『二〇十三年八月十六日』
八月に入り、夏の灼熱はヒートアップしていく一方。
朝見南の二年三組の生徒たちは心の中では、凍りつくような不安と恐怖に苛まれていた。
今日も特にやる事がなくて、高林郁夫は自宅の二階の勉強部屋兼寝室に閉じこもって時間がダラダラと過ぎるのを待っている。
聞き込み調査も今日の分は終えて、やはり十分な情報を得ずに言われた事を一応メールで四人に送った。
―――やっぱり、覚えてないんだ。けど、君の言う合宿はあったと思うよ。
その後は頭を抱えるばかりで、何も言わずに無理させてはいけないと郁夫は質問をやめた。
郁夫の他の四人からは、新情報のメールは届いておらず途方に暮れている。
そんな事を回想で思いだしていると、ふと郁夫はベッドの脇の棚に置かれた目覚まし時計を見る。
もう、十一時か……。
いつまでも部屋に閉じこもっているわけにもいかず、ひんやりと冷たい床に腰を下していた身をのっそりと起こす。
部屋から出て一階のリビングに入ると、リビングには義母の智恵が白い革張りのソファに座って雑誌を読んでいる。
智恵の隣には腹違いの妹の梨恵がお気に入りのクマのぬいぐるみで遊んでいる。
智恵は郁夫がリビングに来た事に気付くと読んでいた雑誌を閉じて目の前のテーブルに置く。
「あぁ、郁夫くん。もうすぐお昼ね、すぐにご飯用意するから」
「あ、いえ、そう言うつもりじゃないんです。ただ、ちょっと部屋にいられなくて」
「そう、じゃあ、もうちょっとしたら、お昼作るね」
「はい、ありがとうございます」
智恵と会話をしつつも郁夫は父の敏夫の姿を目をきょろつかせて探すも、姿は見えない。
「あの、智恵さん。父さんは……」
「敏夫さんなら離れじゃない?」
自宅の裏にある離れを仕事場兼寝室に使っている敏夫は休みの日はだいたいそっちで過ごしている。
今日も離れで高校の教頭や英語教師としての仕事をいろいろこなしているようだ。
郁夫にとって、敏夫が仕事熱心なのは関心が持てるが、家族をほったらかしにしているのはどうかと思う。
昼食も離れにある小さな冷蔵庫で、適当に取るだろうと郁夫は思う。
昼食時までどうしようかと悩んでいると、テーブルの上で充電器にセットしてあった携帯電話が鳴りだす。
郁夫が携帯電話を手に取ったとほぼ同時にリビングの電話が鳴り始めて智恵はソファから飛び起きて電話を取る。
郁夫が電話に出ると、電話の相手はクラスメイトの七瀬理央だった。
「あ、高林くん?今、何してるの?」
電話に出たとたん、少しハイテンションな七瀬に少しばかり引いてしまう郁夫。
気を取り直して、七瀬の電話に対応する。
「七瀬さん?僕は今は家のリビングにいるけど……」
郁夫がそう言い終えると、リビングの電話の方から智恵の甲高い声が聞こえてたまらず郁夫はダイニングの方に移る。
郁夫は空いた手で口元と携帯電話の送話口を覆うようにして、智恵の声で自分の声が逃げないようにする。
「じゃあさ、今日の午後二時から出られるかな?」
「え、うん、もちろん」
「じゃあ、午後二時に朝見南の正門前に集合ね。あ、後来る時は制服でね、遅れちゃダメだからねっ」
「ええ!?ちょっと……」
そんな急に―――と、言おうとした時、プツンと電話が切れてしまった。
郁夫は仕方なしに七瀬に言われたとおりにしようと決意して電話を切ってリビングに戻る。
その時には智恵の方も電話が終わっていたようで、智恵が電話の前で悩ましげに眉をひそめている。
「あ、郁夫くん。実はねさっき、高校の同級生から電話があってね。今から会えないかって……」
「いいじゃないですか、同級生なんでしょ?」
「けど、郁夫くんと梨恵の事もあるし」
「大丈夫ですよ、お昼なら僕が自分で作るんで。梨恵も僕が面倒みますから」
「そう?なら、お願いしようかな?」
智恵はナチュラルな笑顔を見せると、郁夫はホッと胸をなでおろして梨恵の事について悩んでいた。
あんな事を言っておきながら、二時に家を出て梨恵を一人で放っておくわけにもいかず。
どうしようか、と迷っていたのだが、梨恵を一緒に連れて行くくらいなら大丈夫かと開き直るしかなかった。
智恵はさっさと支度をして「夕方には帰るからね」とだけ言い残して出かけて行った。
約束通りに郁夫は朝見南の正門まで行ったのだが、まだ二歳の梨恵も連れて来てしまった。
郁夫は七瀬に言われたとおりに夏の制服で、梨恵はピンクのシャツに青のスカートを着ていて、クマのぬいぐるみも忘れずに持っている。
正門には約束の時間まで五分前だと言うのに、七瀬はもちろん八神龍、榊原志恵留(シエル)、福島美緒が制服姿で待っている。
四人とも郁夫のそばにいる梨恵の姿を見て目を丸くする。
「高林くん……どうして、そう言う事になるの……」
七瀬は頭を抱えてそう言う。
「ご、ゴメン。智恵さんが急に出かけちゃって、一人で放っておくわけにもいかないし……」
「梨恵ちゃんだっけ?そりゃあ、仕方ないよね。てゆーか、七瀬さん南でわたちたちを呼び出したの?」
志恵留は苦笑をしながら、七瀬に呼び出した理由を聞こうとする。
七瀬は志恵留に「いい質問だ!」と言うと、何やら得意げな笑みで言う。
「田沼さんからねある新情報≠入手したってわけよ」
「新情報?」
「うん、実はね。美術室にある秘密≠ェあるんだよね。何でも、美術室に十二年前の卒業生が隠したって言う何か≠ェあるらしいよ」
腕組みをしてからりと笑いながら言う。
郁夫を含める他の四人は呆気にとられて、七瀬のテンションについていけない。
「えっと、それは確信とかあるの?」
「ない!だけど、きっとある!」
心配して志恵留が問うと七瀬はかなり不安に駆られる事をどうどうを言う。
八神は黒ぶち眼鏡のブリッジを押し上げながら呆れ気味にため息をつく。
「だから、私らでその何か≠探すんじゃん!」
「えぇ!?そんな事、見崎先生に頼めば……」
「何言ってんだ!せっかくなんだから自分たちの手で突き止めるんじゃん」
「高林くん、もう何言っても無駄だと思うよ……」
福島は呆れ気味にそう言うと、七瀬は四人を引っ張り出して正門から入る。
梨恵も一応、正門の前で待たせるわけにもいかずに一緒に校舎に入る事にした。
教師に見つかっても、美術部のミーティングがあると説明をして切り抜けるつもり。
梨恵の事も、正直に一人で家に放っておけないと言うつもりだ。
五人、正式には六人はT棟の美術室に忍び込む計画、美術室の鍵は志恵留が美術教師の見崎鳴から極秘で借りている。
六人がT棟に向かう途中、1号館の玄関から二人の生徒の影が見えた。
「あれ?お前ら何してんだ?」
生徒はクラスメイトの西川博人と蓬生修の二人だった。
スポーツ刈りで体育会系の西川はサッカー部、色白で小柄な少し童顔の蓬生は幼い頃にいろいろな事情で声を失って、今はホワイトボードを持ち歩いている文化系サークル。
二人は部活帰りらしく、二人は郁夫たちに駆け寄る。
「七瀬と高林って帰宅部だよな?何で、学校にいるわけ?」
「えーっと、いやぁその」
西川に問いただされて七瀬は答えに戸惑う。
「災厄≠止める手がかりを探しに来た」
七瀬の横から八神が割り込んできて、正直にそう告げると西川と蓬生はキョトンとお互いの顔を見合わせる。
蓬生は肩にかけていたカバンからホワイトボードを取り出してマーカーペンで何かを書きだす。
「それって本当?」
固定もせずに手に持ったまま急いで書いたので、字はお世辞にも綺麗ではないが読めなくはない。
蓬生はホワイトボードに書いても、表情でもその言葉を訴える。
「うん、だからね、私達で探そうって、七瀬さんが……」
続いて福島はなぜか恥ずかしそうに頬を赤らめて蓬生に答える。
蓬生はまたホワイトボードに何かを書くと、みんなに見せる。
「じゃあ、その子は?」
蓬生は視線を郁夫のそばにいる梨恵に落として、西川も梨恵には首を傾げてみる。
郁夫は慌てて二人に事情を説明する。
「智恵さ……お義母さんが、出かけちゃって。一人で家に放っておくわけにもいかなくて……」
郁夫の説明に二人は納得すると、蓬生はコクコクと相槌を打つ。
「へぇ、大変だなぁ、お前らも」
「あ、何なら西川も一緒に来る?」
「え……いや、俺は、遠慮するよ」
西川は両手を掌を七瀬たちに見せて横に振って必死に抵抗する。
大人数で行くと、いろいろややこしいので別にこの六人だけでも郁夫たちは良かった。
「ふうん、じゃあ、蓬生くんは?」
七瀬が続いて蓬生に質問すると、蓬生は首を横に振って「僕もいい」と言うふうに答える。
そしてしばらくして西川と蓬生はお互いの顔を見合わせて、眉根を寄せて心配そうに郁夫たちを見る。
「じゃあ、俺らもう帰るわ……頑張れよ」
西川は気遣うように別れを告げると、蓬生は心配そうに手を振って正門の方に歩きだす。
郁夫は二人の様子が何だかおかしかったのはすぐに分かった。
二人が正門から出て行った後、雲行きが怪しくなってきて一雨降りそうな状態。
天候を心配しながらも、六人はT棟へと向かった。
郁夫は階段を上がる際に梨恵を抱きかかえて、美術室のある二階へと向かう。
付近に誰もいない事を確かめながら、少し古びた棟の東西のほうへと歩いて行く。
「残念だったね美緒、蓬生くん帰っちゃって」
七瀬は福島をからかうように言うと福島は先ほど蓬生と話したように頬を赤らめる。
「もう、そう言うのやめてよ……別に、そんなんじゃ」
福島はそう否定するのだが、その場にいた郁夫たちは何となく福島の心の内は分かった。
「そう言えば、この棟って七不思議≠ヘないのかな?」
途中、軽口半分で郁夫は四人に聞いてみる。
「たとえば、階段の段数が深夜になると増えるとか、減るとか。ありそうじゃない?」
「知らない」
七瀬は郁夫の前を進みながらぶっきらぼうに答える。
「私さ七不思議≠フたぐいは信じない口なんだよねっ」
「ふうん。じゃあ、幽霊とかUFOとか……そう言うのも?」
「うーん?そっち方面は微妙かも、けど、テレビでやるようなやつは九十五パーセント、インチキじゃん。残りの五パーセントが本物だよね」
七瀬はどことなく面倒くさそうな口調で答える。
T棟はどの校舎よりも古びていて、棟は全部で四階まであり、四階は今は老朽化が進んでいて使われていない。
外から四階を見れば、窓が割れていたり板が貼られていたりといかにも「七不思議」がありそうな雰囲気。
「僕も七瀬さんと同じだね。テレビで心霊調査とかあるけど、ああいうのってだいたいがヤラセで、ヤラセ中に一つだけ本物があるかないか」
「ふうん、私も高林くんと一緒かな?運良くあれだけ心霊現象が起きるとか、そんなの怪しすぎるって言うか、心霊番組に毎回あんなのが出てるんなら信じる方が難しいね」
「榊原さんって結構理屈で納めるよね……T棟の七不思議≠チて言えば、美術室の動く絵、だよね?」
福島がそこで口を挟んできて「七不思議」を話しだす。
「美術室に飾られている絵の一つが、夜な夜な絵に描かれた女性が絵の中で動いてるって話。きっとなんかの噂だろうけどね」
「ふうん、そう言うのもあるんだ。じゃあ、音楽室の女教師の歌声って言うのは?」
「知ってるんだ。あれって結構有名だよね」
「どうせ、その歌声って梅原先生だろう?俺はそう言うたぐいは全く信じないんでね。クラスの災厄≠除いては」
八神は呆れたような口調で言う。
「七不思議」の話をしているうちに六人は美術室の前までやってきた。
志恵留が鍵を開けると、忍び込むのに成功。
福島は美術室に入ると、奥の壁に飾られた白いドレスを着て真っ黒な闇の中にポツリといる女性の絵を指差す。
「あれだよ、動く絵って言うの」
福島は自分で言っておきながら何だか馬鹿馬鹿しそうな表情で言う。
八神は立ち止って眼鏡を外してレンズをハンカチで拭く。
「馬鹿らしい、さっさと七瀬の言う何か≠チて言うのを見つけ出そう」
眼鏡をかけ直して八神が言うと、郁夫は美術室の電気をつけよと思ったのだが新しい「七不思議」になるのも気が引けるのでやめた。
南側の窓に引かれているベージュのカーテンが原因で室内は廊下よりも薄暗く。
カーテンを開けるのもあれなので、閉めたまま七瀬は小型懐中電灯を五個持ってきていて、それを四人に手渡す。
郁夫は梨恵を窓側の黒板に一番近い六人掛けのテーブルの椅子に座らせる。
五人が手分けして田沼望の言う何か≠探す。
その途中、郁夫はいろいろな疑問が脳裏を揺るがす。
どうして、田沼さんは教室じゃなくて美術室に隠そうと思ったのか……。
教室ならクラスの成員が見つけるし、美術室は部外者が見つける事もむろんあるはず。
なのに、どうしてクラスの成員に見つかりづらい美術室なんかに……。
「ねぇ、七瀬さん。田沼さんはどうして美術室に何か≠隠したのかな?教室ならクラスの成員が見つけるのに」
「あぁ、それはきっと教室の関係だろうね」
「教室?」
「うちの学校は確かにクラス替えはないけど、教室は学年が上がるごとに変わるからね」
「へぇ」
「教室に隠すんなら、難しいだろうね。その教室に災厄≠フクラスが当たるかどうか……美術室は美術教師が見つける可能性があるからね」
七瀬はテーブルを一つずつ中を調べながら、答える。
郁夫はキャンバスが積まれて置かれている床の辺りを探す。
こんな場所にあるかどうか、ましては本当に何か≠ェあるのか難しいところ。
郁夫が美術室を見渡していると、梨恵の座っている椅子に梨恵の姿がない。
「梨恵?梨恵!」
郁夫は慌てて梨恵の座っていた椅子のところに駆け寄ると、やはり梨恵の姿がない。
テーブルの下をのぞいてもいなくて、郁夫は得体のしれない恐怖を感じた。
「梨恵!……ちょっと、どこに……」
今にも目から涙が溢れだしそうな時、一番後ろの壁の絵が飾られている場所からガタッと言う音がした。
郁夫が音のした方に歩み寄ると、梨恵が窓際の一番端の絵を動かして裏を除いている。
そんな梨恵を郁夫はホッと胸をなでおろして「ダメだよ」と抱きかかえる。
それでも梨恵は絵の裏を気にしているようで、郁夫は首を傾げて梨恵を下ろして絵を外す。
すると、その絵の裏に何やらガムテープでぐるぐる巻きに巻かれたものがあった。
郁夫は「あった」と声をあげてそれを絵から剥がし取ると、四人が郁夫の方に近寄る。
ガムテープには、マーカーペンでこう書かれていた。
「この学校の三組の理不尽な災いに苦しめられる後輩たちへ」
ほとんど走り書きのような、きたない筆跡。
「これだ!ちょっと、いつもよりきたないけど、田沼さんの字だ」
七瀬がハイテンションになって指を鳴らす。
郁夫はさっそくその場で巻きつけられたガムテープを丁寧にはがしていくと、それはケースに入れられた一本のMD。
その頃、先ほど帰った西川と蓬生は榊町とは反対側にある朝見南の近くの由岐井町の道を二人で歩いていた。
そして道が二つに分かれるところで、二人は立ち止ってお互いの顔を見合う。
「じゃあ、蓬生、俺こっちだから」
西川は眉根を寄せて、少しばかり無理矢理な笑顔を見せる。
蓬生はホワイトボードにマーカーペンで急いで書く。
「じゃあね」
西川は蓬生の文字を見ると、深く頷く。
「お前もオヤジさんの事は気に病むなよ。七瀬たちが何とかするって言ってたし」
蓬生は西川の励ましに同じように深く頷いて手を振って別々の道を帰る。
蓬生の自宅は西川と分かれた後、五〇メートル先にある小さな一軒家。
そこに蓬生はいつものように自分で鍵を開けて玄関から入る。
玄関から入って左手の二つ目の部屋にリビングがある。
蓬生は声が出せないので、静かにリビングに入ると蓬生はつんと酒臭いにおいが鼻を突く。
たまらず、鼻を塞いでリビングのソファの辺りを除く。
ソファの前にはテーブルがあって、そこに缶ビールの缶が何本も放り出されている。
蓬生はソファに身を沈めている父親の肩を揺さぶる。
しかし、その父親は動くどころか呼吸すらしていない。
蓬生は慌ててリビングの電話で救急車を呼ぼうと思ったが、声が出ないのでどうしようもなく慌てるだけだった。
その頃、西川は蓬生と別れて帰り道を歩いているとそこにはパトカーと救急車が何台もいて、野次馬らしき人たちが無数にいる。
その人たちの中に西川は紛れ込んでその先を見る。
そこにはフロントガラスが割れているトラックと、トラックにぶつかったらしき車が大破している。
その時、西川はその大破した車を見てハッとする。
「康兄……康兄!?」
大破した車からは二十代後半の男性の遺体が発見された。
郁夫たちは見つけたMDを持って1号館の一階の放送室に入る。
放送室には再生専用のポータブルMDプレイヤーが一台あって、それで何とか聞こうともちろん七瀬が言いだした。
勝手に入って大丈夫かと、少々七瀬以外の四人は不安に駆られた。
郁夫のそばにはもちろん梨恵がいて、ここまできたら梨恵も一緒にMDを聞く事になった。
梨恵はまだあまり言葉を理解していないので、聞いても大丈夫だと郁夫は判断した。
「あった、プレイヤー」
八神がMDプレイヤーを放送室の中央にあるテーブルに置く。
そして志恵留がMDをセットして、再生ボタンを押す。
かなり雑音が激しくて、ざざざざ、っと言う音がすると徐々に雑音は消えて行く。
『……ええっと、ちゃんと録音できてるか?……俺の名前は、勅使河原直哉。
朝見山南高校、一九九九年から二〇〇一年の三組の生徒で……来年の三月に卒業する予定だ。俺はこのMDをクラスの望月と田沼と残そうと計画している。
今、これを録音しているのは四月二十五日の昼、一時過ぎそばには望月と田沼もいる。俺らがこれを残そうと思ったのは先週の出来事だ。
先週、俺らが学校にいたら、突然の大雨で風も強くてさ、警報も出てて俺らは学校に閉じ込められたんだ。その後、恐ろしい事が起こったんだ。
クラスの日高って言う男子がいて、そいつが教室にいた時……雷が学校に落ちてその衝撃で窓ガラスが割れて、日高の全身にそれが刺さったんだ。
もう、クラスはパニックでさ、俺も怖くて教室から飛び出したんだ。それで、廊下に飛び出した時、持病持ちだった河西って言う女子が、発作を起こして死んだ。
二人とも四月の死者になって……。
……。
……。
その後が肝心なんだ。この後、二人が死んだ後にそれが起きたんだ≠サれって言うのは、つまり……俺と望月と田沼の他にクラスの見崎と赤沢と風見で……』
そこまで聞き終えた時、廊下からコツコツと教師らしき足音がしてその場にいた五人は慌てだす。
七瀬は「ヤバッ」と言ってMDプレイヤーからMDを引っ張り出して郁夫は梨恵を抱えて志恵留と一緒にテーブルに潜り込む。
しばらくして、見回りに来た教師が放送室のドアを開けて覗いてからドアを閉める。
七瀬は機械の影に隠れて手元にはMDがある。
福島はロッカーの中で、八神は放送のマイクのあるテーブルの下に潜り込んで椅子の影で隠れていた。
全員が出てくると、七瀬は「あぁ!」と大きな声を上げる。
「どうしたの?」
志恵留は七瀬に聞くと七瀬は青ざめた表情で言う。
「やっちゃったー」
七瀬の手元のMDはプレイヤーから取り出した際にどこかにぶつけてひびが入っている。
福島は「あーぁ」と思いっきり顔をしかめ、八神は呆れ顔でため息をつく。
七瀬は「すまない」と言うふうに茶髪を掻きまわす。
「どうするの?これじゃあ、聞けないよ」
志恵留はMDを七瀬から受け取ると、困り果てたような表情をする。
「肝心なところ聞けてなかったのに……」
郁夫も落ち込んだように言うと七瀬は思いっきり茶髪を掻きまわし始める。
「どうすんのよ!」
七瀬の投げやりな問いかけに福島はあっけらかんと答える。
「修理すれば聞けるよ」
「ん?美緒、できんの?」
「やってできなくはない……」
「じゃあ、これは美緒に任せた」
「分かった」
翌日になって郁夫はその情報を知らせれた。
蓬生一郎(52歳、無職)
田村康之(26歳、会社員)
この二人の突然の死の情報を、智恵に聞かされた。
一郎は二年前に勤めていた会社をリストラされて、今はそのストレスを抑えるために浴びるように酒を飲んでいる。
一郎は昨日の昼過ぎ、自宅のリビングのソファで急性アルコール中毒で死亡。
酒の飲みすぎでおう吐物を喉に詰まらせてらしい。
そして康之は由岐井町の道路を車で走っている途中でトラックが突っ込んできて車は大破。
康之は脳挫傷で死亡したとの事。
そして郁夫は重視したのは、二人の親族だった。
一郎は、声を失った蓬生の実の父親で、康之は、西川の年の離れたいとこ。
この二人が八月の死者となったのだった。