「違うぞ、まりもん。気を周りに同化させるんじゃなく、自分に集中させるんだ。自分を世界に見せつけるんだ、俺はここだと主張するんだ、世界の中心で愛を叫ぶんだ!」
「隆也くん、またわけのわからないこといってる…」
というわけで、絶賛気の使い方講習中です。
ちなみにまりもは気を周囲の波長に同化させるセンスが優れているようで、放っておくと周囲の気に溶け込んでおれでさえ見失ってしまう。
なんかおかしいな、と思ってよくよく見ると特殊技能に『気配同化』が追加されていた。状況から察するに、体内の気と周囲の気との調和を図ることで取得が可能なようだ。でもこれってある意味暗殺者向けの技能だよな。
だが大切なのは己の気を高めることだ。これには自己をしっかりと持つことが影響してくる。
つまり個としての意識が強ければ強いほど、一人の人間であることを意識し、おれはおれだと大声で叫べるものほど気は強くなっていく。
というわけで、レッスン1、自己主張しよう、を実践中なのだ。
「さあ、まりもん、リピートアフタミー、おれってストロングだぜー!」
「えー?なんか馬鹿みたいでやだ」
言うに事欠いて馬鹿見たいと言いやがった。おのれまりもんめ。
「いいだろう、そういうことを言うやつにはそれ相応の報いを受けさせるのもまた、師匠たるおれの努め。そう、心を鬼にしてまりもんを鍛え上げてやろう」
「なんかすごく嫌な予感がしてきたよ…」
まりもが不安そうな顔をしたが、時すでに遅い。おれの怒りは有頂天、もはや何人たりともおれを止められないぜ。
「ふふふ、謝るなら今のうちだぞ、まりもん。許しを請うのなら、おれにも憐れと思う心が芽生えないこともないぞ?」
「そうやって謝って、許してくれたことってあったっけ?」
「あれ?なかった?」
こくり、と頷かれてしまった。あるぇ?そうだっけ?うーん、そう言われてみれば、そうかもしれんな。
「わかった、それじゃ、まりもんには諦めてもらおう」
「ふえええ、やっぱりそうなるんだ」
半泣きのまりもを眺める。いやあ、実に心温まるやりとりだな。
え、全然そうは見えないって?うん、実はおれもそう思う。
「というわけで、まりもんの心をえぐる逸話シリーズその1。まりもんは去年の冬におねしょで敷き布団に世界地図を描いてしまいました、ええ、それはもう見事なまでな世界地図でした!」
「ええ!?ど、どどど、どうしてそれを隆也くんが!?」
ふふ、慌てておるわい。日々のまりもの健康チェックの成果がまさかこんなところで日の目を見ようとは。
ん?誰だ、今そこでストーカー乙、とかいったやつは。
いいか、これはおれの親心だ。まりもがいつも健康でいられるように、と常に気をつかっているのだ。決してやましい目的などではない。
ストーカーなどとは違うのだよ、そう、いわばこれは真なる心、すなわち真心なり。
「ふふふ、慌てるでないぞ、まりもんよ。おれのまりもんの心をえぐる逸話シリーズは108まであるでな」
「っっっ隆也くんのばかーーー!」
恥ずかしさと怒りの混じった真っ赤な顔のまりもから強烈な気が吹き付けてきた。と思った瞬間、おれは空を飛んでいた。
何を言っているのかさっぱりわからないと思うが、これは事実だ。
まあ種を明かすとまりもが羞恥と怒りのあまり感情を暴走させて、おれに向かって気を放ったわけだ。
むう、まだまだ精進が足りんな。この程度のことで心を動かされるとは、なんのための精神鍛錬だったのだ。
これは今一度まりもの精神修行をする必要があるか?
そう、あのおれの心の中に眠るSっ気を微妙にくすぐるうれし恥ずかしい修行をもう一度。
うん、悪くない、非常に悪くないぞ。
などと思考する間に、おれの体は落下を始めている。
ひょいと、体を捻り足から着地を決める。
おーおー、派手に吹っ飛んだな。30メートルは飛んでるぞ。
常人なら内臓破裂の重傷決定だな。
「感情の制御はまだまだだが、気の放出は順調だな。ふふふ、これはますます精神修行の必要が…あるぇ?まりもさん、いつの間に背後に?しかもなんか小太刀の切っ先が首筋に当たってるんですけど」
気配同化の効果か、おれには一切気配を感じさせずに背後をとっているまりも。あの距離を一瞬にして縮めたこともびっくりだが、おれの背後を取ったことにもびっくりだ。
だって背後っていえば絶対の死角の一つだ。それゆえに常に注意を払っているのに、それを特殊技能の力を借りたとはいえ容易にとるとは。
ちなみにおれの危機感知能力は、じいさんとの死闘ともいえる稽古でそんじょそこらの戦場帰りにすら遅れをとらない。
素直な賞賛、そして歓喜がおれを包んでいた。まりもは確実に強くなっている。未だその未来は因果にとらわれているとはいえだ。
「隆也くん、あたしのためを思って色々としてくれるのは嬉しいと思ってるし、感謝してるよ?でもね、あんまりおもちゃにされると、さすがのあたしも、ちょーっと我慢ができなくなるの。分かってくれるよね?」
そんなおれの感慨もなんのその、まりもの声は絶対零度だった。触れれば即死亡。反応を誤っても即死亡。
おれの頭の中にあった、邪悪な計画はまりもの本気の殺気の前に無残にも崩れ去っていった。
それにしても、おそるべしは女の勘か。なんとまりもんは、特殊技能『女の勘:LV1』なるものを持っているのだ
あ、そうそう、言い忘れていたが、現在のまりもんの状態は次のようになっている。
基本情報
名前:神宮司 まりも
性別:女
年齢:11歳
身長:133cm
体重:30kg
身体能力情報
筋力:697(220+3000)
体力:721(220+3000)
俊敏:733(220+3000)
器用:534(220+3000)
感覚:471(220+300)
知力:193(220)
精神:522(220+300)
気力:719(220+3000)
身体能力は余裕の一流アスリートレベル突破。
いい感じで強化が進んでいる。
おれに比較して成長がゆっくりしているように見えるのは、単にまりもが普段の小学生の生活を送っているからだ。
その合間合間におれが鍛えているので、どうしてもおれの成長率には及ばない。
通常技能情報
・小刀術:381
・射撃:203
・気放出:409
・気混入:291
小刀術は、じいさんの親友で偉く強い小太刀使いがいたんで、その人に習わせている。
なんで小刀術かっていうと、戦術機の武装で短刀が存在するからだ。
なんで戦術機とまりもがつながるのかについては、はっきり言えば今のところおれよりも強いのが戦術機だからだ。
これからまりもが巻き込まれる運命の中で、まりもを守りきる際に驚異となるだろうものの一つが戦術機だ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず、との格言があるが、要するにそれならまりもに戦術機を操らせればいいなじゃないか?という結論に達したわけだ。
ならばこれからはそれを見越した技能の取得も必要じゃなかろうか、とそいうことで今は訓練メニューを組んでいる。
射撃は、これも同様に戦術機のメイン武装が銃だからだ。
とりあえずモデルガンで練習させている。
気放出は、さっきおれを吹っ飛ばしたようにかなり様になってきている。まあ、おれみたいに緻密な制御まではできないが。
気混入については、今ひとつ伸びが悪いが、気放出に比べての話だ。今のところ刀に気混入して、砕岩剣とかやらせている。
ちなみに砕けた破片がまりもの額に当たって、大泣きされたのにはまいった。
気混入に意識が集中しすぎていて、身体強化のほうがおろそかになっていたせいで、かなりのダメージがそのまま通ったらしい。
幸い傷跡も残らなかったが、これはおれの不注意が原因だ。反省せねば。
特殊技能情報
【新規取得のみ抜粋】
・気配同化
・女の勘:LV1(なんか知らんがいつのまにか取得していた)
問題はこれだ。
なんなんだよ、これは。
『女の勘』ですよ、『女の勘』。
おかあさんの『浮気感知』にもびびったが、これもそうとうびびったわ。
ある日を境に、いつもはほややんとしているまりもが、妙に鋭い指摘をしてくることが多くなったと思ったら、こんなことになっていようとは。
おじさん、喜んでいいやら悪いやらで少々混乱してしまったよ。
だって、女の子の勘、ならかわいいけど、女の勘ってなんか怖い感じしかしないし。
なんていうの、女の情念というか、なんというか。
でもまあ、勘が鋭くなるっていうのは、いいことだ。
うん、そうに違いない。
それにしても、「どきっ、帰ってきたまりもんの精神修行」、やりたかったな…