ここは全年齢対応の小説投稿掲示板です。小説以外の書き込みはご遠慮ください。

アサミ 第十九話「修学旅行」
作者:ひいらぎ 由衣   2012/05/21(月) 18:00公開   ID:LQ8Pd4ylDqI
予定通りに修学旅行は決行される事となった。

朝見山の隣の都市、夜見山の「夜見の山」と言う山の付近にある旅館に泊まる。

朝見山から夜見山まではバスに乗ってやってきた。

二泊三日、お世話になる旅館は「雪桜旅館」と言い、名前の由来は旅館の女将の名前とここの地域は桜が綺麗に咲くことからだそうだ。

建物は和をイメージしたもので、門から玄関までの間にささやかな鯉の池や竹などがある。

修学旅行の不参加者は十人いた。青木美穂、柿原涼子、沢渡哲也、澄川陸、瀬野薫、瀬和隆登、高橋直子、辻原隆馬、松本蓮。

その他は参加をしていて、十月の終わり頃に両親と弟を火災で失った七瀬理央も来ている。


「やっぱり不参加者はいるね」


高林郁夫はクラスの参加者の人数を数えながら言葉を漏らす。

その隣にいる榊原志恵留(シエル)は「そりゃね」と憂鬱そうな表情で言う。


「七瀬さん、大丈夫なの?……その、家族の」

「んん?大丈夫っ、こういうのは何となく察してたし、エルちゃんが心配しなくてもいいよ」


家族の死の知らせを聞いた時は呆然とショックを隠せなかった七瀬も、今では前のようなお調子者に戻っているが、本当は未だにショックを抱えている。

その事はクラスの誰もが、と言うより担任の風見智彦でさえ分かっている事。

この修学旅行でも、もしかしたら誰かが死に引き込まれてしまうかもしれないと思っている。

そんな不安を抱えつつも、二年三組の生徒たちは風見に連れられて「雪桜旅館」の館内へと入る。

館内は外見と同じで、和風な感じで足元の絨毯は蓮の花をイメージしたような柄で壁は木目がはっきりとある。

旅館全体の形を簡単に表すと、五階建てで北側は玄関で南側に向かってコの字形の構造。

旅館の女将は菊菜と言う名前で、薄桃色で白のユリの花が裾に刺しゅうされている浴衣の四十過ぎのほっそりとした女性で黒髪美人で鼻筋が通っている。

菊菜の夫は憲三と言う名前、青の背中に筆で書かれたような字で「雪」と書かれた半被を羽織ったふちの太い眼鏡をかけた無愛想な感じでふくよかな男性。

二人は二年三組の生徒たちが来ると出迎えに来てくれた。


「いらっしゃいませ。今日来ていただけるのを楽しみにしてましたよ、さあさあ、ゆっくりしていってくださいな」


菊菜は優しそうな笑みで気味が悪いくらいに大歓迎して、ロビーで館内の説明をする。

従業員はこの二人を入れて三十人程度、館内は広々としたホールや食堂などに加えて、相当数の部屋が備わっている。

クラスでは基本的に部屋は五、六人一組で使う事となり、もちろん男女別。

部屋にはトイレと浴室もあるのだが、入浴は大浴場を使う。露天風呂もあって、男女で別れている。

郁夫は八神龍、井川隆二、杉本誠、田中拓郎、西川博人、蓬生修と同室で部屋は「菊の間」と言う。

志恵留はもちろん七瀬、福島美緒、神崎千代里、栗山典子、谷川綾香と同室で「桜の間」と言う部屋。

他には奥村千穂、川村直美、椎名ふれあ、野々村飛鳥、和田理沙ら五人が同室で「ユリの間」と言う部屋。

岸本竜太郎、志村礼二、曽輪蘭丸、辻原隆馬、本庄誠也ら五人が同室で「ツツジの間」と言う部屋。

こんな割り振りで部屋は決定した。








郁夫ら六人は旅館の三階にある「菊の間」に入って畳の隅にリュックサックを固める。

部屋には八畳間の和室で、中央にテーブルがあって和室の向こうには灰色の絨毯の敷かれた小さな空間があって窓の隣にテーブルと二つの椅子がテーブルを挟むようにして設置されている。

郁夫たちはまず、疲れた体を休めようと畳の上に腰を下ろすと各々にぼうっとしていたり、悩ましげに眉をひそめていたりする。

この男子六人の中で一番悩ましげだったのは八神であった。

幼馴染と言うか「犬猿の仲」の七瀬の家族なあんな事になって、どうしたらいいのか悩んでいるようだ。


「ねぇ、高林くん」


八神は畳の方に視線を向けて、あぐらをかいて幾段か声のトーンを落としながら言う。


「ん?」

「もしも、もしもさ……死者≠ェ誰か分かったら、どうする?」

「え?そんなこと言われても……どうするって」

「そうだよね、君はきっとそう言う度胸って言うか死者≠ナも人を殺すなんてね、僕だって……」


八神は意味深なふうに切れ切れの口調で言う。

郁夫は「どうしたの?」と聞く勇気もなく、何となくの感じに頷く。


「おいおい、八神大丈夫かよ?」


そう言ったのは少し長身のひょろっとした黒髪の井川。


「最近元気ないよな?七瀬の事からだろう?」


スポーツ刈りの西川は茶化すような口調でニヤニヤしながら言うと、八神は真面目な感じにムッとする。

天然パーマと言うか癖っ毛で中肉中背の田中はそれに対して苦笑する。

声の出ない蓬生はもちろんホワイトボードにマーカーペンでさっさと走り書きで字を書く。

そして書いた文字を八神に対して見せる。


「七瀬さんのことが心配?」


その文字を見た八神は肩を落として再びムスッとすると正直に頷く。


「ほほう、やっぱり喧嘩するほど仲がいいって本当なんだなぁ」

「違うよ、アイツがああいうふうに元気なかったら気が狂うだけ」


茶化す井川に八神は冷淡な口調で言うと井川はニヤニヤする。

その反応を見た八神は苛立ったのか、眉をぴりっとひそめると両手を頭を後ろで組んで寝転がる。

八神は寝転がると当時に小声で「アイツは俺が守るんだ」と呟いた。







その日の消灯時間目前、郁夫は廊下から部屋に戻ろうと廊下を歩いていた。

紅色の絨毯がふかふかしていて、壁には部屋のドアの間に美しい花の絵が飾られている。

郁夫はジャージ姿でパタパタと上履きのスリッパの音を鳴らしながらトボトボと歩いている。

消灯時間目前なので、数人の生徒が慌てて部屋に戻って行くのが分かった。

今は二階の廊下で郁夫は階段を上って行こうと、階段に一歩を踏み出そうとした時だった。

近くからシャッシャッと言う何かを石か何かでこするような音がした。

郁夫は身震いをさせながら音のする方に歩いて行くと、そこには物置部屋のようなところがあった。

薄らとドアが開いていて、郁夫はドアの隙間から部屋の中を覗く。

すると、そこには研ぎ石で包丁かナイフを研ぐシルエットが見えた。

郁夫はそのシルエットを見て「あぁ、あの人か」と思ったのだが、さすがに気持ち悪かった。

郁夫は慌てて部屋から離れて階段を駆け上がって自分の部屋に戻る。

今にもそのシルエットの人物が追いかけてくるんじゃないかと思って息を切らして部屋に入った。

部屋には床一面に布団が並べられていて、郁夫の慌てっぷりを見た杉本が。


「おいおい、どうしたんだよ。変なもんでも見たか?」

「あぁ、いや……何でもないよ」


郁夫は笑って誤魔化して八神の隣の布団に座る。

それとほぼ同時くらいに見回りに来た風見が部屋に入ってきた。


「消灯時間とっくに過ぎてるぞ」


風見がそう言うと「はぁーい」と言って全員が布団にもぐる。

そして風見が電気を消して、あたりが真っ暗になっても誰かの話声はこそこそとする。

その時、郁夫の脳裡では物置部屋で見たあのシルエットが浮かび上がっていたのだった。







二日目の午後八時半過ぎ、郁夫は風呂上りにジャージ姿になってから部屋に戻った。

入浴する前から外は雨で、風もびゅうびゅうと吹いている。

郁夫は部屋の大きな窓から外を見ると、建物の脇にある倉庫の小さな窓から光が漏れている。

女将の菊菜かその夫の憲三が何かを探しているのだと郁夫は思った。

大浴場の露天風呂にも入って、郁夫は満足するとリュックに入れていた携帯電話を取り出す。

携帯電話を開いて液晶画面を見ると、新着が一件入っているのが分かった。

メールの送り主は志恵留、郁夫は小首を傾げながらメール文を読み上げる。


「午後九時の自由時間に一階のロビーに来てほしいの」


郁夫はその文面を不思議そうに読みあげてから携帯電話を閉じようとした。

その時、郁夫のすぐ後ろからそのメール文をまじまじと読み上げる田中の声がして郁夫は驚いた。


「わっ、田中くん!一体何?」

「すまない、けど、あの榊原からお誘いなんてすごいねぇ」


田中はやはり少々茶化すのだが、冗談半分で笑うだけ。

いやいや、後ろの杉本くんがいるんだけど。―――と、目線で田中に言いながら杉本の方を見る。

杉本は郁夫の方を少し嫉妬したふうに睨みつけている。

郁夫は恥ずかしさと申し訳なさで、田中を振り切ってすぐさまロビーへと向かう。

途中で、何人かの生徒に「どうした?」と聞かれたのだが、郁夫ははっきりと答える事は出来なかった。

少し曖昧な言い方で「ちょっと、ロビーへ」とだけ言って振り切る。

そうこうして約束のロビーへ行くと、志恵留がロビーのソファに腰掛けて待っていた。









郁夫は志恵留に「お待たせ」と言うと志恵留は郁夫に隣に座るように勧める。

郁夫は志恵留の隣に腰を下ろすと「どうしたの?」と用件を聞く。

志恵留は少し言いづらそうに視線を押し元に落としてからボソッとつぶやく。


「私と、野恵留の事」


志恵留の言う「野恵留」とは、四月の七日に病死したと言う安田野恵留(ノエル)の事。

志恵留との関係は志恵留本人からは「友達」とだけしか聞いていない。


「安田さんがどうかしたの?」

「私と野恵留は友達、だけど本当はそうじゃないの=v


志恵留は膝の上に乗せている手で自分の膝をさすりながら言う。


「私のお母さん、生きていたら三十二歳でしょう?」

「そ、そうだね」


郁夫の姉でもある志乃、一昨年に亡くなっていなかったら本来は三十二歳。


「それっておかしいでしょう?」

「おかしいって?」

「だとすればお母さんは、十五歳の時に私を生んだってなる。お父さんは四十四歳だからそんなに不自然ではないけど」

「うーん?そう言われれば早いよね」


郁夫は首を傾げて、口を挟む。


「うちのお父さんのね、親戚に知恵って言う人がいてね。その人は今から二十年前に村井って言う人と結婚したの。二人はそれから三年後に子供を産んだの。

それね二人≠セったの、いわゆる双子。一卵性でどちらも女の子で二人は幸せな家庭を築けると信じてた。けど、ダメだったの」

「え?」

「双子を出産してから四年後、その村井夫婦は交通事故に遭って亡くなったの。それで、その当時四歳の双子は別々の家庭に引き取られたの。

姉の方は安田って言う旦那さんの方の親戚に、妹の方は妻の親戚の……榊原って言う新婚夫婦にね」


郁夫はそこで全てを悟れたような気がした。これで謎が解けたような気がした。

まさか……じゃあ、もしかして……。


「その双子ね、姉が野恵留で妹が志恵留って言う名前だったの」

「あぁ、だから似たような変わった名前だったんだね」

「そう。この事実を知ったのはつい最近なんだ、夜見山の自宅のお父さんの書斎の当時の日記を見つけて……そこで知ったんだ。

お父さんに問い詰めたら、何も言わなくて。きっと一生隠そうと思ったんだと思う。だから……災厄≠ナお母さんの死の理由の時にちょっと不審に思ったんだ」

「けど、それは死者≠ナあった僕に姉≠ニ言う理由でなんだね」

「うん、そうだと思う。正直ショックだったし、でもね、姉の野恵留には会いたいって思って、お父さんにお願いしたらOKしてくれたの。

一卵性だから彼女とは顔立ちがとても似てたけど、性格だけは違ってた。野恵留のほうが活発で社交的で……」


あぁ、だから病院であんな事を……。

―――私の可哀想な片割れ。


「お父さんとお母さんと顔が似てないのも頷けるでしょう?」


―――うーん、それとはちょっと違う。


「じゃあ安田野恵留は君の双子の姉として死んだ。だから範囲内≠ニ言う事は僕が来る前からすでに始まっていた≠ニ言う事?」

「そう。高林くんが転校してくる前から……始まっていたの」

「どうして、それを言わなかったの?」

「曖昧だったから。義理の兄弟は範囲内でも、血の繋がっていても一緒に家族としてではない野恵留がそうなのかって……自信がなくて」

「じゃあ死者は僕以外のだれか≠ニ言う事なんだね」


志恵留は郁夫に向かって頷くと郁夫は掌を握りしめる。


「じゃあ、一体だれが……」

「そこまでは分からない。って言うか……あなたのほうが分かっているんじゃない=H本当は」

「何で?」

「あなたは夜見北で死者≠ニして死を見たでしょう?それも臨死体験と同じ。あたなが気づいていないだけで、本当はあなたが切り札よ」

「あぁ、それは……」

「分かってるの?」

「……」

「誰なの?死者≠ヘ……一体」


志恵留は真剣な表情で問いかけると郁夫は言葉を詰まらせてしまった。

本当に分からなかったのだ。一体誰が死者≠ネのか、これまでにいろいろな死≠フ色を見てたまに妙な時も見える。

生きている人間にも、重病・重傷者には薄らと見えるのでたまに混乱する。


「分からない……」

「どうして?」

「いろんな人にも見えて……どれが本物なのか。分からないんだ」

「思いだして。生きているはずなのにはっきりと見えた人」


郁夫は答えに戸惑ってしまい、首を横に降るしかない。

今まで見えた人は数多くいて、クラスの成員に見えたかどうかも曖昧なところ。

だけど、一人だけはっきりと見えたようなそんな気もする。

誰だっただろう?

あの死≠フ色と重なってその人の顔が薄らと見えたような気もする郁夫。

だけど、それが一体だれなのか。それが分からない。

志恵留は真剣な表情で答えが返ってくるのを待ち望んでいる。

その時、向こうから誰かがかなり慌ただしい感じにスリッパで走ってくる足音がした。

振り返ると、その人物は二人の座っているソファに駆け寄る。


「ああっ!」


郁夫は時と場所も忘れて、大声をあげてしまった。


「七瀬さん!どうしたの!?」


走ってきたのは茶髪の髪が汗で額に張り付いて、息を切らして肩を上下させる七瀬。

表情は青ざめていて、こわばりきって何だか焦点が定まっていない眼差し。


「エルちゃん!高林くん!私……不味事に……」


その頃、三階の廊下の隅では、八神が置かれていた花瓶で頭を殴られて血を流して倒れていた。

■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
盛り上げって来たでしょうか?

そうだといいですね。

さあさあ、終盤に入ります!
テキストサイズ:10k

■作品一覧に戻る ■感想を見る ■削除・編集
Anthologys v2.5e Script by YASUU!!− −Ver.Mini Arrange by ZERO− −Designed by SILUFENIA
Copyright(c)2012 SILUFENIA別館 All rights reserved.