メヒド・カッパルオーネ老にはその後もいろいろと教えてもらった。
フィリナの体から使途と魔王の力を要領良く抜き取る方法は流石に無かったが、現状維持ならできるとか。
薬に関しては本来、聖なる力に当てられて体のバランスを崩した時に飲むものらしい。
聖なる力といっても、人間は完全な聖なるものではないため、力の受けすぎは良くないらしい。
まあ実際、秩序と戒律のみを頼みに生きるというのも人としては歪んでいると思える。
「フィリナを人に戻す方法は残されていないんですか?」
「ワシがないと言えば諦めるのかの?」
「……少なくともこの街にいる意味はなくなります」
「ふっ、なかなか根性は座っとるようじゃの。
ない、とは言わんよ。
ようは今彼女を満たしている魔力を何か別の魔力で代替してやればいいのじゃ。
じゃがそのためには、強大で純粋な魔力が必要じゃ。
そう、使途や魔王に匹敵するほどのな」
「それは……」
「そう、並大抵のものではない。
もしも、見つけられたとしても利用可能なものかどうかは分からぬしの」
強大な魔力……幾つか心当たりはなくもないが、どれも利用可能とは言い難い。
一番近いのは、金色の魔物等の強大な魔力を持つ魔物だ。
あれらは強大な魔力を持っている、とはいえ、使途の魔力に匹敵するかと言われれば疑問ではあるが。
「まあ、ワシに言える事はここまでじゃ。
それにの、そんなに急いでも今の現状ではどうしようもあるまい。
ゆっくりと情報を集めていくがいい。
この街は情報だけは多いからの、魔法都市というくらいじゃ、魔力に関する文献も多い」
「ありがとうございます!」
しかし、この人も俺が魔族である事を気付いているだろうし、フィリナの事も言わずもがなだろう。
それをあえて口にしないでいてくれたのはうれしい。
魔族がいる事を通報されれば、俺達は逃げるか捕まるかしか道は残されていない。
そして捕まれば人権等無い身、実験体などにされてしまう可能性も割と高い。
この老人には感謝してもし足りないほどだ。
「図書館等も借りる事ができるのでしょうか?」
「ああ、構わん。
北側の支柱塔のほうに連絡しておく、そこに魔法使いの研究等の資料もあるはずじゃ」
「何から何まで、感謝の言葉もありません」
「そう、しゃちほこばるな。
無軌道な情熱は若者の特権じゃよ」
そうして俺達は、暫くこのアイヒスバーグに逗留する事となった。
ただ、最初の数日はよかったものの、段々と図書館に行く事が減った。
理由は大統領選の選挙演説が始まり、アイヒスバーグが未曽有の込み具合に見舞われたからだ。
この世界では、地道に全ての選挙区を回ってアピールするという考え方はない。
基本、有力者と話をつけてその人にその地方の票を取りまとめてもらうという形式だ。
だから、有力者達はこぞって今アイヒスバーグにやってきている。
貴族に大商人、地方領主に町長、村長、そういったそれなりの地位の人間ばかりがどかっと増えることになる。
結果として、護衛や、その家族等も増え、単なる野次馬とか話のタネにという観光客までどっと来る事になる。
観光客が増えればそれ目当ての商売も臨時発生し、結果数万人規模で人が増えることになるのが慣例らしい。
「これは……身動きするのも辛いな……」
「投票は2週間後と聞きます。私達には期限があるわけでもないのですし、暫く待ちますか?」
「うーん……、まあもう少し人が引く時間まで塔に行くのは待つかな」
「なら、出店回りをするのじゃ! 大統領選のお祭り騒ぎに乗じて結構きておるからの!」
「まあ構わないけど……」
そんなヴィリの元気のいい声に負けて、俺達は出店回りをすることになった。
実際、最初に来た時よりかなり人も店も増えている。
出店というか屋台というか、そういう店は街のいたる所に出ていた。
第一層のみなのだろうが、それでも何十件と店が増える様子は壮観なものではある。
まあそのせいで道が余計に込んでいるわけだが。
流石に綿飴やたこ焼きこそなかったが、杏飴のようなものはあったし、お好み焼きのようなものもあった。
逆に俺の知らないような料理もいくつかあった。
焼き肉の串焼きなんていうのもあったりで、割と腹にたまるものもあった。
「まあ安っぽい料理が多かったが、なかなか満足じゃ!」
「何殿様してるんですか貴方は」
「ヴィリちゃんは殿様なのじゃから偉いのじゃ!」
「全くもう……」
「しかし、流石に食べすぎたな。こりゃ夕食はいんないぞ……」
「そうですね、夕食は抜きにしてもいいくらいかと」
「それは駄目じゃ! 三食きちんと食べるのは健康の秘訣じゃぞ!」
「否定はしませんが、暴飲暴食は体調を崩します」
「フィリナは心配性じゃのう。
気にせんでも、お主の場合栄養はほれ、その2つのでっかい所に吸収されるから太る心配はないぞい」
「ちょ! そんな心配はしていません!!」
まあ実際、普段は旅暮らしなのでわりとギリギリの生活だし、食べられる時に食べる癖がついている。
先の心配無く食料が十分以上にあると、つい暴飲暴食になりがちなのは仕方ないとも言えるんだが。
乙女な人々は別の悩みも抱えているようで大変そうだ。
そんなお祭りにちょっと浮かれたような話しを聞いていると、
魔王とか神とかそんな荒唐無稽な事を相手にしているのが信じられなくなる。
もちろん、今まで経験してきた事を嘘という気はない。
というか、この世界の人々とのつながりを簡単に嘘にしてしまいたくはない。
しかし、そんな荒唐無稽と何れは正面から向き合わなくてはならない。
フィリナも、もちろん俺もだ。
今はゆっくりしておいた方がいいのかもしれないな。
そんな事を考えながら歩いていると、割と規模の大きい隊商の一団が街に入ってくる所と出くわした。
隊商の面子を見ていると、どこかで見た事のあるような顔がちらほらと見つかる。
なんだこの隊商は……、ん。
この紋章は確かサンダーソン家の……、となると知った顔がいてもおかしくはないんだな。
今日は珍しい事に会うもんだ。
そんなふうに考えていると、何だかもっと見知った……あれ?
やばいんじゃね?
隠れないと……。
そう考えた時は、もう遅かった……。
「あー、おにいちゃんみっけなのだ!!」
最初に俺の事を見つけたのは、ティスカ・フィレモニールだった。
彼女はいろいろとカンが鋭い、というかかなり動物的だ。
そしてその行動基準も単純明快。
すなわち……。
「皆ー! おにいちゃん見つけたのだー!!」
と言いながら、俺の方に突っ込んで来ていた。
確か、12歳前後だったと思うが、ティスカは外界との関わりを持ち始めてからまだ半年程度。
実質感情表現のほうは幼稚園児とさして変わらないのだろう。
前は昔話の魔女のような格好をしていたが、今は海賊の帽子にマントをしているのでフック船長風味だ。
俺は、逃げなければならないと分かっていたはずなのだが、あまりに無邪気に突っ込んでくる彼女を無碍にできなかった。
「ティスカ……、久しぶり。元気だったか?」
「うん! おにいちゃんも元気そうなのだ!」
「まあな」
俺はティスカの栗毛を撫でてやりながら、しかし、アイヒスバーグからは直ぐにでなければならないと感じていた。
俺達は人でなくなってしまった以上、社会からは本来はじき出されている存在なのだ。
それは理解しているつもりだ。
悲しい事ではあるけれど……。
「マスター……、彼女らに見つかったという事は」
「通報……されても文句はいえないな」
俺はフィリナと逃げ出す算段を始めていた。
彼女らがこの街に来た理由はわからないが、ティアミスの選択が間違っていたとは俺は思っていない。
俺達をパーティから排除しなければ、パーティ全員が魔族に加担したとして処分されていただろう。
少なくとも、冒険者資格は剥奪は確実、それに懲役もついていたかもしれない。
彼女がパーティを守るためにする選択は俺達を切るしかなかった、そしてそれは今も同じはず。
なら、おとなしく捕まる訳にいかない俺たちは逃げるしかないわけだ。
「待ちなさい」
「ッ!?」
ティスカを置いて去ろうと動き始めた俺達を呼び止める声。
それは、懐かしいパーティ”日ノ本”のリーダーの声だ。
そう、ティアミス・アルディミアというハーフエルフの見た目中学生。
今やティスカと身長ではさほど変わらなくなってしまったティスカの成長も早いが、ティアミスのほうも変わらない。
それはともかく、俺はフィリナに目配せを送る。
話くらいはしてもいいと思う。
ティアミスは自分に厳しく他人にも厳しい傾向のある女性だが、信義には厚い。
たもとを分かつ事を名言するために、一度俺に弓を向けたものの、それすらある種の信義だった。
その彼女が呼び止めるのだから、今捕まえるとかそういうのではないのだろう。
とっ、そう思って立ち止まると、ティアミスは走って近づいてきて腕を俺に向けて……。
俺を殴り飛ばした。
「ってぇーッ!?」
「当たり前よッ!
いい!? 私が貴方に対して一番許せない事は、報告の義務を怠る事!
嘘を付いたり、巻き込むまいと黙り込んだり、いろいろやってくれたわね!!」
「ひゃい!?」
「良い! アンタは天才でもなんでもない、ただの凡人に過ぎない!
そんなアンタがおかしな運命に巻き込まれて、それを一人で解決使用っていったって無理に決まってるの!!」
「……はい」
「格好付ける暇があるなら相談なさい!!」
「いや、俺はほらま……」
「それはもういいの!!」
ティアミスは俺の口を塞ぐように頭を両手で抱え込み抱きしめた。
それはつまり、俺が魔族となった事を許すという事なのだろうか……。
彼女の姉が、村を滅ぼしたという復讐の相手が、俺と同じ魔族化した存在だというのに……。
「レィディティアミスを独り占めというのは頂けませんが、
ワターシもボォイのいないパーティは気が抜けた炭酸ジュースのようで困っていた所です」
「相変わらずだなエイワス」
「褒め言葉と受け取っておくよボゥイ」
流石にニオラドは来ていないか……。
ともあれ、つまりは俺は彼らに承認されたということでいいのだろうか。
ティアミスに頭を抱え込まれたままの状態で、俺は知らずに涙を流していた……。
「ティアミスさん……」
「フィリナさん、今まで辛く当たって御免なさい……」
「いえ、それよりも……。
ここは目立ちますし。場所を移しませんか?」
「あっ、そう……そうよね」
ティアミスは恥ずかしげに、というか俺はもっと恥ずかしい大勢だったわけだが。
互いに離れ、居た堪れない感じになりつつも、
とりあえず当面の宿として使っている”胡桃割り亭”に向かおうとする。
しかし、それを遮る人物が2名ばかりいた。
それは……。
「お久しぶりですね。覚えておりますか拙僧を」
「ッ!?」
つるっとした頭に和装と錫杖、つまりは坊主の男。
もう一人は、身長170を超える長身を野暮ったいローブとビンぞこメガネに押し込めた女性。
忘れるはずがない。
自分を見捨てて俺達を命の危険に晒した。
”箱庭の支配者”のパーティ、アンリンボウ・ホウネンとヴェスペリーヌ・アンドエア。
もちろん、あの契約そのものがそういう契約だったことは否定しない。
だから、近づかない限りは俺も忘れることにしていた。
しかし、態々話しかけてくる……いや、そもそもティアミス達と同じ依頼を引き受けて来ている事そのものが。
「俺に何か用か?」
「ええ、貴方達の事が知りたくなりましてね」
「(こくり)」
俺達に興味を持った?
俺は、視線をさまよわせた、するとティアミスと視線があった。
つまり、ティアミスは現状を容認しているということか。
生真面目なティアミスがただそういう状況を受け入れたとも考えにくいので、何か理由があるのだろう。
どちらにしろ、表通りで語る話でもないだろう。
「ならあんた達も”胡桃割り亭”に付いてきてくれ」
「もちろん、私たちも今やパーティ”日ノ本”のメンバーですからね」
「(こくり)」
「ッ!?」
「シンヤッ!」
「あっ……、ああ、済まない」
気になることはあるものの、やはり表通りでする話でもない。
そういうわけで、”胡桃割り亭”の酒場まで案内する。
冒険者の宿というか旅の宿の例に漏れず、一階は食堂兼酒場で、二階より上は宿となっている。
ここに来て俺はふとヴィリがいない事に気づく。
しかし、今までもふっと居なくなる事はあったので、あまり深く考えずに探すのをやめた。
どのみち、目の前の事象を整理し、互いの情報を交換するだけで手一杯になるだろうからだ。
「貴方達は魔王領を抜け、特別自治区からこの国に入って、イシガミという友人の援助を得てここに来たのね?」
「そうなるな。お前たちはソレガンの依頼を受けて隊商の護衛をしてきたんだな?」
「そうよ。国境を越えられるランクの冒険者は私達の中にはいなかった。
そしてロロイ・カーバリオの仲介で2人とパーティを組むことになったの」
「そういうわけですので、よろしくお願いしますね」
「よろしく」
だが俺は差し出された手を取らなかった。
理由は彼らの人間性が信用できないから。
もちろん、全て彼らが悪いというほど俺も子供ではない、しかし、信頼の積み重ねというのは大事なものだ。
「信用するに足るだけの実績をまだアンタ達は見せていない。
最初の行動で印象はマイナス値がついてる、その事は自覚してほしいな」
「これはこれは手厳しい、ならこれからプラスになるように努力しますよ」
「努力する」
信頼していいのかどうかは分からないが、今敵対しない以上この話はここまでとするしかない。
しかし、俺はもう冒険者ではない、だから”日ノ本”のパーティが何をしようと口を出せはしないんだが。
あれだけ派手に除名され、国際指名手配すらかかっている今は、本当にどうしようもなく遠い人となってしまった。
「まあ元々俺の領分じゃない、ティアミスが許可したなら”日ノ本”の総意なんだろう。
しかし、プライベートな事までアンタ達を交えて話す必要はないよな?」
「興味があります。我々はそのために付いてきたと言ってもいい」
「(こくり)」
「ティアミスいいのか?」
「良くはないわ。しかし、こいつらは既にシンヤが魔族であることを知っていてここに来た。
今更通報はしないでしょう。でも……」
「もしもの時は気をつける事です。私達の力は魔族でもそれなりのものだと自負していますので」
ティアミスの言葉を受け取るようにフィリナが口をはさむ。
実際、フィリナは兎も角、俺はそれほどでもないんだがそれを口にしてもこの場合意味はない。
脅しとは昔から自分を大きく見せることに意味がある。
「怖いですね。心配しなくても我々は貴方達の敵になる事はもうありませんよ」
「貴方達は振るいをくぐり抜けた」
「振るいだと?」
「いえいえ、こちらの話でして……」
やはりこいつらは何か目的を持って俺に近づいてきたと見るべきだろう。
魔王に関する何かか、それともフィリナの力に関する事か。
どちらにしろ、知れると不味いのは間違いない。
ならば、その辺はぼかして話していくしかないな。
「ともあれ、俺の目的は今も変わらずフィリナをもとに戻すこと、俺が元いた国に帰ること。
後は頼まれごとが幾つかあるが、俺の考えは変わっていない」
「私のほうも変わっていない。でも貴方の立場は変わってしまった。魔族を冒険者にする事はできないわ」
「ああ……」
それはもうどうしようもない事、偽名や戸籍の偽造なんかで誤魔化せても何れはばれる。
以前情報収集の組織等を作りたいと思ったのも自分を守るためにも必要だと考えた事が大きい。
まあ、それだけの運営能力は俺には無いので、ソレガンに丸投げしてしまったが。
「それで、実際の所どうしようというんだ?」
「シンヤ、貴方依頼人にならない?」
「依頼人?」
「ええ、貴方は今ここにいると言う事は偽名に十分なだけの説得力を持たせるだけのバックがいると言う事」
「否定はしないが……」
「そして、私達は冒険者、貴方のその2つの目的を達成する手伝いが出来るわ」
「依頼料は?」
「高いわよ。どうせ途中で何度も事件に巻き込まれるんでしょうから。
金貨1000枚(約1億円)でも足りるかどうか」
「う”っ……」
これまた否定できない事実だ。
俺は今まで実際どれくらいかわからないほどに事件に巻き込まれてきた。
平和な日本人の考えでつい色々な事に関ってしまうせいなのだろう。
全てがそのせいだ等とは言わないが、見捨てる事が出来たらこんなに事件にかかわってはいない。
「実はね、ソレガン・ヴェン・サンダーソンさんから私達貴方に届けるように言われているお金があるの。
なんでも、諜報組織を丸ごと一つ彼に提供したそうね。
それによる利益がかなりの規模に上っているらしいわ。その利益の1割を譲渡するそうよ」
「それはいったいいかほどで?」
そう言われてティアミスはニヤリと笑う。
エメラルドグリーンのポニーテールがふわりと揺れ、リックから大きな革袋が取り出される。
革袋はずっしりと何かが入っていて、テーブルに置かれたとたん中身が飛び出て来た。
「金貨1000枚、確かに届けたわよ」
「これはどうも」
全く、ティアミスも人が悪いな。
金が足りない事を分かった上で、しかも仕込み積みかよ。
「では、早速冒険者協会に依頼に行ってくるよ。
依頼内容は俺の護衛、及び補佐、報酬は金貨1000枚」
「なかなか大変そうだけど、依頼料はなかなかね」
「はぁ、マスターもですが、ティアミスさんも大概ですね」
フィリナがため息をつく、とはいえそれ以上は何も言わない辺り反対でもないのだろう。
俺達もどこか弛緩した空気が流れたのを感じた。
話しが一段落付いたのを見たティスカが声をあげた。
「お話は終わったのか!? なら祭りの見物に行くのだ!!」
「いや、祭りという訳じゃ……、まあ似たようなものだが……」
「というか、私達は見物の途中だったのですが」
「私達は荷物を置いてこなくちゃならないし、隊商の護衛依頼の報告もまだだしね。
一度冒険者協会に寄ってるわ、シンヤ貴方も依頼をするんだから、後で寄りなさいよ」
「分かってる、夕食の時間までには行くよ」
「ではボゥイまた後であいましょう」
ティアミス達が席を立つ、ティスカだけを預けて事務処理的な事を済ませてしまうつもりなのだろう。
それに合わせて、元”箱庭の支配者”の2人も立ち上がる。
「私共もいくとしますか」
「(ふるふる)」
「へ? あのですね。一応荷物の整理や報酬の分配なんかも……」
「任せた」
「ちょっと、待ちなさい!!」
アンリンボウ・ホウネンを振り切り、ヴェスペリーヌ・アンドエアは一人街中に繰り出して行った。
2人は何か共通の目的の下で動いているのかと思っていたが、意思疎通はあまり上手くいっていないようだ。
まあこのさいその辺は置いておこう、俺達は……、俺とフィリナとティスカはまた大通りへと向かう。
そう言えば、ヴィリは未だに顔を出さない、一体どうしたんだろう?
ティアミス達との和解がなったからか、この時の俺は危機感が低くなっていたのかもしれない……。
あまりにも交錯しすぎた出来事がこの先俺を悩ませることになる……。
路地裏、そう呼んでいい場所はどこの町でもある。
共和国の首都である魔法都市アイヒスバーグでもそれは例外はない。
大きな建物の林立するその隙間、町が崩れ再建が始まっていない部分、ダウンタウンの細い路地など。
そういった路地裏の一つにヴェスペリーヌは入り込んでいた。
そして、ヴェスペリーヌの服装は驚く事にいつもの野暮ったいローブと敏底眼鏡ではない。
日本でよく見かける、白い着物に赤袴のいわゆる巫女装束という奴だ。
そして彼女は建物の上に視線を向け話しかける。
「神子様……」
「その名で呼ぶでないわ!」
呼びかけに答えたのは、10歳前後の耳の長い金髪少女。
そう、元”明けの明星”のハイエルフ、ヴィリナ・ラトゥーリアだった。
彼女がシンヤの下から離れたのは確かにパーティ”日ノ本”が近づいた瞬間だった。
逃げの見切りの鋭いヴィリが、それでも逃げ切れない、ヴェスペリーヌはそれだけのてだれという事だろう。
「お帰り願う事は出来ないのですか?」
「あれから40年もたっておる。その間問題もなかったじゃろ?
別にヴィリちゃん等はいらぬという事じゃ!」
「しかし、大祭も近づいております」
ヴェスペリーヌの言葉に込められた意味をヴィリは読みとって怖気をふるう。
それは、破壊と新生を伴う祭りというにはあまりにあまりなものだ。
熱に浮かされたようなヴェスペリーヌの顔を見て、更にヴィリは苦悩したような表情となる。
「やめよ。ヴィリちゃんは二度とあの大陸には戻らぬ」
「どうしても……ですか?」
「どうしても……じゃ」
「分かりました。今は諦めます。
しかし、貴方は神子様なのです。それはどこに行っても変わる事はない。
その事はお忘れなきよう……」
去っていくヴェスペリーヌを見つつ、ふうとため息をつくヴィリ。
そのまま屋根に寝そべり空を見る。
「厄介な事になったの……。
あ奴ならばと思ったのじゃが……これでは直接導く事は出来ぬか……。
まあ良い、種は既に芽吹きつつある。
後はシンヤ、お主の頑張り次第でこの世界の天秤は移り変わる事になろうよ」
本人はかけらもそんな事を考えていないだろうとは思いつつ、しかし、ヴィリはそう仕向けた事に後悔をしてはいなかった。
あまりにも大きな事をあの頼りないシンヤに任せる事になるかもしれない。
しかし、ヴィリには他の選択肢などなかったし、可能性として一番マシなものでもあった。
「まだ、答えを出すには早すぎるのじゃ。お主ももっとゆっくりする事を覚えねばな……」
ヴィリは空に向かって、まるで友人にでも話しかけるように話し続けた。
それは本当に誰かに話しかけていたのかもしれない。
ただ、分かるのはその友人はヴィリから見てもせかせかしすぎる傾向にある存在だろうと言う事のみだった。
「さて、いつまでもここにいても仕方ない。
少しばかりシンヤにネタばれしておくとするかの。
あ奴の驚く顔は割と楽しいからの、盛大に驚いてもらわねば」
立ちあがった時、彼女は既にいつものヴィリとなっていた。
食わせ者で物おじしなくて、戦いは強いがどことなく愛嬌のある、そんないつもの姿に……。
「そういえば、今日はシモネタやっとらんのー。
今度フィリナと相談して新作を用意せねば、あの皇女様みたいにインパクトで上回られては負けじゃしの。
うむ、そうじゃ。
次のネタは……ふっふっふ……」
その悪だくみを考える姿は、可愛いたくらみとかいうよりも、もう邪悪な何かといったほうがいい。
デフォルトがそれだというのなら、やはりシンヤのトラブルの種の一つなのだろう。
とはいえ、彼女の行動にはシンヤと敵対しようという意図がない。
フィリナと同じである種の親愛表現のようなものだろうか。
もちろん、だから許されるというレベルを超えている事は否定しないが。