宵闇に、青白い顔が浮かび上がる、どことも知れない場所、しかし、夜空に雲もかかり、暗く淀んだ雰囲気がある。
青白い顔の男は、その場で立っているだけだったが、口元には三日月のような口角の切れあがった笑みを浮かべている。
まるで、吸血鬼や人食い鬼のように、笑みには獰猛で、不気味な独特の恐ろしさがつきまとう。
そばで控えていた、アサシンギルドのラリア公国支部長でもあるナンバーサーティーン(13)は怖気が走るのを止められない。
「ねぇ、サーティーン。いい夜だと思わないかい?」
「……私にはわかりかねます」
「こういう宵闇こそ君たちの活躍の場だろうに。
ああ、君たちクラスになるともう、いつとか気にすることもないのか」
「夜のほうが確かに有利ではありますが、晴れには晴れの、雨には雨の、朝には朝の、昼には昼の隙があります」
「確かにね。でも、今日くらいは祝ってくれてもいいだろう?」
「それは……」
祝いの言葉を述べようとして、サーティーンは言葉につまる。
青白い顔の男、プラークは強い訳ではない、頭は確かにいいが、天才という訳でもない。
だが、それでも恐ろしいとサーティーンは感じている。
先ず、アサシンギルドに対する遠慮のなさ、己の身に迫る危機への無頓着さ。
だが、ただの金持ちの息子だからというのではなく、底が知れないと感じてしまう。
殺気をぶつけようと、実際に切りつけられようと薄ら笑いを浮かべたまま。
冷静さを失う事も無く、平然と切り付けたサーティーンを雇うと言いだす始末。
更には、破滅的な思想でありながら、周囲にそれを意識されながらも、準備を滞りなく進める手腕。
どう考えても、何かが取りついているとしか思えない男なのである。
うかつな事を言えば、またぞろ面倒事を押し付けられかねない。
「つれないなぁ、サーティーン。
まぁいいやぁ、それよりも、アイヒスバーグのほうはどうなってる?」
「はい、現地に潜ませている者からの情報によるとテログループがアイヒスバーグを占拠したという事のようです」
「へぇ、以外にやるなぁデトランド上院議員」
「デトランド上院議員ですか?」
「そう、上院というのは貴族院の建前上の言い回し、経歴を見れば順風満帆だし、
所詮は外を知らないと侮っていたかもしれないねぇ。
テログループを使って来るとは僕にも予想できなかったよ」
サーティーンは思った、予想していないはずはないと。
何故なら、アイヒスバーグが占拠されたことによって、今確かにプラークにとっての好機が訪れているのだから。
これまでの計画も確かに、ここへと繋がるものだったのではないかと勘繰りたくなる。
何と言っても、今回プラークはラリア公国とアルテリア王国に派兵を……、
いや、テロ対策の名を借りた侵略を進言しているのだから。
本来はザルトヴァール帝国も参加させる予定であったが、黒金騎士団の暴走の件もあり自粛するようだ。
「実際都合はいいんだけどねぇ、目的を早く進められそうだしぃ。
アイヒスバーグはこれから、大陸全土を巻き込んだ戦争の引き金を引いてもらわないとねぇ」
「そのような事が……出来るので?」
「さあ? でも出来なくても僕が死ぬだけさぁ」
「ッ!?」
サーティーンは思う、プラークの怖い所は何かと言われれば、死ぬ事を全く恐れていない所だと。
実際、昔からプラークは病弱であり、医者にも何度か見放された。
それでも、サンダーソン家の資金力でかなり強引に生かされ、18年も生きてきた。
だが、咳、熱、吐血等大よそ病人としての辛い症状は頻発しており、余命いくばくもない事はプラーク自身よく承知している。
本来なら、ベッドから離れる事自体、医者には止められている。
そのせいもあって逆に不自由な事は何もなかった、金なら父親からもらったものが潤沢にある。
女も金で買えるし、心だってある程度はなんとかなる。
人を殺したくらいならもみ消す事もできるし、
贅沢はしつくし、だが、満たされた事等一度もない。
兄のサンダーソンのように、将来を嘱望される訳でもなく、才能を見いだされてもいない。
つい数年前までは殆ど寝た切りだった事もあり、人に接する事も少なかった。
父、母、兄、そして数人の召使いくらいとしか話しをしておらず彼の世界はそれだけで閉じていた。
そんな何もできない男であるはずのプラークは、しかし、恐ろしいまでの才能があった。
それは、人を陥れる事に関する才能。
だがそんな才能は、家の中では必要のない、むしろ不要な才能でもあった。
そんな中、どんどん心が歪になっていったのが今のプラークだ。
己以外を己と同様かそれ以上に恐ろしいもの、その事に
だからだろう、虚無的で、自分の死にも他人の死にも無頓着。
皆を自分と同じような地獄に引きずり込みたくて仕方ないのだ。
そう、この今にも死にそうな男は、だからこそなりふり構わず周りを巻き込んで滅んで行くのだろう。
正に、天災のような男だとサーティーンは思う。
だが、サーティーンはプラークに逆らおうとは思わない。
金払いがいい事もあるが、不思議と何かをやってくれそうな雰囲気を持っているから。
プラークの行く末を見てみたいという欲望が大きいのかもしれない。
ただ、プラークにはその事も見透かされている気がしているのだが。
「次の手を討ちにいくよぉ、もう直ぐ。もう直ぐだ……皆が破滅する足音が聞こえてくるみたいだよぉ」
「……」
しかし同時に、サーティーンはどうにも生理的嫌悪が無くならないとも感じていた。
そう、どうしようもない位に、プラークという怪物を恐れているのだと……。
「国王陛下! お待ちください!」
「どうしたと言うのじゃ?」
「軍を動かすつもりなのですか!?」
アルテリア王国、ラドニア宮。
ラドニアU世が建てさせた白亜の王宮である、現王ラドニアV世はここに軍勢を集めている。
ただ、ラドニアV世は政治家としてはそこそこであるものの、軍を動かして戦う人ではない。
もっとも、その政治手腕とて宰相であるテムロス侯には一歩も二歩も譲るわけだが。
だが、既にラドニアV世は出陣の意思を固めているのだろう、鎧こそ着ていないものの、戦装束に身を包んでいた。
それを諫めているのは、まるで熊のような巨漢、そして目だけで人を殺せそうな男。
ガートランド・ガリス・ネックフェルト将軍、アルテリア軍を率いる男である。
アルテリアの軍勢は総数15万と言われているものの、貴族子飼いの軍が多く、国そのものの軍は5万に届くかどうか。
つまり、下手に出兵等すれば、貴族達に国を乗っ取られる可能性があるのだ。
それゆえ、国王と主力部隊はたとえ出兵するとしても動かせない、それがアルテリアのお国事情だった。
「精霊女王から申請があった、かの地に混乱の元凶ありと。
それに、今回はラリアも動く、さらにアイヒスバーグが占拠されているならまともな防衛等出来もすまい」
「ならば、諸侯に行かせるべきでは?」
「精霊女王が、我が行くべきだと言っているのだ。何を躊躇う事がある?」
「しかし、陛下が他国に出兵されてしまっては国内の守りが……」
「ええい、煩い! お主はいつも……、レイオスの件もそうじゃ!
強引にでも婚姻を結ばせればよいものを、お主の進言を聞き入れて様子を見てやっておるのじゃぞ!」
「は! お聞き入れ頂き感謝の極みにございまする!」
「なれば、此度の出兵は口を挟むでないわッ!!」
「……ッ!?」
ガートランドが以前レイオス王子の結婚を急がせないほうがいいと進言したのは、
レイオスの心が折れ欠けていたのを見てだった。
強さだけなら既にガートランドどころか世界に並ぶものがいないほどである、天才、いや努力する天才か。
彼は王子でありながら、人づきあいもよく、人を引き付ける。
だが、良くも悪くも帝王としての教育は足りていない。
冒険者として長く生活したせいもあるだろう、以前は兄が王位継承者であったため追い出された経緯もある。
派閥争いから逃がす意味もあった、しかし、兄が死んだ今レイオスは王太子であり、政略結婚はどうしても必要だ。
だが、以前からの思い人の事もあり、なかなかうまく進んでいない。
それゆえ、ガートランドは少し時間を置く様に進言したのだ。
幸い、王はまだ健在であり、最悪、妹姫や、弟達もいる。
精霊の勇者に妹姫を娶らせ王にするという話もあるが……、まあその辺りはまだ進んでいない。
どちらにしろ、貴族達は上手く言う事を聞いてくれず、
王子はまだ子を作っておらず、精霊の女王は人の世情など鑑みてくれない。
この現状で国王が出陣等すれば、国内の不穏分子が動き出す可能性が高いし、何より戦死等となれば……。
後継者争いが勃発し、国を割った騒動になる可能性が高い。
当然他国の介入を許す事になり、アルテリアは最大の危機を迎えるだろう。
だが、国王は精霊女王の言う事ならば、大概の事は聞きいれてしまう。
もちろん、精霊女王はアルテリアに毎年の実りを約束してくれる、強大な力の持ち主であり、
お陰を持って、アルテリアは過去300年一度も飢饉に陥った事はない。
国土が豊かであるのは精霊女王のお陰である事は間違いないのだ。
しかし、彼女が国や国王のために動いてくれているのかと言われれば疑問だ。
彼女はあくまでこの地の守護者であり、国や国王の守護者ではない。
だからこそ、精霊の血を引く者と血族婚を繰り返し、王家は精霊女王との縁を深めている。
だが、果たして精霊女王は王家に対し何らかの思い入れを持ってくれているのか。
それはアルテリア国民の尽きせぬ疑問でもあった。
ラドニアV世が去った後、唇を噛み締めていたガートランドはため息をつく。
それは、やはり今の現状に対するものであり、戦争への不安の表れである。
「精霊女王を敬うのはわかるが、陛下は彼女を信用しすぎている。
レイオス殿下が結婚を拒む一因もそれである事に気づいておられぬ」
ガートランドは小さくつぶやく。
どこの国にもある、小さな不協和音のようなものではあった。
だが、ガートランドは、この時既に心に一つの決意を持っていた。
「やはり、出来るだけ早い段階で、しっかりとした基盤を作る必要がある……。
だが、そのためにも時間は必要か……」
将軍の役職を拝命している男は、そう言うと城から出るべく歩を進め始めた。
もちろん逃亡するつもりもない、軍を集めるにもまだ一週間以上の時間が必要でもある。
ガートランドはある男に合いに行く事を決めたのみだった。
「ベルンフォード辺境伯、10万の軍と共に魔王軍に合流致します」
「ご苦労」
魔王城の謁見の間にて、真紅の髪を無造作に垂らした生真面目そうな美女が玉座の前に立っている。
ラスヴェリス・アルテ・カーマイン、魔王ラドヴェイドの娘であり、現魔王代理。
その魔族の最高位に位置する女にかしずくのは、深緑の色合いを持つ髪を持つダークエルフ。
見た目は、ラスヴェリスと同様20歳そこそこであるが、妖艶な雰囲気を身に纏っている。
「貴公は穏健派であったかと思っていたが……」
「確かに故あって人との馴れ合いを演じてはおりましたが、我もまた魔族なれば」
「ふむ、それはありがたい。
しかし、これでもまだ150万にすら届かぬ……」
ラスヴェリスは200万の軍勢を持って一気に人族をこの大陸から押し出してしまう目算でいる。
200万というのは、未知数の力を持つ精霊女王や使徒達を相手取り、
亜人全てを敵に回しても勝てる計算をした上での数だ。
一度の戦争でラスヴェリスは全てを終わらせるつもりでいた。
しかし、一言で済ませたものの、不安は残る。
ベルンフォード辺境伯、彼女は穏健派の代表といってよかった。
ラツアスティール侯爵であるアルウラネが一応穏健派のTOPではあるものの森から動けないネックがある。
そして、何よりもベルンフォード辺境伯は自らの領土を人族の領土と接し、交流も行っている。
イシガミを支援し、人族領土を戦争をせずに乗っ取るという方法を考えていたと聞く。
そんな者が急に方針を転換するだろうか?
それが、ラスヴェリスの心に引っかかっていた。
「現状で137万とか、今進軍すべきと進言させていただきます」
「何か理由があるのか?」
「今、人族は戦争をはじめようとしています。人族の国と人族の国による戦争。
漁夫の利を得るチャンスかと」
「本当か?」
「私は個人的に斥候を放っておりますので。それに、魔王軍の斥候もそろそろ戻ってくる頃のはず」
「わかった、一度斥候の言を聞いてからで構わぬな?」
「はい、兵は拙速を尊ぶといいます。お早いご決断を期待しております」
ラスヴェリスの前を辞し、ベルンフォード辺境伯は城の外へと向かって歩き出す。
城の内部は細かな諜報妖魔や、魔力感知などのセキュリティが強く、迂闊な行動は許されない。
だが、知っているなら穴もあるというものだ。
彼女はその妖艶で健康的な褐色の肢体を惜しげもなくさらし、人けの無い廊下で裸になると、次の瞬間消えた。
だが、その次の瞬間はまた肌の露出はあるものの、鎧に身を包んだベルンフォード辺境伯の姿があった。
まるで何事もなかったかのように歩いて行くベルンフォード辺境伯はしかし、実体ではなかった。
『さて、あまり時間はないわね……。
今度こそ、霊廟の場所を見つけないと……、これから、出兵のドタバタで忙しくなる間にね……』
ベルンフォード辺境伯が去って行った後に残った小さな歪みからその声は発せられていた。
もっとも、その声も普通では効き取る事ができない、この状態の彼女を見て触れる事が出来る者はいない。
魔王クラスにもなれば歪みから気配を察する事が出来るかもしれないが、
どちらにしろ、この場には他に誰もいない、つまり、彼女の行動は誰にも見とがめられる事はなかった。
「まさかな……、想定していない訳ではなかったが……」
石神は自らの執務室で、つぶやいていた。
届けられた報告に目を通し、結論として導き出したのは。
あまり考えたくない結果だったということだ。
「誰かが私の計画を妨害している?
それも、この痕跡を消すやり方は……魔族が出来るような事じゃないな」
そう、この世界の魔族はよくも悪くも経済や政治には疎い者が多い。
中にはかなり深い知識を持つものもいるが、最後は力任せになってしまうのが、彼らの傾向だ。
それは頭が悪いからではなく、
元々の力が人間をはるかに凌駕する彼らにとって、そんな持って回ったやり方をする意味がないからだ。
だが、今回のそれを見る限り明らかに魔族の考え方とは違う動きだが、その致命的な部分は更に恐ろしいものだ。
実際、この短期間にアルテリア王国とラリア公国を動かしたのは間違いない。
両国に攻め込まれれば大統領選挙どころの話ではない、大陸を巻き込んだ大戦争が起こる可能性が高い。
なぜならばここで戦争になれば、実質石神の今までの工作は全て無駄になり、魔王領から200万の軍勢がなだれ込む。
「なんとしてもそれだけは阻止せねば……」
石神にとってそれは最悪のケースだ、アルウラネとの約束を破る事になり、更に自分の命も危うくなる。
それだけではない、元の世界に帰還するため今まで色々調べた石神に分かった事は、
魔族が持つとされる宝物の一つに可能性を秘めたものがあるという点。
他の可能性はまだ検討中ではあるが、非常に薄い可能性しか残らない。
だが、それも魔族と人族の戦争となればどうしようもなくなる。
つまり、今石神は芯也とは違う理由でピンチに陥っていると言ってよかった。
「出来れば使いたくなかったが……プランGを発動するしかないな……。秘書官!」
「はっ、何事でありましょうか!?」
石神は今回の作戦が簡単に行く等と考えていた訳ではない。
基本をプランAとし、予想以上に貴族達が動いた場合プランBに、魔族が暴発した場合はプランCに、
他の人族の国が動いた場合はプランDに、複数が同時に起こる場合はプランEにそれぞれシフトする事になっていた。
途中で、オーラムが駄目になった場合の代理を立てる方法もプランFとして用意されていた。
今回起こった事は、プランEに相当するが、貴族達の陰謀によるテロ組織勃発。
オーラム失権に、外国の侵略的な動き、そして魔王軍が動き始めるという報告。
どれもこれも同時に動き過ぎていた。
石神の対処能力を上回るほどに。
一応、最悪の場合として想定はしていたが、石神ですら起こる可能性は殆どないと考えていたものだ。
全てが同時に起こるという現象は……。
それら全てに対処する、いわば力業として考えた最終手段こそプランG。
強引過ぎて後に尾を引きかねないため、使うのをためらう部分もあったが、失敗すれば元も子もない。
「カルネに連絡を取りこちらにこさせろ。
魔族の動向を逐一報告させるために、まとまった数の偵察を出すのも忘れるな」
「はは!」
「それから、ラリアに潜らせている草の数はどれくらいになる?」
「30名程かと」
「それらを全てカントールに向かわせろ!」
「はは!」
「後、ハンターズギルドから人を来させるんだ」
「了解しました!」
「全て一刻を争う、急げよ!」
「ハッ!!」
石神の鬼気迫る表情に押されたのか、秘書官は急ぎ全ての手配をすべく出ていく。
実際問題、どれも急ぎの用であることは間違いない。
第三勢力を作り出すことができるかは、正にその時間が鍵なのだ。
当然、あらゆる事は拙速を尊ぶこととなり、荒事が増える事となる。
「……いるか?」
石神は、一歩も動かずその場でくいっと眼鏡を直しながらつぶやいた。
そう、誰もいないように見えるその場でだ。
例え、部屋の外で誰かが聞き耳を立てていても気付くような大きさではない。
普通に考えれば独り言でしかないその言葉には、どこからともなくすぅっと出現した気配と同時に返事が帰った。
「うん、僕は常に貴方の側にいるよ」
「お前の腕を借りる事になった」
「へぇ、僕の事てっきり嫌ってるのかと思ってた」
「私は常に適材適所を心がけているだけだ、お前は普通の仕事はこなせないだろう?」
「そうだね、僕に出来ることは人を殺す事だけ。それ以外は何も教わってないもの」
「望めば教育でも、仕事でも教えさせるが?」
「興味ないね、僕はただ……石神さん、貴方をみていたいのさ」
「……」
立っているのは少年……黒髪、黒い目、黒い服装、肌の色も褐色で、殆ど真っ黒といっていい。
まるでそこにいるのにいないような、気配が薄いとでも言えばいいのか。
体躯も顔立ちも取り立てて目立つ者ではない、鍛えられたもの特有の覇気もない。
どこにでもいるような少年であることが余計に存在感を薄くしていた。
あえて、目立つものがあるかと言われれば、首筋に刻まれたタトゥ。
No5、そうナンバー5の文字だけが存在感を放っていた。
「で? 誰を殺せばいいの?」
「先ずはアイヒスバーグを占拠しているテロリストグループ”黎明の星団”を片付けてくれ」
「了解、でも先ずはってことは他にもいるんだね?」
「そちらのほうは確定し次第情報を送る」
「分かったよ。でも、僕はヒーローみたいな真似は出来ないよ?」
「お前に人質救出は期待していない。それよりも、時間がない。急いでくれ」
「うん、任せておいて」
幾分喜色を含んだ声を残して、ナンバー5は消えた。
これほどの能力を持ってナンバー5、ならば4より上はどれ程の化け物なのか。
石神は少しだけ冷や汗が出ている事に気付く。
しかし、それも一瞬の事、石神は表情を引き締め直す。
「ハンターズギルド副首領メイスン殿が起こしになられました」
「通せ」
石神にとって、今は正に正念場である。
戦場でもなく、刃を交える事もないが、それでも魔族と人族両方を相手取った策。
いや、それすら正確ではない。
彼は既に、版上の対面に浮かび上がるものを想定した動きを始めていた。
顔は見えずとも、打つ手の癖は既にある程度把握していた。
「相手はチェスを、俺は将棋を打っている。
どちらが上になるかは、直ぐにわかる……」
「どうしやした? 石神さま」
「メイスン殿か、済まない。今のはひとりごとだ、それよりも……」
石神は、思考を目の前の男に切り替えた。
戦場が出来上がる時には殆どの場合、勝敗が決しているといってもいい。
石神は、今から被害を最小限に抑えつつ、どうやって各国を動かすかを考え始めていた……。
アイヒスバーグ第三層、政治中枢である国会議事堂と、各省庁が存在し、一部の大貴族の邸宅も存在している。
ある意味においてメセドナ共和国の心臓と言っていい場所だ。
そこにオーラム・リベネットの事務所もまた、第三層に構えられている。
もっとも、議事堂や各省庁の周りには大貴族の邸宅が集中しているため、かなり外延部に位置する事は事実だが。
「フィリナが魔族……ね、今まで散々魔族達と取引してきた我々がそんな事で暴発するとは」
「しかし、事実として支持率は落下傾向にあります」
「まあ勇者をダシにあおり過ぎたって事か。
だが、このまま貴族に政治を行わせていたらこの国がどうなるかなんて直ぐわかりそうなものだがね」
「何分学がないものも多く……」
「いや、分かっているさ。少し愚痴っただけだよ」
そう、このような状況下においてもオーラムの思考は鈍ってはいなかった。
むしろ凄い勢いで打開策が組み上げられている最中である。
確かに支持率は少し低下したかもしれない、しかしテロリストグループ”黎明の星団”の人気が上がった訳じゃない。
彼らはアイヒスバーグ全ての民を人質にとって請求しているのだ。
彼らが支持されるはずもない。
ならばどうすればいいのか。
単純だ、テロリストグループを対処してみせればいい。
彼らの行動は半ば嘘になり、オーラムは新たな英雄的行動で人気が高まるだろう。
とはいえ、口で言うのは簡単だが、実際にやるとなると色々問題も出てくる。
「ならば、俺としては役者を演じるしかあるまい。
だがこのままじゃ、一方的に言われるだけだ、どうにかこちら側の声も届けられる状況をつくらないとな。
人質の安全の確保と、通信復旧はどのみち急務だ、通信には各層のサブシステムがあったはずだな?」
「はっ、しかし……」
「分かっている。石頭の評議員共が管理してるキーが必要って言うんだろ?」
「はい」
オールバックにまとめた髪と自信たっぷりな表情からどこか悪だくみでもしているんじゃないかと思われそうな。
そんな悪戯っぽい顔をしたオーラムは、秘書や護衛、運動員達に言い放つ。
「俺が誰だか分かってないな。俺だって立派な魔法使い様だ。その辺の交渉は任せろ。
それよりも、場所の特定と、今いる人員での脱出ルートの確保、そして一般の脱出路も急いで探しておけ。
どちらにしろ、あいつらの凶行が成功してしまえば俺達もお終いになる。
ったく、勇者はレイオスだってのに」
「ですが、クリーンなイメージを持っておかねば今の我々は勝てないかと」
「その通りだ。英雄のイメージを崩すな! 皆肝に銘じておけ!」
秘書の言葉をそのまま皆に言いつつ、各員に何をするか伝えていくオーラム。
勇者のパーティにおいて頭脳と呼ばれただけの事はあり、皆はそれらの指示に疑いを持つ事無く行動を開始する。
だが、その彼らとて、今メセドナが大陸全土を巻き込んだ戦争の引き金となりつつある事に気付いてはいなかった……。