「帰ったぞ〜」
キャエーデは基地につくなり真っ直ぐに香月の部屋を訪れた。依頼完了の報告のためだ。
夜遅いため寝てる可能性も考えたが一応念のためとの考えだ。
「あら、早かったわね。それはそれとしてシャワー浴びて着替えてから来なさいよ。
血だらけじゃない」
「え?あ・・・」
あわてて身なりを確認すると確かに返り血でスーツが赤くなっていた。
「まぁ許せ。それより忽然と消えてしまった14人、どういう風に扱われるんだ?」
ベッタッリと付いた血など意に介さず話を続けるキャエーデ。
「さぁ?帝国側で救助したってことにでもなるんじゃない?」
興味なさそうに答える香月。
「じゃぁ俺はシャワー浴びて寝るぞ?」
話は終わったとでも言うように、背を向けドアに向かうキャエーデ。その背中に香月は一つの質問を飛ばした。
「どんな気分だった?楽しかった?それとも辛かった?」
「………何も感じなかった」
少し考えるそぶりを見せ、短くそう答えると彼は部屋を出て行った。
「何だこれは・・・」
天元山、昨日まで一つの集落があった場所に立つ一人の男。
帝国本土防衛軍、沙霧 尚哉大尉。
帝国軍で救助作戦があったと聞いて、真偽を確かめるべくここに来たのだが、その光景に言葉を失っていた。
よく見なければ気付けないが、所々に血の跡。木片。そして弾痕。
(これが国のやることか・・・・?)
彼は一つの決意を胸に、首都へと戻っていった。
「んぁあ〜〜〜ねみぃ・・・」
「あ、キャエーデさんおはよー」
朝起きてPXに行くといつもの笑顔で珠瀬が挨拶してきた。
「ん、おはよ。白銀は?」
「タケルさんなら皆と一緒に向こうに・・・」
珠瀬が指を刺すほうには人だかりが出来ていた。そこにはTVがある。
『―――火山活動の活発化に伴い昨夜未明…帝国陸軍災害派遣部隊による不法帰還者の救助活動が行われました。現場では大きな混乱も無く14名が無事保護されたと―――』
「クククッ………」
思わず小さく笑みをこぼすキャエーデ。
(情報操作もここまで来ると滑稽だな)
災害派遣部隊など動いていない。そもそも14人は救助もされていない。それなのにこの報道とは・・・
そんな彼を見て眉をひそめる者が一人。
「そなた、なぜこの報道を聞いて笑っていられる?」
「何だ御剣、14人が救われたんだろ?笑っちゃいけねぇか?」
「まさかそなた本気であのような報道を信じているのでわあるまいな?」
「ハッ!どうせ強制退去だろうに」
「わかっているのならなぜ!彼らは元々あの地に住んでいたのだ。
危険を覚悟で故郷に戻った者たちを・・・
難民キャンプに放り込んでいるのだぞ・・・
それを・・・なんとも思わぬのか!?」
今にも掴みかかりそうな勢いで怒鳴る御剣。一方キャエーデは
不遜な笑みを崩さない。
「今は個人の望みを優先するときじゃねぇだろ?」
「これまで誰もがああやって国のためと言いながら力なき者に負担を強いてきたのだ。
力のある者が力の使いどころを弁えておらん!!」
「・・・ふぅ」
キャエーデは目を閉じ、一つ小さく息を吐いた。
「一つ面白い話をしてやろう。一人の傭兵のお話だ」
「・・・なっ!?今はそんな事は・・・!」
「まぁ聞け。
彼はかつて、全人類の為に、世界を牛耳る企業を相手に戦い続けた。
そんな彼に一つの依頼が届く。内容は端的に言うと1億人の人間を殺すことだった。
おかしいと思わないか?人類の未来の為に戦ってる奴に1億人を殺せなんてさ。
でも彼はその依頼を承諾した。1億人の人間を殺したんだ。
相手は無力な一般市民だぜ?でも殺したんだ。
具体的になぜそんなことが必要だったのかはわからない。でも確かにそれが必要だったからやったんだ」
そういい、一息つく。目を開き、真っ直ぐに御剣を見据え、言った。
「御剣、お前には出来るか?BETAを滅ぼすのに必要だからと1億人の人間を殺せるか?
お前には無理だろうな。大きなことを成そうと言うのに、たかだか無力な市民を優先しようと考えるお前には!
お前の言ってることは民間人の言い分を優先した結果作戦が失敗しようが人類が滅びようが構わないってことだ!!
・
・
・
そんな奴に戦いは出来ない」
兵士とは無情なものだ。昨日までの隣人、戦友、家族、それらさえも命令一つで殺せなければ兵士など務まらないのだ・・・
―――ガチャンッ!―――
静寂を打ち砕く皿の割れる音。見ると彩峰がそこに居た。彩峰は顔を背けると走り去ってしまった。
「んぁ〜〜〜もしかして不快だったか?言い争うつもりは無かったんだけどねぇ」
先ほどまで彩峰がいたところを見ると封筒が落ちていた。
「こいつは・・・彩峰のか?」
封筒を拾い上げ首をかしげるキャエーデ
「キャエーデ、そなたは彩峰を追ってくれ。ここは私が片付けておく」
「わりぃな御剣。頼むわ」
彩峰を追ってPXの外へ駆け出すキャエーデ。
しかしその時には既に彩峰を見失っていた。
「あ〜あ、どこ行ったんだ?」
何となしに封筒に視線を落とす。
「送り主は・・・津島萩治?」
しかしそれよりも気になることはこの封筒はまだ封を切られていないことだ。
それ自体に不信は無いと思うかもしれないがここは軍だ。本来基地に届けられた手紙は中身を確認される。その上で検閲印を押される。
しかしこの封筒は封がしたまま。なのに検閲印は押してある。
「まぁいい。本人に直接聞こう」
当てが無いので当人の部屋に向かう。
「入るぞ?」
ドアを開ける。しかしそこには誰も居なかった。
机を見ると同じ人物からの手紙が7通。その全てが封をされたまま、検閲印が押されていた。
(まさか何かきな臭いことに彩峰が絡んでるのか・・・?)
思案していると部屋に一つの気配が入ってくる。
そして殺意のある視線。
そこからの彼の行動は早かった。
背後から掴みかかってきた相手に肘撃ちを入れ、足を払う。
体勢を崩している相手の首を掴み、そのまま壁に押さえ込んだ。
「カハッ!」
襲い掛かってきた相手が苦しそうな声を上げる。その時ようやく相手が誰であったかに気付いた。
「彩峰!?す、すまん!」
あわてて手を離す。苦しそうに咳き込む彩峰。
「・・・見たの?」
息を整え、質問をする彩峰。その表情はいつもの無表情。
「中身は何も見てない。今は見逃す。しかし事が大きくなった場合は・・・」
「お前を殺す」
そういって彼は部屋を出た。
「たくこう頻繁に人を呼び出しやがって何だってんだ!?」
翌日彼は香月に呼び出されていた。それも朝食前に。空腹で少し機嫌が悪い。
「あら、いい話なのに」
「ふぇ?」
「フレームの複製できたわよ?」
「早!?」
喜びよりも驚きのほうが先に来た。優先度を上げてくれるとは言っていたがあまりに早い。
「話は最後まで聞きなさい。完全な複製にはまだ時間がかかるわ。でも劣化版の複製なら出来た。
一応理論上あれで動くはずよ」
「そうか・・・つまりちゃんと動くか試すために今夜模擬戦をやれと?」
「それはしなくていいわよ。ただ動くかどうかの確認ぐらいはしておいて」
「はいよ〜」
その晩、嬉々として複製品を付けられたネクストを動かすキャエーデであった。
「キャエーデ、入るぞ・・・
なんだ、もう起きていたか」
翌朝、顔を洗って居ると御剣が訪ねてきた。
「何だ御剣?寝起きドッキリでもしたかったのか?それだったらもっと早く来ないと・・・」
「ばかもの!先ほど総員起こしがかかったのだ」
「何だそりゃ」
「わからん・・・その後は自室で待機としか聞いておらん」
「そっか、わかったセンキューな」
話し終わり、御剣が部屋を出ようとしたその時、
―――ビー!ビー!ビー!―――
国が今、大きく動こうとしていた―――