広大な空間には、汗の臭い、油の臭い、そして火薬の臭いが漂っていた。
ここ帝国軍技術廠13特殊実証実験部隊所属の工房には、静かな熱気が漂っていた。
ここにいるのは、いずれも帝国軍においては異端児。
むろん、世間一般で言うところの異端児ではない。
すなわち、常に最先端の技術を、常に最高の技術を、どん欲に、国、人種などというくだらないものに捕らわれることなく追求するものたちの集団、それが彼らである。
通常に考えれば、実に合理的な考え方である。常に最新を求めてなにが悪いのか?常に最高を求めてなにが悪いのか?
その彼らを異端児と言わざるを得ないその答えは、彼らの置かれた政治的、軍事的な立場にある。
今の帝国軍でもっとも権勢を誇っているのは国粋主義者たちである。
日本こそ至高、それ以外はとるにたらない。
己の持つ価値観こそ全てであり、外からもたらされたもはなすなわち、愚劣である。
実に稚拙な考えであり、実に狭量な思想である。
思い出すがいい、愚かなるものよ、戦国の世、鉄砲を伝えたのは誰であったか?
記録を紐解くがよい、盲目たるものよ、閉塞に満ちた封建制度に風穴を開けたのは、なにものであったか?
思い知るがよい、無知蒙昧たるものよ、今世界の先端を走る兵器を作り出したのは、いったいどこの国であったか?
故に祖国への忠誠よりも、より優れた技術を求める者たち、国粋主義者なぞくそくらえ、そんな者たちがつどうのが帝国軍技術廠13特殊実証実験部隊である。
誰よりも技術にどん欲で、誰よりも新しい技術をもとめる者たち、ある意味この技術廠の中ではもっとも優れた者たちである。
そんな彼らはしかし、軍からは煙たがられ、技術廠からは厄介者あつかいされる始末であった。
だがしかし、捨てる神あれば拾う神あり、いまここに彼らをして刮目せざるをえない事態がおこるのであった。
「さて諸君、諸君らは爪弾きものの集団である。だが同時に最高の技術者である」
小塚技術中尉の小気味よい演説が工房に響き渡る。
「ここに、諸君たちの知的好奇心を満たすものがある。諸君たちの飽くなき探求心を刺激するものがある」
キャットウォークから居並ぶ精鋭たちを睥睨する。そこに見下す感情はない。ただただ、憐れみがある。
その憐れみこそが、自身が受けた衝撃を彼らが受けてしまうことに対する憐憫であることに気づくものは当然いない。
当たり前だ。技術者が新しい技術に衝撃を受けるのまでは理解できても、理解の埒外にある技術にぶつかった際に受ける衝撃、それについて痛いほど知っているのは今のところ小塚だけなのだから。
「当然これには守秘義務が伴う。それも謹慎、懲戒免職、そんな生やさしい処分ではない。すなわち、己の命を対価とする処分である」
小塚の言葉にも、熱狂は醒めることなかった。むしろさらにその度合いを増していく。
それほどまでの技術とはなんだ?それほどまでの新しいものに我々は触れることが出来るのか?
技術者としての至極当然の反応。
誰一人ともこの場を離れようとするものはいなかった。
小塚はそれを小気味よいものと捉えていた。そしてその反面、彼らをいかにして一刻も早く立ち直らせることができるかを思案していた。
「まず諸君らに見せるのは「真・近接戦闘長刀」と仮称している、近接戦闘長刀だ」
スポットライトが、工房の奥に置かれていた「真・近接戦闘長刀」に浴びせられた。
今までの近接戦闘長刀とはことなる、日本刀を思わせる優雅なフォルム。皆の口から感嘆の声が漏れる。そして同時に、疑問の声も。
「あんな形状で実戦に耐えられるのか?」
「見た目だけは大したものだがなあ、あれじゃ、実戦には不向きじゃねえか?」
なるほど、見た目だけはそうだろう。
小塚は内心で暗い笑いを浮かべていた。自分もそう思ったのだ。この実物を最初で己の目で見たときは。
そして小馬鹿にしたのだ、その性能を知りもせずに。
「安国整備班長、悪いが渡してあった資料を皆に配ってくれ」
「はっ」
一番の年かさである安国整備班長、彼だけは小塚の心配を知っている。
なぜなら、彼こそが「真・近接戦闘長刀」の実証試験の実務担当者だったからだ。
資料が行き渡るのを待って、小塚は告げた。
「諸君、諸君らの手元にある「真・近接戦闘長刀」の性能評価数値、それらはすべて真実である」
ざわっ、と物理的な音が聞こえた気がした。
最初は興奮だった。まさか、これほどとは。
そして次に疑念。ばかな、こんな数字はあり得ない。
最後は驚愕。この数値が事実だとしたら、自分たちが今まで手がけてきたものはいったいなんだったのか?
それほどまでに彼らの動揺は激しいものだった。
あり得ない、そう彼らは口にはださずに、しかし顔に表情を浮かべていた。
うそだろ、と。
「疑うのは無理もないだろう、実際私が検証を行った際にも、慎重に慎重を重ねて何度も実証試験を行った。しかし、しかしだ、結果は諸君らの手元にあるものと全く変わらなかったのだ」
朗々と工房に響き渡る小塚の声は、悲壮ささえ帯びていた。
「小塚中尉、しかし、これは、この数値は次世代どころではありません。さらに新しい世代の技術としか」
「わかっている、私もそう思った」
年若い技術者が発言するのも想定の範囲内だ。
「ましてや、これが町工場で作成され、納品されたものだと知っていれば、なおさらだ」
とどめの一言だった。
工房内に、声にならない悲鳴が響いた
「こ、小塚技術中尉、申し訳ありませんが、もう一度おっしゃっていただけませんか?」
顔面を蒼白にした技術者がもはや絶叫の域に達する勢いで聞き返してきた。これすらも想定の範囲内だった。
「この「真・近接戦闘長刀」は、町工場製だ。機密故にどこかは言えないがそれだけは確かだ。ああ、新素材に関しては別の地方会社が開発したものだ」
小塚は平坦な声で質問に答えた。自分で言っていてこの話のばからしさに改めて思い知らされたからだ。
「あ、ありえない…」
技術者たちの中には頭を抱えているものすらいた。
だがまだだ、まだなのだ。小塚は心を鬼にしてさらなる驚愕の事実を突きつけた。
「では諸君、次のものを見てもらおう」
反応は様々だった。
「はっ?なにを言っているんだこの人は?」とばかりにぽかーんとした表情を浮かべる者。
「まだなにかあるというのかこの人は?」と驚愕の表情を浮かべる者。
「もうどうにでもなーれ」と諦観した顔つきの者。
新しいスポットライトが、工房の奥に置かれていた「真・36mm突撃砲」を浮かび上がらせた。
「WS−16Bをベースに作られた「真・36mm突撃砲」と仮称している、突撃銃だ。120mm滑空砲の装填発射機構を排除するかわりに、装填弾薬数、銃身耐久、整備向上を実現させている」
淡々と感情を押し殺したような小塚の声が工房内に再び響き渡る。
当然それを聞く彼らは知らない。次には「真・120mm滑腔砲」の発表が控えていることを。
自分たちこそが世界の最新を追い求めていると思っていたその遙かな先を見せつけさせられ、驚愕することを。
翌年1986年、帝国軍技術廠13特殊実証実験部隊より帝国軍を震撼させる兵装の数々が上申された。
戦術機の兵装とは思えない洗練されたフォルムを持つ八十六式近接日本刀。
近中距離射撃専用の八十六式突撃銃、遠距離支援専門の八十六式滑空砲。
従来の炸薬の製法に改良を加えた新規軸の炸薬。
これらの完成度の高さに帝国軍に激震が走るが、それらはその開発に関わった技術者たちにとっては実にどうでもいいことであった。
そう、自分たちが受けた衝撃に比べれば、そんなのはとるに足らないことだと、そう彼らはすすけた背中で語っていた。
なお追記しておくが、彼らが上申した兵装の数々は元となった兵器の劣化量産版だ。
あれをそのまま上申すれば、上層部がそろって泡を吹いて倒れかねない、との小塚のせめてもの親切心からだった。むろん、一番大きな理由は製造コストとの兼ね合いだったのだが。