帝都にわざわざ足を運ぶんだからということで、折角ついでに帝国軍技術廠に挨拶に行くことにした。
目的は小塚さんに色々と迷惑をかけたようなのでそのお詫びと、今後も変わらない協力をお願いするためだ。
当然のことながら帝国軍の敷地内にある上に、機密情報を扱う部署名なわけで、簡単に入ることはできない。
というわけで、困ったときの鎧衣もんにご出馬願った。
なんか珍しく嫌な顔をしていたが気にしない。
「で、なんで正面から入らないんだよ、鎧衣さん」
「ふむ、おかしなことを聞くな。そんな足跡を残すようなまねを好んでするとは、さては君は変態なのかね?」
「変態ちゃうわい!」
と言うわけで、秘密のルートを使って技術廠に絶賛侵入中だ。これって、見つかったら銃殺ものじゃね?
「そろそろつくぞ、準備したまえ」
「準備って、なんの?」
「なに、一度言ってみたかっただけだ」
「さよですか」
などと全く緊迫感のない会話を交わしながら、おれたちは降り立った。
小塚三郎技術大尉のオフィスの一角に。
「というわけで、初めまして、小塚技術大尉殿」
「え、ああ、初めまして」
おれがぺこりと頭を下げると、律儀に返礼を返してくれた。目には困惑が踊っているにも関わらずきちんとした対応だ。真面目な人なんだろうな。
「で、いったい、誰なんです鎧衣係長、この少年は?あなたが神出鬼没だということは慣れているのですが、子連れとはまた珍しい」
「そうですな、では、紹介しましょう、彼が柊町の鬼才、立花隆也、その人です」
「なるほど、この少年が柊町の…!?ちょちょちょちょっ、まってください、鎧衣係長?今なんと?」
胡乱な目で鎧衣のおっさんを見ていた小塚さんの顔が驚愕にゆがむ。
まあ、わからんでもないな。なにせ見た目中学生だからな。
「あの真シリーズの兵装を開発し、撃震・弐型の原型を作り出した人物ですよ、小塚技術大尉」
そういえば、真シリーズを作ったのは10歳を少し超えたくらいだったか。そう考えれば、小塚さんの反応もまあわかるわな。
「ちょっとまってください。鎧衣係長、その人物と言えば撃震の基礎部品を生産する製造機械の改修にも関わっているはず。この少年は15歳前後に見えるのですが?」
なんか震えながら鎧衣さんに聞いている小塚さんを見て、あ、そういや10歳になる前からいろいろと工作はしてたな、と思い当たる。
「信じがたいことはわかりますが、見て見ぬ振りをしても事実は変わりませんよ?」
珍しくまともな意見が鎧衣のおっさんのくちからこぼれた。
このおっさんがいうとさすがに真実みがあるよな。最新鋭の監視システムを難なくかいくぐって、小塚さんの部屋に侵入した手管といい、見ていなければ到底信じられないことのオンパレードだったし。
「では本当にこの少年が?」
「ええ、紛れもなく、正真正銘の本人です」
「おお!」
ひどく真摯な目で見つめられた。なんかくすぐったいな。特にお尻の辺りがむずむずと、いや、うそですよ?本当に。
「立花隆也くん、だったね!」
「あ、はい」
小塚さんが、執務机から一瞬にして距離を詰めてきた。何という縮地っぷり。さすがのおれも反応が一瞬遅れた。気がついたら、両肩をがっちりと押さえられてしまっていた。
「君、今の所属はなんだね?その年頃なら教育機関にでも通っているのか?それはいけない、それは大いなる損失だ。我々帝国軍技術廠なら、君に今すぐにでもふさわしい地位と役職を与えることができる。当然その準備もすでに整っている。どうかね、今すぐにでも帝国軍技術廠に入らないか?」
一息に捲し立てられたら。目は正気、本気とかいてマジと読むその意気込みもびんびんに伝わってくる。
なんかこう、あまりにも押しが強すぎて、正直引くわあ。
「まあまあ、小塚技術大尉、あまり話を急ぎすぎるものではないですよ。ほら、立花少年も驚いている」
またもや珍しくまともなとりなしを鎧衣のおっさんがする。おかしい、このおっさんがまともな対応を続けて行っている。何か裏があると見ていいだろう。
などと下らん第六感を働かせている間になにやら鎧衣のおっさんと小塚さんの間で話が交わされていた。
「だが、彼を野に置いておくなど!」
「それはわかっていますよ、ですが考えてください。名義上の同盟国、実質の支配者であるあの国がいるということを」
「むっ、確かにそれは」
「彼には外部協力者という形をとってもらうのも一つの形かと。下手に帝国の組織に属することになると、彼の国の干渉は免れ得ない状況になりますよ?」
「なるほど、それは十分に懸念すべき材料だ。現に私に対しても国連からの招集という形をとっての干渉が行われている。彼の功績を考えれば、なりふり構わないだろう」
まあ、いいんだけどね。あんたらがどんな思惑を持っていようと、おれの目的は揺るぎないんだから。今回だって、帝都通いをすることになったんでそのついでで挨拶をしに来た以外に特に目的はないし。
あの国とか言葉を濁してるけど、要するに米国のことを警戒しているんだろうな。分からんでもないな。同盟国とはいえ、現政権は実質的に米国の傀儡政権だってもっぱらの噂だし。
「ああ、小塚技術大尉殿、ご期待に添えず申し訳ありませんが、私は今は技術廠に入る気はありません」
「な、なんと!?」
小塚さんの目が驚愕に見開かれる。鼻の穴もぷくーと広がっている。いかん、吹き出してしまいそうだが、我慢だ、ここはひたすら我慢の子だ。
「私にも目的があります。それは帝国の未来と比べるにはあまりのも小さな目的でしょう。ですが、それでも譲れない。決して譲れない目的なのです。それを邪魔するのであれば、たとえ帝国が敵に回ろうと、私は引く気はありません」
おれは想いを目に込める。まりも、千鶴、冥夜、慧、壬姫、美琴、帝国という大きな組織からすれば取るに足らない人たち。だが、おれにとっては守るべき掛け替えのない者たちなのだ。それを邪魔するのであれば、おれは一切容赦しない。
「っ!わ、わかった、君の想いはよく分かった。だが我々としても必死なんだよ。少しでも帝国の国際的地位を上昇させたい、少しでもBETAからの被害を減らしたい、少しでも人類に希望を与えたい。その想いに嘘偽りはない。そのためなら米国のいいなりなってもいいとさえ考えている」
「それはまた、大胆な考えですね。国粋主義者とかとがった考えた方をする人に知られたらかなりまずいんじゃ?」
冷静に答えながらおれの思考は小塚さんが口走った内容について考察を行っていた。そうだ、なんでおれにそんな秘密を明かす?
「確かにそうだ。米国のいいなりなど、彼らに聞かれたら私の首はあっという間に飛んでしまうに違いない。さすがに君はするどいな」
含み笑いを漏らす小塚さん。むぅ、意外と食えない人物だったか。最初の人物評を誤ったな。修正しとこっと。
「だが今、我々人類はそんな些細なことに拘っている暇などない。国同士のこだわりなど捨て、共に手を携えあえBETAを駆逐すべきなのだ」
力強く言い放った瞬間、小塚さんはため息をもらした。
「ただし、理想ではね、というお題目がつくのだがね。しかし実際は一国のみに力を蓄えさせること、つまり国同士のパワーバランスをいたずらに崩すことは、人間社会にとって害悪でしかない。わかるかい?人類はその存亡の危機においてなお、その人間社会を維持するためにくだらない意地の張り合いをつづけているんだよ。いや、つづけざるをえないというほうが正しいか」
なるほど、小塚さんの言わんとすることは分かる。人類、その種の存続を第一に定義するならば、くだらないこだわりは捨てて、一丸となるべきだ。だが同時に人類は人間という社会に属する生き物でもある。故に社会が崩壊した世界に人間は生きられない。
つまりはそういうことなのだろう。小塚さんが、米国の介入を嫌うのも人間社会のパワーバランスの崩壊を危惧しているからで、別に国粋主義とかそいう細かいこだわりが元になっているわけではないようだ。
「わかりました。自分の出来る範囲ではありますが、協力は続けさせてもらいます。もっとも、さっき言ったとおり技術廠に入るとしても私の目的が果たされてからですけど」
「ありがたい、それだけでも十分だ」
小塚さんが、なんかめっちゃきらきらした目で見ている。とはいえ、こっちも今のところは大した手駒がないからな。
「ですが、今の私にできることなんて些細なことですよ。せいぜいが撃震・弐型の改良案、現在の主機になっているバッテリーの改良案、現行演算ユニットの分化処理による処理速度の向上、及び操作追従性の向上案、撃震フレーム限界値を底上げするための基礎理論および基礎設計図の提示ぐらいですよ。もっとも設計図はすぐにでも渡せますが、実機の作製と検証はそちらでお願いすることになりますよ」
「………」
「あれ?小塚さん?」
なぜかそこには固まった小塚さんがいた。
「君は少し常識という言葉を学んだ方が良いとおもうのだが」
どこかあきれたような失礼な呟きは、鎧衣さんの口からこぼれたものだった。
失敬な、あんたに常識を語られたくなどないわい。
と思っていたら、同じようなことを復活した小塚さんに言われた。
あるぇ?なんでおれが責められるわけ?
というわけで、帝国軍技術廠は、改良型撃震・弐型の青写真、改良型主機の青写真、演算機構の改良による処理速度向上及び操作追従性の向上技術の青写真、撃震基礎構造の改良案の青写真を手に入れた!