「で、なにか打開策はありますかシロガネさん?」
咲夜がシロガネに聞く。
「まぁな、あとさん付けやめてくれシロガネでいい。どうにも落ち着かない」
「あ、わかりました」
「とは、いいつつもなんも出てこねーな」
(能力を無効化することもできるがもう少しこの状況を楽しむか……)
そう言ってシロガネは紅魔館の客間の窓から止まった幻想郷をただただ見つめていた。なにひとつ変わらない風景、シロガネは自分の故郷が変わらないことを安堵していた。豊かな自然、飛び交う妖精、少しボロイ神社、人が変わっても歴史は受け継がれ続ける。そういうことなのだろう。
「そうですよね……でも、話し相手がいるだけでもこの世界ではありがたいです」
さわやかな笑顔をシロガネに向けた。シロガネはやや恥ずかしいのを隠し、外を見た。
「オレもここの主には話したいことが腐るほどあるからな、なんとしてでも時間を動かしてもらうぞ」
「お嬢様、レミリア・スカーレットと御面識が?」
咲夜が驚いた表情を見せた。すぐに表情を戻し、シロガネに紅茶を注いだ。
「まぁな、今から……何百年も前だな。アイツらがここに来てすぐのころ館でオレは働いていた。戦役で退職してからは一度も顔を合わせていないけどな」
懐かしそうにシロガネは静かに語った。
「そうでしたか……どおりで知らないわけですよね」
「いいさ、不死のちょっとした利点さ、こうやって出会ったのもなにかの縁だ。あと紅茶、ありがとう」
カップをやや口より高く上げる。
(香りがいいな……アールグレイか、それ以上にお湯の温度もちゃんと適正な温度だ、流石ここのメイド)
「美味い、そういえば紅茶とかは時が止まっても動くんだな」
「ええ、まぁ、でもこうなってはお嬢様に御迷惑が……」
そう言って咲夜は恐縮した。褒められてか少々うれしそうな表情だった。
「時間が止まってたらわからんさ、しかし,暴走しなければ便利な能力だな」
(すまない……ウソをついて、本当はもう打開策が出来ている。オレの力を使えばこんな些細なこと簡単に終わらせられるのにな……)
シロガネは少しうかない表情を浮かべた。
それを察したのか咲夜はトランプを出した。
「ポーカーでもやりませんか?」
「お相手願おう」
慣れた手つきでカードを配る。シャッフルする音が何もない空間に広がった。
シロガネに五枚カードが配られる。
(スペードの6 ダイヤの3と1 クローバーの7と8 か、ついてないな)
「チェンジは何回にしますか?」
それとは裏腹に咲夜は余裕の表情を浮かべていた。
「一回だ」
「かける物はなににしますか?」
「オレが勝ったら、そうだな……膝枕してくれ」
(ちょっとくらい、欲を出してもいいだろう、どうせ勝てなさそうだし、さぁ、能力を無意識に使ってもらおうか)
シロガネは鼻で自分を嘲笑った。
「じゃあ、私が勝ったら、ここのお手伝いとして働いてもらいましょう。人手が足りなくて困ってるのよ」
「おいおい、レートが合わない気がするぞ」
シロガネは苦笑いを浮かべながら言う。
「私の膝枕にしては安い買い物よ?」
「……わかったよ、オレから先に引くぞ」
シロガネはダイアの3と1を捨て、山札からカードを二枚引く。
(よし、スペードの9 クローバーの10 だ、役がそろった、悪いが膝枕は貰った。そしてさようなら止まった時間、こいうのも楽しい物だな、あ、どうせなら魔理沙の胸でも揉んでおけばよかった、残念)
シロガネはポケットにあった平打ちの指輪を咲夜に投げた。
「サイズが合わないからやるよ、ためしにつけてくれ」
静かに頷いき指輪をはめた。銀製の指輪は燻しが施してありやや黒ずんでいた。その黒味が咲夜の白い肌をより一層際立たせる。
シロガネは目を静かに瞑った。
「コール」
(かかった!!)
そうこうしているうちに咲夜は引き終わっていた。
「私はロイヤルストレートフラッシュよ」
「おまえ、今時間止めたろ?」
「え、なんでわかったの!?」
思わず咲夜は狼狽した。
「いや、この役はおかしいだろいくらなんでも」
シロガネはため息をついた。それと同時にわずかに笑った。
しばしの沈黙が走る
「「咲夜、紅茶が飲みたいわ」」
ドアが開く、即ち、時がその針を再び動かしたのだった。
「よぉ、久しぶりだなあ、おぜうさまぁ」
「その声……久しぶりね、復職する気になったのかしらシロ?」
身体の小さな割には異様な雰囲気を放つ、吸血鬼、レミリア・スカーレットは翼を広げニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「まぁな、ポーカーに負けちまったし一部屋くらいは空いてるよな?」
シロガネはテーブルにあるロイヤルストレートフラッシュをみて、咲夜に良くやったという視線を送る。
そのお礼のようにレミリアの右手にカップが乗せられる。咲夜は俊敏に仕事をこなす。
「仕事は前とおなじよ、やり方は任せるわ」
シロガネは静かに頷き、席を立つと。
「案内しろ」
「咲夜、シロガネをフランのところへ」
「かしこまりました」
そうやってレミリアに頭を下げた。
(本当に信頼されているな……)
階段を下ると地下室のせいもあるだろう暗くなっていった。ランタンが無ければ何も見えないだろう。
まるで迷路のようになった道を歩き続ける。
「ここになります。どうかお気をつけて」
咲夜は扉の前に止まった。シロガネは頷き、ドアノブを手に取る。
ガチャッ――
こつん、こつん
静かに恐れる事もなく歩くシロガネ。恐れるどころかその歩みはスキップするかのように軽やかだった。
「「だぁれ? あたしとあそんでくれるの?」」
(来たか、相変わらずでなによりだ。まぁ、おぜうのことだから隔離してるだろう)
「おいおい、オレの事もわすれたのかよ、フラン?」
燭台にランタンの火を近づけ引火させると、炎で部屋が一気に明るくなる。
目の前にいたのは金髪に紅い目をした少女だった。紅いフリルの付いたドレスを身にまとい、背中から白い柔肌を突き抜けるようにステンドグラスのような美しい羽が生えていた。
この子の名をフランドール・スカーレット、レミリア・スカーレットの妹だ。無論、吸血鬼である。だが情緒不安定で能力が安定しなくレミリアが危険とみなし、地下室で隔離された生活を送っている。
シロガネの仕事はフランドールの世話係り、面倒をみることだ。
「シロ!!帰ってきたの!?」
屈託のない笑顔でシロガネに抱き着く。シロガネはそれを受け入れ、抱き寄せる。
いくら吸血鬼とはいえ本質は人間に似ている。スキンシップも大切ということをシロガネは知っている。
「すまないな、こっちにも仕事っていうものがあるんだ。今のところなにもないからまた遊んでやる……そうだ今日は天気がいいから外にでもでるか?」
「また、お仕事行くの?」
うるうるとした紅い二つの瞳がシロガネを見つめる。吸い込まれるようなその眼の奥に見える自分をみてシロガネはにっこりと笑った。
「大丈夫だ、これからずっと一緒にいられるぞ」
フランドールという吸血鬼はシロガネにとって家族も同然の存在だった。シロガネが青年のころから交流があったせいかすっかり懐いている。
「あたし、お姉さまよりシロが好き、シロは遊んでくれるから好き」
(……見た目と中身はあれだが一応、年上なんだよな、気にしたことないがな)
扉を開くと咲夜が目を丸くした。あの情緒不安定なフランドールが人に懐いているのだから。
外に出ると、シロガネはフランドールを降ろした。
「さてと、湖まで散歩に行くか」
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(あのシロガネとかいう男、なにかと怪しい……迂闊にも三か月も孤独のなかにいたせいか簡単に許してしまったが、警戒が必要だ、見た感じではあの剣以外は怪しいところは無いのだが、それにこの時計と指輪も能力がかかっているとか言っていたし、私を不死にして何の得があるというの? もちろん私は、不老不死なる事を望んでいない。なにより、私がどんなに努力しても解除できなかった能力を糸も簡単に解除する時点であきらかにあの男、異質すぎる……妹様とも面識があったようですし、やはりお嬢様に聞くべきか……)
「ただいま戻りました」
咲夜はレミリアに会釈をすると。顔が少しひきっつているのを見たレミリアはため息を交え言った。
「ご苦労様……その様子だとシロが気になるのね?」
レミリアは目を細めて咲夜を見た。
「ええ、あの人は一体、何者なんですか? それにお嬢様に仕えていたとか」
咲夜が真剣なまなざしでレミリアを見る。
「そうね、本職は細工師よ、わたしの装飾品もこのカップのデザインも全てシロガネが作ったものよ。ただ彼はなぜかフランにとても懐いていたの、そこで私はフランの世話係りを任命した。ちなみにいうけどその時、あなたは居なかったわ。知りたいことは本人に聞くことね。彼はあなたみたいな女が好みだからね」
レミリアは笑うように言うと紅茶に口をつけた。
「あ、晩御飯は昨日の倍量にこれからした方がいいわよ、それとくれぐれもシロガネに喧嘩は売らない方がいいわよ」
「かしこりまりました。それともうひとつ聞いてもよろしいですか?」
咲夜は神妙な面持ちでレミリアを見た、部屋の中は静寂に包まれ風の掠れる音だけが聞こえる。
「なぁに?」
レミリアはそれとは裏腹に楽しげな表情で咲夜を見た。
「あの男に、指輪と懐中時計を貰ったのですが――」
「不死の懐中時計と能力停止の指輪ね。あなたやっぱり能力が暴走していたのね」
咲夜は不思議そうな顔をした。時間が止まっていた空間で絶対レミリアが知らない事実を知っていたのだから。
「なぜわかったのですか?」
「簡単よ、シロガネの気配が突然現れたからよ。このわたしがあの馬鹿を感知しないで接近させる方法なんてあなたの能力くらいだものね」
「……申し訳ございません」
咲夜は深々とレミリアに頭を下げた。
「あと、その懐中時計の効力は発揮されていないみたいね。おそらくはここの時間が動くとそれが止まり、ここが止まるとそれが動く仕組みね」
つまり、咲夜が能力を使うときにあるデメリットを解消しているということになる。
咲夜は厨房に行き、料理の支度を始めた。
(お嬢様が言うなら信用してみるか……というかいつもの倍量ってかなりの量になるわね……腕がなるわ……)
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「なあ、フラン……これじゃあ散歩の意味ないだろ」
「え〜、いいじゃん、このまま、肩車しててよ」
現在進行形でシロガネはフランを肩車している。
「はぁ……分かったよ」
こうなったフランドールは手に負えない、シロガネは諦めて肩車をし続けてやった。
首筋にフランドールの太ももが当たる。柔らかい感触がシロガネを安堵させる
「しかし、こうしてお前と交流してるのも久しぶりだな」
(こうしてみると、可愛いのだがな……早いところ能力無効化のなんか作らないとな……)
「フラン、ネックレスと指輪とブローチどれがいい?」
シロガネが顔を上げフランドールを見る。
「う〜ん、シロに任せる!!」
無邪気に笑うフランドールを見てシロガネは安堵の息を吐く。
「そうか、おお、懐かしいな湖」
一面に広がる湖、水の透明度は高く妖精が楽しそうに遊んでいる。それをみてかフランドールがうずうずしていた。
「いいぞ、遊んで来い。ただし能力の使用は禁止だ」
目をきらきらさせたフランドールは宙に舞うように空を飛んだ。久々の外は気持ちが良いのだろう。
「あんまり、遠くに行くなよ」
フランドールは大きく頷き湖を駆け巡る。シロガネはつかの間の休息を取るべく、巨大な刀、天獄を立てかけ、木に腰掛けた。
一息つき、ポケットからタバコを一本取り出し口にくわえ、火を点ける。シュッとライターの火打石が火花を出しライターオイルの浸みたところに火がつく。ゆっくりと火をタバコの先端に近づける。ジュっとタバコに火がつくとライターをしまい、大きく息を吸った。
「タバコは体に毒ですよ、シロガネさん」
顔を上げると目の前に居たのは、黒いショート髪に紅い瞳、背中には鴉のようなつばさが生えていた。フリルがついているスカートに白い半そでのワイシャツ、足には天狗下駄と呼ばれる支えがひとつしかない下駄をはいており、手にはカメラ、胸のポケットには手帳が入っていた。
『射命丸 文』 幻想郷の新聞記者で一日中なにかネタを探している天狗。性格は少々腹黒いがシロガネは特に妙な噂を流されたこともないため不快に思ったことは無い、一応付き合いはそこそこ長い。ちなみに幻想郷最速の移動能力を保持している。あだ名はブンヤ。
「ブンヤか、オレに何の用だ?」
カメラを構え、シロガネにフォーカスを当てようとするが、シロガネが手でそれを止めさせる。
「え〜、一枚くらいいいじゃないですか、もう何百年前になると思ってるんですかこっちの世界に居たの」
口から舌だし少々いじける。ため息をつきシロガネはタバコの煙を口から出す。
「話しかけてきたのはあっちの世界のことについての取材か?」
「お察しがいいですねではさっそ――」
「その前に報酬はちゃんとあるんだよな?」
報酬と聞いて文はうねり声ににたこえで苦笑いした。
「あのですね……帰ってきてそうそうあれを要求するのですか……あなたらしいといえばあなたらしいですが……」
「まぁ、あっちでの戦役は骨が折れたからな。少しくらい控えるか。そう言えばどこぞやの淫乱人形使いはトータル何人だ?」
一服終え、携帯灰皿にタバコの吸い殻を入れる。肺に残っている煙を絞り出すように大きく息を吐いた。
文はポケットから手帳を取り出し確認を始める。
「え〜と、トータル三百と二十で回数は万単位を超えました」
「相変わらずでなによりだ、今日も幻想郷は平和だ」
シロガネは立ち上がり立てかけてあった天獄を手に取る。目を瞑り意識を集中させゆっくりと切っ先を自分の影に刺す。
ドロリと刀身が影の中に沈んで行きすっぽりと消えた。まるで底なしの沼に押し込むように。これもシロガネのもつ武器の能力である。
「流石に持ち運びにくいな……で、取材するのかブンヤ?」
「そちらがよければ!!」
「分かった、といいたいが守秘義務があって話せないんだ、スマン」
シロガネは一息つくと静かにまたすわりこんだ。
「え〜、そこを何とかお願いしますよ」
「言ってもいいが……お前を焼き鳥にするぞ?」
シロガネは文に笑顔をみせるが目は笑っていなかった。どこまでも冷酷で本当に聞いたら、殺されるという暗示にかけられるほどのおぞましい目だった。
「ひっ――じゃ、じゃあ、故郷に帰ってきた心境を教えてください」
思わず文は肩をすくめた。明らかに今までとは違うシロガネの雰囲気を感じ取ったのか冷や汗を掻いていた。
「ん? ああ、かまわない、それくらいならな。そうだな……落ち着くし帰ってくるたびに色々な者に出会える、毎日が楽しみだ」
心底楽しそうにシロガネは笑った。それを見た文はほっとしたのか、ひと息をついた。
「あ、そういえばシロガネさんはもう博麗神社のところには行きましたか?」
「もう少し、ゆっくりしたら行くよ、先代は元気にしてるか?」
文が顔を歪める。そっと口をあけると。
「十年前に亡くなりました……」
シロガネはため息をつき、タバコを取り出した。
そっと火を点け、静かに一息吐いた。
「儚いな……人の一生ってやつは……だったら行くのは神社じゃなくてあの世だな」
「シロガネさんは行けないのですよね……あっちには」
「ああ、それがいいのかもしれない、だけどやっぱり別れは寂しいな。どこぞやの紅白放火魔とでもつるんでれば、こんな思いしなくてもいいかもしれんがな」
タバコの煙がゆらゆらと登っていく。
「そうですね、じゃあ、私そろそろ行きますね」
文は立ち上がると、疾風のようにどこかに消えて行った。
(さて、そろそろ戻るか……あんまり遅いとレミリアにどやされるからな)
「おーい!! フラン!! そろそろ帰るぞぉ!!」
湖で遊んでいるフランにシロガネは言った。日は少し傾いているが。初日は慎重に事を進めようとシロガネは思った。
「うん分かった!!」
二杯目終わり