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黒の異邦人は龍の保護者 # 12 “No! No More Hero. ―― 男はもういない ―― ” 『死神の涙』編 J
作者:ハナズオウ   2012/01/07(土) 00:06公開   ID:CfeceSS.6PE




 サラリーマンや主婦が平日の街を歩き、活気溢れる街・シュテルンビルト。

 人々は平和をいつものように享受している。

 そんなシュテルンビルトの一角に廃墟が立ち並ぶ再開発地域。

 古びた建物が並び、人が住んでいる気配はない。

 そんな街並に二つの影が走っている。

 誰も居ない静かな廃墟の壁が崩壊する音が立ち上っていく。

 二つの影の一つは魏 志軍ウェイ チェージュン

 顔の左半分が灼けており、短い黒髪を跳ね上げている。

 白の上着と黒のズボンを着た東洋系の男。

 魏は嬉しそうに口の端を釣り上げている。

 魏の手首には数え切れない程のリストカットの跡が残っている。

 その中に一筋新しい筋があり、血がダラダラと流れている。

 何も知らない人間が見たら、重度の自殺未遂者にしか見えない。

「もっと衰えているものと思っていましたよ! BK-201!!」

 魏と対峙しながら走るヘイ

 黒のロングコートに白い仮面を着けている。

 仮面の右の目には紫の雷の模様が入っており、左の頬には黒い筋が残っている。

 黒はワイヤーにナイフを取り付けて魏へと投げる。

 魏は全て避けていく。

 黒はワイヤーを使って回収し攻撃を繰り返す。

 魏が飛ばしてくる血を全て避けながら走る。

 黒が避けた血は廃墟の壁に付着する。

 魏はすぐさま指パッチンをし、それを合図に壁に付着した血は蒼い光“ランセルノプト放射光”を放ち壁を削り取る。

 これが魏の契約者としての能力“血をマーキングに、付着した部分を空間転送させる”。

 契約の対価は“血を流す”。

 対価を払いつつ能力を行使出来るかなり戦闘向きの契約者である。

 身体能力もかなり高く、黒とも能力抜きでも十分に戦える。

 そんな2人の攻撃はお互いに当たらない。

 お互い全ての攻撃が全て必殺の攻撃を繰り出している。

 一撃が入るときは決着のとき。

「待ちわびましたよ……私に土を何度も着けたあなたを殺せるこの日をぉ!!!! BKー201!!」

「なぜお前がこの世界にいる?」

「さぁなぜでしょうね! 私も……いえ! パンドラにいる全ての契約者全てが同じ疑問を持っていますよ!!

 なぜ一度死んだ私達がこの世界にいるのか! なぜ、全ての契約者がこの世界にはいないのか!!」

「……饒舌だな」

「ええ! この日を何度夢見たことか……!

 この喜び、抑えきれるものではないのですよ! BK-201!」

 魏は何度も何度も、黒へと目掛けて手首から垂れる血を投げる。

 それを黒は走りの緩急と体の捻りで血一滴もコートにすら付着させず避けていく。

 そして能力を発動させて血が付着する部分がテレポートし、壁が崩壊していく。

 黒も魏が能力を発動させた瞬間を狙い、ワイヤー付きのナイフを魏の首へと目掛けて投擲する。

 魏も黒と同様に走りの緩急を付けてナイフを避ける。

「もっと衰えていると思っていましたよ、BK-201!

 あんなヒーローごっこをしているお子様のお守りをしているアナタですからね!」

「……」

「無口は相変わらずですね!!」

 持っていたナイフで手首に新しく斬り付け、大量の血が吹き出す。

 そして、大量の血を横一文字に黒へと投げつける。

 黒はストップを掛け、即座に飛び上がる。

 ナイフを壁に刺し、そこを回転軸に身体を逆上がりの要領で身体を更に高い位置へと上がる。

 壁に突き刺したナイフの柄に着地すると、先程走り抜けた道筋を逆走するように飛び出す。

 そして、魏の能力によって空いた壁の穴に差し掛かるとナイフを建物内へと投擲し、ワイヤーによって黒は急カーブして建物へと消える。

 その一瞬後、黒がいた所へと魏の血が飛んでくる。

「フフフ……やはり逃走を図りましたね。では、楽しんでください。

 ――忘却の英雄達との楽しい楽しい時間をね」

 魏は楽しそうに笑いながら、黒を追う事なく手馴れた手付きで斬り付けた手首に包帯を巻いて去っていく。






―――――――





TIGER&BUNNY × Darker Than Black


黒の異邦人は龍の保護者


  # 12 “No! No More Hero. ―― 男はもういない ―― ”


『死神の涙』編 J


作者;ハナズオウ






―――――――





 静寂に包まれる建物内。

 部屋はガランと家具が何もなく、埃が床一面に溜まっている。

 軽く数年は人はおろか生き物が侵入した形跡がない。

 壁にポッカリと空いた穴から飛び込んだ黒は、物陰に隠れて息を潜める。

 黒は左手に閃光弾、右手にナイフを構えている。

 魏が飛び込んでくれば、閃光弾で視力を一時的につぶしてナイフで喉への一撃で決める。

 戦闘向けな能力の魏に攻撃の隙を与えてはいけない。

 それへの対応はただ一つ……。

 血を飛ばされる前に勝負を決める。

 しかし、外から魏の足音は一切聞こえてこない。

 むしろ、建物内から甲冑を着たようなガチャガチャとした足音がかすかな振動と共に黒に届く。

 届いてくる振動、微かな足音のリズム、音から得られる全ての情報を総動員して該当する人物を探し当てる。

 重量級の甲冑、歩幅やリズム……黒には心当たりがあった。

 今会いたくない人物の一人。

 シュテルンビルトを守るスーパーヒーローの一人『西海岸の猛牛戦車“ロックバイソン”』。

 NEXT能力は『皮膚の硬化』と戦闘には防御面にしか役に立たない。

 っがロックバイソンが来たという事は、他のヒーロー達も来ているという事を意味している。

 ならば魏との決着を着けるよりもまずは、ヒーロー達が既に囲み始めているこの場所を脱出することが優先だ。

 黒を止めようとするロックバイソンと鉢合わせでもしたら、確実に魏はロックバイソンを殺しに掛かる。

 それだけは避けなければならないと、黒は物陰から出てきてロックバイソンがいる廊下へと飛び込む。

 ロックバイソンと黒、お互いに視線が合う。

 緑の鉄板で作られた無骨な鎧と牛をイメージした頭と肩の角。

 黒はロックバイソンから、引き止めの言葉が来るだろうと予測していたが放たれたモノは違った。

 轟音を轟かせ高速で回転する肩のドリルが黒の顔目掛けて容赦なく襲いかかった。

「見つけたぜ……! 黒の死神」

 間一髪で首を曲げて避けたドリルが壁に突き刺さる。

 耳の真横で鳴るドリルの轟音が聴力を奪ってくる。

 轟音を受けている耳には確かに届いた。

 ロックバイソンの怒りにも似た感情が篭っている声。


 先程接触を図ってきた虎徹の感じでは、まだヒーロー達は敵には回っていないはずだった。

 引き留めようとしてくれたし、あの写真を信じているのは見受けられなかった。

 それが、目の前のロックバイソンは明らかな敵意を持っている。

 一週間、シュテルンビルトの事件を潰してきたからか……?

 違う……。

 この敵意は心の底から敵意を持っている。

「アントニオ……ロペス」

「なんで俺の本名知ってるかは知らねぇが、犯罪者を友達に持った記憶はねぇぜ!」

「……っ!?」

 黒の呼びかけに更に怒りを増したのか、圧力は更に増す。

 黒の顔のすぐ右横の壁に突き刺さったドリルが黒へとゆっくりと迫ってくる。

 ドリルの付け根の肩を押しても押し勝てないと見るや、黒は足を胴に引き寄せてロックバイソンへとドロップキックを放つ。

 突然の攻撃にロックバイソンは後ろへと飛ばされるが、身体を捻りドリルを黒の顔めがけて振る。

 轟音を轟かせて回転するドリルは黒の仮面に掠り、頬から反対側の下顎へと傷をつける。

「俺に打撃は効かねぇ。鋼鉄の鎧はもちろん……」

「皮膚を硬化させる能力がある……」

「っけ、そんな事も調べ済みかよっ!」

 ロックバイソンは雄叫びと共に、ドリルを猛回転させる。

 殺す気はないものの、逃がすつもりはないらしい。

 ヒーロー故に殺しはしないはずだが、腕の一本くらいはへし折る覚悟だろう。

 あまり速度がある方ではないロックバイソンとはいえ、突進は恐ろしい程の怖さがある。

 両肩の唸っているドリルはもちろん、頭部に着けられた角が正面から重量級の圧力で襲いかかってくる。

 ロックバイソンの無骨な鎧はアントニオの巨大を更に大きく感じさせる。

 その突進を避けるには一歩二歩大きく避けなければならない。

 近接戦闘という距離においては、厄介な敵の一人である。

 対処法を考えてないわけではない。

 最も時間を掛けない対処法は一つ……出鼻を潰す。


 黒は集中を高め、ロックバイソンが突進する瞬間に備える。

 力を溜めるロックバイソンの身体が、全力で地面を蹴り飛び出してくる。

 その一歩目。次の一歩にと出した反対の膝を黒はヤクザ蹴りを当て、それ以上前に出てこなさせない。

 次の足が前に出ないロックバイソンは、その巨体が重力に引っ張られて地面へと落ちていく。

 黒を掴もうと伸びてくる両手から逃れるようにロックバイソンの肩へと手を置いて全中して壁とロックバイソンの間から逃れる。

「くっそ! 待ちやがれ!!」

「……」

 すぐさま起き上がるロックバイソンと、止まらずに走って逃げる黒。

 黒はロックバイソンの叫びに一切振り返らず、手に持っていた閃光手榴弾をロックバイソンの足元へと放り投げる。

 ロックバイソンは反射で両手を顔前で交差させる。

 爆発ないし閃光から顔を守るための行動も黒にとっては予想通り。

 一秒二秒ほど視界を奪った隙に黒はワイヤーを駆使して、向かいの建物へと飛び移る。


 なんだ……この強烈な違和感は。

 一週間前にはなかった敵意。

 仮面を着けた黒を見たことないというロックバイソンの言葉。

 全力の突進。

 “李 舜生リ シェンシュンと過ごした記憶の欠如”と“黒の死神への敵意”。

 トレーニングセンターへと襲撃してきた蘇芳達の事を考えると考えられることは一つ。

『ME技術による記憶の消去と植え付け』

 敵の動きと考えるとロックバイソン一人だけとは考えられない。

 鏑木家で寝込んでいる黄が出張ってくるとは考えられないが、最悪の事態は想定しておくべきだろう。

 そして、ロックバイソンがあの建物に配置していたと考えると魏、もしくはそのバックのパンドラによって仕組まれた可能性が高い。

 かつての味方に黒を捕まえるように仕向ける。

 この上なくえげつなく、効率的な攻撃だ。

 何よりのメリットはパンドラ側が戦力を割かずとも、黒へと確実な精神的な攻撃が出来ることだ。

 そしてあわよくば、ヒーロー達の戦力も削れるところだ。


 っと黒は、仮面の下でギリギリと歯軋りする。

 パンドラの思惑に行き着いた黒は、早くこの廃墟街一帯から逃走しなければならない。

 長時間い続ければ、ヒーロー達に包囲されるて逃げ場が無くなってしまう。

 それを奇跡的に逃れられたとしてもパンドラが戦力を投入してくる可能性もある。

 窓から侵入した部屋はもぬけの殻となっており、誇りだけが溜まっていた。

 左右を見渡すと、全てドアは開けられてふた部屋ほど繋がっている。

「猫、聞こえるか?」

 耳に着けている無線機から猫へと呼びかける。

 しかし、無線から返事は帰ってこない。

「あっらぁ、誰か仲間でもいるのぉ? “黒の死神”?」

 黒はバッと声のした方へと顔を向ける。

 部屋を跨いで赤のタイツ型のヒーロースーツに身を包んだネイサン・シーモアが立っていた。

 炎を操るNEXT能力のヒーロー、ファイアーエンブレム。

 超自然系の能力者の登場に黒は、距離を取るように静かに一歩下がる。

 ファイアーエンブレムは人差し指を立てて、その先に火の玉を発生させる。

 超自然系の戦闘レンジはロックバイソンなどの身体系と違い、ミドルレンジを得意としている。

 ファイアーエンブレムを倒さなければならないならば一気に距離を詰めるが……。

 今は逃げる事が最優先。

 ファイアーエンブレムと戦ったところで得られるものはないに等しい。

 むしろ、勝つための代償が大きすぎる……というよりも、今現状で勝てるとは思えない。

 黒は少しずつ後ずさる。

「あらぁ、後ずさられるなんて傷つくわぁ。

 死なない程度に焼いてあげるわァ。ファァイヤァアン」

 オカマ口調と共に放たれた火の玉は、火炎放射機の炎のように部屋全てを焼き付くさん勢いで黒へと襲いかかる。

 黒は急ぎワイヤーをドアノブに引っ掛けて、ワイヤーを引いてドアを閉める。

 ファイアーエンブレムの炎は木製のドアを数秒で溶かして、黒のいる部屋にも広がっていく。

 黒はドアを閉めて作った数秒を使って、侵入してきた窓から飛び出る。

 ワイヤーを取り付けたナイフでファイアーエンブレムがいる部屋の上部の壁へと投げる。

 壁に刺さったナイフはワイヤーの支えとして、黒をターザンジャンプの要領でファイアーエンブレムのいる部屋へと運ぶ。

 『殺さない』というだけあり炎は直ぐ様消えて、熱だけが部屋に残っている。

 黒は窓からファイアーエンブレムの後ろへと窓をぶち破って飛び込む。

 そして、ファイアーエンブレムの首にワイヤーを掛けて距離を詰める。

「なぜ俺を追う?」

「まだあなたにポイントは掛けられていないけど、大量殺人犯を放っておく手はないわよねぇん」

「TVカメラが来てから動くのがあんたたちヒーローだと思ってたが違ったようだ」

「あらぁん、そう言われればそうねぇ。

 でもぉアンタが敵だって事に変わりはないのよぉ?」

「……そうだな」

 黒はワイヤーを解き、ファイアーエンブレムから一歩下がる。

 近接戦闘を仕掛けたとして、『炎を操る』という能力はミドルレンジはもちろん近接戦闘にも応用できる。

 攻撃をガードして、焼き尽くすまでは行かなくても火傷で動かせなくなるぐらいはしてくるだろう。

 詰まるところ、目の前のファイアーエンブレムを殺す気がない限り戦闘はいい判断とは言えない。

 一歩下がり距離が空いたことで、ファイアーエンブレムは小さな火の玉を黒へと放つ。

 先程のように部屋一面を焼き尽くすといった威力のものではないが、受け止めればダメージはでかい。

 横に動き回転して避ける。

 そして、その流れのまま反対側の窓まで退避する。

 距離を取ったほうが楽に戦えるファイアーエンブレムは黒との距離を詰めようとはせずに、真っ直ぐに黒を見る。

 黒は窓を背に懐から手榴弾を取り出す。

 そして、ピンを引き抜かずに空中に放り投げる。

 ファイアーエンブレムはピンが抜かれていない事がわかっていたが、何か細工でもされていた場合を想定し炎で溶かしきる。

 その隙に黒は、窓を突き破り窓から少し斜めの方向へ飛び降りる。

 そのすぐ後に、ファイアーエンブレムの耳に窓を突き破る音が届く。

 ファイアーエンブレムは真下の部屋に黒が逃げたと、足元の床を能力で溶かす。

 数秒で周りの床は溶けてなくなり、ファイアーエンブレムは黒が逃走したと思わしき部屋へと落ちる。

 着地してすぐに黒を探して当たりを見回す。

 先程いた部屋と一緒でガランとした埃まみれの部屋が広がっていた。

 しかし、目的の黒の姿は一切ない。

 それどころか、窓が破られた跡はあるものの、人が侵入した形跡はない。

「あっらぁ、逃げられちゃったぁ」

 少し残念そうに、ファイアーエンブレムは溜息をつく。





―――――――





「見つけたぞ! 黒の死神!」

 HERO TVのヘリコプターを無防備に見上げていた黒の元に『キングオブヒーロー“スカイハイ”』の声が届く。

 視線だけで声の方を向くと、空にスカイハイが飛んでいる。

 電車の先頭車両のような仮面と白のコート。

 全体的に紳士なイメージの鎧とコートが中和したようなスーツを着ている。

 スカイハイの向こうに見えるHERO TVの撮影ヘリコプター。

 それは黒に一つの事実を突きつけている。

『HERO TVが動く相手……つまり黒が犯罪者として認定された』

 つまり、記憶を弄ったヒーローだけで追わせただけではない。

 社会的に“黒の死神”が大衆の敵、犯罪者の烙印を押されたのを黒に嫌というほど知らしめる。

 そして、追い打ちのようにスカイハイがやってきた。

 既に戦闘体勢に入っているスカイハイから逃げ切ることは至難の技だ。

 移動速度のないロックバイソンや、ある程度で犯人を追うのを止めるファイアーエンブレムとは訳が違う。

 移動速度があり空を自由に駆ける。

 そして何よりも、スカイハイの天然だが生真面目な性格だ。

 どこまでも追ってくるだろう。

「本当に……もう全てを失ったんだな」

 ポツリと呟いた黒は、ゆっくりと拳を握る。

 そして力を脱き、スカイハイを睨む。

 二人は言葉もなく、申し合わせたように戦闘を開始する。

 スカイハイは風を球に圧縮して黒に発射する。

 黒はそれを避けていく。

 廃墟の屋上、スカイハイの風を圧縮させた球がいくつも高速で襲い来る。

 黒は、ワイヤーとフェイント、体術を駆使して避けていく。

 既に交戦を初めて5分。

 『キングオブヒーロー“スカイハイ”』にしては長い戦闘に、レポーターは興奮気味に実況している。

 黒は焦っていた。

 時間を掛ければ、一度躱したロックバイソンとファイアーエンブレムがやってきてしまう。

 『電気を自在に操る能力』と黒の能力はヒーロー達に比べると弱い。

 同じ電気系の『ドラゴンキッド』黄 宝鈴ホァン パオリンとは出力が違いすぎる。

 雷と見間違う程の電撃を放てる黄と、握った人間を感電死させる程度の出力の黒では、能力が違いすぎる。

 最も、黒の能力の本質は『電子の完全支配能力』である。

 この能力は世界すら根底から崩すこともできるが、条件がいくつか存在する。

 契約者を契約者足らしめる物質『ゲート粒子』が濃い場所にて、黒に極度の集中を必要としている。

 条件の前者はゲートがないこの世界ではないに等しい。

 後者は戦闘中にはかなり厳しいモノである。

 つまり戦闘中には使用するのは厳しい。

 ヒーロー達に劣る出力の能力と身一つで、勝たなければならない。

 そして、何よりも厳しいのが“殺してはならない”という事である。

 黒の身に付けた体術は全て殺人を目的としている。

 ワイヤーでも首にかけて吊り首や電気を流して感電死させるか。

 体術も急所を的確に攻撃するように仕込まれている。

 ナイフは言わずもがな。

 それらほとんどを封印しなければならない。

 そんな不利な状況の中で、ヒーローが増えるのはもう拘束される他ない。

 黒が内心どう対処したものかと考えているとき、スカイハイは心踊っていた。

 ヒーローになってからこれほどまで戦えた犯罪者はいなかった。

 銃などの遠距離の攻撃手段を持たないで、一目散に逃げない敵に尊敬すらしていた。

「その体術素晴らしいじゃないかっ! その体術や能力を正しく使っていれば私達ヒーローと一緒に生きていけたはずだ」

「……そう、だな。だが、殺しをしなければ体術も能力も手に入れる事はなかった」

「元より悪に染まっているというわけか……さすがは“黒の死神”。その名は伊達ではないということだな!」

 スカイハイは納得の返事とばかりに風を圧縮させた球を黒へと向けて発射する。

 黒は既に回避行動を初めておりワイヤーで大きく移動して、建物を屋上伝いに移している。

 スカイハイが発射した球は周囲1mを巻き込みながら暴風となった風が暴れる。

 この一撃を機に、二人は再び睨み合う。

 列車のような仮面のスカイハイと能面のような仮面の黒は言葉もなく睨み合う。


 俺は全て……なくなってしまった。

 黄がとけ込めるようにと作ってきたヒーロー達との絆は無くなった。

 ヒーロー達は記憶を無くし、敵として現れた。

 殺すことも傷つけることも、全て後後の不利になってしまう。

 いや……戻るつもりがないならば傷つけるのはギリギリセーフといったところか。

 むしろ、負傷させてこれからの俺の行き先に来ないようにするのも手か……。

 HERO TVのヘリコプターが出張っているならば、既に俺は犯罪者として放送されているはずだ。

 シュテルンビルトの……いやHERO TVを見ている人々には既に“黒の死神”は犯罪者として認識されたということだ。

 ならばもう光のある世界を歩くことは出来ない。

 捕まろうものなら、パンドラが抱えた空間転移能力者が攫いに来るか殺しに来る……もしくは興味なしと放置するだろう。

 進んでも地獄、逃げても地獄、止まっても地獄。

 ならばもう、進むしかない。

 契約者となってしまった蘇芳を、銃を再び持ってしまった蘇芳を救うために。アンバーとの約束を果たすために、俺は行かなければならない。

 ――パンドラへ。


「もし……なんてこと考えても仕方ない。

 だが、考えないわけじゃない」

「そうか! もし正義の道を歩いていたなら、よきライバルになれたかもしれないな」

「……」

 黒は、懐からナイフを取り出し、右手に握る。

 殺しはしない。っが装備を壊すかそれなりに負傷なりを受けてもらう。

 これまでとは違う黒の闘気にスカイハイもこれまで以上に気合を入れる。

 背中に装備したブースターを最大出力で吹かせ、能力で更に速度を上げる。

 竜巻の中心となって滑走し始めたスカイハイ。

 小型の竜巻となって黒に迫る。

 黒は横に跳んで避ける。

 スカイハイが纏った風はそれでも容赦なく黒に襲い掛かり、スカイハイが迫ってきていた方角へと黒を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされて屋上を転がる。

 勢いが死にきらぬ間に体勢を立て直し、未だ暴風を纏い空を高速で迫ってくるスカイハイを探す。

 既にスカイハイは黒へと一直線に跳んでおり、避ける暇がないほど迫ってきている。

 黒は苦肉の策で右上に向けて飛ぶ。

 スカイハイの腕の射程範囲から逃げ出すこともできず、スカイハイは手を伸ばしてきた。

 黒はその手に向かってナイフを渾身の力で突き立てる。

 しかし、暴風を纏ったスカイハイには刃は真っ直ぐ通らずにガリっと腕の防具に薄く傷を入れるだけ。

 そしてそのまま暴風に呑まれ、再び屋上に叩きつけられて屋上に転がる。

 あまりの衝撃に黒の肺から酸素が抜ける。

 酸素を肺に再び入れ切らぬまま、黒は立ち上がる。

 その瞬間スカイハイが後ろからガッシリと黒を掴み、空へと登っていく。

 一瞬にして数10m飛び上がられ、黒はさっきまでいた屋上は遥か下になってしまう。

「これで決まりだ、“黒の死神”!」

 そう言うと、スカイハイは再び最大出力でブースターを吹かせ、纏わせた暴風を助けに、さっきまで黒がいた建物の通りを跨いだ向かいの建物の壁へと一直線に直進する。

 壁までもう少しというところで、スカイハイは纏わせた暴風を黒を巻き込みながら壁へと発射する。

 暴風に発射された黒は直ぐ様振り返り右手に持ったナイフをスカイハイのブースター目掛けて投げる。

 最大の技を放ったスカイハイはそれに反応出来ず、ナイフはブースターへと突き刺さる。

 ナイフを投げた黒はそのまま壁へとぶつかる。

 壁が脆くなっており、黒はそのまま壁を突き破って建物の中へとバウンドしながら不時着する。

 崩れた壁の破片を下にして黒は床を転がる。

 壁に激突した衝撃、破片を下敷きに転がった痛み。黒の体に激痛が走る。

 壁の崩壊により発生した土煙が晴れぬ内に黒は移動を始める。

 激痛により思うように動かない身体を動かして階段へと向かう。

 そして破片に足を取られ、黒は力なく階段を転げ落ちる。

 そのすぐ後に、土煙を晴らすためにスカイハイが能力を使う。

 結果として黒が階段から落下した事により、スカイハイは黒を見失う。

 ボンッ! ボンッ! っと黒い煙を上げながら火を吹かなくなったブースターに頼らず、スカイハイは能力を使って空中に浮いている。

 そして、スカイハイは黒を見失った建物が解体予定だと確認してから、風を圧縮した巨大な球を作り始める。

 小さな台風が威力を高めながら巨大に膨れ上がっていく。





―――――――




 階段を落下した黒は、数秒意識を失っていた。

 トレーニングセンター襲撃後、まともに睡眠を取れなかった。

 周囲への警戒。眠れば悪夢に苦しめられる。

 大食漢の黒にとっては、すずめの涙ほどの食料しか口にしていない。

 ガソリンといえば酒しかない。

 鏑木楓を守るために左腕に大量の打撲と骨にヒビが入った。

 そして、スカイハイとの戦闘にて全身に激痛が走る。

 ちょっとした刺激で意識がシャットダウンする。

 そして、痛みが黒の意識をすぐに覚醒させる。

「……強いな」

 意識が覚醒した黒は、スカイハイとの戦闘を思い返し、静かに歯軋りする。

 そして、当然か……っと苦笑する。

 体の可動域で異常がないかを静かに調べる。

 左腕に動かすと激痛が走る。

 もう打撃も、左手でナイフを扱う事も難しい。

 懐には先行手榴弾が一つとナイフ1振り。

 手榴弾は隠れ家に寄れば補給ができるが、この装備でヒーロー達を相手するのはかなり困難だ。

 自身の身体のガタに思慮を暮れていると、建物全体から白い湯気のようなモノが立ち上っているのが見える。

 湯気のようなモノは熱を持たず、冷気を持っていた。

 発見した黒は直ぐ様契約能力を発動させて床に集中させる。

 すぐに床を侵食して襲ってきていた氷と衝突し、氷の進行を止める。

「あら……案外勘がいいのね」

「ブルー・ローズか」

「氷で磔にしてあげようと思ったのにね」

 立ち上がった黒はすぐに階段からおりきり、廊下の端に立っているブルーローズと対峙する。

 蒼を基調としたレオタードの衣装に水色の髪。

 全てに氷の女王をイメージしたスーツのヒーロー。

 黒を睨むようにブルーローズは立っている。

 黒は能力を解除出来ない。

 常にブルーローズは床を伝って氷を侵食させてこようとしている。

 能力を解除すればすぐに足から氷漬けにされる。

 ブルーローズは既に手にフリージングリキッドガンを持って、こちらに照準を合わせている。

 黒はフリージングリキッドガンの照準、床からの氷の侵食……そして、遠くで聞こえる暴風の音に注意を払う。

 ブルーローズはスカイハイや男性ヒーロー達のスーツと違って身を守るような鎧ではない。

 ナイフで斬りつけようものなら素肌に傷がついてしまう。

 使えてワイヤーの楔か脅しぐらいだ。

 ブルーローズがいる壁の無効にはスカイハイがいるはずだ。

 ブルーローズを躱し、建物から脱出しても再びスカイハイと対峙してしまう。

 反対側から逃げようとしても、後ろの壁は全て分厚い氷に包まれてしまっている。

 下がれば氷の壁、進めばブルーローズとスカイハイが立ちはだかる。

 立ち止まればヒーロー達が集まってくる。

 進むしか活路はない。しかし、ブルーローズが本気を出せば、建物の廊下を埋め尽くす氷を生み出すのに数秒で終われせれる。

「あら、てっきりすぐに襲ってくるのかと思ったのにね“黒の死神”」

「……」

「無口なのね……大量殺人犯のくせに。まぁいいわ。氷漬けにしてあげ……」

『スカーーーーーーイッ!! ハァーーーーーーイッ!!』

 突如建物外からスカイハイの気合の入った声と共に、二人がいる建物がガラガラと崩壊を始める。

 黒は咄嗟に、崩壊の惚けているブルーローズを救うために走り出す。

 本当に咄嗟に体が自然と動いてしまった。

 飛翔してブルローズを抱きかかえて建物から脱出を図る。

 まさか犯罪者に助けられるとは思っていなかったのか、思わず悲鳴のような叫びを上げる。

 そして、崩壊からは逃げ切れず崩壊してきた構造物の瓦礫へと飲み込まれる。

 ブルーローズに覆いかぶさる黒。

 その上には瓦礫が乗っかっており、二人を今にも押しつぶさんとしている。

「ちょっとっ! アンタなにしてるのよ!」

「……ッ」

「こんな時にも無口はやめなさいよ!」

 黒は激痛が走る身体に鞭打って身体に乗っかっている構造物の瓦礫をお仕上げていく。

 全力を振り絞り、黒はゆっくりと瓦礫をお仕上げる。

 そして、空いた隙間に右手を入れる。

 ブルーローズの胸の衣装を鷲掴みにして全力で安全圏へとブルーローズを動かす。

 ブルーローズを助け出した黒は、自身も瓦礫から逃れる。

 ズキリッと右の足首が痛む。

 瓦礫の下敷きになった時に、軽く捻ったのだろう。

 動けない程ではないが、痛みが右足の動きを微かながら鈍らせる。

「アンタ……なんで私の事助けたのよ?」

「……」

「答えなさいよ!」

「……勝手に動いた」

 黒はポツリと呟くと、直ぐ様走り出す。


 本当に身体が勝手に動いていた。

 世話をしていた黄の次にこの3年間の時間を過ごした『ブルーローズ』カリーナ・ライル。

 そのカリーナにも忘れ去られ、敵意を持たれていた事実は正直かなり精神を喰われた。

 もう少し長く話していたら、全てを諦めていたかもしれない。

 そういう意味でスカイハイの乱入は救いだった。

 カリーナを崩れてきた瓦礫から庇ったのも無意識に近い。

 心のどこかに、例え記憶を失って絆が消えても傷ついて欲しくないっと思っていたのかもしれない。


 ブルーローズは黒が逃げていくのを何も出来ず見送ってしまう。

 黒の行動、言葉、声になにかを忘れてしまっているような、心に穴が空いたような感覚に襲われる。

 しかし、思い出そうとしても、何も思い出せない。

 何を忘れたのかもわからないのだから当然と言えば当然ではある。

 そして、惚けているブルーローズの上を黒を追って風を纏って飛ぶスカイハイが移動を始める。

 スカイハイの存在に気づいた瞬間、ブルーローズは無意識のうちに立ち上がって叫んでいた。

「ちょっとスカイハイ! 危ないじゃないの!!」

「すまないブルーローズ君!」

「こっち来て謝りなさい!」

 有無を言わせないブルーローズの女王様な物言いに従ったスカイハイは大人しく地面に降りて頭を下げる。

 よし! っと許したブルーローズは黒が逃げた方向を向く。

 そこに既に黒の影はなかった。





―――――――





 ワイヤをビルに掛けて、空中をブランコのように移動する黒。

『すまない、黒』

「猫か……何かあったのか?」

『ちょっとな……魏は撃退出来たのか?』

「……途中で追ってこなくなった。それよりもヒーロー達が記憶を弄られている」

『パンドラか……やはりME技術を持っていると見ていいだろうな。

 それでこれからどうする? 黒』 

「パンドラへ攻め込む。

 ナビゲート頼む」

 了解っと猫は返事をする。

 ワイヤーで逃走を始めてからヒーロー達から逃走出来たと思えた。

 ワイルドタイガーとバーナビーブルックス・Jrは出てきていない。

 ワイルドタイガーである鏑木虎徹は魏との戦闘が始まる時まで一緒にいたから準備が出来ていないのかもしれない。

 だから、二人が出てくるまでに逃げ伸びる。

 周囲の警戒を怠らず、黒はワイヤーを何度も使って移動していく。



『GOOD LUCK MODE』


 周囲の警戒をしながら移動していた黒の耳に届く機械音。

 この機械音は、ワイルドタイガーとバーナビー・ブルックス・Jrのスーツに組み込まれた必殺技の発動音だ。

 辺りを見回しても、どこにも影すら見えない。

 バーナビーならばブースターを吹かして空中戦を迫ってくるが、その気配はない。

 機械音を探して見回しても見つからない。

 残る一つの可能性は空からの攻撃しかない。

 っと、黒は空へと視線を向ける。

 そこにはところどころにピンクが入った槍のような鋭利なものが太陽から黒へ向けて高速で迫ってきていた。




......TO BE CONTINUED









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■作者からのメッセージ
皆様、明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!

そして、皆様お久しぶりです。
また少し時間を開けてしまいました……ごめんなさい。

お正月もおわり、餅とおせち、雑煮を堪能しました! 皆様はどうでしたでしょうか?
年末実家に帰ったのですが、100kmほど自転車でサイクリングしましたw
冬でしたが、楽しかったです!
皆様も楽しい一年になる事を願っています。

そして、今回ついにHERO VS 黒が始まりました。
自分なりに両者の強さのバランスを取りつつ、作るのはかなり厳しかった……ちゃんと取れているかはわかりませんがw
そして、今回も分割してしまいました……ホント自分の構成力の無さに笑いしか出てきません;x;

では、次の話はできるだけ早く更新しようと思います。
気軽に一言でもいいので、感想をくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!

それでは、ここから感想返しとさせていただきます。


  >黒い鳩 さん

明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!
いつも感想ありがとうございます!

カリーナと黒の始まりを書こうと思ったのが、外伝の始まりでした。
このままハーレムに加われたらよかったんですがね……今回の話ですよ!
綺麗に一時撤退しました。

しかし、黒は案外恋愛話で使おうと思ったら中々使いにくいキャラですね……。
指摘されて気づきました。
そして、私自身の恋愛系の話の苦手さが相まって……勉強しようと思いました。


それでは感想は一件でしたので、これにて失礼します!
では、次のお話のあとがきでお会いしましょう!
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