俺とフィリナが帝国軍の陣地に戻った時には既に戦争の決着がついていた。
恐ろしい事に、ムハーマドラが一人勝ちしている、そう石神が1万の軍勢に勝利するというものだった。
一人勝ちという事には意味がある、ムハーマドラは本来メセドナ共和国の一都市に過ぎない。
しかし、賠償金などをメセドナ共和国に先んじてせしめているからだ。
戦争をそれも倍以上の軍勢をたった一戦、それも自軍に全く被害を出すことなく退けた。
メセドナ共和国では近年まれにみる英雄ということになるだろう。
ただ、そうなればメセドナ共和国としては面白くないだろうが……。
一都市が勝手に戦争責任を追及し賠償を取ると言う事は今までに例がないはずだからだ。
だが、知名度を得た英雄を引きずり下ろすとなると相応の出血を覚悟しなければならない。
それに石神が何の手も打っていないはずがない……。
ともあれ、俺の知る事はこのくらいの事だ。
停戦交渉の場に帰りついた俺は遠くからその状況を眺める事しかできなかったのだから。
だが、その後石神の部下から落ち着いたら庁舎に寄るように言われた。
俺の事に気付いたらしい。
その後、俺はイシュナーン皇女に礼を言って別れる事にした。
イシュナーン皇女はこれから賠償責任について本国と相談せねばならず、
また、製鉄やラーメンの件もまたこれから準備するのだろうから忙しくなるだろう。
5歳の少女には荷が重い気もするが、そうだとしても周りの人々が支えていくだろうから大丈夫だと信じたい。
俺達は、色々あったもののムハーマドラにある”明けの明星”の元隠れ家に戻る事になった。
そもそも当初の目的、世間の目を逃れ魔力を集める事について俺達は何も進んでいないからだ。
幸いにして、何度も戦いを潜り抜けたおかげか、基礎魔力の量があがったらしく、
魔族化すれば必ずGB100(ゴブリン100匹分)あたりまでは行くようになった。
それでも魔王としては低すぎるわけだが……。
ともあれ、Bランク冒険者に匹敵するくらいの実力になっているとフィリナが保証してくれている。
あくまで魔族化すればだが。
もっとも、フィリナやヴィリやセインといったAランクの冒険者の実力を持つ者達は明らかに違う。
まだ全力を見た事もないのだから……。
恐らく、てらちんもAランクに属するだろう、パーティメンバーも少なくともBランクはあると思われる。
当時の俺達が手も足も出なかったのは当然ともいえる。
Sランクだというレイオス王子の実力はいかばかりか……。
強くなった事によって俺は余計に上との開きを実感させられる事になったわけだ。
こんな事で、魔力強化を進められるのか不安ではある。
元の世界に帰るためにも、魔王の力は必須であるというのに……。
ともあれ、幼馴染達全員の行方が知れたのだけは幸いと言えるだろう。
「まあ、元々の目的である白銀の魔物も結局見つけられませんでしたからね」
「それを言わないでくれ……」
「戦争回避ばかりに力を入れたものだから、魔力も使いはたして暫くは充電しないといけませんし」
「いやまあ、基礎魔力は上がったようなんだけどね」
「それは行幸、ですが、いつも全力でやっているのでいろいろ無理も出ているはずです」
「う”……」
実際、フィリナにつっこまれるまでもなく体はボロボロだった。
同期の冒険者だったウエイン、銀狼セインとの戦い、そして劇団との戦い。
ここのところ体を酷使しすぎている、いくら魔族の肉体を手に入れたといっても無限の回復力を持つ訳じゃない。
回復魔法で回復するのは傷だけで体力は回復しないし、魔族の肉体が10倍回復でも100倍酷使すれば同じ事。
俺は確かに休養を欲していたのかもしれない。
「わかった今日は休ませてもらうよ」
「本当なら全治3カ月は下らないくらに体力損耗が激しいのですが……。
流石魔族の体というべきですね……、ともあれ今日はオ○ニーも禁止です」
「やるか!
……部屋に入って休むから、変な事考えるなよ!」
「そう言われましても、それはそれでマスターの年代では仕方のない事かと。
彼女でもいればはけ口にできるのですがね」
「うっさい!!」
俺をいじりながらフィリナは満面の笑みを浮かべている。
彼女の美しい相貌が笑みで更に美しく見える、マリンブルーの髪と相まって女神のようだ。
これで言ってる事が普通なら惚れている、確実に。
最近、彼女のこの性格はもう矯正しようがないと諦めた。
きっと勇者のパーティにいた頃はこんなのじゃなかったんだろうが……。
まあ、気楽にやってくれているならそれでいい。
「フィリナも早めに休んでくれよ」
「ええ、遠慮をするつもりはありません。ヴィリが見張りをしてくれていますので」
「あいつも強いよな……」
「はい、彼女の体力は魔族でも舌をまくレベルですね。
それに戦闘で傷も受けず疲労もしていないのが大きいのではないかと」
「それはそうか……流石というか……ともあれ、お休み」
「はい、お休みなさいマスター」
”明けの明星”の隠れ家は、魔法使いがお金持ちだったらしく、結構いい布団をしている。
その日は疲れが溜まっていたせいもあって、誘惑に簡単に負け眠りについた。
特に何事もなく一日経過、ここの所の野宿では経験できなかった事かも知れない。
そんなこんなで翌日、体力もそこそこに回復した俺は、町を散歩してみる事にした。
なにせ、この街について直ぐに白銀の魔物の件でで払いそのままになっていたから観光もなにもしていない。
フィリナがついてきたのはまあ仕方ないのかもしれないが、少しピリピリし過ぎという気もする。
「しかし、この街は混沌としてるな……」
「それはそうですね、魔族と人族、妖精族に獣族等いろいろな種族が入り乱れていますから」
街中には確かに見た事のないような種族が多数入り乱れている。
オークやトロルが比較的有効的に町を闊歩しているのは今まで冒険者として戦ってきただけに不思議でならない。
彼らも人だから殺すという訳ではないという事だろうか。
考えてみればそれは魔物使いの少女ティスカ・フィモレニールが既に示してくれていた事でもあった。
もっとも、彼女が特別だからというイメージが強かったせいで個々としては見ていなかったのだが。
「これでよく諍いが起きないな……」
「いえ、よく起こりますよ。ほら」
フィリナが指す方向を見てみると、ドワーフと思しき髭のじいさんと、5mはある巨大なトロルが言い争いをしていた。
トロルが共通言語を話せる事が先ず驚きだが、たどたどしさから覚えて時間が経っていないだろう事が窺える。
対して、ドワーフじじいは鉄火肌というか、ベランベェ口調だ。
「でけぇ図体で町を歩いてるんじゃねえ! ワシらが迷惑するじゃろうが!!」
「オッ、オデはこういうシュゾクだから仕方ない……」
「なら端っこ歩いてろ! ここは天下の公道だぞ!!」
「むっ、オデッ、悪くナイ!」
互いに一歩も譲る気はないようでこのままでは喧嘩に発展しかねない。
しかし、喧嘩になればトロルが拳を振り下ろしただけでドワーフといえどただでは済むまい。
下手すれば公共物破損と傷害致死の罪状がついてしまう。
そう考えて一歩踏み出そうとした俺を、フィリナが制した。
「心配いりません、ここは混沌とした多種族を受け入れる事を前提とした町。
当然治安には気を使っています」
「え?」
俺がフィリナを振り返ると、フィリナはほほ笑みながら一方を指差す。
そこには空中から飛来する蝙蝠の翼を持った少女がいた。
少女は丸盾と槍を構え言い争いをしていた2人の上に空中静止する。
いつでもチャージをかけられるぞという威嚇だろう。
「お前達! この街の交通ルールを知らないのか!!」
「なんじゃ、おまいさん」
「あっ……、カルネさま……」
両者の反応が違った、つまりトロルのほうは何度か見知っているという事だろう。
対してドワーフのほうは初対面、もしかしたらこの街にきて間もないのかもしれない。
カルネというのがどういう存在なのかは知らないが、治安を維持する警備隊のような存在だろうとは察しが付く。
「あの鎧の色から察するに、彼女は警備隊のリーダーでしょうね」
「色?」
「この街では盗賊やはぐれ魔物狩りの遠征部隊と警備隊それぞれを赤と緑で区別しています。
緑の警備隊で、金色の縁取りがあるのが隊長ということですね」
「なるほど、分かりやすいな」
「そして、それを知らないという事はあのドワーフはまだ来て間もないのでしょう」
「そう言う事か……」
実際、息まいているのはドワーフでトロルはどちらかというと自分は間違っていないという事を主張していただけだ。
ということは、今回はトロルのほうがこの街では正しいということなのか?
「身長が人族の倍以上ある巨大な種族は大通りの真ん中を歩く事となっている。
理由は巨大な種族が通れる場所、そして障害物がない場所がそこしかないからだ。
ドワーフの老人、貴方は通りの中央部を歩いていたな?」
「それは……そうじゃがの……」
「もちろん、怪我を負わせればそっちのトロルに責任が行く。
しかし、進んで被害に合おうとする者の世話まではできないな」
「しかし、ワシはそんな事は知らなかったのじゃ!!」
「この街に入る際に事前に言われただろう? それに冊子も配られたはずだ」
「う……」
「分かったら、今度からは気をつけてくれ」
そう言うと蝙蝠の翼を持つ少女は飛び去って行った。
特にどちらかを罪科に問うと言う感じではなく、出来るだけ公平にしようという意図は感じられた。
この辺りにも石神の思惑が絡んでいるのか、だとすれば凄い奴だとつくづく思う。
「さて、私達はこれからどうします?」
「そうだな、買い物を済ましておこう」
「なるほど、溜まったものを発散するための道具を探しに行くのですね?」
「しもネタはもーやめて!?」
「いいじゃないですか、実際ストレス発散は重要ですよ」
「いや、それフィリナのストレス発散だよね……」
最近、毒舌というよりも下ネタのほうに力が入っているフィリナ。
これはある意味かなりまずいのでは……。
ともあれ、俺達は先ず日用品、そして次に食料を購入しながら街を見物して回った。
ムハーマディラという都市は、どうやら広さに関してもなかなかのもので、
先ほどのごたごたで分かるように巨人族やトロルといった巨大な種族が通るための通路も整備している。
実際、ムハーマディラを歩いていれば数分に一回くらいは巨大種族を見かける事になる。
また、魔法のじゅうたんや、飛行する魔族も結構いて、空中で交通規制のような事がされていたりする。
「あの魔法のじゅうたんを使えば上空から攻撃とか出来そうだな……」
「どうでしょうね、欠点も多いですから」
「というと?」
「速さが人の走る速度の倍くらいまでしかでません、時速でいうと30kmくらいでしょうか」
「それでもかなり早いのでは?」
「他の飛行するものと比べると遅いです。飛行する魔物やワイバーンともなれば100kmを軽く超えますから」
「なるほど」
「それに、魔力供給は自力ですので魔力消費に気をつけないといけませんね。
乗っていられるのはせいぜい2時間くらい、多少強力な魔法使いでもその辺が限界です」
「魔石とかで代用できないのか?」
「出来ますが、一日の燃費が金貨2〜3枚(約20〜30万円)とかになってしまいますよ?」
「ぶっ!?」
「それと、あの絨毯は浮くための魔法を練り込まれているわけですが、
火矢の一発も喰らえば燃え上がって落っこちるしかなくなります」
「あーなるほど……」
クリアすべきポイントが多いようだな、まあ俺には関係ないが。
それでも日常の移動には十分使える、確かに悪くないものかもしれない。
幸い、今はイシュナーン皇女から礼金をせしめてある、半年分くらいの生活費はあるから少し使ってみたい気もするな。
「無駄遣いはいけませんよ?」
「何故分かる!?」
「玩具を欲しがる子供の目をしていました」
「そんな細かい違いまで分かるのか……」
「いえ、こう言う時は誰でも同じものです」
「そんなものかね……」
まあ仕方ないか、実際収入は不定期なんだしな。
しかし、この街は混沌としていながらきちんと秩序も保たれている。
石神が赴任してからまだ半年と少し程度らしいが、凄いものだな。
その時、俺達の正面でお辞儀をする男がいた。
違和感はある、しかし、おおよそ察しはついた。
「シンヤ・シジョウ様ですね。リュウゲン・イシガミ様がお呼びです。
出来ればご足労願えませんでしょうか」
「……へぇ、石神がね……」
俺はフィリナに目配せし、男の後について行く事にする。
男は暫く黙って案内をしていたが、その内大通りから外れ人通りの少ない場所に向かい始めた。
あまりにお約束通りな展開に、内心ため息をつきつつ、
「そろそろいいんじゃないか?」
「……と、申しますと?」
「殺気がダダ漏れだ。お前暗殺には向いてないんじゃないか?」
「……」
男は紫色に近いような髪をしており俺に指摘されて暫く呆然とした表情をしていたが、
それはだんだんと笑みに代わって行った、引きつったというよりは狂気的な……。
「フヒッ、イーヒッヒッヒ! 知っていて付いていらっしゃったんですかぁぁッ!
それはそれは、三文芝居など見せて申し訳ありませんねぇぇぇ!!」
背広のような服装を脱ぎ捨てた男は、暗殺者の装束に身を包んでいた。
アサシンギルド……俺にとっても、フィリナにとっても因縁深い組織だ。
何せ、フィリナを殺したのは……いや、考えない事にしよう。
俺は彼を許し切ってはいないが、それでも生かす事を決めた。
そして、フィリナも本音はどうあれ村を救ったのだから。
「誰の依頼だ?」
「それを言うはずはない、というのが普通ですがね、フィーヒッヒッヒ!
誰も依頼等していません、してませんともぉぉぉぉ!!
我々はもう暗殺ギルドという組織ではないのですからねぇぇぇぇ!!」
「何?」
「この街の暗殺ギルドは半年前壊滅していますぅぅぅ!
生き残りは全てリュウゲン様の下で働いていますからギルドとは呼べませんねぇぇぇぇ!!」
「ほう……それは面白いな」
アサシンギルドを石神が使う、ありえない話ではない。
あいつは確かに、人道主義者で全てを救えないかと心のどこかで思っているような人間だが、
同時に、リアリストであり100を救うために10を切り捨てる必要に迫られれば容赦なく切る。
もちろん、それまでに万策試すだろうが、それでも出来ない時は迷わない。
そういう芯の強さとある意味非情さを持っているのが石神だ。
しかし、同時に場当たり的にこんな行動を仕掛ける奴じゃない事もよく知っている。
「それは石神の命令か?」
「いやぁぁぁ、単なる地ならしにイシガミ様の命は必要ないだろぉぉぉ!!
あの人は知らなくてもいい、我らは彼を守る事を決めたのだからねぇぇ!!
お前は道端の雑草なのだよ、フィィィヒッヒッヒッ!!!」
「……なるほどな」
暗殺者の言葉が終る頃、周辺に暗殺者が更に10人ほど集まっているのが確認できた。
つまり、確実に俺を殺しておこうと思ったらしい。
それが石神のためになると本気で考えているようだ。
だが当然俺は死ぬつもりなどさらさらない。
「お前達が暗殺者を抜け出せてない事はよくわかった。それで、何故俺を?」
「お前は、国際指名手配犯だからなぁぁぁ!!
お前を庇う事で今回の帝国の侵攻と同じような事がまた起こらないとも限らないぃぃぃッ!!
それに、お前のような存在はイシガミ様の動きを鈍らせるッ!!」
「……そう言う事か」
つまり、石神が俺の事ばかり気にかけているのが気に入らないという事だ。
最も、石神は政治的判断で特例を作るような真似は絶対にしない事は俺もよく知っている。
俺が国際指名手配等というのは表向きな話だ、本音は自分達も気にかけてほしいという考えの表れ。
正直いい迷惑だが、放っておくと俺を殺しに来る、暗殺ギルドってのはどこも厄介な所ばかりだ。
「フィリナ……」
「はい、今回は私達のほうが一歩先んじていますね」
「ヴィリがまさか本当に来てくれるとは思ってなかったが……」
「ヴィリちゃんは神出鬼没が売りなのじゃ!!」
行き成り、ヴィリの声が聞こえたかと思うと3人ほど元暗殺ギルドの男達に矢が突き刺さり倒れていた。
流石に人間相手という事でか致命傷になる場所は外している。
一応石神の下で働いている以上は公務員のようなものだし殺せば角が立つ、その辺も考えてくれているようで安心した。
「見ての通り、うちの射手は1度に3人射倒せる。俺達も弱くはない。
俺達が粘っている間に全滅するかもしれないぜ?」
「くっ!!」
しれないではなく、俺の目算ではヴィリ一人でも十分こいつらを全滅させられるだろう。
俺でも魔族化すれば対抗する事は出来るはずだ。
こいつらに元ダブルナンバーが3人ほど含まれているとしてもだ。
気配や動きでだいたいわかる、その3人はそれなりの実力者ばかりだと。
しかし、その緊張はほんの数秒後には別の物にとってかわった。
「情けないね、それでも元暗殺者ギルドの幹部なの?」
少年だった……黒髪、黒い目、黒い服装、肌の色も褐色で、殆ど真っ黒といっていい。
しかし、雰囲気が今までの暗殺者達とまるで違った、そこにいるのにいないような、気配が薄いとでも言えばいいのか。
体躯も顔立ちも取り立てて目立つ者ではない、鍛えられたもの特有の覇気もない。
ただ自然に、そう全く自然に立っていた7人の横を通り過ぎただけだった。
しかし、次の瞬間……。
7人全員の首が地面に転がっていた……。
「なっ……」
「バカな連中だね。石神さんの親友を殺そうとするなんて」
「……お前も?」
「うん、僕は石神さんの影くらいに思っておいてくれればいいよ」
7人を殺したと言うのに、その表情も筋肉の緊張具合も、気の状態すら変わらない。
天性の殺し屋とでも言えばいいのか、俺は背筋が寒くなるのを覚えた。
こいつと正面から戦って負けるかと言われると分からないと答えるだろう。
思い出してみても、技量そのものは他の暗殺者達、幹部級(ダブルナンバー)の暗殺者とそれほど変わらない。
しかし、気配や殺気が全く現れない、つまりはこいつが殺そうとしているという事が俺には分からないという事だ。
結果だけ見れば、いや武器を出してくれればまだ分かる。
しかし、背後から忍び寄られれば本当に殺されるまで分からないかもしれない。
そして俺は気付く、奴の首のタトゥに……。
No5……つまり、この大陸で5番目の暗殺能力者という意味だ。
そう、最強クラスの暗殺者……冒険者で言うSランクに近い能力を持つものだと言う事だ。
その強さもある意味当然なのかもしれない……。
「付いてきて、庁舎に案内するよ。石神さんも会いたがっている」
「ああ……わかった」
驚いてはいたものの、こいつが俺達を同行するつもりがない事は分かった。
とはいえ、身内のはずの暗殺者達を、
何の思い入れも無いかのように自然に切り捨てた事を思うととても仲よく出来るものじゃないが。
というか、一刻も早くこの男から離れたいと思った。
だが、俺はフィリナやヴィリと共に案内されるまま庁舎の一室まで来ていた。
庁舎といっても、どうやら元々あった出城を改修したもののようで見た目は無骨な感じである。
しかし、人があくせく働いている所を見ると仕事は多いのだろう。
日本にいた頃の役所の状態を思い出すとその違いに驚くほどだ。
だって、日本の役所は基本座って勤務しているし、暇そうにしている人間が必ずいた。
だがここでは、書類仕事をしている人間は大抵書類の山が出来ているし、
そうでない者はあくせくと物を運んだり、庁舎の外に出かけたり、また戻ってきたり。
受付の人以外は常に何かをしているようだった。
この辺りも、石神の能力なのか、それとも元々この世界では勤勉な人々が多いのか。
まあ、ここは魔族や妖精族なんかも混じっているので余計にバタバタして見えるんだが。
「こっちだよ。2階の南部屋。熱がこもるからあんまりよくないんだけどね」
「石神らしいな」
そうして、5番のナンバーを持つ暗殺者は俺達を案内し終えた後数っという感じでいなくなった。
俺はフィリナとヴィリに確認をしたが、暗殺者の行くえに関してははっきりとは分からないとの事だった。
仕方ないとはいえ、世の中には凄いのがいるっていう事なんだろうな。
ともあれ俺は扉の前でノックをする。
石神の事だから恐らく書類と格闘中だろう、すぐに返事が来なくても仕方ないと思っていたが、
意外とすんなり返事が来た。
「入ってくれ」
俺は言われた通り、扉を開けて中に入る。
重厚そうな扉が音を立てて開いてく、中にいるのは石神一人だけのようだった。
秘書室と思しき部屋は隣にあり、直接ではなく廊下を経由して行くようになっているらしい。
「久しぶりだなまろ」
「ああ、石神も久しぶり。元気そうで何よりだ」
「ああ。だがお前は元気という訳にはいかなかったようだな」
「……調べたのか?」
「ああ。お前の事を聞いてから、ラリア公国、特にカントールについて調べてもらった。
そちらの女性を助けるためにお前が魔族化したという話は聞いている。
最も、この世界について完全に把握出来た訳じゃない。
実の所魔族化というのがどういうものかはよくは知らないんだがな」
「大したもんじゃないよ……」
「そうか……」
俺達は、のっけから、それもフィリナやヴィリがいる場で普通に俺達の事を話した。
それは逆に、石神の情報収集能力が高い事を指す。
フィリナに関しては俺について粗方の事を知っているのだし、ヴィリもフィリナから間接的に覘いている。
しかし、その事を口外した事はなかったはずだ、しかし、それを知っている。
どれほどの諜報網を持っているのか空恐ろしいほどだ。
「つまり、私達は魔王が自らの後継者として異世界から召喚するべく放った魔法に呼ばれたという事か」
「正確には便乗した4者の魔法と合わせて5つの魔法が同時に俺達を呼び寄せたという事だな」
「どちらにしても迷惑はなは出しいが、帰還の手段についてはお前は分かっているのか?」
「一応は。魔王になれば不可能じゃなくなるだろうって程度だがな」
「ふむ……」
石神はその言葉を聞いて考え込む。
何かを俺に言うべきか迷っているような感じだった。
しかし、一呼吸ついてから石神は言う。
「私が契約したアルウラネも恐らく同じような事を考えているだろう。
ただこちらの条件も甘くはないがな……」
そうして石神が語ったのは。
魔族と人族の戦争を回避する事、中立派に属する貴族であるアルウラネからの依頼らしい。
小規模な小競り合いならば今までも何度か起こって来ているが全面戦争となると話は別だ。
今回、魔族側は魔王を殺されたことへの復讐を叫び人族を大陸から追い出すべく全面戦争を仕掛ける腹らしい。
軍勢が動き出すまで後2カ月程度、それまでの間に石神は第三勢力を作り上げ3すくみにしてしまいたいと考えている。
そのための地盤がムハーマドラでありメセドナ共和国という事なのだそうだ。
「ただ、俺もお前もこの世界でしがらみを持ち過ぎてしまっている。
いざ帰れる事になったとして、一気に帰る事が出来るのか、その点は心配だな」
「それは……そうだな……」
俺なんか魔族化している、向こうの世界に戻っても大丈夫なのかどうかすら……。
実際、俺は魔族化についてそれを穂詳しく分かっている訳ではない。
歴代魔王の記憶も戦闘に関する事以外はさほど残っているわけでもないからだ。
そんなこんなと話しているうちに、石神の休憩時間は終わってしまい、また明日尋ねる事にした。
しかし、ややこしい事態になってしまったものだと俺は……。
これから先の事を思い、しかし、考えるのをやめた。