八月の蓬生一郎と田村康之の不穏な死により、高林郁夫は急に悩ましげな気持ちで夏休みが終わるのを待っていた。
夏休みの宿題も終えて、美術室で見つけたMDも福島美緒が修理中のためやる事をなくしている。
郁夫は朝のまだ涼しい時間帯に杏里町の自宅の一階の縁側でぼうっと庭を眺めていた。
庭の義母の智恵が趣味で植えたひまわりは綺麗に咲いていて、水連鉢も今日は水は暗緑色に澱みがなくて、鯉もやたらと元気。
それに引き換え、郁夫の心はいつもの水連鉢のように澱みきっていて途方に暮れている。
郁夫の脳裡では、これからの災厄≠ノ関する事と美術室で見つけたMDの事だった。
もしもあのMDに重要な事が残されていたとしよう、だとすれば修理してMDの内容を最後まで聞けば何か分かるかもしれない。
しかし、もしもMDには死者を死に還す≠セけの事ならそう役には立たないかもしれない。
そう思うと、郁夫は頭が混乱し始めて大きくため息をつく。
「少年、元気か?」
庭の塀から顔を覗かせているのは、もちろんの事迎えのマンションに妻子と共に住むトモさん。
仕事は休みのようで、半袖のシャツにジーンズといかにも休日の男のファッションだった。
「トモさん、僕は憂鬱です」
郁夫は縁側からのっそりと立ち上がると塀から顔を出してトモさんの質問に答える。
トモさんは苦笑すると、腕組みをして口元を斜めに引き締める。
「どうしたんだ、またクラスの事か?」
「はい、あの……クラスの父親といとこが死んで、この先三年生の卒業まで毎月人が死ぬのかと思うと……」
「ふうん、大丈夫だって、そう気に病むんじゃない。絶対になんとかなるって思えば大丈夫だよ」
トモさんは笑顔で郁夫に言うと郁夫は深く頷いて同じような笑顔を見せる。
その時、郁夫は眼の奥で何か妙な違和感を覚え、目を細めて目をこすったりする。
何だ?……何だか、目が変な感じが……。
「郁夫くん?大丈夫か?」
トモさんが心配して問いかけると、郁夫は「大丈夫です」と無理に笑って違和感のある目でトモさんを見る。
すると、郁夫の眼は何かがおかしくなったのか、一瞬だけ見ているもの≠フ色を変えた。
ほんの二、三秒だけ生まれてきてから絶対に見た事のないような色が見えた。
赤とか青とか黄とか、そういう色ではなくて、いくら絵具を混ぜ合わせても出いないような色。
その色が滲むようにして重なってトモさんの姿が映し出される。
「どうした……気分でも悪いのか?」
「あぁ、いえ……ちょっと、変な色が見えて。けど、大丈夫です」
「色?目が疲れているんじゃないのか?勉強のしすぎだろう」
「すみません、心配かけて……」
トモさんは郁夫の様子を心配そうにして「お大事に」とだけ言い残してマンションの方に戻る。
郁夫はトモさんが去ると縁側に再び腰をおろしてこめかみ部分を指で押す。
すると、目の奥の違和感は徐々に消えて行き、すっかり元通りになった。
「一体なんだったんだろう……」
郁夫は落ち着いてから立ち上がって二階の勉強部屋兼寝室へと向かう。
疲れているのだと思って部屋のベッドに横たわって身体を休める。
ベッドに横たわった時、ベッドの脇の棚の上にある目覚ましげ時計の隣に置いてある携帯電話が鳴りだす。
こんな時に誰だ?―――と、思いっきり顔をしかめて通話ボタンを押して電話に出る。
「おう、すまないな。急に電話して」
第一声がその言葉、電話の相手は郁夫の父の敏夫だった。
敏夫が郁夫に電話をかける事はあまりなかったので、郁夫は少しばかり驚いてしまった。
「あれ?父さん、今日は学校だよね?」
「あぁ、だから学校の屋上からかけてるんだ」
電話越しに敏夫の声の後ろくらいでびゅうびゅうと風の音がしている。
敏夫の職業は朝見南の教頭で、今日は出勤日だった。
「急に電話なんて、何か大事件?」
「あぁ、いや、そう言うわけじゃないんだが、お前のクラスの西川くんと蓬生くんの親族の件でいろいろとさっきあってな」
「ふうん、そうなんだ……」
「急に心配になってな、まさかお前たちの身に何かあったんじゃないかと思って」
どこか心配そうな口ぶりで言う敏夫に対して、郁夫はベッドから起き上がって丁寧に答える。
「こっちは大丈夫だよ、智恵さんも梨恵も元気だし、僕だって体調は良好だよ」
郁夫は心配かけまいと、眼の違和感に関しては何も言わなかった。
本当は言った方が良かったのかもしれないと郁夫は言った後に後悔をする。
「それより、父さんも大丈夫?父さんも一応範囲内なんだし」
「私は大丈夫だ。事故か事件に巻き込まれない限り、死にはしない」
敏夫は至って元気そうなふうに言うのだが、郁夫にはそう言われると余計に心配になってしまう。
「お前も、そろそろ智恵の事をお母さん≠ニ呼べるようになれよ。アイツもそう呼んで欲しいに決まってる」
「うーん?やっぱり、何か緊張するっていうか、呼ぼうとは思うんだけど」
「頼むぞ、責めてでも私が生きている間に呼んでやってくれ」
敏夫の「私が生きている間に」と言う言葉に縁起でもない、と言いたくなった郁夫。
郁夫が電話をそろそろ切ろうかと思ったその時。
「そうだ。お迎えのマンションの由梨さん。元気か?あれから≠烽、、一年をすぎたな」
携帯電話を耳にあてたまま、郁夫は首を傾げる。
「あれから∴齡Nって……一年前何かあったっけ?」
「え?」
「え?」
お互いに「え?」と首を傾げてしまい、幾分か沈黙が流れた。
「いや、すまない。ちょっと、疲れているようだな、別の人と勘違いしたよ」
郁夫はふに落ちない感じに首を傾げたまま、敏夫の方から一方的に電話を切られてしまった。
何だよ、もう―――と、口を尖らせて電話を切って棚の上の戻す。
再びベッドに横たわってゆっくりと目を閉じる、すると脳裡の奥で何かが浮かび上がる。
黒々とした渦が回転を始めて、やがてずうぅぅぅん≠ニいう妙な重低音がどこ彼ともなく湧き出してくる。
眼を強く閉じて、頭を抱えて浮かび上がる映像を眉根を寄せて見る。
映像には色彩がなくて、昔の白黒テレビのような映像が郁夫の脳裡で浮かび上がる。
映像には何色かは分からないが、敏夫がスーツ姿で周りには老若男女いろいろな人が敏夫と同じスーツ姿でいる。
女性の大半はハンカチで鼻を押さえて涙を流している。
敏夫の隣にはハンカチを持って泣いている智恵、そして智恵の隣にはトモさんの妻の由梨。
由梨の腕にはまだ生まれたばかりらしき、娘の姿がある。
映像でを見ている郁夫の隣には涙を流す榊原志恵留(シエル)、七瀬理央、福島といて、眉根を寄せて涙を堪える八神龍。
その後ろには、美術教師の見崎鳴とその夫の榊原恒一、夜見北で二人と同級生だった勅使河原直哉、望月優矢、赤沢泉美と面々もいる。
そして、その映像はすぐにぴた、と止まった。
夏休みもあと一週間で終わりを迎えようとしていた頃、郁夫が一階のリビングで寛いでいると、部屋から持ってきていた携帯電話が鳴りだす。
郁夫は携帯電話の液晶画面に表示された番号と名前を見て仰天した。
液晶画面には「榊原志恵留」と表示されていて、郁夫は慌てて電話に出る。
「も、もしもし?」
「あ、高林くん。今、家にいる?」
電話越しに透き通った雰囲気でだけれど、どこか幼さの残る志恵留の声が返ってくる。
「あぁ、うん。家のリビングに」
「今から家に行ってもいいかな?ちょっと、見せたいものがあって」
「えっ、今から?」
「ダメ?」
電話で話しけいるだけなのに、郁夫の眼には志恵留のキョトンと首を傾げた姿が見える。
郁夫の脳裡には「天然な魔性の女」と言う文字が浮かび上がり、まさに志恵留の事だった。
「あ……いや、ダメじゃあないけど?」
「じゃあ、今すぐ家に行くねっ、住所は名簿を見て分かるからっ」
志恵留は少し早口でそう言ってから一方的に電話を切った。
七瀬と言い志恵留と言い、タイプは違えど強引な女子は多いもんだ。と、言うのが郁夫のひねくれた意見。
郁夫は携帯電話をテーブルに置いてから、ソファから立ち上がるとダイニングで昼食の皿を洗っている智恵のもとに歩み寄る。
「あのう、智恵さん」
郁夫は声をかけずらそうに言うと、智恵は背を向けたまま「うん?」と言う。
「あのう、今からクラスの友達が家に来るって……いいかな?」
「ええー、珍しいね。別に大歓迎よ」
智恵はようやく振り返って水で濡れた手をハンカチで拭きながら笑顔で言う。
郁夫はこの時「女子の友達」と言いづらく、智恵は普通にOKを出した。
智恵はどこかご機嫌な面持ちで鼻歌を歌いながらダイニングを出る。
志恵留が郁夫の自宅にやってきたのは、それから20分後の事だった。
郁夫の自宅のインターホンが鳴って、出たのは郁夫本人。
家に来た時の志恵留は、レース付きの白のワンピースの袖は腕の肘の部分で断ち切れていて髪にはハーフアップの結び目に白の髪留めがある。
志恵留は履いていた白のサンダルを玄関できちんとそろえて「お邪魔します」と言ってから廊下を郁夫について歩く。
その途中にリビングから智恵が顔を出して、志恵留を見るとたいそう驚いたふうに目を丸くする。
志恵留は智恵に向かって笑顔で頭を下げる。
「あら?もしかしてあなたが郁夫くんのお友達?」
「はい、高林……郁夫くんのクラスメイトの榊原志恵留と言います」
「あらあら、女の子だったのねぇ、郁夫くんがいつもお世話になって。ゆっくりして言ってね」
智恵の笑顔は少しニヤニヤした感じで、志恵留を二階の郁夫の勉強部屋兼寝室に通す。
志恵留は部屋の中央にある小ぶりのテーブルの前に腰を下ろす。
郁夫は少し緊張した感じで志恵留と向い合せになるようにして座る。
しばらくして、智恵がトレーに乗せたオレンジジュースとクッキーを持ってきた。
智恵はオレンジジュースとクッキーをテーブルの上に並べる。
「郁夫くん、女の子ならそうと言えばよかったのに」
智恵は郁夫にこそっと耳打ちでニヤニヤしながら言う。
「いやぁ、言いづらくて……」
「何よぉ、将来うちに来る子なんだからぁ」
「うちに来るって、どういう……」
「なぁに、惚けっちゃってぇ」
智恵はニヤニヤしながら耳打ちをして部屋を出て行く。
志恵留は智恵が持ってきてくれたグラスに入ったオレンジジュースをストローで飲む。
「ねぇ、見せたいものって何?」
「あ、そうだった。実はね、私のお父さんが、朝見の写真持ってたの」
「え、どうして榊原さんのお父さんが……」
「うちのお父さん、当時の三組の生徒だったらしいの。それで、昨日お父さんが休暇で帰ってきて夜見山の実家から持ってきてくれてね」
志恵留の父の陽平は智恵と同い年で、二十八年前のクラスメイト同士だったそうだ。
その事は郁夫は忘れていて、今ようやく思い出し「あぁ、そうか」と言う。
志恵留は肩にかけていた白のショルダーバッグから古びた平たい小箱を差し出す。
くすんだ薄紅色の上蓋の隅に黒いインクで名前が書いてあるのが読み取れる。
おそらくこの小箱はお菓子の箱のようで、名前はお菓子メーカーの名前。
「中に何枚か写真が入ってるよ、一枚がそうなんじゃないのかな」
志恵留はそう言って小箱の蓋を開けて中を取り出す。
中には全部で八枚の写真が入っていて、そのうちの一枚がクラスの集合写真。
「一九八五年三月十六日、三年三組全員で」
裏に鉛筆でメモ書きがあり、三月十六日が卒業式の日のようだ。
2L判の色あせたカラー写真、クラス全員が写っているから、タイマー撮影をした事になる。
教室の黒板の前に集まって最前列の人は膝に手を当てて少し身をかがめ、二列目は直立、三列目は教壇の上に立っている。
二列目の中央に当時の担任の若かりし頃の敏夫と副担任の郁夫の実の母の郁代がいる。
敏夫は腕組みをして口元をくっと引き締めて目元と頬だけが笑っている。
郁代は太ももの前は手を合わせてほのかな笑みを浮かべている。
敏夫の斜め後ろに立っているのが、十八歳の時の智恵。
そして三列目の左から二番目の男子生徒が陽平で、隣の男子生徒二人と肩を組んで笑っている。
そして郁夫が真っ先に目にしたのは黒板に書かれた朝見桜子の執念らしき字。
「私を殺したのはこいつらだ」
下には三枚の写真が並んでいて、この写真では誰が写っているのかは分からないがおそらく朝見をいじめて殺した生徒の顔写真。
朝見の字は走り書きのようで、字は大きくて角ばっている。
「ねぇ、どれが朝見桜子さんだと思う?」
「え……それは、この人じゃない?」
志恵留の問いに郁夫は朝見らしき女子生徒の姿を指差す。
それは右端のぽつんと一人で写っている、二つ結びのみつあみで黒ぶち眼鏡をかけたいかにも地味めな女子生徒。
みんなと同じように少し緊張したような笑み、だけどそれはどこか悲しげで奥底には憎しみも混じったような感じ。
肩を落とし、両手をだらんと下げて「立っている」と言うよりも「浮かんでいる」「漂っている」感じがする。
「何か、変な感じがしない?」
「うん、他の部分に比べたら、そこだけまわりの空気が微妙に歪んでるよね」
志恵留の説明に郁夫は納得すると朝見の姿をまじまじと見る。
すると、トモさんと会った時と同じようなあの眼の奥の違和感を再び感じる。
たまらず郁夫は眼を強く閉じて、しばらくして眼をゆっくりと開く。
そしてもう一度朝見の姿を見ると、またトモさんの時と同じように妙な色合いが朝見の部分だけ見える。
そして今回は五秒ほど見えると、徐々に消えて行く。
「高林くん?どうかした?」
「あ、いや、ちょっと変な感じがして……」
「大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ」
郁夫は眼の奥の違和感が止むと、志恵留は他の七枚の写真を順に並べる。
一枚は中学生くらいの陽平と年の離れたその兄の陽介と、二人の両親が実家の玄関の前での家族の集合写真。
二枚目は陽平と志恵留の亡き母で郁夫の姉の志乃とのツーショット写真。場所はどこかの公園の噴水の前。
三枚目は小学校の低学年くらいの志恵留も加わっての家族写真で旅館かどこかの部屋。
四枚目は志恵留のいとこの恒一とお馴染みの鳴、勅使河原、望月、風見智彦と言う面々の並び。山かどこかで撮った写真。
中学生時代のもので、郁夫が亡くなった後くらいに撮られたようで、望月と風見は横に並んでいるのだが、なぜか望月は風見から一人分くらいのスペースを開けている。
おそらくこれが夏休みの合宿の時の写真。撮ったのは合宿で死んだ前島学。
五枚目は同じく恒一たちの中学時代のもので、卒業式の教室での集合写真のようだ。
裏にはメモ書きで「一九九九年三月十六日、三年三組のみんなと」とある。
六枚目は高林姉弟のツーショットで、志乃は高校生で郁夫は中学生とこちらは改竄されておらず、そのままだった。
裏には「志乃、十七歳。郁夫、十五歳」とメモがあり、この後くらいに郁夫が死んだ。
七枚目は高校の入学式くらいに撮られた志恵留の制服姿の写真だった。
「六枚目の写真は改竄されてなかったね」
「うん、当時なら僕は生れてないってことになるけど、本来はこっちが正しいから」
「朝見さんの写真はこの一枚だけね。お父さんも当時の記憶はないみたいだし」
志恵留は六枚目のツーショット写真を見ておもむろに呟く。
「やっぱりね」
「やっぱり、って何が?」
「似てたんだな、って。お母さんと高林くん」
「あぁ……そう見える?」
「うん、笑い方とか。私はお母さんに似てないけどね」
郁夫は確かに血のつながった姉弟なんだから似ていてもおかしくないと思った。
二人とも顔立ちは母親似で、郁夫も自分でもそう思っている。
しかし、志乃と志恵留とでは顔立ちは似ていなくて志恵留の方がどちらかと言うと幼いと言うか童顔。
志乃は少し大人びていて、郁夫の記憶だと志恵留の年の頃は20代くらいに間違われたこともしばしば。
志恵留はどう考えてもまだ中学生くらいにしか見えない。
「じゃあ、榊原さんはお父さん似?」
「うーん、お父さんにも似てない。恒一兄ちゃんと私を比較しても全然でしょ?」
「って、恒一さんはお父さん似って事?」
「うん、陽介伯父さんとお父さんは似てたし、恒一兄ちゃんはどっちかって言うとお父さん似」
志恵留と恒一の顔を比較するために一度郁夫は五枚目の集合写真の恒一の顔を見て「確かに」と思う。
恒一は顔立ちがスマートで、やはりこちらも大人びている。
「まあ、たまにいるよね。両親に微妙に似てない人って」
「うーん、私はそれとはちょっと違う」
志恵留は憂鬱そうな面持ちでそう呟く。
郁夫は「どう違うの?」と問う事が出来ず、首を傾げるしかない。
「今日は教頭先生……お父さんは仕事?」
「あぁ、うん。休みでもほとんど離れに閉じこもってるけどね」
「ふうん、家でも仕事するんだ」
「そう。仕事場兼寝室でアトリエとして使ってるらしいよ、絵とかも描くとか」
「へぇ、私は二階の工房、恒一兄ちゃんと同じでね。小説の方は自分の部屋だけどね」
「あぁ、そっか。荒川ルキアって榊原さんだもんね、いつ頃から小説を書いてるの?」
志恵留は少しだけ首を傾げてから答える。
「中三の時、始まりはケータイ小説なんだけどね」
「えっ闇の教室≠チてケータイ小説なんだ」
「うん、軽い気持ちで投稿したら大反響で……その後もいろいろ書いてる」
「ふうん、榊原さんの作風は結構好きだな、僕」
「……そう?」
志恵留は少し頬を赤らめて恥ずかしそうに再び首を傾げる。
「小説ってどういう感じに考えるの?」
「闇の教室≠ヘ人の死に快楽を受ける少女の話でしょ?あれって、実際に少年少女の犯罪である事なんだよ」
「へえぇ」
「ちょっと違うけど酒鬼薔薇聖斗事件≠烽サうでしょ?」
「あぁ、うん。一応その事件は、恒一さんと同い年の記憶で覚えてる。恒一さんの苗字で転校してくる時にちょっと引いちゃって」
「だろうね、恒一兄ちゃん自身も昔に苗字で嫌な思い出があるから。けど、どうしてか雅号は聖斗≠ネんだよね」
志恵留の自宅の「闇夜の訪問者」の人形作家の恒一の雅号は「聖斗」で、志恵留の言いたい事は郁夫にもわかった。
「きっと、そんな記憶を取り繕いたいんだと思うけどね」
「ふうんバッドメモリー≠ヘどういう感じで?」
「うーん、女の怖さはこの世で一番怖いんだからね、そう言うのを書きたかったの。私は人間の怖さって言うのを書きたくてね」
「へぇ、僕は今20歳の条約≠読んでる途中」
「あぁ、あれね。あれって大人になった時の私の勝手な条約的な話。ファンタシーみたいなかんじだね」
志恵留はどこか寂しげな眼差しで郁夫に話す。
そして郁夫は志乃とのツーショット写真をずっと握りしめていた。
夏休みも終われば九月に入り、新たな災いも降りかかる事を郁夫は予想していた。