朝見南の美術室で見つけたMDの修理が完了したと福島美緒からの知らせで五人は福島の自宅を訪れた。
香住町のマンションで、七瀬理央と八神龍もこのマンションで一人暮らしをしている。
四階建てのこの地域では大きめの建物で、最近に建てられたものなのかやけに外見が綺麗で真新しい雰囲気。
マンション名は「新羅マンション」と言う。
土曜日の午後三時過ぎに高林郁夫は福島宅を訪れ、部屋へと通してもらった。
福島は薄手の白い長袖のシャツで、デニムのハーフパンツ姿。
一方郁夫は、まだ半袖の紺色のシャツに黒のジーンズ。
福島の部屋、と言うよりもマンションの一室は学生の一人暮らしにしては結構広々としていて、部屋の数も四部屋ほどある。
郁夫が福島に案内されたのは勉強机やベッドの置かれている六畳間の和室だった。
家具は女子らしい白やピンクなどが多くて、きちんと整理整頓されている。
部屋にはすでに榊原志恵留(シエル)たち三人が畳みに腰をおろして郁夫が来るのを待っていた。
「待ってたよ」
七瀬は片手を挙げて郁夫に座るように誘って、郁夫は志恵留の隣にゆっくりと腰を下ろす。
七瀬は蛍光色の目立つ派手なロングTシャツに水色のズボン。
八神は白のシャツに黒のジーンズと七瀬と並ぶとかなり存在感を失ってしまいそうな服装。
志恵留は白のレースの付いたブラウスにデニムのスカート。
続いて福島が七瀬の隣に座って、手元にはMDとMDプレイヤーが用意されている。
福島は緊張しているのか、自分の肩までのセミロングの髪を指で弄ったりしている。
「ん、と……じゃあ、聞こうか?」
志恵留がそう言い出すと全員が同じように頷いて福島はプレイヤーを畳の上に置いてMDをセットする。
セットしている時の福島の手はぎこちなく、セットする時に手がプルプルと震えているのが目立つ。
「それじゃあ……」
福島の合図で郁夫はゴクリと息を呑んで、福島は再生ボタンを押した。
それで……その後、あったのがだな。俺らは怖くて校舎から飛び出したんだよ。
俺の友達の風見智彦って奴なんか怯えてて、自分の理性かなんかを失ったように呆然としてて……。
体育館に避難した後、天候は酷くなる一方だったんだが……幸いにもそれ以上の死人は出なかった。
二人も死んじまって、もうどうしたらいいのか分からなくてさ、俺は田沼と一緒に体育館にいる奴らを励ましてたんだ。
怪我人も少数だったがいたんでね、他にも望月とか赤沢泉美とか見崎鳴とかも一緒にいて……。
赤沢と望月も避難する際に階段から転げ落ちて足とか手を捻挫してて……。
その時、クラスの奴で精神的に芳しくなかった奴も数人いて……そいつらがついに爆発しちまいやがったんだ。
ヒステリーって言うのかな?まぁ、そんな感じで……「死にたくない」とか「もう、やめてくれ」とか騒ぎ始めて。
俺らも必死にそいつらを抑えたんだが、どうにも酷くて、手に負えなかった。
そしたら暴れ出した奴の一人が、体育倉庫から掃除のときに使うモップを持って……あの時は悲惨だったよ。
壁とか叩きだして、そしたら近くにいた見崎とか小椋由美に当たって怪我したんだよ。
見崎は胸を打ちつけて、小椋は左腕を打撲して……。
他にも怪我人はいたと思う、俺が覚えていたのはそのくらいだ。
それで、その後だな。問題は……田沼がある男子生徒≠ニ一緒にいたんだよ。
田沼とそいつは体育館裏に行って……あぁ、この先は田沼本人からの方がいいな。
田沼、後は頼んだ。
あ、えっと……勅使河原と変わって俺、田沼望がこの先の事を言う。
この先の事は俺しか分からない、って言うか、知らない事なんだよ。
最初に言っておくが、俺はまだ小学生だった頃に近所の朝見山川でおぼれて死にかけた経験があるんだよ。
いわゆる臨死体験ってやつだな、その時の事は今でも覚えてるよ。
話を戻すが、その男子……■■って言うんだけど、ちょっと裏に行って気を落ち着かせようと思って一緒に裏まで行ったんだ。
まだ雨が降ってて地面もぬかるんでて、それで俺、そいつと掴み合いの喧嘩になったんだ。
原因は覚えてないんだけど、たぶん、くだらない事だったと思う。
最初は口喧嘩だったんだけど、それがだんだんとエスカレートして言って、俺の方から突っかかる感じで掴み合いになったんだ。
そいつとは喧嘩した事なんて一度もした事なかったんだが……その時は本当にすさまじい感じだったよ。
それで、俺……■■の事を強く押したんだ、押したって言うか殴った感じだったと思う。
そしたら、■■は後ろに倒れて……その時、丁度岩があって、そこに■■は頭を打ち付けたんだ。
アイツは頭から血を流して、俺は慌てて■■の身体を揺さぶったり脈を測ってみたんだ。
だけど……ダメだった。■■は死んでたんだ。
俺は大慌てで体育館に戻って、先生たちが来るのを待ってたんだよ。
俺は勅使河原たちに■■の事を聞かれるのが怖くて、ずっと大人しく一人で黙ってたんだ。
けど、いつまでたっても■■の事を気にする奴はいなくて、俺の方から勅使河原や望月に聞いたんだ。
「■■はどうかしたのかな?」「いくら待っても帰ってこねえよな」って……そしたら、二人とも変な顔をするんだよ。
「おい、大丈夫かよ……そいつって■■って誰だよ」って。
俺は気か変になるかと思ったよ。他の奴に聞いても同じような反応をするし……。
だから俺……気になって確かめたんだ。アイツが死んだ体育館裏を調べたら……なかったんだよ、死体とか血痕とか、綺麗になくなってて。
それで、もしかしたら■■が死者≠セったんじゃないかって、そう思って調べたんだ。
それで分かったんだ、■■は俺らが入学する六年前に、年上のいとこが三組で、■■はその時の災厄≠ナ事故死してたんだ。
アイツが死者≠ノは間違いないんだ。勅使河原の話じゃ死者≠ェ死ねば災厄≠ヘ止まるって言うんだ。
本当かどうかは今のところ曖昧なんだか、俺が言いたいのは死者≠フ見分け方なんだよ。
さっきも言った通り、俺は一度死を見てるんだ。
それで、俺は高校に入ってからなんだが死≠フ色が分かるようになったんだ。
言葉じゃ表せない……赤とか青とかじゃなくて、絶対にこの世にはない、そう言う色なんだ。
クラスの見崎も眼の事で死にかけて、左目で色を見る事が出来るんだが、見崎は本来なら死者≠煬ゥ分けられるらしいんだが、今回はなぜか見えないらしい。
死者∴ネ外の、死人とか重傷・重病者とかなら見えるって言ってた。
俺も見崎と同じような感じで、俺の場合は両目でだな。
それで、俺はその死者≠フ■■の事を、前々からその死≠フ色で見る事が出来てたんだ。
なんていうか、■■に重なって死≠フ色が見えてたんだ。
たぶん、これは俺の勝手な推測なんだけど、これって臨死体験をした奴が見る事が出来るんじゃないかって思うんだ。
見崎の場合は臨死体験はしてるが、両目がないから見えないってことなんだと思う。
俺も片目を閉じている時は見えないんだ、きっとそうなんだと思う。
クラスに臨死体験をした奴に聞けばわかるはずだ。そいつはきっと死者≠見分けられるはず。
高校に入って突然、病院とかに行ったら患者さんに妙な色が見えたら俺と同じ力があるんだ。
きっと、この力は卒業すれば消えると思う。
いいか?重傷でもなく重病でもないはずなのに、クラスの生徒で死≠フ色が見えた奴が死者≠セ。
これは運が良かったら見分けられると思う。百パーセント、クラスに臨死体験者がいるとは限らないからな。
分かったな?死≠フ色で死者≠見分けて、それで死者を死に還す
これが始まった災厄≠止める方法だ。
ここでMDは終了した。肝心な死者≠フ名前は雑音が酷すぎて聞きとれなかった。
これはこのMDが本物であることを記す手がかり。
福島は黙ってMDをケースにしまうと、周りにいる四人の顔を見渡す。
「手がかりってあるんだね」
志恵留は視線を下に向けたまま、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。
七瀬は「そうだね」と、志恵留と同じくらいの声の大きさで呟く。
「肝心な臨死体験者って言うのがクラスにいるかって言うのだけど……いる、と思う?」
「うーん?難しいところね。臨死体験ってなかなかないから」
七瀬は茶髪のショートヘアーを掻きまわしながら尋ねると、志恵留が小首を傾げながら答える。
八神は眉をひそめて黒ぶち眼鏡のブリッジを押し上げる。
「まぁ、この中にいるかいないかだけでも確かめておくか」
八神がそう言うと、五人はお互いの顔を見合せながら誰一人として名乗り出ない。
その時の郁夫は名乗り出ようか出ないか迷っているところだった。
夜見北の死者≠ニして蘇る前に死んで臨死体験と言えば臨死体験な事を経験している。
しかし、これも範囲に入るかどうかで郁夫は自分がそうだとは言いだせなかった。
「いない、みたいだね。じゃあ、私の方からクラスの人に聞きまわろうか?」
「うん、七瀬さんなら大丈夫だと思うし」
臨死体験者がいないかどうかは七瀬の方から探りを入れてみるようだ。
この時、郁夫の脳裡では「僕は臨死体験者?」と言う言葉が何度もよぎっていた。
『二〇十三年十月二十七日』
十月も終わりを迎えようとしていた頃、中間テストの一日目だった。
今回の教科は英語、理科、数学と言う並びで、今は三つ目の数学だった。
数学の試験監督は担任の風見智彦で、数学担当教師でもある。
テスト用紙が配られ「では始めてください」の指示と共に静まり返る教室。
シャープペンシルを走らせる音、ときおり遠慮がちな咳払いや低いため息が重なる。
だいたいの学校の試験はどこも似ているようなもので、中学の方でも同じような空気。
特に数学は高校になって難しくなって途方に暮れている生徒は少なくない。
郁夫は今回の試験はかなり勉強をしてきたので自信はあった。
英語と理科も(特に理科)試験終わり前に終えて、見直しをする余裕まであったくらい。
開始から三十分ほど経ったところで、郁夫はシャープペンシルを机に置いて解答の見直しをする。
間違いがない事を確かめると答案用紙を裏返して、カンニングにならない程度に教室を見渡す。
まだ頭を悩ませながら解答をする生徒はほとんどで、隣の志恵留は早々と済ませてぼうっとしている。
成績トップクラスの志恵留はいつもこんな感じで、中学でも同じような感じだった。
郁夫は机の方に視線を向けて脳裡でいろいろな事を考えていた。
少し前に志恵留の机の上で見たあの落書きがフラッシュされて浮かび上がる。
非在者≠ヘ、誰―――?
あれは志恵留本人が書いたものだと言う事は志恵留から聞いた。
郁夫が何であんなものを書いたのかを尋ねると。
―――何となく……書いておこうと思ったから……。
その時の志恵留の表情は笑顔だったのだが、どことなく堅苦しくていつものような優しい笑みではなかった。
志恵留の「何となく」と言う言葉はどうもふに落ちないのが郁夫の本音。
何か理由があるんじゃないのか?非在者≠ノ関する重要な事でもあるんじゃないのか?
郁夫はそう思ってならなかった。
あと一つ、MDにあった臨死体験者の事だった。
あれから七瀬が探りを入れたのだが、そう言うクラスメイトはいないと言うのが調査結果だった。
念のために郁夫のそれなりの人数に聞いてみたのだ。
話しやすい栗山典子や杉本誠や西川博人や蓬生修と言う生徒なのだが、みんな口をそろえて「ないと思う」と言っていた。
そして郁夫の脳裡には、自分が臨死体験者であるのではないか?と言う事だった。
十五年前に災厄≠ナ病死して、臨死体験のような体験をして今は生き返っている。
なのだが、臨死体験と言えるかどうかと言うのが一番の問題だった。
死んだ時の記憶は断片的にしかなく、田沼望の言う死≠フ色を見た事がない
ん?本当にそうなのか?……本当はとっくにあるんじゃないのか?
自分が気づいていないだけで、本当はすでに……。
それに、最近多い眼の奥の違和感とか、妙な色とか……それが死≠フ色だとしたら?
だとすれば、僕が死者≠見分けられるんじゃないのか?
そう思って郁夫は自分の両目を両掌で覆って考え出す。
郁夫は間違いはないと確信を持って両手を離すと自分の目で掌をまじまじと見る。
そして開いていた掌をギュッと手を握りしめて口元を引き締める。
その時、試験中の校舎だという状況にはあまりにもそぐわない、ずいぶんと慌ただしい足音が近づいてくる
その足音が教室の前でピタリと止まると教室のドアがガラッと開いた。
「風見先生!」
ドアを開けたのは美術教師の見崎鳴だった。
ややあって試験監督中の風見が「どうしました」と言って鳴のほうに歩み寄る。
「たった今、連絡があったんですが……」
聞きとれたのはここまでで、途中から声のトーンが下がった。
鳴は少し息を切らしながら肩を上下させて、いつも通りの冷静と言うか冷たい表情で風見に小声で何かを告げる。
すると、風見は鳴とは違って素直にかなり驚いていると言うか、青ざめたような表情で試験中の七瀬のほうに歩み寄る。
七瀬はシャープペンシルを持ったまま、風見に小声で事情を聞くと先ほどの風見と同じような反応をする。
事情と言うのは鳴が冷静なだけでとても重大な事か、あるいは風見と七瀬の反応が大きすぎて大したことではないのか。
その答えは聞かなくとも郁夫にははっきりと分かった。
七瀬は慌てていると言うよりかは呆然としたような表情で椅子から立ち上がると、ロッカーにしまっていたカバンを引っ張り出す。
そしてフラフラとした足取りで教室を出ると、そこで試験が終了した。
列の一番後ろの席の生徒がテスト用紙を回収し終えると、まだ教室の前に立っている鳴に郁夫は声をかける。
郁夫の隣にはどうしても事情が知りたそうな志恵留がいる。
「あの、七瀬さん、どうかしたんですか?」
「……実はね」
鳴は先ほどと同じような表情だが、近づいてみると青ざめている表情。
声のトーンを幾段か落として行きながら事情を説明する。
「実はね、夜見山に住んでいる七瀬さんの両親と二つ年下の弟さんが……火事で亡くなったそうよ」
冷淡な口調だが、どことなく恐怖や警戒しているような雰囲気で鳴は告げた。
その場にいた郁夫と志恵留は思わず声を失ってしまった。
あのお調子者の七瀬が呆然としながらフラフラと帰ってしまうのは分かる気がする。
「自宅が火災にあって、自宅にいた両親と弟さんは焼死したらしいけど……」
「そ、そんな……七瀬さんの……」
郁夫はその先の言葉を言えず、言葉を詰まらせる。
朝見山の隣にある夜見山は災厄≠フ範囲内で、だから七瀬の家族が死んだと言う事は分かった。
「七瀬さんは、今から三人の遺体のある夜見山に向かうそうよ」
そのために帰ってしまった七瀬、今はどんな気持ちでいるのか郁夫には考えたくもないと思えた。
その時、鳴は郁夫と志恵留の後ろに視線を向ける。
郁夫が後ろを振り返ると、そこには八神が青ざめた表情で呆然と立ち尽くしている。
「八神……くん?」
郁夫が問いかけても八神は返事をせず、口をもごらせる。
「七瀬が……そんな、七瀬の家族が……」
壊れたからくり人形のように、ずっとその言葉を繰り返している。
七瀬の家族の死はクラス全体に広まるのには時間はかからなかった。
十月の死者はこうして七瀬の家族となった。
修学旅行まで、あと少し、クラスには不穏な空気が流れ始めている。
郁夫は十一月の夜見山での修学旅行で、不穏な出来事が起こると予想していた。