アイヒスバーグ南端にある魔法使い達が管理する塔、その第二層と第三層の間にある数階を借りて俺達は休んでいる。
アイヒスバーグは巨大なビルのようなものだが、柱自体もあまりに大きい。
内部にはエレベーターを抱えており、空洞部分もある。
俺たちはそれを使って第四層まで行きメヒド・カッパルオーネ老からフィリナの事を聞いた俺たちは、
ティアミス達に法国での調査を任せ俺たちは魔力を集める事になったはずだった。
しかし、突然過ぎるテロリストの襲撃、まるで軍隊が機能しない状況というのがまずわからないが……。
それだけじゃない、本来警戒網を敷いているはずの魔法使い達が何の反応も出来なかったというのもおかしい。
軍が動けないのは命令系統に何らかの不備があったのか、それとも内通者がいるのか。
魔法使い達はどうなのか、逆に反体制に回っていても不思議ではない。
魔物との交流は確かに魔法使い達にとっては色々な魔法の素材を手に入れられるという点で優れるが、
同時に一般に魔法使いが独自に教える以外の魔法が広まってしまうリスクがある。
それはムハーマディラで石神がやった浮遊する城を見れば明らかだ。
既存の技術だけで行ったと石神は言っていたが、魔族の支援が大きかったのも事実だろう。
そう言った事を民間レベルでやられたら、魔法使いの地位は無いものとなってしまう。
求道者的な側面のある魔法使いなら別段気にしないのだろうが、アイヒスバーグには評議会と呼ばれる権力機構が存在する。
権威を失墜させる事を恐れる者がいたとしても不思議ではないだろう。
「暇だからって取りとめのない事を考えすぎだな……」
実際、これはアイヒスバーグ、いや、メセドナ共和国政府に任せるべき案件である事は事実だ。
テロなんて原因の一部が俺のせいだとしても、俺が出る必要なんてどこにもない。
そのはずだが、やはりいらだたしいのは間違いない。
何故ならば、俺は今までこんなふうに事件に関った事がない。
即ち、当事者でありながら手をこまねいているしかないという事態に。
だからだろう、目が覚めてから俺は与えられた部屋の中をあっちにいったりこっちにいったりと繰り返していた。
もちろん、それは考えをまとめる意味も大きいが、単にイライラしていた事も大きいだろう。
自体に関与出来ず、見守るしかないこの状態に俺は閉塞感を感じていた。
そんな時だった、元勇者のパーティの一人、
大統領選に出馬していたオーラム・リベネット氏がこの塔にやってきたのは……。
『だから、兄を出せと言っているだろう! 弟のオーラム・リベネットが来たと言えば分かる!!』
『ラウロン様は今日は評議会に出席しておられますのでここにはいません』
『くっ、この緊急時に会議だと……』
その声に聞きおぼえがあった俺は、支度と着替えを済ませて部屋を出た。
さっきの声は下の階から聞こえている。
声の主がオーラムさんだと言う事はすぐに分かった。
俺はオーラムさんの声がするほうに向かう、理由は特にないだが、持て余していた何かが後押ししていたのは否定できない。
しかし、角を曲がろうとした所でエメラルドグリーンの髪が目に留まる。
ポニーテールに150そこそこの身長、尖った耳、中学生程度にしか見えない華奢な体はティアミスだな。
「どうかしたのか?」
「オーラム・リベネット氏が来ているようね」
「そう言えばここの責任者はオーラムさんの兄のラウロンさんだっけ」
「ええ……、何か急ぎの用件のようね。
もっとも、この状況だもの用件なんて一つしかないでしょうけど」
「分かるのか?」
「協力の要請よ、細かな事まではわからないけど、今魔法使い達はこのテロに対して殆ど動きを見せていない」
「確かに……」
オーラムさんが大統領候補だからとか、そう言う理由がなくても、
アイヒスバーグの治安を回復したいと思うなら要請に来るのは当然だろう。
もっともオーラムさんの立場は今非常にあやふやなものだ、何故なら、大統領候補は議員を兼任出来ない。
立候補中は無職なのだ、貴族院(上院)の議員と違い、
実家にも得に地位がないオーラムさんは立場的にただの無職と変わらないともいえるのだから。
そんな事を話していた時、相手を怒鳴りつけていたオーラムさんの口調が変わった。
「どうしても駄目か?」
「はい、私ではどうにも対処しかねます」
「ふむ、それはつまり政府の要請を無視すると言う事でいいのだな?」
「いえ、決してそのような……」
「確かに今の俺はただの大統領候補に過ぎない、だが、俺が大統領になったら評議会の権力構造の解体を行うかもしれんな」
「そのような事を申されましても……」
「まあ、取り急ぎと言う訳じゃない。ところでアッサン・フォニッグ君」
「え? あっ、はい」
唐突に相手の名前を呼ぶオーラムさん、先ほどまでのやり取りで名前を聞いていた風でもない。
それはつまり最初から知っていたという事だろう。
この位置からでもオーラムさんの顔がニタリと笑ったのが分かる。
「アッサン・フォニッグ当年とって26歳、誕生日は4月22日、違ったかい?」
「いえ……」
「実家には父と母、祖父、それに猫を一匹飼っている。
経済状態はあまり良くないため、君が仕送りをしているんじゃないかね?」
「そっ、それは……」
「そして君は実家には内緒にしているが実はじょ……」
「わっ!!! 分かりました!!! 何をすればよろしいのでしょうか!!?」
「ああ、簡単だよ。キーが欲しい、アイヒスバーグのサブシステム起動用のね」
「そっ……それは……」
「じゃあ声を大にして言おうか、アッサン君はじょ!」
「分かりました!!」
「何、政府からの要請を聞いただけだ君は別に罪に問われないとも」
恨めしげに見やる案内役の男アッサンだったか、少しなよっとした男だったがまあどうでもいい。
どうやって個人情報をあれほど手に入れたのか知らないがオーラムさんは上手く脅しを使ってきたわけだ。
今言ったサブシステム、恐らく緊急時のためのものだろう。
本来は真っ先に使わなければならないものなんだろうが、魔法使い達は今までそれを出そうとしなかった。
つまり、やはり何かあると言う事になるな。
「ん? そこにいるのは確かヴィリの知り合いのシン君だったね」
「はい、避難してきて受け入れてもらいました」
「それはよかった」
俺達は見つかった事もあり、下の階に降りてオーラムさんと話す事にする。
ティアミスも少し渋い顔ながらついてきた。
「そう言えば君に聞きたいと思っていた事があるんだよ」
「なんでしょう?」
「リナ君だっけか、彼女は魔族なのかい?」
「ッ」
オーラムさんは俺の目を見ながら、全てを知っているという意思表示をしてきた。
なるほど、流石は悪だくみ大臣、ここであえて聞く事で事態の収拾に利用するつもりなんだな。
とはいえ、フィリナを政治の道具にするというのは避けたい。
ならば俺の出来る事なんて一つしかない。
「リナは人です」
「そうか……すまなかったな」
「いえ……」
俺は、俺に答えられるのはそれだけだ、そしてオーラムさんもその事を理解したのだろう。
本当はどういう事情なのかだいたい察しているのかもしれない。
とはいえ、フィリナは翼を展開しない限り魔族の本質ともいえる強大な魔力は放出されない。
ちょっとばかり強力な魔力を持つ女性にしか見えないだろう。
そう言う意味では確かめる術はない。
だから俺に言える事はこれだけだ。
「貴方のお知り合いも、恐らく望んで魔族となったのではない筈です。
何れは元に戻る事が出来ると思いますよ」
「ふむ、そうか……。そうだといいな」
「お持ちしました!!」
「おお! 待っていたよ。アッサン君! さて行こうか!」
「え?」
「そのカギは認証された者でなければ使えない。
そしてアッサン・フォニッグ第三層副長は登録されていたはずじゃないかね?」
「どこでその情報を……」
「あまり馬鹿にしないでくれたまえ。これでも魔法使いとしては君より先輩なのだからね」
「……分かりました」
オーラムさんは勝ち誇ったような顔でアッサンを見る。
オールバックで決めた姿が確かに政治家に見える。
どっちかというと、ヤクザとかそう言うのも近い気もするが。
「では、行くとしようかねアッサン君」
「はい……」
「あの!」
俺は思わず言葉を出す。
何もできないというのは、今の俺にとってそれだけ嫌な事なのだと今気付いた。
日本にいた頃は考える事もなかった、責任なんて気にしなかったし、そもそも取れるものでもなかった。
社員と違い、いざという時は首になればいいだけなのだから、バイトは所詮無責任な位置にいる存在だといっていい。
社員の場合、責任問題になればそのまま刑務所行きになったり、会社の借金の一部を肩代わりさせられる事もある。
それがいい事なわけもないが、ただこう言う事の責任に対し俺は確かに無頓着だった。
しかし、この世界に来て、責任は結局その相手に対して負う者だと言う事がわかった。
目に見えない誰かのためじゃなく、今回はフィリナの名誉がかかっている。
もちろん、それ以外にもメヒド老やオーラムさんの進退、状況によっては石神にも。
色々な知り合が、このテロによって傷つき、不利益を被っている。
俺はこの世界に来て色々な人と会い、時には友人、時には敵として関った。
その事でこの世界に愛着、いや、知り合い達に不幸になってほしくないと思うようになった。
だから……。
「俺も連れて行ってくれませんか?」
「……」
さっさと出て行こうとしていたオーラムさんが振り向く。
その顔は何か思案しているようでもあり、俺を疑っているようでもあった。
だが俺の目を見て、何かに気がついたようにうなずくと、
「駄目だ、君は来るな」
「え?」
それは意外な言葉だった、だが嘘や冗談ではないようだ。
何かに思い至り、その上で俺に対し警告しているのだ。
その言葉の意味を俺が考えているうちにオーラムさんは塔の外へと出て行った。
「何故だ……」
「当たり前でしょ、彼女はどうするつもりよ?」
そうしてティアミスが示したのは、少し前に俺たちがいた階段の上に佇んでいる青い髪の女性。
思わず見惚れてしまうほどのプロポーションと、何かを湛えた憂いのある目を見て俺は気付いた。
彼女の正体が世間にさらされる可能性があるのだ、政治家として表にたっているオーラムさんの近くにいると言う事は。
俺は自分のうかつさを呪いたくなった。
「ごめん……」
「いいんです。こう言う事も起こりうると考えていましたし。
魔族だって言う事が世間に知られたくらい、どうっていう事はありません」
「え?」
近づいてきたフィリナは俺達にふっきれたような笑みを返す。
それは、強がりのようであり、本心のようでもあった。
「だって、こんなに仲間がいてくれるんです、魔族だって知っても近くにいてくれる人たちが」
「ああ……」
「それに、一度は敵に回った人とだって分かりあえている。だから……」
フィリナは目を閉じ祈るように手を重ねる。
俺は、どうしていいか分からずただ聞いている事しかできなかった。
ひと呼吸置いて、溜めを作った彼女はほほ笑みながら。
「状況次第ではマスター以外切り捨てますが」
「いい話しだったのに最後で台無しだよ!!」
もうこの辺り、魔法による拘束や、俺の死がフィリナの死になるから、と言うような分かりやすいものならいいのだが、
変に人格に魔法が影響を与えて新しい人格形成してしまっていないかかなり不安な所だ。
まぁだからこそ今治す方法を探ってるんだが、人格……元に戻るんだろうか……?(汗)
「マスターが30まで童貞で魔法使いになったとしても、私はずっと一緒にいますよ♪」
「嫌な未来だなおい」
「もちろん、性欲処理のお手伝いのため、フルプレートの完全武装で手○キしましょう!」
「逆に萎えるわ!!」
やばっ、人が集まって来ている……。
好く見ればティアミスはだんだんと遠くに……。
俺は全力で逃げ出した、フィリナをひっつかんで……。
「はぁ……はぁ……」
「息が荒いですね。興奮したんですか? この変態」
「いい加減にしてくれ……」
上の階に戻り、自分の部屋まで一気に駆け抜け、ベッドの上に座り込んだ。
そして、気付く、そう言えば部屋の中まで連れ込む必要はなかったなと。
俺が見上げるとフィリナは真面目な顔をしていた。
さっきまでも、真面目な顔で俺をからかっていたので本気か冗談かわからないのがフィリナの怖い所だ。
「マスター、このさいですからはっきり言っておきたい事があります」
「え……」
フィリナが俺をマスターと呼んだ上で意見するのはもしかしたら初めてかもしれない。
マスターと言ってからからかう事はあるので、今一信用はできないが……。
ただ、雰囲気が今までとは違う事を物語っている、俺は黙って聞く事にした。
「マスター、死人は蘇りませんし、文句も言いません。
正直言えば、記憶も心も生前のものは残ってはいます。
しかし、今はその事は私の中でさほど高い順位を占めてはいません。
嘘や誇張ではなく、私はマスターの言う事は何でも聞きますし、その事を嫌とは思いません。
そう言う存在として生まれ変わった、今の私はそういう生き物なのです。
だから、私を元に戻そうとしたり、私のために、いえ過去の私のために努力しようとするのはおやめ下さい。
時間の無駄です」
フィリナの告白は、彼女の苦悩が表れているようだった。
俺があまりにも彼女を元に戻す事にこだわッた結果なのかもしれない。
しかし、自分で決めて生きられないと言う事の不幸、それは計り知れないものがある。
結局それは俺の我儘かもしれないが……。
「だからマスター、こう言いましょう。
私は、私の命を引き換えに、マスターを脅迫します」
「なにを……」
「マスターが勝手に遠くへ行こうとしたり、マスターが私のために命を張ろうとすれば、私はマスターから離れます」
「そんな事をすれば……」
「はい、死にます。もちろん、マスターが私に命令すれば私は片時も離れなくなりますが」
「俺はそんな事はしない!」
「ですから、私は安心して私を人質に取る事ができます」
「くっ……」
そう言う事か……でも、ここまでの献身を見せられると困ってしまう。
生前のフィリナは確かに優しかったが、俺をそんな特別な目で見てはいなかった。
この位置にいるのは本来レイオス王子のはずなのだ。
俺はまるで横恋慕して彼女を奪い取った間男のようだなと頭の中身を整理する。
「結果的に、マスターの命が危なくなれば、私も消えてしまいますので」
「ああ、全くその通りだ」
俺は、フィリナに礼を言って部屋に返した。
そうして、冷静になって考えてみる事にした。
俺の目的、この世界にいる理由、帰るための手段。
俺はこの世界に魔王の後継者として魔王ラドヴェイドに呼ばれたらしい。
既に記憶の継承はなされている、魔力に関しては本来引き継ぐべきものが存在しなかったため引き継げなかった。
記憶によると、元の世界に帰る方法は2つある。
一つは送還呪文俺達の世界を知っている者がそれを唱えるか、そうセットされているアイテムがあれば可能だ。
ただし、魔王はその呪文は使えず、その方法では帰れない。
そういう呪いなのだ魔王は。
もう一つは魔王の死の前後、ソール神の呪いにより自動的に召喚される次代の魔王。
その次代の魔王が通る道を逆に行き、まだ異世界への穴が閉じていなければ飛び込む事はできる。
元の世界かどうかは分からないが、この世界から出る事は確実に出来るだろう。
どちらも、俺が魔王である限り絶望的だ。
俺が帰るためには魔王を辞めるしかない。
しかし、ソール神の呪いは俺に降りかかっており、少しづつ俺が魔王に近づいているのがわかる。
そして、ラドヴェイドとの約束がある、それは魔王という制度をなくすこと。
荒唐無稽だが、俺としてはそれ以外に元の世界に帰る手段がないのも事実だ。
フィリナの事を優先しているのは、荒唐無稽でどれくらいの時間がかかるのかわからない元の世界に帰る手段のせいだ。
もちろん、そうでなかったとしても出来るだけ優先したが、魔王としての力が完成するまでは動きたくなかったのも事実。
そして、魔力を得る事が魔王に近づく事でもあり、フィリナにとっても必要なことなので優先していた。
だが……。
「流石にこの上、テロなんか気にしてたら回り道がすぎるってものか……」
分かってはいるが、だからといって割り切れるほどに大人でもない。
幸いにして一般市民の魔法使い塔への脱出は進んでいるらしいのだが、既にかなりの数のフロアで空気が抜かれていた。
死者もおそらく……。
理由はいろいろある、がその一つに心当たりがある。
それは、魔王の気質……諍い(いさかい)を呼び込むというもの。
代々の魔王は強大な力を持っていたにもかかわらず、百年以上魔王で居続けた者は少ない。
短い者は、僅か半年で交代している。
俺も最初は単なる不幸だったんだろうが、今の俺は少しづつそれを身に付けつつあるのかもしれない。
魔力の増大と共にその気質は大きくなるという。
まだ実際の魔王から比べれば100分の1にも満たない俺でこの様ならこの先どうなることか……。
魔王の知識のおかげで色々と知る事が出来たものの、絶望が増しただけという気もしなくはない。
「へぇ、珍しいね。君が諍いの中心にいないなんて」
「ッ!?」
その時、目の前に忽然と黒髪の少年が現れていた。
年の頃は14か15程度、凡庸な顔つき、鍛えられているように見えない華奢な身体。
そして、目の前にいても話しかけられなければ認識出来ないほどの存在感のなさ。
それとは対照的に目立つ首元のNo5の刺青。
「ナンバーファイブ……か?」
「うん、久しぶりだね、っていうほどでもないかな?」
「まあ……そうだな」
心は警鐘を鳴らしているが、それでも俺は普通に応対することにした。
こいつの戦力は石神が寄越したというなら恐らくテロリストの殲滅だろう。
殺していいと俺が思っている訳じゃないが、テロリストが暗殺者に殺されても同情はしない。
俺もかなり人を殺すということに何も感じなくなってきているのかもしれない。
「きっと君の足跡を辿っていけば諍いの中心に行けると思っていたんだけどね」
「そうだな、俺ももう少しで突っ込んでいくところだったよ」
「へぇ、そうなんだ……。じゃあ今からどうするんだい?」
どうするのか、このままの状態でいいはずもないな。
しかし、俺が死ぬ危険を犯す事はフィリナに止められている。
このアイヒスバーグのシステム復旧はきっとオーラムさんがやってくれるだろう。
となれば、俺に残された仕事は、せいぜいこいつに目標を伝えてやる事くらいか。
「お前を目標まで連れていってやるよ」
「いーね、やっぱり芯也は石神の友達だ。わかってるじゃない」
「殺すのはテロリストだけにしておいてくれよ?」
「その指示はよろしくね」
「分かってる」
キチガイに刃物、こいつもだが、今や俺もか。
だが、他の面子に見つかりたくはないな。
こいつみたいに気配を消せればいいんだが、完璧な陰行なんて俺にはできない。
そう考えていると。
扉を開けてフィリナが入り込んできた。
「マスター、本気ですか? 進んで人殺しの片棒を担ぐと?」
「フィリナ……聞いてたのか……」
「私はいつもマスターのおそばにいますよ」
フィリナの言うことはもっともだ。
進んで自分が被害を受けたわけでもないのに、人を殺す。
それは本来普通の人間がやっていいことじゃない。
まさに、このナンバーファイブのような暗殺者の仕事だ。
しかし、俺は被害を受けていない訳じゃない、俺も拘束されフィリナの名は地に落とされ、知り合った人々を恐怖させた。
それだけでも俺は無関係だとは思えない。
「それでも、このままにして置きたくない。それに、俺は直接戦闘しないんだ、危険はそうないさ」
「全く……相手は人だけじゃないんですよ?」
「それは……」
「わかりました、私が護衛します。いいですね?」
「……了解」
フィリナはどこか諦めたような目で俺を見る。
まあ、仕方ない、俺はこういう性格のようだ、開き直りにすぎないが……。
ともあれ、やれることだけはやりたい。
今回は危険もさほど高くないはずだし……なんとかなるだろう。
この日、まだ俺はアイヒスバーグのテロがアイヒスバーグだけで起こっているのだと、
この大陸の危機が今まさに始まろうとしているなどと、考えてもいなかった。
当然だろう、俺は全てを見渡せるわけではないのだから……。
「貴女が尼塚御白(あまづか・みしろ)様お久しぶりですね」
「あ……えっと、その……」
ミシロは突然現れた銀髪の幼女、そう僅か5歳ほど幼稚園すら卒業していそうにないその幼女に呼び止められた。
隣を歩いていた3mを超える巨人の女性ディロンは警戒し、ミシロの前に立とうとする。
しかし、その前には白銀の鎧に身を包んだ女性達が表れ動きを止めた。
明らかに、その白銀の鎧の女性たちは騎士団だった、
つまりミシロを呼び止めたのはザルトヴァール帝国でも地位の高い女性ということになる。
いや、この人をミシロは知っている、皇帝の息女、余りにも年齢にあわない成長を遂げてしまった早熟の天才。
ネストリ・アルア・イシュナーン皇女殿下。
帝国内においては知らぬものなどいない有名人である。
「こちらにカールはお邪魔しておりませんか?」
「青銅騎士団長でしたらそこに……」
そこ、といってミシロが指さしたのは10mほど離れてピッタリ付いてくるガタイのいい騎士らしき男。
らしきというのは、フードをすっぽりかぶっていてあれでも身分を隠しているつもりの様子だからだ。
それを見てイシュナーン皇女はため息を一つ。
「カール会議の時間まで後少しですが、何故ここにいるんです?」
「何を言いますか! ここにいるのは怪しいフードの男であってカールなどという男はいません!」
「そうですか、白銀騎士団、不審者を捉えなさい」
「「「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」」
頭痛をこらえるかのように頭を手で被って困った顔をするイシュナーン皇女だったが、暫くして落ち着いたらしい。
怪しいフードの男は自白銀騎士団の異能を持つ女性10人がかりで追われているが、逃げ切る気でいるようだ。
まあ、どのみち会議には出席せねばならないはずなので10人以上追撃部隊を追加する気はないようだった。
「すいません、お見苦しい所をお見せして」
「まあ、構いませんが……カールさんって随分変わった方ですね……」
「なんでも御白(ミシロ)様に一目惚れしたらしいのですが」
「まあ、無害は無害なんですけどね……」
「それより、御白様。一度城のほうまでお越しいただけませんでしょうか?」
「……え?」
皇女殿下よりの突然のお誘いに頭の中が(?)で一杯になるミシロだったが、
同時に依頼するチャンスではあった、元の世界への帰り方の事を帝国に依頼できる可能性がある。
最も、皇帝にコネを作るのは難しいだろうが……確かに目の前の幼女に繋げばそれも可能となる。
その辺、ミシロは少しだけ計算した上で、引き受ける事にした。
「すいませんね、ですがこのことは恐らく私達の未来を左右する問題です」
「え……?」
「恨んでくださっても構いませんよ。でも急がないといけない」
「一体何が?」
「それは……ここでは秘密にしておきますね♪」
なにやら物騒なモノを含んでいたようにミシロは感じたが、
同時に幼女とは思えないほどのその笑顔はミシロには出来ないと感じていた。