「というわけで、この双子は今日一日しか一緒にいられないんだ。一緒に遊んで、思いで作りに協力してくれないか?」
集合させた少女達に軽く説明をした、もちろん煌武院家に絡む因習は省いたが、隆也は軽く頭を下げた。
いきなり自分達よりも年上の少年に頭を下げられた少女達は、困惑の表情を浮かべたが、隆也の真摯な想いが伝わったのか、ぽつりぽつりと賛同の声が上がり始めた。
「わたしはいいわよ、どうせ本なんていつでも読めるんだし」
「ん、わたしもどうせすることないからいいよ」
「みきもいいですよ〜、みんなでいっしょに遊んだほうがきっと楽しいと思うから」
「ぼくもいいよ。トラップしかけたところで、だれかを引っかけるわけにはいかないしね」
「リアルボクッ娘きたー!っおぐぅ!?」
隆也が雄叫びを上げたと思った瞬間、冥夜が素早く隆也のすねに木の枝で一撃を決めていた。
片手にはまりも作の、隆也くん対処マニュアルなるものが握られていた。
言わずもがな、隆也の暴走を心配したまりもが、いつも自分が持ち歩いているマニュアルを渡したものだった。
その一項にはこう書かれていた。隆也くんが暴走した場合の対処、すばやく急所に一撃を打ち込むこと。注意、隆也くんはとても頑丈なので決して手心は加えないこと。
「申し訳ありません、立花どの。神宮司どののまにゅあるにしたがったのですが、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、なんとか平気だ。それにしても、まりもんめ…」
すねを押さえた隆也は、見せられた隆也対策マニュアルを見ながら、まりもへの恨みを募らせている。
周りの少女達は、ちょっと引き気味だ。
「ねえ、あのりゅうやって人本当に大丈夫なのかしら?」
「へんじんであることは否定できない」
「みきは、やさしいお兄さんだと思いますけど」
「よくわからないけど、トラップに引っかかってくれそうなひとだね」
正確には、引いているのが2人、擁護しているのが1人、どうでもよさそうなのが1人か。
視線に気づいたのか、隆也は軽く咳払いをすると、再び少女達に向き直った。
「えーと、この娘達と遊んでくれると思っていいのかな?それじゃ、すまないがさっそくみんなで遊ぼうか?」
「「はーい」」
双子を中心に、少女達が集い、やれなにをするだ、なにをしないだのとかしましい話し合いが始まる。
「さすがに、あの中には入れないな…」
少し離れたところから少女達を見つめる隆也の目には、先ほどのおちゃらけた気配は微塵もない。
鋭利な刃物を想起させる視線。それに少女達は気づいた様子はない。気づいていれば、彼に恐れを抱いていただろう。
「2002年1月1日、か。なにがあるって言うんだいったい」
「ずいぶんと未来の話をしているようだが、なにかあるのかね?」
「それはこっちが教えて欲しいな。なにか心当たりはないか、鎧衣さん?」
突如として背後から聞こえてきた声に、動揺もなく対応する隆也。
「ふむ、残念ながら来年どころか明日のことさえ定かではない政治情勢になっているのでね。思い当たることなどなにもないな」
「そか、まあ、そうだろうな」
どうやら最初は鬼ごっこに決まったらしい。鬼になった三つ編み眼鏡の少女が、その場に佇んで数を数えている。
「で、どれだけ時間は稼げそうなんだ?」
「あまりよろしくはないな。今回の話を知っているあらかたの武家は押さえているが、一部融通が利かない人たちがいてね」
「逆にいえば、その融通の利かない人を押さえれば、今日一日くらいはなんとかなる?」
「押さえることができるのならばだが」
どこかおっとりしたピンク色の髪の少女をターゲットにするかと思ったら、三つ編みの少女は、黒髪の不思議少女を執拗に付け狙っている。もちろん、隙あれば他の人間を捕まえるようにしてはいるようだが、第一ターゲットは黒髪の不思議少女のようだ。
「それだけやっかいなやつなのか?」
「紅蓮家現当主、紅蓮醍三郎。煌武院悠陽様が成人されるまでの後見人として名を連ねている御仁でね。よくもわるくも融通が利かない、困ったお人だ。おまけに武人としての腕は斯衛随一。君が打ち倒した護衛なぞ、比較にならない腕だな」
「あーなるほどね。ところで、護衛の人たちは大丈夫なのかな?罰せられたりとかはしない?」
「そこのところは大丈夫だろう。なにせ、ことがことだけに表沙汰にするわけにはいかない、当然処罰する名目もない。せいぜい、紅蓮式猛訓練を受けることになる程度ですむだろう」
「なんか、こういっちゃなんだが、ご愁傷様、だな」
どうやら三つ編み少女と黒髪不思議っ子の対決は、最高潮を迎えつつあるようだ。じりじりと迫る三つ編み少女、対する黒髪不思議っ子の退路はすでになく、表情にも幾分かの焦りが見えている。
これは決まったか?そう誰もが思った瞬間、黒髪不思議っ子が猛然と鬼である三つ編み少女に駆け寄った。一瞬の動揺を無理矢理押さえ込もうとする三つ編みの少女。だが、そこで誰もが想像しなかったことが起こる。
三つ編み少女に駆け寄る黒髪不思議っ子は、スピードを落とすことなくそのまま猛然と距離を縮め、三つ編み少女の肩に手を置くとそのまま見事な前方宙返りを見せ、三つ編み少女の背後に降り立ったのだ。
「ひゃくてんまんてん」
満足げにつぶやく黒髪不思議っ子であったが、詰めが甘かった。自分の技能に陶酔するあまりに、三つ編み少女の存在を忘れていたのだ。即座に思考を切り替えた三つ編み少女は、黒髪不思議っ子の肩に優しく手を置くと、
「すごいわね、あなた。思わずみほれちゃった。でも、次はあなたが鬼よ」
と、とてもいい笑顔で告げた。
「うーん、なんか因縁でもあるのかな、あの2人」
「彩峰萩閣と榊是親の娘だな。両親は結構仲がいいのだがね」
「へえ、2人とも両親は有名人ってわけ?」
「さて、どうかな?知りたければ自分で調べるのも大切なことだよ」
「へいへい、ところで、問題の紅蓮のおっさんとやらはそろそろここに感づきそう?」
「そうだな、草を全て刈るようなことはしていないからな。すでに感づいているだろう」
少し考えればわかるのだが、帝都全土に草を放ち特定の場所からの連絡が途絶えれば、それはなにかが起こっていると教えているのと同意義だ。
わかるのが早いか、遅いか、の違いこそあるが、それゆえに鎧衣はこの場を探りに来る者たちに何の手も打っていない。
隆也も同様の考えで、見られるに任せている。
「鎧衣さん、悪いがちびっ子達を見ていてもらえるか?」
「ふむ、それは構わないがいいのかね?」
「なにが?」
「武家とことを構えるとなると、相当面倒なことになるぞ。私でもかばいきることはできない」
「ああ、そのあたりは気にしないことにしている。なんとかなるなんて軽く考えるつもりもないが、おれが立ち向かっている相手に比べりゃ、百倍もましなんでな。その程度乗り越えないで、本当の敵になんか勝てっこないさ」
「ほう、君にそれほどまでの決意をさせるとは。その相手というのは誰なんだね?」
「悪いが、そいつばかりは秘密だ。わりいな、鎧衣さん」
「そうか、ならばしかたがない。少々残念だが、今回は諦めるとしよう。まあ、せいぜい武運を祈っているよ」
「ありがとうよ、鎧衣さん」
楽しげな声が飛び交う公園を背後に、ゆっくりと歩み出す隆也。その背中は、鎧衣をして戦慄せざるを得ない歴戦の戦士の物だった。
「お初にお目に掛かります、紅蓮家当主、紅蓮醍三郎殿」
慇懃に頭を下げる少年に、紅蓮は怪訝な表情を浮かべた。
「いかにも、儂が紅蓮醍三郎である。が、貴様は何者だ」
武家御用達のリムジンから出てきた紅蓮を出迎えたのが、この15歳にも満たない少年だった。
確か話では斥候が出迎える手はずになっていのだが、と紅蓮の頭に疑問がよぎる。
「煌武院悠陽様に、縁あってご協力しているものでございます」
「ほぅ」
紅蓮の中の情報と目の前にいる少年とが結びつく。
話によれば、わずか13〜14の少年が、紅蓮が直接鍛えた自慢の弟子を一瞬の後に打ち倒したとか。にわかには信じられない話だが、今目の前にその相手と対峙して紅蓮は直感していた。容易ならざる相手、だと。
見た目、物腰、それはなんの変哲もない普通の人のものだ。だが、打ち込む隙を見つけようとすると、途端にわからなくなる。いつもならイメージがわくのだが、この相手に限っては、とんと想像がつかない。
「できるな、貴様」
「これはこれは、斯衛軍随一と言われる紅蓮様にお褒めいただくとは、恐縮の限りでございます」
「謙遜することはないであろう、話を聞いた限りでは我が愛弟子を一瞬で打ち倒したとか」
「運がよかったのでしょう。尋常な立ち会いであれば、果たして勝てたかどうか」
「謙遜も過ぎると嫌みになるというが?」
「確かにそうかもしれませんが、今はそんなことより本題に入りませんか」
露骨に話題の転換を図ろうとする少年、言わずもがな隆也その人である。
なにせこの人物から、隆也の師匠と同じような臭いがするのだ。
つまり、勝負が大好き、強い者がいたら挑まねば気が済まない性の持ち主。
そんな人間とこんな会話を交わすのは、地雷原を全力疾走するに等しいと判断したのだ。
「ふん、あからさまに話題を変えてきおったな。まあよいわ。悠陽様は無事なのであろうな?」
「当然です。今は子供同士で遊んでいますから、擦り傷くらいは負っているかもしれませんが」
「そうか、悠陽様も十分楽しんでおられるようだ」
「はい」
「だが、それでもお帰りいただかねばならん」
「煌武院家の仕来りがゆえ、でございますか?」
紅蓮の眉がぴくりと跳ね上がる。
「貴様、知っているのか?」
「さて、なにをですか?」
「今貴様が口にしたであろうが!」
紅蓮が吼える。常人なら縮み上がるであろう一括を受けてなお、隆也は涼しい顔をしている。
「そういう紅蓮様はご存じなのですか?」
隆也の声が一段階下がった。
「む?」
「煌武院家の仕来りのせいで、幼い悠陽様が心をどれだけ痛めていたのかを」
「それは、むろん知っておる。だが、悠陽様もわかっておられるはずだ。煌武院家、ひいてはこの帝国のために、守らねばならないものがあることくらい」
隆也にとってその答えで十分だった。
先ほどまでの対外用の仮面をあっさりと脱ぎ捨てると、怒気に満ちた目で紅蓮を見上げる。
「それがわかっていながら、今日という日をゆーひがどれだけ心待ちにしているかを理解していながらなお、お前はくだらん因習を優先させるのか?わずかな時間の邂逅すら許さないというのか?」
絶対零度の視線。たぎる怒りは声からあふれ出るかのようだった。紅蓮ほどの猛者をして、怯ませるほどの迫力があった。
「貴様のような小童になにがわかるか!」
隆也を一括する紅蓮だったが、どこか迫力に欠けていた。
「わからんね、わかりたくもない。ああ、そういえば一つだけわかっていることがある。テメエら武家の仕来りなんざ守ったところで、誰一人救えないってことだ」
「武家の誇りを愚弄するか、小童!」
「誇り?くだらん見栄の間違いじゃないか?」
瞬間、紅蓮から見えない圧力が吹き出した。圧倒的なまでのそれは、紅蓮を満たす怒り故だった。
隆也は、紅蓮の逆鱗に触れたのだ。
「さすが、斯衛最強は伊達じゃないな」
平然とした隆也に、紅蓮はわずかに目を見張る。できるできるとは思っていたが、これほど猛った自分を前にこの余裕とは。
「月詠!」
紅蓮が車内に残っていた運転手に声をかけた。
「予備の刀があったであろう、小童に渡せ」
「はっ、ただちに」
緑色の髪って、なんだかなあ。などと呑気に隆也が考えていると、刀が運ばれてきた。
「あ、どうもありがとうございます」
「いえ、これも任務ですので」
淡々と答えているように見えて、その瞳には隆也に対する怒りが見えた。先ほどの会話を聞いていたのだろう。
「さて、小童。それだけの大口を叩いたのだ。腕の一本や二本、失う覚悟はできているのだろうな」
そういうと紅蓮は、腰に下げていた刀を抜いて、隆也に向けた。
「まさか、そんな覚悟なんてあるわけないじゃないか。だって、おっさん、あんたなんぞおれの相手じゃない」
瞬間、隆也の姿がかき消えた。
紅蓮の武人としての勘が、とっさに一歩下がらせる。同時に抜き打ちを眼前に放つ。
刀と刀が打ち合う音が響きわたる。
「さすが、今の一撃を受けきるか。だてに798じゃないってことだな」
「小童、きさま、いったい何者だ」
紅蓮の背に冷や汗が伝う。いつ以来だろうか、この感覚。勝てる気が全くしない。まだ若く剣術の修行に明け暮れいていたころ、そのころ以来に味わう絶対的な実力差。紅蓮の剣士としての勘がそれを敏感に感じ取っていた。
「さて、何なんだろうな?自分でもよくわからん」
二撃目が紅蓮を襲う。これもかろうじて刀で受ける。
なんとか反撃の糸口を見いだそうと、フェイントを交えた一撃を放つが、軽く返され、あまつさえ一撃をのど元に突きつけられた。
「これで、死亡1、だ。さて、観念するまで何回死ぬことになるのかな?」
「侮るな、小童!」
己を鼓舞するかのように吼える紅蓮。
それを冷静に見つめる隆也。
まだ戦いは始まったばかりであった。
「ようゆーひ。楽しんだか」
「あ、立花さま」
隆也の声に、遊んでいた悠陽が振り返る。
さんざん遊び倒したのだろう、悠陽の着る高そうな着物はもののみごとにぼろ布のようになっていた。
「わりいな、そろそろ時間切れだ」
陽が傾き、辺りには夜の気配が漂っていた。
「いえ、これほどまでに充実した一日をおくれたこと、ふかくかんしゃしております。それに、冥夜に姉上と呼んでもらうこともできました。思い残すことはもうなにもありません」
「姉上…」
冥夜が悲しそうな顔で悠陽のことを呼ぶ。
「だから冥夜、そんな顔をしないで。笑ってわかれましょう。いつかきっと会えることを信じて」
「はい、姉上」
泣き笑いではなく、心からの笑顔で、冥夜は悠陽を見送る。
「美しきかな、姉妹愛。しかし姉妹で百合百合しいのは問題があるのか?いや、これはこれで禁断の香りがして」
その光景を見ながらぶつぶつとつぶやく隆也。なんかもう、いろいろと台無しだった。
「そうそう、遊んでくれたみんなにも挨拶をしとけよ」
「はい、皆様、今日はいっしょに遊んでいただき、まことにありがとうございます。この悠陽、今日のことはいっしょうわすれません」
「おおげさね。いいわよ、わたしも楽しかったし」
「こんどは、やきそばごちそうするよ」
「みきも楽しかったし、おたがいさまですよー」
「こんどはおいしい蛇を捕まえてたべようね」
なんか最後おかしなのがあったが、遊んでくれた少女達は、皆一様に笑顔で悠陽を見送った。
「それじゃ、ゆーひ、ここでお別れだ。この先に紅蓮のおっさんが倒れているんで、連れいってもらってくれ」
「倒れている?紅蓮がですか?」
悠陽の驚きもわかる。紅蓮醍三郎といえば、豪快、頑強、決して簡単に倒れるような人物ではない。
「なに、ちょっとこっちのいたずらが過ぎてな。でもまさか百回以上打ち倒しても挑んでくるとはな」
「はあ、紅蓮を打ち倒すですか」
悠陽はどこか惚けたようなようすでつぶやいた。先ほどの紅蓮醍三郎から思い浮かぶ連想に、最強、というのがある。
それを目の前の少年は、さも当然のように打ち倒したとか言っている。
この隆也という少年に会ってから、悠陽の常識は少々おかしくなりつつあった。
「それじゃ、またな」
「はい、いつかまたお会いできる日を楽しみにしています」
「ああ」
隆也は立ち去る小さな姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。
「なんどもいうが、ロリじゃないぞ、紳士だぞ」
などと訳のわからないことを口にしながら。