……うちのクラスで人が死んだんだよね?
うん、青崎くんがトラックに跳ねられて亡くなったそうなんだよ。
確か、交差点を通ってたら横から来たトラックに跳ねられた、って……。
いや、それは違うらしいぞ。
違う?何が違うわけ?
交差点を通ってたんじゃなくて、乗ってた自転車のブレーキが壊れてて、下り坂で猛スピードで下ってしまって跳ねられたらしいぞ。
うっそー!それマジ?
マジマジ、青崎くんは何度もブレーキをかけようとしたけど、全く止まらなくて……交差点に飛び出して、トラックに、な。
悲惨だなぁ……。
うん、目撃者には高林くんがいて、青崎くんの履いてたスニーカーが顔に当たって転んで大怪我したらしい。
それって青崎くんが足で止めようとして誤って脱げて、高林くんに当たっちゃった……ってわけ?
そうらしいぞ、彼も大怪我したから今は由岐井病院に入院中らしい。
ねえねえ、これってやっぱり呪いのせい≠ネのかな。
呪われた三組≠セろ?青崎くんが死んだから、やっぱりそうじゃねえの?
じゃあ、ヤバいじゃん。毎月一人以上のクラスの関係者が死ぬ≠でしょ?
ああ、生徒本人とその三親等以内の親族≠ェな。
でもさ、この呪いって毎年ある≠けじゃないんでしょ?
三年に一度あるかないか≠セな、一昨年はあった≠ゥら、今年はあるかないか≠セろ?
もう、やめようよ。何か今度が私達が巻き込まれそうだよ。
だな、もうやめようか……こんな話。
青崎竜輝の悲惨な事故から三日が立ち、朝見山市の由岐井病院の五階の個室に高林郁夫は入院をしている。
青崎が自転車を止めようと足で地面に触れた瞬間、あまりのスピードにスニーカーが脱げてしまい、それが郁夫の顔面に直撃した。
その拍子に豪快に転んで思った以上の重傷を負った。
病院の方では、心臓の方にも負担がかかったと言う事で一週間程度の入院を余儀なくされた。
郁夫は義理の母の智恵と腹違いの妹の梨恵が帰った後、コイン投入式の小型テレビで昼間の番組を見ていた。
すると、病室に入ってきたのは前に入院した時にも担当だった清水翔子。
少しウエーブのかかったお下げ頭に童顔で、気さくでどちらかと言うとテキパキした感じの清水。
「高林くん、具合は大丈夫?」
「はい、もうすっかり元気になりました」
「そう、ならいいんだけどね。あんな……悲惨な事故を目の前で見て」
清水は青崎の事故の事はもうすでに知っていて、郁夫が目撃者だと言う事もむろん知っている。
清水は郁夫が座っているベッドの脇の棚の上に目をやると、そこに置かれてある文庫本に「おっ」と声を上げる。
そこには荒川ルキアと言う作家が書いた「闇の教室」の上下巻が並んで置いてある。
清水が来る前に郁夫は下巻の三分の一を読み終えたところだった。
「へえ、高林くんって意外とこう言うの%ヌむんだ」
清水はオヤジっぽく「ほほう」と腕組みをして笑いを堪えているようだ。
「こう言う人間心理のホラー系は好きなの?」
「いや、こう言うジャンルはこれが初めてです」
郁夫は清水の反応に少し慌てた感じになるが、清水の郁夫へのイメージがかけ離れて見える。
実際に「闇の教室」は人間心理に関するホラーであって、幽霊とか呪いとかが出るわけではない。
これは主人公が人の死を見て快楽を味わい、壊れていくと言うストーリー。
郁夫が今読んでいるのは、主人公がとうとう近所の公園で遊んでいた小学生の男の子を撲殺してしまう場面。
主人公が殺害した男の子とは面識がなく、ただ居合わせた獲物≠フような感じだ。
「ふうん、私はホラー系のジャンルは好きよ。あと、ミステリーとか」
「はあ……そう言うの読むんですね」
「うん、何かドキドキする、っていうかさ、そんなのが好きなの」
清水は自慢げに胸を張って言うのだが、郁夫はひたすら苦笑をしている。
清水自身も荒川ルキアの作品はどれも読んでいて、一番好きなのはデビュー作の「闇の教室」らしい。
郁夫は「闇の教室」を読み終えたら、今度は「バッドメモリー」を読もうと計画中。
「あの、清水さん」
「ん?」
「清水さんって高校は朝見南出身ですか?」
「え?私?高校は北高だけど」
「そうですか……じゃあ、清水さんの親戚とかで朝見南出身の人は?」
「うーん、どうだろう?私、今高林くんと同い年の妹がいるんだけど、あの子は高校行ってないし」
清水は困り果てたように頬に手を当てて眉間にしわを寄せる。
郁夫は清水に妹がいた事に驚いて「妹さん?」と思わず声をあげてしまった。
「うん、高校に通ってたら高林くんと同じ南高ね。でも、あの子腎臓が悪くて行けてないの」
「へえ、じゃあ、今は入院してるんですか?」
「うん、この病院の四階にね。清水優子って言うの、良かったら仲良くしてあげてね」
清水優子、郁夫はその名前を聞いた瞬間、頭の奥で何かが浮かび上がりそうな感じがする。
重々しい感じでずううぅぅぅん≠ニ鳴ると、少しすればそれはなくなる。
青崎の事故の時、コンクリートの地面で頭を強く打っていた郁夫はその影響だと気にも止めなかった。
無事に退院をして、郁夫は一週間ぶりに学校を訪れた。
まだ体には擦り傷や痣が残っていて、頬にもガーゼをあてている。
それを見たクラスメイト達は心配そうに「大丈夫?」と声をかけてくれた。
郁夫は心配をかけまいと「大丈夫だよ」と無理に笑って誤魔化す。
郁夫は久々の二年三組の教室に入ると、嫌でも最初に目に飛び込んできたのは青崎の席だった。
廊下側の前から二番目の空いている席が青崎が座っていた席である。
机の上には花瓶に入った郁夫が四月に見舞いに来た榊原志恵留(シエル)達にもらったのと同じ、ピンクのチューリップ。
これはその後から知った事だが、チューリップには「思いやり」とか「博愛」と言う花言葉がある。
当然と言えば当然の光景なのだが、郁夫にはどうもこの光景が恐ろしく思えてしまう。
郁夫はそれを気にしつつも自分の席に座ると肩にかけてあったカバンを机の上に置く。
それと同時に郁夫は隣の志恵留の席をチラッと見ると、そこには志恵留が座っている。
ロングの髪をハーフアップで結んで、紺のブレザーの袖からは中に羽織っているクリーム色のセーターの袖がほんの少し出ている。
華奢で線の細い顔立ち、そして薄く白蠟めいた肌は長い黒髪から生えて見える。
この時志恵留は一人でブックカバーの付いた文庫本を広げて読んでいる。
郁夫は椅子から立ち上がると志恵留に「やあ」と声をかける。
志恵留はゆっくりと顔を上げると、キョトンとしたふうな表情をする。
「あ、今日は来てたんだね」
「うん、でもね、本当は来ない方が良かったみたい」
「どうして?」
「まだ終わってない≠ゥら、まだ高林くんも私には話しかけちゃダメ」
志恵留は眉間にしわを寄せると郁夫から視線を離して肩を落とす。
そして広げていた文庫本にしおりを挟んで閉じると、椅子から立ち上がって文庫本を手に持ったまま教室を出て行く。
郁夫は志恵留を止めようとしたのだが、志恵留は小走りで出て行ったので何も言えなかった。
それと同時に、郁夫は後ろから「おはよう」と言われて郁夫は後ろを振り返る。
後ろにいたのは黒髪のお下げ頭で真面目そうな黒ぶち眼鏡の雪村理奈。
ほのかに微笑んで少し首を傾げたようにして郁夫に挨拶をする。
「あ、おはよう雪村さん」
「どうしたんですか?顔色悪いですよ」
「いや、何でもないよ。あの、雪村さん……このクラスで何が起きてるの?」
「……」
雪村は郁夫の質問にどう答えていいのか困惑気味に俯いてボソボソ何かを言っている。
「ゴメンなさい、今は言えないの」
「どうして?夜見北と同じ事が起きてるんなら、もう言えるよね?」
「……ゴメンなさい、やっぱり言えないの。もう少ししたら教えてあげるから……」
それまでは我慢してほしい、と言いたげな目で雪村は郁夫を見る。
やはり朝見南では夜見北とは違ったような現象が起きているのだと郁夫は思う。
人が死ぬ≠ニ言うのは何となくわかるが、それがどういう現象≠ネのかが分からない。
「じゃあさ、一つだけお願いしてもいい?」
「な、何?」
「クラスの名簿のコピー、欲しいんだ」
雪村は思いがけない郁夫の頼み事に目を丸くさせる。
郁夫は転入してきてからまだクラスの名簿をもらっていない事をつい最近思い出したばかり。
「もらってなかったんだ……」
「うん」
「なら、別に私じゃなくても……」
「こっちはこっちで微妙な心理事情があるんだよね。だから、お願い」
「そっか、そうだったんだ」
雪村は呆れたふうにため息をつくように言うと「分かった」と頷く。
「じゃあ、今度……コピー持ってくるね」
雪村はそう言うと郁夫から離れて自分の席へと戻っていく。
郁夫は黒板の上に掛けられてある丸い電波時計を見るともうすぐ予鈴が鳴る時間。
郁夫は自分の席に座ると机の上に置いておいたカバンを机の横にかける。
郁夫はその時に窓側の一番後ろの席に目をやると、やはり誰も座っていないのにあの三人組の女子がいる。
副クラス委員長の常本夏帆、野々村飛鳥、高橋直子の三人。
彼女らは一体何をしているのかと、郁夫は疑問を抱いてしまう。
その日の放課後、玄関で夜見北の三年三組だった七瀬理央と八神龍と一緒にいた。
靴を履き終えると玄関から出てトボトボと正門に向かって歩いて行く。
七瀬はあくびと同時に大きく伸びをする。
「何?寝不足?」
それを見かねた八神が黒ぶち眼鏡のブリッジを押し上げながら言う。
「そう、もうすぐ中間テストでしょ?昨日徹夜で勉強してたの」
「あ、そっか……来週だもんねテスト」
「そんな慌ててテスト勉強をするからだろ?普通なら二週間前にはし始めろよ」
「うるさいなぁ、アンタに言われたかないよ」
七瀬はそんな優等生の八神に反発するように言うのだが、郁夫の想像では八神には勝てそうにない。
「そういや、アンタ高校卒業したらどうすんの?」
「もちろん大学行くつもりだよ。一応志望は教師方面かな?」
「へえ、私は卒業したら就職かなぁ?」
「大丈夫だって、お前みたいな脳ミソの奴でも行ける大学はあるぞ」
「何それ、馬鹿にしてるでしょ?」
「励ましのつもりだけど?」
憎たらしい優等生の八神に今にも噛みつきそうな七瀬を郁夫はどうにか抑えようと「まあまあ」と言う。
「ま、アンタとの犬猿の仲が高校まで続いただけでも奇跡ってもんよ」
「犬猿?」
郁夫は七瀬の発した言葉に疑問を抱いて、素直に首を傾げて聞く。
答えを返したのは七瀬の隣の八神が眼鏡のブリッジを押し上げて言う。
「コイツとは小学校からの仲、いっつも喧嘩してるから周りからそう呼ばれてるわけ」
「昔は馬鹿みたいに喧嘩してたのに、小五くらいからこの野郎、頭の固い優等生に変貌したの」
「犬猿の仲」と言われても仕方がないと郁夫ははっきりと思う。
確かに異色のコンビで顔を合わせれば喧嘩と言うのはかなり親しい関係ではあると思っていた。
まさかその関係が小学校時代からあったのかと少しだけ驚いてしまう。
「じゃあさ、高林くんは卒業したらどうするの?」
「大学には行きたいけど、考え中かな?」
「二人とも大学かぁ、私も行きたいけどそこまで裕福じゃないし」
七瀬は頭の後ろで手を組んで憂鬱そうに皮肉っぽく言う。
三人が学校の先にある榊町に差し掛かったところで、郁夫は少し黙り込んで足を止める。
「ゴメン、ちょっと急用を思い出しちゃって……じゃあね」
「え!?ちょっと……」
郁夫は二人と別れて少し小走りで細い路地を進んでいく。
進んだ先にあるのは、あの怪しい感じのコンクリート造りの三階建ての建物。
入り口には黒塗りの板にクリーム色の塗料で「闇夜の訪問者」と書かれた看板がある。
入り口の隣のウィンドウの向こうには、黒をメインにした現象的な絵と美しい人形。
郁夫はためらいもなくその建物の入り口から入ると、前に訪れた時と変わらない仄暗めいた雰囲気の館内。
そこで流れる音楽は館内の雰囲気同様にはかなげな女性の歌声が響いている。
日本語でも英語でもない歌、おそらくフランス語だと思われる。
入り口の隣にはカウンターの上に貯金箱のような箱があり、そこに郁夫は入館料を入れる。
中へと進むと美しくも妖しい人形たちと壁に飾られた幻想的な風景画の数々。
人形は聖斗と呼ばれる人形作家らしく、絵は「闇の教室」でもお馴染みの荒川ルキアが描いている。
郁夫は部屋の奥にある郁夫の亡き姉の志乃を描いた絵を見るとその絵の隣にある下へと続く階段に気付く。
「こちらにもどうぞ」と言う木製の板に筆で書かれた文字にその隣にはメイド服姿の少女の人形が「どうぞ」と言う感じの体制で置かれている。
郁夫はそれに吸い込まれるようにして、階段を下りていくと地下に設けられた空間に仰天する。
そこにあったのは一階よりも少し狭い空間だが、そこに置かれている作品たちは一階よりも幻想的だった。
アンティークなカードテーブルや肘掛け椅子の上に座らされた人形。
キュリオケースや暖炉のマントルピースや床に直接のもあり、壁には幻想的な絵。
胴体だけだったり、上半身だけの少女や腕や足が床から突き出ているようなグロテスクな物もいくつかある。
床や棚などに置かれているのは小ぶりだが、普通の人形とは違う。
茶髪の少年が筆とパレットを持ってキャンバスに空の絵を描く様子。
肘掛け椅子に座って抱いている赤ん坊をあやしているような子供くらいの大きさの女性。
テーブルの上で小ぶりなピアノを弾いているような美しい少女。
いろいろなシチュエーションの人形たちと同様な油絵。
美しい女性が膝まついて涙を流しながら天に向かって何かを祈っているような様子。
泉の真ん中で遠くを見つめるような眼で踊っている白いワンピース姿の少女。
ここでしか見られない雰囲気の人形や絵に取り込まれそうな郁夫。
「また、来てくれたんだね」
郁夫の後ろから突然そう言われて、郁夫は振り返るとそこには制服姿の志恵留がいた。
郁夫はどうしたらいいのか分からず「やあ」と言う。
「こういうのは……好きなの?」
「え、あ、うん。別に嫌いじゃないけど」
「そっか」
志恵留は何となく辺りを見渡すと、郁夫に視線を戻す。
「家、この近所なんだよね?」
「うん、気が向いたら下りてくるよ」
「そうなんだ……榊原さんはこういうのって好きなんだね」
「まあね、ちょっと変わってるけど好き」
志恵留はほのかに微笑むと郁夫は思い切って尋ねてみる。
「ねえ、クラスの様子が変なんだけど……榊原さんは何か知ってる?」
「……知ってる、けど言えない」
「どうして……」
「言っちゃダメ。言ったらおしまい」
「そんな……でも、もう死人が」
「そうだけど、だめなの……」
志恵留はそう言い残すと部屋の奥の紅色のカーテンを捲ってその先に向かう。
郁夫は慌てて志恵留の後を追ってカーテンを捲ってみる。
しかし、そこには志恵留の姿はない。
郁夫はその光景に背筋をゾクッと震わせた。