あの、三組の呪いの事は知ってますよね?
……。
どうなんですか?
うん、知ってる。前にも言ったと思うけど、僕もあそこ出身で三組だし。
じゃあ、その年に人が死んだんですか?
あぁ、いっぱいね。僕のほうでは幸いにも誰も死ななかったさ。
……姪っ子さんの頃は?
ある年って言ったよね?姪っ子のほうでは誰も死ななかったし、僕もこの通りさ。
……まぁ、めったにある事じゃないですしね。
まあな、そう気難しく考えるなよ。
はい、あの……僕はこれからどうすれば?
うーん、まずはこの件に関して僕よりも知っている人にリサーチしてみれば?
リサーチ、あ、美術の見崎先生とか?
そうそう、見崎先生っていろいろ知ってるんだろ?
はい、今度榊原さんと聞いてみます。
うん、頑張りなよ。あ、「心構え」は覚えてるよな?
はい、その一とその二は一応……その三と四も……。
頼もしいね、少年。
あの、少年呼ばわりはもうやめてください。
僕からしてみれば少年と言うよりも坊ちゃんだね。
坊ちゃん……。
まぁ、気に病む事はないさ、上手くいくって考えな。
はい、いろいろありがとうございます。
ねぇ、高林くんのあれヤバいんじゃない?
うん、ヤバいと思う。
もう、だから中途半端な時期に変えるからだよっ、まったくどうして前にいないもの≠セった人が転校するかなぁ?
仕方ないだろ、家の事情だし。
でもさ、もしかしたら、あの人が災厄≠ナ怖がって逃げたとか?
そりゃ、ないでしょ。いないもの≠フ人は割合的には被害に遭いずらいって話だし。
うーん、よりによってエルちゃんが、って言うのがね。
彼女は夜見北で少しの間だったけど、経験者ではあるしね。
風見先生が考えたの?
うーん、どうだろう?いないもの≠ヘだいたいが先生たちで決めるから。
それにしても、高林くんにあの件が伝わってないとは。
先生たちで説明してくれるんじゃなかったの?
先生たちは先生たちで、生徒同士の方がいいって考えたみたいだぞ。
先生も触りたくないってか、やだねぇそんなの。
だよな、責めてでも先生のほうで、だな。
今年は四月から担任と副担任が変わった≠チて言うのが心配だよね。
しかも風見先生と梅原先生どっちも新しく赴任してきたんでしょ?
だな、もしかすると、先生のどちらかが死者≠セったりして。
ヤダ、やめてよ、そう言うの。
冗談だよっ、けど、一理あるだろ?
うーん、高林くんだとは考えにくいし、もしかしてアンタだったり?
いや、その前にお前だろーが!
えぇ!?いやいや、私は死んだ記憶なんてこれっぽっちもないし、自慢じゃないけど小学校の頃にやらかした事はちゃんと覚えてるし……。
ハァ?
覚えてない?小学校の時に二人で喧嘩して、教室の窓割った事。
……。
その後、先生に大目玉食らった事……覚えてないか?
……忘れたよ、そんな大昔の事。
何よー、つれないな。
そんな事覚えていようと覚えていないが、どっちにしろ死者≠ノは関係ないだろ。
それもそうだけど……。
まったく、中学卒業してやっと死の恐怖から逃れたと思ったのに、今度は高校かよ。
まったくだよね、こんな呪いが日本に、しかも隣同士の都市にあるって運命的。
いや、悪魔的だろ。
テヘッ。
本当、悪魔的だよな。こんな世間じゃ馬鹿げてる呪いもさ、馬鹿馬鹿しくも思えないってことさ。
テレビで話題になってるマヤ文明の奴も私は馬鹿にしてたけどさ、あんな事あったんじゃ人類滅亡もおかしくない、って思ったし。
でも、結局ガセだろ?
予言ってのは、月日が流れるごとに変わってくるもんなんですぅー。
ああん?じゃあ、七瀬、お前はそう言うの信じる口ってか?
うーん、七不思議のたぐいは全くだけど……予言とかは満更でもない。
アホ。
あ、アホ……もう、人をアホ呼ばわりしないでよね。
こう言う話じゃないだろ?まずは彼をどうするかって言うのだ。
うーん、今さら説明すると、どうしてもアサミ≠いないものと認めなきゃじゃん。それにエルちゃんも……。
おいおい、その人の名前出すといるもの≠ニ認めてるわけだろ?
あ、こりゃ失敬。
大丈夫かよっ、まあさ、彼の口を塞ぐか洗いざらい全部話すかだろ?
どっちも気が引けるなぁ、けど、高林くんも察してくれればいいのに。夜見北だし。
彼自身、夜見北の災厄≠煌oえてるが、断片的に、だろ?俺らだって、彼女がいないもの≠セった事とかいないもの≠チて言う役割覚えてなかったろ?
確かに、私は死んだ人の名前とミサキの話だけは覚えてただけ。
俺も一緒だ。福島も同じらしいぞ?だから、彼も彼でその時の記憶があやふやで疑問を抱いてるだけだ。
うーん、そっかぁ。
俺らが高林くんの立場なら、一緒の行動をとってたと思うよ?
なら、仕方ないっちゃ仕方ない。
だな。
けど、高林くんがこのまま接触を続けて今月中に誰も死ななかったらまだ死者≠ヘまぎれてないって事でメデタシメデタシ。
ま、この月が無事に終わりますように、だな。
まったく、そうだね。
明日から、高林くんをいないもの≠ノするのね。
……やっぱり、この方法しかないのかな?
何?まだ方針に賛成できないの?
うん、私はいないもの≠フあの子もその前のあの子の時も、どうしても賛成できないの。
……。
やっぱり、こう言う理不尽なやり方じゃないとダメなのかな?もっと他に、ないの?
うーんアサミ≠いるもの≠ノする対策じゃ成功率は50パーセントだし。
けどいないもの≠50パーセントの成功率でしょ?
確かに。
高林くんの件、どうにか責めてでも説明して始めた方が……。
けど、今さらって言うわけにもいかないし。もう、三人でしょ?青崎くんと栗山さんの親族。
説明しないでって言うのはあまりにも残酷じゃない?
でも、彼は私と同じ夜見北で三年三組だし。きっとすぐに察してくれると思う。
でも、夜見北と朝見南はちょっと違うでしょ?七瀬さんが言ってた、当事者の記憶は長くは維持できないって。
確かに。
それに、福島さんだっていないもの≠フ事や詳しい事は丸っきり忘れてるでしょ?
うーん、それもそうだね。私もあんまり覚えてない。
なら、この帰りにでも高林くんの家に行って話そうよ。
えぇ!?ちょっと、やめなよ。雪村さんが死ぬかもしれないんだよ?
もう、そんな事言ったって遅いよ。私、高林くんの机の中におおまかな事書いた手紙と名簿のコピー入れちゃったし。
え、雪村さん。どうしてそこまで……。
高林くんとは病気の事でいろいろ共感できるしいないもの≠フあの子も病院とかで会ってたし、いろいろ助けてもらってたし。
……。
私のポリシーって言うのかな?不平等な事はどうしても好めなくて。
対策でも?
それは……できる事なら、ね。
もう、今ここで持病を発症しても知らないよ。
……彼女言ってたの。「もう、遅いかも」って、あの意味何となくだけどわかったの。
どういう意味?
それは―――……。
朝見南での奇妙な学校生活が始まって早一週間がすぎようとしていた。
高林郁夫と榊原志恵留(シエル)のたった二人だけの孤独と自由。
郁夫は当初はやはり抵抗と違和感を抱いていたのだが、今となってはかなり慣れてきた。
新しい対策が任じられて、クラスは少しばかりの平和を取り戻そうとしていた。
しかし、その中には常に怯えと恐怖、そして緊張と警戒が付きまとう。
いつ災厄≠ェ始まってしまうかと言うのが、この対策の勝負どころ。
七月中に何もなかったのなら、この対策は成功とみなされる。
逆に七月に死人が出たのなら、それは失敗を意味する。
郁夫と志恵留はクラスメイトに気を使って授業をサボる事が多かった。
しかし、それを教育者として咎める担任の風見智彦の声はない。
どちらかと言うと二人がいない事によって風見は安心感を抱いているようにも見えなくはない。
二者面談や三者面談も二人は他の教師が代行してくれる手はず。
出席日数も教師たちで帳尻を合わせてくれて、定期試験さえこなせばいいと言う話。
幸いにも郁夫と志恵留は授業に出なくとも、授業にはついていけている。
志恵留は学校を休む事と授業をサボる事は割と前よりは少なくなった。
郁夫はと言うと、逆に確実に増えていると見なされる。
二人の事は、誰もが気に留めようとはしないのだが、副担任の梅原香織はたまに心配そうな表情をする。
それに、たまに学校を休むこともある。
元々梅原には知的障害者の娘がいて、未婚の母でシンブルマザーだと言う。
だから、それなりに大変な一面もあり、それで休む事が多い。
保護者からすれば、教育者としてはどうか?と言うのがチラついてくる。
でも、クラスのみんなは梅原の事を気遣い。授業中は真剣に取り組むようにしている。
心配をかけまいと負担をかけまいと頑張っているのだが、梅原にとってはそれが負担なのかもしれない。
心配をする梅原だが、だからと言って二人に何かを言うわけでもない。
影からそっと二人の事を心配そうに見ているだけ。
五時間目の本来なら社会の授業中の二人は、今日はこの時間の授業のないT棟の美術室を訪れた。
T棟には音楽室の梅原と授業中のクラスに気付かれないようにそっとやってきた。
美術室には一人でいる美術教師の見崎鳴がいた。
シャギーロングヘアーで紺の半袖のシャツに黒のジーンズと結構ラフな服装。
鳴は二人を見るなり、用件を聞くと窓際の一番前の大きな作業机に座らせる。
志恵留は一番黒板に近い椅子に座り、郁夫は一つ椅子を開けて三つ目の椅子に座る。
一つの作業机の椅子は全部で六つある。
鳴は二人に向かい合うように窓に背を向けて前から二つ目の椅子に座る。
鳴の手元には黒いファイルがあり、郁夫はそれに少しばかり気を取られた。
鳴は「何から話せばいい?」と問うと、郁夫がまず質問をする。
「あの、見崎先生の義眼で死者≠見分ける事は出来ないんですか?」
鳴の左目の眼帯の下は蒼い瞳の義眼で、それは死≠フ色を見る事が出来る。
現に夜見北の死者≠これで見分ける事が出来た。
「……死≠フ色は今でも見えるの。でも、朝見が邪魔をしているのか、見えない」
「見えない?クラスの誰にも、ですか?」
「そう。入学式に見て、一応先生も、高林くんも見てみたけど、見えなかった」
鳴は憂鬱そうな表情をすると二人を冷ややかな目で見る。
「えっと、じゃあ普通は……」
「戸倉さんが亡くなった時に遺体を見たの。その時ははっきりと色は見えた」
「じゃあ死者≠セけ、ですか?」
「そう」
すると鳴は静かに手に持っていたファイルを机の上に置いて開く。
中はクラスの名簿のコピーで、夜見北に第二図書室の千曳辰治が持っていたのと同じ。
何でも、前の美術教師が夜見北の三年三組のOBで、ファイルの存在は知っていたために分かりやすくするように作ったらしい。
その美術教師は災厄≠フ始まった二十八年前より以前から学校にいたそうだ。
「一九八五年度から現在までのね。新しいものを上にして保存してあるの」
一ページ目と二ページ目は今年の名簿で、一ページ目が現在で二ページ目が郁夫が転校してくる前の名簿。
本来はクラス替えがないので、一年に一枚ずつの名簿となる。
災厄≠ヘ三年に一度で、ある年のクラスが卒業した後に入学したクラスがある年とされている。
今年の名簿を見ると、青崎竜輝と雪村理奈の左横には赤いペンで×印がつけられている。
氏名および連絡先が記されたそれぞれの列の右側の余白には死因と時刻が記されている。
青崎の方は「二年生の五月八日、登校中に事故死」雪村の方は「二年生の六月十一日、下校中に心臓発作で病死」とある。
栗山典子のほうは「二年生の六月四日、いとこ・戸倉佳乃が裏庭で事故死」「同日に叔母・戸倉多恵子が病死」と記されている。
「前の名簿を見て」
郁夫は鳴に言われて三ページ目を見ると、これは志恵留たちが入学する前に卒業した三組。
「分かると思うけど、一番下の余白に、青いインクで書き込みがあるでしょ?」
「あ、はい」
山吹哲
そこにはそんな名前が記されていた。
「それがその年の死者≠ナ、一つだけ名簿の中で青いインクで囲まれた生徒の名前と連絡先があるでしょ?」
名簿の中に普通の生徒の氏名と連絡先を青いインクで囲っているところがある。
大河内夢 朝見山市蒼倉町4−2
ごくごく普通の名前と住所、なのになぜこんな印のような事をされているのかと郁夫は不思議に思う。
「それがその年の非在者≠諱v
鳴は何の悪びれもないふうに言う。
「けどね入学当初から卒業式まで彼女の名前はなかった¢蜑ヘ内さん本人もその事には気づいていなくてね」
「卒業式後に知ったと?」
「そう言うことね」
志恵留の問いに淡々とした口調で答える鳴がやけに冷ややかに思える郁夫。
元々こんな変わった人ではあるが、今思うと郁夫には鳴が恐ろしくも思えなくもない。
「大河内さんの余白を見て」
鳴が大河内の余白をそっと指差すと二人は前に身を乗り出してまじまじと見る。
三年生の七月九日、叔父・大河内しげる事故死
非在者≠フ親族も災厄≠ナ命を落としている。
これはどうとらえていいのか郁夫と志恵留は困惑気味に眉をひそめる。
「ええっと、じゃあ非在者≠熹ヘ囲内にはいるんですね」
「そう。それと同じように死者≠燒{人は範囲外だけど、親族なら範囲内でしょ?これは夜見北同様」
鳴はそう言うとまたページを何枚か捲って二人に見せる。
次に見せられたのは、一九九九年から二〇〇一年までのクラスの名簿。
その中の女子生徒の中に、何と今目の前にいる鳴の名前と連絡先が印刷されている。
「先生ってこの年の生徒だったんですか?」
「そうよ、風見先生も望月くんも勅使河原くんも赤沢さんも……結構馴染みのある面々ね。榊原くんは東京の私立」
よく名簿を見てみれば風見智彦、望月優矢、勅使河原直哉、赤沢泉美と郁夫にも志恵留にも馴染みのある名前がある。
意外とこの学校に不運な形で成員になってしまう生徒もいるようだ。
「あと、夜見北の三年三組で一緒だったのは小椋さんね」
「オグラ……」
郁夫は名簿の中から小椋由美の名前を探しだすと先ほどの四人の名前に目を戻す。
いくつか郁夫には目に留まるような書き込みがされている。
「分かるだろうけど、勅使河原くん、二つ年上のいとこ≠亡くしているの。あとは望月くんが伯父さんをね」
勅使河原の余白を見ると「三年生の七月二十一日、いとこ・上島秀介が他殺」と記されている。
望月は「二年生の一月二十九日、伯父・望月良蔵が自殺」とある。
「二人とも夜見北では誰も死ななかったんだけど、範囲が広がったのが原因ね」
鳴は先ほどとは変りのない淡々とした口調で言うのが、郁夫には気味が悪くも感じた。
けれども、やはり鳴の目は悲しみが滲み出ているようにも見える。
「見崎先生も……叔母さんが」
郁夫のすぐ隣で志恵留がそう言うと郁夫は志恵留が自分の真横にいた事にいささか驚く。
郁夫も鳴の余白を見ると「三年の四月六日、義叔母・見崎圭子が病死」とある。
鳴の両親は義理で、実の両親は一昨年の夜見北の災厄≠ナ担任を務めていたために事故死した。
鳴は志恵留に指摘された事に幾分か黙り込んで悩ましげに眉をひそめる。
「そう、範囲が広がった事は死ぬ人も多いの。この年は確か二年の九月から始まったと思う。あと、これ見て」
鳴は一番下の余白を指差すと青いインクで書き込みがある。
非在者:牧原加奈
今までとは違う、今までは死者≠ェ書かれていたはずのところに非在者≠フ名前がある。
しかも、この年だけ死者≠フ名前がなく、誰だかわからない。
「この年は三年の八月から止まったの。しかも唯一の年ね、けど誰が死者≠セったかは分からず、なぜか非在者≠フ名前が勝手≠ノ書かれていたの」
「勝手に……」
「そう。私達も分からなくて美術の先生も知らないって……だから、八月に何か≠ェあったんじゃないかって思うの」
「……」
「それでね、奇妙な事にこれは後から聞いた話なんだけど死者≠ェ消えたのは本当は三年生の四月≠セったらしいの」
「どういうことですか?」
「私の推測だけど、朝見南は死者≠殺すだけじゃなくて非在者≠つきとめなくちゃいけないんだと思うの」
誰だかわからない非在者≠つきとめれば災厄≠ヘ止まると言う。
しかし、鳴には当時の記憶は断片的にしかなく、頭を抱える。
郁夫と志恵留は少し困惑気味に小首を傾げると鳴はため息交じりに言う。
「私のかすかな記憶ではね非在者≠ヘ気が付いたらクラスにいたの。これは私には分からないんだけど、そうじゃないかって思うの」
「記憶が一気に元通りになったと?」
「たぶんね、そうなんだと思う」
鳴の記憶と単なる憶測では死者≠ェいつの間にか死に還されていて≠サの後に八月に非在者≠ェクラスに元通りに戻った。
それでその年の災厄≠ェ止まったのではないかと言う鳴。
「これはただの憶測にすぎないけど、私の記憶では八月の夏休みに何か≠ェあったのは違いないの。それに見て」
鳴は名簿を指差すと二人は鳴が指差す生徒を見る。
野木隆介 三年生の八月九日、事故死
原田美乃里 三年生の八月九日、事故死
八木浩太 三年生の八月九日、事故死
「三人の生徒が同じ日に死んでいるから、きっとそうだと思うの」
同じ日に三人の生徒が死んだと言うのは偶然ではなさそうだ。
郁夫はこの事実を脳に刻み込んでこれ以上何もない事を祈った。