「中隊規模で実地検証か、正直、やってられんな」
帝国軍大陸先遣隊第13中隊隊長、小塚次郎大尉から思わず愚痴がこぼれる。
帝国に残っている帝国軍技術廠所属の技術中尉をやっている弟の三郎がいれば、盛大な愚痴をこぼしていたであろう。
将来的に行われるであろう帝国軍の大陸派遣、そのための試金石としてたった1個中隊で派遣された帝国軍戦術機中隊。
理屈の上では大々的な派遣を行うためには入念な下準備、それに加えてより最前線に近い位置での部隊運用のノウハウが必要になってくるのは分かっている。
だが、なぜたったの1個中隊なのだ?
せめて連隊規模、どんなに譲っても大隊規模が妥当ではなかろうか?
中隊ではあまりに軍としての規模が足りない。実地検証用のデータを取ろうにも中隊規模だけのデータなぞ役に立たないだろう。
「考えてもしょうがないか」
派遣してきた上層部の正気を疑う思考を振り払うために、頭を軽く振る。
自分は軍人だ。命令には絶対服従、それが使命だ。
たとえ上層部が無能な集団であったとしても、それに従わざるをえない。理不尽だが軍とはそういうものだ。
「小塚大尉、戦術機の整備が完了しました」
「わかった」
背後からかかる声に振り向きもせずに答えをかえす。
相手は気を悪くした風もなく、小塚の背に敬礼をすると、再び持ち場に帰っていった。
「出撃か…」
もの憂げなつぶやきが小塚の口からこぼれる。
先ほど声をかけてきたのは、スミス孝少尉、日本人とアメリカ人の間に生まれたハーフだ。
この中隊を構成する隊員は全員、なんらかの事情を抱えている。
例えば、外国籍を片親に持つハーフであったり、難民出身であったり、身内に犯罪者を持つものであったり、すねに傷持つものであったり。
そんな寄せ集め中隊を好きこのんで引きいろうとするものはまずいないだろう。
事実、小塚が現れるまでは、暫定的な中隊長こそいたものの、兼務という形でその実態は腰掛けでしかなかった。
だが、小塚が中隊長になってから全ては変わった。
小塚は全ての隊員に対して等しく接し、決して彼らを差別するようなことはしなかった。
意見があれば真摯にそれを聞き、正すべきところは正す、至極まっとうな対応をおこなった。
訓練では自分が筆頭に立ち、後に続く者にその背中を見せ、訓練の合間におとずれる日常での交流も決しておろそかにはしなかった。
そんな小塚の頭の中には当然ことながら、隊員全ての経歴、人物像に至るまで全てがその頭の中に入っている。
たかだか中隊規模の組織編成だ、整備兵の一人に至るまで小塚は熟知していた。
だてに士官学校をトップクラスの成績で卒業し、20代後半で大尉になってはいない。
もっとも、大尉になってからというもの、その癖のある性格のせいで一向に昇進の話はなく、30代半ばを超えても未だに昇進の話はない。
それもしかたがないことか、と自嘲気味な笑いが小塚の口元に浮かぶ。
「厄介者を好きこのんで面倒を見る奇人変人、か」
それこそが、帝国軍内での小塚への見解だった。
だがその能力に疑問をていする者はいない。有能故に、その性格が石頭の帝国軍上層部に疎まれているのは本人も自覚している。
だが、この性はどうしようもない。
同じ帝国軍に身を寄せているものが、くだらない理由で不当に差別されているのが気にくわなかった。故にそれを少しでも正さんと行動した結果、現在の中隊長の地位に据えられた。
別にそれに不満はない。中隊を構成する隊員の素性を詳しく知ってからはなおさらだ。
だからこそ今回の命令には不満を隠せない。
捨て石当然の任務。
つまり上層部はこの中隊を厄介者扱いしており、せいぜい実戦データを送る役に立てばいい程度にしか考えていないのだろう。
「だがな、俺はおまえらにいいように使い潰されたりはしないぜ」
先ほどのけだるげな雰囲気は消え、どう猛な肉食獣を思わせる気配を纏った小塚が、視線を整備が完了した撃震へと向ける。
居並ぶ12機の最新ロットの撃震の、その雄々しい姿に思わず目を細める。
この撃震は、弟の三郎に言って揃えさせたものだ。
最前線に行くものに、最高の装備を揃えないでなにが帝国軍か。
そういって、弟に裏交渉を行った小塚だったが、この願いはあっさりと了承された。
どうやら弟も、最新技術で作成された撃震の実戦データが欲しかったようで、要するに需要と供給が一致したわけだ。
たかだか最新ロット、現行機に比較して何が違うのか。
実際馬鹿にしていたが、シミュレーターに乗ってそんな思いは吹き飛んだ。
スペック上はたったの5%の向上。
だが、操るものにとっては劇的な性能の向上に感じられた。
あと5m動けていれば回避できた、後5m距離を詰めていれば命中していた、それが現実になったのだ。
小塚率いる帝国軍大陸先遣隊第13中隊の面子は、全てこの最新ロットの撃震の性能に夢中になった。
迫り来る最前線への出向、それの恐怖をごまかすかのように衛士たちはシミュレーター訓練に没頭した
「とはいえ、まさか正式採用されていない兵装の実戦検証までさせられるとは思わなかったがな」
視線を移した先には兵装担架に積まれた仮称『先行量産型真・近接戦闘長刀』『先行量産型真・36mm突撃砲』だった。ふざけた名前だが、スペック表、そしてシミュレーターの結果を見る限りは実にすばらしい兵装だ。
問題があるとすれば、実戦を経験していないこと、これにつきた。
戦場では武器に己の命を預ける。故に武器にもっとも求められるのは、性能は当然のこととして絶対の信頼性だ。それが確立されていない武器を持って、戦場に乗り込まねばならない。しかも初陣だ。
「ああ、そうか、俺はおびえているのか」
自嘲が漏れる。
部下を心配なのは本心だ。だがそれ以上に、自分の命が惜しい、こんなわけのわからない兵器なんか使わないで、実戦証明済みのWS−16Bを使いたい。
それが小塚の本心だった。
だが、それを表に出すことは出来ない。
命令は絶対だ。その命令を受けたことで動揺するなど、指揮官としては三流以下を通り越して失格だ。
「いくか!」
両頬をパンッと軽くはると、小塚は勢いよく立ち上がり、愛機の元へと歩を進めた。
歩く小塚の両脇には、そろって敬礼をしている整備兵たちが居並ぶ。
そして向かう先にはCP担当の竹中中尉がたたずんでいる。
「竹中、他の隊員は?」
「すべて操縦席に着座済みです。あとは隊長の号令を待つのみです」
「よし」
流れるような動作で、愛機の撃震の操縦席に身を躍らせる。
主動力の機動を行う、各機動シーケンスを流れるような仕草で行う。
鋼鉄の固まりが、命を吹き込まれ鋼の肉体を持つ巨人へと生まれ変わる瞬間。
小塚がいつまでたっても、心が沸き立つのを抑えられない瞬間だった。
「竹中!」
開け放たれた操縦席から、竹中中尉に呼びかける小塚。
「初陣の戦勝祝い、しっかりと用意しとけよ!」
「はっ!」
小気味よい答えを聞きながら、小塚は開け放たれた操縦席を閉じた。
いったい何人がその戦勝祝いに参加できるのか。
死の8分。
いやというほど教えられた数字だ。
自分とて、初陣であることは同じだ。
BETAは差別しない、区別しない。
上位階級であろうが、一兵卒であろうが、等しく死をもたらす存在。
今から立ち向かう相手は、そんな化け物たちだ。
不安だけが募る中、小塚は愛機のステータスに目を向けていた。
コンディションオールグリーン。
整備員たちはいい仕事をしてくれたようだ。
「帝国軍大陸先遣隊第13中隊、出るぞ!」
小塚の号令がこだまする。己のうちの葛藤を押し隠したままに。
これから起こる戦いの中で帝国軍大陸先遣隊第13中隊が、85年の大陸戦役において極東の奇跡と呼ばれる戦果を生み出すことを知らずに。