかないだろう。
「さて、目的地はわかったがどうやって潜入したものか」
「全く考えてなかったのですか」
「いや、考えているよ? でもさ、簡単には行かないでしょう」
「当然ですね、マスターが多少強くなったといってもまだ10人も兵士の相手をすれば微妙なラインです。
ですがこの陣には1000人以上の兵士が詰めています。見つかれば袋叩きですね」
「そうだね……」
実際フィリナは仮にも勇者のパーティの僧侶だっただけにかなり強い。
俺よりも戦闘能力は高いだろう、その彼女と俺の2人でも100人に囲まれればどうなるか分からない。
逃げる事も出来ない可能性すらある。
それなのに1000人相手というのはちょっと考えただけでゾッとする。
だが、イシュナーン皇女を助けない事には、戦争を回避する事は出来ないだろう。
それも、この陣を引き払う前に何とかしなければならない。
忍び込む以外に手段はないだろう、問題は……。
「忍び込むならヴィリちゃんにお任せなのじゃ!」
「な!?」
「うむうむ、驚いておるの?」
「ヴィリ、貴方今までどうしていたんですか!!」
「何、皇女殿下が眠らされたようなのでな、ちょっと相手を追っていたのじゃよ」
「相手?」
「ほれ、釣り人やらケバイ女やらピエロやらのリーダーのようじゃったの」
「あの集団のリーダー?」
「うむ、仮面舞踏会のような服装じゃった、マントにタキシードにアイマスクなんぞしおっての」
「それどこのタキシード仮面(古)……」
「なんじゃそれは?」
「あ、いや、なんでも……」
フィリナも俺の記憶から知っていたのだろう口元を押さえて笑いを堪えている。
しかし、釣り人にピエロに貴婦人にタキシード仮面……劇団っていうだけあるのか。
多様性というか、変な方向性のファッションばかりを取り入れているようだな。
だがまあ、今はそんな事は問題じゃない、陣の中に潜入する方法だ。
まだ急いでイシュナーン皇女を保護すれば間に合う。
「それで、皇女様をみすみすそのままにしてきたのですか?」
「……それに関しては申し訳ないのじゃ、丁度白銀騎士団の者どもに引き離された所でな……」
「白銀騎士団が?」
「恐らく、体裁の問題じゃろう。本気で誘拐されたという訳にも行かぬじゃろうしな」
「それもそうだが……眠らされた時に連れされなかったのか?」
「それこそ誘拐になってしまう、その後で皇女がまた訪れたとしても脅されたという事になるじゃろうしな」
「……確かに、しかし、それなら今助けても同じにならないか?」
「だから、見つからずに行く方法を探っておったのじゃ。
黒金騎士団の団長バルフォルト・ギーヤ・メイソンの子飼いはさほど多くはない。
今は侵攻準備のために出払っておるじゃろうしな、奴も帝国の騎士である以上、自国の者を殺してはおるまい。
地位の高いものを殺せば折角の戦果も露と消えてしまうじゃろうからな」
騎士団長であるバルフォルドにとって、皇女や白銀騎士団への攻撃はつ己の立場を危うくしかねない。
劇団の団長とやらを使ったのも、自分達がやった訳ではないという言い訳を用意するためだろう。
表だっての上位者への反逆は黒金騎士団そのものへの影響が大きいという事もあるかもしれない。
ヴィリが言いたい事はつまりそう言う事なのだろう。
「なるほど、先に皇女本人でも白銀騎士団でもいいから助けてしまえば、後はやってくれるという事か」
「まあ一概にそうとも言えんがな」
「それで、ヴィリ、一人でも出来る事をワザワザ私達を巻き込もうとする理由は?」
「一人でやってもつまらんからに決まってるじゃろ!!」
「ぶっ!」
「はぁ……やっぱりそうですか……」
ヴィリナ・ラトゥーリア、エルフの中でも古代種であるらしい彼女は面白ければ何でもいい種類の人(?)である。
そうだそうだとは思っていたが、こんなタイミングとなると余計に思い知らされる話しだ。
見た目は金髪幼女に過ぎないが、はっきり言って小悪魔ですまない強烈なタイプのようだ。
油断はしないでいるつもりだが、やはり翻弄されるしかないのかね……(汗)
「ともあれルートは割れておる、それに次の巡回までもう時間がないぞ?」
「分かった、案内してくれ」
「了解! なのじゃ!」
元気いっぱいという感じで案内されたのは、少し離れた岩場の影。
そこには、ちょっとした洞窟が存在していた。
「あ奴らが補給物資を運びいれている洞窟の側道じゃ、
本陣西側に出るが、皇女の捕まっている場所から100mも離れてはおらぬ。
それに、合流地点はかなり狭くなっているので、向こうからは分かりづらい」
「合流後は?」
「洞窟の出口までは誰もおらぬ筈じゃ」
「出口には?」
「番兵が4人、交代要員を含めれば12人ほどいるの」
「かなり多いな……」
「出陣前じゃから減っている可能性は高いが期待せんことじゃ」
「補給路なら仕方ないな……分かった、急ごう」
「うむ!」
本来後衛である弓使いのヴィリが先頭になり、前衛のはずの俺が真ん中、
回復役として中央にいるべきフィリナが後衛というおかしな構図のまま進んでいく。
洞窟の出口付近までは特に誰の邪魔を受ける事もなく、やってくる。
幸いにして出口の番兵も出撃準備のあわただしさのせいで人数を減らしている。
出口に2人、近くのテントに4人というところか。
俺は巡回の兵から奪った防具で兵士に変装して近づいて行く。
「すまん、緊急だ!」
「向こう側の出口の見張りか? 何かあったのか!?」
「ああ! 野党に向こう側の出口を襲撃されている!」
「何!!? この辺りの野党は粗方狩りつくしたはずだ!!」
「だからだ! 逃げ出した奴らが徒党を組んで襲ってきてる!!
旗印もなにもあったもんじゃねえ!!」
「ちっ、わかった。お前はほうこ……」
「どうした! なにか……」
近づいた俺が、話していた番兵の腹に一発重いのをぶち込み、悶絶した相手に踵を叩きこんで気絶させる。
不審に思ったもう一方の門番が俺に向かってくるより前に、背後に回り込んでいたヴィリが一撃喰らわせ気絶させた。
声がテントのほうまで響いていないか心配だが、取りあえずは成功だ。
テントの内部にはフィリナが睡眠の魔法をかけ眠りにつかせる。
気が立ってなければかなりの率で成功したはずだ。
何せ魔力は超一流もはだしで逃げ出すレベルだからな。
「皇女のいる天幕まで急ぐぞ」
「だが、周りに見張りが10人規模で配置されているのじゃ」
「……それは、見つからずに抜けるのは無理だろうな」
「そこで、じゃ。白銀騎士団のうち何人かは別の場所におるはずじゃ。先にそちらを助けるのはどうかの?」
「時間はあまりないが……それしかないか」
そろそろ、巡回が戻って来ない事を不審に思い、警備が強化されるだろう。
それまでに、こちら側の大義名分を用意しなければならない。
しかし、白銀騎士団の面々を思い出すが、彼女らは只者じゃなかったはず。
それをまとめてどうにかするとは、劇団の団長とはかなり恐ろしい存在らしいな。
「で、じゃな。ヴィリちゃんが目をつけたのがあの天幕じゃ」
「ん? あれは……」
「そうじゃ、たまったものを出すための女を囲っている天幕じゃよ」
「ここでならマスターも男になれるかもしれませんね♪」
「ぶっ!?」
つまりはあれか、従軍娼婦ってわけか……。
まあ、溜まる物が溜まるのは仕方ないし、そう言う所も必要かもしれんが……。
まさか本当にそんなものを目にする事になるとは、思った事もなかった……。