クラス副委員長の常本夏帆の突然の自殺から高林郁夫はしばしば悪い夢を見るようになった。
まったく同じ夢と言うわけではないが、登場する人物は共通している。
それは死んだばかりの常本、五月に事故死した青崎竜輝、六月に事故死した栗山典子のいとこで二組だった戸倉佳乃、同じく六月に病死した雪村理奈。
場面はほぼ朝見南の2号館の前で、郁夫は初めはいつも2号館の前を歩き回っている。
郁夫がいつも校舎に入ろうとすると、後ろからチリーンと自転車のベルの音がして郁夫は振り返る。
後ろにはボロボロになった自転車をついて全身が血まみれでぼうっと立っている青崎。
郁夫は青崎を見て「うわっ」と飛び上がると、青崎はゆっくりと俯いていた顔を上げる。
強い憎しみの色を宿した双眸で、郁夫の方を睨みつけて口を開く。
「お前のせいだ」
「あ、あぁ……」
郁夫は恐ろしさにすぐに校舎に入って少々の小走りで二階へと駆け上がる。
二階の廊下に辿りついた瞬間、郁夫の前に立ちはだかったのは喉から大量の血を流して床を血まみれにする戸倉。
苦しそうな普通の人間では出せないような声で郁夫を睨みながら言う。
「あなたのせいよ……」
よろよろと歩き出す戸倉から後づ去りをして郁夫の背中が何かに触れてゆっくりと振り返る。
後ろには左胸を苦しそうに抑えて真っ赤に充血した目から涙が流れている雪村。
俯いた顔をゆっくりと上げてうめき声にも近い声で告げる。
「きみのせい、ね……」
一歩ずつのろのろと近づいてくる雪村から離れて郁夫は再び小走りで三階へと駆け上がる。
三階へと続く階段の途中の踊り場で、郁夫の左足首を何かが物凄い力で掴む。
恐る恐る足元を見た郁夫の目には、なぜか五月の末に殺害された清水翔子が這うようにして郁夫の足を掴んでいる。
口と背中から血が溢れだして、憎しみに染まった目で睨みつける。
「きみのせいよ……」
清水がそう言った瞬間、郁夫の背後から奇妙な足音がして郁夫は前を見る。
郁夫の目の前には左胸から血が溢れだしてボタボタと床に血が滴れ落ちる常本。
その手には自殺の時に使った血染めのカッターナイフがあった。
「アンタの、せいよ!」
手に持っているカッターを思いっきり振り上げてギロリと郁夫を睨みつけてカッターを振りおろす。
いつもそこで郁夫は目が覚めてしまう。
うなされて、酷く息が苦しくなって夜中に目が覚めてしまう事が、ここ二、三日続いた。
いつも起き上がると郁夫が考えるのは「僕のせい」と言う言葉だった。
僕があの学校に来たせいで。夜見北での出来事を丸っきり忘れたとはいえいないもの≠フ榊原さんに接触してしまったから。
だから、結果として彼ら彼女らはあんな惨い死に方をしてしまった。
夜見北でも、僕さえクラスに紛れ込まなかったら……誰も死なずに済んだんだ。
そんな事を頭が痛くなるほど、考えてしまったのだ。
「仕方ないって。別に誰のせいでもないんだから、高林くんがいくら自分を責めて落ち込んでもどうなるわけでもないんだし」
常本の自殺後、いち早く郁夫に話しかけるようになったのは夜見北でも一緒だった七瀬理央だ。
七瀬は少し前まではあれほど完璧に郁夫と榊原志恵留(シエル)を無視していたのに今となってはちょっと前の「お調子者」に戻っていた。
七瀬は郁夫と一緒に志恵留の事を慰めようと言う気遣いで何だかんだと気安く声をかける。
「今さら落ち込んだって、過ぎた事はどうしようもないんだしさ」
「七瀬さんはいつも元気だよね」
志恵留は皮肉の意味も込めでそう言うと、七瀬は口を尖らせる。
「私だって心が痛んだよ。高林くんには説明できないままシカトだしさ、一番頼りにしてた常本さんまであんな事になって……」
「僕はもう大丈夫だよ。ある程度は察してるよ」
あの事件のあったホームルームで、常本が自殺してから警察と救急車が駆けつけてきた時にはすでに息絶えていた。
事件の目撃者の二年三組のクラスのほとんどが早退し、その日の学校の終わる時刻まで学校に残っていた者はいなかった。
事件後は翌日と翌々日は欠席者が半数以上にも上り、教室も2号館から3号館の空き教室に移された。
今日も欠席者は多数いて、教室内はガラ空き。
「八神くんと福島さんも来てないんだね」
「美緒は病気の事で家の人が心配したんだろうし、八神はああ見えて昔っから気が弱いから。当日だってすぐに帰っちゃったし」
郁夫の言葉に七瀬はそう答えると真剣な顔つきで茶髪のショートヘアーを掻きまわす。
「七瀬さんも私たちが病院に行った後に帰ったんだよね?」
「そりゃあ、気分が悪くてね。あんなすさまじいもの見て、あのまま学校にいられなかったし」
七瀬は必死に怯える八神の背中をさすっている時、途中でトイレへ駆け込んでおう吐したとのこと。
戸倉の死体を見た時と同じ行動。
「でも、常本さんの自殺理由はなんだったんだろうね。彼女、あんな事をするようには見えなかったし」
志恵留が悩ましげに小首を傾げていると「それは」と言う担任の風見智彦、傍らには副担任の梅原香織もいる。
二人は三人の元に歩み寄ると、常本の自殺の原因を語り始める。
「常本さんには去年の秋に倒れて寝たきりになっていた母親がいて、常本さんは母親の看病をしていたらしいんだ」
風見は青白い顔で深刻そうに三人に語るが、その事について知っていた者はいない。
「父親は東京の方に出稼ぎに出ていて、年の離れた姉は結婚して今は夜見山にいて、家には常本さんと寝たきりの母親の二人。
しかも母親は脳に障害が出来てしまって、ほぼ常本さんは介護をしているようなものでね」
「えっと、そのお母様は……」
郁夫が問いかけると風見が口をもごらせて答えあぐねる。
「事件の後、警察が自宅を調べに行ったら、その母親がリビングで死んでいたんだ。しかも、左胸を刃物で一突きにされて……。
十中八九、殺したのは常本さんだと言う事で、いわゆる介護疲れの精神的なもので、彼女はクラスの件にも悩んでいたそうで」
眉根を寄せて黒ぶち眼鏡のブリッジを指で押し上げて、傍らの梅原の方をチラッと見る。
風見の話では、常本の自宅はかなり荒れていて事件の直前に母親が暴れ出したのではないかと言う。
それで常本は自分の部屋からカッターナイフを持ち出して、騒いでいる母親の心臓を一突き。
常本は母親を殺めた後、夜見山で結婚生活を送っている姉に電話をかけていたそうだ。
「お姉ちゃん、私……どうしたらいいんだろう?もう、疲れた。私はもう生きている自信がない」
そんな弱音を吐いて、今にも泣き出しそうな声で姉に告げた。
その言葉を告げると常本は電話を切って、朝になるのを待って母親を殺害したカッターで同じように心臓を一突きで死んだ。
あまりにも妙な動機、そして母親殺害後の選択だった。
常本にはいくつもの選択があったはず、事件そのものをなかった事にして母親の遺体をどこかに隠す。
それか正直に自首する。それか全てを放り出して逃げると言う手もあった。
「尋常じゃないよね、あんなに明るかった人があんな死に方をして……」
志恵留は皮肉交じりにそう言うとその場にいた全員が言葉を詰まらせる。
「そうね、彼女は責任感が強かったけれども。みんなの前で死んだ、って言うのがあれよね」
梅原は腕組みをして目を細めて口元を引き締める。
「この件は自殺として処理されたから、あなた達は心配しなくても大丈夫よ。きっと、何か災厄≠止めるすべはあるから」
梅原は「心配ない」「大丈夫」と言っていたが、誰もそんな言葉を真に受ける者はいなかった。
常本の事件はニュースや新聞で大きく取り上げられ、杏里町の義母の智恵も事件の事については心配そう。
あり得ない形でのクラス副委員長の死を気の毒に思っているようだ。
「郁夫くん、あんまり気に病む事はないからね。大丈夫だからね」
「はい、大丈夫ですから。僕は」
自宅のリビングで智恵の作ったかき氷を梨恵も一緒に食べながら話している。
それぞれシロップは違っていて、智恵はメロン、郁夫はブドウ、梨恵は苺を食べている。
「教室は、移動になったんでしょ?怖いもんね、そのまんまだったら」
「はい。まだ休んでる人は多いですけど、そのうち出てきますよ」
「なら、いいんだけどね。もうすぐ夏休みでしょ?だから、夏休みまで出てこない人もいるだろうね」
「絶対いますね」
郁夫はシャッシャッとスプーンでかき氷を刺してシロップを氷になじませる。
智恵はかき氷を頬張ると、頭がキーンとなったのかコンコンと拳で頭を叩く。
「あぁ、そうだ。お迎えのマンションのトモくんには知らせてあるの?」
「って、何を?」
「夏休みの事、いろいろ相談しておいは方がいいんじゃないかな。私の時はどういう経理でそうなってるのか分からなかったし、トモくんなら相談にも乗ってくれるよ」
迎えのマンションの一室に妻子と一緒に住んでいる郁夫がトモさんと呼ぶ男性。
トモさんと智恵は智恵が独身時代だった頃に教師を務めていた頃の教え子。
そして郁夫の死んだ実母の郁代とはトモさんは部活での顧問で、部活は研究部だったそうだ。
郁夫とトモさんが知り合ったのは五年前、郁夫が十五年前に夜見北の災厄≠ナ死んだ記憶とは違う記憶。
郁夫が十五年前に死んだ高林郁夫ではなく、両親が離婚して母方に預けられた沼田郁夫の記憶。つまり、後からつけられた偽りの記憶。
まだ父の敏夫と郁代が夫婦仲だった頃に何度か郁代の紹介でトモさんと顔を合わせていた。
その頃から郁夫はトモさんの事を「トモさん」と呼ぶようになった。
「トモさん」と言うあだ名がつくようになったのは―――
「あぁ、それなら大丈夫ですよ。ちょくちょくトモさんにはアドバイスをもらってるんで」
「そう?なら、いいんだけどね」
智恵がその言葉を言い終えると、リビングのドアが開いて「ただいま」と言う郁夫の聞き慣れた男の声がする。
智恵は「お帰りなさい」とかき氷をテーブルに置いて男に歩み寄る。
紺のスーツ姿で中肉中背の50代前半の中年男性、郁夫の父の敏夫。
朝見南の教頭であまり家に帰ってくるのはいつも遅いのだが、今日は早めに帰れる事になったそうだ。
敏夫は上着を脱ぐと智恵に渡して智恵はリビングを出る。
敏夫はソファに座ってテレビを見ながらかき氷を食べている郁夫を見ると少し場の悪そうな顔をする。
「お、かき氷か。美味そうだな」
「う、うん。父さんも後で食べれば?」
「あ、あぁ、風呂入ってから智恵に頼むよ」
敏夫はあらぬ方向に目をやって郁夫をまるで直視せずに話す。
何だか気まずそうに何かを気にしているようなそんな表情。
「父さん、夏休みは休みはとれるの?」
「あぁ、たぶんな。数日だけど、ゆっくりできそうだよ」
敏夫はやはり郁夫を直視せずにきっちりと締めたネクタイを外しながらリビングを出る。
こんな敏夫の郁夫へ対するおどおどとした態度は日常茶飯事。
別に郁夫は気にしているわけではないが、やはり父と子の対話と言うのには適しない。
その事については郁夫は少しだけ悩ましげに頭を抱えてしまう。
「なんで?トッチャン、なんで?」
郁夫の傍らで梨恵がかき氷を食べながらいつものセリフを繰り返していた。
夏休みに入り、部活に入部していない郁夫にとっては退屈な日々が訪れた。
郁夫はリビングで寛いでいると、自宅の電話が鳴って智恵が郁夫に受話器を渡す。
受話器を受け取った郁夫は「もしもし」と言うと、電話の相手は七瀬だった。
「高林くん?今、暇かな?」
「あぁ、うん。どうしたの?」
「話があって。あぁ、エルちゃんも一緒だよ」
どういう意味があってか郁夫にはあまり分からなかったが、けろっと笑った感じにそんな事を口に出す。
「八神と美緒もいるから。榊町のエルちゃんちの一階のギャラリーで一時に集合ね」
七瀬がそう言い終えると郁夫は少し軽い感じで「了解」と言うと電話はプツリと切れた。
あの三人が志恵留の自宅のギャラリーについて知っていた事は結構郁夫には意外に思えた。
ともかく、郁夫は時計を見ながら出発時刻を十二時三十分に決める。
そんなこんなで、郁夫は夏も本番の炎天下の中を徒歩で榊町まで向かった。
ギャラリーの「闇夜の訪問者」に入ると仄暗さは相変わらずで、七瀬の先ほどの話だと料金は遠慮との事。
館内には少し前にも聞いた「エリーゼのために」のピアノの演奏が流れている。
郁夫は館内の人形たちを見渡しながら一階の入り口に入って左の少し奥のテーブルと二、三人が座れる暗赤色の生地のソファのところに面々がそろっている。
志恵留に七瀬、夏休みに入る直前にやっと出てきた八神龍と福島美緒。
手前のソファに左から七瀬と八神と福島の順に座っていて、奥のソファには右よりに志恵留が一人で座っている。
郁夫は志恵留の隣に腰を下ろすと目の前に志恵留が入れてくれたのか、グラス入りのアイスティーがある。
郁夫はずっと暑さを堪えながら歩いて来たので、とりあえず渇いた喉をアイスティーを潤す。
「三人はギャラリーの事は知ってたんだね」
郁夫がグラスを手に取ったまま、軽くそう言うと七瀬が「まあね」とまた軽い調子で返す。
七瀬は少し明るめの蛍光色の多いシャツにデニムのショートパンツ姿。
隣の八神は七瀬とは逆で、少し暗めの紺や黒の多いシャツとジーンズ。
福島は白めのピンク色のローマ字がプリントされたシャツに水色の膝上丈のスカート。
志恵留は華やかな小花柄のワンピースを着ていた。
この時の郁夫の服装は胸のあたりに青の横じまのついた白のシャツで黒のジーンズだった。
「で、今日は何かあったわけ?」
「あぁ、ほらほらせっかくの夏休みださ。私と高林くんは帰宅部で、美緒とエルちゃんは美術部であんまり活動しないし、八神の放送部もあんまりでしょ?」
七瀬の話で、志恵留が美術部でいないもの≠ノなってから退部した事を郁夫は初めて知る。
八神の放送部も今ようやく知った事である。
「だからさ、私らで出来るだけ災厄≠食い止める手がかりを探そうって事」
「ふうん、夜見北とはちょっと違うけどね」
郁夫の口出しに七瀬は口を尖らせてムッとした表情になる。
「まあ、それなりに死者≠ュらいは分かっておいた方がいいかもね。こっちはどういう方法で止まるか分かんないけど」
「おっ、いい事言うねぇ、エルちゃん」
「けど、どうやって?夜見北では何とか止まったけど、それってまぐれだったりもするよね」
「俺も福島の意見と同意。夜見北では死者を死に還す℃魔ナ止まったけど、こっちでも本当かどうかは分かんないだろ」
八神は眼鏡のブリッジを押し上げると眉をひそめて七瀬に問う。
七瀬は八神と福島にピシャリと言われたにも関わらず、めげずに「それもそうか」と腕組みをして何かを考え込む。
数秒の後、何かをひらめいたようにポンと手を叩く。
「じゃあさ、見崎先生の年の同級生にいろいろ聞くってのは?」
七瀬の口から飛び出したのはそんな提案だった。
八神は「ハァ?」と首を傾げると七瀬はやはりめげずに続ける。
「見崎先生の年って途中で止まったじゃん。記憶がなくても、断片的には何か分かるかもよ」
「それはいいかもね」
これは志恵留。なぜかこの二人は異様な探偵モード的なスイッチが入ってしまっている。
この二人が気が合うのはこう言うところからなのかと郁夫は思う。
「よし!じゃあ、エルちゃん。今度見崎先生に当時のクラスメイトの情報を聞き出しといて。何か分かるかも」
「分かった」
「えぇ!?ちょっと、二人とも大丈夫?」
郁夫がそうやって止めたにも関わらず、二人の探偵モードは直る事はなかった。
八神と福島は悩ましげにそんな二人の様子を窺いながら頭を抱える。
「けど、このまま何もしないって言うのはあれじゃない?私達の年で夜見北は廃校になっちゃったけど災厄≠ヘ止まったんだから」
「だからって、榊原さん」
「これ以上人が死ぬのは嫌だし、ここにいる誰かが死んじゃうかもしれない。だったら、止めなきゃダメでしょ?……野恵留の事もあるし」
志恵留はふと友人だと言っていた四月に事故死したと言う安田野恵留(ノエル)の名前を口に出す。
その時の志恵留の表情は何だか悲しげで悔しさも混じっているようにも思える。
「うーん、じゃあ、僕は身近な%鮪桙フ当事者にリサーチするよ。もしかしたら、何か覚えてるかも」
郁夫はしばしば考えた後にそう言うと七瀬はからりと笑顔を見せる。
そして悩ましげだった八神が深くため息をついて言う。
「仕方ないな、僕は知り合いに当時の当事者がいるから、その人に聞くよ」
「って、誰なの?八神の言う知り合いって」
「ん?小椋由美って人。今も朝見山にいて、中学は夜見北で三年三組だったらしい」
八神は再び眼鏡のブリッジを押し上げると少し冷淡な口調で七瀬に言う。
郁夫も志恵留もその小椋由美なら、知っていた。
なんでも、小椋は十五年前の夜見北の三年三組で朝見南でも三組になった不運な運命の一人。
名前くらいしか知らなくて、勅使河原直哉や望月優矢や赤沢泉美と言った面々のように会った事すらない。
「うーん、じゃあ、私もそれなりに聞いて回るよ。両親の知り合いに朝見南出身の人が結構いて。その中にいるかも」
「おっ、じゃあ、頼んだぞ。美緒!」
福島は苦笑しながら一応のつもりでそう言った。
七瀬は八神と福島が気を取り直してくれた事に上機嫌になって、探偵モードはヒートアップをし始めている。
その事はここにいる全員が察している事だ。
「んじゃあ、私も身近にいないか調べてみる。見崎先生たちと同い年の知り合いがいて、高校も朝見南だって言ってたし」
「ちなみにそれは誰なんだ?」
「私の家の近所の田沼さん」
七瀬はそう言うと得意げな笑顔を見せてグラスのアイスティーをストローで飲む。
七瀬の言う「田沼さん」とは、フルネームは田沼望と言う男性だそうだ。
郁夫の脳裡ではその田沼望と言う男子生徒が当時の名簿に名前が載っていたと思われる。
それぞれにリサーチする人間が見つかると一息つくためにアイスティーを一口飲む。
「あ、じゃあさ、何か分かったらすぐに知らせられるようにケータイのアドレス交換しよう。お互い知らないでしょ?私も八神のしか知らないし」
七瀬はグラスをテーブルのコースターの上に置くとそう提案した。
あれだけ長い間一緒にいたのに全員がお互いの携帯電話のアドレスを知らなかった。
郁夫はともかく、他の四人はお互いに知っているものだと郁夫はてっきり思っていた。
「いいね、交換しようか」
高校に上がって携帯電話を持っていない人でも、親の大半が「携帯は高校になってから」と言うので、ほとんどの人が持っている。
そうと決まると七瀬と福島はバッグから取り出し、他の三人は衣服のポケットから取り出す。
携帯電話なのは郁夫と七瀬と八神、志恵留と福島はスマートフォンだった。
「二人ともスマホなんだぁ!」
七瀬が驚いたように目を丸くして、少し羨ましそうに言う。
「う、うん。私のケータイ去年壊れちゃって。その時に新しいの買うんならこっちがいいかなって」
そう答えたのは志恵留。七瀬の反応に少し戸惑った様子でスマートフォンを持っている。
「私は中学の頃は持ってなくて、高校に上がって買ってもらう時にこっちのほうがいいなって思って」
これは福島で、福島はやはりシャイな雰囲気で頬を赤らめている。
七瀬は携帯電話のアドレスを交換しようと言ったが、スマートフォンはどちらかと言うとパソコンだ。
それでも、連絡先を交換したとのことで一件落着。
郁夫はまず身近な≠の人にリサーチをしようと思っていた。