大陸の南に位置するラリア公国、その北部にあるアーデベルト伯爵領の中心都市カントール。
そこでは今、犬猿の仲に近い2つのパーティが一つになろうとしていた。
一つはパーティ”日ノ本”ティアミス・アルディミア率いる早期に中堅となったパーティで、
まだ実力のほどは足りているとはいえない。
しかし、結束力という意味では悪くないパーティである。
対して、もう一つのパーティ、いや、元パーティと言ったほうがいいだろう。
”箱庭の支配者”のリーダーを除く2名、アンリンボウ・ホウネンとヴェスペリーヌ・アンドエア。
一人は背の低い、柔和な顔のスキンヘッドと袈裟という変わったいで立ち。
もう一人は女性にしては背が高く、スレンダーな体つきのはずなのだが、野暮ったい黒ローブと瓶底メガネ。
2人を見ただけなら、それほど悪い人間には見えない。
しかし、事実として、パーティを組む前、ティアミスとシンヤが谷底に転がっていくのを見捨てた。
ティアミスも事前にそういうパーティである事は言われていたが、今組むとなるならば話は違う。
「貴方達のした事を私は忘れていないわ」
「でしょうな、しかし、あれは元々”箱庭の支配者”もっとありていに言えばバズ・ドースンのやり方でした。
我々とて、リーダーの言には従いますぞ」
ホウネンはにこやかな顔を崩さずティアミスに反論を述べる。
確かに、その言葉には嘘はないのだろう、しかし、ティアミス達を見捨てる時も胸を痛めたりしていなかったのも事実。
つまりは、ホウネンにしろヴェスペリーヌにしろそういう人種であるという事。
油断出来るものではない。
「それで、貴方達は何故わざわざ私達と組もうと思ったの?
ヴェスペリーヌがいれば、2人でもいけるでしょう?」
「それは、簡単」
ヴェスペリーヌは瓶底眼鏡のつまみを持ちつつ自分達の境遇を語る。
元々口数が多い訳でもない彼女だ、説明は簡潔を極めた。
「魔族に興味がある」
「……どういうこと?」
当然ティアミスはあまりにも解釈の幅がある言葉を理解できず問い返した。
しかし、ヴェスペリーヌはそのまま黙りこむ。
仕方ないのでティアミスはホウネンに水を向けた。
「いやなに、リーヌ……と失礼、ヴェスペリーヌは魔道書、そして私は魔族の調査みたいな事をしてたんですわ。
”箱庭の支配者”をやってたのもそれが理由です。
最も、魔道書は少し前に見つかりましてね、魔物の噂のほうはデマでした」
「それで?」
「元々目的があって組んでいたパーティですし、その目的は果たしました、となればもう所属している必要はないでしょう。
だから”箱庭の支配者”を抜けたわけなんですよ」
2人の言い分は確かに筋が通っていなくもない。
しかし、普通に考えればパーティに対する情や義理に欠け過ぎていた。
それは元リーダーのほうもキレるだろう。
つまり、彼らはそう言う存在なのだ。
「つまり、リーダーのおっちゃんがいらなくなったから捨てたのだ?」
「否定はできませんねー、そういう側面もあるかと」
「側面もなにも、そのものじゃないか!」
赤毛の魔物使いティスカに続いて、金髪の華奢な騎士エイワスも苛立ちの声をあげている。
かく言うティアミスとて彼らを許す気には到底なれない。
「シンヤにーちゃんの敵なのだ!?」
「ううん、状況によってどちらにもなる人達よ」
「うー、それはめんどくさいのだー」
ティスカのあまりにもシンプルな考えに少し気持ちを落ち着かせるティアミス。
だが、リーダーとはいえ独断で動くわけにはいかない。
ティアミスは今話しをするために”桜待ち亭”に来てもらったメンバーに視線を向ける。
薬師にして知恵者でもある老人ニオラド・マルディーン。
金髪小柄な貴族かぶれながら、騎士として十分に働いてくれるエイワス・トリニトル。
そして、新参ながら魔物使いとしての能力は一流である栗毛の少女、ティスカ・フィレモニール。
最後に彼女自身、緑の髪をポニーテールにした中学生程度にしか見えないハーフエルフの女性、ティアミス・アルディミア。
これに、近場限定ではあるものの、力士体型の巨漢、ウアガ・ドルトネンが参加している事もあるが、
基本はこの4人のパーティ編成だ。
しかし、前衛がこなせるシンヤと回復魔法が使えたアルア(フィリナ)が抜けた穴は大きく、
活動規模が低下していたのだが、ホウネンは回復役ながら前衛もこなすし、
強力な魔法使いが入るのは大きい、だが信用できるのかと言えば……。
そこで全員で会議をしたいと、ロロイに申し出た所このような状況になっているわけだ。
「ふむ、それはつまり。
メセドナには行きたいが、あの2人と組むのは気に入らぬというのじゃな?」
「そう言う事……になるのかしら」
「ならば、ワシに言える事は一つだけじゃよ」
「一つ?」
「行くならば、ワシが抜ける事になる」
「あっ……」
そう、ニオラドはあくまでラリア国内限定メンバーなのだ。
つまり、国外に出る今回の依頼では、連れていけない。
普通に老境にある事もあり、体も強くない、それだけが理由という訳でもないのだろうが……。
「私は騎士として姫君を守るのみデスね。だから、貴方達に手は出させないのでそのつもりでいてください」
「へいへい、気をつけますとも」
「問題ない」
エイワスに水を向けられた2人は、相応に返事を返してはいる。
しかし、誠意はと言われると、実際の所あまりあるようには見えない。
国外への遠征となるのだ、心配事を抱えたままで行きたくはないというのが”日ノ本”側の心理だ。
「でも反対はしないのね、皆」
「ボウィもレィディアルアも、私は悪人だと思っていませんからね」
「当たり前なのだ! シンヤにーちゃんはいい奴なのだ!」
「ほっほっほ、まあ行ってくるがいいじゃろ。何事もやらずに後悔するよりやって後悔するほうがよい」
「みんな……」
ティアミスは皆の気持ちが同じ方向を向いていると知りうかつにも涙が出そうになった。
しかし、ここにいるのはパーティメンバーだけではない事を思い出し、堪える。
”箱庭の守護者”の元メンバー以外にも、一般客だっているし、
店主のアコリス・ニールセンや、料理人のフランコ、そして元勇者のパーティメンバーであるロロイ・カーバリオがいる。
ロロイは、アコリスの事をからかっているようでもあったが、油断出来る人間ではない。
ティアミスは心を落ち着けて、声を出す。
「わかったわ、ホウネン、ヴェスペリーヌ、一時的に貴方達をパーティ”日ノ本”に迎えます。
ただし、今後パーティの誰かを見捨てたり、裏切る事があれば……」
「もちろん、分かっておりますとも」
「(コクリ)」
2人の返事は軽い、分かっていた事だが信用には値しないだろう。
だが、必要なものを互いに持つという意味では利用しあえると思っておくしかない。
どちらもシンヤに会う事を考えている事だけは間違いないのだから……。
「さて、話はまとまったか?」
「ええ……」
話がまとまったティアミス達にロロイが話しかけてくる。
ティアミスはカウンター席のほうにいるロロイを向き、先を促す事にした。
「今回俺は依頼を仲介した訳だが、護衛する隊商は彼のものだ」
「えっ」
「久しぶりだな君たち」
やってきたのは、ソレガン・サンダーソン。
金の刺繍の入った服に、金色のマント、両手には全て大きな宝石のはまった指輪をしている。
190cm近い長身で筋骨隆々のくせに、アイシャドウなんかをつけていたりするちょっと勘違いの入った男である。
だが彼は大商人アルバン・サンダーソンの息子であり、サンダーソン商会の跡継ぎでもある。
以前”日ノ本”が依頼を受けた隊商護衛も彼から受けたものだった。
とはいえ、以前失敗した”日ノ本”に頼むのもおかしな話だし、何より……。
「恋敵でもあるロロイの屑野郎に依頼を回すのは業腹なんだがねぇ」
「だから! 俺とアコリスは別にそんな関係じゃねぇっての! 俺はもっと美人がだな!!」
「アタシの目の前でよくそんな事が言えるね」
「ぐぉ!?」
ロロイが弁解を始めた所に、アコリスが足をふみつける。
傍目から見れば痴話喧嘩そのものだ、しかし、本人は自覚していないのかもしれない。
それを見てソレガンは嫉妬の炎を燃やす。
しかし、ソレガンはどうにか踏みとどまった。
「今回の依頼は、彼に対するお礼の意味もあるからね」
「どういう意味ですか?」
「彼が紹介してくれた村、凄く役に立ってくれてるよ。
お陰で何度か親父殿やプラークの悪だくみを潰す事が出来た。
正直、彼らの強引さには愛想が尽きててね」
過去、シンヤが助けた事のある元暗殺者ギルド幹部ルドランの村。
そこは元々国家から諜報事を任された隠れ里であった。
しかし、過去とある魔族の石化能力により村ごと石化。
フィリナの手に寄り石化が解除され、以来ソレガンに仕えるようシンヤ達から言われている。
「あの村のお陰で何度も助かった。そのお礼くらいはしないとね」
それが今回の依頼の正体だと言わんばかりである。
ティアミスはそれを否定する気はないものの、恐らく他にも裏があるのだろうとは読んでいた。
またソレガンもそう臭わせる部分があるのは事実だ。
だが、シンヤに恩を返そうと思っているのも間違いはないようだった。
ティアミスは思った、彼が魔族になってから自分も含め殆どの人間は離れてしまった。
しかし、同時にこれだけの人々がまだ彼の事を仲間だと思っているのだと。
僅か一年ほど一緒にいただけだが、それでも十分なほど皆心を通わせたのだと。
「分かりました、依頼、謹んで受けさせて頂きます。
ですが、ウチのパーティ、ここの所碌な依頼受けていなくて、少しばかり先払いをお願いしてもいいですか?」
「分かった、即金で金貨10枚(約100万円)用意しよう。
それだけあれば十分に準備も出来るだろう?」
「はい、ありがとうございます」
ティアミスはこう言う時でも抜け目がないのだった……。
アルテリア王国、首都アルテリーナス。
大陸東部の大国、アルテリア王国の更に東部にある都である。
人口はざっと30万人はいると言われている。
海辺に近い都市でもあり、農業、漁業共に発達している。
また全体的に肥沃な大地のお陰で、この国は他の国より普通に豊かである。
そのせいで人口もまた多く、人の行き来も激しい。
ただ、農民の比率が他国より高く、また国王を中心とした集権国家であるため、貴族達は領主として配されるのみだ。
商業の発達が他国より遅れており、都市部はともかく山村等になると売買そのものが行われていない事もあった。
ただ、それでも精霊女王の加護のおかげか、森にはいれば木の実が、農業は豊作、漁業も安定していた。
つまり、彼らは焦って物を買わなくても半ば自給自足が成り立っているのである。
そのため、税もさほど重いものはなく、政治体系も緩やかなものが好まれた。
結果として、のんびりした気風の者が多いのがこの国の特徴かもしれない。
もっともあくまで全体的に見ての事であり、個々においては又話は別だ。
その日、王宮にて国王の前に縛られたレイオス王子が連れられてきた。
魔法を阻害する特殊な錠をはめられた彼は、王の前においても畏まる事なく立っている。
それは己が間違った事をしたとは考えていない事の表明であり、捕まっているのは王と敵対する気がない事の証明でもある。
王にとっては、逆にそれが苛立ちの原因となっている事を、レイオスは理解していたが態度は変えない。
暫くすると王は王冠が乗ったその頭をレイオスに向け言葉を紡ぐ。
「レイオスよ、お前は自分が何をしたのか分かっておるのか?」
「ええ、この上も無く」
「あの場にいたものの口を塞ぎどうにか外交問題にはせずに済んだものの、
恐らく今後ソール教団が我が国での権威拡大に走る事は想像に難くあるまい。
精霊信仰の我が国でそれはつまり、自分の首を絞めるに等しい。
お前のせいで、この国は立場を危うくする、その意味を本当にわかっていてやったと?」
「はい」
レイオスの目はこの期に及んでも淀みない、それだけの覚悟を持ってやったのだと言っているのだ。
一人の女のために国を危うくする事を厭わないと。
それは国王を失望させるに十分な言葉であり、明確な国家との敵対宣言と取られても仕方のないものだった。
「私はまだ、貴方から聞いていない事があります国王陛下」
「なんだ……」
「フィリナをラリア公国に送ったのは貴方と精霊女王ですね?」
「知らぬな、そのような事」
「フィリナが死んだのは、ラリア公国のせいだろう、しかし、その原因は貴方達にある。
俺はまだ貴方を許した訳ではない、その事を覚えておいてくださいち・ち・う・え」
「ッ!! もうよい、下がれ!!」
この親子の関係は、フィリナの事があってから王と息子はずっと敵対している。
事実として、フィリナは彼らによって陥れられたのも事実である。
フィリナには内々にレイオスの婚儀が進んでいる事を教え、
同時に上層部にはこのままレイオスとの関係が続く事への危惧を起こすように働きかけた。
逆に、レイオスにはその事を全く伝えず。
フィリナが何故去ったのかすら分からないようにした。
そうする事で互いに忘れられるようにという意図があったのだが、それが逆に裏目に出たのが今回の事情だ。
王子がこうして国王と敵対する限り王権を引き渡す事は出来ないし、またレイオス王子も承知すまい。
それは、国王にとっては王太子が失われると言う事でもあり、王国にとって危機的状況でもある。
だが、今はあくまで王子に落ち着いてもらうしかない。
恋心は人を惑わす。
王家ではそう言う意味での恋愛をする事はあまりない。
しかし、レイオス王子はとある事情により、精霊女王の加護の下、旅に出ることが決まっていた。
そのための旅の仲間を作る事を暗黙の了解として認めたのだ。
子供の頃レイオス王子は色々な場所に向かい友達を作った。
その中の一人がフィリナであり、今は彼の心を占める事になってしまった。
また、精霊女王の近親となる貴族であるベルリンド・サーリウス・エティフラード。
サーリウス侯爵の息女である彼女はレイオス王子に惚れ、またレイオスもまんざらでもないようではあった。
だからこそ、縁談を進めることにしたのだ。
精霊女王の加護が強ければそれだけアルテリア王国は繁栄するのだから。
だが、レイオスは王国の繁栄よりも個人の幸福を取ろうとしている。
それは他ならぬ王家の者には許されぬ事であった。
それゆえ、精霊女王が呼んだという精霊の勇者にレイオス王子の回収を頼んだ。
ベルリンドに恩義を感じているようだった精霊の勇者は二つ返事で引き受け、2度に渡って連れ戻してくれた。
とはいえ、2度目は国際的な軋轢を抱えて戻ってきた訳だが……。
「それにしても、すまなかったな、精霊の勇者よ。嫌な役を押し付けてしまった」
「いえ……僕はやるべき事をやっただけです」
そんな口ぶりとは裏腹に精霊の勇者こと寺島英雄(てらじまひでお)には、苦い顔が浮かんでいる。
実際、自分がやったことが正しいのか図りかねているというのが本音なのだろう。
彼が今いるのは、王の玉座から見て左の下の段、つまり騎士達が並ぶ場所だ。
玉座の左右にはロイヤルガードすなわち近衛兵が詰めており、これらは王党派の貴族の子弟により構成される。
そして、中の段には政治、軍事の権力者、すなわち大臣や将軍達が立つ。
とはいえ、こちらは忙しい身の者も多く全員揃う事はあまりないのだが。
そして、下段には騎士団が控える。
王を守るという意味でも、このような形になるのは当然ではあったが、なかなかに大仰な形ではある。
「本来ならばこのまま、謁見を行うのであるが、精霊の勇者よ、そなたは精霊女王の呼び出しもあろう。
先に退出しても構わぬぞ?」
「御好意ありがたくお受けします陛下。失礼いたしました」
ヒデオはそのまま膝をつき、一礼した後退出する。
大臣達や将軍達の中にはヒデオの事を良く思っていないものも多い。
精霊女王の加護を一身に受けているのが気に入らないのだろう。
実際、この国は女王の加護で運営されている部分もあり、半ば神と呼んでもさしつかえない。
それだけに、近づこうと思う輩は多く、ヒデオに取り入ろうとするものも多い。
だが、大臣や将軍達の半ばは自分たちの地位が犯される可能性を危惧しており、何度か暗殺者等も放たれた。
しかし、隙があるように見えても、感が鋭く、また運良く助けられることなどもあり、全く成果はあがらなかった。
それどころか、やれ暗殺者を逆に味方につけただの、ある有力な貴婦人がバックについただの、
精霊が加護して矢を受けなくなっただの、竜すらも従えただのと排除しようとした者達がバカを見るばかり。
もちろん、本人も抵抗しているのだが、普通ならよほどの者でも死んでいるはずなのに逆に動きづらくなる始末。
つまりは、嫌々ながらも不可侵の姿勢を取るしかないのだ。
そんな事とは露知らず、ヒデオは今日も精霊女王に会いに行く。
毎日会っている訳ではないが、そうしなければ精霊の加護が薄れ、戦いに支障が出るからだ。
もちろん、無くても彼には古流剣術があるため、駄目だというわけではないが、
ヒデオは色々と厄介事に巻き込まれることが多いため用心しないといけないのだ。
「それにしても……」
ふと、城下へ向かう途中にヒデオは考えた。
姉と慕う綾島梨乃(あやじま・りの)と合うことができた、そしてまろとも。
しかし、どちらともまともに話すこともできなかった。
特にまろは魔族として追われる事になってしまった。
いや、あれが本物であるかどうかはわからない。
だが要領の悪いまろの事だ……もしかしたらという事もあるだろう。
そして、姉は少し話すことが出来たものの、すぐさま起こったあの事件で、
彼女の守りが厚くとても近づけない状況になった。
どちらも、自由に動くことが出来ない状況にいることは感じられた。
つまりは、自分がなんとかするしかないのだろう。
それをヒデオは自分に言い聞かせる。
そうして城下を北に向けて歩いていると、花屋が目に止まる。
若い娘が花を一生懸命世話しているのがわかる。
看板娘だろう、彼女がこの店の売上を支えているのは一目瞭然だった。
なにせ、男共が人垣を作っているから。
ヒデオはそれを見て微笑み、人垣の後ろを通過しようとしたが、人垣の向こうから声をかけられる。
「あっ、ヒデオ様!」
「うっ、ああ。リタ、今日も頑張ってるね」
「はい!」
人垣に隠れるように動いていたはずなのだが、リタには何かを感じ取る能力でもあるのかと一瞬訝しむ。
とはいえ、ヒデオにとって女性というのは常に良くわからない存在でもある。
どこか、男友達とワイワイやっている方が好きという子供っぽい部分も存在している。
だが、姉の教えもあり、女性の言うことはできるだけ真剣に聞き、そして叶う限り彼女らの要望を叶える。
そうすることをヒデオは義務としている、もちろん女性達の事をおざなりに思ったことはない。
しかしその分余計気を遣うため、やはり男友達相手のほうが気楽だとも思っている。
「あの、今日はこちらの花がちょうど見頃なんですよ」
「へぇ、かわいい花だね。ピンク色なのが君に似合ってるよ」
「はぅっ! 私! 明日も明後日も綺麗に咲かせていますから……。
その……」
「うん、また見に来るね。でも申し訳ないけど。今日はほら、精霊女王様にお会いしないといけないから」
「あっ、そうなんですか……」
「だからまたね」
「はい! いつでもお待ちしています!」
というか、周りの男達の視線が痛いのでさっさと退散させてください。
と心の中でだけつぶやくヒデオ。
この街道を通るだけで後数回はこういう風にどこかの女性につかまり言い訳をしながら立ち去るのだと思うと心苦しい。
だが、どうしようもない状況にはまりこんでいた。
ヒデオは女の子のピンチに出会いやすく、また、全力で助けるため女の子に惚れられやすい。
それを自覚していないため更に状況が悪化する、気を引こうとする女性の事を気づくことができないのだ。
いや、直接的に告白されたこともあるのだからそれを知らないというわけではない。
そうはいっても、元々ヒデオは好きな女性がいる。
告白を未だにしていないのは、自信がないからであり、そのせいで余計周りに被害を出しているわけだが。
だからといってほかの女性を蔑ろにするつもりもなく、そのため被害が拡大する。
ある意味、悪循環であった。
「さて……結構時間かかっちゃったな……まだ遅刻っていうわけじゃないけど。でも急がないと」
結局10件近くの店で呼び止められ時間を食ってしまった。
半ば仕方ないことと諦めているとはいえ、言い訳にするわけにはいかない。
それは、女性に対して失礼というものだからだ。
首都近郊に、樹木で出来た大きめの塔がある。
精霊の塔というそのまんまなネーミングの塔は、内部に階段のようになった坂がありそこを上がることで最上部に出られる。
最上部には、巨大な水晶が浮いており、精霊の力の結晶として色々な力を発揮することができる。
この塔は王国内に30本以上存在しており、精霊の森から直接力を受けているらしい。
精霊女王は常にそこにいるとされている。
しかし、実際のところは……。
『いらっしゃい坊や、今日は遅かったのね』
「アルテア様……その、水晶の上に座るのはどうかと」
『気にしちゃいけないわよ。それよりも様はいらないって言ったでしょ?』
実際女神もかくやと言わないばかりにその姿は美しい。
どこか憂いを秘めたような瞳と、いたずらっ子のような微笑みをたたえた口元。
ずっと見ていると、魂さえ奪われそうなそんな美しさだ。
だが、ここに居る事自体がおかしいのも事実であった。
まあ、実際実体がない彼女からすればどこにいようと同じことなのだろうが。
問題は、彼女の座り方にあった。
一応彼女は服を着たような姿をしているのだが、水晶の下の位置にいるヒデオからすると丸見えなのだ。
女性にしかついていない部分が、である。
これは明らかに逆セクハラというやつなのだが、それでも許してしまいたくなるのは当然だろう。
森を思わせる透き通るようなグリーンの髪、そして湛える水のような青い瞳、普通の人間は動くこともできないだろう。
それを言う根性のある人間はまずいない。
ヒデオにしても直接それが見えてるからとはいえない始末。
しかし、そのことによってかどうか、元々部屋に控えていたエルフの女性が言葉をつむぐ。
「女王陛下、その姿勢は青年男子には少し刺激が強すぎるかと」
『えー、何よ。貴方はいつも一緒なんだからこれくらいいいじゃない?』
「ちょっ、それとこれとは!」
『ソルディ達はいいじゃない。一緒に冒険できるんだもの』
「あのですね! 私たちは別に、ヒデオにくっつきたくていろいろやっている訳ではないんですよ!」
『本当にー?』
精霊女王は、控えていたエルフの女性、いやハイエルフであるソルディノ・ロセルティスに向かってごねる。
だが事実として、ハイエルフの女性ソルディノや、猫獣人のファルセット、魔法使いのラプリク達は彼に恋をしている。
自覚、無自覚あるだろうが、それが事実であることに間違いはない。
そして、実をいえばヒデオと一緒に冒険をしたいという女性はダース単位で存在する。
現状一番役に立つ位置にいるのが彼女らというだけのことなのだ。
それに、そろそろヒデオもやるべきこと、つまり調和を乱す存在について分かってきていた。
それゆえ、パーティ増員することはほぼ決まっている。
「そんなことより! 陛下が御力を注いで下さらねばいつまでも終わりません!」
『あらあら、そんなに急ぐことないのに。私もあなたも何万年と生きるのですから』
「私たちが長生きでも、その間にヒデオは死んでしまいます!」
『ぷっ、本当に一途ねぇ』
そんな状況でヒデオはひたすら畏まっていた。
経験上口出しすれば全部自分が悪いことになる事はわかっていたからだ。
口出ししなくても同じ結果になることもあるが、幾分かはマシである。
『じゃ、力を注ぐわねーさあ立って』
「はい」
『じゃあ行くわね♪』
「えっ!?」
「あっ!!?」
ヒデオが気がついたときにはもう遅かった。
女王アルテアはヒデオの唇を奪っていた、唇から直接与えられる力はヒデオを高揚させるが、同時に頭も沸騰した。
実体を持たないとはいっても高密度な精霊力の塊であるアルテアはその気になれば触れることもできる。
今までは触れるだけだったのが、茶目っ気なのかもしれない。
だがそれで終わる状況ではなかった、なんとタイミング悪くその場にはラプリクとファルセットがやってきた所だったのだ。
桃色の髪をしたトラジマビキニの猫獣人と、華奢な貴族の魔法使い、
そしてハイエルフの女性が揃って嫉妬の炎をまき散らしている。
いや、それをアルテアは狙っていたのだろう。
「なっ、何をしているんですか!!」
「ニャーッ!?!?」
「滅殺!!」
『きゃー、ヒデオ助けてー♪』
「えっ、あれ!? 一体何でー!?!?」
今日もある意味彼の周りは平和だった……。