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ネギま!―剣製の凱歌― 過去話U、英国編@ Visitor
作者:佐藤C   2012/05/04(金) 20:22公開   ID:CmMSlGZQwL.



 ―――1998年6月、二人は出会った。



「は…初めまして。私、エレナ・キャンベルって言います。
 ………あなたのお名前は?」


「よかったら……その………私と、お友達になってくれませんか?」


「ねえねえシロウ君!今日はどんな事があったの?」


「………うん。じゃあその時は、シロウくんに助けてもらうね。約束だよ?」



 運命の日は半年後……12月25日。
 雪が降り頻る、たえなる聖夜。
 ――――少女と少年は、雪と血に別れをいだく。









     過去話U、英国編@ Visitor









 英国のウェールズ地方。そのとある山奥に、魔法使いが住む村があった。


「今日の授業は“呪い”についてです。
 君達も呪いがどういうものかある程度は知ってると思いますが…これは呪いについて正しい知識を知り、それに安全に対処するための大切な授業です。しっかりと聞くように」


 そこには魔法使いとなるべく勉学に励む子供達の姿。
 その学び舎を、「メルディアナ魔法学校」という。


「えー、私たちは普段魔法を使う際、精霊の力を借りることが多くあります。そしてそれと同じように、呪いにも精霊によって起動する術式があります」


 しかしその中に、異質な者が一人いた。小学生程度の歳の子供ばかりいるクラスの中、その場にそぐわない、中学生ほどの年齢の少年。


「あまりに強大な呪いを解呪するために、呪いの精霊を"騙す"という手法もあります。ただしその場合……注意しなければいけないことは何でしょうか?
 はい、シロウ君」

 シロウと呼ばれた赤毛の少年が返事をして立ち上がった。

「はい。その場合は、解呪は一時的な効果しか得られないことがほとんどです」
「その通りです。よくできました」


 士郎は内心 溜め息をつきながら再び席に着いた。

(「よくできました」って、小学生じゃないんだから………)


 近衛士郎14歳。ひょんな事から魔法を目撃し、魔法使いを志した少年である。
 彼は実の両親と家族に先立たれ、親戚に引き取られた過去を持つ。
 そうして縁者となった義理の祖父・近衛近右衛門は魔法使い。しかし彼は何故か自ら孫に魔法を教えることはせず、士郎をこの学校へ送り出した。
 お陰で今、士郎は年下だらけの学校で勉強する羽目になっている。

 幸い人間関係に不満はない。その年齢のために最初は学校で浮いていたが、士郎の持つ生来のお人好しが幸いし、年下の級友達とは仲良くさせてもらっている。

(お爺ちゃんが魔法を教えてくれればいいのに。そうすれば必死に英語の勉強する必要も、麻帆良を離れる必要もなかったのになぁ………)

 しかし本場で魔法が学べるのはありがたい。そう思い直して、士郎は入学二年目の授業に再び集中し始めた。




 ◇◇◇◇◇



 放課後。
 この学校のほとんどの生徒は授業を終えるとすぐに帰路に就く。
 この村は山奥に存在し、生活に最低限必要なもの以外は何もない。当然娯楽施設などがある筈もなく、学校が終われば友達と遊ぶか勉強や課題をする、もしくは家の手伝いをする以外にないのである。

 しかし今のメルディアナには、それに当て嵌まらない数人の生徒が存在した。


 ・
 ・
 ・


 村の丘、雑草が茂る平原に二人の少年少女がいる。
 少年は星の飾りがついた杖を手に、少女はそんな少年を見つめながら近くの岩に座り込んでいた。彼女の傍には、二人の身の丈を越えるほどの長い木の杖―――少年の父の形見である―――が置かれている。


「――プラクテ・ビギ・ナル……え〜と」

「ネギー、今日は早く帰るって言ったじゃない。早く行こうよー」

「ごめんアーニャ、もうちょっと…。
 ……『闇を切り裂く一条の光。我が手に宿りて』………」

 士郎の赤毛よりも鮮やかな赤髪を持つ少年は、同じく赤い髪を持つ少女を尻目に何かをブツブツと呟いていた。

「『白きフルグラティオー―――わぁっ!!」

 ―――バシィッ!

「きゃあっ!?」

 少年の掌から閃光が走り、辺りを一瞬白い光で染め上げた。…どうやら失敗らしい。
 光を出した少年は反動でひっくり返っており、少女は慌てて彼に駆け寄る。

「ネ、ネギ! 大丈夫!?」
「………失敗しちゃった」

 少年はむくりと立ち上がり、再び杖を構えた。

「……ネギ?」
「もう一回」

 ……ビキッ。

「――このボケネギーーーッ!!危ないじゃないのケガしたらどうするのよ!?
 もういーかげん帰るわよ!!今のことネカネお姉ちゃんに言いつけるからね!!(プンスカ)」

「ええっ!?ちょっと待ってアーニャ、お姉ちゃんには黙って…」

「うるさーーい!!もう怒ったんだから!!
 あんたはいつも無茶ばっかりして、今度という今度は―――」


 ぎゃーぎゃーと騒いでいる少年少女の名は、
 ネギ・スプリングフィールド…そしてアンナ・ユーリエウナ・ココロウァと言う。

 ―――“スプリングフィールド”。
 それは十数年前に世界を救った英雄の名前。
 ネギはその人物の実子であり、英雄の子として周囲に期待されていた。

 ……しかし、その血筋ゆえに彼は「悲劇」に遭い、
 戦闘用呪文の習得に日々明け暮れる……およそ子供らしくない生活を送っていた。

 そんな幼馴染みの面倒を見るのは専ら彼女、アーニャの役目である。
 力づくで練習を中断させられたネギは、ずるずると彼女に引き摺られていった。


「………ネギも懲りないなあ」


 微笑ましくも見慣れた光景を視界に収め、士郎はいつも通りある場所へ足を向けた。




 ◇◇◇◇◇



 メルディアナ魔法学校を擁する山村。その中に立つ屋敷のひとつに、数年前から新たな住人が住み着いた。
 それは自然の中で養生する為にやって来た病弱な女の子。名前を―――


 ――コンコン、ガチャッ


「こんにちは、エレナさ…」

「フシャァアアアアアアアア!!!」

「ぎゃあああ!?」

「きゃあああああ!?」

 灰色の物体を視界に収めた瞬間、士郎の顔に痛みが走った。




 ・
 ・
 ・
 ・



「ごめんねシロウ君」

 ベッドで上半身だけ起こしている少女が士郎を見る。ブラウンの目と、腰の辺りまで伸びた少し癖のある金髪。
 申し訳なさそうに士郎に謝る彼女こそ、この部屋…そして屋敷の主「エレナ・キャンベル」17歳だ。

「いや、気にしてないよ…別にエレナさんの所為じゃないし。で、その猫は?」

 僅かに恨めしさを込めた目で、士郎は窓辺に座る灰色の猫を見た。

「さっきアドルフおじ様がいらしてね、私にくださったの♪ディアナって言うんだって」
「へー、サクストンさんが来てたんだ」

 アドルフ・サクストン。
 エレナの後見をしている初老の魔法使いで、メルディアナ校長の知人でもある。士郎もメルディアナの校長を通じて彼と知己になっている。


『士郎。お主に会ってもらいたい者がいるのだ』

 校長にそう言われて引き合わされたのが彼女…エレナ。

 幼い頃から病弱だったエレナは友人らしい友人がおらず、この村に引っ越してきた際に歳の近い友人が欲しいということで、士郎に白羽の矢が立ったのだという。ちなみにネギの従姉・ネカネとも仲が良いらしい。
 だがそんな経緯を聞いたことに関わりなく、二人にとってお互いは掛け替えのない友人となっていた。


『ねえねえシロウくん。今日はどんな事があったの?』


 二人がすることと言えば、士郎が外での出来事を話すだけだったが、それで充分だった。
 そして士郎が今日も今日とて彼女の部屋を訪ねてみれば、灰色の猫に見敵必殺サーチアンドデストロイと言わんばかりに顔を引っ掻かれた。
 その張本人は、窓際に座って後足で頭を掻いている。

(何なんだこのヤロウ……)

 そんな意思を込めて士郎が視線を送ると。

「………フッ…」

 鼻で笑わ…いや嗤われた(ように見えた)。なんかむかつく。

「おいでディアナ。よしよし、いい子」

 エレナが呼ぶとディアナは、すぐにベッドに上って彼女の膝上に座り込む。頭から背中を撫でられ、気持ちよさそうに銀色の目を閉じた。

(……やっぱ猫だな)

 そんなことを思った途端、ジロリと猫の視線が士郎に向いた。

(ッ!? こやつ心でも読んでいるのか…!?)

「……シロウくん」

 マズイッ呆れられた!? くだらない思考を彼女に読まれたかと思った士郎だったが……その考えは頭の外へ押しやられる。
 ―――エレナの表情には、隠しようのない陰があった。


「なにか………あったのかな」

 聞き逃してしまいそうなほど頼りない声で…エレナがぽつりと言った。

 とても要領を得ているとは言えない質問だが………答えない訳にはいかない。
 訊かなければいけない……。士郎はそんな気がした。

「何かって……何が?」

 俯いて目を伏せ、ディアナを撫でる手を動かしながら彼女は口を開いた。

「おじ様がね………すごく、怖い顔してたんだ。隠そうとしてたみたいだけど私にはわかる。だって私のお爺ちゃんみたいな人だもの」


『エレナ、この猫はディアナという。君の新しい友達だ』


“…きっとお前を守ってくれる”


「……"守ってくれる"…。きっと何かあったのよ。おじさまはいつもそう。いつも自分だけで済ませちゃうの」

 そこでまた、彼女の言葉が途切れた。


「……怖い?」

「………怖いよ。すごく嫌な予感がする。
 もう…誰にも会えなくなっちゃうような気がする」

 「そんな大げさな」とは言えなかった。彼女を縛りつけて離さない黒い不安が、士郎の口をも縫い付けて動きを止める。
 ……何故だろう。彼女に悲しい顔をして欲しくないと…強烈に思ったのは。

 ―――駄目だ、そんな顔しないでくれ。何か言えよ俺の口……!!


(………………。)



「―――大丈夫だよ」


 気づけば、口が勝手に動いていた。

「………え?」

「…きっと、大丈夫」

 驚いた顔で彼女は俺を見る。
 確かに俺の言葉には何の根拠もない。そしてこれから言う言葉にも。でも。

「この村には大勢魔法使いがいるんだしさ。何か悪いコトが起きたって……校長や、ドネットさんや、今ならサクストンさんだっている。それに……」

「俺もいる」


 でも…いいだろう? 少しくらい見栄を張ったって。


「本当に…エレナさんの身に何かが起きるんだとしても、俺が守るよ」


「俺が、エレナさんを護るからさ」



「…………うん。じゃあそのときは、シロウくんに助けてもらうね。約束だよ?」

「…ああ、約束だ」


 そう言って、凄く綺麗に笑った彼女に少しだけ見惚れた後。俺達は可笑しくなって笑い合った。

 彼女を元気づけるためだけの、冗談のような約束。

 後から思い出して、恥ずかしくてしょうがなかっただけのこの言葉が。


 それが試される日が来るなんて俺は、思いもしなかったんだ――――。




 ◇◇◇◇◇



 時間は過ぎて12月25日、クリスマス。
 日は沈み、夜の帳は落ち切った。石畳の上に立つ街灯と月明かりが辺りを照らし、しんしんと降り続く雪が薄っすらと地面に積り始める。


「……………。」


 もうすぐ夕食の時間だと思って台所のドアを開けて数秒間、呆然とせざるを得なかった。
 ドアを開けた士郎の目の前で、40歳ほどの女性が歳甲斐もなくハシャいでいる。
 よく見ると玄関には普段見慣れない革靴が置いてある。それでようやく士郎は眼前の事態を把握できた。

「ああ…おじさんが帰って来たんですか」

「そうなのよ〜!まったくあの人ったら仕事仕事って何ヶ月も私のこと放っておいて、ホントヒドイわよね〜〜♪」

 愚痴すら幸せいっぱいである。ええ、ごちそうさまです。

 士郎の祖父・近右衛門とメルディアナの校長は友人であり、その繋がりで下宿先として紹介してもらったのがここネヴィル家である。
 魔法具などマジックアイテムを作る職人…「魔具師」であるバートランド・ネヴィル氏と、その妻ドナ・ネヴィルの夫妻、彼らが士郎の現在の保護者である。

 士郎がおじさんと呼ぶネヴィル氏は、旧世界・新世界問わず仕事で飛び回っているためにほとんど家に帰って来ない。だからいま夫人は、こんなにゴキゲンなのであった。


「さ〜て今日のお夕飯は御馳走よ―――!るるるらら〜♪」

 踊るように調理するドナ。ぶんぶん振り回される包丁が怖くて仕方ない。


「やあ士郎、帰って来たのかい」

 ドアと共にダイニングにやって来た声の主は、赤茶けたボサボサ髪と、それと同色の目を持つ男性。自宅だからだろうが、服もだらしない着こなしをしている。
 彼こそがこの家の家主、バートランド・ネヴィルだった。

「おかえりなさいおじさん。で、ただいま」
「ああ、おかえり」

 彼は士郎のような人懐っこい笑みを返した。




 ◇◇◇◇◇



 夜になったことに加え、冬休みで閑散としたメルディアナ魔法学校。
 その校長室に、ある客人が訪れていた。


「久しいなアドルフ。息災で何よりだ」


 そう声を発したのは、ここメルディアナ魔法学校の校長。浅黒い肌に腰まで届こうという長髪を持ち、長い顎鬚を蓄えた長身の老人である。

「校長もお元気で」

 彼にアドルフと呼ばれた男性もまた、老人と呼べる風貌をしていた。灰色の短髪にノーネクタイのくたびれたスーツ姿をした初老の男は、校長の言葉に僅かに口の端を上げて応えた。

 アドルフ・サクストン。かつてエレナの祖父サイラスの「魔法使いの従者ミニステル・マギ」だった男で、同時に彼の親友だった。現在はエレナの後見を務めている。


「それであの子は……いや、あの子達はどうですか?」

「あの子らも息災だ、儂らのような年寄りなどより余程な。仲も良い…まるで姉弟のようで微笑ましい。
 …してアドルフ、何用で来た。亡き親友の孫娘の顔を見に来た……だけならば良いのだがな」

 アドルフの眉間に皺が寄る。それは苦悶の表情だった。

「その通りです校長。実は………“奴”が…奴がまだ生きていて―――」


「―――ここに、向かっているかもしれません」

 ……信じられない。
 目を瞠る校長が顔に浮かべる表情が、雄弁にそう語っていた。

「“奴”―――じゃと…!?
 確かか? アレはお前の友が、サイラスが命と引き換えに…」

「10年前、奴と戦った私には解る………“奴”です。間違いない……!」

 確信に満ちたサクストンの言葉に校長が黙りこむ。
 二人の間に侵し難い空気が流れ、重い沈黙が校長室を支配した。




 ◇◇◇◇◇



「……………ごちそうさまでした」
「ああ、美味しかったよドナ」
「うふふ♪ お粗末様でした♪」


 士郎はゲップが出そうになるのを必死に堪える。とてつもなく大量の食事だった。夫人、夫が帰って来たからって頑張り過ぎである。ごちそうさまでした。
 しかしそれを何食わぬ顔で完食して笑ってみせる辺り、旦那の方も妻への愛が溢れている………のか?
 そして所構わずイチャイチャしないでください。もう本当にごちそうさまです。

「二人とも、何とデザートもあるのよ♪」
「おっ、それはいいね!一体何かな?」
「………うぷ」

 士郎が顔を青くしたことに、彼の保護者達は全く気づかないのだった。



《――――。》


「…?」

「? どうかしたかい士郎?」

 様子を変えた士郎を快訝に思い、バートランドが問いかける。

「いや…何か変な感じがしたっていうか…誰かに呼ばれた?ような。
 ……気の所為かな」


《気の所為などではない》

「へ?」

 リビングダイニングの面々が顔を見合わせる。今…明らかにこの家の者ではない声がした。


《…………何処を見ている……此処だ》


「「「え」」」


 声がした方に目を向けると、玄関に続くドアが僅かに開いている。しかしそこにもやはり人影は見当たらないが……よく見るとそこには、一匹の猫がいた。
 だがその猫、士郎には見覚えがある。

「……ディアナ!?」

 士郎は思わず叫んで駆け寄った。何故なら…その体は血まみれだったからだ。


《ええい…私に触れるな小僧!怪我など…今はどうでもよい……!!》

「!? しゃ、しゃべっ―――」
「………猫の妖精ケット・シーか?」

 バートランドが口を挟むと、
 血走ったディアナの眼がギョロリと彼の方を向いた。

《その…通りだ、この家の主よ。誰でもよい…伝えてくれ。
 あの娘が……エレナが………》

 そのまま、ディアナは糸が切れたように崩れ落ちた。

「…エレナ? 士郎の友達の、あのエレナちゃんか?」
「……あなた、これ只事じゃないわ。
 校長先生に連絡して――シロウ!?」


 ドアを突き破る勢いで、士郎は雪の降る中を駆けて行った。




 ◇◇◇◇◇



 この世界には、吸血鬼が大別して二種類いる。
 失われた術法によって人間が吸血鬼へと変じた「ハイディライトウォーカー」…「真祖の吸血鬼」。
 そして「そうではない」……通常の吸血鬼。

 そちらにも更に二種類の吸血鬼がおり、ひとつは真祖に噛まれて吸血鬼化した「眷属としての吸血鬼」。
 もうひとつは幻想の異界、魔法世界で生まれた「種族としての吸血鬼」である。

 その後者の吸血鬼と、人間の間に生まれたのが………「彼」だった。



 血を欲し、その欲望のまま人を襲い続け、魔法世界で懸賞金をかけられた。
 逃げ続ける彼は、遂にはゲートを密航して旧世界へ逃亡。
 更に人を襲い続けた。

 ―――そして現在より10年前。
 その人物はある魔法使いと相討ちとなって死亡する。
 魔法使いは死後、本国より「偉大な魔法使いマギステル・マギ」の勲章を贈られた。
 それが、公式の記録である。


 だが彼―――吸血鬼は生きていた。


 力の源である血液を大量に失血し、激しく弱体化しても尚、地を這い蹲るようにして生きていた。

 息を潜める生活を続けた。
 見つからぬよう、感づかれぬように人を襲い、魔力の回復に必死に努めた。
 そんな逃亡生活の中、独学ながら彼は魔法の知識を手に入れる。


「ああ、お陰でむしろ、過去の私を超えたかもしれないな」


 だが彼は、過去の恨みを忘れていない。
 自身を討ち倒した魔法使い…サイラス・キャンベル。
 しかし吸血鬼は知らなかった…彼が、10年前の戦いで既に死去してしまったということを。


「―――ならば、彼の血縁を狙うだけ」


 サイラスの血を色濃く受け継ぐ孫娘がいるという。
 その娘は病弱で、現在とある山奥で養生していると聞きつけた。

 探し出すのが面倒だと思っていれば、偶然見つけた彼―――サイラスの親友にして相棒、アドルフ・サクストンが妙な動きを見せていた。
 もしやと思って後をつけてみれば。


 「エレナ・キャンベル」。

 吸血鬼の目の前に、彼女がいる。
 ベッドで上半身だけ起こして本を読んでいる、可憐な少女だった。


「………どちら様?」


 少女は本をパタンと閉じ、怪訝な表情をして来訪者に顔を向けた。


(−――相変わらずだなサクストン。君はいつも大事な所でヘマをする。
 君はサイラスの足を引っ張る間抜けだった……果ては彼の孫娘さえ巻き込んで。
 …いや、今回は私の幸運―――もしくは彼女の不運によるものかな?)


「初めましてお嬢さん。
 非常に申し訳ないが――――その血を、いただきます」


 恭しく一礼して頭を下げた後、面を上げた吸血鬼は………牙を覗かせて笑みを作った。




 ◇◇◇◇◇



「ゼェッ、ハァッ………!!」


 屋敷の廊下を走る。走る、走る。全力で駆け続ける。
 息が切れても、肺が悲鳴を上げても。
 箒に乗れない士郎は家からずっと走って来た。とっくに限界など超えている。

 だが止まるわけにはいかない。友達に危険が迫っているかもしれないのだ。首筋が焼けつく様な焦燥感が士郎を必死に駆りたてる。

 そしてその予感は確信に変わっていた。
 士郎が走る先々では屋敷の使用人がみな倒れている。気絶しているだけだと思われるが、何か起きていることはもはや疑いようがない。

 そして――――眼前に最後の…エレナの部屋の扉が見えた。


「エレナさんッ!!」

 形振り構わず扉をブチ破る。


「……おや。
 ノックもせずにレディの部屋に入って来るとはマナーがなっていないね」


 …部屋の真ん中に、黒い…黒い男が立っていた。

 黒いYシャツ、黒いネクタイ。黒いスーツに黒い革靴。黒いコート。肩口まで伸びる黒髪。そしてそれに相反する、病的なまでに白い肌。
 モノクロ画の人物の様な風貌の中、妖しく光る紅い眼だけが鮮やかだった。

 ―――そして、男の足元には。


(………何で?)


 文字通り、血の気の無い顔をしたエレナが倒れていた。
 首筋に残る斑点のような傷から、血が滴り落ちている。



 何を………された―――――――――――誰に。



――――お前ぇぇぇえええええええええええええええッッ!!!


 悲鳴に近い雄叫びをあげながら激昂し、士郎は弾かれるようにして男に駆けだした。


「プラクテ・ビギ・ナル!火の精霊17柱、集い来たりて敵を射て―――!!」

「『魔法の射手サギタ・マギカ連弾セリエス闇の19矢オブスクーリー』」


 ―――ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!

「―――が……っ!?」

 呪文を唱え始めるのは吸血鬼の方が後だった。それにも関わらず彼は士郎の呪文詠唱を容易く追い越し、『魔法の射手』を繰り出した。

 流れ矢が家具や調度品を砕いていく。床は虫食い状態になるほどボロボロにされ…倒れ込む士郎の鮮血で赤く汚れる。
 全身に矢を受けた士郎は多くの掠り傷と…左腕、左脚、脇腹を矢に貫かれる重傷をその身に負う。


「がっふ……あ………げはっ!!」

 噴き出した血が辺りに血溜まりを作っていく。這い蹲るように床に伏す士郎は咳き込む様に吐血した。


 だが――――まだだ。


「…ほう?その傷でまだ敵を睨みつける気力があるとは。こんな山奥の、平和ボケした魔法使い……いや、魔法使い以下のただの子供が。
 ―――中々の気概だ、少年」


(……………当たり前だ)

 鉄の味がする口を歪めて歯を食い縛る。



<―――其処は地獄。または煉獄。或いは魂を灼く錬鉄場――――。>



(あの地獄を生き延びたんだ……今更この程度でビビる程ヤワじゃない……!!)


 意識が飛ばされそうな激痛を全力で無視して、士郎は黒い男を睨みつけた。
 睨みつけられた男…吸血鬼は、這い蹲る士郎から染み出る赤色にそそられながら………少年の苛烈な瞳に見入っていた。

「………ふむ、君に興味が湧いてきたが…生憎と私には余裕がない。グズグズしていたら魔法使い共がこの屋敷に集まって来てしまう。
 …さらばだ少年。じっとしていれば失血死する前に助けが来るだろう。その命、大事にしたまえよ」


(…………は?)


 ―――コイツは今、何と言った。


 さらば、だと?

 ……おい、待てよ。巫山戯るな……!!

 逃げるな!!


 好き勝手やっておいて……!!最後は尻尾を巻いて逃げるのか!!!


「ふざけんな、こんちくしょう…………!!」


 傷の痛みに耐えながら絞り出したその声は、立ち去る吸血鬼に届かない。
 尚も声を張り上げようとするが…痛みと失血で視界が霞む。体は当然動かない。
 意識が、徐々に薄れていく。


(くそぉ……っ!待てよ………!!)



『うん。もし何かあったらシロウ君に助けてもらうね。約束よ?』


 ―――約束は守れなかった。
 その場の弾みで言った、冗談みたいな約束だったけど。



(それでも…!!俺はーーーーーーー!!!)







――――――――――――――ゴォン!!




 其処は錆び色の大地。
 乱立するのは無窮の剣。
 空を染めるのは黄昏色。
 宙で軋むのは巨大な歯車。

 「世界」、根源の渦、英霊の座、とある英霊の心象風景。
 無数の呼び名を持つ其の場所が、最も呼ばれるに相応しき名は。


      "unlimited blade works"
 ―――――――<剣の丘>。


 その丘に、独りで立つ男がいる。



「理想に溺れて溺死でもしたか?衛宮士郎・・・・








<おまけ>
「士郎、エレナの部屋を訪問する。の巻(Ver.2,75)」


 ―――コンコン、ガチャッ

「こんにちは、エレナさ―――」

 いつも通りノックして―――返事を聞かずに―――ドアを開けて士郎は絶句した。

 部屋に居たのは二人の女性。一人は黒いドレスにフリルの付いた白いエプロンを着ている所謂メイドさん。そしてもう一人は…。

「ひゃあっ!? シッシロウ君っ!?」

 下着姿のエレナさんでした。上下ともに色は白―――


 ――――ズガンッッ!!


「へ」

 開けたばかりの部屋のドアに、ナイフが見事に突き刺さっていた。そして士郎の頬には一条の傷が刻まれ血が滴っている。

「お嬢様のお身体を堂々と覗き見るなこの下郎ッ!このゲスが。下衆が!下種がッ!
 貴方を、万死に値するッ!!」


 咄嗟にドアを閉めた直後、ドアの向こうで「ズガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!」という
 何かが突き刺さる音が聞こえてきたのは気の所為だと思いたい士郎くんであった。



<おまけA>
「えっ、マジカルアンバー?いいえ私はルビーです♪の巻」


「あは〜♪ 私の同僚サファイアちゃんが申し訳ありませんシロウ様〜」
「どわぁっ!?(ビクッ!)」

 気配を全く感じさせずに、一人のメイドが士郎の右に立っていた。
 エレナ付き侍女のひとり、彼女の名はルビー・フェアマン。

「あの子はお嬢様のことになると目の色が変わっちゃうんですよ〜。でも普段はとってもいい娘なんですよー?」
「は、はぁ」

 申し訳なさそうな笑顔で謝ってくる彼女を見て、士郎は何故だか不安に駆られた。
 笑顔の裏に、いや彼女の後ろに「割烹着を着た悪魔がいるような気がする」などという自分でもわけのわからない焦燥。
 …思わず一歩後退る。


(……怖い。なんか怖い。害意はないのに悪意に満ちてるとかそんな気がする!?)

 そんな士郎の内心を知ってか知らずか、逃がさんとばかりにルビーは士郎に一歩近づく。
 先程までとは違う種類の笑みを浮かべて。

「それで〜……。シロウ様、お嬢様のお身体を拝見したご感想はどうですか?
 多少クセはありますが、絹糸のような金糸の髪!
 あのシミひとつなく白い、艶のある肌! 瑞々しい太腿!
 清純ながら色香に満ちたうなじ、鎖骨! くびれ! 足首!
 あどけなく愛らしいお顔! 赤く染まる唇!!
 どうですかシロウ様!?
 もうドキッとしちゃったとかクラッときちゃったとか興奮しちゃったとか押し倒したいと思っちゃったとかキャ〜〜〜!!
 シロウ様ったらそんな大胆な〜♪(きゃはっ♪)」

「おっ――思ってませんよそんなこと!?」


 ――ギィィ………。


 地獄の扉が、開いた音だった。

 ……ドアの向こうには。
 顔を真っ赤にして俯くエレナと、士郎を怨嗟の籠もった眼で射ぬくメイドの姿があった。

 …ええそりゃまあさっきの会話(というかルビーさんの声)は当然聞こえているでしょうねぇ大声だったんだからそしてルビーさんは満面の笑みで吊り上がる口を手で隠してくすくすとお笑いになられておる………。

 嵌められた。士郎は遅まきながら理解した。

 ドアの向こうから、もう一人のエレナ付き侍女サファイア・モーランが投擲用ナイフを両手いっぱいに構えている。排除すべき害虫をSATSUGAIすべく。


(ああ………死んだなこれ。ははっ)

 士郎が乾いた笑いを浮かべた直後、キャンベル家の屋敷に機関銃の如き轟音が響いた。



〜補足・解説〜

>Visitor
 =ヴィジター。英語で「来訪者」の意。

>ネギ・スプリングフィールドとアンナ・ユーリエウナ・ココロウァ
 この時点でのネギはメルディアナ魔法学校一年生、アーニャは二年生です。

>そして「そうではない」……通常の吸血鬼。
 捏造設定。多分こんなんじゃないか、という推測と想像で作ったものです。


:英国編オリジナルキャラクター:

エレナ・キャンベル(Elena Cambell)
 英国出身である17歳の少女。少しクセのある金髪を腰まで伸ばしている。瞳の色はブラウン。
 祖父譲りの大きな魔力と魔法の才能を持つが、生まれつき病弱な為にずっとベッドの上の生活をしていた。そのため友人と言える友人がおらず、士郎が初めての友達となる。
 ロンドンの実家(商売をしており金持ち)に祖母、父母、そして10歳の妹がいる。
 ちなみにその妹は士郎の事が…。

アドルフ・サクストン(Adolph Saxton)
 灰色の髪をした初老の男性。瞳の色は青みがかった灰色。
 今は亡きエレナの祖父・サイラスの親友で、彼の魔法使いの従者ミニステル・マギだった男。その親友の死に負い目を感じており、忘れ形見であるエレナを守ってきた。
 校長の知人。

サイラス・キャンベル(Cyrus Cambell)
 エレナの祖父でありアドルフのマスターだった魔法使い。故人。
 全盛期の戦闘力は、麻帆良の魔法先生と同等以上に渡り合える実力者だった。およそ10年前(1988年頃)、ロンドンで通り魔的に人々を襲った吸血鬼を討伐するものの、相打ちとなって死亡した。

ディアナ(Deanna)
 灰色の毛並みと銀灰色の瞳を持つメス猫。オコジョ妖精と並んで由緒正しい猫の妖精ケット・シー
 元はアドルフの使い魔だが、エレナに迫る危険を感じた彼が彼女を守るためエレナに譲り渡した。
 士郎が初対面の時に顔を引っ掻かれたのは、ディアナが士郎を警戒したため。

バートランド・ネヴィル(Bertrand Neville)
 魔導具マジックアイテムを作成する職人「魔具師」。幾つかアーティファクトを製造して「魔法使いの従者」契約システムに登録したこともあるらしい。
 新旧世界を飛び回って活動する変わり種で仕事の虫。そうやって妻と家庭を放っぽり出してはいるが、妻のことはめちゃくちゃ愛してる。
 士郎を可愛がる妻を見て、仕事に熱中し過ぎてほとんど家に居なかった若い頃を後悔している。

ドナ・ネヴィル(Donna Neville)
 バートランド氏の妻。栗色の髪をショートヘアにしている40代の女性。小皺が増えてきた事が最近の悩みであり、士郎の世話を焼く事が最近の楽しみである。
 ウェールズにおける士郎の保護者。夫との間に子供ができなかったため、士郎のことをとても可愛がっている。士郎からしてみれば時々うざったくもあるが、善意であるために文句が言えず、また士郎自身も彼女を母親のように慕っているため逆らえない。

 このネヴィル夫妻は結婚して長いにも関わらず、今でも一緒にいるとバカップルの如くイチャイチャする歩く公害と化す。
 そんなバートランド氏の、ドナへの愛情溢れる接し方を見て過ごしたため、士郎の女性の扱いは多分にこの一家の影響を受けていたりする。

吸血鬼
 この吸血鬼の名前は後々に登場する予定です。それまではいちいち「吸血鬼」と呼称します。

ルビー・フェアマン(Ruby Fairman)
&サファイア・モーラン(Sapphire Morlan)
>貴方を、万死に値するッ!!
>あは〜♪
  エレナ付き侍女の二人。言っておくと某屋敷の某メイド双子姉妹とは別人です。
 ていうかこれが翡翠さんだったら性格違い過ぎるw
 平行世界の同一人物という訳ではなく、そもそも彼女達は姉妹でもなく、あくまで外見だけ他人の空似でそっくりさん。髪と瞳の色も違う。
 ていうか「おまけ」のお遊びなのでそこまでちゃんと考えてないですw



 次回、「ネギま!―剣製の凱歌―」
 過去話V、英国編 Blade Height-<剣の丘>-(仮)

 英国編は全3話になる予定。
 前回も言いましたが、過去編はオリジナル要素が強く、原作キャラがほぼ登場しないのでご注意を。

 それでは次回!

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■作者からのメッセージ
 これより、しばらく過去編には原作キャラがほぼ登場しませんのでご注意を。

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