テロリストグループ”黎明の星団”。
それは、単純に言えば人類と魔族が慣れ合いをする現状を憂う者によって組織された一団である。
もちろん、一枚岩ではなく、それぞれ主張する所はあるものの、おおよその考え方は2つにわかれる。
一つは魔族の被害者、もしくは被害者の親族や親しかったものによる復讐を考える者たち。
メセドナにあっては少数派である彼らはしかし、考え方においては”黎明の星団”の中核でもある。
もう一つは諸外国との関係を憂う人々、もしくは外国から金を掴まされている者たち。
メセドナは周辺各国から魔族との付き合いをやめるようにいつも圧力を受けている。
そのせいで、色々なテロが横行している現状でもある、彼らもまたそういう他国出身者や支援金をもらっているものも多い。
つまり、魔族に恨みを持つ者、魔族を追い出す事で利益を得るもの、それらが集まったテロ集団が”黎明の星団”である。
彼らが今回テロの実行に及んだ理由は単純なものではある。
情報が手に入ったからだ。
とはいっても、ただの情報ではない。
情報屋がもたらした情報はかなり値が張ったもののどちらも価値のあるものだった。
一つ目は、今回の大統領候補の一人、オーラム・リベネットが魔族と癒着している証拠。
もう一つは、メセドナ共和国首都である、魔法都市アイヒスバーグのセキュリティシステムへの侵入方法。
特に後者は凄まじいまでのアドバンテージを彼らにもたらした。
実働部隊が僅か300名程度のテロ組織である彼らにアイヒスバーグの占拠を可能とするほどに。
「リーダー、上手くいきましたね!」
「マウス、この程度で成功というんじゃない。セキュリティの穴はわかっていた。
ここまでは出来て当然なんだ、それよりもこの後、第三層への侵入こそが重要だ。
政治機能を頂かねばな、それに、そろそろ要求を出さねばならん」
「流石リーダー! では早速放送の準備をさせて頂きます!」
リーダーと言われた大柄の男は厳めしい顔を崩さず色々な思考をしているようだった。
マウスと言われた男は小柄で力の無さそうな男だが、テキパキと準備をしている。
ここは”黎明の星団”が占拠した中枢魔力管理センター。
地下深く埋められたこの部屋で、人々から集められた魔力を色々な役割に振り分けていたのだ。
バリアにしたり、環境制御をしたり、エレベーターを動かしたり、偏光制御で太陽の光を取り込んだりとやる事は多い。
それらを一斉に止めた事により、アイヒスバーグは現在未曽有の混乱に包まれている。
「しかしリーダー、あの情報屋いい情報をくれましたね」
「いい情報か、確かにな。しかし、当然対価は金だけではないはずだ」
「金だけじゃない? どういう意味です?」
「我らのこの行動が何らかの得になる者が後押ししているという事だよ」
「俺達の行動が誰かの得に? そりゃ国民全体に得はあるでしょうが……」
「そう言う意味じゃない、俺達が国に盾突く事が自分達に都合がいいと考える輩もいると言う事だ」
「……それは」
「国外だけではないかもしれんな、元々政府は腐っていたが……」
リーダーは情報屋のバックまではつかめていないものの、おおよその流れを把握していた。
しかし、乗せられているのだとしてもチャンスはチャンス、逆にこちらも利用して見せればいいだけの事。
清濁併せのむ程度の器量がなければ集団のリーダー等やっていられない。
「おっ、丁度準備が出来たようです!」
「分かった」
放送のための魔法による立体映像のシステム中枢はあまり安定しているとは言えない。
本来のものではなく、割込の魔法回線を使っているため尚更という点が大きいだろう。
一回に使えるのは現状数分程度、回復には2時間近くかかってしまう。
しかし、他の立体映像のシステムは止めているため、今現在映るのは彼らの放送のみだ。
「これより、我々の要求を伝える。
だが、その前に伝えておくべき事がある。
大統領候補の一人、オーラム・リベネットについてだ。
君たちは彼が勇者のパーティとして名高い”明けの明星”のメンバーであったという点に信頼を置いているだろう。
しかし、彼らが勇者であったというのは嘘である!
あれは単なる茶番に過ぎない!
その証拠に、魔王が死んだはずであるのに、魔族は減りもしなければ勢いが収まる風でもない」
ここでリーダーの大男は一拍の間を置く。
これらの情報が、視聴者の頭の中に入るのを待っているのだ。
衝撃的な事実を理解するのは、それなりに時間がかかる。
実際、そのままならば信じないだろう。
だが、彼には切り札があった。
「何故ならば、メンバーの一人、フィリナ・アースティアは魔族であるからだ!
知っているか?
彼女は魔族である事を理由に、ラリア公国にて討伐命令をだされ、今や国際指名手配を受けている!
実際、冒険者協会へ行けば、賞金の額も張り出されている!
そんな彼女が所属していたパーティが信用に値すると思うか?
魔王が死んだというのが謀りでないと言えるか?
同じパーティに所属していたオーラムは人の味方か?
それどころか、彼を議員として置いていた議会も信用できない!!
やはり、この国は王を必要としているのだ! 何物にも脅かされず騙されない、不屈の王を!」
大男は、また一拍を置く、今度は話題を切り替えるためという事になるだろうか。
実際、今ので弾劾は一応終わっている、本格的に弾劾してもいいが、何よりあまり時間はない。
軍がここに突入してしまえば彼らは終わるしかないのだから、それまでに決着をつけねばならない。
「我らの要求は2つ!
一つは、王族の解放! もう一つは国王陛下への、軍権委譲だ!!」
革命時に王族の大半は死んだが、まだ一部の王族は生かされている、象徴的な意味で。
実際外交をする際に王族という肩書は役に立つのも事実だからだ。
現在の王国は貴族達に使われる存在、メセドナにおいて既にそれは常識であり、王族の復活を狙うのはごく一部だったろう。
もちろん、少数派だからこそテロ等という暴力に訴えるしかなかったともいえるが。
だが、これだけで乗っ取りができると彼らは考えていない。
「今から1刻ごとに、1区画づつ空気対流の調整を変更し、酸素を無くす!
10回、10刻経過後はアイヒスバーグは完全に無人と化す!!
それまでに王族の解放と軍権の委譲を済ませるんだな!! 楽しみにしているぞ!!」
解放と委譲の手続きそのものは恐らく半刻もあれば可能だろう。
しかし、議会が結論を出すまでに1日や2日で済む可能性は低い。
1刻(2時間)ごとに命が失われていくという危機に際してもどの程度の俊敏さが可能かは疑問だ。
彼らの賭けは未だ薄氷の上に立っているに等しい。
後は、別働隊が議会に上手く襲撃をかけられるかどうか、それで全てが決まると言ってもいいだろう……。
大男は、放送の終了を合図で出し、自分の席に戻っていく。
「切り札は用意してあるが……」
男の不安は色々な所に向いていた、大胆さと矛盾する臆病さ、それが今まで彼を生かしてきた。
だから、不安をぬぐえない現状に対しうてる手はないか未だに探っているのだった。
犯行声明の発表で、一緒に逃げている一般の人達が恐慌に陥りかけた。
彼らが求めているものはまだしも、アイヒスバーグの全市民を10刻(20時間)後には全滅させるつもりとは……。
流石にかなりまずい状態になってきているな。
俺はエメラルドグリーンのポニーテールを揺らしながら走ってくる自称三十歳(見た目中学生)のハーフエルフを見返す。
「不味い事になったな」
「ええ、ここの人達の話しを総合すると、
アイヒスバーグ内の軍人の数は5000人近くいるけど、分断されて指揮が混乱しているみたい」
「周辺から軍を集めても一日で作戦行動出来るレベルに持っていけるとは思えないな……」
「ええ、来るとしても少数精鋭の潜入部隊当りでしょう。
正面からの出入りは今システムの逆用で完全に封鎖されているわ」
元々、アイヒスバーグは城塞都市の意味合いもある、籠城が可能なような仕掛けが幾つも用意されているんだろう。
ティアミスがいつの間にそういう軍事情報を手にしていたのか気になるが、
まあ冒険者協会当りからの情報かなと当りをつける。
しかし、ファンタジー世界なのに酸素ときたか。
まぁ、魔法があるならそう言う認識があってもおかしくはないが……。
水中で息が出来る魔法とか、酸素を奪う魔法とか、マイナーだけど時々ファンタジーでも聞くもんな。
そんな事を考えていると、隣にどう見ても仏教の坊主にしか見えない男が立った。
どうやら、周辺警戒をしてきてくれたらしい。
「特にテロリストのみなさんは一般人の動きを警戒している様子はなさそうですね」
「ほう」
「恐らく、軍の再編が起こるまでは一般人にはせいぜい混乱していてもらおうという腹でしょうね」
「でしょうね、でもホウネン、私思うんだけどここちょっとおかしくない?」
「おかしいと言いますと?」
「うーん、なんていうか……。軍の動きが鈍いのも気になるし、こんなにあっさり占領されている事も気になるわ。
だって、ここって魔法都市よね、こう言う事への警戒が薄かったとはとても思えないの」
ティアミスの指摘はもっともだ、このアイヒスバーグという都市、
どう考えてもそんなに簡単にテロリストに蹂躙されるような構造になってはいない。
それに……、こういう都市のお約束が発動していないのもおかしい。
補助動力とか、サブコントロールルームとか。
必ずこういう都市は占領される可能性も考え、そう言った対抗可能な秘匿部分を持っているはず。
「なあ」
「なに?」
「ふと思ったんだが、魔法使い達はどうしているんだ?
この都市の4方を固めている塔にいるはずなんだろ? どうしてこの緊急時に出てこない?」
「それは……」
ティアミスもそこまでは予想がつかないか、まあ、むしろ当然ともいえる。
ここで滞在した日数を思えばよくぞそこまでの知識をと考える事も出来るからだ。
だがこのままではらちが明かないのも事実何か行動指針が必要だな。
そう俺が考えていると、4人分の食事を持ってきたフィリナが加わる。
「マスターは塔の魔法使い達がテロに加担していると言いたいのですね?」
「そうは言っていない、だが可能性はあるんじゃないかな」
「私もその可能性は否定できないと考えています。
魔法使い達はこの都市の縁の下の力持ちのような存在でありながら、貴族の風下に立ち続けていますからね。
いい加減、貴族の御機嫌うかがいのために共和制に移行したのではないと考える輩もいるでしょう」
それはそうかもしれない、貴族達は貴族院という物を作り、下院と権威に差をつけている。
下院の法律制定には貴族院の承認が必要になるが、貴族院からは下院の承認を得る必要がなかったり、
現在も領主の大部分が貴族であったり、内部的には共和制とは名ばかりと言われても仕方ないような構造のようだ。
「だが、全面的な協力でもないはずだ、もしそうなら既に塔の魔法使い達が出て来て制圧しているはず。
一部の独走か、もしくは黙認の取り付けと言った所じゃないか?」
「そう……でしょうね」
フィリナは俺の考えに賛同してくれるらしい。
もっともそのサファイアブルーの髪と同じ色の瞳は、ただ賛同した、というよりは前提条件に加えた程度のもののようだが。
実際、この後どうするかという選択肢の幅を少し狭めた程度の事でしかない。
もっとも、魔法使い達に頼んで収拾してもらうという楽な方法は望めないと言う事だが。
ただ、同時に塔の魔法使いの協力があったのだとすれば、エネルギー施設の占拠にも多少納得がいく部分もある。
「ならば、レィディ達。我々のやるべき事は決まっているのではないかな?」
「エイワス……もったいぶらずに言いなさい。ホウネンですらきちんと言ってるでしょう?」
「ホウネンボウィが……それは失敬。
まあ、簡単な事なので分かると思っていたんですよレィディ。
柱のエレベーターが使えないなら、我々の脱出出来る場所は、魔法使い達が四方に構えた塔しかないでしょう?」
「なっ……。でも……敵がいる可能性もあるのよ?」
「それこそ望む所ではないですかレィディ! 誰が敵に協力しているのか分かるというものデース!」
「……」
エイワスの考えは分かりやすい、しかし、それだけのリスクをエレベーターで同席した人達に強いていいのか。
その点がわだかまっているのも事実だ、そして、仲間もまた危険にさらしてしまうかもしれない。
俺の表情を読み取ったのかティアミスはコクリと頷くと、緊張を緩める。
「わかったわ私達はその方針で行く。
それで、シンヤはどうする?」
「俺も他の方法は思いつかないな……だが、行くとしてどの塔に行くべきだ?」
それぞれ東西南北に存在する魔法使い達の塔。
どれが何を担当する部署なのかわからない以上……。
「難しい事を考えても答えは出ないでしょう。
近くから回って行きましょう、ここからなら南の塔が近いはず」
「了解した」
こうして、南側に存在する塔へと向かう事になった俺達。
途中何度か、テログループとの接触をしそうになったが、上手く逃げ回り目的地までの戦闘はなかった。
しかし、塔についたのはいいが、入口を探すだけでも一苦労だった。
出入りがしにくいようにするためと、場所を一般から切り離すためだろう、かなり複雑な手順が必要なようだった。
しだが、幸いにしてと言うべきか、割合素早くそれらを見つける事が出来た俺達は、中に入り込んだ。
入った先は、少し広めの広場のようになっていた。
塔の内部とは思えないほどだが、考えてみればアイヒスバーグ自体が巨大な塔だ、あまり考えるだけ無駄だな。
『何用でしょうか、ここは魔法使い専用区域ですが?』
「避難場所として使わせていただきたい。テロの話は聞き及んでいるでしょう?」
『テロですか……ああ、確かむちゃな要求をしてきた輩がいますな……。
しかし、一概にという訳にはいきません。少し問い合わせしますのでそのままお待ちください』
「よろしく」
俺とフィリナ、ティアミス達は頷き合う。
彼らも体面上、一般人を捕える事は出来ない。
何故なら、テロに裏で手を貸していても、表立っては市民の味方でなければならないからだ。
つまり、俺達を無碍にする事は出来ない筈という事になる。
そして、暫くし、俺達はロビーから部屋に案内された。
50人位いるエレベーターで乗り合わせた人達も一緒にだ。
「皆さんお疲れになったでしょう。お茶でも飲んでくつろいでください」
その男は、30代前半だろうか、少しオーラム氏に似たような顔立ちをした男。
多少オーラム氏より細身で、不健康そうに見えるものの、その点を除けば雰囲気も割と似ている。
服装は魔法使いのローブに、柔和そうな目と眼鏡が特徴的だ。
「私はラウロン・リベネット。この南塔で2層目を預かっているものです」
「リベネット……って、もしかして」
「はい、オーラムは私の……弟です」
なんだと……、しっかりしてるしオーラム氏、一人っ子か長男だろうと思ってたが。
どうやら違ったようだ、しかしラウロンさんの目が時々神経質そうな鋭さを帯びているのが気になる。
俺達を信用していないのか、テロに何らかの形で関与しているのか……。
今の現状ではどちらともとれるな……。
部屋自体は広く、この塔がかなりの広さを持っているのが分かる。
恐らく2〜3層の部分だけでも50mはあるのだから、10階建て以上。
全体では40〜50階建てのビルといったところか。
東京ですらそんなビルはごく一部だ。
そんな大きなビルの10階分まるごと彼の管理下なのだから彼はそれなりの地位にいるのだろう。
「それで2点ばかりお願いがあるのですが」
「はい」
「一つは彼らの保護です。テロから彼らを守って頂きたい」
「それはもちろん、この南塔にいる限り皆さまの安全は保障しましょう」
それを聞いてエレガの女性以下一般の人達は安心して緊張を解く。
彼らは誰かに安全を保証してほしかったのだろう。
冒険なんて自分からしようと思った事のない一般の人達にとってはむしろ当然の反応というものだ。
だが、俺達もこれで肩の荷が下りた。
「それで、もう一つのお願いとはなんでしょう?」
「クーデターの鎮圧に参加して頂きたい」
「それは、軍部からの要請なのですか?」
「いいや……。軍部は分断されて散り散りになり、指揮系統が整っていないそうだ」
「では、申し訳ないが我らは動く事が出来ない」
「何故、……です?」
俺達は確かに、彼らがテログループと関わりがあるかもしれないと思っている。
だが、同時に全体である訳もなく、そして、体面上軍部を助ける必要があるはずだと考える。
もっとも、確かに申請者が俺達では難しいのもわかるが……。
「理由を聞かせてもらえませんか?」
「単純な者ですよ、命令系統が違うからです」
「命令系統?」
「我々は政府に仕えているのではありません。政府とは確かに関係がありますが。
あくまで我らの命令系統は最高評議会。そう、評議会で決まった事が我々の指針となります。
今、丁度その評議会が開かれている最中です。
その決定を待ってからでなければ我々は動く事ができません」
確かに、彼らは命令系統が違うかもしれないが、そこまでキッパリ言いきられると腹が立つ。
彼らだってアイヒスバーグに住んでいる住民だろうに。
相手は政治的主張があるかもしれないが、既に大量殺戮を宣言している。
そんな相手に対しまるで熱さの感じられない返事をされるとどうにも止まらなかった。
「なんでだ!? 相手は大量殺戮の予告をしているんだぞ!!」
「分かっています。しかし、我々には被害が出ることはないでしょう。
アイヒスバーグ本体とは魔法回路が繋がっていませんからね」
「誰もが塔に逃げ込める訳じゃない!」
「今、避難勧告をだしています。塔へ逃げ込むようにと、先ほど承認されましたので」
「テロリストを止めようとは思わないのか!!」
「我らは政治からは手を引く事を条件に、アイヒスバーグの理から外れた存在。
何と言われようと、評議会が動かぬ限り我らは動く事はないでしょう」
「ッ!!」
「待ちなさい! シンヤ!!」
ティアミスに羽交い締めにされて気がつく。
俺は思わず片手を振り上げていた、ホウネン達”箱庭の支配者”の元メンバー達にもしなかった事を俺はしようとしていた。
相手は涼しい顔のままだ、俺は拳を下ろし、与えられた部屋へと一度行く事にした。
部屋数的にも、空間的にもかなりの量があるらしく、全員に個室を与えてくれていたが、俺達は自然と集まった。
俺達の今後の方針を決めなくてはならないのだから当然ではあるが。
「さて、この後俺達はどうする?」
「恐らくは、このまま何もしないのが一番安全だと思うわ」
俺が全員に疑問を投げかけるとティアミスは即答で返してきた。
確かに、何もしなければ、ここにいる限り安全である可能性もある。
ただ、この後、もしもテロ組織が王権を復活させてしまうような事があれば、
魔族である俺やフィリナはかなりまずい立場に立つ事になる。
まあ、偽名もあるし、一応戸籍もある、魔族であることを隠せればさほど問題はない気もするが。
「ただ、気になるのは冒険者協会も指名手配書のほうに手を加えているし、
法国側も情報規制を敷いてるって聞くわ、それなのにフィリナが魔族になった事を知っているのはおかしくない?」
「ああ、少し歪んで伝わっているようだが、フィリナの事を知っているというのはおかしい……」
そう、神聖ヴァルテシス法国側は、フィリナが魔族になった事を隠した、理由は明白。
一度は司教までいった人間の不祥事、そんなものを公開すれば権威に傷がつくからだ。
ラリア公国側は逆に、フィリナを悪人に仕立て上げようと動いていたそうだが、法国の圧力で口を閉ざしている。
現場であるカントールは追うほどの力はなく、冒険者協会は動くフリをしつつ消極的にしている。
理由はそれぞれあるが、そのおかげで俺たちはどうにか正体を隠してやってこれた。
あの要求のせいで状況が崩れる可能性が……。
「マスター、例えそうだとしても。今回は動かない事をお薦めします」
「え?」
「今回はマスターに直接被害があるわけでもなく、ここには軍もおり、状況次第では魔法使い達も動くでしょう。
更に、外部からも干渉があるはずです。わざわざ死地に向かってまで手に入れるべき報酬はないでしょう」
「だが……」
「私も賛成、テロで敗れるような国なら放っておいても倒れる国だったのよ。
既に避難は始まっている、私達が手を出さなくても死人は最小限で済むはずよ」
「拙僧も賛成ですな、対価に見合わない事おびただしい」
「(こくり)」
フィリナ、ティアミス、ホウネン、ヴェスペリーヌと4人がここに留まるべきという意見を告げた。
確かに、言いたいことはよくわかる。
報酬もリスクに見合っていない。
俺達がいなくても、メセドナ軍がなんとかする可能性も高い。
オーラム・リベネット議員の大統領候補としての人気を落とした可能性はあるが、
実質被害はそれほど大きくないかもしれない。
ただ……、魔法使い達が信用出来ないのは事実、俺達がなんとかできるならと考えたのはそのせいだ。
だが、確かに余計なお世話でしかないかもしれない。
それに、皆にリスクを負わせてまでやってもいいのかという考えもつきまとう。
「お兄ちゃんは何を悩んでいるのだ?」
「ティスカ……」
この間まで人とあまり関わり合っていなかったからか、年齢にそぐわないほどに純真な女の子。
パーティに入ってまだ2ヶ月とたっていないらしい。
海賊帽とマントというのはどういう趣味なのか聞きたいが、まあその辺は置いておいて。
ティスカ・フィレモニールはつぶらな瞳で俺を覗き込んでいる。
「そうだな……」
「まさかボウィ、行く気なのかい?」
「いいや、やめておくよ。俺は正義の味方って訳じゃない」
俺はフィリナの事だけで一杯一杯だ、知らない人達全てを助けられると思うほど自惚れてもいない。
今回も俺の責任がないとは言わないが……フィリナを助けた事を後悔はしていない。
オーラム議員の大統領選挙の足を引っ張った事をフィリナが苦しむのは悲しい事だが。
あのテロリストはフィリナにも俺にも関わりのない存在だ。
そして、その事にティスカのような子を巻き込むなんて問題外もいいところ。
俺の心は決まった。
「もう、いいのだ?」
「ああ、ごめんな、ティスカ。格好悪い兄ちゃんで」
「……お兄ちゃんがそういうのならティスカは構わないのだ……」
ティスカは頷いてはいたが、納得はしていないようだ。
だが、この選択は恐らく正しい。
俺達が命を賭ける必要のある場面じゃない。
「じゃあ、一度解散しましょう。
アイヒスバーグを脱出するにしても、このまま待つにしても今は体力の回復が重要よ」
「わかりました。マスター、それでは。十分休んでくださいね」
「ああ」
「では行くのだ! ティアミスお姉ちゃん、フルーツ牛乳はあるのだ?」
「うーん、どうかしらね。ちょっと聞いてみましょうか」
「うん!」
「ボウィ。先走ったりしないようにな」
「分かってる」
「では、我々も」
「(こくり)」
全員が俺の部屋から退出していく。
俺は選択が正しかった事を確信している、しかし、それでもどうしても胸のモヤモヤが晴れない。
ここのところ、スカっとするような勝ちも、物事が上手く終わることもあまりなかった。
だが、今回のようにぶつかる事もできないというのは初めてだからだろうか……。
ただ、このまま終わる事は出来ないという妙な確信だけが俺の心の中で渦巻いていた。