「じゃあな、シロガネ――」
黒龍はシロガネとまるで同じ容姿、能力を有している。唯一の違いはその性格と体の構成のみである。
シロガネの目に力も活力もない。それだけ黒龍の奇襲に全力を尽くしていたのだった。
それをなんなく、まるで、虫けらを踏みつぶすように。
本能が回避することを体に命令するが気力が底を尽きていて動くことさえままならない状態であることは誰が見ても一目瞭然だった。
シロガネは自分の最後に空を見上げる、そこには光は無なく黒いペンキで塗りつぶした色だけが残っていた。
「シロ、壊れちゃうの?」
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ここが夢の中か死んだあとの世界であることはふわふわした感覚が嫌というほど伝えてくる。
ここはシロガネたちがいた本来の幻想郷の紅魔館、食堂そのものだった――
『シロガネ、あなたは勝たなければならない、だから死を重んじなさい――私のようになってはいけない』
どこにいるか分からない懐かしい声が脳内に響く。
その声は艶のある、色気があり一度聞けばだれもが耳を疑うほどの美声、まるで王女のような気品のある声。
ぼんやりと視界がぶれる。寝起きのようにも感じる怠惰が残る。場面がいきなり変わるのは夢だということを嫌というほど教えてくる。
目の前に居る、女性にシロガネは見覚えが嫌というほどあった。
シロガネは鼻で嘲笑う。
自分で作った虚構を見つめ言葉を吐きだす。
「オレにはもう何もできない……」
シロガネは呻くようにかすれた声を上げる。それはまさに死を迎える老人そのものにしか聞こえないほどの声であった。
目には憎しみも、怒りもなにも無かった、魂が腐りきっていると言っても過言ではないだろう。呆然としているその情けない姿勢は誰が見ても堕落の二文字でしか表せないだろう。
『そんなことないでしょう? 諦めない心があなたの最大の強みでしょ?』
「たしかに黒龍は奴らの頂点の悪魔龍だが、それは相手の心が読めるらしく……それの裏をかいて攻撃して――」
目の前の女性は口元緩めた、シロガネはため息を吐きながら天井を見上げる。
紅の目にはあまりよろしくない色の天井、外は常闇に包まれ良く見えない。
『じゃあ、そろそろ私は行くね』
「ああ、そうだな、お前は死んだ……だよな、我が主、フランドール・スカーレット様」
美しくも妖艶さを秘めた美しいステンドガラスのような翼は見る物を釘付けにするだろう。そしてひときわ目立つのがその美貌である。一度見た者はそれが化け物であっても寄り付くほどの顔を持ち合わせていた。金色の髪が深紅の瞳を映えさせ艶やかな唇はその美声に相応のものだった。
『あなたのことはずっと好きよ、最後まで壊れなかった私の――』
シロガネは大きく手を天井に伸ばし、犬歯が見えるほどに口を開き笑った。
「今度は……今度こそは―― 絶対に守る」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「じゃあな、シロガネ――」
黒龍の刃がシロガネの首を落とすべく振りかざされる。
あと三センチほどでシロガネは体と頭が離れ離れになり周囲に血液を飛散させるだろう。
(何をしてるんだオレは――!!)
甲高い金属音がシロガネの耳元に響き渡る。
その金属の擦れる音と同時に、衝撃が周りを包む。
「ッ!! こいつこんな時に目覚めやがった」
黒龍は、苦虫を噛み潰した表情になる。目の前に居るのは先ほどの虚ろな男でも激昂に身を任せる者の目ではない。
そしてその男の後ろには主君である、幼き吸血鬼、フランドール・スカーレットがにっこりと笑みを振りまいていた。
「ねぇねぇ、なんでお姉さまがあんなにボロボロなの?」
フランドールはシロガネの裾を掴んだ。
黒龍は抱えていたレミリアを投げ捨てると両腕に剣を展開させる。
「お姉さまに何してるの?」
フランドールはさっきまでの表情を一転させる。その顔は狂気に満ちていたとでも言っておこう。
黒龍は間違いなく、フランドールに目をつけられたことはその周りにいた者たちからも感じられていた。
「あの人、シロガネにそっくりだね」
「そういえば、なんでフランはオレが本物だってわかった?」
魔理沙たちは最初から行動を共にしていることもあり、別段考えることも無かったがあとから来たフランドールはシロガネを一目で区別できた。
「だって、シロの匂いは忘れないもん」
シロガネは「そうか」と簡単に切ると、黒龍を見た。
黒龍はシロガネを睨み付け、その邪悪なオーラを放っていた。
「人間ごときが、オレの一撃をかわしやがって、シロガネお前だけは殺す!!」
黒い淀んだ何かがシロガネを包み、黒龍もろともどこかに消えて行った。
「危ないフラン――!」
フランドールの胸ぐらをつかみ、投げる、宙を舞う事が出来るフランドールは空中でバランスをとることが出来た。それをみてシロガネは黒龍の何かに飲まれた。
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「……シロガネはどこに行った!?」
魔理沙が目を丸くしている。魔理沙だけではないその場にいた者全員が驚きを隠せなかった。
それを考えているほど黒龍の敵軍は甘くない。
即ちそれは、新手を示すことになる。
頭上を見れば、サキュバスの群れ、頭を下ろすとワーウルフの姿がたくさん影から潜みを消しているのをやめていた。体は見るからにさわり心地にかける剛毛で覆われ、オオカミのような顔立ちである。
「全く、あの黒龍とかいう奴、やってくれたわね……」
レミリアがゆっくりと起き上がり、静かに怒りを蓄えていた。その眼を見れば誰でも分かるだろう
「お、お嬢様!! ご無事ですか!?」
咲夜が狼狽気味にレミリアに寄り添う。咲夜はもともとレミリアを探しにここまで来ている。
「ええ、大丈夫よ、それよりあの狼男……あいつは私とは相性が悪いわ、咲夜お願い」
咲夜はシロガネの作った銀のナイフを一度に何本も手に取り、ワーウルフの心臓に狙い
直線を描く。
直進するナイフは流麗な流れで次々にワーウルフを仕留める。レミリアは吸血であり、肉弾戦においてはワーウルフにかなりの後れを取る。
だが、銀の物でダメージを与えれば、運が良ければ子供でも倒すことができるという脆弱さがある。つまり咲夜の使ったナイフはまさしく、鬼に金棒と言える組み合わせである。
木々が生い茂る山道でも咲夜のナイフは阻まれることを知らず、ある時は、木の枝をすり抜け、またあるときは、幹にナイフを掠らせ軌道を変え、ワ−ウルフの心臓を貫く。
そして極めつけに接近許したワーウルフは、時間を止め、ナイフで心臓を貫き、結果として咲夜は、そこにいたワーウルフを全滅させた。
『ほう……あのクズ獣を全滅させるとはな……』
頭上を見上げると明らかに、異彩な雰囲気を放つオーラがあった。
咲夜は直感で感じた、レミリアの放つオーラの如く溢れ出るカリスマ性。吸血鬼であると。
『一応申すが、あんな雑魚どもを殺したくらいでバカにされても困るぞ、ライフ?』
木が軋み、ありえない折れ方をしながら幹がなぎ倒されていく。
それは、先ほどのワーウルフとは大きさも何もかも違っていた。何より驚いたのがワーウルフが言葉を話しているという事。
『狼、風情が抜かせ、べルセ』
ライフと名乗る、気高き吸血鬼――
ベルセと名乗る、豪奢なワーウルフ――
咲夜を含めた全員が、硬直した、眼で見るからに、肌に伝わる刺激、その言葉は耳を仲介して本能が語る。
こいつらはやばいと、脳内で警笛が響く。
「逃げるわよ」
誰よりも先に、レミリアが言った。誰よりも気高く、高貴なレミリアが敗走を一番最初に放ったのだった。
その瞳は何を見たかは分からないが、恐れていた。
「そうだね〜、あいつらはやばそうだねー」
萃香は酔いながらだが、正気の雰囲気だった。
鬼をも恐れさせる状況、レミリアは手負い、もし、レミリアが手負いでなければ、まだ勝算があったかもしれない。
だが、レミリアや萃香、咲夜だけならなんとか逃げ切れたかもしれない。だが生憎、敵にも飛行能力が高い吸血鬼、ライフがいる。魔理沙は果たして逃げ切ることができるだろうか。
人間であるが故に、それだけで足手まといと考えられるのが妖怪の思考である。
「逃げ切れるかどうか、以前にもうあいつら手遅れかな?」
萃香が瓢箪を腰に下げ、指を鳴らす。
大胆にも不敵な笑みをさらけ出す。
「そうだね〜、今回、杯は置いてきたから。久々に血が騒ぐね〜」
そう言うは、おでこに角が生えた、一見すれば女性に見えるがその優しい表情に男気が溢れる性格、曲がったことが大嫌いな生粋の化け物、星熊 勇義という鬼である。見かけによらず、意外と他人を思いやるおかげ周りの人物と犬猿になることはあまりない。
勇義は普段、弾幕ごっこにおいて、ハンデを設けている。杯の酒をこぼさずに勝つという、勇義自身が決めた酔狂であり相手に反撃の余地を与えるにはちょうどよかった。
「お空に聞いて来てみれば、予想以上に酷いわね」
勇義の後ろからひょっこり顔を出すはさとりであった。
「さて、あんたら、折角来たんだから邪魔立てしないでくれ」
勇義は、さとりや魔理沙、咲夜を含めた萃香以外を払う。
魔理沙たちはふて腐りながら山を下って行った。
その背中が豆粒ほどになるのを見守ると、萃香と勇義は笑っていた。
「「いくぜ!!」」
その力を振りかざすのは、あまり巨大すぎる二体の鬼、対するは黒龍が支配する直属の精鋭であることは変わらない。
拳と拳が衝撃音を放ち、皮膚から伝わってくる感覚が針のように刺さるくらいだった。
だが、それで王手になることは無かった。
「ほう、流石は東洋の鬼、たしかに聞きしに劣らぬ怪力だが、それを片腕で止められる私も、なかなか捨て置けぬということか」
勇義の強烈な一撃はベルセの鋭い爪の生えた手にいともたやすく収められていた。
「しかし、この程度の怪力なら、先ほど八つ裂きにしたあの人間の男の方がまだ上をいっていたぞ?」
ベルセはそのまま勇義の右拳を握り潰す。
「――ッ!!」
肉がすり潰され、骨が軋み悲鳴を上げているのが手からも目からも、耳からも感じ取れる。勇義の手は一瞬で肉が裂け、骨が砕けた。
多量の血液が潤滑剤となり勇義は腕を引き抜く事が出来た。
勇義は無言のまま、握り潰された手を広げたり、閉じたりさせる。
「なるほど、人間とは違い、それなりの回復能力はあるようだな」
勇義は嫌な汗を背中から噴き出す。
「これは、甘く見ていたかもね――!!」
二発目の拳は、ベルゼの胸部を狙った。
ベルセは鼻で笑った表情で言い放つ。
「同じ手が二度も――ッ!!」
確かに、ベルセの腕は勇義の拳を包んでいた。その事実は変わらない。だがその拳は直進を止めず、ベルセの腕ごと、旋風を巻きながら胸部に凄まじい、まるで岩をも砕く掌底を加えた。
身体は宙をしばらく浮遊し、後ろの木に激突し木がへし折れていた。
「うぅ……」
ベルセはたったの一撃で敗北する結果となった。
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「私の相手は、貴様――」
「「五月蠅い!! 目障りだ!! もやし野郎!!」」
その後ライフを見た者はいなかった。
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「うぅ……」
目を覚ますと先ほどいた妖怪の山とは全く違う景観の世界であった。一面が燃え盛り様々なものを燃やしているが、熱は感じないことからシロガネは完全に黒龍の術にはまったのだろう。とシロガネは安易な考えを提示させる。
「ここは一体」
「ここはオレの世界、オレの全てだ。オレが思ったことオレがあり得ると心底思ったものはここに現れる」
声の方を辿ると、自分に似た体を持つ、黒龍が鋭い視線でシロガネを見ていた。
「そうか」
殺意の込められた視線をシロガネは浴びるが臆することなく冷静に、自分の忠義を胸に秘めている。その一本の柱は魂であり誇りである。
己の魂を知った、召使はその主の思いを『槍』に『弓』にそして『剣』として具現化させる。
その刃は、深紅に染まり――
その柄は、黄金色に輝き――
使い手の姿は、柄とは真逆の白銀の髪に染まり、眼の瞳は切っ先のように鋭く血のように紅く禍々しい。
曇りのひとつもない今までとは明らかに違う、異質の剣。
「ここに来て、ようやく最後の炎が灯ったか――ならばそれを断ち切ればいい」
黒龍は青い葉脈のようなものを体に這わせ、剣を展開する。
展開された剣もまた葉脈のように何かが這っているようだ。
緊迫した空気はお互いの初手を踏みとどまらせる。
「人間には火事場の馬鹿力っていうのがあるらしいな、だが心が読めるオレには動きを単純化させるだけだ――!!」
黒龍は自分の目を疑った。過去に一度も、敵の心を読めないという事態に見舞われることが無かったからである。だが、シロガネをどんなに凝視しても、一向に心は読めなかった。
だが、黒龍にとって心が読めなくても絶対優位は揺るがない。この空間において主導権を握るのはあくまで黒龍だ。
「「黒龍の名において、命じる シロガネは絶命しろ――」」
これがこの空間の最大の長所、黒龍の意向がそのまま現実のものとなる空間。
「却下する!!」
シロガネは、揺るぎない視線で声を張り上げる。どこまでも冷淡に、どこまでも熱情的に、すでに良くわからない表現となっていた。
「……この空間の主導権が消えた……だと」
黒龍は一瞬唖然とするが、すぐに激昂がこみ上げてきた。
「認めねえ……認めねえ!!」
黒龍はシロガネに悪魔龍たる風格と怒りと共に牙を向いた。
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「あと、十時間か……」
『いいえ、あと二時間で準備は整うわ、早いところこの異変終わらせましょう』
頭の中で声が広がる。
「そうか、思いのほか早かったな」
『交渉に時間がかかると思ったのよ、そしたら答えは即答でイエス、まったく貯めておいた交渉条件も水の泡だわ』
漆黒のコートを羽織ると、隻眼で隻腕の男は病室を後にした。今頃、ここの医者は重症患者の手当に尽力しているだろう。
男は最後のタバコをそっと口にくわえ、自身の能力で火を点けた。
「さて行くか……」
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あれから二時間ほど経った。
フランドールは不満だった。
何に対してというわけではないが、機嫌がななめだった。
情緒が不安定で能力も危険だったために地下に幽閉されていたのだったが。シロガネと出会い、それがわずかながらに変わって行った。
それがシロガネの魔力によって書き換えられた偽りの記憶だと知らずに――
咲夜に連れられ人里に下りた。すでに聖たちが防衛線を張っており。咲夜たちもそれに加わっていたが、能力が不安定で味方を傷つけかねないフランドールは蚊帳の外になってしまっていた。
「つまんなーい」
そう呟く。人間はフランドールを恐れ誰もが避けていた。
フランドールはその露骨な態度に怒りを覚えるが、シロガネに嫌われるのが相当嫌なのか、静かに堪えていた。
「ねぇ、キミ、寂しそうだけど大丈夫かい?」
振り返ると白髪に紅い目の男の人が立っていた。端正な綺麗な筋の通った爽やかな顔立ちだった。細身で服装も目立つところがない。
「お兄ちゃんはフランのこと怖くないの?」
すると、その男性がにっこりと笑い、フランの頭を撫でる。
「こう見えても、お兄ちゃんは君よりも何倍も怖いものと闘ってきたんだ」
「お兄ちゃんは強いの? シロガネよりも強いの?」
シロガネを案じてかフランドールが聞いた。
「どうかな……分からないな。けど君が願うならその願い叶えてやれないこともないかもね」
白髪の男は静かに撫でていた手を離すと、静かに立ち上がった。
「さぁ、聞こう、キミの願いは?」
男は背を向け歩き出した。
「またみんなで遊びたい」
「その願い、我が銘において、必ずかなえよう――」
男はそう言うと、いつの間にか左手には拳銃、右手に剣が握られていた。
「契約の対価は……今回はタダにしておくよ、曲りなりに皇帝殺し黒髪 蒼と謳われているくらいだからね」
フランはその男を二度と捉えることは無かった。
十杯目終わり