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黒の異邦人は龍の保護者 # 13 “ The name is died the day. ―― 李 舜生が死んだ日 ―― ” 『死神の涙』編 K
作者:ハナズオウ   2012/01/24(火) 00:03公開   ID:CfeceSS.6PE




『さぁ!! 今日も始まりました! HERO TV! 今日は緊急生放送でお送りします!

 本日はシュテルンビルトの再開発地区、廃墟が並ぶ地区が舞台です!』

 テンションの高い声を上げるHERO TVのレポーター。

 ヘリコプターからの映像に乗せて、レポーターの声がお茶の間に届いていく。

 映像には、ワイヤーに釣り上げられたように屋上に上がってきた黒が映し出される。

『さぁ、視聴者の皆さん見えておられますか!? あの廃墟の屋上にいる黒いコートに仮面を被った男が今回の犯罪者です!

 本日急に情報が入り、ヒーロー達が別の事件を解決した直後という状況ですが急行しました!

 通称“黒の死神”。多数の殺人を犯した大量殺人犯です!

 既にロックバイソンとファイアーエンブレムが接触したとの情報がありますがこれは、一体どうなってしまうのでしょう!!』

「あらあら……今日は忙しない日だねぇ。事件が終わったのにすぐ事件とはねぇ」

 TVを眺める鏑木安寿は、熱いお茶を啜って寛いでいる。

 家庭菜園の作業もそこそこに終わらせて、楓が帰ってくるまでの時間をゆっくりと寛いでいる。

 今放送されている事件のすぐ前に生中継された事件は、楓が通っている学校であったが、数名が怪我を負ったと放送された。

 TV画面で楓の無事が映っており、安寿は安堵していた。

 そこにまた飛び込んできた生放送、安寿はいつものように息子にしてヒーローの『ワイルドタイガー』鏑木虎徹が賠償金を払わなければならないように祈っていた。

 画面に映った黒はカメラへ向けて視線を送っている。

 右目に紫の雷模様があり、左目から頬にかけて黒い線が残っている。

 その姿はどこか哀しさを纏っている。

「しかしこの人、どこか哀しそうだねぇ」

 安寿はお茶を啜りながら、黒を見続ける。

 そして、レポーターは『キングオブヒーロー“スカイハイ”』がやってきたことを楽しそうに叫んでいる。

 犯罪者の拘束劇を見せるシュテルンビルトの人気番組HERO TVで黒が犯罪者として放映されている。

 既に大衆は黒を犯罪者として認知している。

 そして、それを拘束するヒーローの活躍を楽しみにして見ている。

 そんなHERO TVは黒とスカイハイの戦闘を楽しそうに実況している。

 安寿はそんな実況をスルーしてお茶をすする。

 そんな安寿の後ろから突然物音がする。

 振り返ると、頬を赤く染め熱でボウッとしていた黄 宝鈴ホァン パオリンが立っていた。

 鏑木家へとやってきて二日。ずっと寝て安静にしているにも関わらず、黄の熱は下がらない。

 虚ろだった瞳は、テレビの実況の内容を理解し始めると、力が宿り驚愕の表情が現れる。

「宝鈴ちゃん! 大丈夫なのかい?」

「これ……なに? なんで……なんで」

「TVかい? 宝鈴ちゃんは熱があるから休んでいるんだよ」

「なんで……師匠が……ヘイがスカイハイと戦ってるの?」

「? あの仮面の人が宝鈴ちゃんのお師匠さんなのかい?」

「戦っちゃダメだ……っ! 黒は悪くないのに……」

 黄は壁を支えに反転して玄関へと向けて、フラフラとした足取りで走り出す。

 安寿は突然の黄の行動に驚きつつ、黄を外に出すわけにはいかないと追いかける。

 そして、玄関にちょうど虎徹の兄で酒店を経営する村正が入ってきた。

 突然走り出してきた黄に驚いた表情をした村正に安寿は直ぐ様声をかける。

「村正! 宝鈴ちゃんを止めておくれ!」

「っお、おう」

 村正は言われた通り、フラフラと近づいてくる黄を抱きしめるように止める。

 体に当たった衝撃は楓が飛びついてくるのと変わりないほど軽い。

 見てみれば細い手足に華奢な身体の女の子だ。当然といえば当然か……っと村正はふぅっと小さく溜息を吐く。

 村正は安寿から黄が熱でまだ寝ていないといけないと言われ、部屋まで運ぼうと黄を抱き上げようとした瞬間に変化は襲った。

 黄の身体が岩にでもなったかのように重くなり、村正に圧力を掛ける。

 その圧力は徐々に大きくなり、村正はついに一歩下がってしまう。

 華奢な女の子と認識した途端に、岩がもたれ掛かっているような圧力を出した黄に驚愕しつつ、村正は黄を持ち上げて運ぼうとと力を入れる。

 いつも楓を持ち上げている力で持ち上げようとしたが、黄は浮き上がらない。

 徐々に入れる力を強め、仕舞い目には全力で持ち上げようと脚に腰に腕に力を入れるが、黄は地面から離れない。

 普段酒屋の仕事で重いモノを上げてきている村正は驚愕に包まれる。

 まるでタコの吸盤でも足の裏に付いているのではないかと疑いたくなるほど、黄の足は地面に吸い付いている。

 そして、黄の圧力に村正をゆっくりとだが玄関へと押し戻されていく。

 このままでは玄関に行ってしまうと村正は黄を抱えたまま、後ろにコケる。

 熱でフラフラの黄が対応出来るハズも無く、村正に抱かれたまま黄は床に転げる。

 村正に抱きしめられて動けない黄は、それでも黒の元へと行こうと必死にもがく。

 黄のその執念に村正は拘束するように黄を抱きしめる。

「宝鈴ちゃんダメよ、まだ熱があるんだから」

「黒が……行かなきゃ……黒のところへ」

 安寿が諭そうと話しかけても、黄には届いていない。

 念仏を唱えるようにブツブツと呟いている黄は、ただ前のみを見ていた。

 必死に伸ばした手が地面に着くと、黄の手は足と同様に吸盤でも着いているかのように貼り付く。

 安寿は村正に黄を起き上がらせるように指示する。

 村正は安寿の指示通りに黄の身体を抱きかかえて持ち上げる。

 黄の体は村正によって起き上がるが、両手と両足は床に引っ付いたまま剥がれようとしない。

 安寿は黄の正面に回り込み、迷いなく赤く染まった頬へと平手を振り抜く。

 パァアン! っと甲高い音が鏑木家の廊下に鳴り響く。

 ヒリヒリとした痛みに黄の体から力が抜け、村正の腕の中に大人しく収まる。

「そんなフラフラの体で何するつもりなんだい?」

「黒の所にいかないと……」

「そんな体でかい?」

「だって、黒泣いてるのに……誰も……気づいてない!」

「そうだとしてもっ! 宝鈴ちゃんは熱を平熱まで落とさないとダメだよ」

「そんなの待って……!!」

 黄がムキになって叫び出した瞬間、安寿は黄を強く強く抱きしめる。

 安寿の暖かな体温。優しい抱擁。

 安寿の強い抱擁から逃れようともがいていた黄は次第に大人しくなっていく。

 黄は一層力が抜け、瞼が落ち始める。

「黒が泣いてる……」

「そうかい。ならその涙を拭うためにも宝鈴ちゃんは熱を直さないとね」

「でも、黒が皆と戦っちゃってる……」

「宝鈴ちゃんのお師匠様がそんな簡単に負けちゃうわけないじゃないかい。

 だから今は全力で直すんだよ」

「お婆……ちゃ、ん」

「おやすみ、宝鈴ちゃん」

 黄を優しく抱きしめた安寿は、すぐに黄を村正にベッドへと運ばせた。

 黄をベッドへと運んだ村正は、首を傾げながら安寿の元へと帰ってくる。

 眠ってしまった黄を運んだが、なんの変哲もない女の子としか思えなかった。

 どこからあんな圧力を出せるのか。どうやったら蛸の吸盤のように床にくっついたのか。何があの女の子をああも動かしたのか

 村正にはわからなかった。

「母さん、あの娘……一体なんなんだ?」

「ぁあ……あんたになら言ってもいいかもね。宝鈴ちゃんは虎徹と同じヒーローさ。

 そして、あの子が必死になってたのはこの人さ」

 安寿はテレビを指さす。

 そこには、未だスカイハイと戦い続け、劣勢に立たされている黒がそこにはいた。

「この犯罪者を捕まえようと?」

「違うさ。宝鈴ちゃんの大事な人だよ」

「犯罪者がか?」

「そうかもしれないし、この指名手配自体間違いかもしれない……。

 アンタや虎徹にも教えたように、正義なんて見る角度が変われば悪にも映る。逆もまた然りさ。

 もっとも、虎徹は忘れてるだろうけどね」

「HERO TVも悪に染まってるということか?」

「さぁね、それは私にはわからないさ。ただ、盲信するのは愚かだってことさ」

 安寿は落ち着いてお茶を啜り、テレビに集中する。





―――――――





TIGER&BUNNY × Darker Than Black


黒の異邦人は龍の保護者


  # 13 “ The name is died the day. ―― 李 舜生が死んだ日 ―― ”


『死神の涙』編 K


作者;ハナズオウ






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 廃墟地区に立ち昇る煙。

 その煙の中に立っているのは、ピンクの耳が着いたヒーロースーツを着るバーナビー・ブルックス・Jr。

 流線形の鎧のようなスーツは煙の中でも赤とピンクが栄えている。

 耳の所からピンっと天に伸びたパーツを見ていると、“バニー”と呼ばれているのも納得がいく。

 バーナビーの視線は隣の廃墟の屋上を眺める。

「まさか空中で逃げるとは……情報通り、油断はできませんね」

 バーナビーはブースターで空中に飛び上がり、ワイヤーでターザンジャンプをしながら逃げていた黒へと蹴りを入れた。

 『GOOD LUCK MODE』で巨大化した右脚で黒の腹を捉え地面に撃ち落とすたはずだった。

 黒は新たにワイヤーを廃墟に取り付け、強引に蹴りを逃れた。

 そして廃墟の屋上へと逃げていった。

 バーナビーは即座にブースターで飛び上がり廃墟に降り立つ。

 黒は屋上に逃げるとすぐさま建物を移り、構造物の影に身を隠す。

 そして懐からバキバキに割れた板チョコを取り出す。

 緊急用にと懐に常備していた板チョコは、既にこれまでの戦闘によって砕けていた。

 それを手に乱雑に広げ、口に放り込む。

 水分を失った喉は口の中で溶けたチョコレートを通そうとしなかった。

 それを痛みと共に強引に押し込む。

 ダメージを受けすぎた黒の体は燃料であるチョコレートを拒絶する。

 鈍痛を伴い逆流しようとするチョコレートを必死に押さえ込む。

 チョコを飲み込んだ黒は、懐から小さなボトルを取り出し、酒を流し込む。

 チョコレートと酒を摂取した黒は直ぐ様仮面を着ける。

「不味いな……」

『そうだな。逃げるにはもう追手が多過ぎるな。

 ヘリのカメラはお前を逃がしはしないだろうな。』

「……切り抜ける」

『ガス欠のその身体でか? 無茶だな』

「状況は待ってはくれない……」

 黒は猫と通信で話していると背中に走った寒気で襲撃を察知し、物陰から飛び出す。

 黒が飛び出した瞬間、それまでいた物陰にバーナビーが飛び蹴りで構造物を破壊しながら突っ込んでくる。

「よく避けましたね……報告にあったとおり、体術は中々のモノですね」

「バーナビー……ブルックス・Jr」

「犯罪者と話す趣味はありません」

 バーナビーは既に能力を発動させ、ヒーロースーツがピンク色の発光している。

 バーナビーの戦闘は目を見張るモノがあった。

 『倒す』ために洗練された体術とそれを援護してやまない『身体能力を100倍にする』NEXT能力が黒へと襲いかかる。

 威力、速度全てが強化されたバーナビーの猛攻は、黒に避けきれるレベルを逸脱している。

 事実黒はバーナビーの蹴りに吹き飛び、劣勢に立たされている。

 半分は黒が跳んで威力を逃しているとはいえ、ジリ貧であることに変わりはない。

「さすが……」

 黒は静かに呟いた。

 『超感覚』によって動きを読んで、先手を取ろうとも圧倒的速度が黒を後手に回させる。

 視覚・聴覚はもちろんの事、全ての感覚を総動員して相手の動きを動く前に掌握する『超感覚』を黒はバーナビーの動きを読む。

 バーナビーの蹴りを紙一重で避けて腕を極めて倒そうとしても、身体強化されたバーナビーは最後までいかずに極めを外す。

 威力を度外視して速度を重視した連撃を繰り出せば、黒はかする程度だが避けきれない。

 動かない左腕に蹴りがかすると、黒は意識を失いそうなほどの痛みに一瞬動きが止まる。

 学校を襲った犯罪者から鏑木楓を守るために左腕を負傷した。

 触れるだけで激痛が走る左腕は、黒にとって今最大の弱点となっている。

 それに気づいたバーナビーは左腕を集中的に狙い始める。

 黒は左腕へと狙いを変えたバーナビーに対して、ワイヤを壁へと突き刺しワイヤー回収を巧みに利用して逃げていく。

 バーナビーが蹴りを連撃で放つと、黒はバックステップしてワイヤーで更にバーナビーより急速に離れる。

 それを追ってバーナビーは全力で床を蹴り、黒に追いついて回し蹴りを放つ。

 黒はバーナビーに追いつかれた瞬間にワイヤーの回収を止め、重力に引っ張られて床へと落ちて蹴りを回避する。

 床に落ちた黒へとバーナビーは回し蹴りの勢いを乗せたまま、踵落としを黒へ向けて放つ。

 黒は床に足を着いたバーナビーの軸足に渾身の水平蹴りを、バーナビーの踵落としが届くよりも先に叩き込む。

 バランスを崩したバーナビーは背中から床に落ちる。

 黒は即座に身体を起こし、一番近いバーナビーの脚を掴む。

 『電気を自在に操る能力』を開放しようと、ランセルノプト放射光を発光し始める。

 危機を察知したバーナビーは黒が掴む脚を全力で蹴り上げる。

 まるで靴についた泥の様に簡単に宙へと打ち上げられる。

 黒はワイヤーを回収してナイフを手に取り、自由落下のまま床に着地し、即座にバーナビーに向けて全力で駆ける。

 身体を起こしたバーナビーは向かってくる黒に対して全力の右回し蹴りを放つ。

 黒は『超感覚』で回し蹴りを読んで飛び上がって避け、擦れ違う一瞬にナイフを右肩へ向けて振る。

 バーナビーの右肩の流線形のパーツに深く傷を負わせたが、バーナビー自身には何もダメージを与えれていない。

 肩の可動域を邪魔するわけでもなく、ただ破損しただけでしかない。

 黒は壁際へ、バーナビーは屋上の中心に陣取って再び対峙する。

 お互いに仮面を付けて表情は読めない。

 その仮面の下は、お互いに無表情で睨み合っている。

「スーツに傷を付けられたのは初めてですよ」

「……」

「しかも能力発動中にとは……さすがと行っておきます」

 余裕綽々と言い放つバーナビー。

 先程まで『犯罪者とは喋らない』と言っていたはずが喋り始めたバーナビーに、黒は警戒をとかない。

 視覚と聴覚、その他五感全てをフル活動させて周囲へと警戒網を広げる。

 黒の背中にゾクッとした寒気が刀で斬られたようにザクっと走る。

 寒気を察知した黒は、即座に横に回転しながら移動する。

 その刹那、黒がいた地点の壁が爆発したように崩壊して1人の人物が登場する。

 回転の最中に新たな人物の登場を確認した黒は、ワイヤーを向かいの廃墟の屋上の手すりに巻き付けさせ、建物を移る。

 即座にバーナビー達は飛び上がって黒を追ってくる。

 建物を二・三同様に移動した黒が屋上に降り立つと同時に、追ってきていたバーナビー達が対峙するように降り立つ。

「さぁ、もう逃げられませんよ……“黒の死神”」

「そうだぜ! 俺が来たからにはもう逃がさねぇぜ! “黒の死神”!!」

 黒の目の前に対峙しているのはアポロンメディアに所属しているヒーロー2人、バーナビー・ブルックス・Jrとワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹。

 同系統の意匠のヒーロースーツを着た2人は、敵意を持って黒を睨む。

 虎徹の参入……黒がほぼないと踏んでいた事態に黒は一歩後退する。

 しかも、虎徹も他のヒーロー達と同様に記憶が消され、書き加えられている。

 虎徹と別れ、すでに数十分が経っている……空間転移能力者がいてMEで作業するには十分すぎる時間だ。

 近接戦闘向けの能力の2人を前にいつまでも惚けているわけにもいかない。

 黒は深呼吸をして、目の前の2人に集中する。

 洗練された動きを見せるバーナビー、荒削りな動きを見せる虎徹……、性格も違うように見える。

 そんな2人は戦闘になれば不思議と息が合う、厄介なコンビである。

 2人はコンビを組んでそう長くはない。

 にも関わらず、言葉もさほど交わすことなくお互いが必要とする攻撃をしてくる。

 荒削りのコンビネーションだが、黒に攻撃の隙が更になくなったことを意味している。

 その事実を冷静に分析した黒は攻撃の意思を封じ込め、チャンスを作り出すことに頭を回す。

 黒が逃げることも攻撃してくることもないと見るや、2人は地を蹴り出して攻める。

 先制はバーナビー。蹴りを連打で撃ち込む。

 黒は後退を身体をずらして避ける。

 バーナビーの連撃の息継ぎが入ると、黒に息をもつかせない虎徹のパンチの連撃が襲う。

 黒は直ぐ様、『小円の体捌き』で虎徹のストレートの連撃を避ける。

 片足を軸にして、もう一方の足で円を描くように回って攻撃を回避する。

 軸足を即座に変えることで、連撃にも対応して行く。

 そして、虎徹の連撃の息継ぎが入ると、バーナビーが同様にして蹴りの連撃を開始する。

 黒は『小円の体捌き』を即座に止め、後退と身体をズラして蹴りの連撃を受けながら避けていく。

 最後の一撃が黒の右腕にヒットし、ナイフが真上に高く高く上がる。

 そして再び、バーナビーの息継ぎ。待ってましたとばかりに虎徹が攻撃を仕掛けてくる。

 その一瞬を突いて黒は虎徹の脇へと飛び込む。

 虎徹を挟んでバーナビーと対峙する位置取りをした黒。

 反射的に放たれた虎徹の左フックを、黒は全身に渾身の力を込めて腹で受け止める。

 腹に突き刺さる虎徹の左腕を両手でガシッと掴んだ黒は、力を調節しながら能力を開放する。

 白とクリアグリーンのスーツの表面をバチバチと電気が走り、地面へと逃げていく。

 感電させて意識を奪おうとした黒は、電気が内部まで行かない事に驚愕し、一瞬動けなくなる。

 その隙を本能で察知した虎徹は、『GOOD LUCK MODE』を発動させて右腕を巨大化させる。

 ガシッと掴まれている左腕を上に上げて、黒の腹をがら空きにして、全力の右スマッシュぶち込む。

 バッドで打たれたボールのように壁に吹き飛んだ黒は、廃墟の壁に突き刺さり、壁を破壊して止まる。

 壁が崩れ落ちると共に、黒も人形のように崩れ落ちていく。

 崩壊した壁は瓦礫となって黒の周りに落ちていく。

 その中に、数十個の円盤状のガラス板が落ちる。

 そのガラス板は別の世界で『流星のカケラ』と呼ばれている物体だ。





―――――――




 瓦礫と流星のカケラが散らばる床に黒は力もなく崩れ落ちる。

 黒の手が、流星のカケラの一つの上に乗る。

 限界を超えたダメージと精神的なダメージで崩れ落ちた黒は、四つん這いの体勢を維持するのが精一杯だ。

 ワイヤーで逃げるにしても、能力の活動限界が一分以上残っている虎徹とバーナビーからは逃げ切れない。

 もう戦えるだけのモノを黒は失ってしまった。

 ダメージを重ねた身体に止めとばかりに撃ち込まれた虎徹の『GOOD LUCK MODE』。

 内臓が悲鳴を上げるように血液を吐き出そうと胃に血が大量に込み上げていく。

 吐けばそれで終わり……吐かずとも動きはもう以前のように動けはしない。

 視界はグチャグチャに歪んでいる。

 視界も狭まり、大半が闇に呑まれてしまっている。

 『蘇芳を救う』そう決めたはずが、その障害はあまりに大きくなってしまった。

 パンドラは契約者を複数手中に収めている事はもちろん、“覚醒物質”というNEXTになれる薬物を所持している。

 時間制限付きとはいえ、能力者を大量に戦力として所持している。

 HERO TVが黒を犯罪者として扱っているところを見ると、ヒーロー達も敵に回っている。

 既にそれで追い詰められている。

 虎徹と別れて一時間も経っていないのに、記憶を消され、記憶を植え付けられている。

 三年間の交流の全てが跡形もなく消え去ってしまった。

 虎徹の記憶が消されてしまった以上、最も長く過ごしたドラゴンキッド・黄 宝鈴の記憶も消えているだろう。

 もう心の支えは全て亡くなった。

 身体も動かず、心ももう動けない。



『――蘇芳を救ってくれ……鏑木虎徹』


 そう口から零れそうになった刹那、黒の暗闇に包まれた視界に淡く暖かい光が差し込む。

『もう終わっちゃうの? 黒』

 暗闇に落ちかけた黒の心に一筋の光をもたらす暖かな声。

 この声に、黒は覚えがあった。

 その声はかつての仲間の声。

 その声はかつての殺したい程憎んだ者の声。

 その声は最後まで可能性を信じてくれたかけがえのない者の声。

 ――アンバーだ。

 動かないはずの身体が自然と動き、顔を上げる。

 そこには20代の大人びた緑髪をなびかせたアンバーが笑っていた。

 天国戦争の時にずっと見ていたその姿、懐かしくもあり、何よりも輝いている。

 アンバーの言葉に何度救われた事だろう。

『もう動けない?』

「もう……何もない。皆俺を忘れている。このまま……このままっ!

 ――俺は消えた方が、黄……リンの幸せに」

『そんなことないよ。

 あの娘の幸せはね“――――”いること。

 それに黒は何も無くしていないよ。

 ただ、形が変わろうとしているだけ。それに

 ――この世界で紡いだ“運命の絆”はまだ繋がってるよ。

 それにさぁ、私だって待ってるんだから……ね。黒』

 アンバーは優しく黒に語りかけ、優しくその手を黒へと差し出す。

 ヒーロー達の記憶が弄られ、“李 舜生”との記憶は一切残っていない。

 それどころか、“黒の死神”を敵と認識して全力で捕まえに来ている。

 黄 宝鈴の元に入れなくなって一週間、その事実がボディブローのように黒の心を黒く沈めてきた。

 それに追い打ちを掛けるように“李 舜生”との記憶を失ったヒーロー達が襲いかかってきた。

 もう、心の支えになるようなモノは何もない。

 味方はもう既にいない……いや、猫が今のところ唯一の味方か。

 そんな絶望的な状況の中、アンバーの声は救いだった。

 黒く沈んだ心に明るい日が差し込んできているようだ。

 黒は救いを求めるように、右手を差し伸べられたアンバーの手へと伸ばす。

 アンバーの手を握ると、鉄を握ったように冷たい感触が黒へと届く。

 その違和感に黒は、ハッと意識をはっきりさせる。

 アンバーの手を握ったと思った黒の手には、先程バーナビーによって空へと飛ばされた黒のナイフがスッポリと収まっていた。

 黒はナイフに羨望の眼差しを送り、惚ける。

 バーナビーにより蹴り飛ばされたナイフが再び黒の手の元に還ってきた。

 ただそれだけの事に、黒はアンバーの温もりを感じている。

 黒の周りに散らばった流星の欠片は薄く青いランセルノプト放射光を放ち始める。

 バーナビーと虎徹は、静かに惚けている黒へと近づいていく。

 虎徹達が黒へと近づくに連れて、ランセルノプト放射光は強さを増していく。

 バーナビーの能力の活動限界が一分を既に切っており、終わらせにかかってきている。

 ワイヤーで逃げられる以外は、二人に絶対的な優位であろうとも2人は油断をしていない。

「行くぞ、バニーちゃん」

「わかってますよ、おじさん。それにバーナビーです」

 2人は地を蹴り『GOOD LUCK MODE』を起動させる。

 巨大化した虎徹の右腕とバーナビーの右脚が黒へと迫る。

 2人が地を蹴った瞬間、青く光っていたランセルノプト放射光は爆発したかのような強い光を放つ。

 ランセルノプト放射光はただ光っているだけではなく、圧力を持って迫る虎徹とバーナビーをその場に押し留める。

 強い光が収まると、そこには光のような水のようなぼんやりとした輪郭をもった人型が立っていた。

 女性のような輪郭を持ち、ポニーテールをしているかのような形をしている。

 顔はデイダラボッチのように黒い斑点があり、顔が歪んでいるような配置がなされている。

 そこにはまるで少女が両腕を上げて通せんぼをしているかのようなモノが立っていた。

「なんだこれ?」

「……?」

「お前も見えてるよな? バニー」

「ええ……これも“黒の死神”の能力ですかね?」

 2人はその未知の人型が何かしてくるのか、なぜ出てきたのかがわからずに攻めれない。

 探るような視線を送る二人とは対照的に、黒はその人型に懐かしさが込み上げてくる。

 『観測霊』……ドールと呼ばれる契約者と共に現れた感情などを一切失った存在が持つ分身のようなモノ。

 それぞれ決められた対象に触れて離れた所にある同じ対象に観測霊を発生させて、離れた所の状況を知る。

 しかも、人型を形成できるとなれば一人しかその存在を黒は知らない。

 かつてのパートナー、盲目のドール『イン』である。

「……銀……なのか? お前は死んだはずなのに……」

 黒の言葉を聞いて、少し振り返った観測霊は静かに消えていく。

 消えていく観測霊はどこか微笑んだように感じた。

『銀も肉体は消えたけど、この世界にいるんだよ……きっとあなたなら銀とも会えるよ』

 アンバーの声と共に、観測霊は完全に消え去る。

 そして、黒の周りに散らばっていた流星のカケラは全て無くなってしまっていた。黒の手に握られていた一つを除き……。

『まだ、大丈夫だよね? 黒』

「そう……だな。俺にはまだ

 ――やらなければならないことがある」

 黒は、バーナビーと虎徹により受けた打撃で動かない身体に力を入れていく。

 全身が力を入れる事に拒否するように激痛を黒へと送る。

 激痛に耐え、黒はゆっくりと立ち上がる。

 いつでも捕まえられると余裕のバーナビーと虎徹は黒の行動を見ている。

「あれだけ打撃受けて立てるって、お前タフだな」

「瀕死には変わりありませんが、油断しないでくださいよ。おじさん」

 ゆっくりと近づいてくるバーナビーと虎徹。

 黒はナイフで左腕を斬り付ける。

 切った痛みに頭を活性化させる。

 重心を落とし、二人を凝視する。

 手に持った流星のカケラをポケットにしまい、集中力を高める。

 虎徹とバーナビーの能力は後一分もしない内に切れる。

 一分間逃げるのが最善の手だが……黒はさがるという考えが無くなっていた。

 能力が切れて身体強化がなくなろうと、二人は無傷で疲労もさほどないと言っていい。

 それに引き換え、立ち上がったとはいえ疲労困憊、倒れてもおかしくないダメージを受けている黒。

 いつ身体が動かなくなるかもわからないが、抗うのみ。

 能力が切れる時……決着の時にのみどれだけスピードを持っていようと対処できる“手段”がある。

 逆転の手をを撃つならばそこしかない。

 そのためには倒されないようにしながら、集中力を上げていくしかない。




『『GOOD LUCK MODE!!』』

 攻撃によりよろけた黒への止めとして、二人は同時に『GOOD LUCK MODE』を始動させる。

 先に能力を発動させていたバーナビーの能力が切れる寸前のタイミング。

 虎徹は右腕が、バーナビーは右脚のスーツが巨大化する。

 攻撃力は変わらないというが、二人のノリで渾身の力が込められている。

 黒は挟み撃ちで仕掛けてくる二人に対し、全力でバーナビーに向かって走り出す。

 黒はバーナビーの胸へと飛び込む。

 渾身の蹴りを放ったバーナビーは、反応しきれず黒の突進に対して手を当てるぐらいしか出来なかった。

 黒にしてみれば、バーナビーのスーツに触れれば成功だった。

 バーナビーの蹴りを全身して膝辺りで受けた黒は、一気に能力を開放する。

 黒の意識はバーナビーのアンダースーツに集中し、能力を伝播させる。

 黒の能力はポケットの流星のカケラが増幅させる。

 流星のカケラは普段は隠れている黒の能力の根底である『電子の完全支配能力』がバーナビーのアンダースーツを襲う。

 『電子の完全支配能力』。物質は電子が組み合わさった原子や分子で構成されている。

 黒の能力はこの電子の構成を変化させることが出来る。

 柔軟で強靭な素材で出来ていたアンダースーツは、即座に冷たい物質に変化していく。

 アンダースーツは全身が鋼鉄へと変化していく。

 同時に黒はバーナビーのスーツの内部にある電子回路へと能力を伝播させる。

 アンダースーツが鋼鉄に変化し、スーツ内部の回路は絶縁体に変化し、ヒーロースーツは拘束具へと変わっていく。

 黒は能力を開放し続け、流星のカケラは呼応するように輝きを増す。

 青い光・ランセルノプト放射光が、黒の周りでポツリポツリと瞬き始める。

「おい! バニーちゃん、何してる!」

「時間切れです」

「なら逃げろよ!」

「なんかスーツが硬化してるのか動かせないんですよ。まぁ期待はしてないですがよろしくお願いします、オジサン」

「おうよ! ベテランの力見せてやるぜ! さぁて

 ――ワイルドに吠えるぜっ!」

 不発に終わった『GOOD LUCK MODE』を収納した虎徹は再び黒へと襲いかかる。

 パンチを主体として組み立てられたコンビネーション。

 黒は片足を軸にして回転していく、『小円の体さばき』で対応する。

 片足を軸に半円を描くと、もう片方の足を軸にしてまた半円を描くように回転する。

 体中に激痛が走る黒に出来る精一杯の抵抗。

 ストレートを横にズレて避け、フックを後退して避ける。

 黒の鼓動に呼応するように周りの空間からランセルノプト放射光が光り始める。

「ちょこまかと! そんなすげぇ体術があるならなんで正義に生かさなかったんだよ!

 人を殺すばっかりの力なんかに!!」

「……正義、か」


 正義の味方を信じていたことも、なれるとも思っていた頃はあった。

 偽りの星がまだない平和な日々で……妹と。

 法を犯した者、悪を働いた者、悪い奴を裁くのが正義だと思っていた。

 それも何時の間にか崩れていた……いや、『捨てた』んだ。

 人を平気で殺す契約者になってしまった妹を守る為に……。

 悪に染まることを選んだ。

 いや、悪か正義かなんてものを考えるのを止めたんだ。

 心を凍りつかせてきた。

 それをこいつらは……鏑木・T・虎徹はなぜこうも、オレの心を掻き回す。

 この世界に来て……いや、この男に出会ってから凍らした心が維持できない。


 虎徹の言葉に揺れ始めた黒の心。

 動きも微かな鈍りを見せ、虎徹の渾身の左フックが黒の左腕を巻き込んでヒットする。

 吹き飛ばされながら黒は右手で必死に虎徹の左腕にしがみつく。

 黒はバーナビーと同様にスーツの構成物質を変化させて虎徹から逃れようと能力を開放する。

 黒の身体がランセルノプト放射光に包まれると、周りで瞬いていた光も大きくなっていく。

 空中に浮かせた黒へ、虎徹は身体を捻り力を軽く溜める。

『GOOD LUCK MODE』

 機械音と共に虎徹の右手は巨大化する。

 数秒後に迫った能力のタイムリミットに、能力も力も全力全開の一撃を黒の腹へ目掛けて放つ。

 能力を全開にしたことで、虎徹の身体の周りにもランセルノプト放射光に似た青い光が包む。

 周囲の光と黒を包む光、虎徹を包む光が繋がり、光は目を向けるのも難しい程輝く。

 上空から虎徹達の対決を移していたカメラは屋上が強い光に包まれたのを放送して、三人の姿を見失う。





―――――――





 強い光に包まれた虎徹とバーナビーは、突然舞台が変化したことに驚き周囲を見渡す。

 先程まで昼間だったはずが、上を見ると壮大な星空が広がっている。

 周囲には何もなく、地平線上に白い靄のようなモノが掛かっている。

 白い靄以外は何もない空間に2人はお互いに視線を合わせる。

 視線が合うと二人はさらに驚愕に包まれる。

 虎徹はかつてのヒーロースーツ、青と白のタイツスーツを着ている。
 バーナビーは4歳ほどの育ちのいい少年姿に退行している。

 お互いに本人かどうか確認すると、ひとまず落ち着こうと二人は深く息を吸う。

「どうなってんだ? バニーちゃん」

「知りませんよ。何度も言ってますが、バーナビーです」

「さっきまで再開発地区にいたよな?」

「ええ。空中が光ってたのでそれが関係してるのかもしれません」

「正解だよっ!」

 突如聞こえてきた無邪気な女の子の声に二人はバッと顔を向ける。

 そこには緑色の髪を腰まで伸ばした五歳児くらいの少女が笑顔で立っていた。

 真っ白な大人用の服をちぎってスカートにしたような服装に、首元に真っ白なファーがついている。

 肩から小さな赤く丸いポーチがかけられている。

 クリっとした琥珀色の瞳が2人を見つめている。

「お前何か知って……」

「ここは“彼”の心が流星のカケラによって具現化した空間の中。あなた達NEXTを見て、凍らせた“彼”の心が溶け始めた証」

「はぁ?」

「あなた達NEXTは私達契約者とは違う。

 嬉しさも、悲しみも、感情を失わずに、能力を行使している。

 ――それは“彼”にとっては憎みたくなるくらいに羨ましいことだったの」

「契約者って……アイツがそうなのか?」

「うん……でも本当は『契約者になろうとした人間』だけどね……

 “彼”にとってあなた達の存在は羨ましくて仕方ないの」

「“彼”って誰だよ!」

「そっか、忘れちゃったんだもんね……

 あの子だよ」

 緑の髪の少女は小さな指で虎徹たちの後ろを指さし、2人は指刺された方向を向く。

 そこには10歳程の黒髪の少年が両手で顔を隠して立っている。

 虎徹とバーナビーの2人は、その少年が『黒の死神』であると確信する。

 その少年の服装が、先程まで戦っていた黒の死神の真っ黒なロングコートを着ていたからだ。

 ダブダブのコートが少年の幼さを際立たせている。

 こいつか? っと振り返った虎徹。緑髪の少女は跡形もなく消え去っており、そこには何もなくなっている。

 あったモノがなくなり、なかったモノが平然と存在する。

 そんな不思議空間に混乱しつつ、2人は少年に注目する。

「おい……どうしたんだよ? てかボク誰だ?」

 虎徹が少年に声を掛けると、少年は声を出して泣き始めた。

「うわぁぁああん! ……嫌だよ……。

 もう殺したくないよ……もう誰も傷つけたくないよぉお!

 うわぁあああん!」

 少年は人目をはばからずに瞳から大粒の涙を流している。

 大粒の涙が少年の頬を絶え間なく流れ落ちていく。

「“彼”は大切なものを守りたい一心で手を汚していったの。

 誰も助けてくれず、誰にも頼れずに」

「なら俺達ヒーローを頼れよ! その為に俺達はいるんだよ!

 お前みたいな奴らを救うのがオレらなんだよ!」

 空から聞こえてきた先程の少女の悲しげな声。

 虎徹がガシッと少年の肩を掴んだ瞬間、少年は靄となって消え去る。

「なら、なんで助けてくれなかった?」

 振り返ると、先程の少年が少し成長し、こちらを睨んでいる。

 その目は希望も夢も捨てた真っ黒な瞳をしている。

 目の下にはクッキリと隈が刻まれており、真っ黒な闇に染まった瞳を強調している。

「なに言ってんだよ……?」

「お兄ちゃんは、対価で眠ってしまう私のために全てを捨てて手を血で染め始めた」

 後ろから突如として先ほどとは違う少女の声が聞こえてくる。

 振り返ると、黒のセミロングを後ろで纏めた東洋系の少女が少し悲しそうな瞳で少年を見ている。

 歳の頃はカリーナと同じ高校生ぐらいの少女。

 ピッチリ目のタイツスーツに宗と肩、肘を守るサポーターをしている。

 目立たないように落ち着いた色で纏められている。

「黒は私を守るために手を汚し、泣いて、傷ついていった」

 次は虎徹の左横から声が届く。

 二人が見るとそこには、銀髪をポニーテールにした焦点の合っていない瞳の東欧系の少女が立っている。

 黒と薄紫のロリータ衣装を来た少女も、東洋系の少女同様に悲しい瞳をしている。

「黒は足でまといのボクを連れて目的地に連れていってくれた。『撃つな!』って言ってくれた」
「お前は牧宮蘇芳!? なんで?」

 そしてまた銀髪の少女の向かいからまた声がする。

 虎徹は振り返ると同時に反射的に叫ぶ。

 北欧系の少女とは反対側から聞こえてきた声に振り返ると、そこには見覚えのある少女が立っていた。

 赤い髪を後ろで三編みにした少女、トレーニングセンターに襲撃を掛けてきた蘇芳がそこに立っていた。

 薄い青のダブダブのジャンパーとオレンジのヒラヒラスカート、黒のタイツにTシャツを着ている。

 その目は、襲撃を掛けてきた時のように、憎しみに染まっていない。

 むしろ、悲しみに染まっている。

「牧宮? パブリチェンコでは?」

「あれ? お前ネイサンから見せてもらってないの?

 あいつ『牧宮蘇芳』で捜索願が出てるんだよ……日本で」

「は?」

「そう……同じ一人の女の子を示す二つの名前……不思議だね」

 蘇芳について2人が話し、視線を合わせていると、何時の間にか周りにいた少女達と少年は跡形もなく消えている。

 その代わりに再び緑髪の少女が二人の間に座っていた。

 そして、少女はまた無邪気な笑顔をして笑っている。

 突如人が現れたり消えたりするこの空間に驚愕しつつ、全てを知って隠すように話す緑髪の少女から目が離せない。

「でもね、どちらも本当。

 この世界は元はあの娘に『優しい世界』になるはずだった……でもね、そうはならなかった。

 たった“一つだけ”違って世界は回ってる」

「は? 何言ってんだ?」

「わからないのは当然。

 でもこれは一つの答えを導く重要な道標。

 こんなことしちゃだめなんだけど……あなた達の“一分”貰うね」

 緑髪の少女は、エヘヘっと舌を出して笑うと、靄となって消える。

 少女が消えると同時に白い靄が突如竜巻のように巨大な渦を巻き始め、虎徹達を中心に渦を狭めていく。

 靄はドンドンと虎徹達に迫り、白や銀、蘇芳、アンバー、黒を飲み込み、さらには虎徹達をも吸い込む。

 渦巻く靄は激流のように小鉄達を空間を溺れるように流す。

 流されていく先は光に包まれており、そこに一直線に2人は流されていく。

 2人が流されていく先に視線を集中させていると、光の前に人影が現れる。

 激流に流される2人は高速で流され、人影に迫っていく。

 その人影と距離を詰める。

 白いYシャツとジーンズ、緑のパーカーを着ている男性。

 しかし、その顔は闇に包まれ、顔を見ることが出来ない。

「なんで……あなた達NEXTと俺達契約者はこうも違う……」

 悲しみが篭った声が2人に届くと同時に、2人は光に呑まれる。


 光が収まると、2人は再び再開発地区の廃墟の屋上に戻っていた。

 2人の姿は再びヒーロースーツを来た姿に戻っている。

 バーナビーは未だスーツが鋼鉄に変わっているため、動けずにいる。

 虎徹は身体を大きく動かして、元の場所に戻っているのを確かめている。

「あれ……? 戻ってきたの?」

「そうみたいですね……っというよりも、“黒の死神”は?」

 っへ? っと虎徹は先程まで黒がいた地点へと視線を向けると、そこには既に人影はない。

 上空を探してみても、人影は見当たらない。

 光が収まり、視界を回復させてから数秒目を離していた隙に逃げられた。

 上空に飛び上がり、黒の姿を探そうとしゃがんで力を溜める。

 スーツのモニターには後1分弱の能力開放の残り時間が表示されている。

 全力で飛び上がる虎徹。しかし、50cmほど飛び上がった所で重力に囚われて地面に着地する。

 はぁ? っと虎徹はモニターを見るが、正常に稼働していて、一分弱の残り時間を示している。

 しかし、能力は既に切れている……。

 混乱する虎徹に姿を消した黒を追う事はできず、虎徹は溜息をついて地べたに座る。

 上空から撮影するカメラは黒の姿を未だ捉えているが、虎徹は動けなくなったバーナビーを背負ってトレーラーへと帰っていく。





―――――――





 ワイヤーにより、バーナビーと虎徹のコンビから逃げた黒はいくつもの廃墟を渡っていく。

 バーナビーのアンダースーツの構成物質を変化させて動きを封じた。

 虎徹は未だ能力が切れていないため追ってくる可能性が高い。

 しかし、2人から一時でも逃れれたのは全てアンバーの置き土産のおかげだ。

 契約者の能力を増幅させる“流星のカケラ”が作用して“電気を自在に操る”能力のその先の能力をあの規模で引き出せた。

 流星のカケラなしだと極度の集中を要し、近距離のごく小規模にしか効果を発揮できない。

 極度の集中という点では変わりなく、黒の精神は疲弊している。

 頭がボーっとして、重い。

 そして、胃から血が逆流しようとする痛みが黒を苦しめる。

 完全とは言えなくても、虎徹とバーナビーの『GOOD LUCK MODE』を受けた黒の腹は赤い悲鳴を挙げてようとしている。

 それを必死に喉に力を入れて押さえ込む。

 そして回らない頭を回して、未だに空から追ってくるHERO TVのヘリコプターから逃げ切る術を考える。

 バーナビーと交戦する前まではそのままパンドラへと襲撃を掛けるはずだった。

 虎徹とバーナビーとの戦闘で疲弊した黒に、すぐにパンドラへと攻め込む力は残っていない。

 残るはHERO TVから逃げ切り、力を蓄える。

 それには何かしら策を講じて逃げ切る必要がある。

 人が溢れる所へと出て仮面とコートを捨てて一般人に紛れる……これが一番妥当な策だ。

 それにはあと数Kmほどこの再開発地域から脱出しなければならない。

 それもヒーロー達に追いつかれずに……。

 黒はすぐさま体中から上がる悲鳴を無視して立ち上がる。

 黒が走り出そうと前をむいた瞬間、視線の先には魏 志軍ウェイ チェージュンが嬉しそうに口の端を釣り上げて笑っていた。

 黒の短髪を逆立た東洋人は顔面の左半分が灼けている。

 手首には赤く染まった包帯が巻かれている。

「よく逃れましたね……いえ、失ったものも多いようで」

「魏……」

 黒は魏の姿を見た瞬間に、懐からナイフを取り出す。

 魏は手首に巻いた包帯を解き、ナイフで再び手首に刃を入れる。

 お互いにそれ以上の言葉を紡ぐことなく、申し合わせたように同時に全力で走る。

 お互いが全力で走り始め、まず仕掛けたのは魏。

 お互いに手の届かない距離で手首から血を黒に向かって飛ばす。

 黒は速度を一切落とさずに、体勢を落として血をやり過ごす。

 お返しとばかりに仕掛けた黒。

 お互いに手を伸ばせば届く距離で、速度を一切落とさずにナイフをに電気を纏わせ、魏の喉元へと目掛けて振る。

 ナイフに纏った電気は魏の喉元へと向けて走る。

 黒がナイフを振り始めた瞬間に走りながら半歩横へと移動して、黒との距離をわずかに取る。

 その結果、電気は魏の喉元へは届かずに刃は振り抜かれる。

 魏はナイフと電気を避けると同時に手首から血を黒へと投げる。

 黒は地面スレスレまで身体を床に落として血をやり過ごす。

 お互いが擦れ違いの瞬間に放った攻撃は当たりはしない。

 そして魏は、攻撃と回避によって地面スレスレから飛び跳ねている黒へと手首から流れる血を飛ばす。

 血を飛ばした魏は手を振った勢いで身体を回転させて、血がヒットしたと確信して立ち止まる。

 空中にて魏の血の攻撃が迫る黒は、ナイフを左手に即座に持ち替えて、右手を左の裾の奥へと突っ込む。

 そして、勢い良く向かってくる血へと少し赤く染まった白い布を右手に持って振る。

 黒は立ち止まった魏を振り返らずに廃墟の縁まで走り続ける。

 縁で止まった黒は、すぐ真下を確認する。

 真下にはドブ川流れており、黒は手に持った更に赤く染まった白地の手拭いを手放す。

 黒と魏、お互いに振り返らずに背中を向けあってしばらく静止する。

「この世界に来て五年……私は“何か”に負けたくない。“何か”を殺したいと想い続け身体を鍛え続けてきました。

 ――虚無を掴むような充実感もないままに。

 しかし、“覚醒物質”によって能力と記憶を取り戻してからは“何か”が“あなた”だという事を思い出せました。

 そのおかげで私は今まさにあなたを殺せる至高の幸福感が湧き上がっていますよ」

「……」

 背中合せのまま語り始めた魏。

 口の端を下ろしたくても下ろせないといった風につり上げた魏は、ゆっくりと黒の方を向く。

「この五年で、アナタとの差が縮まったかと思ってましたが

 ――どうやら速度はもう圧倒的に私が上のようですね」

 魏の言葉の終わりと共に、黒はゆっくりと振り返る。

 黒の仮面やコートにはベッタリと血が付着していた。

 白地の仮面の半分が赤く染まっている。

 魏はこの瞬間を心から楽しんで、指を組む。

 そして、全身の力を指に集中して、指パッチンで甲高い音を出す。

『パッチィ−ーン!!』

 甲高い音がなった瞬間、黒は体勢を崩してドブ川へと大きな水しぶきと音を立てて落ちていく。

 直ぐ様、魏は黒が落ちたドブ川を覗き込む。

 濁った水の中に赤が所々に混じっている。

 魏は沸き上がる幸福感に天を仰いで身体全身を使って喜びを表している。

 しばらく魏は叫び続け、屋上から離れることはできなかった。

 その様子を中継するHERO TVでは謎の乱入者である魏の存在について興奮気味に放送している。

 カメラが再開発地域に振り数秒魏がカメラから外れた瞬間、魏はその姿を消していた。

 屋上に魏の服だけを残して……。





―――――――





「くっそぉ……仮面野郎どこ行きやがった」

 黒が落ちたドブ川の下降にて、『西海岸の猛牛戦車“ロックバイソン”』が悪態をつきながら、ドブ川を見下ろす。

 ドブ川の水は汚く濁っているが、薄らと赤くなっている部分がある。

 この赤は明らかに人間の血によるものだ。

 今この時に、血を流しながらドブ川を流れているのは、一人しか考えられない。

 先程までドラゴンキッドを除くヒーロー全てと戦っていた黒の死神だ。

 しかし、こうも濁っているドブ川に潜られたら上から探すのは困難だ。

 ロックバイソンは、黒の死神を見つけ出せない苛立ちから壁を殴る。

 その折、空中を漂う手拭いがロックバイソンの角に掛かり、視界を奪う。

 タオルは赤黒く汚れており、所々ポッコリと大小の穴が空いている。

 ロックバイソンにはそのタオルに、いや手拭いに印字されている

 『鏑木酒店』

 所々抜け落ちているが、確かに印字されているのはその文字だった。

 ワイルドタイガーこと鏑木虎徹が、破いて捨てたのか……っと思いつつ、苛立ちから手拭いをドブ川に叩きつけるように捨てる。

 ドシンドシンと足音を鳴らしながら路地を去っていく。

 その数分後、ドブ川から黒が這出てくる。

 ビチャビチャに濡れたコートと身体の黒は、かすかに残った力を振り絞り這い上がる。

 自身のナイフを足場に這い出た黒は、ナイフを回収する余裕もなく四つん這いのまま動けない。

 仮面が落ちても、気にするだけの余裕がない。

 屋上からドブ川にダイブしてすぐに、胃に溜まっていた血を吐き出した。

 魏から受けた最後の血は、鏑木楓からもらった手拭いで全て受け止めた。

 だから魏が能力を開放して破壊したのは手拭いだったという事だ。

 そして、なけなしの力で必死に握っているのは、先程ロックバイソンが捨てた手拭いだった。

 黒が屋上で手放したモノが再び手元に戻ってきた。

 仮面が落ちて素顔が晒された黒は、酸素を求めて必死に口を開け必死に酸素を肺へと送り続ける。

 必死に身体を動かそうと回復に努めるも、数分経っても体に力は戻ってこない。


 力が……湧いてこない。

 この一週間まともに食事を取っていない事も原因の一つだろう。

 自棄飲みとばかりに呑みに呑んだ酒もそうだろう。

 黄と一緒にいた時のあの安らかな日々の夢を見るから寝れなくなったのもそう。

 それでも鏑木楓を救うまでは、無理にでも力を出せていた。

 それが……失った繋がりが。纏わり付く絶望が。届かなくなった希望が。

 その全てが鎖のように縛って、身体を動かなくさせていく。

 失いすぎた血が視界をぼやけさせる。

 纏わり付く泥水が体温を奪っていく。

 一歩一歩、すっからかんの体に残る力を搾り出して這いずりながら進む黒。

 路地の先へと視線を向けると、ほっそりとした女性のシルエットが見える。

 視界がボヤけた黒にはシルエットが誰なのか判断する事が出来ない。

 光を背負うシルエットに、黒は薄れていく意識で無意識に声を出す。

「鈴……」

「……」

 黄 宝鈴の名を呼んだ黒は、糸が切れた人形のように地へと落ちる。

 力尽き、地に堕ちた黒の身体は動かない。

 虫の息の黒は微かに呼吸して生をつないでいる。

 しがみついていた意識が剥がれ、失神と共に黒は俯せのまま動かない。

 必死に伸ばしていた手は日陰と日向の境界線を超えれず、日陰にて動かない。

 その手の先には感情のない冷たい瞳で、黒を見下ろすかつての仲間“ハヴォック”が立っている。

 視界のぼやけた黒にはそれがハヴォックであると見分けがつかなかった。

 それで求める希望“黄 宝鈴”の名前を呼んだ。

 そのハヴォックは倒れている黒を見ようとも、感情一つ動かさない。


 ――契約者らしく、感情が欠落している。


「やっと見つけたよ、黒」

 冷たく言い放ったハヴォックは、ゆっくりとペタペタと足音を立てながら黒に近づいていく。





......TO BE CONTINUED






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■作者からのメッセージ
こんばんわ! ハナズオウです!
久しぶりに短いスパンで次の話投稿出来たと思います。
二週間に一本と言っていたあの頃の自分がいかに燃えていたのか……。
頑張って完結までいきたいと思います。

そして、皆様!
冬真っ盛り?wですね!!

もう寒いこと寒いことww
私は自転車用に用意した手袋やらパッチやらでなんとか凌いでいますが、皆様どうお過ごしでしょうか。
私は付き合い始めて4年になる炬燵が毎日せっせと暖めてくれます

世間話をしてても仕方ない?w ので、ここらで置いておきます。


やっとハヴォック出せたぁあああ!!!
そして、今回容量最大www
ようやくバトル終了しました。
そして、DTBの世界とタイバニの世界との関係性についてアンバーからヒントが出されましたw
明確な答えはまた後後語っていきますw
わかった方はニヤニヤしてくれると嬉しいです

次回は少し雰囲気がガラっと変わる(?)と思います
皆様あまり期待せずにゆっくりお待ちくださいw


進路について少し悩んでいたからこっち(執筆)に逃げていた節もありますが、
感想を貰えたり、閲覧数が伸びたら嬉しくて書いちゃいますねw

読者の皆様、一言でもいいので、感想を頂けると嬉しいです!
小躍りは毎度モニターの前で窯しておりますので、お待ちしておりますw


 では、これより感想返しとさせていただきます。

  >黒い鳩 さん

 いつも感想ありがとうございます。
 今回はほぼタイガー&バーナビー戦になってしまいました。
 グダグダと間延びしているのではと心配しています……;x;

 対スカイハイと対バーナビーとの戦闘の激しさについてなんですが、
 2人とも能力によるレンジが違うので、それが書き分けれたかはわかりませんがどちらがっというのは付けないようにしました。
 スカイハイは黒の攻撃が届かない所から安全に強力に戦えます。
 バーナビーは、近接戦闘でスピードとパワーで圧倒して戦えます。
 要は黒がどう料理するのかって話ですしね。

 しかし、逃げること優先していた黒なので、綺麗に戦闘できなかったのが残念です。
 いずれ、しっかりと戦闘するシーンを書きたいです。

 ブルーローズについては、やはり TIGER&BUNNY のヒロインですからねw
 この後のエピソードとの繋がりもあって優遇しましたww

 黒の電撃にて意識を失わせるって手段なんですが、DTBの頃に一度やっているので今回の戦闘でも採用しましたw
 しかし、スーツによって防がれた結果に終わりましたが……

 設定資料を持っていないので、憶測で対電撃対策を施しました。
 炎対策もされていたので、最低でも同じヒーローの能力に対する対策は施されているのではないかと思っています。


  >13 さん

 いつも感想ありがとうございます。
 虎徹さんはあっさり記憶を弄られて敵に回ってしまいましたw
 ついに黒の味方はほぼいなくなりましたよww

 どん底に落ちましたねw落とせたぁああああwww

 ここから遂に『死神の涙』編のクライマックスに向かおうとしております!
 楽しみにしておいてください!
 
 13さんも新作頑張ってください!
 お互い完結に向けて頑張りましょう!


  >もちこ さん

 感想ありがとうございます!
 DTBを知らないとわからない単語がいくつかあったと思います。
 フォローが足りず申し訳ないです。

 お互い完結出来るように頑張りましょう!


 では短いですが、これにて感想返しとさせていただきます。
 また次回のあとがきでお会いしましょう!
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