俺達はメヒド・カッパルオーネ老の計らいにより、
フィリナの事をどうするのかについて彼の工房内で話し合いをする事になった。
実際、現状は俺とフィリナ、元”箱庭の支配者”の二人、ティアミス、ティスカ、エイワスの”日ノ本”メンバー。
大まかにわけでも7人は3つの勢力に別れている。
もちろん、個々の意見もあるし、正直意見をまとめるだけでも今までのように俺が突っ走るわけにはいかない。
そんな理由もあり、工房にある会議室を借りることになった。
メヒド老は今も何人か弟子をとっており、会議などを開いて次に開発する魔法について話し合ったりもするらしい。
「芯也、貴方はこのままフィリナを連れていくべきだと考えるのね?」
「問題がなければそれが一番手っ取り早いんだが……」
「マスターの魔力供給がなければ私は恐らく……」
言いかけて言いよどみ、そのサファイアブルーの瞳を伏せフィリナがうつむく、
そう、今はもう俺からの魔力が切れても彼女が死ぬかどうかはわからなくなった。
フィリナの魔力が切れれば恐らく聖なる力で復活するだろう。
ただし、その後の彼女が彼女でいられるのか、それとも使徒になってしまうのかはわからない。
使徒の強大な力を考えると彼女のままで居る事は難しいだろうというのが大方の予想ではあった。
「つまり、少なくとも芯也にとってフィリナの魔力が失われるのは自殺に等しい。
そう考えていいのよね?」
「恐らくはそうではないかと思います。
過去、第一使徒は容赦する事を知らなかったようですから。
魔族と見れば、いえ、下手をすると関わりを持つもの全員に処罰が下る可能性が高いです」
「処罰って……」
「白き翼の使途ユエル、彼女の翼は燐光を放つ。
これは伝承によると、炎の力ではないかと言われていますから……」
「炎使いね……」
翼を持ち上空から炎の攻撃をしかけてくる。
まるでドラゴンじゃないか……。
それは他のメンバーも感じたのだろう、皆渋い顔をしている。
少なくとも、このメンバーは俺が魔族だから敵、相手が使徒だから従わねばならない。
そういう精神構造の者はいないようだ。
それは正直ありがたかった。
「それを踏まえて、その魔力に関する調査は、”日ノ本”のメンバーだけで行った方がいいと思うの」
「それは……」
「芯也、フィリナがあの国に行くのは問題があるのよね?」
「ああ」
「でも、貴方が行けば、フィリナの魔力供給のために連れていかざるを得ない」
「それは……」
「つまり、フィリナの魔力供給をしつつ安全でいるためには、貴方が行かないのが最善、違う?」
ティアミスの言うことは一々最も、正しい方策だと思う。
そのきつい光を湛えた瞳も、小柄ながらしゃんと芯の通った姿勢からもそれ以外ないのだという意気込みが見える。
そうは言っても、俺やフィリナと違い、ティアミス達は普通の生身だ。
しかも、まだランクもCとDが殆どで、唯一Bランク魔法使いのヴェスペリーヌは元”箱庭の支配者”。
信頼できる強者がいるかと言われるとまだ疑わしいレベルでもある。
調べることが調べることだ、恐らくはかなり中枢近くまで行かねば得られない情報だろう。
いざ荒事になったとき、こちらにジョーカーがなく、クイーンのカードが使えるかどうかわからないとなれば……。
俺は思わず、赤毛の女性に視線を向ける。
ヴェスペリーヌは、大柄なその姿をローブとビン底眼鏡で隠し、三つ編みの髪型等で特徴を消し、表情を読ませない。
正直やりづらい相手だ、ホウネンのほうは真逆でいつも微笑んでおり、袈裟こそ着ているが偽っているようには見えない。
しかし、こちらはポーカーフェイスというより、微笑む事でほかの感情を読ませないように見える。
つまり、彼らは俺達に心を開いている訳ではないということだ。
元々俺達も彼らに心を開いていないのだから仕方ないが、俺達の方はむしろ警戒している事を読まれている。
その上で彼らは俺達の元にいるのだから、何か含むものがある可能性は高い。
「疑い深い人ですねー。あれは”箱庭の支配者”のルールだったからそうしていただけですよ。
”日ノ本”に入った以上は”日ノ本”のルールに従います」
「そうであって欲しいものだな」
「でしたら……そうですね。私が人質代わりにこちらに残りましょうか?」
ホウネンはそう言いい、両手を上げて無抵抗を示す。
確かに、ヴェスペリーヌが居なければ国境を超えられない以上彼女を連れていくしかない。
俺としてはホウネンを人質にとったところでどうなるものでもない。
そもそも人質になるのか疑問ですらある。
「う”ーっ、あんまり難しい話ばっかりされても分からないのだ!」
「ティスカ?」
「喧嘩してても何にもならないのだ! 皆仲良くするのだ!」
海賊風の帽子の下から栗毛の髪を振り乱しながら、ティスカが叫ぶ。
その表情は、俺達を心配してくれているのがよく分かり、少し泣けてきた。
俺は、それを見て色々不安はあるものの、それを飲み込む事に決めた。
「ボゥィ、その表情はやるべき事を決めた男の顔ですねー」
「ああ、フィリナの事は、新生”日ノ本”に一任する!
俺達はその間、魔力の搜索を進めておく。
俺の場合、それがかなり重要になるんでね」
「ええ、でも行き先は残しておいて。そうでないと合流できないわ」
「ああ」
「えっ、お兄ちゃん達と分かれるのだ……?」
話がまとまりかけたところで、別の意味でティスカが悲しそうな顔をする。
これは困った、実際問題必要に迫られてなのだが……。
「ティスカガール。依頼人でもあるシンヤボーイの願いだ。
聞き入れて上げるのも冒険者というものだよ」
「でも……折角会えたのだ……」
ティスカは山の中でお祖父さんと長く2人だけで暮らしていた過去がある。
最近になってようやく知った、仲間や人の温かさそれを失う事を怖がるのは仕方ないのだろう。
この世界に来て初めて信頼されることを知った俺もまた似たようなものだからそれを否定もできない。
しかし……。
「そうね、こちらのパーティは十分よ。
戦闘を想定した依頼でもないわけだし、申し訳ないけど神聖ヴァルテシス法国と事を構える位なら逃げるわ」
「それでいいよ。依頼はあくまで使徒の魔力の質に関する調査だ」
「なら、ほらティスカ」
「えっ……、でも、ティアミスねーちゃん……」
ティスカは戸惑っているようだ、ともあれ今後の指針は決まった。
俺、フィリナ、ティスカの三人は俺やフィリナに扱える巨大な魔力の搜索、
ティアミス、エイワス、ホウネン、ヴェスペリーヌは使徒の魔力の質を詳細に調べる。
どちらも半ば荒唐無稽ではあるが、幸いどちらも全く一応ながら目算がある。
俺たちはやはり、5色の魔物のうちどれかを見つけることだろう。
そして、その魔力を利用させてもらうしかない。
それ以外の手段がないとはいえないが、また一から探すことを考えれば、
金色以外の、以前探しそびれた白銀やその他の魔物を見つけるほうが早いだろう。
利用法が確実にあるとは言えないが、幸いにして俺には魔王の知識がある。
恐らくそれらの魔物がなんであるかはわかっているつもりだ。
そして、ティスカが付いてきてくれるとなれば、非常にこちらには有利に運ぶだろう。
ティアミス達は使徒の魔力の質についての調査。
これについては、メヒド老から色々と指示を受けているようだ。
しかし、この老人もフィリナのためにそれだけのことをしてくれるのだから、
それなりに思い入れを持ってくれているのだろう。
俺は夕食の後、少し屋上に上って景色を見ていた。
別に暑いわけでもないが、というかこのアイヒスバーグという都市は気温も或る程度管理されているらしく、
地上から200m上にあるのに、風が強く吹き付ける事も無ければ、外気に肌を晒していてもそれほど刺すような寒さもない。
時期的には真冬になるはずなのだが、まあ魔法について細かく考えだすときりがない。
そんなふうに物思いに耽っていると、後ろから声がかかった。
「黄昏ちゃってまあ、似あわないわよそんなの」
「ティアミス……。たまには俺だって格好つけたくなる事もあるさ」
「それで格好がつく自分じゃない事は知っているでしょうに」
「……まあな」
フィリナは自然と俺を追い越し、ベランダの手すりに腰かける。
危ないのは事実だが、バランス感覚に優れた彼女の事だ、その辺の心配はないだろう。
その割に森が苦手だったりするちょっと変わったハーフエルフではあるが。
「それで、どんな用件だ?」
「用がなくちゃ来ちゃいけないの?」
「いけない!」
「ええっ!?」
「というのは嘘だが、ティアミス。お前は用件もなしに俺の所に来る奴じゃないさ」
「心臓に悪い冗談ね。でもそう、用件は確かにあるわ」
ティアミスはおどけて返そうとしたようにも見えたが、また表情を戻す。
彼女が俺に話しかけてくるとすればそれは……。
「ごめん……なさい……」
「俺はティアミスに謝って貰うような事はないよ」
「私は……貴方を傷つけたわ」
「俺も君を傷つけた」
そう、あの時俺の肩にはティアミスの放った矢が、ティアミスの足には俺のショートソードが突き刺さった。
一応追ってこれないようにという意味であまり深く傷つけたつもりはないが……。
ティアミスもまた、俺を殺すつもりはなかったようだった。
だが、互いに傷つけあった事は事実だった。
「私は魔族が自分のパーティにいたという事実が明るみに出た時の事が怖かった」
「誰だってそうさ、信用を失うばかりか俺と同じようにお尋ね者になってもおかしくない。
だから、知らなかったという事にした君の判断は正しい」
「でも、貴方が居なくなってから、”日ノ本”は私のパーティのようでいて、貴方のパーティだった事がわかったわ」
「え……?」
「パーティの活気が全然違うのよ。成し遂げる力が足りない。
だから、依頼を受ける回数も減ったし、依頼の達成率も下がったわ」
ティアミスが語ったのは、つまりそう言う事だった。
俺が抜けた”日ノ本”は腑抜けてしまっていたのだと。
ずっとティアミスは俺を追い出した事への後ろめたさが抜けなかったのだろう。
当然それは他のパーティメンバーにも伝播する。
結果的にパーティがぎくしゃくし始めていたのかもしれない。
俺のせいでそうなったのだとすれば本当に申し訳ない限りだ。
「でもそれは、俺が魔族になってしまったからで……」
「そうよッ! なんで魔族なんかになったのよッ!!」
「ッ!?」
「アンタのッ!! アンタが魔族なんかになるからっ!! なんでよ……」
「それは……」
フィリナが助けられる状況を見過ごせなかったからだとはいえ、
ティアミスの聞きたい事はそれではない事も知っている。
俺はパーティの存続とフィリナを生かすという事の選択肢でフィリナの生存を選んだ。
その場、その瞬間にティアミスもいたのなら恐らくは納得も出来ただろう。
しかし、俺はパーティの事なんて考えず相談もせずその場で一人突っ走った。
結果が今の状況だ。
「大した実力もないくせに、どっかのお話の主人公みたいに突っ走って傷ついて。
貴方はいい事したつもりかもしれないけど……残された人達はどうなるのよ!!」
「それは……」
「パーティはね、”家族”なのッ! 隠し事をしちゃいけないのよ!
姉さんみたいに……一人で突っ走って他人には分からない事を叫んで、周りを拒絶して。
結果的に回り全てを滅ぼすような……そんな一人には絶対させないからッ!!」
そうだった……、彼女の姉は村を滅ぼし逃げ去ったのだ。
それまでは天才と呼ばれていたらしい、何事も抜んでていて、そつなくこなし
運命に引き寄せられるように彼女の前では色々な事が起きたらしい、ティアミスはあまり直接は知らないようだが。
ただ、それだけに一人だったという。
彼女を真に理解する者がまるでいなかった、それはつまり異世界に迷い込んだ俺達と似たようなものだろう。
「それで……なのか?」
「ええ……。リスクは高いと思ったけど。
それでもシンヤ、貴方を私達の中に戻す事にしたの、もちろん今度のように別行動になる事もあるでしょうけど、
やるべき事があるなら、それは別れではないでしょう?」
「ティアミス……」
見た目は中学生の小柄な少女なのに、ハーフエルフの特徴なのか、いつも彼女は深く読んでいる。
悪戯っ子のように目を細めるその瞳も、風に揺らめくエメララルドグリーンの髪もそれを感じさせはしないというのに。
そんな彼女の表情に、俺は目が離せなくなっていた。
「オホンッ、失礼してもよいかの?」
「えっ!?」
「あっはい!」
突然の訪問者に、俺は動揺し、ティアミスは顔を赤くしてそそくさと屋上から下って行った。
そして、俺の目の前にいるのはポリポリと頬をかく爺さんが一人。
「何の用ですか、メヒド・カッパルオーネさん」
「ほっほっほ、青春の邪魔をしてしまったようじゃのう。
すまぬすまぬ、じゃがワシのほうでも幾つか言っておきたい事があっての」
「……言っておきたい事?」
「そうじゃ……。一つ目、ワシはな魔族はあまり好きじゃない」
「なっ」
「もちろん、じゃからと言ってお主らに危害を加えるつもりはない。
それに、人に戻りたいというなら手を貸す事もやぶさかではないの」
「では……、俺達が人に戻る事を期待して?」
「それもある、が、もう一つ。ワシは神が大嫌いじゃ」
「へ?」
「ソール神、精霊女王、人の世界は2人の勢力争いの構図と言ってもよい。
力関係ではソールのほうが上じゃがな。
そして、魔族にも元々は神がおった、だからこそ庇護する神が変わるだけで人は魔族になる」
「……」
「これはお主達への忠告じゃ、機神などという紛い物等ではなく、お主らのしている事は神に敵する行為となる。
ワシもまた、差し伸べられる時は手を差し伸べよう。
しかし、神の手は長く、我らの手は短い、やれる事とやれない事はキチンと決めておくのじゃ」
確かに、このままフィリナの事を元に戻そうとすれば使途達との戦いが起こる可能性がある。
使徒達がどれほどの強さなのか、俺は完全に知る訳ではない。
ただ、恐らくは魔王と同等かそれ以上だろう事は疑うべくもない。
それは歴代魔王の記憶から知る事ができる。
今の状態で誰か一人でも敵対する事になれば、全滅必死だ。
ラドヴェイドだからこそ、俺達を第三使徒ボイドから逃がすことが出来たのだ。
今の俺、フィリナもパーティ全員の能力を含めても恐らくボイド相手にまともな戦いになるか怪しい所だろう。
「順番なら付けていますよ。俺は……」
「ならば、ワシはお主がどこまで頑張るのか見せてもらうことにするのじゃ。
このジジイに失望されるような事にならぬようにな」
「それより、魔力と調査が終わるまでに体を壊したりしないでくださいよ。
俺達はメヒドさんだけが頼りなんですから」
「ふんっ、ワシは後100年生きるつもりじゃわい!」
「ははは……」
本当に生きそうだ、このじいさんは……。
まあ、禿げてはいても腰も曲がっていないし、背もそこそこ高い。
老人としては皺のほうもさほど多くはない、見た目なら70代でも通るかもしれない。
実年齢は100を突破しているらしいが。
「ならば、早う寝い、どうせ明日は早いのじゃろ?」
「はい!」
ティアミスとの会話を邪魔されたことは、その会話が終わる頃にはほとんど忘れていた。
だが、屋上から部屋の方に戻っていくと、ティアミスが少し渋い顔をしてからプイッと横をむき去っていった。
あー、もしかして待っててくれたのだろうか?
それは正直悪いことをした。
ともあれ、今日はもう寝ようと扉の前に来ると、そこにはフィリナがいて俺に一言。
「この童貞」
「えっ!?」
そう言って去って行った……。
つまりは、俺とティアミスの話しを隠れて聞いていたという事か。
全く……。
ほとんどデバガメ状態じゃないか……。
とはいえ、もろもろあったが、取りあえずその日は暮れて行った。
翌日、メヒド老への挨拶もそこそこに、俺達はエレベーターに乗り込むため柱のほうへ向かう。
ティアミス達は早々に出発するらしいので見送りも兼ねる事になっていた。
俺達はもう少し5色の魔物について調べてからになる予定だ。
チェックをクリアし、エレベーターを下りながら思う、このエレベーターって俺達の世界でも実現はしていないなと。
100人乗れるエレベーターを作るくらいなら、何か飛ぶ乗り物を作りそうではあるしな。
「しかし、凄いわね……。良くこんなものが上下に移動できるものだわ。
それに100人くらい乗っているのに、これだけ隙間があるんだもの重量だって凄い事になっていそうね」
「まあ、維持のために、この街に住む何十万人という人々から魔力を分けてもらっているらしいですからね。
本人達にとっては僅かでも合わせれば凄まじいまでの魔力となりそうです」
「凄い高いのだ! この窓の外には出られないのだ?」
「ティスカガール、そんなに身を乗り出しては危ないデスよ」
「落ち着きがない人達ですねぇ」
「(こくこく)」
全員このエレベーターには確かに興味があるらしい。
かく言う俺も無いとは言わないが……。
そんなふうに他の客たちに嫌がられないように注意しつつ話していた俺達は、異変が起きるのに気付くのが遅れた。
最初の兆候はエレベーターが一度がくんと揺れた事だった。
俺も含め皆少し疑問に思ったものの、こういう乗り物では良くある事なので気にしなかった。
しかし、二度目の兆候は流石に無視できないものだった。
そう、内部に灯っていた明かりがふっと消えたのだ。
「なんだ?」
「魔力の供給が切れたのではないかと」
「なっ、そでじゃあ……」
「安全のためにその場に停止するでしょう」
そう言う仕組みが存在する事事態が驚きとも言えるが、恐らく何度か失敗しているのだろう。
しかし、エレベーターが止まる……魔力の供給が断たれた?
一体どういう事なんだ……。
そんな時、窓の外にある大きなスクリーンから何かが投影された。
『我々は”黎明の星団”である!
諸君らも分かっているだろうが、今この都市の魔力は全て我らの支配下にある。
抵抗は無駄だ、繰り返す抵抗は無駄だ。
我らの要求は単純にして明快、過去の王権の復権にある!
要求については、1刻後に再度通信を行う、それまでに現状を確認し誰に従うかを決めておくといい』
なっ、まさかテロリスト……。
この世界にもテロリストがいたとは……。
だがそれで収まる訳も無い。
停止の原因を考えれば復旧の見込みはあまり期待できないという事だから。
「キャー!?」
「俺達は閉じ込められたのか!?」
「出して!! ここから出して!!」
他の、恐らくは一般の乗客たちが騒ぎ始める。
乗っていた添乗員というかエレガの人はもみくちゃになっていた。
このままパニックになれば、死人がでてしまうだろう。
そういう勢いがある。
「待て! 待つんだ!」
「こんな混乱しても碌な結果にならないぞ!!」
そう言って制止する人達もいたが焼け石に水だ。
100人くらいいる客が一斉に騒いだのではエレベーターそのものに影響が出かねない。
ワイヤーは一応張っているとしても万が一という事もある。
俺は少々特殊な魔法を使うことにした。
サイレンスのような沈黙の魔法、しかし、全員がただ沈黙しても混乱が増すだけだろう。
だから、俺は魔王の魔法の一つ、自分の声の波長以外を消す魔法を唱える事にした。
戦闘中に唱えられるほど短くはないが、数分で詠唱を終了した俺は、小声でそれを発動させる。
「皆、聞いてくれ!」
俺の声は無茶なほど大きくはなかったが、他の音が消えた影響で良く響いた。
他人のざわめきも、反論も全く聞こえてこない。
俺の魔法とはそれそのものだからだ。
「生きて帰りたいなら冷静になれ! 皆バラバラに動いては生き残れるものも生き残れないぞ!」
最近、こういう状況に陥りがちな俺はやはりこの状況は切実でもある。
しかし、俺の魔法が引き金になったか少し落ち着きを取り戻したように見えた。
俺は、魔法の効果を切ると、近くにいた添乗員さんに話しかける。
「添乗員さん、非常口なんかはないんですか?」
「あっ、はい。一応天井に設置されていますが……」
皆の視線が天井を向く、確かにエレベーターの中央に扉と思しき場所があった。
他種族はあまり意識していないのか高さは4m弱、しかし、それでも俺達が直接行くのは難しい。
だが、ここは魔法都市だ、魔法使いはそれこそ10人に一人の割合でいる。
そして、この中にも飛行の魔法を使う魔法使いはいた。
その男が先に天井の扉を開けて外に出て、ロープをたらして皆がそれを登った。
俺たちはさっき俺が格好つけた手前、最後に出ることになった。
「この支柱塔の内部は、エレベーター以外にも階段での移動が可能ではあります。
ただ、現在地は2層と3層の間に位置しており、どちらも入口は閉まっています。
このような事態が起きたときに、利用されないよう厳重に魔法による封印がなされています。
ですので、出るならば4層まで登るか1層まで下るかしかありません。
どちらでもさほど距離は変わりませんが、降りであるため、一層に向かう事をお勧めいたします」
確かにそうだ、上りと降りじゃ体力の消耗が違う、それに空を飛んで抜けるには、ここは狭すぎる。
旅暮らしの俺たちはまだいいが、ここの人たちはそうもいかないだろう。
ベターな選択だと思い、俺たちも螺旋階段を下っていく一団の中に入る。
しかし、それは甘い選択だったようだ、下から上がってくる一団があるのを見つけてしまった。
「あれは、さっきのテロ集団の一員か?」
「魔法を止めることでチェック部屋を機能不全にしたんだわ」
「降り駄目じゃないか!!」
「馬鹿! 大きな声を出すんじゃないわよ!」
一般の人々が騒ぎ始めている。
上がってくるテロ集団の数は10人ほど……。
持っている武器のなかに銃はない。
まあ、当然なんだが……。
この世界にはまだ銃がないはずだから。
だが、武装はアーミーナイフ等の小柄な武器と飛び道具で武装しているのが見て取れる。
あくまで上にいるから一歩先に見つけることができたのだが、皆が見つかるのも時間の問題だろう。
「添乗員さん、二層の出口に案内してくれ!」
「しかし封印が……」
「捕まりたくないなら急いでくれ!」
「はっ、はい!」
結論から言えば、第二層の封印はフィリナの手によって解除することができた。
しかし、二層の出口にみんなが殺到した結果。
テロリスト達に見つかってしまう結果となってしまった。
「殿は俺たちで引き受けるから、急いで脱出するんだ!」
日ノ本メンバーには悪いと思うが、乗りかかった船というか。
俺達がやらなければ誰もやる人がいないのは間違いない。
だから……、下から上がってくるテログループに飛び抜けた強さの奴がいない事を願った……。
「どうやら、そうも上手くいかないようです」
「ちっ、召喚か……」
そう、近づいてくるテログループは多数のモンスターを従えていた。
この世界でも見かけないような、犬の凶暴化したような魔物を……。