「なんだ、こいつ……」
黒龍は驚愕し、焦燥とプライドが傷つけられるという強迫観念から攻撃が単純化していった。
ここは、黒龍の心象世界、全ての権利を黒龍が握るはずだった――
だが黒龍はこの目の前に居る、ただの人間、シロガネに苦戦を強いていた。
あの深紅の刃は何のだろうか?
黒龍は、歯をぎちぎちとならせながら、シロガネに立ち塞がった。
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シロガネに迷いは無かった。
「これで、テメーの最後だ!!」
この深紅の剣は、シロガネの全ての魂をもってして完成される。
そのすべての魂の注入を終わらせた。
そのためシロガネの肉体には魂が無く生ける屍と同等にまで成り下がっている。
喋ることも、想うこともない人形と同じ。
生ける屍と言えど、その目的を違えることはなく、遂行するために体は駆動を続ける。あくまで機械的に一切の感情を遮断し、黒龍の読心を回避する。
「そいうことか、魂を全て注ぎ込めばたしかにそれくらいの武器は展開できるよな!」
黒龍は吠え続けるが、感情無き、人形は表情をピクリとも変えない。
「…………」
シロガネは黒龍の懐に入り、鋭い斬撃を疾風の如く空を裂きながら踏み込む。
黒龍も自分の持つ、身体能力をフルに使い紙一重で間合いよりバックすることで回避する。
安堵した黒龍は体勢を立て直し、攻撃を外したシロガネの隙をついて、展開した漆黒の刃にて首級をもぎ取ろうとした。
鈍い肉の裂ける音が木霊した――
鮮血が辺りに飛び散ったのは黒龍が一番よく分かった。
直に感じる刃物で肉を裂く感触。
「……なんだよ……これ――!!」
黒龍は剣を持つ腕を見て焦りの色をより一層濃くする。
なぜなら――
剣は、拳法の類で軌道が捻じ曲げられ、剣を持つ腕は、白銀の刃のナイフによって、切り落とされていた。
「まったく……無茶しないで下さいよ、この程度の相手なら私でも勝てますよ?」
「あらあら、雑魚に苦戦していた門番が良く言うわね?」
シロガネの壁のなるように立っているのは、中華系の服を装い、赤茶色の髪が明るい優しげのある顔を強調させる。豊かな二つの谷ははち切れんばかりの揺れ方をする、紅魔館の門番、美鈴。
その隣に立つは、美鈴とは逆におしとやかという言葉が似合う、瀟洒な双璧を兼ね備える紅魔館のメイド、咲夜だった。
「もういいわよ、そこにいる、クズは私が直接、制裁を加えてあげる」
「あ、おい、私を忘れんなよ」
金髪に白いエプロン、いかにも魔女という装いした魔理沙が八卦炉を持ちながら、澄ました顔で笑う。
「あら、魔理沙ってきり怖気づいて逃げたのかと終わったよ?」
「よく言うぜ、霊夢の仇でもあるんだ、しっかりとあいつにはお礼をしてやらないとな?」
ゆっくりと、周りの空気が重くずっしりとする。
「さて、フラン、あそこにいる、シロガネそっくりな偽物は頑丈なおもちゃだそうよ、一緒に遊びましょうか?」
フランは楽しげな表情で周りを凍りつかせる。
「さて、そのまえに、シロガネ? 言いたいことはあるわよね?」
「…………」
無言のまま、シロガネは返事をしない。
「無茶しないって約束破ったわね? まぁ、いいわ、すっこんでなさい――咲夜!!」
レミリアが指を鳴らして咲夜に指示すると、美鈴がシロガネを担ぎながらレミリアの背中で整然としていた、咲夜は能力を使い、一瞬で美鈴のやや前の方にいた。
「じゃあ、一番はメイドに取られちまったが、ぶちかますぜ!!」
魔理沙は手に持った八卦炉投げる。
「知ってるか? 弾幕ごっこの極意って奴を?」
魔理沙は黒龍にニヤリと不敵な笑みをこぼす。
落下する八卦炉をキャッチしそのまま黒龍に狙いを定める。
無二の親友を傷つけたのはあまりに重かった。
「「弾幕はパワーだぜ!!!!」」
八卦炉から特大レーザーが飛び出す、黒龍は避けるすべもなく防御の構えを取る。
『恋符 マスタースパーク』
魔理沙が使う、最強のスペルカードのひとつで一直上にあるものをすべてなぎ倒しながら直進するレーザーを放つという、ド派手な技だ。
凄まじい熱量と押し寄せるエネルギーの塊が黒龍を地面ごと吹き飛ばすことだろう。
「ッケ!! 何かと思ったらちんけな花火じゃねーか脅かせやがって」
黒龍はかすり傷ひとつないままその場に立っていた。
「じゃあ? これならどう?」
黒龍の周りに、四人のフランドールが悪意に満ち溢れた目で、にっこりと笑う。
『フォーオブアーカインド』
四人に分かれたフランドールが一斉に黒龍を襲う。
息の合った吸血鬼の一撃、一撃が黒龍に降りかかる。
「大したことねえな!」
漆黒の剣を四本展開させる。
何をするのかと思われた刹那。
四方向からくるフランドールを四人同時に突き刺す。
いや、正確には片腕で四方向のフランドールを一体づつの腹部に突き刺しているのを理解したのはレミリアくらいだろう。
生々しい、音が残響しながら耳に入ってゆく。
「あ……」
フランが小さく声を漏らす。
鮮血に染まるフランドールは徐々に意識が無くなってゆく、吸血鬼だから死ぬことは無いが、死ぬほど痛いのには変わりない、本能的に意識を無くしたのだろう。
「他愛もねえな? 吸血鬼と言っても所詮は餓鬼ってか!?」
「貴様ァァ!!」
レミリアの瞳孔がこれ以上に無いくらい見開いてゆく。
「どうしたよぉ? こっちも命がけなんだぞ、そっちも命がけにならないとなぁ!!」
逆鱗と、込み上がる何かが吸血鬼を突き動かした。
「来いよ!! 吸血鬼――!?」
肉が裂ける音とは程遠い、爆裂したとでも言うのか、とにかく表現に困った音だった。
そんな音が、熱のない炎が広がる、黒龍の世界に響き渡った。
レミリアを含め、全員が目を丸くし、静寂に包まれる。
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男は右腕で幼さが残るフランドールを抱きしめていた。
白銀の髪に、鮮血より鮮やかな瞳、やや大きめの背はフランドールの小ささを一層に冗長させていた。
彼の名前はシロガネ、もちろん本名ではない。だがこの名前の方が呼ばれることが多く、普段からシロガネで名乗っている。
職業はお世話係、良く言えば執事である。だが執事というにはすこし、丁寧さが足りないからやはり、お世話係のほうがしっくりくる。
つい最近まで、戦役で長い間お世話係の業務を放棄していた。
本人もつい最近までその事実を知らなかった。
そんな奇怪な人生を歩んでいる。
彼の能力は魂を武器に変える程度の能力。
万能だが特化した強さはあんまりない、弾幕ごっこも妖精に勝てるか怪しいくらいである。
そして、彼には絶対に変わらない忠誠を捧げる主が居た。
右腕に収まっている、フランドール・スカーレットがまさにその人であった。
両手を使って、フランドールを抱きしめないのは理由があった。
「やってくれたな畜生!!」
黒龍は腹部から流血を流しながら、シロガネに襲いかかる。
片腕に展開された漆黒の剣がシロガネの喉元に疾風の如く襲いかかる――
シロガネは臆することなく前に踏みこみ、紅の剣を構える。
その勝敗は一瞬で決まった――
「…………」
役目を終えその場に音もなく倒れ込む。
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そんなグダグダな出来事から、三か月が経つ。
「あれからもう三か月ですね、人里はもうほとんど元に戻りましたし、紅魔館の修復もあらかた終わったそうですよ、お嬢様」
咲夜はいつも通り、レミリアに紅茶を入れる。
外は春の陽気に溢れ、吸血鬼には少し受け入れがたい光であふれていた。
「最後の最後で私の出番が無かったことにはすこし、不満が残るわね」
レミリアは香り高い紅茶を口に運ぶ。
「まさか、あそこでシロガネさんが飛び込むとは思いませんでしたから」
咲夜が、御盆を持ちながら苦笑する。
「よくもまぁ、玉無し状態であそこまで動ける事、クロガネが事前に、死神に連絡していなかったら、あのバカ死んでいたからね」
「弟より劣って悪かったな」
シロガネは、汚れた作業着を着たままレミリアに言い放つ。
「あら、客間の修理は終わったのかしら?」
シロガネは、頷き、欠伸をする。目の下には隈が広がり、血色が悪かった。
「意外に早かったわね、褒めてあげるわ」
またレミリアは、紅茶を口に含む。優雅な雰囲気で、優しげに珍しく笑う。
「三日間寝ずに作業は、人間には応えるぞ?」
睨みながらシロガネは顔をしかめる。
「あら、約束を破ったやつにはこれくらいのペナルティーがないとね? 第一、私の元で働いているのだから――」
「わかったわかった」
シロガネがめんどくさくなったのか遮るように言う。
「しかし……平和だな……」
しみじみとシロガネは言い、タバコをくわえ、火を点ける。
大きく息を吸い込み煙の味を堪能する。久々に吸ったタバコはまたとないうまさがあった。
「そうねえ、怪我人が五本の指くらいしか出ていないのは、奇跡だったかもしれないわね」
シロガネは肩を竦める。辛辣な表情は、大怪我負った弟を想ってのことだろう。
事実、この異変によって出た怪我人は霊夢、フランドール、クロガネが重症で、残りは避難中に転んだり、ぶつけたりした類の怪我だった。なお妖怪は異変終了時点で傷は完治しているのもはカウントしないでのこと。
里の住人は、命連寺一家が事前に避難を終了させており、身代わりを置き被害を出したかのようにして、欺くという戦法が見事だったとしか言えない。
実際はもっと怪我人が出ていたかもしれない、あくまでこれはレミリアの聞いた話によるものだ。
「やっぱり、弟より、オレの方が利口かもしれんな」
シロガネは背中に異物が当たると同時に壁に顔面激突した。
「――!!!!!?」
「バカで悪かったな?」
鼻頭を押さえながら振り替えると、包帯だらけでタスキに『外出禁止!! 見つけ次第
永遠亭まで報告してください』というのがくくりつけられていた。
髪の毛は真っ黒で、目の色はサファイアのように澄んだ瞳をしているが片方はぽっかりと何もない。片腕は回復途中でひじの辺りまで再生しており、包帯でぐるぐる巻きにされている。
「いってぇ……お前、そのタスキなんだよ、永琳のとこに報告してくるぞ!?」
シロガネが半ばキレ気味でクロガネに言い放つ。
「病院なんているだけで胸糞悪いわ――」
「へぇ、それはいいことを聞いたわ、特別治療でもしてあげましょうか?」
クロガネは顔が青ざめ嫌な汗が溢れ出す。
恐る恐る、振り返ると――
「え、永琳どうして――!?」
襟首を掴まれたまま、クロガネはとても患者とは思えない扱いを受けながら強制送還されていった。
気のせいかもしれないが、永琳、ものすごい血管が浮き出していた。
「まったく、愉快のなことね、そこの兄弟は」
「あとこんなのが十一人いるんだぜ?」
レミリアは苦笑しながら、テーブルにあるクッキーを頬張る。
「あ、ひとつオレにもくれ」
レミリアが、シロガネにクッキーを投げつける。
放物線を描くクッキーをキャッチし口に頬張る。
シナモンの独特な香りが鼻孔をくすぐり、口の中ではサクサクとした食感に柔らかな甘みが広がる。固すぎず、甘すぎず、美味しかった。
「うん、うまい」
シナモンの余韻に浸りながら、適当にあった椅子に腰かける。
「しかし、あのバカ弟、無茶しやがって、全治一年を三か月で回復させやがったてよ」
シロガネは、後頭部になにか違和感を感じた途端テーブルに顔面を突っ込ませる。
開いた窓から、手のひらサイズの石が投げ込まれた。
「いってええ!! あの野郎、いつかぶっ殺す!!」
レミリアと咲夜の方を見ると、腹を抱えて笑っていた。
「本当に、面白いですね、シロガネさんは」
「まったく、あんたといいシロガネといい、飽きがこないわ」
人が痛い思いしてるのにこの野郎とかシロガネは心の中でつぶやくと改めて平穏だなと思う事が出来た。
実のところ、あのあとことは良く覚えていない、魂のすべてを使った剣を展開していたのにもかかわらず、目を覚ませていたのは、おそらく自分の本能がセーフティーをかけたからだろう。
だが防衛が働いたら、意識は残るはずだ、シロガネは疑問に感じているが、あまり深く考えなくてもいいだろう。案外、人間という奴は簡単に限界を突破するもんだ。
今回の勝利もそういう、運とかたまたまとか主人公補正とかそういったものが決め手となったのだろう。
あ、でも、主人公補正ならそもそもこんな惨事が起こるわけないか。
そうシロガネは心の中で毒づいた。
「石でもいてえぞ?」
シロガネは穏やかに、怒り皺を作った。
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「さて、クロガネさん、これで何度目の脱走ですか?」
うつほが、にっこりと笑顔で、クロガネの見る。
「……一回目だ」
「それは、一時間の間に一回ですよね? いい加減にしてください、怒りますよ?」
「いやいや、怒ってる、怒るじゃなくて怒ってるぞ」
何を言っても、うつほは、顔色はもちろん、表情ひとつ動かさない。クロガネは、嫌な汗をかきながら、大人しくベットで横になる。
クロガネは病院が嫌いだ。
理由は過去に病院でちょっとした恐怖体験をしたためだ。
もちろん、シロガネはお化けが怖い、一番の苦手かもしれない。
「聞いていますか!!」
耳を劈くようにうつほはシロガネの耳元で叫ぶ。
「わかったよ!!」
「なら、よろしいじゃあ私はちょっとトイレに行ってきます」
そう言って、うつほは病室から出ていくのを見送ると。
「さて、窓からならいける」
クロガネはベットから早々に起き上がり、瞬く間に窓から飛び降りる。
(ふ、ちょろいぜ!)
そのまま竹林に向かってダッシュをしようとした――
「ク・ロ・ガ・ネさん?」
十一杯目終わり