魔王城から少し離れた軍事演習場、軍事的連携をなすために、四魔将が使う事の多い演習場。
その広さは平地部分だけで100km四方あり、いろいろな場面を想定した作りになっていた。
その演習場の特殊天幕で今、四魔将のうち3人までもが揃って会議を行っていた。
一人は顔色の悪い、しかし、透き通るほどの美貌を持った男。
即ち四魔将の四、月夜の支配者アルベルト・ハイア・ホーヘンシュタイン。
最強の吸血鬼、銀製武器でも大したダメージにならず、白木の杭でも滅し切ることはできない。
日中も問題なく歩き回ることができるため、弱点と呼べるものがない。
そして、幻術、魅了、身体能力、眷属召喚、魔狼化、霧化、コウモリ化等基本的なものから、
闇系や、氷系の魔法、自身の拡散等、強力な力を幾つも持っている。
千年生きていると言われ、その力の強大さは折り紙つきである。
一人は3mを超える巨体、常時体から熱気を噴射し陽炎を作り出している赤い肌の男。
即ち四魔将の三、烈火の猛将レオン・ザ・バルヒード。
彼は種族的にはファイア・ジャイアントに属する。
しかし、余りに力が強大過ぎ、垂れ流す熱気だけでファイア・ジャイアントの集落を壊滅させた。
だが、その事で魔王ラドヴェイドに見出され、今の地位を得た。
その力は炎であり熱気、彼が本気になったとき、周囲は鉄さえも溶け出す溶鉱炉と化す。
一人は真紅の髪をストレートに垂らした戦女神のごとき美貌の女。
即ち、四魔将の一、魔王の後継者ラスヴェリス・アルテ・カーマイン。
彼女こそ魔王ラドヴェイドの娘、その力は既に魔王に匹敵するとまで言われている。
今回の魔王軍による全面戦争もまた彼女の復讐心によるところが大きい。
その表情は冷徹で、表にこそ出していないものの、彼女がどれくらい父を尊敬していたのかは誰もが知っている。
それ故、魔王軍の士気は高かった。
「アルベルト、軍の召集具合はどうかしら?」
「現在我ら四魔将個別の軍が、各10万で40万。
そして領主軍の半数が揃い現状軍勢は100万近くに膨れあがっている」
「ガッハッハッハ!!
それだけありゃ、人間共を滅ぼしてお釣りが来るな!!」
アルベルトとレオンは対照的な話し方をしているものの、どちらも自信に満ちている。
今集まっている軍勢があれば人族を大陸から追い出す等容易いと。
しかし、ラスヴェリスだけは硬い表情を崩していない。
「敵が人間だけならそれもいいでしょう。
勇者等が使う我々を弱体化させる攻撃を含めても対処出来る範囲だと思います」
「なんでぇ、ビビッてんのか? なんなら俺が行って焼き尽くしてきてやってもいいんだぜ?」
「待ちなさいレオン。
……ラスヴェリスよ。もしやそれは、使徒が介入してくる可能性があるということですか?」
「ええ、それだけではないわ、精霊女王も恐らく出てくるはず。
そうなれば、我々四魔将や貴族達は皆、使徒や精霊女王、それに勇者達の対処に追われる事になります。
つまり……」
「雑魚の相手は雑魚にさせるってことか」
「利に叶ってはいるが……、慎重すぎやしないか?」
「軍隊だけが敵ではない事を理解していますか?」
そう、人族の戦力は軍以外にもいくつかあった。
中でも大きいものは冒険者協会だろう。
他にも、傭兵や、盗賊ギルド、暗殺ギルド等もあり、それらも戦力となる可能性がある。
また、協力関係にある妖精族や一部の獣人族等といった驚異もある。
表だって見える軍勢は確かに100万に足りないだろうが、そう言った見えない伏兵にも対処しなければならない。
200万集めるというのは彼女の考えからしてみればギリギリの数字だった。
「ふむ、つまりラスヴェリス貴方は一度に決着をつけるつもりなのですね」
「ええ、やるからには完全勝利を目指すわ。そのために例の特殊な魔物を集めさせているということでもあるしね」
「巨大な魔力を持つ魔物達……、しかし、我々からすればさほどに必要なほどでは」
「あれは鍵よ」
「鍵?」
「そう、古い文献にしか出てこない。あるものを封じ込めた場所へのね……」
「あるもの?」
「まどろっこしいな。一体何があるってんだ!」
ラスヴェリスは妖艶とも言える微笑みで質問に対する。
それは、明確な拒絶、この秘密を知る者がいてはならないという事実。
だが、あえて鍵という存在を明確にしたのは、彼らを試しているということでもある。
今の現状、ラスヴェリスは魔王の代行として振舞ってはいるが、魔王が誰になるかはまだわからない。
今までのことを考えればふらりとやってきた何者かが魔王となる事も十分考えられた。
魔族は力こそ正義と思っている部分が大きい、そのため、一番大きな力を持つものが魔王となるのだ。
ならば当然のごとく、この情報は全員が喉から手が出るほどに欲しいだろうとラスヴェリスは考える。
だが、だからこそ餌となりうる。
彼女が真に欲するものを見つけるための……。
大統領選挙の時期、俺たちはというか、
今は俺の目的の下で動いてくれる事となっている”日ノ本”メンバーを含む8人の内、
俺と、俺を直接手伝ってくれるフィリナとティアミス、エイワスの3人は、
メヒド・カッパルオーネ老から紹介された図書館で調べものをしている。
もちろん、フィリナを元に戻すため、また俺が魔王としての力をつけるために必要な純粋で巨大な魔力を探す事。
魔王についてのことは、ティアミスにまだ詳しくは話していない。
俺が魔王になるのは、彼女らにとってもマイナスではないはずだが、言えば反対されるだろうから。
ともあれ、それ以外にも、俺が元の人間に戻る方法や、元の世界に戻る方法も一応探していた。
だがまあ、なかなか都合のいい文献はないし、俺の読書の速度は文字を読むのがまだ遅い以上どうしても遅い。
いちいち頭の中で一度日本語に翻訳して考えるため、読書の速度は倍、解らないことがあったりして考えれば3倍。
パラパラで確認しているのにもかかわらず、一冊読み終わる頃には半時間くらいたっていることも多い。
「……くそっ!」
「マスター、図書館内では声を小さくしてください」
「……すまない」
「でも凄いわね、ここの蔵書魔道書が何千刷と置いてある。
歴史書や、学術書、中には小説なんかもあるけど……明らかに門外不出のものも結構あるわ」
「ここは本来魔導士協会に属している学生や研究員しか入れない大図書館ですから。当然でしょうね」
「えっ……そんな所に入っていいの?」
「大魔法使いメヒド・カッパルオーネの威光の御陰でしょう。
彼は未だに評議員達を顎で使える程組織の要でもありますから」
「メヒドさんってそんなに有名なのか?」
「……え?」
「……マスター」
「……ボウィ」
俺は3人から白い目で見られる羽目になった。
どうやら、この世界においてはかなりの有名人らしい。
そりゃまー、魔法使いの最高機関らしい評議会の議長すら呼び捨てなんだからわからなくもないが……。
そうは言っても知らないものは知らない。
一年と少しの間図書館にも何度か行ったし、新聞等も読んだがその名が出たことはない。
「マスター、機神大戦を知っていますか?」
「そう言えば歴史の本にそれっぽい文面があったな……。
確か、50年ほど前にある魔法使いが禁忌を犯して機械の神を作り上げようとしたんだっけか」
「はい、それです。事を収めたのは誰でしょう?」
「暴走した機械の神を白の魔法使いが倒したとしか書かれてなかったな」
「白の魔法使いですか、いいえて妙ですね。彼の得意魔法は白き世界というものらしいと言われています。
もっとも、その50年前の戦い以来その魔法は封印しているらしいですが」
「そうか、機械の神を葬ったのが彼なのか」
「小国が幾つか滅んだくらいの戦いでしたので、その実力は折り紙つきです。
魔導士協会は彼の威光を背景にして大きくなってきた背景もあります」
「なるほど、実質的には最高権力者ということか」
「それも違うのですが……、
ここ数十年彼は研究以外の事は数人弟子を取った程度でまともに政治力を行使した事はありません。
単に興味がないのかもしれないですが」
「兎に角、有名人なんだから覚えておきなさいよ」
「ボウィが恥を書くだけではすまないかもしれまセーン」
「了解したよ」
いやはや、大物が多いなここのところ出会う人たちは。
でもまーそれもある意味当然かもしれないな。
大物に紹介されれば大物に出会うの図とでも言うか……。
世の中コネが大事だなーと実感する瞬間だった。
「さあ、童貞の事は後にして。先に今日はこの図書館の3割まで進めましょう」
「無理に童貞つけんでも!」
「気にするなボウィ。本当にボウィだったというだけの事さ」
「まあ……、その。お大事にね」
「童貞は病気じゃねー!!」
「図書館では静かに」
「グッ」
なんだこの連携……というかティアミスも妙なフォローするくらいなら無視してくれ……。
泣きたくなるから……。
その時、俺は涙目で次の本を手にとった。
「あれ?」
俺は思わず手に取った本を確認する。
神に関する……、魔力の生成……、なんだこれは?
だがこれは、特殊な魔力を作り出す方法も含まれている?
「皆ちょっと見てくれ!」
「何ですか、女性の口説き方でも?」
「押し倒すのは駄目よ犯罪だし」
「レィディの扱いならばワターシに聞けばいい」
「違う! これ……魔力を取り出せないか?」
その時の俺は、確かに目が輝いていただろう。
今までの手探り状態からもう一歩進むことができる、そう確信していた。
だが、それはこの国に未曾有の危機が迫っている事を知らずにいたからだった……。
それは、魔王領の中央に近い巨大な森。
一国まるまる入りそうなほど巨大なその森は、貴族を冠する魔族の体。
あまりにも大きくなりすぎた彼女は自分を動かすこともできなくなった。
しかし同時に己である森の中は彼女の自在であり、その力は四魔将に匹敵すると言われる。
そして、その生命力は貴族達の中でも一二を争うとされている。
つまり、動けないことを除けば魔族でも最強に近いのが彼女だった。
そう、アルウラネという花の名を冠した魔族……。
石神は今、その彼女の伝達手段とでも言えばいいのか、それとも彼女の乙女の表れというべきか。
少し緑色かかっているものの、少女の姿にしか見えない、アルウラネと話をしている。
「今日は貴方が直接来てくださったのですね。石神様」
「途中経過ではあるが、ようやく一段落つきそうなのでな」
最近まで石神がいたのは人族の領土特別自治区とはいえ、魔王領の中央近いこの場所まで短時間で来られる訳はない。
本来、馬で駆けさせても一ヶ月以上かかる。
何せ魔王領を縦断するように巨大な山岳地帯は存在しており、
リスクを無視して山岳を突っ切ろうとすれば徒歩でいくしかない。
大回りでかなり南下すれば迂回できなくもないが、
どちらにしろいくつもの貴族の領土を跨いで行かねばならず、石神を黙って通すような所は少ない。
つまり、アルウラネは石神に特殊な通行法を与えていたという事だった。
「しかし、なるほど。メセドナ共和国ならではですね」
「そうだ、ようは選挙という手段で国家元首は変わる。だから別に殺さずとも元首を挿げ替える事が出来る」
「そうでしょうか? 表向きはそうでも、裏では元々の権力者達が動いているようにも見えますが?」
「それでもだ、他の国と違い、元首をすげ替える事に抵抗の少ないこの国ならば動かしやすい」
そう、石神がメセドナ共和国で地位を得たのは、この大統領選挙に介入するためだった。
メセドナという国を手に入れる事で、魔王領内での名声、そしてアルウラネ達穏健派貴族の協力を取り付ける。
そして、魔王領から貴族領を幾つか合併し、メセドナ共和国と合わせて一つの国とする。
それが石神の考える第三勢力を使っての大陸三分の計の概要である。
もちろん、成功率を問われれば石神の全力を持ってしても半分もないだろう。
それでも石神は着実に成果を重ね続けていた。
「根回しがこれほど役に立つ国も少ないよ。
この国の貴族は長い間国を支配してきたせいで、国民そのものに目がいっていない。
取り纏めをする有力者達の抱き込み工作には余念がないがね」
「では石神さん、貴方はどうするのです?」
ある意味自信すら滲ませている石神に対し、アルウラネは疑問を呈する。
木々の葉と同じ色をした髪を少しいじりながら、エメラルドグリーンの目を向け聞いてくる。
完璧な作戦なのかと?
「もちろん、完璧な作戦等無いし、予備案も幾つか用意している。
ただ、俺が行うのは、今までの稼ぎを使った草の根作戦という奴だ」
「……つまり貴方は今までの選挙というものをひっくり返すつもりなのですね?」
「そうだな、 恐らくはあの国は今回の事で大きく揺れるだろう。
そして、そのタイミングこそが合併のチャンスでもある」
「期待しております」
たった一年と少しでここまでの規模の変革を作り出してしまった石神。
もちろん、頭で考えただけではなく道筋全てを間違えることなくこなしてきた結果である。
しかし、当然ながらそれは彼の才覚やアルウラネのバックアップの力のみでなされたことではない。
つまり、最初の頃この世界の事情を出来るだけ詳細に把握しようとした、その成果という事だ。
この世界の事情に詳しくなければここまでの綿密な作戦を立てる事はできない。
今石神はこの世界の事についてかなりの知識を得ていると言っていい。
だが、だからこそ疑問に思うこともある。
「一つ聞きたいことがあるのだが」
「なんでしょうか?」
「貴方は何故、私に戦争を止める依頼を出したのだ?」
「その理由は以前も申し上げたと思うのですが……」
確かに石神は聞いていた、戦争が起これば、彼女の森にも被害が出る可能性があり、彼女は逃げられないからであると。
しかし、こう言ってばなんだが彼女の力は次元が違う、貴族と呼ばれる魔族達の中でもとびきり強力だ。
人が何万攻めてこようと倒されることはない。
そう、一年の間にアルウラネの強さがよくわかった。
広さにして四国ほどもある広さの森全てが彼女であり、それらは魔力によって守られている。
炎で燃えるような簡単な魔族ではないのだ。
また、森が燃やされたり、破壊されたりしようと、実質彼女は根さえあれば復活できる。
正直彼女を本格的に滅ぼしたければ核兵器クラスの攻撃でも怪しいかもしれない。
そんな彼女が危機に陥るとはとても考えられない。
「貴方にとってその程度の事が危機となるとは思えない」
「納得していただけないというのは悲しいですね……。
貴方はまだ勇者と呼ばれる者たちと会ったことがないから言えるのでしょう」
「勇者?」
「そう、状況を逆転させてしまう力を持った人間です。
他にも、妖精や精霊すらほとんどが私達と敵対しています」
「しかし、それでもやはり決め手にかける」
「……本当に、石神さんは頭のいい方ですね」
「ここまで進めた私が今更方針変更することはない。
貴方も今私を殺すのは得策ではないだろう?
どうしても話すわけには行かないような事なのか?」
暫く難しい顔をしていたアルウラネだったが、その少女の姿に相応しいほどにあどけない感じで微笑む。
それは本当に花が咲いたようと表現してもいいほどに他者を魅了するものであったが、
対話している相手である石神は表情一つ動かすことはなかった。
それを見て、アルウラネは少し笑顔を苦笑の形にし、しかし、そのまま語り始めた。
「いいえ、駄目という訳じゃないです。
ですがそれは、古い……古い友人との約束……。
聞くとなれば長い話をする必要があります。お時間は十分におありですか?」
「今日一日程度ならば」
「では、出来るだけ簡単にお伝えしましょう。
そうですね、先ず最初に我々魔族とこの世界の人族はどうやって生まれたと思います?」
「進化の結果という訳ではなさそうだな……」
「はい、この世界には人族と魔族、それぞれを生み出した神が存在します。
その神の名をソールとデュナと呼びます」
「ソールとデュナ……ソール教団はよく知っているが、デュナという神の名は初耳だな」
「もう存在しない神の名ですから当然です。
はるか昔……一万年以上前に失われてしまったのですから……」
石神は考える、ソール神は人族の神。となれば失われたデュナとは当然魔族の創造神。
ならば、彼ら魔族に宗教らしいものがあまり存在して見えないのもわかる話ではある。
しかし、そうなると当然……。
「貴方は一万年以上生きていると……?」
「それは内緒です」
唇に指を押し当てているものの、目が女性に年齢を聞くとは何事かという感じに険しかった。
頬もぷっくり膨らんでいる。
石神は表情からある程度の事を読み取れるため、ほぼ間違いないのだろうが、
彼自身アルウラネは植物なのだから、自身の中に両方の性を持っているのでは?
と少し疑問に思ったが、表情に出さない程度にとどめておいた。
今考えるべきことでもない。
「話を続けますね。
魔王という制度、実は一万年前に出来たものなのです」
「神の死と同時に?」
「はい、それまでは神がいましたし、
私達魔族のシステムはアリに例えるならば、妖魔、魔獣といった下級は働きアリ。
魔族を名乗る者たちは軍隊アリ、そして私達貴族は女王アリ。
そういうシステムで動いていたのです」
「貴族とされている者たちは元々王であったと?」
「そう表現するのが正しいでしょうね。
つまり、私達も幾つかの国に別れて大陸に点在していたということです」
「なるほど……」
石神は確かに、魔族の社会システムが歪に見える部分がいくつか存在していた。
人間との接触の結果歪んたという考えは間違っていないと石神は感じているが、それだけではないのだとも理解した。
長い間に社会システムが変わるうち、そこからはじき出された種族も多くいるのだろう。
「とりあえず。準備知識として知っておいてください。
私の友人とは、初代の魔王でした」
「初代の……」
「はい、とは言っても。あの当時の私は貴族として生まれたばかり。
一般の魔族よりは多少強かったかもしれませんが、
今領主となっている貴族のレベルから言えば100分の1以下、
いえもっと下、状況によっては魔獣にすら劣る程度でした」
「今からは信じられない話ではあるな」
「私のようなタイプは年月がそのまま強さとなりますから……。
その変わり、あの頃の私は森ではなく一本の小さな木が本体でしたから、鉢植えを持って歩けばどこにでも行けました」
「苗木だったということか」
「そうなりますね。まあ、私のことはこの際どうでもいいのですが……。
初代魔王は女性の方でした。そして、貴方達と同じ世界の人間です」
「同じ世界の人間!? しかし、一万年前となれば我々の世界の文献では……」
「名を四条都とおっしゃいました」
「……何ッ!?」
四条都……、その名を石神は知っている。
もちろん面識はない、それに知っていたのはたまたまだった。
まろの祖母の名だ。
聞くところによると、まろの父親を含む3人の子をなし、30歳の若さで行方不明となったらしい。
「その女性の風体はどんなものだったのだ?」
「そうですね。おぼろげな記憶でしかありませんが、背は今の私とさほど変わらない、黒髪の女性でした」
「……」
姿は芯也から聞いたものとさほど変わらない。
確か、彼女が行方不明になったのはおおよそ50年前。
これが本当ならこの世界と元いた世界は200倍近い時間差が開いている事になる。
しかし、確かめるすべは……。
「その女性はもしや、赤い花の髪飾りをしていなかっただろうか?」
「良くご存じですね。知人なのですか?」
「いや、面識はない。だが……50年前に行方不明になったとされる俺の友人の祖母と同じ名だったのでな」
「なるほど、それはつまり……」
「恐らくは、そう言う事なんだろう」
まろの家に飾ってある、祖父母の記念写真は3つある。
その3つの白黒写真においてまろの祖母は花の髪飾りを常につけていたのだ。
赤だというのは、その写真を見ていた時まろの父親が言っていた事。
また、驚くほど小柄で身長は150に満たなかったであろう事がわかる。
あくまで、それらを総合しても偶然の一致の可能性はなくならないが……。
本当に偶然で起きる確率は無量大数分の1程度だろう。
そう考えるよりは、まだしも納得がいった。
「ならば、私を含めた皆がこの世界に召喚されたのは偶然ではなかったという事か?」
「どうでしょう。私には召喚した先代の魔王ラドヴェイド達の考えまではわかりません。それに……」
「今話している事ではなかったな」
「はい、その初代魔王様と私は一つの約束をしました。
それは、人族と魔族の全面戦争させないでほしいというものです」
確かに、初代魔王が地球の人間だったというなら、魔族と人族の全面戦争を望むはずもない。
その事については、石神も納得がいった。
「なるほどな、だが。神の話題も出したからには意味があるのだろう?」
「そうです。異界から魔族の王を呼び寄せる制度、実はソール神が定めた制度なのです。
私達が無機質群体生命として存在している事を嫌ったのだとも、
神の居なくなった我々が暴走する事を恐れたのだとも言われています」
「魔王が人の神の作り出した存在……」
「ただ、呼び出された魔王達は皆その事に不満がありました。
魔王は貴族よりも更に圧倒的な力を持ち、貴族達を従わせる事ができる。
しかし、同時に強制的に力に支配され、魔族を率いなければならない。
そして、悪の象徴として人間に狩られる運命までも背負っていました」
「人に狩られる……」
「ソールの意を受けた勇者にです」
つまり、魔王と勇者という構図そのものがソール神の仕掛けた茶番だと言う事になる。
魔族は負けた神の作り出した種族であり、今やソールの傀儡のようなものにすぎないという事。
何れは滅ぼされるべき害虫であり、それを一つ所に収めておくための魔王だと言う事だ。
「そうです。全面戦争になれば我々に元から勝ち目などない。
その事を初代、いえ歴代魔王は良く知っていました。
だからこそ、戦いをあまり大きくせずに人族の言う事も或る程度聞きいれていたのです」
「なるほど……つまり、初代魔王との約束というのは……」
「戦争を起こさない事。もう今の魔族達はソール神の圧倒的な力を知るものはほとんどいません。
だから、人族をこの大陸から追い出し、そしてソールとの対決をしようという姿勢を見せるものも多い。
しかし、残念ながら魔王の力にすら勝てるものは殆どいないというのに、神に勝てるのかと言われれば……」
「確かにな……」
勇者と魔王が茶番であったのであれば、勇者のパーティに魔王が破れたのは必然だろう。
そして、現在魔族は敗れるべき戦争へと向けて突き進んでいる事となる。
今回投入される戦力は200万とされている、人族の軍全てを合わせた数字の倍よりも多い。
もしも、これだけの軍勢が破れる事があれば、魔族側は防衛もままならなくなるだろう。
つまり、ここで全面戦争をしないという事は、魔族の生き残り工作として絶対なのだ。
だが、なまじ強大な力を持っているだけに四魔将は聞きいれてはくれまい。
人族との全面戦争を何とか止める必要が出てくる訳だ。
「わかって……頂けましたか?」
「ああ、想像以上に十分な情報をもらった。後はこちらで検討してみよう」
このあまりに大きすぎる茶番を仕掛けた本人であるソール神は一体何がしたかったのか。
石神は新たにそんな疑問が沸いたが、其ればかりはアルウラネが知るはずも無かった。