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ネギま!―剣製の凱歌― 過去話Y、魔法世界編A 朱色の禍音
作者:佐藤C   2012/05/29(火) 23:00公開   ID:CmMSlGZQwL.



 アリアドネーの街中…大通りから少し外れた街角に、旧世界で言うファストフード店のような軽食屋が見える。
 時刻は昼時。
 その店のテラス席のテーブルに、二人の少年少女の姿があった。


フィン「もぐもぐ……」

 そのうち一人は、黙々とハンバーガーを咀嚼する士郎。
 その向かいには、両手で持ったハンバーガーにむぐむぐと口をつけるフィンレイがいた。
 ……ただし…。


(………むぅ)

 悔しそうに眉根を寄せる彼女の手元、口元、そして彼女側のテーブルが、
 零れたソースでべたべたに汚れてしまっていた。

「…ああもう。ちょっと動くなよ」
「んむ?…ふむっ」

 見かねた士郎がテーブルに身を乗り出して、フィンレイの汚れた口周りを拭きとる。
 彼女は吃驚して目を丸くし士郎の手から逃れようとするが、そうは問屋が卸さない。

「んむーっ…!」
「ハイ、これでよし」

 士郎は満足した様子でフィンレイから離れる。
 途端にフィンレイは上ずった声をして彼に食ってかかった。

「コっ――、コココノエ!お前いったい何をするんだ!?」

「? なにって、汚れてたから拭いたんだけど」

 さも当然であるように、きょとんとした顔で士郎はフィンレイを見る。
 対する彼女はその顔を朱に染め上げて狼狽えていた。

「だ、だってだな!こんなのまるで子供みたいじゃないか!!」

「そう言われても…お前の食べ方が汚いのが悪いんじゃないか(モグモグ…)」

「仕方ないだろう!私はこういった店でこんな食事をするのは初めてなんだ!」

 すると今度は、士郎が目を丸くした。


「………君、もしかしてイイトコのお嬢様だったり―――」

「お嬢様言うなーーーーーーーーーーー!!!(ガーッ!!)」


(…おおう、図星か…)

 士郎は少しだけ乾いた笑いを浮かべながら、思わず彼女から目を逸らした。









 過去話Y、魔法世界編A 朱色の禍音









(くそ…何かさっきから調子が狂うな……)

 彼女…フィンレイ・チェンバレンは、実は大商家の一人娘である。
 パーティーなど公式の場でエスコートされることはあっても、私事プライベートで歳の近い異性に二人きりで世話を焼かれるなど、
 彼女の十五年の人生では皆無だったのである。

「悪かったよ、確かにアレじゃ子供扱いしてるみたいだよな。はいナプキン」

「ん………あ、ありがとう」

 そんな理由で僅かに頬を紅潮させるフィンレイに気づかず、士郎は相も変わらず彼女に気を遣い続けるのだった。

「フィンレイ、飲み物のお替わり要るか?」
「………じゃあオスティアンティーを頼む」


士郎(……ホントにお嬢様だなぁ…)

フィン「…?」

 こういった場所での外食経験というものが、本当にないのだろう。
 士郎がそんな感想を抱いている事を、軽食屋で「銘茶」を注文するお嬢様は気づかなかった。




 ◇◇◇◇◇



 食後茶で喉を潤す最中さなか、フィンレイは唐突に口を開いた。

「………何だ。また何か言いたいことでもあるのか」

「え?」

「さっきから私の事をジロジロ見ていたろう。気になって仕方ないんだが。
 ああ、またくだらない褒め言葉を吐くようだったらとっとと犯人捜しに戻るぞ」

 そう言って彼女は士郎をジロリと睨んだ。

「……いや、大したことじゃないんだけど…」

 バツが悪そうに視線を逸らして言い淀むが、眼前の少女に再び睨まれて彼は即座に降参した。

「…フィンレイはどうしてこの事件に拘るんだ?」

「…!」

 碧緑の眼を大きく見開きフィンレイは瞠目した。
 その質問で、テーブルには気不味い沈黙が降り立つ。


「わざわざ自分で犯人捜しをするとか……普通じゃないだろ?」

 それに構わず士郎は再び問いかけた。
 ……少しして、フィンレイは顔を俯けたままボソボソと口を開いた。


「………私の…クラスメートと………友達の妹が攫われたんだ。…この神隠しに」

「……そっか」

 士郎は俯く少女を見つめたまま相槌を打つ。
 彼の双眸は、フィンレイを真摯な眼差しで映している。


「…クラスメートの方は、大して仲の良い関係でもなかったし、友達の妹に関しては会ったこともない。でも私は…」

「フィンレイ、お前はもう帰った方がいい」

「え?」

 思わず彼女は顔を上げる。
 士郎は真剣な顔をして、じっとフィンレイの眼を覗き込んだ。

「外套の下に着てるそれ、制服だろ?しかもかなり良い生地だ…この国でも上位の学校に通ってる事はすぐ判る。
 そんな学生がこんな昼間じかんに、しかも今の治安で外出を許可されてるとは思えない。
 ……大方、学校を抜け出して勝手にこんな事やってるんだろ」

 的を射た士郎の推測してきに、フィンレイはバツが悪そうに「うっ」と呻いた。

「……そ、それの何が悪い!私はアリアドネー騎士団候補生だぞ、いずれこの国を守る騎士になるんだ!!
 それが、この国で好き勝手している連中を放っておくなんて……!」

「あくまで「候補生」だろ。今朝方様子を見に行ったけど……本職の騎士団も本調子で動き始めてる、もう解決は時間の問題だ。
 わざわざお前がこんな危ない事をしなきゃいけない理由はない。
 ましてや……こんなこと言うのは何だけど、お前みたいなお嬢様が―――」

「…っ!!」

 頭が、真っ白になった。



「黙れ!!その言葉で……私を決めるな・・・・・・!!!」


 フィンレイはありったけの怒声で叫んだ。
 椅子を蹴り立ち上がった彼女の顔は怒りで赤く染まり、憤怒の形相に歪みきっている。
 士郎はまるで、親の仇でも見るかのように睨みつけられた。

「フィ…フィンレイ!?ちょっ、落ち着け!!」

「うるさい!!お前なんかの手を借りようとした私が馬鹿だった!!
 もういい、私だけで犯人を捜し出して―――捕まえてやる!!」

「なっ…!」

 これは相当に血が上っている―――まずい。いま彼女を一人にしたらどんな無茶をしでかすか。
 とにかく彼女を落ち着かせようと、士郎はフィンレイの腕を掴もうとして―――


「……っ!!」

 伸ばした腕は、躱された。


 ―――ダッ……!!


 走り去る少女の碧い眼が一瞬、士郎じぶんを見た気がした。
 それに何かを躊躇して、士郎は動きを止めてしまう。
 その間に彼女の背中は、見る間に小さくなっていった。


「―――ああもう、図星なだけじゃなくて禁句だったのかよ……っ!!」


 失言した自分に恨み言を吐いて席を立ち、士郎は慌ててフィンレイを追った。




 ◇◇◇◇◇



 走るフィンレイ、追う士郎。アリアドネーの現状を知る者なら、誰もが追う側の彼を疑ってしまいそうな光景だ。
 事件の影響で人通りは少ないが、全く人がいない訳ではない。
 しかし幸い、通行人が二人の関係を誤解することはなかった。

 何故なら……追いかける士郎の方が必死な表情を、逃げる側のフィンレイが激しい形相で走っているからだ。
 精々が、友人もしくは恋人同士のケンカ別れの一端だろうと…ある意味正しく理解されていた。


「ゼッ――ああくそっ…待てってフィンレイ!!」

 まずい。
 士郎は流れ落ちる額の汗を拭いながらそう判断した。


(意図してやってるのか知らないが、どんどん大通りから離れてる。
 たたでさえ少ない人通りの、更に人が少ない方に……!)

 二人がいま走る場所は、いつの間にか入り組んだ路地裏に変わっていた。
 治安の悪さは語るまでもない―――。

(…マズイ。このパターンは非常にまずい。セオリーというかテンプレというか―――)


『待てッ!!』

 前方のフィンレイが突然大声を出して叫ぶ。
 同時に彼女は、弾かれるようにして今まで以上に加速した。
 ―――誰かを、追っている……!?

「ええい!『戦いの歌カントゥス・ベラークス』!!」

 迷わず士郎は身体強化呪文を口にした。
 身体の内側に魔力が巡り、纏う魔力が仄かに発光する。
 筋力強化――脚力強化、及び心肺強度を強化。更に視力――動体視力を強化する。

 離されるな、決して見失うな。
 乱れていた息は整い、あれほど鬱陶しかった汗は驚くほどひいていく。


「まさか…「犯人」を見つけたのか…!?…全く、運が良いのか悪いのか……!!」

 そう簡単に犯人が姿を晒すとも思えないが…怪しい人間を見つけて追いかけるくらいはするだろう、あの少女は。
 どちらにせよ、今の士郎にとっては不幸と言って間違いない。


 ―――唐突に、前を走る足音が止まった。道を曲がったその先だ。
 『戦いの歌』で強化された聴覚が、その異常を正確に士郎に伝える。

 更に疾く地面を蹴り、士郎が道を曲がった先には………。



 路地裏の突き当りに、一人のゴロツキを追い詰めたフィンレイの姿があった。


「―――観念しろ。大人しく騎士団詰め所まで同行して貰おうか。
 抵抗するようなら力づくで捕らえるぞ」

 ゴロツキは、頬の痩せこけた不精髭の男。
 体は短身痩躯で、肩で息をし、額には玉の様な汗を噴き出している。


(わざわざ亜人わたしをこんな所まで誘い込んだんだ……神隠しの一味に間違いない…!)

 誘い込まれている事くらいフィンレイも理解している。
 彼女はそれに敢えて乗ってやったのだ。

 魔法騎士団候補生とただのゴロツキ。
 加えてフィンレイには士郎という加勢がいる。戦力差は明白だ。
 もはや少女の言い分に従うしかないその男は……血走った目で二ヤリと笑った。

「…ぜっ…ハァ…っ、へへ…。
 …俺の…仕事は……っ、ここまでなんだよお嬢ちゃん。残念だったな……!!」

「…!?」

 ―――ザザァッ!!

 フィンレイが男の様子を不審に思ったその時、彼女と士郎、二人の周囲を取り囲んで十数人の男達が現れた。

「へへ、後は頼むぜお前ら!」

 フィンレイを誘き寄せた細身の男は二人に背を向け、身軽な動きで男達の後ろに隠れた。

 ―――筈だった。


「…えっ?」

 男は困惑する。…あと一歩、あと一歩地面を蹴れば、自分は安全圏に逃げれる筈。


―――――『狂い咲く氷梅ラビドゥス・ゲル


 そう思っているのに、彼の足はピクリとも動かなかった。
 冷たくなって・・・・・・、動かない―――。


「な…なんだこりゃぁぁあああッッ!!?」

 男の両足は氷に覆われ、膝の下まで物の見事に凍結していた。
 の足を捕らえる蒼氷に走る氷裂文ヒビ……それは「梅花氷裂」。


「仕事が終わった…か。すまんな、だからと言って帰す訳にはいかない。
 たった今から、騎士団候補生わたしの仕事の時間だからな――――!」

 啖呵を切る少女の左手には、三日月飾りのついた携帯用の杖が握られていた。


(…まあ、この程度なら問題にもならないよなぁ)

 しかし余裕を崩さぬまま、士郎はフィンレイの呪文に舌を巻く。
 発動、命中、効果発現…その一連の流れプロセスを実行する速度。
 とても同年代の魔法使いとは思えない。


「あっ…足っ、足が、俺の足がぁあーーーーーーっ!!」

「テメェッ…このクソガキ共!!」
「やりやがったな!!」

 ゴロツキ達は仲間の惨状にいきり立つ。
 しかし大の男十数人に凄まれた少女は逆に、男達を睨み返した。

「…やられたのはこちらの方だ。
 今まで攫っていった子供達―――全員返してもらうぞ!!」

 一気に場が戦いの空気に染まる。
 やれやれと言いたげに、士郎は前に出てフィンレイの隣に並ぶ。
 それを憮然として一瞥しながらも、彼女は何も言わなかった。そして。

 先ほどケンカ別れした二人の口が動く時機タイミングは―――同時だった。

キュアノス・タイヴァス・ラズーァシュタイン!!」
カラダ・ハ・ツルギ・デ・デキテイル―――


「――――待ちな」


 ゴロツキ達の中から出てきた男は、開かれるべき戦端を挫いてそう言った。


「…俺の顔を覚えてるか?赤毛のガキ」

 …見覚えはある。彼は昨夜、士郎が撃退した男達の一人だった。
 悪い意味で野生染みた印象を持つその男は、汚らしい笑みを浮かべて士郎を睨む。

「まさかこんな所で借りを返せるとはなァ…」

 その台詞に、フィンレイは思わず呆れた声を出した。

「……どれほど腕に覚えがあるのか知らないが。
 お前達の様なゴロツキ程度が、本職の魔法使いマジックユーザーに敵うと思っているのか?」

 男はそんなフィンレイを一瞥して、クックッと喉の奥から漏れ出る笑いを隠せない。

「…こいつを見てまだそんな強気でいられるかな?
 ――オイ、アレを出せ!!」

「!! 貴様、妙な真似は…」

 後ろの仲間に指示を出す男にフィンレイが警告するが―――彼女の思考が停止する。
 眼前の光景に、釘付けになって、声が出ない。
 ………彼女の前に、引き摺りだされた………人影は。


「こいつがどうなってもいいのか?」

 フィンレイの顔から、さあっと血の気が引いてゆく。
 真っ青になった彼女の口から、呻くようにその人物の名前が漏れた。


(―――なん、で…、…何で……!?)



「ア………アリア……!?」


 目を潤ませる犬族の少女の首に、鈍く光る短刀が当てられていた。





 ◇◇◇◇◇



「…さあ、アリアを放せ……!!」

 両腕を縛り上げられながら、フィンレイは男達を睨んで声を上げる。
 ゴロツキ達の要求に応え、彼女は自分と士郎の魔法発動体―――魔法を扱うための触媒―――である杖と指輪を差し出して彼らに捕らわれた。
 しかし男達は、ニヤニヤしながらそんな彼女を眺めるだけだ。

「誰がンな真似するかよバーカ!!はは、まんまと騙されやがって!!」

「なっ………!?」



(―――ああ、普通そうするよな畜生…!)


 士郎は身動きが取れない。
 彼らにとってフィンレイやアリアは、攫ってでも欲しい貴重な存在なのだ。
 妙な素振りの一つや二つで彼女達に危害が及ぶとは思えないが……この手の「頭の悪い」連中は、直ぐに頭に血が上って何をしでかすか分からないから性質が悪い。

 正直な所、士郎一人なら人質を助けてこの場を逃れる事もできる。
 だが、この場にはフィンレイもいた。
 まだ未熟な士郎にとって、足手纏い・・・・が二人いるのは荷が勝ち過ぎる。
 人質が二人になれば尚更だ―――。


「昨日はよくもやってくれたな小僧」

 恨みがましい声を背後からかけられる。
 視線を巡らすと、やたら見覚えのある面々が士郎の周囲を取り囲んでいた。

(…まったく、本当にベタ過ぎて嫌になる……!)



 ―――ドガッ!!

「が……ッ!!」

 囚われの身となった少女の視線の先で少年の呻きが漏れた。
 力任せに放たれた蹴りが、士郎の腹を深く抉る。

「っ!?コノエ!!」

 悲鳴に似たフィンレイの驚愕が路地裏に響く。
 大の男数人がかりで、一人の少年が嬲られている。

「お…おい止めろ!!あ、あいつは私を追ってきただけで…!!」

「そんなモン関係ねーな。俺達の仲間はあのガキに随分と痛い目見てんだ。
 あれくらいじゃ収まんねーよ」

 懇願するように言葉を発した彼女を見ても、男達は相変わらず嫌な笑みを貼りつけたままだ。

「な…ふ、ふざけるな!!貴様等の狙いは私だろう!!いい加減に―――」

「いい加減にするのはてめぇの方だよ、甘ったれのお嬢様!」

 ―――ぐいっ!

「っ!!」

 フィンレイを縛る男は、その無骨な手で乱暴に彼女の顎を鷲掴みにする。
 そのまま彼は、彼女の顔を自分に向けさせた。

「………っ!!」

 その、凄絶な双眸。瞳に宿る昏いひかり。それは憎悪か、絶望か……後悔か。
 目の前の男が歩んできた人生が、垣間見えるようだった。
 自分の知らない彼の“何か”に、フィンレイは何も言い返せなかった。

「…さあ、見ろよお嬢様」

 顎を掴む手に力が籠り、再び頭を動かされて視線が変わる。


「――――あ………。」



 殴られている。/暴行を加える。
 蹴られている。/私刑を行う。
 突き飛ばされる。/無法に及ぶ。
 潰されている。/袋叩きにする。
 砕かれている。/暴虐の限りを尽くす。
 踏み躙られている。/狂気を突きつけられている。
 ―――嬲られている。/暴力が振るわれている。

 その蛮行は、たった一人の少年をひょうてきとして――――



「……あ……あぁ………」

 惨状は、少女の血の気を失せさせるには充分過ぎた。
 離れた所で声にならない悲鳴をあげている友人アリアに気を回す余裕もない。

「あいつが抵抗しないのはお前の為だぜ?
 下手に歯向かったりしたら俺達が、お前ら二人に何するかわかったもんじゃねえからな?」

「…ひ、ひきょ…」

「卑怯者?違うな。赤毛のガキは解ってんだよ、お前と違って。
 こんな事がこの世界じゃ当たり前。間違ってんのは甘ちゃんのてめえの方だ。
 ほぉらよく見やがれ!てめえの所為で、あのガキが痛めつけられてる所をな!!」

 男がそう口走った時、赤毛の少年が蹴り飛ばされた。




『お前は帰った方がいい』



(お前は…わかってたのかコノエ……。
 わかってて…知ってて私を遠ざけようと………)


『うるさい!!』
『私だけで犯人を捜し出して―――捕まえてやる!!』

 ―――ああ。


『お前なんかの手を借りようとした私が馬鹿だった!!』

 馬鹿は、私の方だった。


 ……ごめん。謝るよコノエ。悪かった、私が悪かったから……



「………もう…」


 弱りきった少女のか細い声は、彼女を捕らえる男の耳に静かに届いた。

「………はっ」

 届いていても、男はそれを鼻で嗤う。
 少女は、それでももう一度口にする。


「……もう………やめて…」


 ―――お願いだから、やめさせてくれ。



「……やめるわけねーだろ、バーカ」

 少女の顎を掴む男の手にが、雫で濡れる。
 構わず彼は銀髪の少女を脇に抱えて、一部の仲間と共に少年の惨状に背を向けた。



「…やめろ……やめて………!!
 もう、やめてーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 慟哭は、空に虚しく響いて消えた。





 ◇◇◇◇◇




「がはははは!!昼間っからイイ飲みっぷりじゃねえか旦那ぁ!!
 よし気に入った!!もっと飲め!俺の奢りだ!!」

「おおっ?済まねえなオヤジ!ありがたく貰っとくぜ!
 ぷはぁあーーーっ!やっぱ酒はいつ飲んでも美味めえな!」

 認識阻害効果付きメガネをかけて、屋台で浴びる様に酒を飲み続けるこの男はジャック・ラカン。
 彼は頭にハチマキを巻いた、蛸の様な風貌をした亜人の店主とすっかり意気投合していた。


 ――ピタッ…


「―――……。」

「んあ?どーしたぃ旦那」

 唐突に黙り込んだラカンを訝しみ、店主はそのタコに似た口をニュニュッと突き出して問いかける。

「いや……何でもねえ。悪りぃなオヤジ、ちょっくら急用を思い出しちまった。
 良い酒だったぜ」

「え、ちょっ、オイ…」

 呼び止める店主を無視し、ラカンは引き締まった表情で席を立って暖簾をくぐる。


「さーて…ヤな予感がするぜ」


 言葉とは裏腹に、ラカンは不敵に口を吊り上げた。


「気張れよ〜…士郎…!」








<おまけ>
「其の名はフラグ建築士(いろんな意味で)」

 肩で切り揃えられた金髪に、天使の輪が輝いている。
 髪と同色の犬耳は、機嫌良さげにぴこぴこと動いている。
 浅黒い肌は健康的で、輝く金眼に喜色を浮かべて朗らかに笑っていた。

 図らずも、見知らぬ赤毛の少年に救われた犬族の少女。
 まだ幼い彼女の名前をモニカと言う。

モニカ「〜♪ ねぇおかあさん、またあのおにぃちゃんに会えるかなあ?」
ノエル「…ええ、そうね。きっとまた逢えるわ」

 紫の髪を背中までストレートに伸ばした、白い肌に緑色の瞳の女性。
 少女モニカの母・ノエルは、娘と違い人間種である。
 娘とは瞳の色も違う…モニカの身体的特徴は、性別と顔立ち以外全て、今は亡き父親譲りのものだった。

ノエル(人見知りのこの子がこんなに懐くなんて、一体どんな男の子だったのかしら。お礼も言えず終いになってしまったし…)

 ノエルは少し心が痛んだ。
 また逢えるなどと安易に言ってしまったが、当然そんな保証はどこにもない。しかし愛娘の楽しげな様子に水を差す気にもなれなかった。
 だが所詮、娘のはしゃぎ様も子供ゆえの一時のものであろう。家に帰る頃には、その少年の事などすっかり忘れているに違いない。

 そんな事を考えているうちに待っていた馬車が来たようだ。
 ノエルはモニカの手を引いて歩を進める。
 ―――この時ノエルは、近いうちにその赤毛の少年と顔を合わせる事になると知る由もなかった。

ノエル「さあ、オスティアへ帰りましょうモニカ」
モニカ「はーい!」

 二人は、復興が進む王都…今は“MMメガロメセンブリア信託統治領”となった「空中都市オスティア」への帰路に就いた。

 ノエルはそこで、夫の遺した喫茶店を継いで営んでいた。
 その店はオスティア市街が一望できる、見晴らしの良い丘の上に建っている。

 いつか、眼鏡をかけた赤毛の少年と白髪の少年が、同じテーブルでミルクティーと珈琲を飲むような―――そんな喫茶店。



〜補足・解説〜

>朱色の禍音
 聖書に記されたイエスの言行録(イエスの言葉や行いを記録したもの)を「福音書」と言う。
 福音は直訳でグッドニュース…「(キリスト教徒にとって)良い知らせ」という意味である。
 しかし福音書には「他宗教、異教徒への一方的な迫害を正当化する記述」等が含まれているとされ、それらの事から「福音」とは正反対の意味を込めて「禍音書」と揶揄される事がある。
 つまり「禍音」とはバッドニュース…「悪い知らせ」の事である。

>私はこういった店でこんな食事をするのは初めてなんだ!
 にじファン時代からの読者様は未来の…凛として騎士然とした「19歳のフィンレイ」を知っている筈なので、この箱入りっぷりは意外だったんじゃないでしょうか。

>私事で歳の近い異性に二人きりで世話を焼かれるなど、彼女の15年の人生では皆無だったのである。
 フィンレイには男の幼馴染みが二人いる設定なのですが…家同士の付き合いがあった故の関係だったので、彼女は彼らを異性として意識する事はなかった模様。
 …彼らの方はフィンレイに惚れてますが。ああ不憫。彼らのキャラ設定すら作ってないですし。

>オスティアンティー
>銘茶
 原作では、そこらへんにあるような喫茶店でも出されていたこのお茶ですが、あれはご当地…オスティアの店だったからだと思います。
 外国からしたら、空の上のオスティアから輸入するしかないので運搬(空輸)にはお金がかかるでしょう。またフェイトが「薫り高き銘茶と名高い」と発言していた事から、オスティア国外では格式高い「銘茶」なのではと。
 よってこの小説では、「アリアドネーでは、軽食屋程度の店ではオスティアンティーは置いていない」という設定にしました。

>的を射た士郎の推測
 主人公補正による推理劇。お陰で彼はこの作品中でけっこう頭が回ります。

>「黙れ!!その言葉で……私を決めるな!!!」
 この台詞の真意は次話をお楽しみに。

>士郎は慌ててフィンレイを追った。
 飲食代には財布を丸ごと置いてきました。男前な士郎、しかし痛い出費ですw
 まあ(ラカンには内緒で)複数の銀行口座に預金しているので一文無しにはなりませんが。

>「―――『狂い咲く氷梅』」
 オリジナル魔法。詳細を下に記述します。↓

狂い咲く氷梅ラビドゥス・ゲル』(くるいざくこおりうめ)
 氷結させた対象を砕き破壊する「おわるせかい」の簡易縮小版。対象を一瞬で氷結させて閉じ込めた直後、それを砕いて内部にダメージを与える。凍結範囲が小さい分「おわるせかい」よりも凍結速度が速い。
 攻撃の出が速く、使い勝手が良いのが利点。だがそれが利点と成り得るのは、精々が並みの魔法使い程度まで。例えばエヴァンジェリンならば、普通の氷系呪文でも「狂い咲く氷梅」と同等以上の凍結速度を叩きだせるためである。

《呪文》
来れ氷精ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレ砕け氷牢スブヴァリーテ・バスティッレ花弁の如きフローリスカット・フローレム・氷裂文ディ・グラキエース
狂い咲く氷梅ラビドゥス・ゲル

・今回、フィンレイは男を捕らえる目的で使用したため、氷を砕いていない。
 また無詠唱で使用した。

>「キュアノス・タイヴァス・ラズーァシュタイン!!」
 フィンレイ・チェンバレンの始動キー。そしてフィンレイの得意魔法は氷・水・風である。
 それぞれギリシャ語で「青」、フィンランド語で「空」、ドイツ語で「ラピスラズリ」を意味する。またラピスラズリは青色・藍色の宝石であり、和名でいう瑠璃のこと。

>「誰がンな真似するかよバーカ!!はは、まんまと騙されやがって!!」
 申し訳ない。幾らなんでもベタというか安直過ぎると理解している。
 後悔も反省もしていますが直す気はないです(こら

>その、凄絶な双眸。瞳に宿る昏い闇。それは憎悪か、絶望か……後悔か。
 この男は先の大戦で家財も家族も良心も正気も全て失い、ゴロツキに身を落としたという設定です。
 そんな設定を知らずとも、彼のその過去から来る「凄み」の様なものが表現できたらいいなあと思って書いたんですが、こんな所で解説している時点で上手くいってないですね。

>がははははっ!!昼間っからイイ飲みっぷりじゃねえか旦那ぁ!!
>おう済まねえなオヤジ!ありがたく貰っとくぜ!
 空気読め。と作者ですら思ったさ。
 少女が悲痛な叫びを上げた直後にこんな気楽なオッサン共を書いてごめんなさい。

>頭にハチマキを巻いた、蛸の様な風貌をした亜人
 名前はオクトー・P・アス。詳細は下部を参照。

>近いうちにその赤毛の少年と顔を合わせる事になる
 フラグそのいち。

>いつか、眼鏡をかけた赤毛の少年と白髪の少年が、同じテーブルでミルクティーと珈琲を飲むような―――そんな喫茶店。
 フラグそのに。


過去話Yの登場人物設定:

オクトー・P・アス(Octo P. Us)
 アリアドネーで屋台の飲み屋を営む57歳男性。常連客からは「アっさん」「オクト爺」などの愛称で呼ばれている。ちなみにミドルネームのPは「パウル」。
 短身痩躯で、頭に捩りハチマキを巻いたタコの亜人。八本足のうち二本を脚として、他六本を手として使用する。常に顔を赤くしているが、酔っている訳でも怒っている訳でもない。
 三十路を越えたばかりの娘がいるが独身で、嫁の貰い手が無くて困っている。奥さんは既に故人。ちなみに娘の名前はレヴィ(Levi)、妻の名はトゥール(Tulu)と言う。


 次回、「ネギま!―剣製の凱歌―」
 過去話Z、魔法世界編B 茜き再戦

 それでは次回!

■作家さんに感想を送る
■作者からのメッセージ
 実は、アリアドネーの過去編で最も書きたかった描写は、次回と次々回に含まれています。作者から言わせて頂くと、今までの二話は長い導入編という所でしょうか。だからまだ見限らないでください(汗

 誤字脱字・タグの文字化け・設定や展開の矛盾点等お気づきの方は感想にてご一報くださると嬉しいです。

 それでは次回。
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