「さすが……というべきですねこれは」
タキシードを着てシルクハットをかぶった仮面の男。
アイマスクといっても、布製ではなく陶器で出来ているためそう言う事になるだろうか。
それ以外はタキ○ード仮面そのものなんだが。
フィリナによって無効化された事により、この男の思考力を奪う力は抑え込んだ。
釣り人の幻覚を作る力も、ピエロの催眠術も、派手な女の熱を操る力も全てが殆ど発動不能に抑え込まれているはずだ。
だが、おかしな事に円形闘技場は失われていなかった。
幻覚だと思っていたのだが……どういうことなんだ?
「流石です、しかし……結社の人間がまさか4人だけなんて思っていないでしょうね?」
「……まさか」
「パイク、自己紹介しなさい」
「えー、俺っちそう言うの苦手だぜ。あいつら折角の芸術作品が気に入らないよーだしよ」
「ふっ、ともあれ、魔血を施した結社の団員はまだいると言う事です」
「なるほどな……」
明らかに、このタキシー○仮面もどきは俺達にプレッシャーをかけにきている。
恐らく、そうである以上はそれほどの人数はいないだろう。
魔血そのものが早々手に入る者でない事を考えれば当然だ。
しかし、一人いたという事はまだ何人か潜んでいる可能性があるのも事実。
そして、その能力次第では俺達には致命的な事になる可能性がある。
「ヴィリ!」
「わかったのじゃ!」
俺は機先を制すべくタキシード仮○もどきに向かって突っ込む。
フィリナはそのサポートをしてくれる、能力向上系の魔法を俺にかけた。
その間、ヴィリはパスティアに矢をつがえ連続で射出。
パスティアの射撃は必ず当たるという言葉通り5人に向けて突き進んだ。
「これを回避出来たのならお主らを認めてやるのじゃ!」
だが、当然のごとく全てが5人の心臓につきささる。
恐ろしいまでの射撃能力、それともパスティアのお陰なのだろうか?
俺は思わず声をあげそうになった、殺す覚悟はまだ決めていなかったからだ。
だが同時に、心臓を貫かれながら彼らは何事もなかったの如く動き始める。
いや、流石に何事もなかったかの如くというのは言い過ぎか、だが普通うに怪我をした程度にしか効いてない事は明らかだ。
全員もう人間をやめている証拠だ、それも全員が同じ能力を持つという事は。
同じ魔族の能力を引き継いでいる可能性が高い、にもかかわらず能力の発現は違うとすれば。
複数の魔族の血を服用している可能性が高い。
彼らがどれだけの魔血を飲んできたのか、同時に誰が魔血への加工をしているのか。
色々な疑問は残るが、この状況ではただ、恐ろしい事実に気がついただけだ。
即ち、奴らの扱う特殊魔法が一つだけとは限らないという……。
「お見事だな、我々が人ならばもう死んでいるだろう。
しかし、我らは既に人をやめているのだよ!!」
「なら、とことんまで破壊するだけだ!!」
俺は声を上げながら腰のロングソードを抜き放ち上段から切り伏せにかかる。
だがその瞬間、タキシ○ド仮面もどきの両手の手袋がはじけ飛ぶ。
中から出てきたのは30cmくらいありそうな長い爪。
片手の爪で俺のロングソードを受け止め、更にもう一方の手の爪を俺に突き込んでくる。
十指全てに生えそろったその爪は明らかに普通の物ではない。
俺は思わず飛びずさる。
纏っていたチェインメイルがその爪によってざっくりと裂かれ、俺の皮膚から血が出ていた。
あの爪……明らかに鉄より固い。
「爪に魔力を纏わせたのか」
「御名答! まさか、我々の芸が広範囲型の一芸のみだなどと本気で思っていないだろうね?」
「近接型もあるんだよー! 僕は釣り糸を使うだけの芸だけどね!」
続けての攻撃はキラリと光っただけだった、俺は殺気を見て回避するしかなかったのだが、
完全に回避とはいかず、糸に何度か接触してしまった。
結果的に体には小さな傷が幾つも刻まれる事になる。
「鋼糸か……」
「ううん、違うよー。
単なる糸だけどね、糸の表面に触れたものは実際に触れた接触の100倍くらい摩擦されてしまうのさ」
「……」
つまりチェーンソーのようなものだ、糸に接触すると激しくこすり上げられ皮膚くらいなら切断されると言う事。
釣り人は楽しそうに俺に釣り糸を投げかけてくる、俺は大きく距離を開けて飛んだ。
はっきり言って致命的ではないだろう、皮膚は切る事が出来ても筋肉までは届かない、
ましてや骨や内臓を傷つける事が出来るとは思えない。
だが、爪を使うタキ○ード仮面もどきと連携されるだけで俺はひたすら逃げるしかなくなる。
「ヴィリちゃんを忘れておらぬかの!!」
「もちろん、忘れて等おりませんわ!!」
ヴィリはタイミングを合わせて矢で打ち抜く、今度は心臓はわざと外して手足を縫い付けにかかった。
釣り人の手は闘技場の岩に突き刺さり動けなくなる。
しかし、○キシード仮面もどきに届く寸前、貴婦人こと派手女が手をかざす。
そして、派手女が触れた矢は燃え上がった。
「私は体の一部の温度を一瞬だけ三千度まで上げる事ができますの。
もっとも、これをすると体力がかなり削られるのですけど……それでも貴方達を焼くには十分でしょう?」
彼女の能力は同じものだ、しかし、体の中で発動する魔法までは魔法陣で封じる事が出来ない。
それを逆手に取ったものだろう……。
鉄をも溶かす三千度とはよくいったものだ、彼女の掌から落ちた矢じりは液状化していた。
そして、後方のタ○キシード仮面もどきにはダメージがない、つまり熱の放出方向をコントロール出来ると言う事だろう。
今は掌から前にだけ熱を放出したといったところか。
熱の伝播も或る程度遮断しなければ周りが熱地獄と化しているはずだ。
まさか、こいつらの戦闘力がこれほどとは……。
「ひゃっは! サーカスの始まりだー!!」
ピエロは俺に向かって、フラフープのようなものを連続して投げつける。
明らかに手に持っていたとか、服に隠していたとかいうものではない。
その場から出現したのか、どこかから取り出したのか、何にしろそれが特殊な力だろう事は間違いない。
しかも、投げつけられたフラフープは地面に接触すると爆発した。
つまり、爆薬が詰まっているという事だ。
「これはこれは、思ったよりも芸達者だったということか」
「おほめにあずかり恐悦至極」
タキシード○面もどきがおどけて礼をする。
だが、俺達だってただやられるつもりも無ければ、この程度で読み負けする気もない。
こいつらの魔法は魔族の魔力を血によって受け継いだものだ。
ならば……。
「俺の力も見せなくちゃな!」
俺は自分の魔力を解放する、ゴブリン100匹分、つまり100GBの魔力を解放した。
これは魔法使いとして一流の人間と同等レベルのはずだ。
体が青白くなり、魔族化が顕著になってくる、俺はこの姿に違和感をもっているが、今の実態なのは事実だ。
そして、その事に寄りフィリナもまた翼を出現させる。
翼はかなり白い部分が増えていた、全体の五分の一近くが白い。
黒から白に色が変わっていっているようだ。
フィリナの全力は魔族における貴族レベル、今の俺の10倍だ。
人間では到達不可能な力である事は間違いない、しかし、あの白い羽根気になるな。
あれに全て変わったら彼女が解放されるとかなら楽なんだが……。
「多少動きが早くなった所で!!」
「違うな!」
タキ○ード仮面もどきが両手の爪で連続攻撃に入るが、俺はそれを回避しつつ隙をうかがう。
ラドヴェイドがいた頃のように詳細な魔力調節が出来ない為、それほどの強化は出来ないが、それでも十分。
魔力を拳から散弾状に分散させるイメージで放出する。
「マジック・ブリッドッ!!」
「無詠唱だとッ!?」
20発近い魔力の弾丸が○キシード仮面もどきと派手女の前に放たれる。
一発一発の威力は釣り人の糸とあまり変わらないだろう、しかし20発ともなれば回避も難しい。
派手女がまた体の表面を灼熱化しようとするが、魔力弾はそもそも熱でどうにかなるものではない。
それでも掌には魔力が集中していることになるので一応は防げるが、そのほかの部分までカバーは出来ない。
俺はそれを見越して、派手女に接近、そして回し蹴り気味にフィリナとヴィリのいる方向に蹴り飛ばす。
「フィリナ!」
「分かりました!」
フィリナはよろめきながら近づいてきた派手女の後頭部にロッドを叩きつけて気絶させる。
普通の人間なら下手をすれば死んでいる攻撃だが、まあかなり魔族化してるし問題ないだろう。
そのまま、フィリナは翼をはためかせ、軽量化の魔法を使って飛ぶ。
「させません!!」
釣り人が糸をめぐらして、フィリナの前方を阻む。
フィリナは糸に接触して落下するが、今度はヴィリが女を抱えて逃走に入った。
元々、ヴィリを運び役にする事は決めていた事だ。
そう言う意味でも成功と言える。
何故なら、フィリナは俺から遠く離れる事が命に関るからだ。
もっとも、契約時に吹きこまれた前魔王の魔力が切れるまではそれほど問題はない気もするが。
さっきも言ったように俺の10倍あるわけだし……、恐らく戦わなければ何カ月か問題ないはず……。
まあ、今そんな事を考えても仕方がない、それに、減った分の供給で俺の魔力が枯渇するまで吸われても仕方ないしな。
「フィリナ、大丈夫か!?」
「はい、この程度すぐに回復します!」
全身に傷をつけているフィリナだが、使い魔の特性としてマスターの魔力が十分あれば回復も早い。
痛みはともかく、皮膚を裂かれただけなら回復まで数分程度だろう。
俺は彼女の痛みにはあえて目をつむり、劇団の奴らを見る。
「キッスを連れ去られるとは大きな失態です」
「その割には余裕があるな」
「当然ですよ、彼女は貴方達に有利な証言などしない。
戦争を回避する事はできません」
「その程度の事は分かっているさ」
別にあの女の証言が欲しい訳じゃない、皇女の影響力があっても犯人がメセドナにいては逆効果だからだ。
いさえすれば、イシュナーン皇女は全力で交渉する事が出来るだろう。
他人任せではあるが、戦争を止めるにはもうその手段しかない。
正直戦争が止まってもその後の賠償問題などが発生するレベルになって来ている。
勘違いでしたでは済まない状況だ、イシュナーン皇女とてこの先天秤が開戦に傾く可能性もなくはない。
だが俺にはもう信じることしかできなかった。
今はただ、目の前の敵を追わせないように……。
「釣り人、いけるか?」
「わかっておりますとも」
「ショーの開幕だぁ!」
ピエロが10個以上のフラフープを同時に投擲、同時にパイクとか言われていた男が地震を引き起こす。
俺達は数秒動けなくなった、釣り人は糸を使って、その間に谷の外に飛び出していく。
地面にいる事自体があだになるとは……。
だが俺達は追う事が出来ない、3人を先に倒さなければ……。
「さあ、我々か貴方か、どちらの望みが叶うのか勝負しましょう。
だが、我々の望みが先に叶う事になりますがね」
「何を!!」
俺が再び魔力弾を散弾状に放ちながらフィリナを見る。
一瞬だけ、思考のラインをつなげるとフィリナは頷き、新たな魔法の詠唱に入る。
こう言う状況で言葉を交わさずに会話が出来るのは有利だ。
人数的不利もあるため、連携の密度で補うしかない。
「パイク!」
「応!」
パイクと呼ばれた男は、地面に両手をつくと、何か呪文のようなものを唱えた。
だが、それはほんの数秒であり、短すぎたどちらかと言えば発動キーのようなものだったらしい。
次の瞬間、地面から何かが飛び出してくる、回避するとそちらからも。
見てみるとそれは、先端のとがった石柱のようなものだった。
「お題は見てのお帰りだよ〜!!」
ピエロも爆発フラフープで俺に攻撃をかけてくる。
足元を見ながら連続で射出されるフラフープを回避する、なんて事がいつまでも続けられるはずもない。
直ぐ近くで爆発したフラフープの爆風でバランスを崩した俺は、石柱に掠ってしまった。
掠っただけとはいえ、石柱だ、はっきり言ってヘビー級ボクサーのパンチより効く。
結果俺は更に吹っ飛ばされ、その地面から更に石柱が現れる。
俺は、両手に魔力を集中しながら石柱にぶつけた。
石柱にぶつかった魔力の反作用で俺は浮き上がる。
どうにか、石柱の軌道をそれて着地する俺。
「ハァ、ハァッ……無茶苦茶だな……」
「結果さえ出ればいいのさ!!」
立ちあがろうとした俺に、タキシード仮○もどきの爪攻撃が襲いかかる。
そして、位置関係が変わったことで、ピエロのフラフープはフィリナを狙う。
だが、フラフープはフィリナに接触する前に移動を停止、まるで時間を巻き戻すようにピエロに向かって戻っていく。
「なっ、なんで!?」
「時逆の魔法。
制限がきつくて、無機物の軽いものにしか効かないけど、フラフープ程度なら持ち主の所へ返す事が出来るわ」
「なぁー!?」
あのフラフープは一度投げ放たれると何かに接触した途端に爆発する仕様だった。
つまり、受け止める事も出来ない、ピエロは必死に回避しようとするが投げ放った状態からまだ回復していなかった。
そのため完全回避には至らず。
爆発に巻き込まれる事になる……。
「グリフィンッ!?」
「先ずは一人目!!」
「くっ、ならばお前だけでも!!」
パイクと呼ばれていた男はまた地面から石柱を同時に発生させる。
俺を取り囲むように迫るその攻撃に対し、俺は大きく飛び上がる事で対処する。
逃げ道は上か下かのどちらかしかなかった、しかも、下に逃げると身動きが取れなくなる。
だが、それを見逃してくれるほど相手も甘くはない。
「ネイル・ショットォ!!」
「なっ!?」
空中の俺に向けて、タ○シード仮面もどきは両手の爪を文字通り指から発射した。
どういう理屈で飛んでいるのかは分からないが、間違いないのは突き刺さればかなりの傷を負わされると言う事だ。
さっきの時逆の魔法も、使ってもらうほどに余裕はない。
俺はとっさに、魔力を腕に集中、無詠唱の魔力の弾丸を散弾状に打ち出す。
「マジック・ショット!!」
飛来する30cmはあろうかという畳針針のように見える爪が10本飛来するそこに、20発の魔力弾が行く手を塞ぐ。
爪を撃ち落としていく魔力弾を見ると、爪もまた魔力で打ち出されたもののようだ。
しかし、いくら広範囲をカバーできるとはいえ、魔力弾そのものは小さなものに過ぎない。
全てを迎撃する事は出来ず、3発ほど弾幕を突き抜け、1発は回避したものの、残る2発は俺に突き刺さった。
「グアァ!!?」
肩と脇腹に激痛が走る。
普通の人間ならこれでもかなりの重傷だろう、俺は魔族の力のお陰でこれくらいなら動き回る事に支障はない。
痛みがない訳じゃないが、爪そのものがあまり太いものでなかったのが幸いした。
もっとも、神経毒が仕込まれていたようで、体がしびれるのだが……。
「くっ……」
「単なるしびれ薬ですよ……、私も全ての毒に耐性がある訳じゃないのでね。
しかし、相手の戦力を落すには十分すぎる」
「さあ……、どうだろうな……」
「減らず口を……、パイク!」
「ああ!!」
俺は確かに動けなくなった、しかし、それは負けを意味するのか。
そう言われると、答えは……。
「NOだ!」
「マスター!!」
「ああ!」
瞬間、フィリナから連続して魔法が放たれる、全て俺に向けて。
そう、毒回復、体力回復、素早さUP、攻撃力、守備力UPなど、回復系と補助魔法。
見た目からは毒回復をかけたようにしか見えないだろう、フィリナのような上位の神官でもなければ出来る事ではないからだ。
それらによって、一時的に強化された俺は、魔族の能力による増幅とあわせ普段の倍近い速度で回避を行う。
「なっ!?」
「消えた……?」
俺は、咄嗟に瞬発力を生かして横っ跳びで回避し、地を這うようにダッシュで回り込みながら接近しているだけの事だ。
しかし、瞬間俺の速度が跳ね上がった事で視認が遅れた。
最初からかけてもらっていてもよかったのだが、こう言った効果を狙ってタイミングを待っていたのだ。
そして、タキ○ード仮面もどきが俺を発見したのは、俺が既に後3mという所まで接近した後だった。
咄嗟に回避しようにも、首をひねった状態であったため、思うようにならず前かがみになるにとどまった。
俺は加速をしたままであったため、そのまま上段切りで振り抜いた。
タキシ○ド仮面もどきは、それでも無理やり回避しようとしたが肩から剣を受ける羽目になった。
だが俺の力も、スピードも今は加護を受けている。
結果的に腕一本すっぱりと断ち切り、肩からアバラにかけて大穴をあける。
「ギャァァァァーーー!?!?」
大量の出血で、タキシー○仮面もどきは身動きとれず倒れ伏す。
とはいえ、このまま放置しておいても回復される可能性がある、俺は止めの攻撃として、首を飛ばした。
こうして人殺しをしておいて何が平和だと思わなくもない、しかし、それでも……。
「団長ーーー!!!」
そう叫びながら、パイクと呼ばれた男が、突進してくる。
俺の周りにまた石柱の槍が噴出するが、俺はバックステップで回避する。
そこに、パイクが飛び込んだ。
俺は一瞬自滅かと思ったが、パイクは石柱をまるで自分の鎧のように変形させて着込んだ。
そして、そのまま俺に突進してくる。
「団長のカタキ!!」
巨大な石柱を鎧代わりに着込んだパイクは確かに強力だった、しかし、どうしてもスピードが下がる。
そして、今の俺は能力全開だといっていい、俺は、相手の攻撃をひらひら回避しながら露出面をどんどん突いて行った。
怪我で集中が続かなくなったパイクは倒れ落ちる。
俺はパイクも同様に止めを刺した。
「……くそ……」
直ぐに、ヴィリを追うべきだと分かっていたが俺は立ち止まり毒づく。
分かってはいたが後味が悪い。
これは本当に正解だったのか……。
「止めを刺した事を悔いているのですか?」
「人殺しは人殺しだからな……」
「ならば、私も人殺しですね……」
そう、俺が人殺しであるという事はフィリナの手も汚してしまったという事。
そう考えていくとどんどん鬱になってくる。
しかし、それを考えている暇はない事もしっている。
「今はこれがいい結果につながると信じるしかないな。ヴィリ達を追うぞ!」
「ええ、多分もうついている頃だと思いますが、行きましょう」
「ああ!」
どこかに同情すらあったかもしれない人を殺す。
もちろん、彼らのした事は許される事ではない、戦争の引き金を引き、複数の犯罪を起こし、俺達を殺そうとした。
それも一度や二度の話ではない、だが……、だからといって殺しても良かった訳ではない。
そう、俺の手は本当に汚れすぎてしまっている。
俺は元の世界に戻ったとして、普通に生活できるのだろうか?
その不安もまた、心のどこかに押しやるしかなかった。
ヴィリは逃げていた、気絶させたケバイ女ことキッスを抱えながら。
相手が追いついてきたのは陣までの行程の半ばを過ぎたあたりだった。
釣り人、そう呼んでいた男なのは間違いない。
ヴィリの身体能力は、本来のものでも人より多少は強いが、彼女は基本装備や魔法によって強化している。
そのため、普通の数倍のパワーを持ち、常に素早さもある程度上がっている。
だからハイエルフの成長の遅さのため未だ見た目10歳の彼女だが、キッスを抱えながら走って苦労はない。
しかし、それでもやはり走る速度は落ちる。
その落ちた速度を突かれ、ものの見事に追いつかれた。
街道を避けて森を走っていた事もあり、人間では追いついて来れないと思っていたのが災いしたというべきか。
「全く、幻覚使いのわりにいい体術してるのじゃ」
「お褒めに預かり恐悦至極、っていっても何も出ませんがね。
だけど、幻覚をはった中気配だけで私を察する君ほどではないよ」
「それは当然なのじゃ! 世界一の弓使いヴィリちゃんに読めぬ気配などない!」
「面白いことを言いますね……、しかしこれならどうです?」
「!?」
気配は確かに失われていない、しかし気配が無数に分裂する。
ヴィリは咄嗟に、その動きを分析し、周りの気配に自分の色をつけたのだと察する。
つまり、草木すら釣り人の気配を出しているように感じるのだ。
幻覚というよりは催眠術のように感じる。
「催眠術はピエロの……じゃが使えるのじゃな?」
「グリフィン程には使えないけどねー、ちょっと気配をごまかす程度ならできるってわけさ」
「草木に催眠術をかけるなど聞いた事がないがの」
「それほど難しくもないんだよ、全部にかける必要もないしね」
ヴィリはかなり不味い状態に持ち込まれたことを悟った。
念のため自分の周りに結界を張っているので幻覚や催眠術を直接食らってやられることはないが、
外部が幻覚と催眠術に犯されたため、気配も景色もぐちゃぐちゃになっている。
つまり、方向感覚はカンに頼るしかなくなってしまう。
ヴィリは仕方なく、足元にキッスを横たえる。
「めんどくさい、もう容赦はせぬぞ! ヴィリちゃんの弓篤と味わうが良い!」
返事はない、もうそんな事はどうでもよかった。
ヴィリは決着をつけるべく、パスティアを構える。
パスティアにつがえられたのは3本の矢、それを一度に撃ち放つ。
「気配が分散したのに当たるのかい?」
「パスティアを甘く見るな! そしてヴィリちゃんの事もの」
言ったと同時に、一本が釣り人の心臓に突き立つ。
多数の気配を飛び越えるように出現した矢はきっちりと、釣り人の心臓を貫いた。
「くっ、くくく……、僕が魔族化を始めている事をわすれたかい?」
しかし、心臓を貫かれた釣り人は笑い声で答える。
幻術も解けておらず周囲は歪んだままだ。
ヴィリは目を鋭くし、言葉を返す。
「3発撃った矢が一つだけしか刺さらないと思ったのかの?」
「何!?」
続いて、ヴィリの矢は頭上から釣り人の額を打ち抜く。
額から脳を貫き、後頭部に矢じりが出現する。
「ガッ……アッ!?!?」
「流石じゃの、どんな魔族なら脳天貫かれても生きておるのか知らぬが……。
流石に幻術は解けたようじゃの」
ヴィリの言葉通り、幻術はもう発動されておらず。
草木への催眠術も効果を失ったようだ。
普通の景色が広がっている、ヴィリはそれを見て満足しまたキッスを抱え上げた。
釣り人は、脳と心臓を矢に貫かれながらも、まだ動こうとする。
「その状態でヴィリちゃんを認識出来たことはほめるとしよう。
しかしの、矢はもう一本あるのじゃぞ?」
「ッ!?」
そう、もう一本の矢はヴィリが話をいい終わり、釣り人に背を向けたと同時に釣り人の腹部を貫いた。
その矢は今までと違い、矢尻が銀で出来ていた。
それだけではない、矢全体にびっしりと小さな文字が書き記されている。
その矢の効果かはわからないが、釣り人の傷口がどんどん開き、血が止まらなくなる。
「ッ!?!?」
「浄化の矢というやつじゃ、魔族にはそれがよく効く。
つまりはお前も魔族として認められたということじゃ、よかったの」
「アァァッ!!! ッ!!!」
釣り人は血が止まらなくなり、更に傷口が広がり化膿していく。
どんどん原型がなくなっていくのがわかった。
いや、もう釣り人にまともな意識はない、痛みと苦しみだけが襲いかかり続けている。
そんな状態が数分ほど続いたかと思うと、釣り人はパタリと倒れ、そのまま崩れ落ちた。
ヴィリはもうその場にはおらず、ただ腐臭と、銀の矢のみがその場に残されていた……。