あれから、すったもんだの揚句連れてこられたのはパーティ会場。
俺の選挙に対するイメージはせいぜい、投票所と後援会が票数に合わせて花をグラフにつけるのと選挙カーくらいだ。
だが本当は、それ以外にも有力者への顔見せとお願いという結構重要な事項が存在する。
パーティはそういった顔見せの重要な機会なのだ。
まあ、普通なら俺達には関りのない事なんだが、
使い魔の安全な解除法を知るかもしれないメヒド・カッパルオーネ老に会うためには、居場所を知らねばならない。
そして、居場所を知る可能性が一番高いのは、その弟子であるオーラム・リベネットである。
だから元勇者のパーティであるフィリナやヴィリの伝手で会うつもりだったんだが、
オーラムがメセドナ共和国の大統領として立候補したため、滅多な場所では会えなくなった。
だからこそ、この有力者の集まるパーティでの接触という難易度の高いミッションが選択されたわけだ。
「ほらっ、しゃきっとしてくださいよ!
仮にも私達をエスコートしているんですからね!」
「そうなのじゃ! ヴィリちゃんはレディなのじゃから丁重に扱うのじゃぞ!」
「はいはい……」
とまあ、なんだかんだで2人ともはしゃいでいる。
フィリナは赤毛のウィッグと目元のあたりを桃色っぽく染める事で別人を装っている。
だが、あしらった赤い花と白いドレスはアピール万点で、見た事がある人なら疑われるレベルではあるかもしれない。
ヴィリもチャイナドレスは可愛いのだが、アピールしすぎというかなんというか……。
その幼児体型でパンツ見えかねんドレスはどーかと思う。
「おお? ヴィリちゃんのスリットに見とれておるのか?」
「そっ、そんなはずないだろ!」
「否定する所が怪しいのじゃ♪」
「まあ、がっつくのは仕方ないかと思います。マスターは童貞ですから」
「だからって、そこまで飢えてないっての!」
「そうかのぉ、ほり♪」
ヴィリはスリットの前を少しだけ持ち上げてパンツが見えるか見えないかのラインを強調する。
お子様体型とはいえ、確かに侮れない。
美幼女とやらではあるのだろう、しかし、ある意味俺はその辺には耐性がある。
と思ったら、フィリナがかがんで俺を見た。
「何をかがんでいるのですか?」
「えっ、いや俺は別に……」
「ヴィリちゃんの魅力に負けたのじゃ♪ やはり美しいのは罪じゃのう♪」
「ちょ、そうじゃなくて!」
「ふぅ、下品な会話はそれくらいに。もう会場ですよ」
フィリナの諌めの通りパーティ会場のチェック係の所までやってきた。
チェック係は俺達を見て笑顔で対応する。
一応格好は間違っていなかったという事だろう。
だが、俺達は入場券なんて持っていない、この後はヴィリの交渉力次第だろう。
「チケットはお持ちでないのですか?」
「んむ、忘れて来てしもうた。しかし、オーラムにヴィリが来たと言えば分かるはずじゃ」
「オーラム候補にですか?」
「んむ!」
最初笑顔で話していたチェック係も何か胡散臭そうな目で俺達を見ている。
そりゃ最初からチケットなんてないんだし当然と言えば当然だ。
俺達は別段有力者でもなんでもないしな。
というか、この国の人間がいない。
「どうか、よろしくお願いします。
オーラム候補に取り次いでさえ頂ければ、会場内に入れなくても構いませんので」
「……わかりました。
おい、交代してくれ。オーラム候補の所に行ってくる。
ああ、この人達は待機室にいてもらえ」
フィリナの懇願に負けた格好のチェック係はオーラムに確認を取りに行く。
魔法都市だけに、本来なら通信系の魔法でやれるんだろうが、今はパーティ会場にいるのだ。
会場内で客の応対をしていた人間が急にぶつぶつ言いだしたら不気味だろう。
それだけが理由でもないのだが、ともあれ会場内での魔法は禁止されているようだった。
テロの警戒という事だろう、ある種の結界も張られているように感じる。
俺達は、受付の待機室にて待たされた。
体感的に10分ほどの時間が過ぎた頃、さっきのチェック係が戻ってくる。
そして、腰を低くして言った。
「どうぞお入りください。
ただ、オーラム氏は大変忙しい時期であられます。
あまりお時間はとれないかと存じますが、構いませんか?」
「かまわんのじゃ、世間話を抜けば1分で済む用件じゃからの」
「はっ、……はぁ……」
チェック係はなんだかなぁという感じで取りあえず頷くと、俺達を会場内に案内していった。
会場内は、政治家の後援会というよりは貴族の舞踏会を思わせる状態だった。
実際、会場の中央部ではオーケストラの演奏に合わせて社交ダンスを踊っている男女が十数組。
そして、残りは四方に散って談笑しているようだった。
とはいえ、俺は勇者のパーティとしてであった時の魔法使いはローブのフードに顔を隠していたので顔がわからない。
結局、ヴィリとフィリナに探してもらうしかないわけだ。
「おお、流石は悪だくみ大臣の出す料理じゃ! 旨いものばかりじゃのー!」
「えっ、悪だくみ?」
「んむ、あ奴は前々から悪だくみばかり上手くての。渾名が悪だくみ大臣なのじゃ♪」
「……」
「ええ、事実です」
フィリナがそう言う以上本当の事なのだろう。
しかし、こう人が多いと見つけるのも一苦労だな……。
だがまあ、一番人の多いほうに行けばいいんだからある意味楽でもあるかも。
「あっ、あっちで踊っているのは……」
「ほー悪だくみ大臣、いい女を捕まえておるのじゃ!」
踊っていた場所の一角、ひときわ目を引く亜麻色の髪の女性とダンスをしているのがオーラムさんらしい。
30にはまだ届いていないだろう、精悍な顔つきをしている、だからか小柄なのに存在が大きく見える。
ダンスも堂に入ったもので、女性をしっかりリードしている。
考えてみれば、今まで会った人間の誰より貴族的かもしれない。
それはさておき、その後10分くらい踊りつづけたオーラムさんは俺達を見つけていたのか、迷いなくこちらにやってくる。
服装は、黒を基調にしているものの、ローブではなく背広だ、タキシードの一種だろうがあまり見た事のないタイプだ。
髪は茶髪をオールバックになでつけ、少し太めの眉毛を柔和にしようとして出来ていないというか。
普段はかなり真面目な人だろうと想像する事が出来る。
「久しぶりだなヴィリ、それに……。お名前を聞かせてもらっても宜しいかな?」
「んむ、苦しゅうないのじゃ」
「はじめまして、シンと申します。そして、連れのリナです」
「はじめまして」
「そちらの女性は知り合いに似ている気がするのだが?」
「あら、お上手ですね。でも私そういう軽い口説き文句って嫌いなの」
「それは申し訳ない」
オーラムさんは一連の会話で恐らくフィリナだと言う事を確信したのだろう。
目が真剣なものになっている、初めて会う訳じゃないが、やはり俺の事は忘れてしまったらしい。
そのほうがある意味好都合ではあるが。
「ふむ、なかなかの目力、君も私から何かを知りたいを思っている口かね?」
「はい」
「はっはっは、正直で結構。政治屋とやりとりしていると皆本音を口に出さないからね。
意味を読み取るだけでも一苦労なんだよ」
「全く、あんまり時間がないのじゃろ?
ヴィリちゃん達が知りたいのはお主のお師匠の居場所だけじゃ」
「あの偏屈じいさんを尋ねるつもりかい?」
「はい」
「ふむ……」
それっきり、オーラムさんは考え込んでしまった。
大した用件ではないはずなんだが、意外に何か重要な事を師匠と話していたりするのか?
だとしても俺達の用事には関係ないはずなんだが……。
「そうだな、連れの女性をダンスに招待させてくれるなら考えよう」
「リナをですか……」
フィリナと俺の視線が一瞬交錯する、フィリナは一つ頷いた。
相手はフィリナだと分かって誘っている可能性が高い。
ということは、恐らく質問を投げかけてくるのだろう、噂についての真実を知るために。
フィリナはそれも込みで対応してくると言っているのだ。
任せるしかないだろう。
「では、エスコート宜しくお願いしますね」
「美しいマドモアゼルを失望させるような事はしませんとも」
ヴィリは美味しそうな料理のほうへ向かい、俺はいつの間にか一人になる。
だから、料理の皿に適当に盛って角のほうに移動した。
柱に取り付けられた騎士像に剣がついていて邪魔なので一番端まではいけないが、まあどうでもいい話ではある。
そうしていると、ふと気になる存在を見かけた。
小男……、いや、ひょろっとしているので小さく見えるが身長は170近くはある。
だが、目の暗さにゾッとした。
なんというか、殺気を無目的にまき散らしているような、そんな悪寒が走る。
「さっきから見つめて、どうかしたんですかぁ?」
俺の視線に気付いたのだろう、その男は俺に近づいてくる。
目は下から舐め上げるようで、それでいて全てを見下しているような……。
そう、一言で言えば悪意、俺個人に向けられているわけでもない悪意に俺は思わず後ずさりそうになった。
だがどうにか踏みとどまり、男を見据える。
年齢のほどは二十代後半、さっきのオーラムさんよりやや若いだろうか。
服装はかなり金がかかっているが、着られている感が否めない。
どうみても力が強そうには見えない、魔法使いかもしれないが強い魔力を感じるわけではない。
目の前の男は、おそらくだが駆け出し冒険者にすら敵わないはずだ。
しかし、その目と放つ異様な空気に俺は半ば飲まれていた。
「今日は楽しいパーティの日ですよぉ。黄昏ちゃってどうしたんです?」
「パートナーに置いて行かれましてね」
「そうですか、ならちょっと僕とゲームをしませんかぁ?」
「ゲーム、ですか?」
「そうですよぉ、簡単なゲームです」
口元に指を持っていって、内緒という感じで微笑む男。
俺は口調のうざったさと、不気味さに半ば飲まれつつも、どうにか冷静さをとりもどす。
相手はどうやら、何がしかこの会場でやらかすつもりのようだな。
ただのゲームならいいが……。
「実は小耳にはさんだんですがねぇ、この会場に暗殺者が紛れ込んでいるらしいんですよ」
「ッ!?」
「暗殺者が誰も殺せなければ君の勝ち、誰かを殺してしまったら僕の勝ちなんてどうですぅ?」
「まさか……」
「ええ、聞いただけですので、本当かどうかわからないんですけどねぇ」
こいつ……。
一目見て分かった、嘘や冗談じゃないと。
こいつは既に遊び感覚で人を殺している人間だと。
不快さがこみ上げるが、所詮俺だって人殺しではある、心を落ち着かせろ。
この男の不快な遊びを達成させてやる気には絶対にならない。
なんとしても阻止しなくては……。
だがこの男、遊びであるという割には計画的だ。
暗殺者を送ったのが誰かをぼかし、自分に被害が及ばないようにしている。
しかし、何故わざわざそんなことを俺に教えてどうしようというんだ……。
「だ・か・ら・単なるゲームなんですよぉ。
誰かが暗殺を防げば貴方の勝ち、紛れ込んでいなくても貴方の勝ち。
分がいいと思いませんかぁ?」
分がいい……?
命が掛かってるというのに分がいいも糞もない。
しかも、俺が通報する事も封じている、暗殺者がいなければ俺はただの嘘つき男だし、
いても見つけられるような簡単な奴とも限らない。
俺が早々に退場するわけにはいかない。
しかも、問題はまだある。
誰をターゲットにしているか分かればその人に逃げてもらうなり護衛するなり出来るが、
誰だかわからないのならそれもできない。
つまり、俺は闇雲にさがすか、この男から情報を引き出すかしかないわけだ。
俺はその時、心を決めた。
「一つ聞きたいんだが、その暗殺者は一人なのか?」
「ええ、一人でやるつもりのようですねぇ」
これに答えている時点でこいつは真っ黒なんだが、証拠はない。
今はその部分を問いただしても仕方ない。
今ある情報を統合すると、ここは魔法が使えない場所。
だから、魔法を使った暗殺者はいない、結界の力で能力が振るえないから意味がない。
だが、当然武器や毒を使っての暗殺は可能だ。
それに対処するため、武器の携帯は厳重にチェックされるし、護衛の兵士もかなり詰めている。
しかし、毒に対してはどうか?
確かに料理人や運ぶ人間には気を使っているだろう。
紛れ込むのは不可能じゃないにしても、かなり率が低い。
だが、もし会場内に入り込み調味料などをかけるフリをして毒をかけられたら?
対処の仕様もない。
「毒とか怖いですね……」
「怖いですねぇ、でもそれは今は無粋じゃないかなぁ。
それに、ここの結界、毒物や刃物が持ち込まれると警報を出す仕組みがあるらしいですよ」
「無粋、ね」
なるほど、これで毒殺の線は消えたわけだ。
まだ安心出来るわけじゃないが、一番警戒すべきは会場内の客で、殺すさいは相応に動く事はわかる。
そして、殺気があればある程度俺は予測して動けるし、フィリナもヴィリもいる。
しらみつぶしとは言わないが、もう少しこの男から情報を引き出す時間はあるだろう。
刃物に関しては……定義が曖昧だから安心はできないな。
毒物も、単品では毒にならないタイプもありえなくはない、しかし無粋と言ったのだから仕掛けてはこない。
この男が遊んでいる以上は。
絞り込みはこれ以上は難しいかもしれない。
俺は視線でヴィリを探す、ヴィリは相変わらず料理を凄い勢いで食べているが、
俺の雰囲気は察したのだろう一度だけ視線を返してきた。
フィリナのほうもダンス中ながら俺に視線を向けている。
ありがたい話だが、流石に内容までは見てとれないだろう。
「他に質問はあるかいぃ?」
「ならば、もう一つだけ。暗殺者が殺すのはこの会場の人間か?」
「ぷっ、くっくっく。よぉくわかったねぇ。
そう。
会場に紛れ込んでいる暗殺者がこの会場の人間を殺すなんて僕は言ってないものねぇ。
そう、今頃もう会場から離れてるかもしれないねぇ」
「くっ……」
心底面白そうに言う男を殺してやりたいと思ったが、今は会場で騒ぎを起こしている場合じゃない。
それに、この男は今言ってないとしか言っていない。
つまり、暗殺の範囲が広がっただけでどちらか判別は出来ないわけだ。
俺は会場の様子を見渡してみる、違和感はない。
というか、こういうパーティに来た事が少ないからどういうのが正しいのかすらわからない。
しかし、それでも俺は投げ出す事ができない。
この男のゲームで誰かを殺させる訳にはいかないと感じたからだ。
「そういえば、このパーティが終るまで後5曲だねえ。
残り時間はあまりないんじゃないかなー」
クラシックの曲は長いものもあれば短いものもある、一概に長さを考える事は出来ないが、
大抵今のロックポップスよりは長い、10分から曲によっては半時間くらいかかる事もある。
この世界の曲がどういうものか今一理解できていないが一時間くらいはあるとみていいだろう。
ん……待てよ。
暗殺といっても、この男の遊びとしての暗殺なのだ、大物を狙う必要はない。
そもそも政治家にとってその手のスキャンダルは命取りなのだから、
もしも何らかの意図があるのだとしても、パーティ内で死傷者が出るだけでいい。
意図……そういえば、この男がいくらそういう遊びが好きでも何の意図も無く会場入りし暗殺者を放ちはしないだろう。
成功しても失敗しても大々的に報道すればネガティブキャンペーンになる。
とすれば、より派手な演出。
例えばオーケストラが倒れたらどうなる?
音楽は行き成り不協和音になり、会場に来ている人の不安をあおりたてる事が出来るだろう。
俺はオーケストラのメンバーに視線を向ける。
そして、そこには既に影のように近づく特徴のない人物がいた。
「ちぃッ!!」
俺はダッシュでその男に近づく、殺気はまだ放たれていない。
単なるファン等の可能性もなくはないが、その男の特徴の無さが気になった。
こんなパーティ会場に来る人間は多かれ少なかれ何かをアピールしに来るものだ。
オーケストラに近づく男にはそれがないのが逆に目を引いた。
俺は急いで接近すると、オーケストラ団員に向かって懐から何かを取りだそうとした瞬間その手をつかんだ。
「すいません、手渡しはご遠慮願えますか?」
俺がいかにもスタッフ風にそんな事を言ったのに対し、手からこぼれおちたのは大理石だった。
だがその形は剣の形状となっている。
大理石の剣……そういえば、柱に取り付けられている騎士の像にそんなのがついてたような……。
俺はここの護衛をしている兵士にその男を引き渡し一息ついた。
そして、ひょろい男がいた場所を見る、しかし、そこには既に誰もいなかった……。
俺をからかうためだけにこんな事をしたというのだろうか?
あの男とは面識もない、そんな事はないはずなんだが……。
俺は心の奥底にある不安を否定する事しかできなかった。
「マスター、大丈夫ですか?」
「ああ……、それよりダンスはもういいのか?」
「ああ。楽しませてもらったよ。シン君」
「ヴィリちゃんはまだ食べ足りないじゃ」
いつの間にか皆集まっていた。
あの男の事は恐らく全員が感付いていただろう。
俺は一安心したと同時に、肩の力が抜けた。
あの男があまりに幽鬼じみていて人に言えなかったという事もあるが。
「それでは、途中で抜けるのは申し訳ないですがそろそろ行かせてもらいます」
「ああ、あの爺さんの土産話を楽しみにしておくよ」
オーラム・リベネットさんとの最初の会見はこの程度のものだった。
苦労が報われたのかかどうなのか、取りあえずフィリナが居所を聞いてくれたらしい。
結論から言うと、この街の第四層、200mの上空に研究所を構えているそうだ。
上の層に行くにはそれなりに面倒な手続きが必要だそうだが、オーラムさんの顔である程度は何とかしてくれるとの事だった。
少し回り道をしたものの、フィリナに対する責任を果たす事が出来るというのは嬉しい事だ。
俺には今幾つも肩の荷を抱えている状態だ、一つでも減れば随分楽になりそうに思う。
特に、フィリナに関しては今、命すら俺の責任になっているのだから。
「さて、行きますか」
「おーなのじゃ!」
「本当に……行くんですか?」
「……フィリナを一刻も早く魔族の楔から放ってあげたいしね」
「そう……ですよね……」
柱のエレベーターに乗り込むフィリナはどこか悲しげで……。
俺は声をかけようとして、一体何が問題なのか分からず口を閉じた……。
同じ第一層の裏路地、先ほどシンヤとゲームをしていたひょろっとした男は背筋を猫背風に曲げると一息つく。
そして、顔から何かをはぎ取り病的な色合いを持つ元の顔を露出させた。
そう、わざわざ変装していたのだこの男は。
それも、あの中に面識のある人間がいないと知っていてだった。
余ほど用心深いのか、それとも単なる趣味なのか。
ただ、目を見ればその暗さがわかってしまう、それくらいにこの男はまともではなかった。
「サーティーン、いるか?」
「ははっ、控えております」
「あの場に放った奴はフォーティフォー(44)で間違いないな?」
「はい」
「なるほど。下位とはいえダブルナンバーをものともしないとは。
計画を多少変更する必要があるかもしれないな」
男は考え込む、幸いにして人どおりのない場所だからよかったものの、
その姿を見れば誰もがゾッとしたろう。
中には逃げ出す者もいるかもしれない。
何も期待せず、何物にも縛られない、それはある意味深すぎる意味を持って他者を威圧する。
「サーティーン君の見たてではどうだい彼らは?」
「我らにはプラーク殿が何故彼らにそこまで興味を示すのかわかりません」
「興味、興味ねぇ。まあ彼らの正体については調査しているうちに分かった事だけどさ。
似てるんだよよぉ、彼は」
「は?」
「僕と彼は良く似ているんだよぉ。話し方とか物腰とかじゃなく、恐らく孤独と絶望を知っている目をしていた」
「そう……なのですか?」
「ああ、だけどねぇ。今の彼はそうじゃない。
なんだろうなぁ。そう言うのって見てるとムカつかない?」
「はぁ……」
プラークのギョロリとした目を向けられてサーティーンは冷汗をたらす。
彼は、暗殺者ギルドの上級幹部である彼から見ても空恐ろしい。
やっている事にみな裏があると言えばいいのか、どこを切ってもプラークには弱点になる心理がない。
体は弱く、戦闘力は低いが、それは護衛の役目であり、また彼らの役目でもある。
逆に精神的には、彼はどこにも聖域が存在しない。
殺す事にも死ぬ事にも躊躇いはなく、ただただ己の欲望に向かって飲み邁進している。
しかも、彼は慢心する事がない、理由は簡単で彼は全く自分を信用していないからだ。
自分が嫌い、家族が嫌い、世界が嫌い、ありとあらゆる事が嫌い。
だから嫌いな何かを陥れる事にの充足を得る事が出来る。
サーティーンから見たプラークとはそういう存在だった。
それゆえ、過去色々な形で行った脅しは全く意味をなさず、今や半ば彼の私兵と言っていい状況になっている。
暗殺者ギルドには、暗殺者ギルドなりの義もあれば仁もあった。
しかし、今やプラークの言う事は半ば絶対と化していた。
カリスマ性? そんなものは存在しない。
だが、得体のしれない恐怖があるのは事実だった。
「心配しなくても、ここで直接事に及んだりはしないさぁ。
そんな事したら、折角頑張った仕込みがおじゃんになってしまうじゃないかぁ。
この国に手を加えるのはこの程度にしておくよ」
「はい、今はまだ雌伏の時であるかと」
「そういえばぁ、あの石神とかいうのが使ったあの兵器なんとか手に入らないかな」
「どうなさるおつもりで?」
「折角だし。やる時は派手にやってみたいかなーってねぇ」
「……分かりました。この国の支部に知らせておきましょう」
「……いや、いいよぉ。親父殿が設計図を手に入れたらしいからねぇ。そちらから奪ったほうが早いかなー」
「ははっ」
サーティーンらが去っていくのを眺め、プラークは怪しくほほ笑む。
そうして、裏街の街道を歩いていると、案の定というかひょロリとして弱そうでいい服を着た男は標的となった。
ほんの半時間もかからない間にチンピラ共に囲まれ殴られ、痣や怪我をいくつも作る。
「へっ、口ほどにもねぇ」
「財布はねぇのか? 金出せばもう許してやらない事も無いぜ」
「いいから身ぐるみはいじまおうぜ!」
「くくっ、くくく……楽しいねぇ」
「なっ!?」
ボロ雑巾のようになっているプラークが、しかし、不気味に笑いながらチンピラ共に近づいてくる。
ボロ雑巾のような服はいつの間にか再生し、青あざや切り傷ばかりだった顔も元に戻る。
プラークは嬉しそうな顔で、チンピラ共に近づいて行くが、チンピラ達は腰でも抜けたのか動けなくなっている。
プラークは懐から懐中時計のようなものを取り出しニタリと笑う。
「時を巻き戻す秘宝、面白いでしょぉ。
君たちにもこの力を分けてあげるよぉ!
きっと楽しい事になるからさ、まぁ遠慮しないで」
そういってチンピラの一人に懐中時計を向ける。
するとそこから光があふれだし、それに当たったチンピラは体がどんど縮んで行く。
10歳くらいにまで若返った所でその男を放置しながら次の相手に行く。
「あの子からもらった年齢君にあげるねぇ」
「やめ、やめろー!!??」
同じく懐中時計を向けた、しかし、放たれた光は今度はギトギトした色合いになっていた。
そして、光を浴びた男はだんだん老いてしわくちゃになっていく。
懐中時計一つで2人は使いものにならなくなり、残りは腰が抜けて動けない。
プラークは至福の笑みを浮かべつつ、残りのチンピラも残らず子供にしたり老人にしたりしていく。
あまりにも行き過ぎで死んでしまったりもしたが、おかまいなしだ。
狂気の笑いを浮かべながら、陥れる愉悦に浸っていたプラークはふぅと一息しその街道を離れる。
いつの間にかチンピラが壊滅しているという事に周りが気付いたのは一日後の事だった。