第三使途ボイド、ソール神の使途の一人で、雷即ち神の罰を著す。
見た目はじじい、性格は陰険じじい、趣味は性悪じじい、考え方は耄碌じじい。
このクソ爺に私は囚われている、良くわからない呪いをかけられ、ソール教団とかいう日本では聞いた事もないような教団に。
もっとも、異世界らしいこの世界においては世界最大の信者数を誇る宗教なのだそうだ。
まあ、実際に神がいて、使途とやら(天使とは思いたくない)がいるのだから最大になるのも分からなくはない。
でも、あたしの歌がその神や使途に利用されるのは我慢がならなかった。
契約はした、そりゃ命惜しさに契約はしたけど……、こんなつまらない事のために歌いたくなかった。
何より、このじじいは幼馴染の一人であるまろの事を傷つけた。
だから、あたし、綾島梨乃(あやじま・りの)の出来る精一杯の事として歌わない事にした。
「あのリノ様……体調のほうはいかがでしょうか?」
「メロア……、また何か言われてきたの?」
「いっ、いえ……その……」
ここの所、あたしが歌わない事でメロアやアトレアは私付きの侍女として当りが強いらしい。
でも、そんな理由で歌うなんて言う事になったらずるずる歌わされてしまうだろう。
余ほどの事がない限りメロアやアトレアには耐えてもらうしかない。
そう、2人に心の中で謝りながらふとメロアの首筋に目を向ける、
メイド服のえりに隠れて見えにくかったが何か赤いものが……。
「メロアッ! ちょっと首を見せなさい!」
「えっ、あっあの……」
あたしはメロアの小柄な体(あたしも似たようなものだが)に飛びつき、襟元を露出させる。
そこには、赤い線が走っていた、背筋に悪寒が走るのを感じる……。
あたしはメロアの背中を服をはだけさせながら確認し、そこにあるのが一つきりではない事を理解した。
恐らくは鞭打ち、それもいつもされているのでもない限りこんなに跡は残らないだろう。
「メロア……誰にされたの?」
「あの……それは……言えません」
「……」
涙目になったメロア、あたしは悟った。
この子はあたしが歌わない事の責をあたしに代わって取らされているのだ。
あたしが使途であり、鞭等加えようものなら破門されかねない、しかし、歌がないと信者たちに示しがつかない。
つまり、彼女への攻撃はあたしに対する苛立ちの表れ……。
アトレアを最近見ないのも、もしかしたらそう言う理由か、それともお付きを外れたのか。
何にせよ、あたしはまた状況を悪化させてしまったらしい……。
「ごめん……」
「え?」
「ごめんね、メロア……あたしのせいで鞭打ちなんて……」
「いえ……、これは私どもの不始末であって、御使いであらせられるリノ様が気にされる事ではけして……」
だけどこれではっきりした、なんとしてでもここから抜け出さないと。
使途のじじいも陰険だけど、ここの連中も信用に値しない者が多いようだから……。
でも、メロアやアトレアをどうするのかも問題ね。
あたしが抜け出した後、彼女らがどうなるのか予想するのは難しくない。
つまりは……、見せしめにされる可能性が高い。
(どうするのじゃ、いい加減諦めたほうがいいぞい)
「煩いわね……」
「えっ、ああすいません!」
「あっ、いえ、メロアの事を言った訳じゃなくてね」
そんな時、どたどたと足音をさせながら誰かがこの部屋に近づいてきた。
あたしも一応神の御使いである以上、ここに近付けるのは限られた人間だけ。
法王か、護衛の騎士、幾人かの枢機卿くらいのものだ。
そして、法王はこんなどたどたと歩いては来ない。
恐らくは……。
「御使い様!」
「……ワーレント枢機卿でしたね……。どうしましたか?」
血筋、つまり縁故を使って成り上がった枢機卿達の一人。
というか、実質的にリーダーと言っても過言じゃない。
権威主義で、枢機卿による談合等の指導者でもあり、金回りは相当いいと言う話。
だけど、そのせいかどうか、脂ぎったおっさんで、握手なんてけしてしたくないタイプでもある。
「信仰心の薄いメセドナ共和国に対し、アルテリア王国、ラリア公国が連盟して宣戦布告をしました。
我らもまた、参戦を表明しようかと考えておるのですが、いかんせん旗頭がおりませぬ」
「あたしにそれになれと?」
「最近唄っておられないとか、気晴らしにはなるのではないかと。
無論戦争等は聖堂騎士団に任せて頂ければよろしゅうございます。
ただ御使い様が陣におわすだけで士気は天井知らずですからな!」
つまり、この男はあたしを名目上の司令官として、メセドナ共和国とか言う国に派遣するつもりなのだ。
あたしとしてはここを抜け出せるチャンスでもあるけど……。
問題点としては、またしたくも無い戦争の手伝いをさせられる事、
ボイドがいる限りあたしは逃げられない事、敵として幼馴染達とまた再会してしまう危険がある事。
どれも考えるだけめげる話しだ。
でも、受けないでいればどうなるかはメロアを見ていればわかる。
あたしは……。
「いいでしょう、お飾りになってあげます。それでいつ出立するんですか?」
「それはもう、準備が出来れば明日にでもお願いします」
「……じゃあ明日動けるように出陣の準備をしておきなさい」
こんな事をすればどうなるのか、あたしにだって分かっている。
でも、メロアを傷つ蹴るのが当たり前と言う目で見ているワーレント枢機卿のような存在の近くにいたくない。
そうする為にも神輿役は好都合ではあるのだ。
だけど、メロアをこのままにしてはおけない、アトレアがどうなっているのかも心配だ。
「あたしの世話係としてメロアとアトレアを連れて行ってもいいですね?」
「そ、それはもう。よろしくお願いします」
「ならば、明日の出立の準備をしますので、申し訳ないですがお引き取り願えますか?」
「はっ、はい。では明日の事よろしくお願いします」
ワーレント枢機卿も表面上はあたしに恐縮しているようにも見えるが時々唇の端が持ち上がっている。
つまり、笑っているのだ。
あたしを上手く引っかけたと思ってるでしょうけど、あたしがそんな簡単な女じゃない事、絶対思い知らせてやるんだから!
ある意味ネタのような戦いに勝利した後、さほど間をおかずに軍はなだれ込んできた。
あまり目立つ事は避けたいところなので、俺達は先におさらばする。
とはいえ、目撃者がいるのはありがたくないが……。
まあ、暗殺ギルドの人間だと思われていたようだし、直ぐに俺達の事がばれる可能性は低いと思うが。
その後、事態が収拾するスピードは凄い勢いだった。
元勇者のパーティの魔法使いことオーラム・リベネット氏は、
何故アイヒスバーグがテログループによって占拠されたのかを詳細に語って見せたのだ。
要約すれば貴族達から都市の運営に関する根幹の情報が漏れており、その結果としてセキュリティはダダ漏れだったと。
また、魔法使い達は貴族達ばかりに特権が集中するのが面白くなかったので、事態を静観しようとしていた事。
それらにより、芋づる式に色々な事態が発覚し、事実上議会においての貴族達の権威は失墜した。
ただ、貴族達は所領を持ち、抵抗を続ける可能性が高い、メセドナは混迷の時代を迎えるのかもしれない。
そんなふうに、色々な事があったようだが、俺には直接の関係はなかった。
そう、翌日俺は営業を再開した宿屋の一室で説教をくらっていた。
「さて、聞かせてもらいましょう。私達に何も告げずに突っ込んでいった理由を」
「そうなのだ! ウチは退屈だったのだ!」
「いや、そうじゃなくてね……」
どうやら、ティアミス様はおかんむりである。
ハーフエルフ特有の三角耳も、ぴんとたっているし、目も吊り上っている。
エメラルドグリーンの髪がうざったいのか、今日はポニーではなくおさげにしている。
とはいえ、見た目中学生なので怒られてもどこか微笑ましさを覚えてしまうのは申し訳ない所だ。
「だいたいね……」
「ティアミス様、よろしいでしょうか?」
「フィリナさん? 急に畏まってどうしたの?」
「マスターにそのような方法で説教しても効果は薄いと思われます」
「えっ、そうなの?」
「はい! 断言します!」
いや、フィリナよ……何故断言できる……。
まぁ確かに、俺は危険に突っ込んで行ってしまう傾向にあるのは認めるが。
それは何も、理由が無い訳じゃないんだけどね……。
理由その1:何らかの事で仲間が関わっている。
理由その2:自分が被害を受けている。
理由その3:元の世界に戻る為に必要。
だいたいこの3つのうち2つくらいは満たしている事が条件のはずなんだが。
今回はその1とその2もあったし、その3に基づくものも一応あった。
そう、こっそり貯蓄されていた魔力の一部を頂いてくる事に成功していた。
何せ10万人分の魔力だ、一人から集める魔力は1G(ゴブリン一匹分)の100分の1程度でも千Gは固い。
ましてや、継続貯蓄されていたのだ、あそこには何万Gクラスの魔力が渦巻いていた。
俺が拝借したのは全体からすれば数パーセントだがそれでもこれから魔族と継承の儀式をするために必要な魔力はいただけた。
ようやく俺も動き出す事が出来る訳だ。
そんな事をつらつら考えていると。
「こら、そこの童貞野郎!」
「ッ!?」
「いつまでもぼぉっとしているんじゃないわよ。
そんなんだから、いつまでたっても包茎が治らないのよ!」
「グホォ!?」
やっ、やられた……フィリナの奴、童貞ネタでいじったほうが効率がいいとか吹き込んだに違いない。
ティアミスが顔を真っ赤にしながら俺に童貞ネタを飛ばしてくる。
いや本当にもう、やめてください……。
「だいたい、その程度でへこたれるのが根性が足りない証拠よ!」
「いや、根性と童貞と、今回の事とは関係ないでしょ(汗」
「関係あるわ!! その性根を鍛え直してあげるから覚悟なさい!!」
「覚悟って、一体何をするつもりなんだ……」
「それはもちろん……これよ!!」
「レィディ達、大変だ!!」
と、ティアミスが袋から何かを取りだそうとしたその時。
外の様子を見に行っていたエイワスとティスカが戻ってくる。
金髪碧眼、背は低いが貴公子然とした二枚目君と、海賊の船長のような帽子をかぶりマントまでしている赤毛の少女。
取り合わせを見ると劇団か何かかと勘違いしそうな面子だが、その表情はかなり厳しいものだ。
「どうした?」
「大変なのだ!! この国に、ラリア公国とアルテリア王国が攻めてくるのだ!!」
「何!?」
「元々この国は、魔族との通商を行っていた件で周辺各国によく思われていなかったからね。
今回のクーデター騒ぎで国家機能がマヒしたのを見て、攻め込んできたのだろう。
それに、まだ噂の段階だが、神聖ヴァルテシス法国も動いているらしい」
この前は、帝国が攻めて来ていた、しかしあの時は石神が上手く止めて見せた。
しかし、今回は違う、このままでは本当にメセドナが失われてしまうだろう。
問題は各国の本気度だろうか、どこまで手打ちにする等と言う事を考えているならまだいいが……。
ともあれ、情報が不足しており自分達の行動の指針もたたない以上どうしようもない。
俺達は、アイヒスバーグを駆け回り、戦争に対する状況がどうなっているのかを確かめていった。
結果的にわかったのは、メセドナ共和国は本当にソール教団により神の敵認定を受けたらしく、
メセドナに対する戦争は聖戦であるとされ、侵略戦争である事をオブラートで包んでしまう事ができるらしい。
つまり、今メセドナにいる人間は全てソール教徒全員の敵であると言う事だった。
メセドナ共和国にも多数の信者がいる世界最大の宗教であるソール教が敵とした以上国民の支持を取り付ける事も難しい。
共和国政府はジリ貧の消耗戦を続けるか、降伏しそっ首差し出すかしか未来は残されていない。
しかし、気になる点が残る、今までもメセドナは確かに魔族との付き合いがあるため他国から疎ましがられてはいた。
それでも、今ほど戦争やテロ等が横行した時期はなかったはずだ。
俺の魔王としての知識は所詮外側から見たものだが、流石に戦争の状況や外交状態くらいは調べていた。
つまり、メセドナの状況が悪化したのはほんの数カ月以内と言う事になる。
それはおかしい、メセドナもまた魔族の問題があるからこそ外交には力を入れていたはずだからだ。
外交が大失敗したならばそれはそれで国中が右往左往するほどの問題のはずなのにそう言った事も言われていなかった。
可能性があるとすれば、誰かが意図してメセドナに対する悪感情を煽っていると言うものだが……。
少しばかり考えが飛躍しすぎだろうか。
どちらにしろ、今は目の前の問題について考えるべきだろう。
「ラリアとアルテリアはどの程度の規模の軍を出したんだ?」
「ラリアが7万、アルテリアが10万の軍勢を出したらしい」
「本国の守りが厳しくなるレベルじゃないか……つまり、完全に滅ぼすつもりって言う事だな」
「そうだろうね……。レィディティアミス、我々はどう動きます?」
下手をすると俺に雇われて云々等とは言っていられないレベルの緊急事態だ。
ここにいればそれだけでメセドナに加担したと殺されかねないレベルである。
俺達に残された手段は3つ、
一つは村も無いような山奥にでも隠れて戦争が終わるのを待つ事。
一つは早々に脱出してこの国と関わりが無い事を示す事。
一つは逆にこの国に協力する事。
2番は既に難しい、斥候等も多数放たれているだろうから、知られず脱出となれば魔王領を通るしかない。
俺とフィリナは魔族だからまだ襲われる率も低かった、だが皆がいるとなれば死人が出てもおかしくない。
「早々に選択する必要があるな。俺としては全員で山の中に逃げ込むのを選択したいと考えるが」
「戦争に巻き込まれないようにするにはそれが一番なんでしょうけど……。
そう上手くいくのかしら、今までが今までだけに疑問が残るわ。
確かに、メセドナ共和国のために戦争に参加するほどの義理はないけどね」
まあ確かに、俺としてもいつまでもじっとしている訳にもいかない。
折角魔力を手に入れたんだから、出来れば戦争を止めたいと考えてはいる。
だが、ティアミス達を巻き込んでいいのかどうかが引っかかっているのだ。
俺自身はいい、魔族だし、今は魔力が潤沢だし、恐らくは基礎魔力がかなり上昇してきている。
魔族は魔力によって肉体強度や身体能力も引き上げられるので死ぬ事はめったにないと思われる。
フィリナはこう言う言い方は悪いが、心臓が突かれようが、五体バラバラにされようが生き返る事が出来る。
魔力の消耗が限界に達するまではだが。
つまりは、俺達二人だけなら死ぬ心配はあまりしなくていいと言う事だ。
だが、”日ノ本”のメンバーは一応人族か妖精族にカテゴリされる。
だから死ぬ時は死ぬし、肉体の強度にも限界がある。
人で無い事を自慢するような形はバカバカしいが、今回に限り人である事は不利だろう。
「マスターは石神さんの友人なのでしょう。
放置しておけるのですか、今回の事は。
それに、大量の死人が出る戦争を無視できるのですか?」
「……、くそ。迷惑をかけたくないから引きこもろうとしたってのに。
いいのか、皆、戦争にメセドナ側で参加するっていう事は、ソール教に弓を引くって言う事なんだぞ?」
簡単に言えばヨーロッパで十字軍次代のキリスト教相手に戦争をするようなものだ。
味方は一人もいないかもしれない、それくらいに無茶な立場に立つ事になる。
ティアミスは難しい顔をしながらも、言葉をつむぐ。
「今の状況で、私達は既にメセドナにいるだけで神の敵認定されているでしょう。
誰それと個人の名前では知られていないと思うけど、
恐らく両軍共に、メセドナにいるあらゆる人、妖精族は殺すか奴隷にするでしょう。
つまり、国内にいる限り逃げ場はないっていう事よ」
確かに否定できない事実だ。
このままではジリ貧、逃げでも見つかる可能性にビクビクし続ける事になる。
命の危険を顧みないなら、現状を何とかするしかないだろう。
「分かった、”日ノ本”に依頼をしよう」
「そうこなくちゃね」
「依頼内容は、メセドナ共和国を守る事、但し戦争で勝てと言っている訳じゃない。
共和国の国民が無事なら、国は建て直す事が出来る。
つまり、人を救う方法を探す事。これが、俺の依頼だ」
「依頼料は?」
「ムハーマドラ市長、石神龍言(いしがみ・りゅうげん)の紹介と出される報奨金ってところでどうかな?」
「ムハーマドラって魔族と通商をしているって噂の」
「ああ、金払いはいいはずだ。仕事はきついがね」
石神の性格はよく知っている、報酬に関してはケチらないのがあいつのやり方だ。
無愛想な石神がこの世界でコネクションを広げてきたのも恐らくはそれが理由の一つなのは間違いないだろう。
まあそれを利用する俺も俺だが、石神は俺を利用しているだろうからお互い様だ。
「きちんと報酬は出るんでしょうね?」
「ああ、石神は結果さえ出せば報酬をケチるような奴じゃないよ」
「まったく、不確定な報酬で動きたくはないんだけど。
それでもまあ、このまま何もせずにいるよりはましね、さて。
皆、どうする?」
そうして、ティアミスが振り返った先には現”日ノ本”のパーティが揃っていた。
即ち、
貴族かぶれの金髪ロン毛、但し背は低いエイワス・トリニトル。
海賊船長の帽子とマントを羽織った赤毛で小学生くらいの少女、ティスカ・フィレモニール。
元”箱庭の支配者”のどう見ても仏法僧、アンリンボウ・ホウネン。
同じく、背が高くスレンダー、しかし瓶底眼鏡とローブで台無し、ヴェスペリーヌ・アンドエア。
そして、リーダー、見た目中学生、実は30代ハーフエルフ、ティアミス・アルディミア。
この5人が俺が抜けてから、メセドナ行きに参加したメンバーである。
カントールには、ウアガとニオラドが残っているため、女子率が上がっているのが面白くはある。
実質”箱庭の支配者”との合同パーティになっているのは気に入らないが、メンバー数が3人では色々厳しいだろうし仕方ない。
ともあれ、この5人で協議するのは、俺の依頼を受けるかどうかというものだ。
ティアミス自身は受けるつもりで提案してくれたのだろうが、全員の意見が一致するとは限らない。
元々の”日ノ本”メンバーだって、賛成するかどうか分からない。
ましてや、元”箱庭の支配者”のメンバーが賛成するとは思えないが……。
「参加しない人は手を挙げて!」
「「「「……」」」」
「はい、全員参加」
「ってえ!?」
一言で決まってしまった。
俺が驚いていると、ティアミスは俺に振りかえって真面目な顔で言う。
「実質的に、前の依頼は戦争が終わらないと実行不能になったから……。
報酬先払いでもらったしね。
せめて、この依頼は全力を尽くすわ! とはいえ、具体案が欲しい所ではあるのだけど」
「具体案……メセドナ国民を脱出させるためのか……」
「少なくとも、人々に呼び掛ける方法と、脱出先は用意しない事には現状手詰まりね」
「なるほどな……」
人々に呼び掛ける方法と脱出先、呼びかける方法はまだ何とかなる余地がある。
魔法使いはアイヒスバーグにごろごろいるのだ、念話でもなんでもして広めてもらえばいい。
問題はもう一つ、脱出先だ、魔王領は流石に人が生きていくには辛いし、魔族との協定違反となる。
南はラリアであるため駄目だし、東はアルテリアと、ヴァルテシスがあるため無理だ。
北はザルトヴァールが目を光らせている。
つまり、逃げられる場所がないのだ。
「やはり具体案を考えるにも詳しい事が分かるやつがいるな。No5背後に立つのはやめてくれないか」
「いやぁ、何か楽しそうに話しているみたいだからね」
話をしているといつの間にか背後にNo5が出現していた。
相変わらず気配を消すのが抜群にうまい、正面から戦って勝てるような相手じゃないだろう。
もっとも、俺は人を殺すのと同じ殺し方で死ぬのかはわからないが。
「情報が必要って言う事は、イシガミに会いに行くんでしょ? 一緒に行こう」
「……わかった」
確かに言っている事は間違いじゃない。
というか、筋肉痛俺とは比べ物にならなかったはずだが……良く復活したもんだ。
とはいえ、俺はいいとしても皆がどう思うか。
俺は視線を皆に回してみた。
ティアミスは渋い顔をしているものの、頷いてくれる。
フィリナは言わずもがなと言う感じだ。
ティスカはよく分かっていないと言う所だろうか。
エイワスは珍しく、険しい顔で俺を見返す。
ホウネンとヴェスペリーヌは表情から考えが読めない。
「多少問題もあるかもしれないが、No5について行く事にする。石神に会うなら手っ取り早いからな」
「分かったわ、でも信用はしない。構わないかしら?」
「うん、元々信頼されるような人間でもないしね。好きにするといいよ」
No5はむしろ明るく返すが、それが不気味さを感じさせた。
ティアミス達がそう思うのは仕方ないのだろう。
だが、今の所No5は石神の手の者ではあるし、こちらに対して害意を向けた事は無い。
ならば、俺としては否定するという気にもなれなかった。
「出来るだけ急いでくれ。このまま戦争に突入したら目も当てられない」
「うん、僕としても長い間石神から離れていたくはないしね」
これはNo5の本音なのだろうか、この特徴の無い黒髪の少年はいつも頬笑みを浮かべているため理解する事が出来ない。
ただ、急ぎたいと思ってくれているならそれはそれでいいとするしかないだろう。
そんな感じで、俺達は一路ムハーマドラに向かう事となった。
ただ、先ほども考えたメセドナの外交状態が一気に悪化した理由。
誰か等と言う事は分からないが、もしもそれが意図して行われた物だとすれば、国王レベルの問題じゃない。
はっきり言って、世界を手玉に取る行為だ、余ほどの才覚と、運と、そして悪意が無ければ出来ないだろう。
俺はそれを思って身震いした……。
「ヒデオよ、此度の出陣に際し、お主には先鋒を言い渡す。1万の軍を率い、国境砦を攻略せよ」
ラドニア三世は主だった将軍や騎士団長等を集め出陣の段取りを始めていた。
今回の出兵の総勢は10万、国王の率いる王国軍5万と貴族達の私兵が5万という内訳となっている。
はっきり言って、一部地域の防衛を除き、王国軍の大部分が出兵に回されている。
貴族達の5万は同数であるものの、
傭兵部隊を雇って寄こしている所も多く、実質的に貴族達は国内に軍を残している事になる。
最高位に位置するガートランド・ガリス・ネックフェルト将軍はその事に危惧を抱き、
国王に忠告するも、結果として留守を言い渡されてしまった。
辺境方面の防衛任務ではあったが、事実上の左遷といっていいだろう。
国王は精霊女王の言葉を神託の如く受け止め、戦争の準備を進めた。
結果としてラリアに協力を取り付け、自らは10万の軍勢と共に出兵する腹積もりだった。
だが、精霊女王を絶対と感じていない者たちはその事を疑問視する向きもある。
かく言う、精霊の勇者であるヒデオもまたそうだった。
「本当に攻められるのですね、陛下」
「うむ、そもそも精霊女王様が言われた事。お主は精霊の勇者であろう?」
「ですが……」
「それとも、君は精霊の勇者でありながら精霊女王の事が信じられないのかね?」
「いえ……、わかりました。先鋒の件謹んで引き受けさせていただきます」
「そうか、引き受けてくれるか! 精霊の勇者が先鋒を受けてくれれば精霊の加護は我らのものとなるであろう!」
ヒデオは苦々しく思いながらも、精霊女王が何故このような強引な事を言い出したのか考える。
それは確か、精霊女王に誰かが接触したという話を聞いた後だった。
ラリア公国の特使との事だったが、その時女王が難しい顔をしていたのをヒデオは覚えている。
それゆえに、恐らく理由はあるのだろうが、戦争等と言う事になれば多くの命が失われる。
その事をヒデオは苦々しく思いながらも、元の世界に帰るための手段を精霊女王に握られている事を思い出し思いとどまる。
軍隊を指揮した事のないヒデオとしては如何すればいいのか全くわからなかった。
それでも、軍勢は進軍を開始する事となる、メセドナにヒデオ率いる1万の兵が殺到する事となる……・