帝国から西へ数百キロほど向かった所にある城。
人ならば踏み入れないような峻厳な山の上に立つ巨大な城。
周囲には魔物が飛び交い、雷雲が常にその城の全容を覆い隠している。
そこは、魔王領でナンバーツーの地位を持ち、当然その力も兼ね備えた魔族の中の魔族。
魔界軍師ゾーグ・ガルジット・ダルナークの居城である。
石神からは紫禿げと呼ばれた彼は、しかし紫であるだけでなく、額には第三の目が開き、腕が4本ある。
角も4本出ていたり、人型に近くこそあるが、明らかに別物の姿をしている。
彼は居城の玉座に腰かけ目の前を睨んでいる、視線の先には段差を挟んで下に黒い鎧に身を包んだ巨漢の騎士がいる。
騎士は畏まって片膝をつき、沙汰をまっていた。
「戻ったか、黒騎士よ」
『はは……ッ』
「しかし、あれが壊滅するとはな……」
『面目次第もありませぬ』
そう、今回聞いたのは手駒の一つが壊滅したという話だった。
基本的に黒騎士に任せていたので自分の関与はさほどでもない。
しかし、今まで6色の魔物のうち金色、黄銅、青銅、灰鉄の4種の魔物を集めていただけに手痛い失態でもあった。
後2種集めきれば封印を破りアレから無限の力を引き出せたものをという思いは強い。
ゾーグは自らを強化する事を急いでいた、魔族にとって最終的には力こそ正義。
今でこそ、魔王の娘に四魔将筆頭を譲ってはいるが、何れは逆転し、次代の魔王となる事を考えている。
だがもし、今回の出征で魔王の娘が手柄をあげてしまうと彼は一歩も二歩も魔王への差をつけられる事となる。
だから彼は人族との全面戦争が始まる前に自らを強化したいと考えていた。
「まだ足りぬ、足りぬのだ黒騎士よ。この失態どう償うつもりだ?」
『ご心配には及びません、魔血の力を欲する者どもはいくらでもおります。
既にある程度の人数は確保し我が下僕として使えるところまで来ております』
「ふふっ、お前にとっては都合のよい話だな。
血を受け入れれば貴様に操られるというにな……」
『私にとっては力の源、彼奴等の絶望がより私の力となるででしょう』
黒騎士を使って魔血の中毒者を作り、操り人形として使う計画。
ついこの間までは旨く行っていたのだ、彼ら自身は操られている自覚はない。
しかし、戦争を起こした場合疲弊した帝国に井の一番に攻め込むだろう魔族の事を考えれば誰が得するのかは丸わかりだ。
つまり、彼らは知らず知らず魔族の先兵として働いていたという事だ。
『迫害され自らを放棄する弱き者どものお陰で兵士は作り放題となっております』
「ふむ……では、こちらも少し準備しておくとしようか……」
『それで……我らはどちらを優先すればよろしいのでしょうか?
戦争の準備も怠りなく進めておりますが……』
「白銀、青銀の魔物を早急に確保せよ。あれこそ我が魔王となるために最も必要な力故な。
それに表向きの意味としても、ラドヴェイドの小娘に急かされておる。一刻の猶予もならぬぞ!」
『ははっ!』
黒騎士は片膝をついたまま深々と頭を下げ、そして立ち上がると踵を返して謁見の間から出ていく。
この場には彼以外にも20以上の力持つ魔族がいる。
それぞれ、ゾーグの手駒であるが、黒騎士はある意味例外であった。
特別目をかけられているという意味でもあるが、同時に危険視もされている。
人を誑かす力を持つ黒騎士が造反した場合厄介であると判断されているためだ。
しかし、同時に黒騎士は知っていた、たとえその力を使ってもゾーグとの圧倒的な力の差は覆らないだろうことを……。
あれから石神と暫く話をし、ある程度の方針を話し合った。
なんだかんだいって、俺も石神もしがらみが多いので、全てを語る事は出来なかったが。
最終目的は全員が揃って元の世界に帰る事。
恐らくそれについては、全員が同じ意見となるだろう事はわかっていた。
少なくとも、みーちゃんの方の意見は既に確認しているし、
元の世界でアイドルをしていたりのっちや、ハーレムメンバーを待たせているてらちんが帰りたくないとは言わない筈。
後問題になるのは、その手段。
そして、各々を縛り付けているしがらみをなんとかしなければならない。
俺の魔王に関するしがらみは解決してやりたいと俺が思っている事が問題だったりする。
投げ出して元の世界に帰る方法を探すほうが楽なのは間違いないのだ。
俺ですらこうなのだ、皆それぞれ何がしかのしがらみをここ一年で持ったに違いない。
となれば、それぞれ解決していける者は解決し、出来ないものは諦めるようにしていかねばならない。
しかし、俺の問題は明らかに出来ない方に属する問題だ。
だが、解決しない事には帰れそうにない。
頭の痛い話だった。
「さて……」
あれから数日、ようやく体力もほぼ回復し、俺達はまた旅に出る事となった。
あわただしい限りだが、石神の情報を確認しない訳にもいかないだろう。
しかし、隣のフィリナは不機嫌そうだ。
彼女は髪の色と同じサファイヤブルーの瞳を俺に向け、拗ねた感じで俺を見ている。
抜群のスタイルの好さと相まって、実際飛びつきたくなる事がある。
まずいな……本当に早くなんとかしないと……。
「使い魔解除の件、本当に行くつもりですか?」
「ああ。石神が言うんだ。情報源そのものは確かだろう」
「解除したら消えてしまうなんて嫌ですよ」
「それは先に調べるさ。そのまま使う程無謀じゃないつもりだよ」
そう、石神から安全に使い魔を解除出来るかもしれないという呪法に関する情報をもらった。
メセドナ共和国の首都アイヒスバーグ近くに研究所を構える、メヒドという魔法使いが開発したものだという。
マスターと使い魔を切り離す魔法らしいが、あまり使われていないあたり便利ではないのだろう。
とはいえ、こちらとしてはかなり必要性の高いものだ。
多少不便だからと行かない手はない。
因みに、普通の使い魔ならば解除するのは簡単だ、魔力の供給を切り離すだけでいい。
繋がりを切れば自動的に関係が清算できることになる。
しかし、俺達の場合それをするとフィリナをまた殺してしまう事になる。
魔力供給がなければ死んでしまうのは元が死体だったのだから仕方ないともいえる。
だが、現在生命活動をしているのも事実なので、魔力供給がなくても生命維持がなされれば問題ない事になる。
もっと端的に言えば、生命活動を魔力で行っているのがフィリナの現状なのだ。
魔力供給が断たれれば生命活動はふたたび停止する。
だがもし、生前のように魔力を自分で生成できたとしたら?
そこで今のメヒドという魔法使いの研究だ、使い魔というのは基本的に魔力を自分で生産できない。
しかし、その解除法ならば解除と同時に、使い魔の状態をマスターの魔力によって活性化させる事が出来るそうだ。
普通に考えれば使い道の少ない魔法だが、彼は倒れていた犬を元気な状態にして解放したらしい。
回復魔法とはまた違った回復を目的としているようだ。
「メヒドというじいさんが悪い奴には思えないんだがな……」
「本当にそう思っているならマスターは甘いです」
「ん? まるでメヒドに会った事があるような言い回しだな」
「それは……」
「おー、もう出発かの?」
「ヴィリも来るのか?」
「うむ、あの爺さんは面白いのじゃ!」
「面白い……やっぱり会った事があるのか」
「うむ、何と言うか……変な奴じゃったのう……」
見た目通りの子供っぽい仕草で喜色を表すヴィリ。
年上だと分かっていても、思わず微笑ましくなる。
しかし……、ヴィリに変な奴呼ばわりされるじいさん……。
何者なんだ一体……。
一筋縄じゃ行かなさそうだという事だけは、俺も心に刻んだ。
まあ、やるべきことは変わらないんだが。
石神には石神の、俺には俺のやるべき事がある。
互いにサポート出来る事はしていくが、今の状態で手を取り合う事は難しい。
あいつは、魔王領でも人族領でもない第三勢力を作る事で天下三分の計のようなことを狙っている。
しかし、幾ら勢力を大きくしているとはいえ、まだ国と言えるほどのものではない。
この先、色々と難しい局面も出てくるだろう。
その時、俺が協力できればとは思うが。
その前に俺には魔王になる必要も出てくるわけだ。
互いにやるべきことのハードルばかり高いようだ……。
「しかしまあ、手形まで用意してくれるとはな。さすが石神というか」
「コンプレックスになるのも仕方ないですね」
「なるほどつまり石神はピーが大きいわけじゃな?」
「比べ物にならないでしょう。マツタケとシメジくらいに」
「いや、この世界にはどっちもないよね!? 無理に俺に分かりやすくしなくても!?」
「さあ、関所が見えてきましたよ」
「スルーされた!?」
結論から言えば関所は簡単に抜けることができた。
この国に対する石神の浸透ぶりがよくわかる結果となっている。
はっきり言ってこの差は大きいな……。
一年の間で俺ができたこと……一体何があっただろう……。
「何でも出来る人を羨ましがってはいけません」
「え?」
「何でも出来る人がなんの犠牲もなしになんでも出来る訳ではないのですから」
「フィリナ?」
「いいですか、なんでも出来る人は満たされない人なのです」
「満たされない人?」
「満足しないから常に体を、心を酷使して完璧であろうとする。
それでも満足しないからもっと上を目指し、もっとあがき続ける」
「それは……俺達も同じなんじゃ?」
「いいえ、マスター。貴方は満足出来る人です。
妥協と言えば聞こえが悪いですが、満足すれば人は満ち足りることができます。
極論、人間は一杯の水にすら満足できる生き物なのですから」
「それは……」
フィリナの言いたいことがなんとなくわかる。
つまり、どこまでもあがき続ける人間は格好いいが、極論止まることが出来ない存在なのだと。
落としどころを見つけて適度に休みながら生きていくという事が大事なのだと。
そうしなければ、燃え尽きるまで進み続けてしまうから……。
それは石神、そして最近の俺に対しても言っているのかもしれない。
「しかし、フィリナの説法らしい説法は初めて聞いたな」
「あら、そうでしたでしょうか?」
「いつもシモネタだからね……」
「私はいつも清く正しいのですが、マスターの影響で……」
「どんな影響だよ!」
「それを私に言わせるなんて、もうキ・チ・ク・なんですね♪」
「いや、俺そんな影響与えてないよね! 俺はそんな性癖ないからね!」
こんな事を言い合いながら関所から出てくれば、それは目を引く。
俺達は関所近くで待ち会う人々に変な目で見られていた。
俺は思わず赤面してさっさと通り過ぎる、フィリナが御満悦なのはもうSッ気があるとしか思えない。
俺はMじゃないけどね!
ともあれ、俺達の手配書が似ても似つかないものだったお陰と、
ヴィリを加えて3人組みになっていたせいで、変な言動の事以外では目立つ事も無く数日旅をする事が出来た。
因みに、現代ではあまり考えられないが、この世界には関所が多数存在する。
貴族間の領土の線引きという意味合いもあるんだが、
はっきり言えば農民を逃がさないためだ、税金が高いからと逃げ出されては貴族の懐が寒くなる。
そうでなくても旅行なんぞあまりする事がない人々だが、村ごと逃げ出すなんて事も昔はあったらしい。
商人や旅人から手形の費用として金を取ったりもするが、実質行き来の激しい場所でもない限り収入は微々たるものだ。
もちろん、関所には犯罪者を通さない意味と、軍事的な砦としての意味もある。
砦としては小さいものが多いため、せいぜい狼煙を上げて敵軍襲来を告げる程度の意味でしかない事が多いが。
「だが、このメセドナは共和制なんだろ? どうして関所があるんだ?」
「マスターの知識で言う完全な共和制ではないという事です。
マスターの世界でも上院(貴族院)と下院に議会が分かれていた時代があったはずですよ」
「それはそうだが……」
「ともあれ、メセドナは王政こそ廃されましたが、まだ貴族の権勢は強く完全な共和とは行かない状況です。
大統領も、有力な貴族から選ばれる場合がほとんどですね」
「なるほど……」
「元”明けの明星”の魔法使い、オーラム・リベネットもそれを憂う一人です」
「え? つまり彼は今議員だと?」
「新聞にも載っていたでしょう。リベネット議員が貴族院に噛みつく記事が」
「あ……なるほど」
「ヴィリちゃんとしても、オーラムはちょっと苦手なのじゃ。魔法使いの癖に妙に熱い男でのう」
「でも確か、あの隠れ家は……」
「うむ、オーラムの持ち物じゃの。最近は立ち寄った形跡も無いが」
ヴィリが少し表情をゆがめている、それだけ苦手としているのだろう。
彼女が苦手というのが結構凄い事なのは間違いない、ただ嫌なだけならヴィリはさっさとその場から離れるだろうからだ。
嫌々ながら言う事を聞かされるから苦手となる、正直想像もできないが。
「そしてもう一つ、メヒド・カッパルオーネ老は魔法使いオーラムの師匠でもあります」
「えっ!?」
「んむ、あのおもろい爺さんの弟子が熱血魔法使いになったのも不思議な事じゃの」
何と言うか、世の中広いようで狭いな……。
もしかして、あの時助けれくれた勇者パーティ全メンバーの素姓が今割れた事になるんじゃないだろうか。
騎士のカール・ソルド・オライオンと魔法使いオーラム・リベネットはあの時以来会っていないが、
その内2人にも会う事になりそうな気がする……。
「見えてきましたよ。あれがメセドナ共和国首都アイヒスバーグ。
魔道都市アイヒスバーグとして有名ですね」
「魔道都市?」
「はい、あれを見てください」
そうしてフィリナが指差したのは、町を覆うように光る巨大な魔法陣だ。
感じる魔力の規模も強大なものだ、あの魔法を維持し続けるだけで個人の魔力なら数秒で枯渇して死ぬ。
ざっと見積もっても、アレの維持には1000GBの魔力を持ったフィリナが常に全力でも足りないだろう。
もっとも、どうやら仕掛けがあるらしいが……。
「はい、あれは街の中に住む人々全員の魔力を少しづつ引き出して維持しています。
この街の人口は10万を軽く超えますから一人当たりの負担はさほどでもないでしょう。
それに緊急用の魔法石も大量に貯蓄しているようですしね」
「なるほど、陣内の人々から魔力を吸い上げて維持しているのか」
「ですからマスターは気をつけてください。現在の状況では私とマスターを繋ぐ魔力も引っ張られるかもしれません」
「そうなのか……」
「まあ微々たるものですから関係はないでしょうが」
だが確かに心構えはしておいた方がいいかもしれない。
あまりにも巨大な建物、町一つがそれで出来ているといっていい。
しかも、その構造を魔法で維持している形跡がある、その上門には巨大なゴーレムを配置していたり。
番兵もいない訳ではないが、威圧感が全然違う。
中では、魔法の絨毯だけじゃなく、エレベーターもどきも見え隠れしている。
街そのものが魔法であふれかえっている、そう言う印象がある。
いろいろな新魔法も作り出されており、メヒド老が作り出した魔法もそういった研究の一環と言えるかもしれない。
ともあれ、俺達はまた通行手形を使い普通に通り抜ける事が出来た。
「内部はさすがに機能的だな……」
そう、この街、どうやら何層にも別れていて、第一層つまり一階部分は商人の街という感じのようだ。
第二層は住宅街、第三層が政治中枢になっていて、第四層に農地があるらしい。
魔法使い達の研究所は至るところに散在しているため、あまりどこということはないようだ。
ただ、さらにその上に上に魔法使い達の最高学府である、魔法評議会の塔が突き出している。
パンフレットに書かれていたのはだいたいこんな所か。
実際見た感じバベルの塔が街の内部に建設されているというか、兎にも角にも巨大すぎるほどに横幅のあるビルだ。
この街そのものが4層構造のビルとその柱のように突き立つ、4つの魔法評議会の塔というあまりにも大きな建造物なのだ。
「始めてみた時は、流石のヴィリちゃんも驚いたのじゃ!
よくこんな大きな建物を建てたものじゃとな」
「そうですね。今でもこの街が崩れたりしないか心配になったりします」
「確かにこりゃ維持が大変だな……」
ビルの内部3層は各50m以上の高さがあり、床というか天井の分厚さも押して知るべしだ。
更に、電気ではなく魔法で内部に明かりを取りこんでいる、日の光は横からしか入らない以上しかたないのだが。
太陽の光を偏光させて内部に取り込んでいるため、日が暮れればよるになる仕組みらしい。
パンフレット、絵と文字を木版にしただけのものだが以外に詳しい事も書いてあるな。
「さて、先ずは宿を決めるか」
「流石に名前は偽名にするしかないですが、多分大丈夫でしょうね」
「石神が別の戸籍を用意してくれたしな」
そう、石神は用意のいい事に俺達の戸籍をもう一つ作ってくれたのだ。
ありがたい話しだが、四条・芯也をもじってヨンシンだそうだ……。
韓国俳優かっての……。
因みにフィリナはファミリーネームのアースティアから取ってアーティという結構いい感じのもじりだったり。
露骨な差別を感じるのは気のせいか……?
因みに、ヴィリはそもそも指名手配されていないので偽名をつかったりもしない。
「んむ、ではあの宿にするのじゃ!」
「えーと、あの宿……”胡桃割り亭”見た感じ普通だけど……」
「あそこは果実酒が旨くての! ヴィリちゃんのお気に入りなのじゃ!」
ヴィリが酒とかいうとつい未成年の飲酒は禁止されていますとか言いたくなるが、
金髪ちみっこエルフは実は100歳を超えている。
未成年どころかおばあちゃんだってなかなか100歳はいかない。
そりゃ酒だって飲むかもしれないな……もっとも体にいいのかと言われると駄目出しはしたくなるが。
「しかし、”明けの明星”のパーティを組んでいた頃行った覚えはありませんが。
ヴィリは何度かきていたのですか?」
「まあの、知り合いもそこそこいるからのー。金をせびりにいっておった!」
「ぶっ!?」
「稼ごうと思えば出来るくせに、怠慢ですね」
「稼げるけど稼がないのがいいのじゃ! これぞ風流という奴よ!」
風流の使い方が間違ってるな、まあヴィリだから仕方ないか。
そんな事を思いつつ”胡桃割り亭”の中に入っていく。
一般的な冒険者の宿と同じように、一階は酒場、二階は宿屋といった感じだ。
因みに、先ほど言った通り一層の内部は50mくらいの高さがある。
よってその気になれば10階建ての建物を建てる事だって不可能じゃない。
まあ、そんな天井すれすれの建物はそう見かけないが。
見た所、エレベーターもどきと魔法評議会の塔、そして柱くらいだ、天井と接しているのは。
エレベーターもどきは柱に設置されているため、柱と塔だけといったほうが早いか。
ともあれ、一階の酒場で一週間もかからずにアイヒスバーグにつけた事を祝いつつ少し遅めの昼食を取った。
「やっぱり上手いのじゃー♪」
「見た感じワインなのか……。だが口当たりが軽いなジュースみたいだ」
「ええ。アルコールの度数が低いんでしょう。きちんと計っていないですが」
「それで、二人とも行った事があるならメヒドさんの家は知っているんだろ?」
「それが……」
「知らんのじゃ! 前はほれ。弟子の様子を見にちょくちょく来てたみたいじゃがの。
こちらから訪ねて行った事はないからの」
「なるほどな」
だとするとオーラム・リベネットさんと先ず会って場所を聞かないといけない。
しかし、確かオーラムさんは議員になっているとの事、そうそう会えるかどうかわからない。
それ以前に酒が入ったまま会いに行くのは失礼だろうしな。
そう言う訳もあって俺は少し散歩に出る事にした。
フィリナにはオーラムさんとの連絡を、ヴィリには情報収集を頼んでおいた。
実際、情報は結構重要だったりする事もあるし、俺は俺で散歩をしつつ情報を集めたいのが本音である。
フィリナからはあまり離れないでと言い含められているが、実際の所数キロ離れた程度で魔力供給が怪しくなる事はない。
だからトラブルを引き起こさないように裏通りを避け散策を開始した。
「流石に首都だけあって人は多いが、活気のほうはムハーマドラに及ばないな。
というか、あっちの熱気が異常なのか……」
とはいえ、町の人々が皆上等な服を着ていたり、旅人との差が如実に分かるのはいかんともしがたい。
どうやら、この街の住人は皆それなりに裕福であるらしい。
首都である故なのか、魔法都市の性質故か。
どちらなのかは分からないが、ただ魔法のアイテムは確かに多く売られている。
といっても、強力な者は少ない、しかし、生活密着型というか結構面白いものが討割れている。
例えば、発火の魔法が仕込まれた棒、一本当たり銅貨1枚。
そこそこ値が張るが魔法使い以外でも焚き火を簡単に起こせるのは強みだろう。
洞くつ探検等ではたいまつに火をともすのにも有効だ。
使い方は簡単、棒の先端部分をパキっと折るだけ。
試してみた所、火がつくまで1、2秒あるようで火傷の心配もないようだった。
他にも、自動食器洗い機のようなものや、洗濯ものを乾かす魔法道具もある。
どこの世界も便利にしたい日用品は同じという事か……。
「こっちはアイスクリームか? かき氷ならともかく、アイスクリームを見るのは久しぶりだな」
後でフィリナ達に買って帰ろうと思いつつ、町の中心のほうへ向かう。
中心に聳え立つのは巨大な柱。
この街そのものを支える、その中でも一番太い大黒柱ということになるだろうか。
重心に柱を置くのは当たり前だが、柱の太さが既に100mくらいあるというのは正直驚きだ。
日本では60階以上の高層ビルがあるが、こんな太さの柱を用意したりはしていない。
ある程度の揺らぎを許容することで柳のように折れにくいビルを作っているからだろう。
そういう部分を廃すれば確かにこんな太さの柱を必要とする事になるだろうな。
まあ、それだけじゃなくて上の重さが半端じゃないって事も大きいんだろうが。
「やっぱり凄まじいな……」
この世界の魔法は確かに凄い、だが、だからこそ文明の程度差が大きくなっているんだろうが。
魔法が発達した所とそうでない所の差が大きいという事だ。
そうして、いろいろ見ながら歩きまわっていると、凄い人ごみにぶち当たった。
人ごみの真ん中には巨大なホログラムというかホロビジョンというか、
恐らく幻覚系か、光学系の魔法で見せているんだろう、TV画面のようなものが映っていた。
『只今より共和国大統領選挙の候補を読み上げます。
共和党より、上院議員、アルマダ・メム・ラトーゼ候補。
保守党より、上院議員、デトランド・ラーダ・バウル候補。
革新党より、上院議員、バルバーナ・モレ・クベル候補。
そして自由党より、下院議員、オーラム・リベネット候補。
以上4名の候補により争われる事が決まりました、皆さまの投票によってこの国の未来が変わります!
国民の皆様こぞって投票をお願いしたします』
「なっ……」
そう、それはファンタジーでは先ずお目にかかる事のない大統領選挙の告知だった……。
それだけでも十分なインパクトだったが、もう一点、こちらの方が俺達には切実な問題だろう。
即ち目的の人物の居場所を知っているはずの元”明けの明星”の魔法使いオーラムさんが立候補しているという点だ。
こんな時期に訪ねて行っても追い返されるだけ、だが俺の場合もあまり時間をかけている場合じゃない。
そう、つまりまた厄介な状況に放り出される予感がひしひしとし始めていた……。