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ネギま!―剣製の凱歌― 過去話Z、魔法世界編B 茜き再戦
作者:佐藤C   2012/05/30(水) 23:49公開   ID:1C5l.OagbSo



 多くの差異が存在する、地球と魔法世界ムンドゥス・マギクス―――旧世界と新世界。
 しかしどちらの世界であっても、空の色だけは変わらない。

 美しい蒼穹。
 空は青い、雲は白い、太陽は眩しい。……何にも代え難い平穏だ。


(………この体中の痛みさえなければな。)


 見るに堪えないボロボロの姿をした少年が一人、人気のない路地裏でその体を投げ出している。
 益体のない事をぼんやりと考えながら士郎は、青痣ができた瞼を上げて空を見た。


 痛いことは痛いがそれだけだ。斬られる刺される撃たれる方がずっと痛い。
 何より…身体の傷はわかりやすく治ってくれるからまだマシだろう。


同調、開始トレース・オン

 ―――身体状況。軽微損傷・・・・多数。
 詳細…内出血により青痣ができる程度の軽傷多数。それらによる鈍痛で身体機能が10%低下。


(……ホント、魔術様々だな)

 何人もの大人にあれだけ暴行を受ければ、骨折や内臓破裂を大いに危惧する事態だろう。
 だが魔力で強化された肉体は、抵抗できぬ暴力にも何とか耐え凌いでいた。
 魔法が使えれば他にもやりようがあるのだが、今はこれが限界だ。

 彼は仰向けに倒れたまま、膝を曲げて脚を動かし、腕を上げて拳を握る。

「……正直…右手の指が怪しいかな……。…いや、大丈夫だ。問題ない。
 他の場所も…ものすごく痛いだけだ」

 元より問題にもならない。そんなものより……もっと痛いものがある。




『…やめろ……やめて………!!』
『もう、やめてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!』


 思い出す。人の壁の隙間から見えた、涙声で叫ぶ少女の顔。


「………あァ、泣いてたな」

 ポツリと、独りごちる。
 しかし不謹慎と解っていながら、彼の顔には思わず笑みが零れた。
 その笑みは…隠しもせず発散される嫌悪感は、これ以上ない自嘲だった。


「…………本当に、嫌になる」


 一年前に破れた約束。
 雪と血に沈んだ少女ひとを……思い出さずにはいられない。

 悔しくて、情けなくて…自分が許せなくて。それ以来死ぬ気で修行を積んできた。
 ―――その結果が。いいように嬲られて、女の子を泣かせただけ。


「俺は結局、いつまで経っても成長してない」


 無力な自分に内臓はらわたが煮えくり返る。怒りで気が狂いそうだ。
 歯軋りなどできよう筈もない。悔しさで、奥歯はとっくに砕けている。

 ――――ああ…だが、上等だ。


『おまえにとって戦う相手とは、自身のイメージに他ならない』


(俺の敵はいつだって俺自身…。なら……!)


「一年ぶりの勝負だ近衛士郎おれよ。逃げんじゃねえぞ。
 ここで俺は……弱い自分おまえを超えていく――――――!!」


 ぐっと握った右拳から血が滴る。
 路地裏の石畳に落ちる血液は、血溜まりになる事なく幾何学模様を描き出す。
 現れた直径30cm程の魔方陣が赤く輝き、少年の右手は世界を歪める神秘の光に照らされた。


追跡、開始トレース・オン……!」


 先程とは違う、不敵な笑みが少年の顔に浮かぶ。
 強い意志が彼の瞳に、苛烈な炎を灯して燃える。

(この程度のケガ如き、怪我の内に入るもんかよ。俺は充分…戦える……!)


魔術師魔法使いをナメんじゃねえ……!!」


 ――――今度こそ、俺は、俺自身を打倒する……ッ!!


 数秒後、その路地裏から近衛士郎の姿が消えた。









     過去話Z、魔法世界編B 茜き再戦









 アリアドネー四家の一角に数えられるチェンバレン家。
 だがその実情と趣は、他の三家と大きく事を異にしていた。

 チェンバレンは商家である。
 有事の際にアリアドネーの経済を、騎士団の意向に沿う形で統制する事を役割とする。
 …そう、その特権は“有事のみ”に限定されていた。

 他の三家は騎士団に有益な人物を輩出しているため、平時でも国内に強い影響力を持っている。
 だがチェンバレンは違う。
 平時は「ただの商家」とほぼ同等の扱いであり、事業に失敗すれば簡単に没落する。
 その後は他の商家が後釜に座るだけ。

 故に、チェンバレンの当主は無能であってはならない。平凡であってはならない。
 弛まぬ努力と研鑽の果てに、彼らはアリアドネーでの地位を築き、今もその椅子に座り続ける。

 だからフィンレイは、それを理解しない奴等が嫌いだった。

「ただの商売人が、どうして名家などと偉ぶっているのか」
「他の三家は誇り高い騎士として騎士団に貢献している。
 なのに何故あの家は、卑しく銭を稼いでいるのか」

 ―――ふざけるな。お父様がどれだけ苦労しているか知らないくせに。

 名家などと言われようが、実際は都合がいい時だけ騎士団の為に力を使わされる損な地位だ。
 それでも浴びせられる妬みと嫉みの言の葉は、常に彼女をイラつかせた。

 ―――私が立派な騎士になって、そんな奴等を見返してやりたかった。

「あら、あなたチェンバレンのご令嬢だったの。…言っておくけれど、騎士団候補生は遊びじゃないのよ?早い内にご実家に帰って、お金を稼ぐ勉強をしたらどうかしら」
「あんたみたいな金持ちの道楽で、騎士になろうって努力してる私達の邪魔をされちゃ堪らないのよ!」

 お父様が心血を注いで得た金を、楽して稼いだように言うな。
 私の意思を、努力を、ただの遊びと決めつけるな…!

『こんなこと言うのは何だが、お前みたいなお嬢様が―――』

 お嬢様?ふざけるな。そんな言葉で…!


“―――わたしを決めつけないでくれ――――――”





 目が、覚めた。


「…う……。」

 ぼんやりと霞んだ視界。覚束ない思考。
 自分でも何を考えているのかわからない…そんな頭で彼女は辺りを見渡そうとする。
 すると、身体に妙な圧迫感があった。

 ――ぎしっ…

 フィンレイの四肢が縄で拘束され、口には猿轡を噛まされていた。
 着ていた外套は脱がされており、今の彼女は騎士学校の制服姿―――赤いリボンが付いた白襟の黒い学生服に、一本の黒いラインが走る白地のミニスカート、脹脛ふくらはぎまで覆う黒二ーソックス―――になっていた。

(………まあ、基本だな)

 流石にそこまで認識すれば、彼女の思考も覚醒する。
 むしろひと眠りしてすっきりしたのか、あれほどいかっていた筈の彼女は澄んだように冷静だった。


(……で、何処だここは)

 目を開けると誰もいない。
 …安易に目を開けてしまったが、人が居なくて良かったとフィンレイは息をついた。

 眠っていたお陰で目は暗闇に慣れている。
 しかしそれでも尚この場所は暗かった。
 窓は塞がれているとかではなく元々無いようで、ひんやりした石床には薄っすら埃が溜まっている。
 視界の端々には何か…木箱の様な大きな物が積まれていた。

(ここは……倉庫か?)

 しかし一般で使う倉庫にしては広すぎる。
 …千人は余裕で入れそうな程に大きい。

 攫った子供達は一旦ここに運ばれたのだろうと推測できる。
 しかし…アリアドネーでこれ程の規模の倉庫を使えるのはそれこそ、フィンレイの実家やアリアドネー騎士団に比肩する組織でなければ―――


 ―――ガゴォ…ン


「っ!!」

 開いた扉から射し込んだ外の光に、フィンレイは思わず目を瞑り身を捩った。


「…おっ。お姫サマが目ぇ覚ましたぜ」

 …バレた。もう少し意識のないフリをして色々探りたかったのだが。
 破落戸ごろつき達はそんなフィンレイの考えを知る筈もなく、ぞろぞろと倉庫の中に入って来る。その数は数十人……四、五十人はいるだろう。

(……まだこんなに仲間が……?)

 ただの誘拐犯というレベルではない、これはもはや組織犯罪だ。
 だが……彼らの様な破落戸が、この大人数で、騎士団を煙に巻けるほど繊細な活動ができるとは思えない。
 この人数を統率し、指揮を執る人間がいるのでは―――


「おい、お頭から許しは出てんだよなぁ?」

 髭を生やした体格のいい男が、ニヤつきながら仲間に問う。

「ああ、この街で二週間頑張ったご褒美だと」

 長身痩躯のヒョロッとした細身の男が無表情でそれに答えた。
 フィンレイは「お頭」という言葉に反応し、彼らの会話を聞き逃すまいと集中する。

「おいおい、もう待ちきれねえってか?」
「お前…こんなガキが趣味なのかよ。あの子と同じ歳なんだろ?だったらまだ十五じゃねえか」
「馬鹿言え、こんな上玉に手を出せる機会なんて早々ねーぜ」


(……………え……?)

 …何だ、この会話は。


「これほどの上玉なら、初物じゃなくてもそこそこ高い値で売れるだろうからってよ」

 粘ついた嫌な視線が、フィンレイの眼と交差した。

「―――――――。」



 ―――――――おかされる。


 ………これでも未来の女騎士だ、そういう知識・・・・・・は授業で…触り程度に習っている。
 だから理解できてしまう。


 眼前にいる男達が、血走った眼で私を見る意味が。
 汚らしいその顔に、下卑た笑みを浮かべる意味が。
 何の気なしに、少しずつこちらに歩を進めてくるその意味が。


 カチャカチャと音が鳴る。男達が、ベルトに手をかけている。
 その音は、少女にとって地獄のベルに等しかった。


「――――。」
「……。――――」
「…―――」


 目の前の男達が、何か言っている。
 ああ…きっと卑猥な事を口にして、言葉で私を辱めているんだろう。

 ―――でも、だめだ。
 ■されると解った途端、いつもの強気が嘘のように。
 私の頭は真っ白になって…思考は欠片も動いてはくれなかった。


 気づけば、男の一人が私の目の前にいた。その手にナイフを持っている。
 無遠慮に足首を持ち上げられて、脚を縛る縄が切られる。猿轡も強引に切断される。

 そうして足と口が自由になっても、体は微かに震えるだけで、金縛りにあったように動かない。
 そのまま乱暴に組み敷かれる。

 小さな悲鳴が漏れたかもしれない、でもそれすら私の耳には入らなかった。

 縛られたままの両手は上に捻り上げられ、スカートの中をまさぐられ、それでも私は何も抵抗できない。
 目の前にある、にぃいっと口角を上げる下賎な笑みに…ただ恐怖した。



 ―――不意に、その笑顔を思い出した。


『その銀色の髪、凄く綺麗だよな』


 …ああ、そうか。

 家柄を気にした奴等の、外面だけの社交辞令でもお世辞でもない。
 掛け値なしに、純粋に…あんなにまっすぐに褒めてくれた男は、家族以外できっと彼が初めてだった。

 ………それが私は、きっと、嬉しかったんだ。



(……はは、本当に馬鹿だな私は。こんな時に何を考えてるんだろう?)


 これから私は…■されるというのに。

 蹂躙される。強■される。輪■される。
 ――――これから私は、「犯される」。


(………嫌だ)


 ――――そんなの嫌だ……!!



「…たすけて」



「―――助けて、コノエぇぇええええええッ!!!」


 瞬間、音より速く人が吹き飛んだ。


“―――ドガァァアアンッ!!!”


 男が壁に突っ込む音と、その反対側の壁が崩れる音は同時だった。
 「彼」は壁をブチ破り、フィンレイを襲う暴力をその手で直接排除した。



 ……最初は、錯覚だと思った。


「あ………」


 ―――「彼」が、立っている。
 男達とフィンレイじぶんを隔てる様に、こちらを背にして立っている。
 少女が名を読んだ…心から助けを乞うた、赤毛の少年が其処にいた。

 ――――――正義の味方。
 そんな単語が、何処からともなく頭に浮かぶ。
 少女が無意識に彼を目で追っていると、彼の方も顔を後ろに振り向けた。


「―――ああ、よかった」


 そう言って安堵する少年の笑みが………とても儚げに見えたのは―――少女の、気の所為だったろうか。

 フィンレイのそんな不安が顔に出たのか、士郎は彼女を安心させるように言う。

「お前の声、透き通ってて綺麗だな。
 よく聞こえたよ、お陰で位置がすぐわかった」

「バッ…!」

(こ…こんな時に言う台詞かそれはーーーーーーー!!?)

 あれは貞操の危機から出た悲鳴である。
 そんな声を褒められたって嬉しくとも何ともない。もっと言葉に気を遣うべきだろうこの男め。
 彼女は無神経な少年に腹を立てて非難した。

「お、お前…!こんな時まで何を言って…!!」

「さあ…人質は救出した。――もう、お前ら如きに遅れはとらない」

 フィンレイを無視して士郎は、短剣を握る両手に力を籠めて敵対者を睨みつけた。

 彼が携えるは黒百の夫婦剣、二振りの陰陽刀「干将・莫耶」。
 士郎とフィンレイ、二人が初めて出会った夜にも力を揮った…無力な少女を助けたつるぎ

 …今度はそれが、自分の為に振るわれるのだとフィンレイは理解した。


「――っの、ガキ……ッ!!」

 我に返った破落戸達が一斉に色めき立つ。倉庫の内に殺気が充満し始めた。

「…まだ痛い目見てえようだな赤毛のガキ」

「今度は手加減してやらねえぞ…!!」

 口々に三流の台詞を吐いて威圧してくるも、彼らは士郎を警戒してすぐには仕掛けてこない。
 …じりじりとにじり寄る様にして、徐々に包囲を狭めてくる。
 士郎はそんな破落戸達を冷たい瞳で一瞥しながら、その一言を吐き捨てた。


「気づけよ。もう終わってるって」


 ――――ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!


 降り注いだ大剣は、破落戸達の衣服を貫き彼らを床に縫いつける。
 人の身の丈を優に越える、長さにして3mはあろうという剣の群れ。それはつるぎの牢獄だ。
 隙なく突き立てられた刃の鉄格子、指一本でも動かせば赤い雫が地に滴る。

 少年が数十人の男達を一瞬足らずで無力化して、戦いは終わる。
 少女は目の前の光景を、呆気に取られた目で見るだけだった。


「……ああ、よく考えたら腹が立ってきた」

「え?」

 そのあまりに何気ない呟き、それに籠められた不釣り合いな怒気。
 フィンレイは未だ呆けたまま士郎を見上げる。

「………お前ら、こんな女の子相手に何しようとしてたんだ…?
 場合によっちゃブチのめすだけじゃ済まさねえぞ糞野郎共……ああ?」

「へ?コ、コノエ!?」


(な、何か性格変わってる―――――!?)

 フィンレイの額に冷や汗が浮かぶ。
 彼女は確かに、士郎から立ち上る憤怒のオーラを幻視した。
 彼の背後に、紫炎を纏った般若が見える―――。


「…壊れた幻そブロークン・ファンタズ…「落ち着けコノエっ!!」――げふぁっ!?」グキィッ

 腕を縛られたままのフィンレイは、タックルをかまして何とか士郎の暴挙を止める。
 何をしようとしていたのか見当もつかない彼女だったが、かなりヤバイ事だけは予想できた。
 …ちなみに士郎の腰から鳴った音もヤバめであった。



 ―――ガラガラ――ッガシャン!!!


「無事かい!?フィンレイ!!」

 不意に倉庫の扉が開け放たれた。
 床でもんどり打って悶絶する士郎を尻目に、フィンレイは扉の向こうから自分を呼ぶ声に顔を向けた。


「あ……、…トビー兄様!!」

 黒い肌に金髪金眼、獣耳に銀縁眼鏡……騎士トバイアス・K・トワイニングが、白いローブを着た姿で扉の前に立っていた。
 外から入り込む光は夕焼けのオレンジ色。時刻は既に夕方だった。

「…ほっ…良かった、無事で」


 ―――ドッ!


「「!?」」

 安堵の表情を浮かべてフィンレイに駆け寄ろうとした彼の足元に、漆黒の矢が突き刺さる。

 明らかな敵意と牽制の意図を秘めたその矢の射手いては………近衛士郎。


「…!? だ、大丈夫だコノエ!
 あの人は私の知り合いで、アリアドネー騎士団の人なんだ!!」

 そう言ってフィンレイが慌てて士郎を制止する。
 そして未だ黒塗りの洋弓を構える士郎を見上げて、


 ―――全身に怖気おぞけが走った。


 トバイアスを見つめる士郎が放つ、刃を思わせる鋭い眼光。それに殺気が籠められている事は明白だ。
 視線で人が殺せるならば、彼に睨まれた尽くがその身を黄泉へと落とすだろう。
 そう思わずにはいられない…それ程までに濃密な殺気……!

「……安心してくれ。その子の言う通り、僕はアリアドネー騎士団で国内の治安維持に努めている者だ。敵じゃない。
 …だからその弓を下ろしてくれないか」

 ……士郎は、必死に弁明する彼を嘲る様に口角を吊り上げた。

「よくもまあそんな事が言えたモンだな。アンタだろう?神隠しの首謀者は」


「…………え?」

 フィンレイは、その言葉の意味が解らなかった。


「…な、何を言ってるんだ君は!?僕はアリアドネー騎士団だと―――」

「フィンレイ。俺が何でわざわざ壁に穴を開けて入って来たのかわかるか」

「え……」

 混乱して上の空になった思考では、そんな微かな声を絞り出すのが精一杯で……彼女はその問いに、碌な返答ができない。
 構わず士郎は話を続ける。

「先ずはお前を取り戻さないと、昼間と同じ展開になるだけだ。
 そう思ったから、この倉庫に入る時は、真っ先にお前の場所まで辿り着いて助け出さなきゃならなかった」

 だからこそ、士郎曰く綺麗な声で響いた「悲鳴」は僥倖だった。
 士郎はその声を頼りにして、壁向こうのフィンレイの位置に見当をつけられたのだ。
 ……だが。

「俺はお前が悲鳴を上げるまで、中の様子を探る事ができなかったんだ。
 この倉庫には窓がない、そして……この倉庫に唯一ある扉には、見張りがついていた・・・・・・・・・からな」

 フィンレイは、未だに士郎の言いたい事がわからない。
 しかし疑いをかけられたトバイアスの、眼鏡の奥の温和な瞳は………もはや笑っていなかった。


「さて騎士さん。今アンタの隣から伸びる人影は、いったい誰のものなんだ?」

 扉の傍に立つトバイアスの足元には、傾いた夕陽によって人影が伸びている。
 彼の仲間の騎士というならさっさと姿を現わせばいい。
 なぜ姿を見せない。さあ、見せてみるがいい。

 ―――見せられる筈もない。
 いま彼の隣には、自分を従える首魁を扉の奥へ素通りさせた…従順な見張り役の破落戸が一人いるだけなのだから。


 レンズに光が反射して、眼鏡の奥に隠れた騎士の表情は……到底窺い知れなかった。





 ◇◇◇◇◇



「…………お、お頭……!!」

 剣の牢獄に囚われた一人が、縋るように情けない声を出す。
 全てが白日の下に曝された……もう打つ手はないと、終わりを予見したのだろう。
 その台詞が、真実を決定づけた。


「ト…トビー兄様……」

「何とかしてくれお頭!!」
「あんた騎士だろ!魔法使いなんだろ!?そんなガキ一匹さっさとぶちのめしてくれ!!」
「楽して大金が稼げるって聞いてたのに…嫌だ!!捕まりたくねえ!!」

 信じられないと言いたげなフィンレイの声を掻き消して、口々に好き勝手喚きだす破落戸達。
 彼らの声を聞き流して、トバイアスは不気味なほど静かにその名を口にした。


「―――アリア・サモラ」

「ッ!!」

 フィンレイが息を呑んだ。


「……彼女はまだこちらの手の内にいるのですよ?
 彼女の命が惜しければ、大人しくその弓を下ろしなさい」

「断る」

「!? コ、コノエ!?」

 信じられない台詞に思わず驚きの声をあげる。
 しかしこの後さらに続く言葉に、フィンレイは今度こそ絶句した。

「彼女は人質なんかじゃない。お前達の共犯者だ」

 トバイアスの眉が僅かに動いたのを、士郎は決して見逃さなかった。

「路地裏でアリアかのじょが人質になっているのを見た時、おかしいと思ったんだ。
 フィンレイじゃあるまいし…何で彼女はこんな治安の悪い時に外出したのかって」

フィン(……うぅ)

 人攫いが騎士学校のセキュリティを越える事は流石に考えにくい。
 ならば自分から安全区域セーフティを抜け出したと考えるのが一番自然だ。
 問題はその、抜け出した理由だったが……

「フィンレイから聞いた話と、セラスさんから聞いた話…そして今あんたの口から出た名前。これで全部が繋がった。
 今回の事件で最初に攫われた子の名前を………パトリシア。パトリシア・サモラと言う」

 フィンレイからは「アリア」としか聞かなかった為、最初は繋がりがあるとはわからなかった。
 だがセラスの執務室で見せて貰った資料に……あったのだ。「サモラ」という同じ姓の人物が。

「妹を返して欲しければ協力しろ…そんな事を言って彼女を抱き込んだんだろう。
 だから俺はもう彼女を人質とは思わない。
 何処にいるかは知らないが…姿が見えない所を見ると、今ここにはいないんだろう。学校に戻ったか?どっちみち人質には成り得ないな」


 士郎の口は止まらない。いや…誰も止められない。
 破落戸達は悔しげに俯き、フィンレイは士郎を見つめながら何も言えない。
 トバイアスは……ただ無言であった。


「……さあ…もういいだろ?大人しく騎士団なかまに捕まるか…それとも」

 その言葉は、最後まで言えなかった。


「アールデ・テッラ・トゥラン・トゥーラン!!魔法の射手サギタ・マギカ』・連弾セリエス砂の十三矢サブローニス!!!

「―――ふっ!!」


 圧縮された砂の十三矢が、士郎と―――フィンレイ目掛けて撃ち出された。

 士郎は瞬時に同数の矢を投影して鷲掴みにする。
 文字通り矢継ぎ早に矢を番えて繰り出す、機関銃にも勝る連続速射は瞬く間に全ての砂の矢を撃ち貫いた。

 だが彼らは互いに理解していた。
 この一撃は次の手までの時間稼ぎであり、小手調べだという事を。

装剣メー・アルメット!!」

 アリアドネーの騎士団員に支給・配属される、黒い大剣がトバイアスの手中に召喚された。
 熟練した剣捌きでそれを軽く振り回すと、彼は再び始動キーを口にする。
 しかしその瞬間、士郎も武装を完了した。

金剛武器強化コンフィルマーティオー・オブドゥラーレス…!!」

投影、完了トレース・オン――――!!」


 ―――――ガギィイインッッ!!!


 その剣戟は火花を散らして金属音を響かせる。
 強化され白銀に変色した大剣は辛うじて、交差して斬り付けられた黒白の双剣を防御した。
 二人の間に在った距離は、既に零になっていた。

 ――ギ…ギギィ……ッ!!

「“瞬動術クイック・ムーブ”!しかもこれほどの疾さとは…!!」

「アンタが遅いんだよ。師匠はこの万倍疾い」

 顔を歪めるトバイアス。何と間抜けな光景だろう。
 人の身の丈ほどもある大剣を構えた男が、鉈の様な二本の短剣を握る少年に―――力負けして、徐々に押されていくその姿は。


―――鶴翼しんぎ欠落ヲ不ラズむけつにしてばんじゃく

「…!?」


心技ちから泰山ニ至リやまをぬき


 ―――ギィンッ!!

 士郎は交差した腕を力任せに振り抜いて、敵の大剣を上方に弾く。
 トバイアスは瞠目した。この少年の何処にそんな力があるのか……!!


心技つるぎ黄河ヲ渡ルみずをわかつ

 そのまま士郎は腕を折り畳んで身を捩り、その場で回転し始める。
 それが意味のない行動に思えたトバイアスは、瞬時の判断を致命的に遅らせた。


唯名せいめい別天ニ納メりきゅうにとどき

 回転の遠心力を上乗せした斬撃。
 ようやく少年の意図に気づくも回避は間に合わない、彼は慌てて剣を構えて盾にする。
 そんな防御ものは無意味と知らずに。


―――両雄われら共ニ命ヲ別ともにてんをいだかずツ……!


 ―――――バギィインン!!!!!




 ………数秒後、トバイアスは無様な姿で地に伏していた。


「…はっ…はぁっ……は……っ!!」

 吹き飛ばされた彼は息を荒げながら、必死に冷静さを取り戻そうと躍起になる。
 彼の左腕から流れる血は、鳥の羽根のような形状の大剣と化した…士郎の干将に付けられた裂傷だ。
 先の一撃は剣の防御も魔法障壁も、すべて無視した圧倒的な暴威だった。

 そう、彼は信じられないものを見た。
 自らだけでなく、多くの騎士団員が信頼して使う自慢の大剣が…無惨に折られたその現実すがたを。 

 離れた所から彼を見下ろす士郎の眼は、何処までも冷ややかだった。



「………く、は、はははは…」

「…に、兄様………」

 幼少よりの知己の変貌に…フィンレイは言葉を失くす。
 不格好に顔を歪め、トバイアスは狂ったように笑いを漏らした。




「―――ああ…君ほどの魔法使いは、相手にするだけ損でした」


(………!?)

 直感が、士郎の頭に警報アラートを響かせた。


 ――ダッ!


 言うと突如、トバイアスが扉に向かって駆けだす。


「っ逃がすかよ…!」

「良いのですか?フィンレイが死にますよ」


(…え?)


 瞬動で接近し、男を掴むまであと数瞬という所で―――士郎の動きが明らかに鈍った。
 …直後彼は、噛んだ唇から血が出るほどその逡巡を後悔する。


「…あぁ、やっぱりそうだ。さっきのアリアの一件で理解しましたよ。
 君は敵なら幾らでも切り捨てられる……しかし味方を見捨てる事は絶対にできない…!!」

 内通者だったアリアに同情しないと公言したと思えば、フィンレイ一人助けるために建物の壁をぶち破っている。
 トバイアスは、味方に甘過ぎる士郎の本質を看破した。 

 当然フィンレイは何ともない。士郎が伸ばした腕は空を切る。
 嵌められたと理解するのに時間は不要だった。

 トバイアスは唯一の出口である扉を出ると、士郎とフィンレイ、そして捕らえられた自らの手駒達を振り返って不気味に笑う。
 彼の右手で、魔法陣が輝いた。


「―――――さらばです」


解放エーミッタム


 足元から輝き光りだす、倉庫全体を覆う魔法陣の紅い煌めき。
 一秒足らずで視界の全てが赤い光に塗り潰される。

 アリアドネーの街に、轟音を引き連れて火柱が立ち上った。
 夕陽に染まる茜色の街にあって、その炎の鮮やかさは不気味に際立っていた―――。




 ・
 ・
 ・
 ・



 その日、取り壊しを待つアリアドネー騎士団の旧倉庫で爆発が発生…のちに周囲の倉庫を巻き込んで大火災へと発展した。
 現在は使われていない倉庫群だったため人的被害は皆無と思われたが、五十三名の身元不明者の遺体が発見される。

 生存者は三名。
 うち一人の少女が軽い火傷を、………少年一名が、全身に火傷を負い重体となった。








<おまけ>

 学校の校舎を歩く彼女は…これ以上なく物憂げな顔をして俯いている。

 少女は、罪悪感に苛まれていた。
 いま自分はこうしてのうのうと、いつも通りの日常を過ごしている。

「あ、アリアさん。フィンレイの具合はどう?今日授業を休んでたでしょ」

 廊下でかけられたその質問に、彼女は思わず肩を震わせる。
 不審に思われたが、訊かれた少女の事も含めて何とか誤魔化した。


“―――お姉ちゃん!”


 自分に向けられた「あの子」の笑顔が、自分を姉と呼ぶ声が脳裏をよぎる。


『私はフィンレイ。フィンレイ・チェンバレンと言う!
 お前の名前は何と言うんだ?せっかく同じ部屋になったんだ、私はお前と仲良くなりたいな!』

 あの世間知らずの箱入りっぷりには…内心で顔を引き攣らせる思いだった。当然本人には絶対の秘密だが。
 ……先ずは彼女に、常識を教える所から始めたのを覚えている。

 ―――ああ。


「わたし、今ごろ後悔してる」


 ………フィンレイだけでは、なかったのだ。


“私は、妹のために何人もの友達を売り飛ばした―――。”


 この罪は、一生消えない。
 彼女が望む断罪は…決して与えられる事はなく。彼女は自身を、自ら罰する事になる。
 それをまだ、この時点では。
 アリアドネー魔法騎士団候補学校三年生、アリア・サモラはまだ知らない。

 ―――同じ頃、友人が連れ去られた倉庫が…魔法地雷によって爆発炎上したことも。



〜補足・解説〜

>雪と血に沈んだ少女ひとを……思い出さずにはいられない。
 士郎は未だ、英国過去編でエレナ・キャンベルを死なせた事を引き摺っています。今の時点では。

>「追跡、開始トレース・オン……!」
 当初は「追跡魔法、かけてやったぜ……!」と、どっかのナギみたいな台詞を言わせる予定でした。しかし指輪を壊されてしまったので魔法全般使えません、この後の展開は魔術だけで戦います。身体強化も「強化」の魔術で代用。
 …ほんとネギま!の魔法って便利ですね。「戦いの歌」だけで筋力、肉体強度、視力全般などいろいろ強化されるんですから。それに比べて強化魔術は……。
 と、そんな訳でオリ魔術を登場させることに。

>…千人は余裕で入れそうな程に大きい。
 そもそも実際の倉庫の大きさがイメージできなかったでござる。
 なので「千人は多い(or少ない)」という意見は勘弁してください。

>「お、お前ぇ…こんな時まで何を言って…!!」
 彼は無神経で鈍い男だったのだ…。
 ちなみにこの時フィンレイは怒りで顔を赤くしているのですが、………それにはちょっとだけ、別の理由が混じっていたり。
 まー、あんな危ない所を助けられたら少なからず意識しちゃいますよね!(笑)

>降り注いだ大剣は、破落戸達の衣服を貫き彼らを床に縫いつける。
 倉庫内の空間を認識し、標的となる人物達の座標を特定する→投影、装填→(上方から)全投影連続層写……という流れです。実はけっこうプロセスを踏んでた攻撃でした。

>何をしようとしていたのか見当もつかない彼女だったが、かなりヤバイ事だけは予想できた。
 あんな屋内で無数の投影品げんそうの魔力を暴発させたら、敵も味方も共倒れますw
 士郎はかなり怒ってたんですねえ。貞操の危機に陥ってたフィンレイの方がよほど冷静です。

>そして……唯一の扉には見張りがついていたからな」
 この辺りから、佐藤C名物「オレ理論」が展開されますww
 よくわかんないや、という方は遠慮なく、感想の方に質問をお書き込みください。

※予想通り、感想に質問が寄せられたため、ここで更に解説致します。


〜オレ理論解説〜

トバイアス登場

士郎「お前が首謀者だな」

なぜ?


 士郎はゴロツキ達にバレないように、倉庫の中を探ろうとした。
しかし倉庫には窓が無く、唯一の扉には見張りがいたのでフィンレイの悲鳴が聞こえるまで行動に移れなかった。


 なのに何故トバイアスは、何事もなかったかのように扉を開けて倉庫の中に入って来れたのか?
 扉の前には見張りが居たのに。

 騎士(トバイアス)が来たので、見張り役のゴロツキは怯えて逃げてしまったのか?いや、誰かが走り去るような音は聞こえなかった。
 トバイアスが倒して気絶させた?いや、争った音が聞こえなかったからこれも違う。それに扉の傍には倒れた人影もなかった。

 よって、佐藤Cのオレ理論として有り得る解答は、

A,見張り役のゴロツキとトバイアスは顔見知りで、悠々と扉の前を素通りした

 ……となります。

 ………ただし今気づきましたが、「トバイアスとゴロツキが共犯で繋がっている」とは導き出せても、どうして彼が神隠し事件の主犯だと判ったのかという説明にはなってませんし、できませんね。前述した理屈だと。

 ……ミスりました。(オイ

 ただ、神隠しの一味の中でトバイアスが重要なポジションにいるであろうという事は判断できます。
 「彼らがアジトにしていた倉庫は、騎士団の旧倉庫」だという記述、また今話序盤でのフィンレイの考察から、
 …「一味が今まで騎士団に尻尾すら掴ませなかったのは、トバイアスの協力があったから」と考えられます。

 ……しかしこの辺りをもっと分かり易く記述するべきでしたね。このアリアドネー過去編シリーズは全体的に作りが粗く甘いようです…。
 いつか再編集に挑戦したいです。できればもっと短くしたい……。

 これからも精進致します。

 また、この解説に目を通してもまだよくわからないという方は、お手数ですが感想にご質問をお寄せください。


>フィンレイは今度こそ絶句した。
 よく考えたら彼女が不憫過ぎる……友達と、親戚の兄ちゃんみたいな人が揃って犯罪に加担・もしくは首謀者だったのだから……。

>だが俺はもう彼女を人質とは思わない。
 「なんか士郎、容赦ないな」と思われた方もいらっしゃると思います。
 実を言うと士郎のこの発言は、まあ…ブラフ(ひっかけ)というかハッタリですね。
 「アリアを人質にしたくらいで俺は大人しくならないぜ」と先に牽制しておいて、彼女を人質にする行為を抑止しようという戦法です。
 とはいえ士郎は、本当にアリアに同情していない部分もあります。
 以前にも似たような事を書きましたが、この小説の士郎は過去の経験やトラウマから、Fate原作の士郎よりもシビアでリアリストな一面を持っています。

>アールデ・テッラ・トゥラン・トゥーラン
 トバイアス・K・トワイニングの始動キー。彼の得意属性は地・砂系統である。
 これはそれぞれオランダ語・ラテン語・中国語で大地や土壌を意味します。

金剛武器強化コンフィルマーティオー・オブドゥラーレス
 術者が持つ剣や槍などの武器に、地属性の魔力と硬質化を付加する強化呪文。
 原作でユエとビーが使用していた武器強化のオリジナルバリエーションである。
 この『金剛武器強化』は、地系魔法により武器の材質を変化・硬質化・重量を増加させて強化する。
 但し、物理攻撃力上昇という利点もある武器の重量増加は、逆に武器の取り回しが難しくなるという欠点にもなりうる。
 「confirmatio obdurares」、ラテン語で「硬化の促進」の意。
 『金剛』は「金属中最も硬いもの」の意で、極めて堅固で壊れないものの例え。もしくは、ダイヤモンドの和名である「金剛石」のこと。

>鳥の羽根のような形状の大剣と化した…士郎の干将に付けられた裂傷だ。
 呪文詠唱で変化した、干将・莫耶オーバーエッジです。

>生存者は三名。
 残り一人については、次話で言及します。

>彼女は自身を、自ら罰する事になる。
 自殺するとかではないのでご安心を。



次回予告!

「………く、く……くはは………ははははははははははははははははははははははははははははっっっ!!!!」

 罪に身を染めた背徳の騎士は、燃え上がる火柱を背に邪悪な高笑いを上げる。

「なぁに、大したモンじゃねえ」

 救世の英雄は、戦争の終わった世界に歪みを生みだす男を斬る。

「死んでも……いいなんて……言うなよぉ……っ!!馬鹿ぁ………!!」

 銀色の髪の少女は、歪んだ心を持つ少年に涙を流して懇願する。


『自身より他人が大切だなど、その考えは破綻している。
 自分すら救えぬ者に他人を救う事などできはしない』

『近衛士郎。貴様はあの時、自らが開けた壁の穴から迷わず少女を放り出した』

『それが彼女を傷つけたと、お前は理解していないのだろうな』

『彼女の命は救えても、お前を思いやる彼女の心は見殺しにした』

『…覚えておけ。その代償は高くつくぞ―――』


 ――――少年は、そんなユメを見た。



 次回、「ネギま!―剣製の凱歌―」
 過去話・魔法世界編の“後日談にして完結編”!
 少女の慟哭は、少年の心に届くのか―――。

 過去話[、魔法世界編C 銀の髪の少女

 それでは次回!

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 それでは次回。

※2012/5/31
・読者様よりご指摘を受け、誤った表現を修正しました。
・読者様からのご意見を受け、<おまけ>を一部加筆修正しました。
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