「第1小隊、おまえらは下がって補給を受けろ。第2、第3小隊、真・120mm滑空砲で突撃級を寄せ付けるな!」
周囲に立ちこめる粉塵は、戦術機の操縦席にまでは回ってこない。
画面越しに戦況を眺める、そんな気分に小塚は陥っていた。
崩壊は唐突だった。
最初は前線の統一中華戦線部隊の側面支援を命令として受けて、それを淡々とこなしていた。
気がついたら8分はとうの昔に経過していた。
向かってくるBETA相手に獅子奮迅の働きを見せる統一中華戦線。
それを誇らしくも思い、またうらやましくも思う。
人類の仇敵であるBETA、その最前線で戦う彼らのその姿。同じ軍人として、また人類の一人として、羨望を抱かざるを得ない。
それが小塚たち、帝国軍大陸先遣隊第13中隊の面々の思いだった。
だがそんな小塚たちの思いを吹き飛ばすように、それは起こった。
コード991発生。
BETA進行を真っ向から受ける統一中華戦線部隊のその側面に、BETAが出現しようとしたのである。
「全機緊急回避、出現予定地点から距離をとれ」
小塚の命令が中隊全員に行き渡る前に、地面が噴火した。
それは、そうとしか表現出来ない現象だった。
もうもうと立ちこめる粉塵のなか、その異形たちはたたずんでいた。
「撃て、撃ちまくれ」
小塚の命令は悲鳴に近かった。だが、訓練された彼らは敏感に反応した。
手にした『先行量産型真・36mm突撃砲』をおぼろげに浮かび上がる異形に向け、トリガーを引き絞った。
小気味よい炸裂火薬のはぜる音を聞きながら、小塚の思考はようやくいつものそれへと切り替わっていった。
初手はよし、次は遠距離からの120mm弾のシャワーか
WS−16Bと違い、こちらの『先行量産型真・120mm滑空砲』は弾数が桁はずれだ。それを弾幕代わりに打ち込めば、いかにBETAといえども、その進撃を停滞せざるをえまい。
問題は、後方支援装備の1個小隊以外は、1つしか『先行量産型真・120mm滑空砲』を装備していないことだが、こちらはWS−16Bとは違いマガジン装填式だ。補給速度は以前に比べて雲泥の差だ。
旨く後方支援装備の第1小隊と連携を取れば何とかカバーできる。
「第2、第3小隊は真・36mm突撃銃で弾幕をはれ。その隙に第1小隊は真・120mm滑空砲で確実に相手をし止めろ」
シミュレーター上では、従来の36mmでは不可能だった突撃級の足止めを、『先行量産型真・36mm突撃銃』では行えるようなっているはずだった。
そして、『先行量産型真・120mm滑空砲』にいたっては、正面から突撃級を仕留めることさえ可能になっていた。
「ちっ、着弾の噴煙で視界がきかんか。全員、光学視界から赤外線に切り替えろ!」
「了解」
赤外線で得られる情報を元に、各小隊が適切なフォーメーションを組み、適切な打撃をBETAに与えていく。
「レンジャー1より、CP、レンジャー1より、CP、聞こえるか?」
「こちらCP、回線感度は良好です。なにか?」
竹中中尉のいつもの涼しい声が聞こえてくる。
小塚の熱くなりすぎた頭も、少しは冷える思いがするほどだ。
「俺たちが支援していた統一中華戦線の部隊は無事か?」
「ええ、もともとレンジャー中隊の支援をあまり当てにはしていなかったようですし、大して動揺もなく作戦を続行中です」
「そうか、なら、あとはおれたちがこの鉄火場を乗り越えればいいだけだな」
「ええ、そうですね。全員分の戦勝祝いを用意しています。大尉には欠員を出さないよう、指揮をお願いいたします」
「ちっ、軽くいってくれる。了解、わかった、当てにせずに待っていろ」
とりあえずこちらの支援が途切れることで肝心要の戦線に影響がないことは確認できた。ならば後は、自分たちの生存を第一に考える。
浅ましい考えだと笑えば笑え、今のおれの使命はより多くの実戦経験者を本国に送り返すことだ、小塚は内心で嘯きながら全体の指揮をとる。
「レンジャー2からレンジャー1へ、レンジャー2からレンジャー1へ」
「こちらレンジャー1だ。どうした?」
「真・120mm滑空砲の弾丸が持ちません、予備マガジンも使い切りました。第1小隊全員が同じような状況です、弾丸の補給を具申します」
「分かった。第1小隊、おまえらは下がって補給を受けろ。第2、第3小隊、真・120滑空砲で弾幕をはれ、突撃級を寄せ付けるな!」
小塚の指揮の下、第13中隊は有機的な生き物のようなつながりをもって、戦線を維持していた。
ほかの戦線では同様の地下進行を受けたせいで、幾つかの戦線が瓦解し始めていたにも関らずだ。
支援を受けていた統一中華戦線の部隊は当然気づいていない。自分たちがいかに恵まれた状況で任務の遂行に当たれていたのかを。
「レンジャー2よりレンジャー1へ、レンジャー2からレンジャー1へ、第1小隊補給完了しました。これより戦線に復帰します」
「レンジャー1了解。聞いたか、第2、第3小隊の野郎ども。さっさと距離を開けて120mmのマガジン交換を行いやがれ。36mmの弾薬が少ないやつはさっさと後方に補給に下がれ」
「「了解」」
返事を聞いた瞬間、小塚は頭の芯がしびれたような気がした。その声は、誰一人かけていない声だった。
ありえない、ありえないことだがしかし、中隊員12人全員が死の8分を超え、しかも奇襲を受けてなお生きているのだ。
「野郎ども。おれの誇るべき第13中隊の部隊員ども、命令だ、命を惜しめ、名なぞ惜しむな。いいな、生き残れ、このくそったれな戦場で意地汚く生き残れ!」
「「…了解!」」
一瞬の間の後に、全員の声が唱和する。その誓いをあざ笑うように要撃級の前腕が小塚の目前に迫る。
「おせぇ!」
瞬発力が5%アップ。撃震の最新ロットの性能の一部を切り出せばこうなる。しかしその5%にどれだけの可能性が秘められているのか。
右手に握られた『真・近接戦闘長刀』が要撃級の前腕を切り裂いた。
返す刀、すなわちツバメ返し。
一撃の下に要撃級を行動不能に貶めた小塚の激が戦場に飛ぶ。
この場に統一中華戦線、いや全世界の実戦を経験した衛士がみれば目を見張ったことだろう。長刀で要撃級の前腕を切り裂くことなど、彼らの想像の範疇を超えている事象なのだから。
だが、幸か不幸か、初陣の帝国軍大陸先遣隊第13中隊の誰もがそれを気にすることはなかった。
「全機に命じる。今乗っている相棒を信じろ、相棒が手にする武器を信じろ、こいつらは張りぼてじゃねえ。おれたちの期待に答えてくれる。この地獄から生き延びる希望を与えてくれる!」
左手に握った『真・36mm突撃砲』、これも『真・近接戦闘長刀』同様に、他国の衛士からみれば規格外の化け物だ。36mm程度の豆鉄砲で突撃級の突進を止められるなど、誰が考えつくものか、それをばらまきながら小塚が吠える。
「おおっ!!」
威勢の良い雄叫びが唱和する。
全ての戦闘行動、地下進行してきた敵BETAを殲滅することに成功したのち、小塚がおそるおそるおこなった点呼には、中隊員の誰一人かけることのない応答が響いたという。
後の戦闘記録によると2個大隊規模の大型BETAの地下進行をわずか1個中隊の規模しか持たない戦術機部隊が防いだことがあきらかになり、国連、ひいては世界中の軍事関係者に激震が走るが、それはまた別の話である。