三日月が雲に隠れた夜だった。
レンガ造りの街並みは、雲間から射す微かな月光によってのみ照らされている。
街灯すら消えた深夜の路地裏、そこには人一人として居ない筈だった……本来ならば。
「ぎゃあっ!!」
「痛てぇっ…畜生!!」
月明かりの下、石畳に鮮血が飛び散った。柄の悪い男達は自らを斬りつけた彼に怒り、そしてそれ以上に恐怖する。
無表情を貼りつけたまま黒白の双剣で彼らを屠る者の姿は……その正体が、まだ10代半ば頃の少年にしか見えなかったからだ。
「……まだ、続けるか?」
何の感情もなく、赤毛の少年は男達に右手の白剣を突き付けた。
「く…クソ!逃げるぞお前ら!!」
リーダー格であろう人物が、顔を歪めながら唾を飛ばして叫ぶ。すると五、六人の男達が一斉にその場から…いや、少年から逃げだした。
「……………。」
その様子を確かめて少年は息を吐く。
次いで彼が握る双剣が、まるで始めから無かったかの如く手中から消え失せた。
「そこの
人間!動くな!!」
背後から聞こえたその声に、少年は緩めた気を再び引き締める。
高い声からして相手は女性。高圧的な口調を鑑みるにおそらく騎士団員だろう。
その上、いま自分の周囲は新しい血で濡れている。これでは言い訳もできやしない。
マズイな……―――そう思考しながら少年は後ろを振り返った。
「ここで何をしていた。大人しく…アリアドネー騎士団詰め所まで同行して貰おう」
自分を睨みつけて立っていたのは、少年よりも背丈の小さい銀髪の女の子。
少年―――近衛士郎は、その美しい銀色に思わず見惚れた。
過去話X、魔法世界編@ 始まりは月下の
邂逅 魔法学術都市アリアドネー。
それは、地球とは別位相に存在する"新世界"…「
魔法世界」の都市国家。
「学ぶ意志ある者ならば犯罪者でさえその身分が保障される」という…特殊な法律と理念を持つ学徒の国。
魔法世界の二大勢力…連合と帝国どちらにも属さず、強大な軍事力で独立を守る「武装中立国」である。
この国を統治する「アリアドネー魔法騎士団」。
その一部隊、国内の治安維持を専門とするアリアドネー警邏隊の詰め所にその光景はあった。
「ですから兄様!私は犯人を見たんです!」
「……フィンレイ」
前髪を後ろに梳いた金の短髪、黒い肌と獣耳を持ち、銀縁の眼鏡をかけた亜人の男性騎士。彼は右手の指を額に添え、目を閉じて疲れた様に息を吐く。
そんな彼の前に、必死で声を荒げる少女がいた。
碧緑の釣り目、尖ったエルフ耳、白い肌。だが少女を見て何より目を引くのは、ポニーテールに結わえ上げられた美しく輝く銀髪だ。
「こんな早朝に詰め所まで来て何を言うのかと思ったら…。夜中に出歩く人がいても何らおかしくはないだろう? あと仕事場でその呼び方はやめて欲しいな」
「す、すみません。…で、でも!そいつの足元には乾いていない血が飛び散ってて……!」
「いい加減にしないかフィンレイ。確かに事件性がありそうだとは思う、でも推測の域を出ない話だよ。
何よりその少年が……僕や君が血眼になって追ってる事件に関わっているのかどうか、それは尚更だろう」
「……う」
フィンレイと呼ばれた少女は押し黙る。そんな彼女を見て騎士…トバイアス・K・トワイニングは未だ頭を抱えていた。
話を聞く限り、少女は夜中に出歩いたり、こんな早朝から寮を抜け出して…いや、夜に出歩いた流れでここを訪れたのだろう。
「…フィンレイ。クラスメートが姿を消して必死になるのはわかるけど…勘違いしちゃいけない。これは僕達騎士団の仕事だ。まだ候補生の君が手を出していいものじゃない。
……僕に任せて大人しくしていて欲しい。君にもし何かあったら、僕は君のお父上に会わせる顔がないよ。
……君は今朝ここに来なかった、そういう事でいいね?バレないうちに寮に戻りなさい」
「…………はい…、トビー兄さ……先輩」
悔しそうに口を歪め、銀髪の少女は不承不承トバイアスに背を向ける。
それと同時、黒髪の女性騎士が詰め所の待機部屋の扉を開けた。
「…トワイニング。………」
「……ふむ、そうですか。ありがとうございます」
同僚の先輩騎士から告げられた話に相槌を打ち、彼は少女を呼び止める。
「ちょっと待ってフィンレイ。君の言った赤毛の少年の正体が判ったよ」
「…え?」
少しだけ呆けた声を出して振り返る彼女を見て、トバイアスは言葉を続けた。
「赤毛の少年は誘拐されそうになっていた犬族の少女を逃がして、その誘拐犯を退けたんだそうだ。
その娘は無事に逃げ延びて、母親と共に詰所に来てその旨を話してくれたと報告があった」
そこで一度言葉を区切り、彼はフィンレイの眼を見て再び口を開く。
「…君の言った通りにはならなかったけど、これでようやく判明したね。
"神隠し"の正体は………人攫い、誘拐事件だ」
その言葉で、少女…フィンレイ・チェンバレンの瞳が期待に揺れた。
◇◇◇◇◇
太陽がすっかり高い位置に昇ったアリアドネーの街道を、二人の人物が並んで歩いている。
片方は白いローブを着た赤毛の少年。そしてもう片方は、色素の薄い金髪の頭に赤いバンダナを被る、褐色肌で筋骨隆々の大男。
「…どうだ人生初の朝帰りは?ん? 大人になった気分するか?」ニヤニヤ
「何アホなこと言ってるんですか。こっちは散々だったんですよ…師匠」
少年の名は近衛士郎。とある目的を果たす為に魔法世界に不法入国し、現在は人捜しをしながら隣を歩く男に師事している…少年魔法使い。
そんな士郎に師匠と呼ばれたこの男は……かつて魔法世界を二分した大戦、「大分裂戦争」で活躍した英雄「千の刃の男」―――ジャック・ラカンであった。彼は士郎の養父、近衛詠春の戦友でもある。
そんな師弟は現在、士郎の修行の為に魔法世界中を旅している最中だった。
「何だよツレねぇなー、男の朝帰りなんだぜ?何かあるのが普通だろーがよ。
カワイイ女の子と一夜限りであんなコトやこんなコトが…」
「何がどうなったら誘拐犯を斬りつけてそんな関係になれるんですか」
ムフ、という下賎な笑い声を洩らして士郎の顔を覗き込んでくるラカン。士郎は呆れを隠しもせずに迫る彼から顔を逸らした。
……可愛い女の子と会ったという点では間違っていないが。「やはりこの人の勘は油断ならない」と士郎は僅かに慄いた。
・
・
・
この国のトップ…
総長セラスとラカンは旧知の間柄だ。
――昨夜、宿に戻らない士郎の状況からラカンは、弟子がまた厄介事に首を突っ込んだ…若しくは巻き込まれたと理解した。
そこで「アリアドネーで変わった事はないか」と訊くためセラスを訪ねようとしたラカンと、昨夜の出来事に探りを入れようと騎士団詰め所を目指していた士郎は偶然合流し。
二人がいま歩いているのは、セラスの執務室からの帰りであった。
『
現在のアリアドネーは…亜人にとって最悪の治安と言っていいわ』
先の大戦から10余年が経ち、戦後混乱期は完全に終わりを告げた筈だった。
しかし今、ここアリアドネーで……再び火種が燻っていた。
『亜人の子供が行方不明になる事件が多発しているの。世間じゃ"神隠し"なんて呼ばれてるわ』
『家出、蒸発、失踪、誘拐、…殺人。可能性は幾らでも挙げられたけど、そもそも誰かが意図した事件なのかすら不明。
騎士団は全力を尽くしたけれど、手掛かりはつかめなかった…』
『…だけど、士郎君だったかしら。君には感謝してもしきれないわ。お陰でようやく相手の尻尾を捕まえた。
おそらくこの事件は"人攫い"、有り体に言って連続誘拐事件よ』
昨夜、泊まった宿の庭で鍛練をしていた士郎は偶然、怪しい集団に連れ去られそうな亜人の少女を目撃した。そして彼女を追って行った結果が…冒頭の件である。
『…それにしても悔やまれるわ………これは屈辱よ。
この国は多くの子供達を預かる場所で、学術都市として多くの研究成果を保管してる。セキュリティは徹底していた筈なのに……このザマとはね』
『一部の人間には、今でも亜人は愛玩動物の様にしか思われていない。そして此処アリアドネーは学術都市、云わば学徒の街よ。
亜人の子供が欲しい輩から見たら………垂涎モノの場所でしょうね』
セラス自身も頭に角を生やした亜人である。決して気分のいい話ではあるまい。
彼女の言葉を思い出した師弟は揃って眉を顰め、苦い表情のまま街中に歩を進めた。
◇◇◇◇◇
「………。」
少女は、高い塀に囲まれた洋館の廊下をコソコソと忍び足で歩いている。忙しなく辺りをキョロキョロと見渡し、周囲を何度も確認すると、彼女は目的のドアまで一気に―――足音を出さないよう気をつけて―――駆け抜けた。
――ガチャ――…パタンッ
「……ふぅ――っ…」
銀髪の少女はたったいま閉めた扉に背中を預け、目を閉じて安堵の息を吐き出した。
「おかえり、フィン」
「っうわあぁぁッ!?」びくぅっ!!
「ひゃあっ!?」ビクッ!!
予期しない声に銀髪の少女は飛び上がって悲鳴を上げる。
声をかけた方の…栗色の髪を肩で切り揃えた、焦げ茶色のくりっとした目を持つ穏やかそうな少女も釣られて肩を震わせた。
「あ、あああアリアか…驚かせないでくれ…す――っ、はー」
「ご…ごめん。で、でも私だって驚いたよ…」
ここはアリアドネー魔法騎士団候補学校の寮。
その中の一室…フィンレイとアリア、彼女達二人の寮部屋である。
・
・
・
「そ、それ本当!?」
「ああ。親しい人から聞いた、確かな話だ。神隠しの正体は人攫い。
後は時間の問題だ…誘拐犯はじきに騎士団に捕まるだろう」
顔を洗った後、鏡を見ながら解いた髪に櫛を入れるフィンレイの言葉に、アリアはベッドに座ったまま目を丸くした。
「…これでレナータも………それにお前の妹も戻って来る」
その名前はフィンレイ達のクラスメート…レナータ・インセグノ。
そしてアリアの妹……パトリシア。
二人は共に、この二週間の内に忽然と姿を消してしまっていた。
「………うん。ありがとう」
そう言ってアリアは笑顔を見せる。……だが今のアリアは、どこか無理をして笑っている様に見えてならない。
アリアはいつも笑顔を絶えない少女だった。そんな彼女の不格好な笑みは、フィンレイの心にも影を落とす。
(………。)
「…アリア、私は今日の授業を休む。先生方には上手く誤魔化しておいてくれ」
「…へ?……ええっ!? ダ、ダメだよフィン!!」
フィンレイの口から出た言葉に、アリアはわたわたと非常に分かりやすく狼狽した。
「外は危ないからなるだけ外出しないようにって言われてるのに、勝手に夜中に出歩いたりして!!今度は授業まで休んじゃうの!? 狙われてるのが亜人だって判ったんだから、きっと今日にでももっと厳しい…そう!外出禁止とか言われちゃったり―――」
「……だが。私にはじっとしているなんて出来ない」
「フィン…!」
アリアは垂れた犬耳と尾を持ち、フィンレイも尖ったエルフ耳を持つ亜人である。
…安易に外を出歩けばどうなるかは目に見えている。危険性は充分に高いだろう。
今朝トバイアスと交わした言葉が頭を掠めるも、それはフィンレイを止めるに至らない。その理由は先ほど彼女が言った通りだ。
クラスメートと、ルームメイトの妹まで攫われて大人しくいるなど………「騎士団候補生」の名が廃る。
「…よし」
父譲りの自慢の髪がいつも通りのポニーテールに仕上がっているのを確かめて、フィンレイは満足そうに頷く。そのまま彼女はくるりとアリアを振り返った。
「安心しろ、ちょっと調べてくるだけだ。役に立ちそうな手掛かりのひとつでも見つけたら、ちゃんと先輩方に報告する。それ以上の危ないコトなんてしない。
…だからそんな顔をするな」
フィンレイを見つめるアリアは今にも泣きそうな顔をしていた。いくら妹の事があるといっても、アリアには危険な街に無断で繰り出す度胸などない。彼女はただ、フィンレイを送り出すことしかできなかった。
「……うん…ごめん。フィン………ケガしないでね」
「ああ、そんなヘマはしないさ。行ってくる!」
威勢の良い言葉とは裏腹に、こーっそりとドアを開けて辺りをキョロキョロ窺って、フィンレイは静かに部屋を出て行く。
その様を見送って、アリアはくすっと笑みを零した。
◇◇◇◇◇
日中にも関わらずアリアドネーの市街は、やたら人通りが少なく閑散としていた。
それもその筈、今この国では子供の神隠しが続いている。子供は決して外に出ないし、子を持つ親は我が子の傍を離れない。外を出歩く人はほとんどが大人…特に成人男性ばかりである。
そんな寂れた雰囲気が漂う街を、赤毛の少年が疲れた顔をして一人で歩いていた。
「…今度は何処に遊びに行ったんですか師匠……」
いや、訂正しよう。彼は「げっそりした顔で」街中を歩いていた。
それはもう、幽鬼もかくやと言わんばかりに。
「――ああもう!財布を握るこっちの身にもなってくれよぉーーーーー!!!」
道のど真ん中でいきなり叫んだ士郎を、数少ない通行人達が思わず振り返る。
しかし彼はそんな些事に構わず頭を抱えて困窮していた。
士郎とラカン、この二人の旅のお財布事情を一手に握るのは士郎の役目だ。
ラカンは金銭に細かく煩い性格をしているが、使う時には一気に散財してしまう
性質である。それは彼の金遣いを見た士郎の顔が瞬時に真っ青になるほどだった。
耐えきれず士郎が(無理やり)財政を担う事にしたのだが……ラカンの散財は改善されなかった。弟子に財布を握られた彼は現在、ツケで金を使っているのである。その後の請求という名の皺寄せが全て士郎に来ることは言うまでもない。
加えて士郎は、ラカンに弟子として「授業料」を払う約束もしている。その支払いのため、士郎は修行がてら賞金稼ぎの真似事をしているが、当然それでは足りない事が多々ある。むしろ一度で足りた場合の方が少ない。
最近では「副業を始めようか」と真剣に考えている士郎だが……そんな彼は、ラカンが士郎の義父・詠春にも授業料を請求していると知らないのであった。
…つまりいま士郎がラカンを捜しているのは、財布の被害を少しでも軽くする為なのだ。
「…はぁ」
とまあそんな訳で…まだ昼前だというのに士郎は、本日何度目か既に分からなくなった溜め息を吐いた。
――どんっ!
「ぅお?」
「わ…っ!」
背後からの衝撃に、士郎が僅かによろける。次いで聞こえた鈍い音に後ろを振り向くと、薄手の黒い外套を着て、同色のスカーフで頭を隠した少女が尻餅をついていた。
「ごめん、大丈夫か?」
「い、いやすまない。私が余所見をしていた所為だから…」
そこで背を屈めて手を差し出す士郎と、その手を取ろうとして顔を上げた少女…二人の視線が交差した。
「「……あ。」」
(こいつは昨夜の…トビー兄様が言っていた…)
(昨日の…綺麗な銀髪の娘だ)
思わぬ顔に出会った二人は声を漏らし、その体勢のまま揃って動きを止めていた。
((……………。))
………黙り込んだまま見つめ合うこと数秒。
その静寂は、何でもない様な声と間抜けな声で終わりを告げた。
「よし、ちょっと付き合えお前」
「――えっ!?なんでさ!?」
こうして近衛士郎はフィンレイ・チェンバレンに捕獲されたのだった。
◇◇◇◇◇
「……誘拐犯捜しとか………」
何だかなあ。士郎はそう思いながら、自身の前を歩く少女の背中を見つめる。
彼女はさっき、彼にこう言った。
"―――お前の話は先輩から聞いている。危うく攫われそうになっていた少女を助けたとな。ならば手伝ってくれるだろう?"
少女はきっと、こう言いたかったのだろう。
『少女を助けたお前は正義漢だ。ならばその少女が攫われそうになった元凶を放っておくつもりはないだろう?』と。
だがそれは見当違いだ。
士郎は真剣に犯人捜しをする気はない。放っておいても騎士団が解決するのだ、余計な危険を冒す理由はない。
事態はかなり大きくなっている。しかし逆にそのお陰で、標的にされた子供達はむやみに外を出歩かない。つまりこれ以上の被害は出にくいのだ。
今まで攫われた者達も、事件が解決すればその多くが救出されて戻って来るだろう。
つまり解決を急がなくとも事態が悪くはならないし、焦り過ぎる必要は無いと言える。
―――むしろ不安なのは、いま士郎の前を歩く少女である。
フィンレイは亜人の少女。敵の眼鏡に思いきり適ってしまっているのだ。
しかも「犯人を捜す」と息巻いて外を出歩き、自ら危険に近づく始末。危なっかしくてとても一人になどしていられない。
こうして士郎は、フィンレイから離れられなくなってしまったである。
士郎は早足で駆けて少女に追いつき隣に並ぶ。
すると彼女は、視線をずらして流し目で士郎を見た。
「そういえば君、名前は?」
「…人に名前を訊く時は、自分から名乗るのが礼儀だと思うが?」
「え。あ、いや…ごめん。俺の名前は……」
視線を前に戻してそっけない言葉を吐いた少女は、しかしふと思案するように顎に手を当てる。
すると彼女は独り言のように前言を撤回した。
「……いや、今回は私が協力を頼んだ身だしな…。
うん、礼儀と言うなら私から名乗るのが礼儀だったか」
そう呟くと彼女は、薄く笑って士郎を見やる。
(…見た所、この国の人間でもないようだしな―――)
―――名乗っても、問題あるまい。
「私はフィンレイ。フィンレイ・チェンバレンと言う。
今更だが初めましてだな。異国の
魔法使い」
「…俺の名前は近衛士郎だ。変わった名前だと思うかもしれないけど、旧世界の出身なんだ。
よろしくな、フィンレイちゃん」
「………ちゃん付けはやめろ。こそばゆい」
フィンレイは士郎から顔を背けて口を尖らせる。
そんな彼女の様子に頬を緩めつつ、士郎は密かに気を引き締めた。
(…もしもの時、この娘を守るのは俺になる――――)
『…………うん。じゃあその時は、シロウくんに助けてもらうね。約束だよ?』
胸の奥に在る傷が、疼いた気がした。
◇◇◇◇◇
『…そうですか。遂に騎士団に気取られてしまいましたか……。
それでは、ここでの
調達ももう引き時ですかね』
「――――。」
『ええ、勿論忘れてなどいませんよ。全てが終わった暁にはきちんとお渡し致します』
『…そうですねぇ。貴女が先ほど仰ったご令嬢。それを最後の商品として頂いたらそちらに接触致しましょう。
ク…アリアドネー名門四家の一角、大商家チェンバレンの一人娘。準備が万端であれば身代金を絞り取ることもできたでしょうが、騎士団に尻尾を掴まれかけている今は流石に時機ではありません』
『精々、上玉の奴隷として売り捌かせて貰うとしましょう。
ククク……ははははははははははははははははっ!!!』
「…………。」
◇◇◇◇◇
互いの名前を交換し、士郎とフィンレイは人通りの少ない市街を歩いて「人攫い」の手掛かりを探していた。とはいえ…闇雲に探し回った所で見つかる筈もないと、二人とも解ってはいるのだが―――
それでも諦めない少女と、彼女に付き合う事になった少年は未だ街道を巡回し続けていた。
「…………。」
隣を歩く少年から向けられる視線に、フィンレイは口を開いた。
「…どうしたコノエ。私の顔に何か付いているか?」
「ん。ああいや、君のその銀色の髪、綺麗だなと思ってさ」
「………は?」
この男は今、何と言った?
…何かものすごく
自然に
直球で褒められた気がするのだが。
「いや、昨日初めて見た時から思ってたんだよ。
昨夜は月明かりで光って綺麗だったけど…うん。昼間に見てもやっぱり綺麗―――」
「い、いやちょっと待ていい加減にしろ!!
さっき自己紹介したばかりの相手にお前は何を言ってるんだ!?」
つらつらと士郎の口から出てくる
賛辞に耐えきれなくなり、フィンレイは顔を赤くして叫ぶ。
しかし言葉を遮られた士郎といえば、赤面しながら叫んだ少女を呆気に取られた顔で見た。
「…? 何って、褒めたんだけど。嫌だったか?」
(駄目だこいつ…早くなんとかしないと…)
フィンレイは右手で顔を覆って俯くが、………そのうち諦めたように虚ろな目をして呟いた。
「…いや、もういい。お前は女誑しだな」
「なんでさ」
少女が少年を見る瞳には、どこか軽蔑の色が籠もっている。
士郎はその言葉にどうしても納得できなかった。
<おまけ>
・自己紹介の直後の会話。
フィン「むぅ…ニホン語とは難しいな…。すまん、もう一度言ってくれ」
士郎「
近衛、
士郎。近衛がファミリーネームで、士郎がファーストネームな」
フィン「…コノェー…、コノーエ…、コノエー…おっ?(よし…次こそイケる!!)」
フィン「―――こにょえっ!!」ガチンッ!
フィン「〜〜〜〜〜〜っ!!!////」じたばた…
士郎「…見事に噛んだな」
そして可愛いな。という言葉を士郎は飲み込んだ。
言えば
報復は必至である。
〜補足・解説〜>青月の邂逅
青月…青白く光る月のこと。
>黒白の双剣
投影した干将・莫耶です。
>右手の白剣
Fateでは「白剣=莫耶」「黒剣=干将」となっていますが、資料によっては逆に「白い方が干将」だったりするのでややこしい。
>「く…クソ!逃げるぞお前ら!!」
>リーダー格であろう人物
実態は小隊長クラスの人物。正体はゴロツキ崩れ。イコール小物。
>「アリアドネー魔法騎士団」
>アリアドネー警邏隊の詰め所
原作の騎士団にこのような部隊の描写は無いですが、国内の治安維持部隊もしくは警察に相当する部隊が存在するはずだと思うので、独自設定として書きました。
余談ですが、アリアドネーは都市国家クラスの規模しかない小国の割に、国自体の規模とは比較にならないくらい軍隊が強力ですよね。一体どうなってるんだか…税収と軍事費のバランスが気になる。あ、学術都市の研究成果で儲けてるのかな?
>黒髪の女性騎士が詰め所の待機部屋の扉を開けた。
彼女の名前はカティア・プランタードと言います。
キャラ設定を下部に載せていますので、ご一読どうぞ。
>誘拐されそうになっていた犬族の少女
>その娘は無事に逃げ延び、母親と共に
少女の名前はモニカ、母親はノエル、魔法世界編に登場予定のキャラクター達です。
>「何がどうなったら誘拐犯を斬りつけてそんな関係になれるんですか」
残念だが士郎、君はその行為によって既にフラグを立てているのだ…。魔法世界編でモニカ&ノエル親子の登場をお楽しみに!
……ちなみに親子丼とかそーゆーやましい事は一切考えていないと明記しておく。
>セキュリティは徹底していた筈だけれど……このザマよ
カラクリは至って単純。敵は内側にいるのだよ!
過去編はさっくり進めなきゃならないので伏線が張れねえのです。だからもうバラしちゃう。
……すいません。その癖に魔法世界編だけで4話も書いてしまったんだ…。
>人攫い
>誘拐犯
>亜人の子供が欲しい輩
主な「客層」はロリショタ趣味の変態さんと、お安い労働力が欲しい非道な人達。将来性…子供達が成長した後を見込んで買う輩もいる。
顧客の割合は
人間が多いですが、中には
同じ亜人が子供達を「買う」ことも……。
>高い塀に囲まれた洋館
フィンレイ達が住んでいる学生寮です。
>子供の神隠し
アリアドネーの国民は亜人が多いので、「亜人の子供」と言及するまでもなくほとんどの子供が亜人です。まあ原作のベアトリクスのような例外もいますが。
>「…今度は何処に遊びに行ったんですか師匠……」
スキル:苦労人[B]
…多くの苦難や艱難辛苦を経験する事と引き換えに、豊富な人生経験・技術の獲得、有益な情報の入手が可能になるスキル。ランクが高くなるほどメリットとデメリットの両方が増加する。このランクが高過ぎると波乱万丈な人生を歩む事になり、幸運ランクが低いと碌な死に方ができない。
…冗談ですよ?w
>こうして近衛士郎はフィンレイ・チェンバレンに捕獲された。
フィン「何をボサッとしてる。ほらほら行くぞ」ぐいぐい
士郎「えっ、いやっちょっと待っ……なんでさ……」ずるずる…
新ジャンル・被捕獲系主人公。こんなでも一応、二人にとっては運命の再会だったりする。
>アリアドネー名門四家
この小説独自の設定「アリアドネー四家」のこと。
詳細はNo.3「設定1 主人公データ&世界観」を参照してください。
>『精々、上玉の奴隷として売り捌かせて貰うとしましょう。ククク……ははははははははははははははははっ!!!』
目指したのは黒幕だと分かりやすい奴、そしてありがちな悪役。
でもただでは散らない予定。
>胸の奥に在る傷が、疼いた気がした。
英国過去編の出来事は士郎にとって忘れられないトラウマです。…この時点では。
過去話Xの登場人物設定:
トバイアス・K・トワイニング(Tobias K. Twining)
アリアドネー警邏隊に所属する21歳の男性騎士。
金髪金眼に黒い肌、獣耳を持つ、銀縁眼鏡をかけた亜人の男性。髪は短髪で、前髪を後ろに梳いてオールバックにしている。
黒い肌に獣耳、オールバックの髪型と、粗暴な風貌に見られるしれないが、彼自身は非常に温和で理知的な人物である。穏やかな瞳と眼鏡がそれを象徴している。
以前に投稿した「設定1」で記述される「アリアドネー四家」の一角、エインズワース家の長男であり次期当主。また妹と弟が一人ずついる。
同じ四家の血筋であるフィンレイと面識があり、彼女から「トビー兄様」と呼ばれて(そこそこ)慕われている。
カティア・プランタード(Katia Plantade)
アリアドネー警邏隊に所属する、26歳の女性騎士。そろそろ恋人との結婚を考えている。
肩甲骨まで伸びる黒い長髪と、髪と同じ黒色のネコミミ、そして張りのいい褐色肌を持つ亜人。
職場ではデキる騎士と評判だが、実はドジっ子属性持ち。彼女の恋人は、カティアのそんな所が大好きである(ノロケ
フィンレイ・チェンバレン(Finlay Chambelain)
過去話・魔法世界編のヒロイン。
アリアドネー魔法騎士団候補学校(原作で夕映やコレットが通っていたのと同じ学校)に通う15歳の少女。学年は3年生。
尖ったエルフ耳を持つ亜人。美しい銀髪を背中まで伸ばしており、瞳の色は碧緑、肌は健康的な美白。父親譲りの銀髪を気に入っていて手入れを欠かさず、普段はポニーテールに結わえ上げている。
男勝りな口調をしており責任感が強い。その性格ゆえに慕われており人気もあるが、家柄と育ちが良いため舐められることも多く、一部の同級生に嫌がらせを受ける事が少なくない。その所為で「お嬢様」「ご令嬢」などと呼ばれる事が大嫌い。またこの事が起因して「お嬢様」でなく「騎士」であることに拘りを持ち、騎士団候補生"らしさ"に執着するきらいがある。
騎士団候補学校に通って改善されてきているが、箱入り娘ゆえの世間知らずが未だに少し抜けていない。
アリア・サモラ(Aria Zamora)
アリアドネー魔法騎士団候補学校の3年生。フィンレイのクラスメートでありルームメイト。
頭部から垂れた犬耳を生やし、肩で切り揃えた栗色の髪と、犬の尾、焦げ茶色のくりっとした目を持つ亜人。
笑顔で周囲を和ませる、ほんわか癒し系少女。しかし妹が人攫いに攫われてしまい、現在はその笑顔に陰りが見える。
笑顔で癒すとか、癒し系とか、Fateでいう由紀香ちゃんポジション…と見せかけて実は……いやなんでもない。忘れてくれ。
パトリシア・サモラ(Patlicia Zamora)
アリアの妹。12歳。初等魔法学校の卒業式を控えていた。
姉と瓜二つの容姿だが、性格は大人しい姉と正反対にやんちゃなお転婆娘である。
サモラ家はアリアドネー在住であり、そのために今回の事件に巻き込まれてしまう。
……「やんちゃでお転婆、そして妹属性…英国過去編のラーラ・キャンベルと設定が似ている」という事実に気づいてはいけない。
レナータ・インセグノ(Renata Insegno)
フィンレイやアリアのクラスメートである少女。
人間の耳と同じ位置に生えた獣耳を持ち、黄緑色の髪をベリーショートにした亜人の少女。
趣味や格好などがボーイッシュで、女子としては少々下品で乱暴な口調を使う。しかし内心では「もっと女の子らしくなりたい」と悩む乙女な一面を持つ。
早朝ジョギングをしている時に今回の事件に巻き込まれてしまった。ちなみに彼女の登場予定は無い。
近衛士郎
この小説の主人公。キャラ紹介の順番は7番目になったが間違いなく主人公だ。妙な疑いは止してくれ。
とある人物を追って旧世界から(密航して)魔法世界へやって来た、16歳の魔法使い。
赤毛の髪と紅眼を持つ
人間の少年。前髪を後ろに梳いており、彼の養父…近衛詠春の若かりし頃と似た髪形をしている。
偶然出会った「千の刃」ジャック・ラカンに師事し、目的がてら彼と二人で修行の旅をしている真っ最中。意図せずして手に入れた「魔術」や「ある人物の戦闘経験・技術」「記憶」を完全に己の物にすべく奮闘しつつ、ラカンに死ぬほど扱かれる毎日である。
そんな旅の途中に立ち寄ったアリアドネーで、彼は事件に巻き込まれてゆく。
ジャック・ラカン
ネギま!ファンには言わずと知れた最強無敵のチートバグキャラ。今作では主人公の師匠である。
士郎と詠春、双方に修行の対価を要求して儲けている守銭奴。この小説では酒好きに加えて(原作以上に)女好きになっている。「若い頃のセラスと関係があった可能性がある」という独自設定をいま追加した。
セラス
アリアドネー騎士団の
総長。すなわちアリアドネー国家主席。
頭部から白い角を二本生やした、エルフ耳を持つ亜人の女性。色素の薄い金の長髪と白い肌を持つ美人熟女。
今回の事件がきっかけで士郎とフィンレイを目にかけるようになる。
次回、「ネギま!―剣製の凱歌―」
過去話Y、魔法世界編A 朱色の
禍音 それでは次回!