12、13歳ときて、ただいまの西暦は1987年だ。
この2年間の間にも世界は着々とBETAに侵略されていた。
大きなところで言えば、1985年にはパリが落ちた。あのパリが、だ。
かつての栄華もすばらしき芸術品の数々も、もはや跡形もないだろう。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、か。
それが人々の進んだ結果であるのならばまだ納得は行くのだが、BETAに蹂躙されたというのであれば話は別だ。おじさん、怒り心頭だよ。
だって、パリと言えば花の都。パリジェンヌ。きれいなおねいさんが、たくさんいたに違いない。それをBETAのやつは踏みにじったのだ。許せん、実に許し難い。
それにパリジェンヌとは一つのブランドでもある。さえないおフランスのあのお嬢さんも、いまいちなあのご婦人も、パリジェンヌの名札が付けば途端に高嶺の花に!
それを、BETAのやつらは無慈悲にも踏みにじったのだ。ゆるせん、絶対に、絶対にだ!
余談だがBETAの前線基地であるハイブも1985、6と続けざまに2つ増えた。あ、ちなみにハイヴ情報は例によって鎧衣のおっさんからのものだ。
え?そっちの方が肝心なんじゃないかって?ちみぃ、文化ってものをわかっていないねえ。人が人たり得るのはひとえに文化を持ち、それを継承、発展さえるからなのだよ。
大体だ、文化がなければそもそもあのエロティカルなランジェリーなるものが生まれてこないではないか!
そして美しい美乳は憐れにも単なる垂れチチと化してしまう。想像するだに恐ろしい。まさに人類終焉の刻だ。
少々取り乱した。
それでおれの周り、というか日本の状況について見てみる。
まずは、1986年、世界に向けて日本から3つの新兵装が発表された。
「八十六式近接日本刀」、「八十六式突撃銃」、「八十六式滑空砲」の3つだ。
日本の国威高揚のために、この発表は日本国中にも大々的に発表された。
日本こそ世界に冠する技術大国だと喧伝したわけだが、事実を知っているおれにとってはどうでもいいことだ。
おれの関心はその性能にあった。もちろん民間人に向けて詳細な性能など公開されていないが、写真で見る限りはおれの作ったものに比べてずいぶんと見劣りするな、と言うのが感想だ。
もちろん量産製品として必要なコストダウンのためにある程度の劣化は見られるとは思ったが、思った以上に劣化しているように見える。
まあ、写真でみただけなんで本当のことはわからないが。
だが問題は、コストダウンのための劣化ではない。
コスト意識は必須だ。技術者であれば誰だって、己の理想とコストのせめぎ合いにあうものだろう。
問題は、それを何とかしようとする創意工夫だ。
これにはおれの思想を何とか覆そうとするそれが見られない。
まあ、無理な注文だというのはわかっているが、それでも残念な気持ちになる。
つまり、今の帝国にはおれの発想を上回るものを持つ者がいないということなのだ。
新素材などについてはどうしようもないとはいえ、せめて発想については期待したかったんだがな。なにせおれ一人の発想では限界がある。
いや、まてよ。おれにはこの世界にない想像の産物のイメージがあるではないか。例えばリアルロボットだとか、スーパーロボットだとか。
ふむ、そう考えればまだまだおれにも発想の余地はあるな。
…まさかこのときの考えが、後におれの評価を変態だとか奇人変人だとかいうものにさせる要因になるとは思っても見なかった。
工房の運営だが実に好調だ。
さすがにこれ以上の秘匿はまずいだろう、ということで鎧衣のおっさんを使って、整備機械の魔改造マニュアルを全国に配布した。
このあたりはさすがだ。発祥の地がこの柊町だと言うことを一切感づかせずに、全国にこの整備マニュアルを浸透させた。
当然その前に、帝国軍技術廠が特許の取得を行っており、帝国の利益を損なわせるようなへまはしていない。
そのあたりの苦労は、帝国軍技術廠の小塚さんとかいう人が一身に負ってくれたらしい。
鎧衣のおっさんの面白そうな顔を見る限り、ろくな目にあっていないんだろうな。顔も知らないが、かわいそうな小塚さんに合掌。
だが当然おれはその先を行く。
ミクロ単位の精度の向上がおこなわれるなら、つぎはナノ単位での精度の向上を。
1000個に一つの不良部品がでるなら、次は100万個に一つの不良部品が出るまでに機械の性能の向上を。
と言うわけで、おれの魔改造には果てがなかった。
まあ、これも鎧衣のおっさんの情報操作を信頼しているからだが。
しゃくな話だが、鎧衣のおっさんの指摘がなければ、この技術が持たざる者にとっては垂涎の獲物だということに気づかなかった。
甘い、と言われればそれまでだが、もとは一般ぴーぽーなおれに、そんな危機意識があるわけがない。
まあ、それを指摘してくれただけでも、鎧衣のおっさんには頭が上がらないんだが、そんな態度を見せたら最後、このおっさんとことんまでつけ込んでくるだろうから、もちろん欠片もそんな様子は見せない。
まず1985年の出来事だが、おれは戦術機のパーツに触れることが出来た。
脚部の整備、と言う名目で回されてきた撃震の下半身部分。
ええ、そりゃあもう興奮しましたともさ。
何せ二足歩行のロボット。
脚部だけとはいえ、男いや漢の浪漫が目の前に。
おれの中に熱いパトスが迸ったのは致し方なかろう。
当然隅から隅まで調べ尽くしました。女体の神秘に迫る勢いで、戦術機の神秘に迫ったさ。
おかげでちょっと周りが引いていたが気にしない。
分かったことは2つ。
こいつ、装甲が脆弱すぎる。
あと、間接部の強度が足りなさすぎ。
おれが頭の中に描くリアルロボットの機動を取らせたら空中分解しかねない。
なんだこのアンバランスさは?
確かに技術的なものは驚異的なレベルだ。前世では2足歩行の機動兵器など夢のまた夢だった。それを実現させる技術力、発想力についてはおれは及びもつかないだろう。
だがそれが現場レベルのものにまで落とし込むとなると、途端に陳腐化してしまう。めざすところが違うのか、はたまた発想の根幹が違うのか。
とにかく、これではおれが思っている機動などな到底不可能だ。
というわけで恒例の魔改造を施すことにした。
まず第一は装甲材の改良だ。
なにせ真・36mm突撃銃の一撃で穴があくような装甲では話にならない。
せめて最初の着弾は防いで、相手の位置確認を行えるようでなければ、ステルス製に優れた相手だと単なる的でしかない。
そんなこんなで検討した結果、スーパーカーボンを改良した特殊スーパーカーボンを採用した。
元々炭素系素材であるスーパーカーボンはうまく改良を施せば、コスト及び重量面でかなり優秀な素材となり得るのだ。
「現実世界脳内再現」を使って、様々な触媒との掛け合わせを行った結果、おれの構想にぴったりの素材ができあがった。
特殊スーパーカーボン、少々ながったるいので真・カーボンとするが、こいつを使えば重量は実に30%軽減、硬度は真・36mm突撃銃を5発まで耐えられる強度を手に入れることができた。
今回はコスト、及び重量制限を考えて素材を選定したが、脳内シミュレーションでは重量80%増、硬度は真・120mm滑空砲の直撃を3発まで耐えられる強度の素材の製法を確立させている。このあたりは、主機の出力が読めないからと、コスト面の問題から採用を見送った。
次が間接部に採用されている電磁伸縮炭素帯の改良だ。
カーボニック・アクチュエータと読むらしいが、紛らわしい。漢と書いておとこと読む、みたいなもんか。
これについても脳内シミュレーションで完成させた真・電磁伸縮炭素帯を使って問題の解決を図った。
なにせ今までの電磁伸縮炭素帯では、ちょっとしたアクロバティックな機動を連続させただけでダメージが蓄積し、終いにゃ間接部破損などという結末を迎える羽目になるのだ。
それに比べると重量5%増、剛性、弾性、伸縮性それぞれ60%増しの真・電磁伸縮炭素帯では飛躍的に稼働時間が延びる。
例によってこいつも脳内シミュレーションでは重量20%増、剛性、弾性、伸縮性それぞれ230%増の素材の製法を確立させている。こいつも例によってコストと重量制限を踏まえて自重した。
ああ、そういえばなんか推進剤が使われていたが、使われている材料に対してあまりに効率が悪いんで、新しい推進剤の製法を提示しておいた。従来比40%増しで、コストはむしろ安価になった。
高速機動戦はリアルロボットの華だからな、推進剤といえどもおろそかには出来ない。
そんなこんなで1986年になったんだが、今度は撃震の上半身が送られてきた。
をいをい、いいのか、たかだが町工場にこんなもんを持ち込んで。
そう思ったが、やはりあこがれの兵器を前に心が躍った。
なにせ「現実世界脳内再現」を使えば、実機の再現が可能だからだ。
というわけでやりましたともさ、実機再現を、脳内でだけど。
結論から言うと、だめだこりゃ。
いや、単純に『戦術歩行戦闘機』という額面通りに捉えれば及第点かもしれないんだけどな。
戦闘機が歩行する。
つまり戦闘機の紙の装甲で、歩行する機動兵器。
そのコンセプトを考えると全体として見て悪くはない。
ある程度の機動性を保持しつつ、なおかつ装甲も戦闘機よりは厚い。
だが、あまりにも中途半端すぎる。
高速機動を売りにするでもなく、重厚装甲を売りにするでもなく、どっちつかず。
これじゃ、BETAの進撃も止められんわい。
いや、鎧衣のおっさんの情報で、レーザー属種なる連中に制空権を奪われているのは知っているが、それにしてもなあ。
とはいえ、こいつの本領は3次元機動にあると見た。でなけりゃ、人型兵器である理由はないもんな。
となると問題は、その機動により発生するGの軽減か。
F1レーサーでもコーナリングにかかるGは相当なものだ。ましてや戦闘機に至っては意識がブラックアウトしてしまうこともざらだという。
それをさらに複雑なGがかかるであろう機動を行うとなると、中の人間が耐えられまい。
そう考えればある程度納得は行く。
つまりこいつは人類が操作することができる機動兵器の限界なのだと。
そこで発想の転換だ。人類の対応が限界だったら、機械で補助してやればいいじゃない。
そんなわけで「現実世界脳内再現」を使って、コクピット周りの改良を行い、耐G能力向上機能の作成、検証を行いました。
いやあ、苦労したわ。なんせ元の世界のイメージも耐Gについては全くと言っていいほど言及されていなかったからな。よるべきものがないってのはつらいな。
おかげで1年近い時間を使ったが、耐Gスーツ、及びコクピット機能については今の段階では満足のいくものができあがった。
こいつさえあれば、おれの想像通りに戦術機が宙を舞い、地を踊る光景が見られるはずだ。
あ、そうういえば搭載されていたアビオニクスおよび戦術機機動用のOSは一から書き換えさせてもらいました。
だって、あれあんまりにもあんまりだぞ?現場の人間、よくあれで我慢してるな。
おれだって、知らなかったんだ。この連続魔改造のせいで小塚さんが泡吹いてぶっ倒れたなんて。
お、おれは悪くないからな。
悪いのは鎧衣のおっさんだ!