自己紹介するのも久しぶりな気がするが、俺の名は四条芯也。
なんつーか、巻き込まれ続けてるうちに魔王の後継者とかいう訳のわからないものになった運の無い男だ。
とはいえ、この世界に来てからはある意味充実している、危険も多いが、信頼に値する人達との出会いも多かった。
だがまあ、元オタクで何もしてこなかった俺がここまでこれたのはラドヴェイドのお陰も大きい。
オタクとしては割合マシな体型だったとは思うが、筋肉なんてまるで無かった俺が、
僅か一年足らずで一端の冒険者レベルまで来れたのはスタミナを補ってくれたりなど色々なサポートを受けたお陰だ。
彼を失った俺は……。
もちろん、パーティの仲間たちとも色々あったし、彼らを信頼している。
真面目で小柄なハーフエルフ、ティアミス・アルディミア。
力自慢の力士体型の戦士。ただ、弟妹達を養うので大変な印象の方が強い。ウアガ・ドルトネン。
普段は好々爺然としているが、いざという時には頼りになる薬師。ニオラド・マルディーン。
騎士をお貴族様と勘違いしているだけでなく、口調も怪しいが割と考える事は考えている。エイワス・トリニトル。
山の中でお爺さんと二人暮らしだったせいか、考え方がストレートで感が鋭い少女。ティスカ・フィレモニール。
日ノ本のパーティだけじゃない、他にも色々な人に世話になった。
その辺りはともあれ、俺が魔族になったのはフィリナを復活させるためだ。
ソール教団の司教の立場にいた彼女だが、陰謀に巻き込まれて殺されたらしい。
復活には成功したものの、使い魔の立場に置いてしまうという申し訳ない状態が続いている。
見た目も美人だし、スタイルも抜群だし、家事も卒なくこなすパーフェクトな彼女。
俺としても使い魔にできてしまった以上邪な考えを持たない訳でもないが、意思の介在しないそう言う事は避けたい。
というか、俺のそう言う部分を知ったからかもしれない。
フィリナは俺の事を事あるごとに童貞とからかうわけだが……。
おっと、横道にそれてしまった。
フィリナの正しい復活を行うため、情報を集めて行くうちにメヒド・カッパルオーネという魔法使いならと、
メセドナ共和国の首都、魔法都市アイヒスバーグまでやってきたのだが。
大統領選挙の真っ最中だったらしく、偉く騒がしい中俺達は今後の方針等を決め、これからという時だ。
今度はアイヒスバーグでテロ組織が動いていたらしい、魔法都市を維持している魔法を乗っ取ったか何かしたらしく、
4層に分かれた魔道都市の各層を繋ぐエレベーターを止められてしまった。
俺達は辛くもエレベーター内を脱出するものの。
下の階から駆け上がってくるテロリストの一団を前に他の客がパニックになるのもまずいと考え、
俺達が殿を務めながら第二層に逃げ込む事を決めた。
第二層は住宅街、とはいっても、一般の人は立ち入りの難しい区域。
つまり、富裕層の居住区となっている。
一般というか、貧民層はアイヒスバーグそのものに入る事が出来ないし、旅行等は第一層にしか立ち入らない。
そのため、第二層に住む人間は上流階級というイメージが定着しているらしい。
もちろん、ある程度名の通った貴族などは政治を行う第三層に住んでいるため、中間の層である事も事実だが。
とまあそう言う訳で、緊急時の事とはいえ、ビビって動けなくなる者もいた。
「俺達が第二層に入るなんて……、後でどんな罰をくらうか!」
「あいつら高慢だけど、今は緊急時だもの。大丈夫よきっと」
「しかし……」
俺達は下から上がってくる魔犬の群れをどう対処するか考えていたが、
そうやってなかなか第二層に入ろうとしない人もいるため、避難はなかなか進まなかった。
下から駆け上がってくるテロリスト達を見ても動かないのだからある意味尊敬に値するともいえるが、
俺達は死にたくない。
「ティアミス、フィリナ、ティスカ、ヴェスペリーヌ。一般の誘導を優先してくれ」
「いいの? 結構な数がいるみたいだけど」
少し釣り目のティアミスがを見つめると睨みつけているようにも見える。
まあ、これが素なんだろうが……。
とはいえ、エメラルドグリーンの髪をポニーテールにした、
中学生程度にしか見えない彼女はハーフエルフである事もあり飲み込みは早いはずだ。
「脱出が早ければその分持ちこたえる必要も低下する。
それに女性のほうが一般人を落ち着かせるのに向いてるだろ?」
「拙僧も人を落ち着かせるのは得意なんですがな……」
ホウネンは相変わらず常にほほ笑み続けている。
ハゲ頭と袈裟、そしていつも細められた目と笑いの形に整っている口元。
誰がどう見ても、どこぞの仏法僧というふうにしか見えない。
「ホウネンは回復サポートを頼む、エイワス、前衛は俺とお前でいくぞ」
「分かっているさボゥイ! レィディ達を守るのは騎士の務め!」
エイワスは何だかテンション上がっている。
金髪で眉目秀麗、白い貴族風のフリルだらけの服の上から白い鎧を装備というなんとも場違い甚だしい男だが、
前衛としての実力は十分に持っている、問題は背が165cm位で痩せ型なため、前衛の体力がないという事か。
今まではそれをテクニックでカバーしてきた彼だが、新しい盾を装備している。
何か特殊な盾なのだろうか?
「無茶するんじゃないわよ!」
「気にする事はありません、マスターはその他大勢の為に死ねるほど純粋ではないですから。
一部分は限りなく純粋ですが」
「それってどこなのだ?」
「フィリナ……、思っていても口にしないでほしいな……。
それとティスカ、その答えは大人になってからね」
「えー、お兄ちゃんひどいのだ!」
真面目な顔してからかい半分のフィリナとあっさり騙されるティスカ……。
フィリナはお姉さんらしくしてほしいし、ティスカも年相応になるまで頑張ってほしい……。
海賊帽やマントのせいで年齢不詳だが、ティアミスと並ぶほどの身長から分かる通りティスカも12歳なのだから。
まあ、戦闘に関しては実際危なくなるようなら戦闘のほうに参加してもらうが、急げば魔犬が駆け上がってくる前に終われる。
戦闘なしで済めばそれが一番だしな。
とはいえ、魔犬の階段を駆け上がるスピードは人のそれを大きく上回っているようで、
先行した魔犬数匹が俺達のいる踊り場まで賭け上げって来つつあった。
「エレガの人、出来るだけ早く非常口を開けて第二層に逃げ込んでください!」
「もう少々お待ちください!」
非常口は何らかの手段でロックされているらしく、開けるのに手間取っているようだ。
非常事態で焦っているという事もあるだろう。
ともあれ、そうしているうちに魔犬が俺達のいる場所まで到達してしまった。
「さあ、集中するんだボゥイ!」
「お互いにな!」
エイワスと俺は盾の役割であり、魔犬を倒すのが目的じゃない。
だが、向こうはそんな事を言ってもくれない。
牙をむき出し唸りながら俺達に飛びかかってきた。
エイワスはシールドを魔犬の鼻先に叩きつけるように動く。
鼻は犬の弱点でもある、いい攻撃だと言えるだろう。
今度は俺の所にも2匹飛びかかってきた。
「ちぃっ!」
魔犬は牙での噛みつき、爪もはやしていて引っかきも行ってくる。
俺は剣一本なので、2体同時はすこしきつい。
だから、剣で一方を牽制しながら、同時に紡ぐ。
「炎よ爆ぜよ! フラムマイト!」
小さな火球がもう一匹の鼻先に出現し爆ぜる。
炎系の呪文としては大した威力でもないが、鼻を火傷した魔犬はのたうちまわる。
その間に俺は牽制していた方に仕掛けた。
上段からの振り下ろし、犬等の背の低いタイプにはそれなりに使える攻撃だ。
だが、剣は確かに魔犬を捉えたものの、その傷は浅い。
この犬……。
「ちっ、固い!?」
切りつけた俺の剣は魔犬を切り裂く事は出来なかった。
傷は付けたものの、致命傷には程遠い。
まるで、鉄の塊にでも切りつけたように腕が逆にしびれる。
まさか、魔犬だけが先行したのはその耐久性の高さからか……。
「どうやらタダの大型犬とは訳が違うようだボウィ!」
「ああ」
「ならば、こういうのはどううでしょう? オン・マリシエイ・ソワカ!」
「んっ?」
ホウネンが俺達に向けて魔法を放った。
どこかの真言のような呪文によって発動したそれは俺達を赤い輝きとなって包み込む。
一瞬何かされたのかと疑ったが、特にそう言う感じはしない。
ホウネンはそれを確認すると俺達に、
「さあ、魔犬を攻撃してみてください」
「分かった!」
俺はそう言うと魔犬に攻撃を加える。
今度はきちんと切る事が出来た。
つまり、攻撃補助の魔法という事か、確かに今までいなかったタイプの使い手だなホウネンは。
「ほう、面白い魔法ですねホウネンボウィ!」
「おほめに預かり恐悦ですな」
ホウネンの魔法で加護を得た俺達は魔犬を5匹、6匹と切り倒す。
とはいえ、魔犬のほうはまだまだ数を減じる様子はない。
テロリスト達は駆け上がりながら補充をしている?
そんな事を考えていた時だ。
「開きました! さあ、皆さん。急いで居住区へ!」
「ああ!」
「あんな魔物に殺されるのはごめんだ!」
「皆さん、押さないでください!
時間はありますから! あの3人が時間を稼いでくれています!
順序を守ってきちんと避難してください!」
「うっせえ! 死にたくないんだよ!」
「こら!」
俺達が魔犬の相手をしている間に、脱出が始まったようだ。
とはいえ、お世辞にも統制がとれているとは言えない。
あまり時間がかからないといいのだが……。
テロリスト達はもう後5分もすれば駆け上がってくる。
流石に50mの螺旋階段を上がり続けているので少し息が上がって来ているようだが。
それでも、このまま魔犬を増産され続けるだけでも結構辛いのも事実だ。
「しかし、召喚系の魔法は魔力を大量に消費するはず。
一体どこからそれだけの魔力を得ているんでしょうねぇ?」
ホウネンは俺達の後ろで気楽に構えながらポツリと言った。
ホウネンは多少サボってるのも事実だが、俺達を突破された場合の第二の盾でもあるので、仕方ないともいえる。
まあ、それは兎も角、確かに多い。
俺とエイワスが戦闘不能にした魔犬だけでも10匹にもなっていた。
下から上がってくるテロリストグループは20人程度、その内召喚をしているのは一人だけだ。
だが、一向に途切れる様子がないのは気になる所でもあった。
「一般の避難は終わったわ! アンタ達も脱出を急ぎなさい!」
「わかった!」
「では早速」
「ふぅ、レィディ達の見ていない所で活躍するのはむなしいですね」
そんな感じで、第二層に滑り込んで閂をかけ、テロリスト達が入り込めないようにする。
これでどうにか一安心といった所だ。
「あいつらがここを突破しないとは言い切れないけど。
今の所私達が出来るのは、警備隊にその事を報告する事くらいね」
「そうだな。その辺はティアミス達に任せるよ。フィリナ、所でここは……」
そう、第二層は今暗く、人通りも少なく、陰気な雰囲気ばかりが目につくとても首都の住宅街とは思えない有様だった。
これはつまり、先ほどのテロの影響でエネルギーの供給がストップしたという事なのだろうか。
ましてやこのアイヒスバーグは何もかもを魔法に頼っている所があった。
魔法で湯を沸かし、魔法で火をつけ、魔法の乗り物に乗って移動、電気やガスの代わりもしていたはずだ。
つまり、その供給が止まったという事は既に文明が失われたに等しい程の衝撃だろう。
彼らはそれらの魔法に慣れ過ぎていたのだから。
「私も来たのはほんの数度だけですので詳しい事はわかりませんが……。
恐らくは今アイヒスバーグから出ようとしている人達と、家に引きこもって出てこない人達が殆どではないかと」
「なるほど……。だがだとすれば。エレベーター入口は」
俺は視線を俺達が出てきたエレベーターの柱に戻す。
俺達が出てきたのは螺旋階段からなので、通常のエレベーター入口とはかなり遠い位置にある。
少し回り込んでみてきた所、確かに人が集まっている様子があった。
「こうなってくると、パニックが怖いな」
「既に半ば起こりかけているとみていいでしょう」
「そうね、ここにも長居する訳にはいかないわ」
「全く忙しい事ですねぇ、ティータームを楽しむ暇もない」
俺の言葉にフィリナとティアミスが答え、エイワスが感想を入れる。
実際俺達はまださほど疲れてはいないが、一般の人達は疲労の色が濃い。
理由は明らかだ、俺達のように常に危険に身を晒している訳ではないのだから、ストレスが体調を犯しているのだろう。
少なくとも、ここにいる一緒にエレベーターから脱出してきた人達くらいはなんとか脱出させてあげたい。
だが、テログループはまだ要求を出していない。
一応、何を目的としてこんな事をしたのかはわかる。
犯行声明を信じるならば、魔族をこの国から追い出す事が目的のようだ。
魔族を受け入れた事で魔族との戦争を回避しているメセドナ。
しかし、その事によって他の人族の国との折り合いが悪くなった。
実際、この間起きたザルトヴァール帝国との小競り合いはそれが原因の一つだったらしい。
俺達を追いかけるのは口実で、ザルトヴァール帝国はメセドナ併合を考えていたようだ。
ただ、帝国側の国民感情的にも問題はなかったし、他国との共同戦線が可能だと考えていた節がある。
その最たる理由が魔物と共存する国民性だった。
それは、ソール教団の教えとは真逆の行為であるし、精霊女王もまた魔族を滅ぼす腹積もりがあるようだ。
つまり、その点に関しては周囲の国々と相容れない。
しかも、どちらも国家権力に多いに食い込み、また一般人の支持を受けている。
だから他国に連合を組まれて攻められる可能性を排除するには魔族を国から追い出すしかない。
そう考えているのではないかと思っているのだが。
どちらにしろ、要求そのものはまだ分からない。
この先の事を思えば十分な休憩はかかせないはずだ。
「暫く休める場所に行かないか?」
「それはいいですが……、あの人達の半分くらいはもう勝手に出て行ってしまいましたよ?」
「元々この階層に住んでいた人達もいるでしょうし、好きにしてもらうしかないわ」
「では、ワターシがエレガのレィディと交渉してきましょう」
「あっ……、ああ頼む」
「じゃあ、うちもエイワスにいちゃんと行ってくるのだ! 難しい話しは苦手なのだ!」
エイワスは一目散に、ティスカも海賊帽子をひっつかんで急いで追っていく。
まぁ、無茶な事はしないと思うがエイワスも或る意味欲望がダダ漏れだし、ティスカも微妙な理由だなおい。
ともあれ、先行して安全確認と、同時に出来ればテロリスト達がどこに向かったのかも知りたい所だ。
明らかに、このテロは大統領選挙を目標にしているように思える。
何より、元勇者のパーティのオーラムさんが俄然有利に選挙を勝ち進んでいる状況で起こったテロ。
今までの貴族体制の破壊を行うだろうオーラムさんを標的にしている可能性はないだろうか?
確信はないが、やはり気になるポイントだった。
「俺の今までを思うと、もしかして俺の不幸に皆を巻き込んだんじゃないかと思えてくるよ……」
「面白い事を言いますね」
「ホウネン?」
俺が今までの事を思い返しため息をつこうとしていると、ホウネンのどこか喜色の混ざった声がする。
振り返ると一瞬だけホウネンが目を開いていた。
次の瞬間には糸目に戻り表情は張りついたような笑みに戻ったものの、今のは……。
「へぇ、そういう目もするんだな」
「まあ人間ですし、いつも笑ってもいられませんよ」
「なるほど、それで俺に何か言いたい事があるのか?」
「何、難しい話しじゃありません。
ここにいる人達はメセドナの政府や軍に任せ、我々は早々に目的のために動くべきだという提案です」
「……なるほどな」
ホウネンが言った事を反芻する。
今俺がやろうとしている事は確かに、エレベーターでたまたま乗り合わせていた人達を助けようとするものだ。
ましてや、心のどこかでクーデターの解決に協力しよう等と考えている部分があった事も否定できない。
ホウネンはその事を言っているのだ。
「線引きをしっかりしておかないといらないものまで背負い込んでしまいますよ。
今こうなっているのが、正にその結果だと貴方も分かっているんでしょう?」
「それは……」
確かに、だからこそ今の俺はラリアに帰れなくなっている。
ティアミスやフィリナも一瞬口を出そうとしたようだが、あえて口をつぐんでいる。
理由は分かっている。
俺が背負い込み過ぎなのだと理解しているのだろう。
だが、同時に俺はこの背負い込み過ぎの今こそが大切なのじゃないかと思ってもいる。
理由は単純明快だ。
「こうして、起こった事に対し何かやるべき事がないか考えて動き続けるのは楽しいんだよ」
「楽しい?」
「そう、だってそうだろ?
何もせずに逃げ出して後からああすればよかったとか、こうするべきだったんじゃないかってさ。
空しいと思わないか?」
「えそれは……」
「実際俺はほんの一年半ほど前まではあらゆる事から逃げていたし、何もかも中途半端で投げ出してた。
生きていければいいやって心のどこかで諦めてたのかもな。
でもさ、そんなの生きてるって言えるのかな?」
「生きている、いえ、生きているんですよ。それでも。
大半の人々はそうやって臭いものにはフタをし、恐ろしいものからは目をそむけて生きている。
そうしなければ、下手に手を出してしまえば破滅する事がわかっているから」
「だけど、それは楽しい訳ないよな。責任を取らずに済めば楽ではあるけど、同時に達成感も周りの信頼も得られない」
「……そうですね」
「だからさ、つまらない生き方をするよりは、多少無理でも頑張って我を貫きとおしたいってね」
恩返し、それももちろんある。
この世界に来てから強くなれたという思いもある。
好奇心もある、責任感もある、この際野次馬根性やエロに対する好奇心もプラスしてもいい。
それらを含めて、俺は自分が出来る事をしたいと考えている。
簡単に言えば、俺は今の俺が好きなんだ。
「自分を好きになりたいから、じゃ駄目か? それが自分のやりたい事をする理由だよ」
「そのせいで他人が巻き込まれてもですか?」
「巻き込まれて不幸になる人が出ないように努力はする。
それでも、不幸になった人に対してはできうる限り責任を取る。
俺がしたいのは、俺の周りの人が不幸にならない事。それくらいのもんだ。
巻き込まれる人も、被害の程も無制限という訳じゃないしな」
「まあいいでしょう、返事としては悪くないですよ。ですが、どんなに頑張っても泣くものが必ずいる事はお忘れなく」
「ああ……」
分かっている、特に今回の場合は貴族院議員達、オーラムさんら下院の議員達、テロリスト達、そして一般人。
それぞれ恐らく正義があり、それらは微妙に食い違っているだろう。
俺がやりたい事はどちらかと言えば衝突の回避、もしくは被害の縮小に過ぎず、根本解決は他の人に委ねるしかない。
「だから、俺達のやる事は簡単だ。
この人達を護衛して、第一層に降り、脱出する。
可能であれば途中オーラム議員を拾っていくが、第三層に行くつもりはない。
そこまでの事をすれば今度はここの人達が危険になる可能性があるからな。
皆の意見はどうだ?」
「私はマスターの意見に賛同する事しかしません」
「その言い方は卑怯な気がするが……」
最初に言ったのはフィリナだが、言い方は素晴らしく卑怯なものだった。
まあ、フィリナも心持ち笑っているように見えるが。
「私はパーティのリーダーだから他の人達の意見を優先するわ」
「では、私は反対しておきましょう。
パーティを危険にさらしかねない行為だと思いますからね」
「(こくり)」
ホウネンと、先ほどまで全く表情に変化を見せなかったヴェスペリーヌが意見を言う。
つまり、パーティ5名のうち2名が反対に回ったという事だ。
エイワスとティスカ次第では、俺とフィリナの2人でやる必要が出てくる。
まあ、この2人だった事も長かったし、それはそれで仕方ないんだが。
そこに、丁度先ほどのエレガのお姉さんと話しをしてきたエイワスとティスカが戻ってくる。
「いいですねぇ、もっとレィディ達にワターシの活躍を見てもらいマース!」
「悪い奴はやっつけるのだ!」
二人の意見はある意味順当というか単純というか。
むしろ俺としてはありがたいが、そんな理由で決めていいのかと思わなくもない。
ただ、そうなると当然パーティの意見は真っ二つに割れた事になる。
当然ながらそうなれば、リーダーであるティアミスの意見が決定権を持つ。
「丁度割れたわね、なら私の意見を言うわ。
私は反対する。護衛を引き受けたのはあくまで依頼人のシンヤだけ。
他の人の護衛までは引き受ける気はないわ。
複数の依頼を同時にという訳にはいかないからね」
「ああ、そうだな」
少しさびしくはあるが実際その通りでもある。
ティアミスの言う事は最もだった。
既に俺は依頼をしている、ここからさらに依頼を行うのは酷かもしれない。
「でも……、貴方がこの人達の護衛を続けるというのなら、雇われた私達は付いて行かない訳にはいかない。
何より、その場で命令されればお金の分だけは働かないといけないわね」
「つまり……」
「どちらにしろさほど結果は変わらないと思うわ」
それは悪戯っぽい笑み、ティアミスはわざとホウネン達を立てて、その上で方針を変更したのだ。
まあ実際、なし崩しでそうなった可能性も高いのでこの際置いておくべきかと思うのだが。
ともあれ、俺達の方針は決まった。
次はどうやって第一層に降りるかという事だ。
エレベーターは止まり、非常用の螺旋階段には多分まだテロリスト達がいるだろう。
となると、別の柱を見てくるしかないな。
確か4本存在していた気がする……。
「まだテロリストの人数を把握していない以上しらみつぶししかないが行こう」
「ええ!」
「あまり本調子じゃないんですけどね」
「レィディ達に見せつけるためにはそれくらいでいいのさ!
ホウネンはまだ不満が残っているようでもあったが、俺達はそのまま別の柱へと向けて移動を開始した。
それぞれの柱への移動は大よそ1時間程度。
4kmは離れている計算だ。
そんな事を考えながら、降りて来ていた柱から東側のほうの柱に向かう。
実際1時間かからずにたどり着いたそこはまた同じような状況だった。
一つ違うのは螺旋階段用の非常口が動いていない事だ。
ロックを魔法で解除出来るようにはなっておらずエレガのお姉さんも首をひねっている。
しかし同時にこれではここからの脱出は難しいだろうと判断した。
「次の柱に行きましょう。
グズグズしているとこの層にもテロリストが進出して来るかもしれません」
「そうだな、皆頑張ってくれ!」
後ろに続く一般の人達を見ながら、そろそろまた休憩が必要だろうか?
そう疑問に思っていると、またしてもテロリストが出たようだった。
3番目の柱にはテロリスト達が占拠したと思しき陣地が立ち並んでいた。
「素早い……。こうなると、最後の柱が頼みだな」
「そちらはやめたほうがいいです」
「何?」
フィリナが口を挟んで止めた事が気になり振り向く。
よく見れば一般の人たちも何か思案顔をしている。
最後の柱に何かあるのだろうか?
「単純な問題ですが、最後の柱は第三層への直通エレベーターしかありません」
「非常口なんかはないのか?」
「それは私も皆さんに聞いてみたのですが……」
「そうか」
つまり、このままでは脱出もままならないということのようだった……。