保守党の上院議員デトランド・ラーダ・バウル。
彼が大統領選挙に立候補したのはこれが初めてではない。
保守党というものはその名から連想出来る通り守りの姿勢を表す。
即ち過去の好いものを変える必要はないという思想の集団だ。
その中にあって、党のリーダー的存在となっている男から立候補を推挙されているのだ。
大抵格党派に一人候補が立つ事になるので、どこか慣例じみてもいた。
それもまた保守党としては当たり前の形がある事はいい事であるとするだろう。
革新党などはいろいろと変えるべきだと煩いが、どちらにしろ彼にとってはこの慣例は好いものである。
何故なら今回は大統領選に当選する事になっているからだ。
保守党からの大統領選出率はだいたい4割、残りは共和党に持っていかれる。
しかし、今回はネガティブキャンペーンと各貴族への根回しで勝利している。
そう、立候補者が確定するまで、彼は次の大統領は自分である事を疑っていなかった。
だが問題が起こった……。
それは、下院からの立候補者。
今までも下院から立候補する者はいたが、毎回貴族との力の差(根回し能力の差)を思い知るだけだった。
しかし、今回は違う、魔王を打ち倒した”明けの明星”の魔術師。
ほんの一年前に議員となったばかりの男、オーラム・リベネット。
小柄で見た目もさほど良い訳ではないが、その知名度と論舌能力は飛び抜けている。
そう、ありていに言えば投票権を持つ市民そのものの人気がずば抜けている。
彼ら貴族は市民の票を当地の有力者を通じて買っているのが現状だ。
それで市民から不満が出る事も無い。
理由は簡単だ、国民はそもそも情報が不足しがちだ。
この首都にいる人間ならば魔法ヴィジョンもあるので多少は知っているが、それでも議会そのものは知らない。
内情を知るのは議員だけだ、結果イメージを植え付けたほうが勝つ。
今までは議員同士だったこともあり力関係が如実に票差となる傾向が強かった。
しかし、今回は違う、知名度が高すぎて票操作が難しいのだ。
一応共和制を唄っている以上、国民から強制的に票を出させる訳にはいかない。
少なくともそれが疑われる事になれば他の政党が黙っていない、
特に革新党は大統領を出した事がないため、共和党と保守党の追い落としの機会をうかがっている。
「全く……今回に限って一体どうしたというのだ」
上院議員である彼は当然貴族でもある。
王政を打ち倒したとはいえ、貴族達の力あってこそ、つまり貴族が権勢をふるっているのが現状だ。
そのため、領土の制度も残っており、関所も機能している。
革新党は元々貴族としては階位が低い者の集まりであったためその撤廃を求めてはいた。
しかし、それらを含めても貴族の支配という体制は変わらない。
だが、今回下院から出てきたオーラムという魔法使い崩れはこの国を本気で改革する気でいるようだ。
貴族を排し、国が全てを運営するようにしたいらしい。
デトランドにはそれが分からなかった、彼とて政治家だ己の主義云々は置いて置いて理になるかどうかを考えもする。
しかし、全てが平等になった時の反動がどうなるかは火を見るより明らかだ。
国民の衆愚化、はっきり言えば支配されない国民は増長する。
全てがそうだとは言わないが、己の欲望を抑える必要がなくなるのだ。
現代でも借金を苦に貴族籍を売り渡す人間もいれば、それを買ってお貴族様でございという奴らもいる。
「分からんのか、貴族がいなくなれば取り締まる者もいなくなるというのに……」
貴族が完璧であるとまでは言わない、しかし、一般が皆貴族のようになれば歯止めをかける者がいなくなる。
彼の政治に対する理念は保守、そのため考え方も固い。
しかし、一面として間違っていないのも事実であった。
現代日本のように全てが衆愚化してしまえば自浄作用などはもう追いつかない。
絶対的に権威のある人間がいない状況では、引き締めをするのが非常に難しいのだ。
そんな考えに沈んでいたデトランド大統領候補はノックをされている事に気づく。
「入れ」
その言葉と同時に、秘書の女性が入室し来客を告げる。
デトランドはそれを聞いて客間にいる事を確認、そして自らその場に出向く事とした。
部屋にたどり着いて分かったのは、酷く陰鬱な空気。
正直デトランドは関わりたくないと感じていた、しかし、そうする訳にはいかない事情もある。
そう、オーラム議員を追い落とすための情報を持ってきたという者なのだ。
今のデトランドにとってのどから手が出るほど欲しいものだった。
だから、多少のためらいは心のうちに収め、デトランドは客間に入りその客に挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいました。プラーク・ザンダーソン卿」
「お会いしてくださって、光栄ですよぉー。デトランド卿」
語尾が少しうっとおしい気がしたが、それも抑え込み笑顔を向けるデトランド。
プラーク・サンダーソン。
ほんの半年前までその名はとんと聞いた事がなかった。
サンダーソンといえばラリアの御用商人でもある大商家だが、その後継ぎはソレガンという名だった。
二男の話は聞いた事があっても名前までは覚えていない、それがほとんどの印象だった。
だがここ数カ月、驚くほどの勢いで独立した商船団を率いて自らの商会を開き拡大してきている。
プラーク商会、その商会はしかし、非合法な商品を扱う事が多くアサシンギルドとも繋がりがあるという。
とにかく、暗い噂が目立つ商会だったが噂は噂、今の所違法行為をした証拠はない。
だからこそ、客として迎える事ができたわけだが。
「こちらこそ、たった半年で大きくなったというその手腕聞き及んでおります」
「はははぁー、変な噂ばかりでてねぇー。あまり気にしないでくれると、助かるかなぁー」
「分かりました」
気にするしないよりも、さっさとこの話を終わらせたい。
デトランドは正直目の前の男と長く話していたくないと感じているのだ。
理由はその不気味さにあった、プラークは人を値踏みするような眼でみている。
しかし、それはどの商人でもやっている事、しかし、プラークはもっと暗い目をしている。
そう、心の闇を見透かすような、それでいて何も見ていないような、人の目とは思えない闇。
ひょろっとしてひ弱げな印象だが、纏っている雰囲気はどこか
その闇に突き動かされるように、腹芸などかなぐり捨てて話を進める。
「さて、早速だが彼の情報を持ってきたというのは本当かね?」
「ええ。スクープ。それも大スクープじゃないでしょうかねぇ」
「それは一体何かね?」
「お教えしてもいいのですが……。実はこれ法国に口止めされてましてねぇ」
「法国に……?」
神聖ヴァルテシス法国、法王マレク十世が治める小国だ。
とはいえ、あくまで領土の広さだけを見ればという事になる。
ソール教はこの大陸でもっとも信仰されている宗教だ。
つまり、国民は世界最大の数に上ると言っていいのかもしれない。
実際、国王とてその権威の前に跪くしかない時もある。
何せヴァルテシス法国と敵対する事は、自国の国民を敵に回すに等しいのだから。
「私も法国を敵に回すつもりはない、そんな情報ならば帰ってくれないか」
「そうですかねぇ。別に言った所で罪になる話じゃないし、貴方なら使いどころを弁えているとおもいますがねぇ」
「……それは確実にあれの致命となるのか?」
「社会的信用は失墜するんじゃないですかねぇ」
「……」
つまりプラークが言っているのは、知っても罪になる訳ではないが、法国が隠したがっている情報である事。
そして、それを使えばオーラムの追い落としが可能となる事。
だが当然ながら法国の覚えは悪くなり、大統領に当選した後大変になるだろう事。
それらを合わせて考えれば答えは出る。
「いいだろう、君も今後誰にも口外しない事を約束するのであればその情報買おう」
「口止め料込みで金貨500枚(約5000万円)、よろしいですかなぁ?」
「ああ。わかった」
お金を請求された事でデトラントは返って安心した。
この男に借りを作る事は多少大きく金を払う事よりもずっと怖い事だと本能的に察知したのだろう。
伊達に長い間政界にいたわけではない。
その手の嗅覚は敏感なのだ、とはいえ、プラークの場合見るだけで関らないほうがいいのが分かるのだが。
「頼む」
「はい今すぐお持ちします」
秘書を招き入れ金額を指定して持ってこさせるつもりでいる。
そのほんの数分の間に話しを聞くつもりでいるのだ。
その事はプラークも分かっていた、だからさっさと話し始める。
それを聞いていたデトランドは顔が蒼くなっていくのを感じた。
確かにそれはスクープだろう。
しかし、下手には公開できない。そもそもある程度は自分で探りを入れなければならない。
だが、情報そのものは興味深いのは間違いない。
後は使いどころの問題だと、デトランドはプラークに乗せられている状況に気付きつつもそれ以外はない事を感じていた。
ラリア公国、アーデベル伯爵領カントールの町。
メセドナ共和国の南に位置し、国境を接している領地でもあるアーデベル伯爵領の最も大きな都市カントール。
そこは、一年と数ヶ月前魔王の襲撃により壊滅したラドナの人々を受け入れた結果そこそこ大きな都市となっている。
また、最前線であったラドナの冒険者協会も引っ越しており現在ラリア北部の冒険者の拠点といっていいだろう。
この街の中央にあるのは冒険者協会の支部であるがその規模は大きく5階建ての塔となっており、裏側には公園が存在している。
その公園こそが、シンヤが逃げ出す羽目になったその場所。
ソール神の第三使途が降臨した場所でもある。
また、ここで魔王ラドヴェイドが消滅し、全ての引き金が引かれた場所でもある。
そう、この公園にはいろいろな感情が渦巻いている。
現場にいた者たちのうち主だったものはもういないが、中央部にある砂場に視線を向けてぼぅっと立っている少女がいた。
いや、耳がとんがっている所からハーフエルフと分かる、年齢は見た目通りではないだろう。
瑞々しい緑の髪はしかし、その表情と相まってどこか陰りを感じさせた。
「ふぅ……、分かってた事なのに……」
皮鎧と弓矢を身につけている彼女が冒険者である事は一目でわかる。
しかし、木によりかかって物憂げにそのポニーテールを揺らしている姿はどちらかというと深層の令嬢を思わせる。
あの時、色々な事が起こりすぎた。
絶対にばれてはいけないはずだった彼の正体はあっさり看破され今や国際指名手配の犯罪者。
恐らくはただ、善意で行った事の代償として。
あまりにも重い罪、なにより魔族化という代償が大きすぎた。
本当は彼女、ティアミス・アルディミアも彼を庇ってあげたかった。
共に半年以上も冒険を続けた仲間であったし、仲間内で一番信頼もしていた。
だが、彼女はパーティを取った、理由はいくつかある。
曰く、彼一人のために他のパーティメンバーを危険にさらせない。
曰く、彼女の目的、即ち姉への復讐のためには自らが追われる側になる訳にはいかない。
曰く、彼と共に自分が行っても恐らく役に立てないだろう事。
そう、彼女にはパーティや姉の事以外にもう一つ秘密を抱えていた。
そのせいで、森の中や山の中を行く事がハーフエルフという種族特性からすればありえない事に、苦手なのだ。
それは道なき道を逃げ進むことになるだろうシンヤにとって重荷となる事が分かっていた。
その3つの理由により留まったティアミスだったが、同時に彼を見捨てたという後ろめたさが常に付きまとった。
パーティは維持しているものの、冒険に出る回数は減っている。
もう少し気持ちを整理したかったのだが、落ち着いて考えてみても答えの出るものではなかった。
「どうすれば良かったんだろう……」
それは答えの出ない問い、どちらを選んでも後悔する羽目になった事は間違いないのだから。
ただそう、シンヤと残るパーティ全員、
そして自分の事情まで天秤にかけている時点で彼女の気持ちは明らかだったかもしれない。
ただ、自分ではその気持ちについて自覚していない、それは幸運なのか不幸なのか。
ティアミスがそんなことを考えていると、魔法使いの三角帽子から海賊の帽子にリニューアルしたティスカが現れる。
服装も動きやすい皮鎧を部分的に装着し、後は黒い複にスカートというちょっと変わった感じだ。
その外に黒い外套を着ている、そのせいでひどく海賊っぽさが増していた。
本人は栗毛に少しそばかすの浮いたチャーミングな女の子だ。
12歳になった彼女はティアミスとそう背が変わらないほど伸びていた。
僅か数箇月なのに、成長の速さに驚かされる。
ハーフエルフであるティアミスの成人はまだ20年ほど先のことだけに複雑な気持ちになる。
「ティアねーちゃんどうしたのだ?」
「ん……ああ、ティスカ。試験はどうだった?」
「常識問題はばっちりなのだ!」
「凄いわね、たった2ヶ月ほどでほとんど覚えたの……」
ティスカは早く冒険者になりたがっている。
魔物使いとして孤独に過ごしていた少女、彼女は冒険者パーティ”日ノ本”によって救われた。
正確には常識を教えられた、その事によって彼女は普通に街で生活できるようになった。
中でもシンヤによって初めて自らの過ちに気付いた事から恩義を感じている。
だから、恩人と言っていいシンヤが汚名を着せられたままなのが許せないのだ。
今や友達と言っていい、マーナもまた一年以上前魔王がラドナにやってきた時シンヤによって救われた人間だ。
だからだろうか、ティアミスの決断は今でもティスカとマーナには渋い顔をされる。
最初は泣きつかれ、非難され、それを当然だと受け入れた。
だが今は事情が分かるのか非難はされていない、だがそれもまたティアミスには辛い事ではあった。
「当然なのだ! うちは世界を又にかける冒険者になることにしたのだ!」
「うっ、うん良い事だと思うわ」
「うん! それでシンヤのにーちゃんを探しに行こうな!」
「ええ……」
ティアミスはティスカの気持ちが痛いほどに分かる。
恩人、ティアミスにとってもシンヤはまた恩人であるのだから。
彼がいなければ、何度死んでいた事かわからない。
彼がいなければ、そもそもパーティ”日ノ本”は出来なかっただろう。
どちらの意味でも恩人であることに変わりない。
そんな彼にどれくらい酷い事をしていたのか、自分でもよく知っている。
だから、無邪気なティスカを見ているとティアミスは胸が痛くなった。
そんな時、背後からいきなり声がかけられる。
「久しぶりだな、ティアミスって言ったか?」
「えっ……貴方は……」
「ほとんどシンヤを通じてだったからな。面識はなかったか?」
「いえ、そんなことは……」
彼女の背後から現れたのは、魔王を倒した勇者のパーティ”明の明星”の盗賊、
ロロイ・カーバリオその人だった。
それはティアミスにとっては晴天の霹靂、彼女らには関係のないはずの人物である。
しかし、ティアミスはシンヤを通して彼のことを知っていた。
小柄で目付きが鋭く、何もかもを見透かしているような感じがするとは確かにいいえて妙だとティアミスは思った。
外の免はどこか下卑てすらいるのに、瞳だけは水面のように静謐で吸い込まれそうだった。
だが同時に、ティスカは心の中まで読まれそうで怖いとも思った。
「なら話は早い、実はな。冒険者協会に依頼する仕事があってな」
「冒険者協会ですか?」
「ああ、だがある程度信用できる相手にしか頼めないんだよ。
出来れば知己ならば一番いい、つまり、お前達なら丁度いいだろうとな」
「ですが……」
「もしろん協会に申請してからの話さ。だが先に通達しておいてもいいだろう?」
なし崩し的に話は進んで行き、結局ティアミスは引き受けることになった。
とはいえ、以来内容は隊商の護衛、一度失敗した依頼だ、正確には報酬も出たので失敗ではないが……。
酷い目にあった事はよく覚えている。
もっとも、彼女らはシンヤを失ってよりこっち、大きな事件には巻き込まれていない。
以来内容もほとんどが依頼通りの内情でしかなく、後になって情報が不足していたことが判明することもない。
僅か数ヶ月であったが、彼がトラブルを引き寄せる体質なのではないかと思わなくもなかった。
「それで、どこまで護衛をするのですか?」
それは、チーム”日ノ本”を率いる者として当然の質問。
既に集まってきていた他のメンバー、達には当然それぞれ事情がある。
薬師の老人ニオラド・マルディーン、小柄で線の細い金髪の騎士エイワス・トリニトル。
そして、本日を持って”日ノ本”預りとなる冒険者見習いティスカ・フィモレニール。
前衛と回復が一人づつ欠けた事でパーティとしてのバランスは崩れていたが、幸い一応機能するようにはなっていた。
前衛に騎士、フォローにレンジャー兼精霊使い、魔物使いが魔物を前衛に召喚し、薬士が回復を担当する。
しかし、ニオラドに限って言えばラリアを出る気はないと事前に申告している。
それに、今だティアミスですらランクCだ、国外までは行くことができない。
そういった事情もあり、あまり遠くは難しい。
「メセドナの首都、アイヒスバーグまでだ」
「……それは無理です。私たちはまだランクCの冒険者でしかありませんし……。
それに、ニオラドは国外での仕事はしないと決めています」
「俺はランクAだが、まあこの場合はダメだろうな。
そこで、二人ほど紹介したい冒険者がいる」
「え?」
「久しぶりかしらね?」
「拙僧も久しぶりにお会い出来て嬉しく思います」
それは”箱庭の支配者”の元メンバー。
そう、かつてシンヤとティアミスを見捨てたあのパーティだ。
ティアミスはまだそのことを忘れていないし、当然向こうもそうだろう。
確かに、”箱庭の支配者”は解散した。
それは、シンヤが魔族として追われた直後の事だったはずだ。
リーダーの巨漢の戦士バズ・ドースンは理由も告げず去っていく二人を力づくで止めようとし返り討ちにあったらしい。
その後、バズ・ドースンは酒場でくだを巻くばかりでもう依頼を受けることもせずただ愚痴をこぼしているとか。
そして、その2人が何故か目の前にいる。
一人はアンリンボウ・ホウネン、別の大陸から渡ってきた異教の使徒。
頭を丸めており、服装も神官服ではなく袈裟、身長は160くらいと低く、シンヤと恐らく同じだろう肌の色をしている。
何から何までこの大陸に無い文化の産物であることは間違いないだろう。
目はいつも細められており、口元も微笑みをたたえている、しかし、本当に暖かい心を持っているとは思えない。
最近ランクCに昇格しているがさほど目立った行動はしていない。
一人はヴェスペリーヌ・アンドエア
赤毛で170cmくらい、恐らく二十代前半、スレンダーな体型ながらかなりスタイルがいい。
しかし、服装は野暮ったい魔法使いのローブであり、しかも装飾の類が一切取り外されている。
そしてグルグル眼鏡をしており、杖が魔法使いの杖でなければ残念な美人で終わってしまうだろう。
どちらも、シンヤとティアミスを見捨てる事をなんとも思っていなかった人間であり信用できない。
しかし、ヴェスペリーヌはランクBにまで昇格した凄腕の魔法使いなのは事実だった。
「こいつらを一時的にパーティに入れるというのではダメかな?
彼女はランクBの魔法使いだ、つまり国境を越えられるという事になるだろう?」
「至れり尽くせりですが、何故そこまでして私たちに引き受けさせようとするんですか?」
「お前さん達、もう一度シンヤに会いたくはないか?」
「えっ!?」
「会いたいのだ!!」
ティアミスが居をつかれた瞬間、ティアミスは条件反射のように叫んでいた。
ティアミスも本当はそうであることは、その動揺で誰にでもわかる。
つまり、ティアミスの今までの苦労はある意味、どうしようもない事だったということかもしれない。
そう、単に後悔し続けることしか出来なかったのだから……。
大統領選挙の事を知って大急ぎで”胡桃割り亭”に戻った俺は、再度面食らう事になる。
俺の部屋で待ち構えていたフィリナとヴィリは、パーティドレスに着替えていたからだ。
フィリナは赤い花をあしらった白地のドレス、マリンブルーの髪がよく映える。
後、胸元が少し目の毒……というか目の保養である……。
ヴィリはチャイナドレスっぽい赤いドレスなのだが、見た目がお子様なので露出そのものは子供が無理してる感が否めない。
「今ヴィリちゃんに失礼な事を考えなかったかの?」
「いえ……別に……」
「まあまあ、私の胸元に目が行くのはがっつきすぎですので、控えてくださいね♪」
「御免なさい……」
あれだ……こういうときやっぱり女性は強いね……。
ともあれ、そんなことは関係なく何故ドレスを着ているか、そちらの方が重要だ。
まさかとは思うが……。
「行き成りパーティに出席したりはしないよね……?」
「大丈夫なのじゃ! ヴィリちゃんにどんと任せておくといいのじゃ!」
「私は流石にそのままというのもまずいので、ウィッグと化粧でごまかしますが」
「えーっと……」
「今日の出馬表明の後、パーティがあるんです。参加は自由。
ただし、政治犯やテロリストなどが入り込む可能性があるのでチェックは厳重ですが。
入り込む隙はいくらでもあります」
「気絶させてもいいしの、酒で酔わせるのもありじゃ、何なら女の武器を使ってもいいのじゃぞ!」
ヴィリを見て、女の武器なんてまだ持ってないんじゃないのかと思ったが口には出さなかった。
殺されそうだもんな……。
ともあれ、既にヴィリもフィリナもオーラムさんが大統領選挙に出馬することは分かっているという事だ。
俺だけ情報が遅れているような気がするのは気のせいか?(汗
「兎も角、そんな格好でパーティにはいけませんし、着替えてください!」
「えっ、俺も行くの?」
「か弱い女の子二人だけで行けとでも?」
「か弱い……」
「な・に・か・?」
「いいえ、なんでもないです……」
フィリナのあまりの迫力に俺は思わず引き気味の俺をとっとと脱がせてそのままタキシードに着せ替えていった。
というか、俺を裸にひん剥いたりして……乙女の純情とかはどこにいったんですか!?
「童貞の裸なんて見慣れてますから大丈夫です」
「ぶっ!?」
「私、神官でしたから助産婦の仕事もあったんですよ?」
「俺は赤ちゃんと同じか!!?」
自尊心が激しく揺さぶられる一言に俺はノックダウン寸前だった。
なんというか、フィリナは日に日に乙女度が下がって行く気がするのは気のせいか!?
もう明らかに取り返しのつかないところまで来てますよね!?
俺の明日はどっちだ!?
「しかしちょっとこれ……大仰過ぎないか?」
「何を黄昏ているんですか、本来のイブニング・テイルコートにするところを簡略化してあげてるんですよ?」
「あれは背広の尻尾がバーンと伸びるので面白いのじゃ!」
「いや、その……ありがとうございます......orz」
あれだ、イブニング・テイルコートというのは後ろが二股にわかれて腰の下まで伸びるあれだ。
イギリスの正装なんだが、なんというか……この世界でも同じということなのか?
意味深ではあるんだが、とりあえず流されるしかないか。
普通のタキシードだっただけマシと思うしかない。
腰のしたまでは伸びていないものの、二股に別れてはいたりするが……。
そんなこんなで、俺たちはというか俺は引きずられるままに式典の会場へと向かう事になった……。